田舎のお婆ちゃんから聞いた言い伝え

 夕焼けに染まる西の空。沈みゆく太陽は、燃えるような赤色で、まるで血のように空を染めていた。祖母は畑仕事を終え、鍬と熊手を一輪車に載せ、ゆっくりと家路につこうとしていた。その日、空は異様なほどに静まり返っていた。いつもの虫の音さえ聞こえない、不自然な静寂が、祖母の背筋を凍らせた。

西の太陽が地平線に近づき、最後の光を放つその時、北の空に、もう一つの太陽が現れた。それは西の太陽と同じように赤く燃え、同じように巨大だった。二つの太陽は、まるで宇宙の歪みから生まれた双子の怪物のように、空に鎮座していた。

祖母は息を呑んだ。鍬の柄が、手に冷たく感じられた。二つの太陽は、西と北、正反対の方角に位置しながら、同じように燃え上がり、同じように沈んでいく様子を見せていた。それは、まるで、この世の理を嘲笑うかのような、不気味な光景だった。

その日、祖母が目撃したものは、彼女だけのものではなかった。村の多くの人々が、二つの太陽を目撃した。夕暮れの空に浮かぶ二つの太陽は、人々の心に恐怖と畏怖を植えつけた。子供たちは泣き叫び、大人たちは神への祈りをささげた。村全体が、異様な雰囲気に包まれた。

しかし、その光景は、ただ不気味なだけのものではなかった。二つの太陽の間には、奇妙な力が働いていた。それは、時間の流れを歪める力だった。二つの太陽が沈むにつれて、時間の流れが遅くなり、やがて止まった。村の時間は、その場で停止した。

鳥のさえずりも、風の音も、すべてが消え去った。静寂は、より深く、より不気味なものへと変化していった。村の人々は、まるで琥珀の中に閉じ込められた昆虫のように、時間の流れから切り離された。

祖母は、その静寂の中で、何かを感じ取った。それは、深淵からの呼び声のような、冷たい恐怖だった。二つの太陽は、単なる自然現象ではなく、何か恐ろしいものの前兆であることを、祖母は直感的に理解した。

それから数日後、村では奇妙な出来事が起こり始めた。家畜が次々と姿を消し、人々は夜中に奇妙な影を見たと証言した。そして、ついに、村の井戸から、黒い液体が湧き出した。その液体に触れたものは、すべて石化し、動かなくなった。

村は、恐怖と絶望に包まれた。二つの太陽は、村に呪いをかけたのだ。祖母は、その呪いを解く方法を探し求めたが、何も見つからなかった。彼女は、ただ、あの日の二つの太陽、そして、その後に起こった恐ろしい出来事を、心に刻み続けるしかなかった。

 それから何年も経った今、祖母は、あの日の二つの太陽を鮮明に覚えている。それは、彼女の人生における、最も恐ろしい、そして、最も忘れられない出来事だった。そして、その記憶は、彼女の子孫へと受け継がれ、村の語り草として語り継がれていくことだろう。二つの太陽の呪いは、村に永遠に刻まれた。その事は日記にも記されていた。
 幼い頃から、私は「山の太鼓が聞こえたら、すぐに山を下りなさい」と祖母から言い聞かされていた。山は、村の背後にそびえ立つ、鬱蒼とした深い森に覆われた山。その山には、古くから天狗が住んでいるという伝説があり、太鼓の音が聞こえるのは、雨が降る前触れだとされていた。天狗が、山に暮らす人々への、雨の警告だと。

祖母は、その言い伝えを、まるで生きた歴史のように語ってくれた。村の古老たちが代々語り継いできた、畏怖と敬意が混ざり合った、神聖な物語だった。幼い私は、その話を聞くたびに、山の深い森の中に、大きな太鼓を叩く天狗の姿を想像し、胸がドキドキした。

 ある夏の午後、私は友人と二人で、山に登っていた。日差しは強く、汗ばむほどの暑さだった。私たちは、山道を登りながら、雑談をしたり、珍しい花を探したりして、楽しい時間を過ごしていた。

