それからしばらくは、とにかく新しい生活に慣れるのに必死だった。
今まで下女以下の扱いだったのが急に人並みどころか〝奥様〟などと呼ばれる立場になっただけでも大変なのに、旦那様の生活は完全に洋式。
いろいろ違いすぎて、覚えるのが大変だ。
――そのうえ。

「わ、私ごとにそんなものはもったいないです……!」

私が言った途端、みるみる旦那様の機嫌が悪くなっていく。

「そんなことをいう涼音は、喰ってしまうぞ」

脅すように旦那様が大きく口を開け、鋭い牙がのぞく。

「ひ、ひっ。
た、食べないでください……」

それに小さく悲鳴を上げ、目に涙をうっすらと溜めて私がガタガタと震えるのもいつものことだ。

「涼音はその、〝私ごとき〟をいつになったらやめるのだ?」

田沢さんが淹れていくれたお茶を飲みながら、旦那様がはぁっとため息をつく。

「も、申し訳ありません」

お買い物に行った日、彼に〝私ごとき〟と言うのをやめろと注意された。
しかし、身に染みついたそれはつい私の口から出てきてしまう。

「あ、あと、そのやたらと出てくる〝申し訳ありません〟も禁止な」

「え……」