私はあの日からずっとずっと、自分を偽って生きてきた。完璧な自分じゃないと気がすまないから。

でも違うんだ。完璧な人なんていない。私たちは不足している部分を補って生きていく。支えあっていくんだ。

それを教えてくれたのはきっと、あの日に出会った_____。





「はーい、では、先週行った中間試験を返却する。名前を呼ばれたら随時取りに来るように。」

授業終わりの教室。気が抜けて、生徒の楽しそうに話す空間で、担任教師が突然、背筋が冷えることを言い出す。生徒一人の耳がピクリと反応し、声のトーンが一気に変わる。

「はい、上島。」

自分の名字が呼ばれた私は、教師から解答用紙を受け取る。裏返すと、化学98点という数字を目にした。

もしかして、学年最高点かも。頑張った甲斐があったな。

「うーわ。上島98だって。高過ぎだろ。きっしょ。」

背後からの低い声に、私はビクッとする。番号後ろの男子生徒が勝手に覗き見をしていたのである。

男子生徒の声に、周りの生徒も一気に私に視線を向ける。彼らは私に向かって、尊敬の眼差しを向けていた。私は、得意の作り笑顔を作りながら、内心、複雑な気持ちでいた。

私は物心ついたときから、容姿端麗、スポーツ万能、賢女、まさに才色兼備という言葉が似合うと言われてきた。もちろん、周りから尊敬されて嫌な気分になる人は多くないだろう。でも、いつも常に完璧な自分を演じないと行けないのが少しだけ苦しくなっていった。

おい。女に向かって『きっしょ』はないだろ。」

背後から声が聞こえる。

先ほどの男子生徒は、「別にそんなつもりじゃないし。」と口をもごもごさせながら、自分の席へと戻っていった。

 私は後ろを振り返ると、幼なじみの泉谷大和が立っていた。家が隣同士の幼なじみである。昔から一緒にいるのに、彼はずっと私より背が高い。窓からの風が、さらさらな彼の髪の毛をなびかせる。

彼は、顔をムッとしながら、私を見つめていた。

「はあ。なんだよ、あいつ。考え方が幼稚だな。とにかく、これからは答案用紙隠しとけ。いいな?」

「う、うん。分かった。泉谷はやっぱり優しいね!」

泉谷は、首をさわりながら私の目を見る。

彼は、私のことをよく見ていてくれる。すごく優しくて、自分は何て良い幼なじみと出会っただろうと思うときもあるが、でもなぜこんなに私のことを見ているのだろうか。もう、高校生なのに。

でも、そんな彼も知らない、秘密を私は隠し持っているのだ。



 放課後。私は終礼を知らせるチャイムがなった途端、下駄箱に向かって、誰より早く廊下を走る。

 教室を出るときに、泉谷が私を呼ぶ声が聞こえた。家が隣同士なので毎日一緒に帰っているのだ。

だが、今日はどうしてもはずせない用事がある。

「ごめん! 泉谷! 一緒に帰れない!」

泉谷は『?』の顔をしていた。ごめんね、泉谷。今日だけはどうしてもダメなの。

携帯で時間を確認する。あと5分。間に合う。

中学の頃陸上部だった私は、本気をだし全速力で走った。

緑で生い茂った木々は、見ていて気持ちが良い。走りながら、流れていく景色がまるで青春ドラマのようだった。

家につき、自分の部屋へと急ぐ。テレビをつけると、時間ぴったりだった。

「間に合ったぁぁ!!! バラエティー番組!!」

もちろんバラエティー番組が好きなわけではない。私の目当てそれは...

「あああ!!! 推し!!!!!」

そう、私の大好きな推し、LAIGAがゲストとして出ていた。

LAIGAはアイドルであり、国民的スーパースター。

最近若者に人気が出ている。まぁ、私はデビュー時からずっと推している古参だけど。

家にあるペンライトを二本もって、思いっきり上下にふる。

バラエティー番組は初めてらしく少しだけ手が震えている。そこも尊い。

そう、私上島姫乃の誰にも言えない秘密、それは…。



大人気アイドルLAIGA様の限界ヲタクであった。

彼の言動一つ一つに愛くるしさがある。何から何までものすごくかっこよく輝いてみえる。

私の部屋は彼のグッズでいっぱいだ。アクリルスタンド、タペストリー、人形、CD…。

なので、私は推しのグッズに囲まれてすごく幸せだ。

「かっこいいー!!! きゃー!! 」

私は彼が微笑む姿を見ると、いつも発狂する。その声は、多分外から丸聞こえだと思う。なにせ自分でもうるさいと思うのだから。

私は推しを眺めることが何よりも大好きだ。

いつもは完璧な自分を演じすぎて、家に帰った途端、ばたりとたおれてしまう。しかし、推しが今日も輝いてる姿を見ると、元気満タンになるのである。推しは本当に素晴らしい存在だ。

タレントの話を一生懸命聞いて、一生懸命頷いているところも、魅力的だし、なにより今日のブラウスを初めとしたコーデも、大人っぽい色気ムンムンで、私を魅了させる。

『続いてのコーナーです! 今、大ブレイク中のLAIGAさんですが、ここでぶっちゃけちゃおう、のお時間になりました! LAIGAさんが惹かれる女性のタイプを言っちゃってください!』

おおおおおお!!! きたきたこれこれ!年下派っていって! LAIGA様!!!