しかし、山の中腹に差し掛かった頃、空気が急に変わった。さっきまでの陽気な雰囲気は消え、静寂が山を覆い始めた。風が吹きつけ、木々がざわめき始めた。そして、遠くから、ぼんやりと、しかし確実に、太鼓の音が聞こえてきた。

最初は、気のせいではないかと思った。しかし、音は次第に大きくなり、私たちの耳に、重く、不気味な響きとして迫ってきた。それは、まるで、巨大な太鼓が、私たちのすぐ近くで叩かれているかのような、生々しい音だった。

「あれ…太鼓の音…」

友人の顔が、青ざめていた。私も、心臓が激しく鼓動し始めた。祖母の言葉が、脳裏に鮮やかに蘇る。太鼓の音…雨の予兆…そして、天狗…

私たちは、恐怖に慄きながら、一目散に山を下り始めた。足元は、ぬかるんでいて滑りやすく、何度も転びそうになった。しかし、太鼓の音は、私たちの背後から、執拗に追いかけてくるように聞こえた。

その音は、単なる太鼓の音ではなかった。それは、私たちの恐怖心を煽る、不気味なリズムだった。まるで、天狗が、私たちを嘲笑うかのように、太鼓を叩き続けているかのようだった。

私たちは、必死に山を下り続けた。しかし、太鼓の音は、一向に小さくなる気配を見せなかった。むしろ、どんどん大きくなり、私たちの耳を震わせるほどになった。

やがて、山から下りきった頃には、空は暗くなり始めていた。そして、私たちが村にたどり着いた直後、激しい雨が降り始めた。まるで、天狗が、太鼓の音で雨を呼び寄せ、私たちを山から追い払ったかのようだった。

その夜、私は、祖母に今日の出来事を話した。祖母は、私の話を静かに聞いて、そして、こう言った。

「天狗は、山を守る神様よ。山に分け入った人間を、雨で試しているのかも知れない。無事に山を下りられたのは、天狗の慈悲だったのよ」

祖母の言葉は、私の恐怖心をいくらか和らげてくれた。しかし、山の太鼓の音は、私の心に、深い影を落としたままだった。

それからというもの、私は、山に近づくことさえ恐れるようになった。あの日の太鼓の音は、単なる雨の予兆ではなかった。それは、天狗からの警告であり、そして、山への畏怖を改めて私に教えてくれた、忘れられない体験だった。

 ある日、私は古い村の記録を調べていた。すると、山の太鼓に関する、驚くべき記述を見つけた。それは、天狗の太鼓の音は、単なる雨の予兆ではなく、山に異変が起きた時、あるいは、危険が迫った時に鳴り響く、警告の音だというのだ。

記録には、過去に、山の太鼓が鳴り響いた後、山崩れや、大規模な洪水が発生したという記述もあった。つまり、天狗の太鼓は、単なる迷信ではなく、山に住む人々を守るための、重要な合図だったのだ。

私は、改めて祖母の言葉を思い起こした。祖母は、天狗の太鼓の音を、単なる雨の予兆としてではなく、山からの警告として捉えていた。そして、その警告を無視した者は、必ず災厄に見舞われると、私に教えてくれていたのだ。

山の太鼓の音は、今もなお、私の心に響き続けている。それは、自然の脅威に対する畏敬の念、そして、祖先から受け継がれてきた知恵の大切さを教えてくれる、忘れられない記憶として。
 私がまだ幼い頃の話だ。

