大正妖精綺譚

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 数日後。
 休業日の翠柳堂(すいりゅうどう)の店内で、小姫は集まった顔ぶれを見渡した。
 簡単な挨拶と自己紹介を済ませて、いまはそれぞれ、思い思いに言葉を交わしている。

 晋一朗とノア、武に朔耶(さくや)、そして環。気が付けば五人も従者にしてしまった。

「いやぁ、ほんと驚いたよ!」

 ぱたぱたと扇子であおぎながら、朔耶が楽しげに笑う。

「芝居の最中にいきなりバッサーって翼が生えてさ。客席は大歓声!」
「うっ……」

 思わず肩をすくめると、膝の上のタビが不思議そうに首をかしげた。

「演出的には大当たりだったけどね。……それで」

 小姫はそっと視線をそらすが、くるりと向き直った朔耶に凄艶な笑みを浴びせられる。

「誰の仕業かな?」

 分かっていて聞かないでほしい。
 小姫はやむなく手を上げた。

「……ハイ」
「妖精が現れたの?」
「現れて、封印したあと……賽子を落としました……」

 正直に白状すると、朔耶は途端に吹き出した。

「あははっ、お姉さんってけっこう抜けてるよねぇ」
「すみません……」

 しおしおと声がしぼむ。
 朔耶は気にした様子もなく、ひらひらと手を振った。

「面白かったからいいよ。こっちこそ、猫のこと任せっぱなしで帰っちゃったしね」
「ねこ? ぼく?」

 タビがひょいと顔を上げる。朔耶に「おいで」と手招きされると、嬉しそうにその膝の上に飛び乗った。

「元気になってよかったね」
「うん、よかった!」

 タビを撫でる朔耶を眺めながら、ノアが満足げに目を細める。

「いい仲間が集まったね。実に賑やかだ」
「賑やかすぎる気もするが……」

 晋一朗のため息を、ノアは軽く受け流した。

「環クンの『妖精を誘引』する力で誘き寄せて、朔耶クンの『翼』で追跡、武クンの『怪力』やボクの『狼化』で魔力を消耗させて、晋一朗の『影を操る』力で捕縛して封印……」

 指折り数えながら、楽しげに続ける。

「このままでも十分だけど、どうせならあと一人、『()』の従者も集めちゃいたいな」
「たしかに、ここまで来たら一人増えても変わらないか」
「それより──」

 ふと、ノアが顔を上げた。

「お姫サマとはうまくいってるの?」
「……ッ」

 紅茶を口に運んでいた晋一朗が盛大にむせ、小姫もつられてびくりと肩を揺らす。

「なっ……、なんだ急に」
「墓地デートなんてしてたから、心配になっちゃってサ」

 からかうような声に、晋一朗の機嫌が目に見えて悪くなる。

「だからあれは、観劇の後に妖精を見つけたからだと何度言えば──」
「桜姫、ホント?」

 独特のあだ名で呼ばれ、小姫は一拍遅れて振り向いた。

「はいっ! 本当で──」
「ほんとう、じゃないよ」

 朔耶と遊んでいたタビが、けろりと言った。

「コヒメとシンイチローは、けーやくなの」
「ちょっ、タビ! いまはその話じゃ──」
「契約? どういう意味です?」

 厳しい顔つきで聞き返す環に、タビはえっへんと胸を張る。

「ほんとうのこんやくじゃないんだよ!」
「タビー‼︎」

 慌てて制止しようとするが、もう遅い。
 全員の視線が一斉に集まる。

「あーあ、バレちゃったねぇ」
「ねぇ〜」

 朔耶が愉快そうに笑い、タビを高く抱き上げた。タビも楽しそうに尻尾を揺らす。
 その横で、武が戸惑ったように目を瞬かせた。

「嘘なのか?」
「嘘、というか……」

 晋一朗が歯切れ悪く打ち明けた。

「偽装、だ」
「つまり嘘じゃないですか」

 環が冷静に突っ込むのと同時に、武が大きく息をつく。

「なんだぁー! ははっ、よかったぁー!」
「へぇ〜」
「よかったねぇ」

 にやにやする朔耶とにこにこするタビの相づちに、武は慌てて弁解するように手を振った。

「いやその、あれだよ! 妹分が急に遠くに行っちまうみたいで寂しかったんだよ! なっ、長谷川さん!」
「巻き込まないでください。……お嬢さま。このこと、若さまはご存知なのですか?」