しかし、丁度いいところなのに、ノックもしないで母が自分の部屋に入ってきた。

「もう、ノックくらいしてよ。お母さん。今いいところなのに。」

私は、テレビの音量を下げて母に話す。私の言葉を母は無視をし、部屋にある時計を指さす。

「姫乃。今何時だとおもう?」



しまった。お母さんに言われなければ遅刻するところだった。

今日は塾がある日だった。いつもは授業が始まる1時間前に来て、自習室で勉強するのだが、今日は推しがテレビに出演することで頭がいっぱいだったので、塾の存在を忘れていた。

走りながらバックを開け、忘れ物がないか確認する。外は夕焼け空だ。燃えるような赤色。そして烏の大群が飛んでいる。すごく綺麗だ。

バス停につき、時刻表を指でたどりながら確認する。よし、あと3分で来る。隙間時間に英語の単語帳を開き、今日の塾の小テストの勉強をする。時計を見ると、少し早くつきそうなので塾で勉強できそうだ。

自分の降りる所が呼ばれると素早く停車ボタンをおし、塾へと向かった。

自習室につき、数学Bの教科書を開き、勉強を始める。いきなりわからない問題だった。シャーペンの動きが止まる。考えようとしてもやり方が思い付かないので数学の先生に聞くことにした。

周りをみると、私よりも顔が大人びいてる高校三年生が多い。先生も大忙しだ。

手があいてそうな数学の先生を探す。教科書とシャーペンをもって辺りをキョロキョロを見渡す。

その時、一人の男子高校生とすれ違った。

ふわりと柔軟剤のいい香りがする。なんだか懐かしい匂い。金色の天然パーマ。制服を来ていたが私の高校とは違うみたいだ。

私は気がついたら彼に話しかけていた。

「あ、あの!」 

どうして話しかけているんだろう。彼はゆっくりと振り返った。

見覚えのある目をしていた。

推しだ。

私の推しのLAIGA様の目とそっくり。

夜空のようにキラキラしていて美しい青色。そっくりだった。LAIGA様は赤色の髪だけれど、どうやら仕事のために髪を染めたらしい。あと、ラジオでLAIGA様、自慢の弟がいるって確か...。

彼は私をみてキョトンとしている。

「も、もしかしてLAIGA様の弟ですか??」 

初対面でなにを言い出すの私。でも今はそんなの正直どうでもいい。

推しと近づけるチャンスかもしれない。私は真剣だった。

彼は、瞬きの回数を早め、ゆっくり頷いた後、歩いてどこかへいってしまった。

私は驚きが隠せない。弟? こんな身近にいるものなの。後悔したくないから一応聞いただけなのに、まさか本当だったなんて。 

開いた口が塞がらないのはまさにこの事だな、とこの時そう思った。推しの弟か...。

そのあと、数学の先生が見つかり、教えてもらったあと、時計を見ると授業が始まる時間だったので、いつもの教室へと向かった。

私の塾は集団塾。クラスが3つに分けられている。そのなかでも私は、一番上のクラスの最難関国公立大学クラスに所属している。

一番上のクラスだけあって、教室へいくと半分くらいいて勉強をしていた。

私も負けずと机にすわり、教科書をパラパラと開き始める。

その時、教科書をめくる音やシャーペンで文字を書く音だけが教室中に響き渡っている中、先生と生徒が教室へ入ってくる。

「じゃあ今日は授業体験ってことで。君は上島の隣でいいか。」

体験生か。こんな時期に珍しい。

私の隣に生徒が座ってくる。顔を見るとさっきの推しの弟だった。

「!」

言いたいことがたくさんありすぎて、思わず言葉がつまる。

彼は私の顔をのぞきこんで、首をかしげる。そして、何かを察したのか、軽く会釈した。

「あの! 私、上島姫乃っていいます。」

「あ、村瀬涼太です。」

彼は爽やかに微笑む。まるで白馬に乗った王子様のようだった。夜空のように光り輝く瞳に、私は胸が高鳴った。



そう考えているうちに、授業の始まりのチャイムがなり、いつもの英語の先生が来る。

授業のはじめは小テストからだ。前回やった内容が理解できているかどうか確かめるためだ。終了の合図がなり、隣の人と交換採点を行う。私が丸付けを終えると、既に村瀬くんは終わっているようで、私の方をじっと見つめていた。目が合い、思わず私戸惑ってしまう。

「な、なに?」

「字、凄く綺麗だね。」

そういいながら私の答案を渡す。彼は顔だけではなく、頭も良いようで、なんと体験生なのに、全問正解だった。

小テストが終わり、本格的な授業が始まる。私たちのクラスは、授業のスピードが早いので、いそいで黒板の内容をうつしたり、先生の話を少しでも聞き逃すと訳がわからなくなるので、集中してきかなければいけない。

シャーペンを持ち、集中モードになる。私が黒板の内容を写しているとき、村瀬くんが私の肩を優しくトントンとたたく。心臓が飛び跳ねそうになる。

「ど、どうしたの?村瀬くん。」

先生にばれないように小声で話す。すると、村瀬くんは黙って床に指を指す。消しゴム。私のだ。教えてくれたんだ。取りに行くのが大変なので、足で必死に取りに行こうとする。すると、必死に取りに行こうとする私の姿に、村瀬くんはくすくす笑う。