「お婆ちゃん、なんかお経が聞こえるよ?」

「どんな声をしてる?」

「男の人の声!」

「ああ、それなら亡くなったお爺さんだ。」

お経は、数日間続いた。



それからお経は聞こえることもなくなっていたので、学生時代、学生寮に入る頃にはすっかり忘れていた。



ところが、ある日のこと。部屋にどこからともなく線香の香りがしてきたと思ったら…。お経が聞こえてきた。お経はだんだんはっきりと聞こえてくると、私は耳をふさいで、

「お経が聞こえる。」

と、ルームメートに言ってしまった。

「不吉なこと言わないで!」

怒られてしまったが、その日夕方に、ルームメートの甥っ子が亡くなったという連絡が入った。

「黒いスーツ、持ってない…よね?」

「この、黒いスーツなら持ってるよ」

「着てみてもいい?」

「うん」

「…サイズぴったり!借りていい?」

「いいよ。」

私は快くスーツを貸した。朝礼で、黒のスーツ姿でスピーチをした彼女は、亡くなった甥っ子のことを話していた。朝礼が終わると彼女はタクシーで実家に帰っていった。

 山深い里に、代々受け継がれる恐ろしい伝説があった。「鬼伝説」と村人たちは呼んでいた。その昔、この地を未曾有の飢饉が襲った。人々は食料を求め、山野を彷徨い、やがては人食いへと堕ちていったという。しかし、村人たちの恐怖は、人食いだけではなかった。

飢えに狂った人々の間で囁かれ始めたのは、山から降りてくるという「鬼」の存在だった。それは、人ではない、何か恐ろしいもの。鋭い爪と牙を持ち、人間の血肉を貪り尽くすという、想像を絶する怪物だった。飢饉は、人々の心を蝕み、やがては鬼の伝説を生み出したのかもしれない。あるいは、鬼こそが飢饉をもたらした張本人なのかもしれない。その真偽は、もはや誰にも分からなかった。

鬼の襲来は、必ず夜に行われた。深い闇に紛れて、村の周辺に忍び寄り、人々の安眠を襲う。鋭い悲鳴が夜空に響き渡り、朝には、血痕と、残された衣服だけが、鬼の襲来を物語っていた。

村人たちは、恐怖に怯えながら、必死に生き延びようとした。しかし、鬼の力は圧倒的で、村人たちの抵抗は、まるで無力だった。やがて、村には、鬼の恐怖を避けるための風習が生まれた。それが、節分の「柊鰯」である。

柊鰯は、(ひいらぎ)の枝と焼いた(いわし)を玄関に飾る風習だ。江戸時代から続くこの風習は、鬼の弱点を利用した、村人たちの知恵の結晶だった。鰯を焼く際に立ち上る煙と、その独特の匂い、そして柊の鋭い棘。これらが、鬼を遠ざける力を持つと信じられていた。

しかし、この風習は、単なる迷信や、恐怖からの逃避ではなかった。それは、鬼という存在を、村人たちが共有する恐怖として受け止め、その恐怖と共存するための、知恵と信仰の象徴でもあった。

 現代においても、この里では、節分に柊鰯を飾る風習は、脈々と受け継がれている。都会では、その風習は、ほとんど忘れ去られているかもしれない。しかし、この山深い里では、人々は、今もなお、鬼の伝説を語り継ぎ、その恐怖を忘れないようにしている。

ある晩、私は、この里を訪れた。節分の日だった。村人たちは、夕暮れ時から、鰯を焼き始めた。鰯の独特の匂いが、風に乗って、里全体に広がっていく。その匂いは、どこか懐かしいようで、同時に、不気味さを感じさせた。

夜になり、私は、村はずれの古い神社にいた。神社の境内に、無数の柊鰯が飾られていた。その光景は、まるで、鬼の侵入を防ぐための、精巧な罠のようだった。

その時だった。遠くから、何かが近づいてくる足音が聞こえた。それは、人間のものではない、重く、鈍い足音だった。私の心臓は、激しく鼓動し始めた。恐怖が、全身を駆け巡った。

足音は、次第に大きくなり、そして、神社の境内に、巨大な影が映し出された。それは、伝説の鬼だった。

鬼は、私を睨みつけ、鋭い牙を剥き出した。その目は、血に染まり、狂気に満ちていた。私は、恐怖で、身動きが取れなくなった。

しかし、その時、鰯の煙と、柊の棘が、鬼の動きを止めた。鬼は、苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりと、闇の中に消えていった。