 環の問いに、小姫はぎくりとしてから、小さく首を振った。

「瑠生には言ってない。言ったら面倒なことになりそうだから、内緒にしておいて」
「……分かりました」

 わずかに眉を寄せながらも、環は静かに頷いた。
 その隙をつくように、ノアが割り込んでくる。

「偽装ってコトは、婚約はそのうち破棄するんだよね? そしたらボクと結婚しようよ!」
「えっ⁉︎」
「はぁっ⁉︎」

 ノアの一言に、小姫だけでなく武と環も声をあげる。
 気が付けばノアに手を取られて、小姫は舞踊(ダンス)のようにくるりと身体を回されていた。

「ノアさん⁉︎」
「西洋人にも妖精にもひるまない柔軟さ! パートナーにピッタリだよ! この歳で独り身だといろいろ勘繰られちゃってタイヘンでさぁ〜」
「ノアさんって、おいくつなんですか?」
「ボク? 二十七」
「えっ……」

 西洋人は東洋人より大人びて見えると聞くが、ノアは実年齢より若く見える。というか、年齢不詳だ。
 思わずまじまじと見つめると、ノアは楽しそうに笑った。

「見えないって思ったデショ?」
「ノアさんこそ本当は妖精なんじゃないですか?」
「フフフ。実は小神族(エルフ)だったりしてね」

 冗談めかした声にくすりと笑ったとき、背後から声が割り込んできた。

「……いつまで手を握っている」
「おっと、偽装婚約者(ニセモノ)の登場だ」
「互いの目的のための取り決めだ。邪魔をするな」
「そんなに怒らないでよ。ちゃんとお返しするからさ」

 振り返るより先に、ぱっと手を離された。

「わっ⁉︎」

 よろけた瞬間、背中にしっかりと腕が回される。

「……まったく」
「あ、ありがとう」

 呆れたような声だけれど、突き放すような響きではない。背中に添えられた手のぬくもりが、じんわりと伝わってくる。
 なんだか少し気恥ずかしい。小さく礼を言うと、晋一朗は静かに手を離した。
 なんとなく振り返られずにいると、朔耶がくすりと笑った。

「本当にただの協力関係なら、俺たちにもまだ可能性はあるわけだ?」
「朔耶くん! からかわないで!」
「あははっ、ごめんごめん」

 笑い声に紛れてほっと息をついたとき、環が「そういえば」と思い出したように口を開いた。

「先日の小人が言っていた『強い妖精の気配』については、なにか分かったのですか?」
「ううん。近くにいるかも……っていうくらいしか、わかんない」

 タビは髭をピクピクと動かす。
 曖昧な答えに、小姫は首をかしげた。

「強いってことは、人間界への影響も大きいのかしら。早く保護したほうがいいですか?」
「そうだね……。少し探ってみようか。タビクンも、引き続き情報収集を頼んだよ」
「がってんしょうち!」

 ノアの依頼に元気よく返事をするタビが可愛くて、思わず頬がゆるむ。

「無茶はするなよ」

 ぽつり、と落ちた声に顔を上げると、晋一朗と目が合った。
 相変わらず、なにを考えているのか分かりづらい表情だ。それでも不思議と落ち着くのは、小姫の裁量に任せてくれているのが伝わってくるからなのかもしれない。
 小姫のことを止めも閉じ込めもしない。この距離感に、救われているような気がした。

「善処します」

 微笑みながらそう返すと、晋一朗はわずかに眉をひそめたが、それ以上なにも言わなかった。