そんなにやっても、届かないと思うよ。とってあげる。」

彼は、笑いながら私の消しごむを拾う。彼の体温で、消しゴムは少しだけ温かくなっていた。私は、感謝の言葉を交わした。



ようやく授業が終わった。チャイムがなった瞬間、皆教室からでる。私も帰りの準備をしていると、村瀬くんはお弁当を取り出す。

不思議に思った私は、彼に聞く。

「お弁当? まだ勉強するの?」

「うん。今日の内容少しわからないから追い付かないと。」

「体験生なのに偉いね。」

村瀬くんはお弁当の蓋をあけ、箸を持つ。横からお弁当のいい匂いがする。気になってちらっと見ると、ハンバーグがあった。

キラキラしているように見える。どれも美味しそうだな...。無意識によだれがでる。だめだめ!人のお弁当欲しがるなんて、いやしい人みたいじゃない。と、急に我に変えるが、それでもお弁当がきになり、チラチラと見る。

その視線に気づいた村瀬くんが私を見つめハンバーグを箸でつかむ。

「あ、ハンバーグいる?」

彼に気を使わせてしまった。よほど私が欲しそうな目をしていたのだろう。申し訳ない。

「いいよ。大丈夫悪いし。」 

「ううん。僕お腹空いてないからあげるよ。はい、口開けて。」

彼にそう言われ、我慢できなくなった私は思わず口を開ける。口のなかにハンバーグの中に入っていたチーズがとろける。

「おいしい!村瀬くんこれ自分で作ったの??」

「うん。自分で作ったんだ。」

村瀬くんは照れくさそうに笑った。その笑顔が何だか可愛らしくて、私もつられて微笑んだ。

村瀬涼太か。しかも、推しの弟...。

翌日の帰り道。昨日のことを思い出し、にやにやが止まらない。

「さっきからなんだよ。お前。」

私の様子に泉谷が顔を覗き込む。横断歩道の前にたつとちょうど信号が赤になってしまった。今日は運がない。まぁ昨日が幸せ過ぎただけか。

夕方。車の通りが激しい。泉谷はそれ以上私に話しかけてこない。

気まずくなった私は適当にごまかす。

「な、なんでもないよ! ちょっと考え事!」

「珍しいな。お前が考え事あるなんて。いつも何も考えてなさそうなのに」

それ以上言い返すことができず、私は口を尖らせる。信号が青に変わり、横断歩道を渡ると見覚えのある顔を目にした。

「あら、二人とも学校帰り?」

水色の髪は泉谷の髪の色とそっくりだ。

「沙緒理さん! こんにちはー!」

泉谷沙緒理さん。泉谷のお姉さん。実は大人気ロックアイドル。私と沙緒理さんは、泉谷繋がりで、昔から仲がいい。最近すごく人気が出てきて夜中に帰ってきたり、すごく忙しいから会うのは久しぶり。

沙緒理さんが私たちに微笑むと、泉谷が迷惑そうな顔をする。

「姉貴。何の用だよ。仕事は?」

「あら大好きなお姉ちゃんが久しぶりに早く帰ってきたのに、そんなこと言っちゃうの。お姉ちゃん悲しい悲しい。」 

沙緒理さんは泉谷ににやにやしながら話す。

私は沙緒理さんが持っているレジ袋に注目する。

「沙緒理さん。それなんですか??」

沙緒理さんは自分の持っているレジ袋を見て私を見つめる。

「ふふっ。今日早く帰ってきたからご飯作ろうと思って。姫乃ちゃん今日の夜ご飯カレーなんだけど、食べてく?」

私は笑顔で頷いた。

私たちは、沙緒理さんの後についていく。沙緒理さんがつくるカレー久しぶりだな。早く食べたい。歩きながらにやにやする。

私の様子に疑問を持った泉谷が眉間にシワを寄せる。

「お前さ、姉貴が来ると機嫌よくなるんだな。」

泉谷は私の方を見ずに、左側の子供たちが遊んでいる公園を見ながらそういった。私も泉谷が向いている方向を見る。

5時30分の夕焼けチャイムがなる。それを聞いた公園にいる子供たちが走って帰っていく姿が見える。

私は、泉谷が言った内容の返答を考えてから少し微笑んだ。

「沙緒理さんが好きだからかな。泉谷も好きな人の前だとテンション上がるでしょ?」

「...なっ、お前..。」

泉谷や言葉をつまらせ頬が赤くなる。きっと夕日が泉谷の顔を照らしているのだろう。

私たちより少し遠くにいる沙緒理さんが大きく手を振り、手招きをしている。

「ほら! 泉谷! 行こう!」

私たちは走り出した。







「お邪魔します!」

泉谷の家は何回も来ているのでなれている。むしろ自分の家のような感覚だ。

手を洗い、リビングにあるふかふかのソファーに寝転がる。そんな姿に泉谷は、呆れた口調で話す。

「お前さ、一応ここは人の家だからな。少しは気遣いとかないのか。気遣いを。」

「まあまあいいじゃないの。大和。昔からの仲じゃない。」

沙緒理さんは、野菜を切りながらそういった。

しばらくすると、リビングからカレーの良い香りがする。沙緒理さんは料理上手だ。それに食べるのは久しぶりなのですごくワクワクする。

「んー! 美味しい!!」

沙緒理さん特製の栄養たっぷり野菜カレー。久しぶりだから一つ一つ頬が落ちそうになる。

「よかったわ。それより、姫乃ちゃん私ね、来月全国ツアーが決定したの!姫乃ちゃんにも来てほしい!」

沙緒理さんは、手と手を合わせながらいった。私は目を丸くし、その場で拍手をした。

「地図は後で見せるけど、すぐ近くのドームでやるからわかると思う。姫乃ちゃんは特別に私がチケット買っておきました!」

沙緒理さんが、中学一年生のときから私は、大ファンだった。そのときから、沙緒理さんはアイドルになることが夢であり、夢を叶えたのである。

今思うと、本当にすごいことだ。夢に向かって努力する沙緒理さんを最初から見れた私もすごく幸せだ。

「すごい! 本当にありがとうございます! 絶対にいきます!!」

「大和は、来月県大会の予選よね? チケット買おうか悩んだんだけど。」

泉谷は、サッカー部であり、来月県大会予選がある。二年生でも選手に出ることができ、泉谷はレギュラーに入っている。そしてこの予選に敗れると、三年は引退してしまうそうだ。なので、絶対に手を抜いてはいけないのである。レギュラーとしてのプレッシャーも大きいようだ。オフの日も、ランニングや近所の公園で自主練しているのをよくみかける。

「当たり前だろ。大体姉貴なんていつでも見れるんだからいちいちいかねーよ。」

泉谷は、ムッとした顔で沙緒理さんを見た。沙緒理さんはくすくすわらっていた。この二人は本当に仲がいい。見ている私もほっこりする。

三人で食べたカレーはどんな有名店よりも美味しく感じた。

「それで姫乃ちゃん、今日会いに行くんでしょ? ほら、アメリカの。」

沙緒理さんが洗い物をしながら私に話す。沙緒理さんがいう『アメリカの友達』というのは私にとって唯一の女親友の美春のことだ。出会いは中学一年生のとき私は友達が一人もいなかった。

彼女と出会うまではずっと一人で、本をずっと読んでいた。クラスの人が楽しそうに話しているのが羨ましかった。ああ、あんな風に私も笑える日が来るのかな。私はいつから笑えなくなったんだろう。

羨ましくて、羨ましくて、孤独な自分が嫌になって、思いっきり耳を塞いだこともあった。

そんな私に、彼女は話しかけてくれた。現在はコンタクトをつけているが、当時はメガネをかけていた私を彼、女が覗き込んできた。

目と目が合うと、彼女はにこっと笑い、つけているメガネをゆっくりと彼女がはずす。

『眼鏡外した方が可愛いじゃん。姫乃ちゃん。』

嬉しかった。存在感がない私の名前を呼んでくれた。ちっぽけなことかもしれないけど、それが私にとっては本当に嬉しかった。

それから、色々話すようになった。私はよく笑うようになった。彼女といると自然と笑顔になる。2人の予定が合えば、必ず遊んだ。

しかし、中学三年生になって、彼女はお父さんの仕事の転勤で、アメリカに行くことになった。寂しかったけど、絶対会えると約束した。               

あれからどうなったかな。美春。

先週、やっと日本から帰ってくるという連絡がきて、ここ最近ずっと胸が弾んでいる。場所は成田空港のロビー。20時集合だが待ちきれないので早めに泉谷の家を出る。

時計を見ると、19時だった。胸が踊る。体がふわふわする。再会した時の想像をして一人でにやつく。ステップを踏みながら向かった。

道が混んでいたからか、思ったより遅くなってしまった。成田空港は海外の便が多くとおっているからか外国人がたくさんいる。当たり前だが広い。だが、美春の姿は遠くからでもすぐ分かった。目があい    

私は思いっきり手を振る。彼女は私の元に近づいてきた。

髪は茶色に染めており、サングラスをかけて、ダメージジーンズをはいていた。いかにもアメリカにすんでいたという感じだ。

だが、面影はしっかりと残っていた。目元にあるほくろが印象的だ。

「美春。久しぶり! 元気だった??」

だが、私が思っているより美春は変わっていた。

「久しぶり。姫乃。あんたなにも変わってないね。この前、lineで、姫乃の家泊まるっていってたじゃん?それキャンセルでいい?」

美春は顔の前で手を合わせる。舌をペロッと出していた。

え?

美春が来るのを楽しみにしていたのに。せっかく部屋も掃除して、布団敷いていたのに。

「どういうこと? なにかあったの?」

「実はね、出会い系アプリで知り合った男の人の家に泊まることになったの。」

出会い系アプリは確か、18歳未満は利用禁止なはず。高校2年生の私たちは使えないのに。

「顔見れて良かったよ。じゃあね。」

私の気持ちを無視するように美春はスーツケースを持って歩き始める。

ひどい。ひどいよ美春。歯を強くくいしばる。

私は、後ろを振り向き、大声で名前を呼ぶ。彼女は迷惑そうに振り返った。

「今日は、私の家に泊まるって約束したよね?」

「男の人の家に泊まるから。これからは、祖父母の家で暮らすから安心して。あと、高校は帰国子女枠使って適当にはいるつもり。」

彼女はそれだけ言い捨て、スーツケースを引きながら行ってしまった。

どうして。私の気持ち考えてよ。喉の奥底が熱くなる。目に涙を浮かべるが、空港に人がいるので、必死にこらえる。

「AMAから出発便のご案内をいたします。AMAロサンゼルス行き、20時30分発、123便は、ただいま皆様を機内へとご案内中でございます。ロサンゼルス行き、20時30分発、123便をご利用のお客様は保安検査場をお通りになり、5番搭乗口よりご搭乗ください。」

空港のアナウンスがなる。日本語のあと英語、中国語、韓国語が流れている。

ロサンゼルス行きか...。

そういえば、LAIGA様アメリカで次号の雑誌の撮影のために行ってるんだっけ....。

そろそろ帰ってくるのかな。今飛行機に乗ったら会えるのかな。

私はロビーの電光掲示板を見る。ああ、こういうときに推しに会いたいな....。

するとそのときなにやらロビーの真ん中で女性がたくさん集まっている。

黄色い声が鳴り響く。どうしたんだろう。

私はその集まりに近づき何事かと背伸びして覗き混む。

たくさんの女性がスマホを構えている。

「ねぇ!今日LAIGA様今から来るんでしょ!?」

近くにいた女性が叫んでいた。

L...え?今....。

「そうみたいよ!ああ早く来ないかな!」

そのとなりにいた女性がそう話す。

LAIGA様が成田空港にくるの!?確かに海外で撮影するとは知っていたけど、まさか今日帰ってくるなんて。

心臓がなりやまない。この目で推しを見れちゃうんだ。私は急いで鞄のなかから携帯を探す。

しかし鞄のなかをあさってもあさっても携帯は見つからなかった。

なんで....こういうときに限って。私は腕時計を見た。

まだ来ないよね....今から取りに行けば間に合うかも。

私は後ろを振り返り、走り出した。推しの写真を撮りたい。この目で見たい。今から会えるんだ。私は微かな期待を胸に抱いた。

その時、人にぶつかってしまった。思い切り走っていたので、勢いで跳ねかえり、しりもちをつく。じわじわと痛みが走る。

私とぶつかった男の人は手を差しのべた。

「大丈夫?空港のなかで走ると危ないよ?」

この声に凄く聞き覚えがあった。するといつの間にか私たちの周りにはたくさんの女性達が取り囲んでいた。皆スマホを向けている。シャッター音がさまざまなところで鳴り響く。

おそるおそる私は男性を見つめる。

赤色の長い髪を黒色のゴムでまとめ、夜空のような瞳で私を見つめる彼。

そう、私の推しLAIGA様だった。私はあわてて立ち上がる。

「だ、だ、大丈夫ですっ!!」

といいつつ、私はヒリヒリしたお尻を触る。

LAIGA様は私を覗きこみ心配そうに見つめる。

「心配だな。怪我してるし。青野さん、この荷物持っていて。」

青野さんと呼ばれた女性はおそらくマネージャーだろう。LAIGA様の言葉に彼女は従い静かに荷物を持っていた。

「じゃあそのまま動かないでね。よいしょっと」

なんとLAIGA様が私の体を軽々持ち上げ、お姫様だっこをしたのである。

彼の目を見るとニコッとライブのようなあの表情で笑った。距離が近い。ふわりと、香水の香りがする。なにも言わずに私は運ばれる。

周りをキョロキョロすると女性ファン達が黄色い声を上げ、カメラを向け連写の音が聞こえる。私たちの周りを囲んでいる。すると、LAIGA様は彼女らを見てニコッと王子様スマイルをした。

その表情で尊くて死にそうになったのか、その場でバタリと倒れている人といた。

「いつも応援ありがとう!申し訳ないけど俺はこの子に怪我をさせてしまったんだ。だからまたライブで会おう。ね?」

タイミング良くウインクをする。その姿に黄色い声がまた鳴り響く。口を揃え『LAIGA様が言うなら~!』といって顔を真っ赤にする人もいた。

道が開き、LAIGA様はなにも言わず私を運ぶ。





気がつくとベッドに優しく置かれた。周りを見ると、なにやら空港についている医務室らしきところだった。

隣でLAIGA様がガーゼに消毒液を垂らしている。

その姿を見た私は自分の体をみて、あわてて立ち上がる。

「あ、あの!本当に私は大丈夫なので!!」 

緊張しすぎて舌が回らない。どこ向けば良いかもわからない。彼を見れば尊すぎて倒れてしまう。

目を泳がせていると彼は私の腕をさわった。

「うわっ!!」

推しにさわられたという衝撃で、反射的に手を払ってしまう。

「ほらさっきので肘、皮剥けてるよ。俺の責任だから消毒ぐらいさせてよ。」

これ以上触れられたら恥ずかしくて死んでしまう!!

話す言葉を探そうとする前に、彼が私の腕を再び触り、肘にガーゼをつける。

「痛くないから大丈夫だよ。」

もう逃げ場はないと思い目を思いっきりつむる。

医務室には私たち以外誰もいない。遠くから空港のアナウンスが聞こえる。それ以外はなにも聞こえない。私たち二人だけの世界になったみたいだ。

多分こんなに推しと近くでいれることなんて二度とないんだろうな。私はこの瞬間を絶対に忘れないでいようと思った。推しとこんなに一緒にいれるなんて私、幸せだ。

気がついたら治療は終わっていた。



「あ、ありがとうございました!」

私は深々とお辞儀をする。彼はいつもの笑顔で手を振っていた。

私はさっきの彼が治療してくれた右肘を触る。

不意に口角が上がる。

私は幸せをかみしめながら家へと帰った。





さっきまで泉谷の家に行っていたので、荷物を取りに行く。

玄関のドアを開けると、沙緒理さんが私を見てニヤニヤ笑っている。そして私に携帯を見せてくる。なにかと思うとさっきお姫様抱っこされた写真、動画などがTwitterにあげられていた。

「Twitterみるとこればっかりよ。姫乃ちゃんLAIGAの大ファンだったわよね。よかったね。それに顔はぼかされているけど、このマーガレットの花の髪飾りをみてすぐわかったわ。」

沙緒理さんは唯一私が限界ヲタクなのを知っており、LAIGA様とは同期なのである。そして、私は白いマーガレットの髪飾りがお気に入りであり、いつも身につけているのである。

泉谷も玄関に来てなにか言いたそうにしている。しまった。泉谷には私の秘密言っていなかった。引かれちゃうかな...。

「お前さ、こんなやつのどこがいいの。頬赤く染めちゃってさ。まぁいいけど、」

携帯のなかのLAIGA様を指さす。怒った泉谷を沙緒理さんがまあまあといいながら、私の携帯を渡す。

「忘れていったわ。これ。じゃあね姫乃ちゃん。」 

私は二人に手をふり、隣の自分の家へと帰る。

自分の部屋のベッドに思いっきりダイブする。足をじたばたする。さっきのシーンが頭の中でリピートされている。

外を見上げると満月だった。黄色く光り綺麗だ。私は満月をいつまでも見つめていた。



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その1時間後村瀬雷雅も自分の家に帰ってきていた。家に帰ると、年の離れた弟が待っている。

「お帰り、兄さん。撮影お疲れ様。夕御飯食べた?」

弟である涼太が俺を見る。涼太は本を持っている。読書をしているようだった。俺は首を横にふり、スーツを脱ぎながら話す。

「それより会ったよ。6年前の女の子。相変わらずマーガレットの髪飾りをつけていた。俺のこと思い出してくれたかな。」

俺の言葉に涼太は少しうつむく。

「彼女は、きっと覚えていない。なんだかそんな気がするんだ....。」

俺は目を丸くした。



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今日はいつもよりとても早く目が覚めた。昨日ことがあったからだろうか。肘を触ると微かにLAIGA様の温もりが残っている。外をみると泉谷の家はもう電気がついていた。沙緒理さんかな。携帯の電源をつけ、時間を確認すると午前4時だった。二度寝しようと思うとしたが電源を切る瞬間、バイブ音がなった。泉谷からのlineだった。眠い目をこすりながら内容を確認する。朝練があるから今日は一緒に行けないということだった。私と泉谷は家が隣同士なのでいつも行きと帰りは一緒に帰る。今日彼が早く行く理由は、サッカー部の県大会予選が近いからだろう。私は了解というスタンプを押し、目を閉じた。

....おかしいな。

眠いはずなのに寝付けない。彼になにかいい忘れたのだろうか。思い出そうと再びトーク画面を開く。私のスタンプには既読という文字がついていた。

そうだ。今日学校行った時、私がLAIGA様にお姫様だっこされたことを皆知っているかもしれない。私は顔を赤らめていたはずだ。限界ヲタクだとクラス中にばれてしまう。それだけは絶対に避けたい。そうだ泉谷にお願いしよう。

『もしクラスの人が私がアイドル好きだっていってたら、私はそんな人じゃないって伝えておいて』って。

私はキーボードを開き高速で文字をうち、泉谷に送った。『了解』という彼の文字を見て安心したのかもう一度目をつむり眠りに落ちた。



7時を知らせる目覚ましがなり、私は素早く止める。身支度をし、一人で学校へと向かった。

私は徒歩通なのだが他にも同じクラスのこが歩いているのを良く見かける。なにか聞かれるのではないかとびくびくしていたが、私の姿に気づいていないようだった。

今日はすごく太陽が眩しい。手で光を隠す。今は6月下旬だが、ここ最近気温が上昇し続けている。今年は梅雨もあまりなかった。夏到来だろうか。近所の家にあるひまわりが今にも咲こうとしている。水あげしているおばあちゃんにいつものように挨拶をする。おばあちゃんはくしゃと笑い軽く会釈していた。私も自然と会釈する。

いつもは泉谷と一緒に来ているので話に集中していたせいかあまり周りの景色が見えていなかったように感じる。一人だからこそ新たな発見がある。あ、遠くから鳥のさえずりが聞こえる。なんの種類かな。私は耳をすませながら自然と笑顔になる。たまには一人も悪くないと思えた。



教室のまえにつき、軽く深呼吸をする。時計をみると部活の朝練が終わっている時間だった。泉谷、皆に私が限界ヲタクなのばれてないよね。頼むよ。もしばれてたらどうしよう。私はたらりと冷や汗をかいた。だが、教室のドアの前でたっていてもらちが開かない。勇気をふりしぼり、教室へ入った。

皆私を見つめ、女子生徒6人ぐらいが私を見て寄ってくる。

ニコニコしていたので何を聞かれるのかすごく怖かったが、逃げるのも失礼なので私も笑顔で『おはよう』と挨拶を交わす。

彼女らは私にスマホを見せる。それはTwitterにあげられたLAIGA様が私にお姫様だっこをしている写真だった。嘘でしょ。泉谷なにも説明してくれなかったの。私は教室にいる泉谷を黙って見つめる。友達と話しており気づかなかった。

6人のうちの1人が話し出す。

「これ姫乃ちゃんだよね?」

どうしよう。ここで私じゃないと嘘はつけないので黙ってうなずく。

「恋愛の話とか参加しないからおかしいなと思ったらこういうことね。」

隣にいた女子生徒が私の肩をさわる。

こういうことってどういうこと?リアコじゃないよ私は!お願い信じて!

するとある男子が私たちの輪を壊すように堂々と入ってくる。隣には泉谷がいた。

「おいおい。いじめるのはやめないか君達。」

男子は口でちっちっといいながら人差し指を左右に振る。その姿に彼女らは引いてしまったのか皆仁間にシワを寄せる。

「上島はこいつの彼女だよ。」

彼は隣にいる泉谷を指差す。その言葉により彼女らは一気に目を丸くする。

「え?」

言われた私が一番驚いている。私と泉谷がどうして付き合うことになっちゃうの!?

泉谷は知らないふりをし、どこか別の方向を向いていた。

その姿に私はぴきっと怒りのスイッチが入り、無言で手を引っ張る。

私たちは誰もいない廊下に行った。その姿に周りは騒いでいるがいまはそんなこと気にしている場合ではない。とにかく泉谷に事情を聞かなければ。

話そうとしないので私から口を開く。

「どういうこと、泉谷!私そんなこと頼んでないよ!さらに面倒くさいことになるよ!それに、お互い嫌でしょ?」

私は泉谷の目をじっと見つめる。

「は?別にいいだろ。それしか方法がなかったんだよ。俺は別に迷惑じゃないし」

「そういうことじゃないって!...て、え?」

泉谷の最後の言葉に私は疑問を抱く。

「お前が気づいてくれると思ったが、鈍感過ぎて一ミリも気づいてねぇーじゃん。」

そういいながら私のおでこにデコピンをする。

痛っ。本気でやってきてるんですけど...。痛いな。

片目だけ開け泉谷の顔を見る。

「そ、そんな顔を見ても俺は絶対に言わないからな!!」

と少しだけ顔を赤らめて教室へと走っていった。

赤らめてた?私はさっきの泉谷の顔を思い出す。どうして私の目そらしたんだろう。

そう考え出すと自分まで心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。

私は顔を激しく左右に振り教室に戻った。







その日はなんだか不思議な感覚がした。なんだか泉谷のことが頭から離れない。

六限目はで世界史Bであり、問題を解きながら考える。週の真ん中だからだろうか教科書を立てて居眠りをしている生徒を見かける。担当の先生は生徒を当てたりせずに授業をするタイプなので、ちょっとくらい話を聞いていなくても平気だ。

今までクラスメイトに付き合ってるんじゃないかって噂されていた。私はあり得ないって思った。だって幼なじみだもん。ずっと一緒にいるからもう兄弟のような存在で恋愛感情なんか芽生えるわけ芽生えるわけ...。

自分で自分に聞いてみる。 

でも、最近泉谷なんか変だった。急に真っ赤にするし逃げるし...。、

『俺は絶対に言わないからな!!』

言わないって何を?

ああ、もうやめよう。これ考えててもらちが開かない。私は頭をリセットし、黒板に書いてある文字を写し始めた。

今日は早く家につきそうだったので、隣の駅にある本屋によることにした。

私も高2だし、そろそろ志望校決めないとな。改札を通り、電車をまちながらそう考える。

私と同じ制服を着た人、違う高校の人、老人、そして小さい子供などさまざまな人が電車に乗っていた。隣の駅の名前がアナウンスされるとドアの前にたち、電車を降りる。すると何者かが私の肩をたたいた。

びっくりして後ろを振り返ると見たことがある顔だった。

「姫乃先輩....ですよね?」

朝露が滴る若葉のような緑髪。明るい太陽のような橙色の瞳。間違えない。私は思わず嬉しくなり目を輝かせる。

「ツッキーじゃん!久しぶり!」

ツッキーこと月城光輝は私が交通事故に遭い、入院していたときにたまたま隣にいた一つ年下の人だ。6年越しの再会。お互い高校生になったので声が低くなっている。私の頭一つ分背が小さかったツッキーももう私の身長を超えていた。

しかし、こんな偶然があるものか。隣の駅で再会するなんて。世界は狭いなと改めて感じさせる。

「お久しぶりです。ここの駅が先輩の最寄り駅なんですか?」

「ううん。私の最寄りは一個先の島瀬駅!今日は上月駅によって本屋寄ろうかなって。」

「じゃあ近いですね。実は僕の最寄り駅はここなんです。これから家に帰るところなのですが、本屋一緒についていっていいですか??」

「それはいいんだけどさ、敬語使わなくていいよ?あのときだってタメ口だったんだし。」

私たちは改札を通り、歩きながら話す。上月駅は割と田舎である。高齢化が進んでいるせいか老夫婦とよくすれちがう。比較的静かな駅だ。

私の言葉にツッキーは驚いた顔をしていた。

「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!年上に敬語を使うのは当たり前ですよ!あの頃はそんなことも知らずに姫乃先輩に...。申し訳ないです。」

気持ちが沈んでいるように見える。気を悪くさせちゃったかな。私は満面の笑みで『そんなことないって!』といいながら本屋へと向かった。





本屋についた。さすが田舎だけあって人が少ない。店員の『いらっしゃいませ』という声だけが鳴り響く。

えぇっと参考書、参考書...。

「姫乃先輩!参考書はあっちですよ!」

ツッキーが行く方向へ私もついていくことにした。

歩いた先には本当にあった。私はずらっと並んでいる参考書をみながら話し出す。

「ツッキーここよく来てるの?」

参考書といってもすごくいろいろな種類がある。東大むけ、勉強法、苦手克服用、志望校の選び方、....

どれにしようと思いながら本をとっては戻すの繰り返しだ。うーんとなりながら腕を組む。

「まあまあ来ますね。先輩行きたい大学決まってるんですか?」

「それが決まってなくて。高2になって理系に進んだんだけどただ得意なだけで...」

「僕も決まってないですしそんなに焦らなくて大丈夫ですよ。僕は実家を継がないといけないんですけど...。」

そうだ。月城ってどこかで聞き覚えがあるなと思ったらあの大手会社の社長さんだった。代々続いているからツッキーもきっと社長になるだな。

「そうなんだ。なんだか進路が早く決まってて羨ましいな。」

「そ、そうですね...。」 

ツッキーは言葉を濁らせ難しい顔をしていた。

ああまた気を悪くさせちゃったかな。

買う本を選ぼうとすると不意にツッキーの手と触れた。その瞬間、お互いの手が無意識に離れ、不意に目と目が合う。

私は自然と笑みをこぼした。

「あ、ごめんツッキー。」

「ぼ、僕は全然大丈夫ですっ!そ、それよりこの本いかがですか?進路決まってない人でも読めるようなものだと思います!参考書ではないですけど」

ツッキーは一冊本をとり私に見せる。

『高校生必見!!色々な大学の学部の秘密』か。

「いいかも。ちょっと見せて。」

ツッキーが本を渡す。なかなか良さそうだ。

「決めた。これ買おう。」

私は財布を取り出しお会計へと行く。

ツッキーは私の行動を見てとても驚いていた。

「先輩!そんなすぐ決めちゃっていいんですか!?しかもこれ参考書じゃないですよ!」

私はなぜツッキーが慌てているのか全くわからない。

「大丈夫だよ。私これって決めたらもう迷わないタイプだから!」

私は彼にピースしお会計へ行った。ツッキーはなぜか苦笑いしているようだった。

さすが客がいないだけ並ばずにすぐに買えた。袋に入れてもらい彼と一緒に店を出る。

「とりあえずいい本が見つかって良かったな。」

私は独り言のように言葉をこぼす。

「そういえばあの頃からそうでしたよね。先輩。」

「あー!アイスのこと?」

私たちが入院しているときに私の母が私たちにアイスを差し入れしてくれたときだ。期間限定の味が出たらしく母は私たちにメニューを見せた。私はソーダ味が好きなので『トロピカルクリームソーダ味』に即決していた。ツッキーはというとすぐに決まらず「これもこれもいいなぁ」と呟いていた。即決した私の姿を見て目を思い切り真ん丸にしていたのを思い出す。

ふふっ。懐かしいな。

隣を見ると私と同じように彼も口角が上がっていた。

「懐かしいですね。もう6年もたつんですね。」

ツッキーは目線上げ、空を見つめていた。私もそれに倣って空を見上げた。

私が退院したときもこんな空だったな。

快晴なのか曇っているのかわからない微妙な天気。青空は見えないけど少しだけ太陽が差し込んでいる不思議な天気。

私の方がツッキーより先に退院した。まぁツッキーも数日後に退院したんだけど。

私が退院する姿を見て彼は目をうるうるしながら大声で泣き叫んでいたな。

『姫乃ちゃぁぁん!もう会えないなんてぼく、絶対嫌だからぁ!!』

その声があまりにも大きかったのか、看護師さんが止めにいっていたっけ。

こんなに私のことを想ってくれて私も涙を流したな。

「もう駅ですよ。先輩。まさか再会するなんて思いませんでした。会えて良かったです。よかったらLINE交換しませんか?」

「こちらこそ。LINE?全然いいよー!QRコード出すね。」

私は素早く携帯開きQRコードを出す。

LINE交換し、私たちは手を振り別れた。



私は電車に乗りながら今日のあったことを思い出す。

なんだか今日は色々あったな。不思議と私は電車の窓を眺めていた。



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家に帰った光輝は鞄をおろす。

「光輝おかえり。」

母親の声がリビングから聞こえる。僕は『ただいま。』と言いながら素早く自分の部屋へと行く。

自分のベッドに思い切りダイブする。先輩がいるわけじゃないのにまだ心臓がドキドキしている。本当に会えるとは思わなかった。だってずっと会いたかったから。

急に先輩が現れたから思わず声をかけちゃったよ。もっと髪とかセットすればよかった。

『ツッキーはいつもかわいいなぁ!』

6年前口癖のように言っていた先輩の言葉を思い出す。

僕、もうかわいいなんて言われたくないのに。確かに後輩だし、下に見られるのは当然かもしれないけどそれでも....僕は...。

机の上に飾ってある6年前の写真を見つめる。

僕の想いはずっと先輩だけなんだ。



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