私は、その場から逃げ出した。そして、二度と、この里には来ないと誓った。しかし、私の心には、鬼伝説、そして、柊鰯の記憶が、深く刻み込まれたままだった。それは、決して消えることのない、恐怖と、畏敬の念だった。

 この里の鬼伝説は、単なる昔話ではない。それは、飢饉という過酷な現実と、人々の恐怖、そして、生き延びるための知恵が、複雑に絡み合った、生きた歴史だった。そして、その歴史は、今もなお、この里に、影を落としていた。
 夕闇が迫る山間の集落、奥山(おくやま)村。そこには、古くから語り継がれる恐ろしい伝説があった。「口裂け女」の物語だ。都会で噂される口裂け女とは異なり、奥山村の口裂け女は、村の忌まわしい歴史と深く結びついていた。

村はずれの朽ち果てた(ほこら)の傍らには、今もなお、枯れ果てた一本の桜の木が立っている。その桜の木は、かつて村一番の美人と謳われた、お(さき)という娘が、生きたまま埋められた場所だと伝えられている。お咲は、村の有力者の息子と恋仲にあったが、その恋は許されず、村人たちの怒りを買ってしまったのだ。

お咲は、村人たちに惨殺され、その遺体は桜の木の下に埋められた。そして、それからというもの、奥山村では、奇妙な事件が頻発するようになった。家畜が何者かに襲われ、村人たちが夜中に奇怪な声を聞くようになったのだ。

やがて、人々は、お咲の怨念が、口裂け女となって村を徘徊しているのだと噂するようになった。その口裂け女は、真っ赤な着物を着て、長い黒髪を靡かせ、不気味な笑みを浮かべているという。そして、夜道で子供に「綺麗?」と尋ね、綺麗だと答えると、鋭い刃物で口を裂いてしまうのだ。

その刃物は、お咲が殺された際に使われたものと同じだと伝えられている。口裂け女は、お咲の怨念が宿った刃物で、村の子供たちを襲い続けるというのだ。

ある日、村長の息子である10歳の少年、太郎(たろう)は、夕暮れ時に一人で山道を下っていた。太郎は、口裂け女の噂を聞いていたが、まさか自分が襲われるとは思っていなかった。

薄暗くなった山道。太郎は、背筋に冷たい風を感じた。その時だった。

「綺麗?」

背後から、かすれた声が聞こえた。太郎は、恐怖で体が震えた。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、真っ赤な着物を着た女だった。彼女の顔は、影に隠されていたが、その不気味な笑みは、はっきりと見えた。

太郎は、恐怖で声が出なかった。彼は、必死に逃げようとしたが、足が動かない。まるで、何かが足に絡み付いているかのように、体が重く感じられた。

「き…綺麗じゃない…」

太郎は、震える声で答えた。しかし、その言葉は、虚しく響き渡った。

女は、ゆっくりと太郎に近づいてきた。そして、彼女の顔は、影から現れた。それは、想像を絶するほど、恐ろしい顔だった。彼女の口は、耳元まで裂けており、その裂けた口からは、鋭い歯が覗いていた。

太郎は、絶叫した。しかし、その声は、夜の闇に飲み込まれてしまった。

女は、何かを手に持っていた。それは、錆びついた刃物だった。太郎は、その刃物が、自分の顔に近づいてくるのを感じた。

その時、太郎は、全てを悟った。彼は、口裂け女に襲われる運命にあったのだ。

しかし、太郎は、諦めなかった。彼は、必死に抵抗した。彼は、女の手から刃物を奪おうとした。

激しい格闘の末、太郎は、女から刃物を奪うことに成功した。しかし、その瞬間、彼は、女の顔を見た。それは、お咲の顔だった。

お咲の怨念は、太郎の心に深く刻まれた。そして、太郎は、村の忌まわしい歴史と、口裂け女の伝説を、これからも語り継いでいくことを決意した。それは、二度と、同じ悲劇を繰り返さないための、彼の誓いだった。

 それからというもの、奥山村では、口裂け女の噂は影を潜めた。しかし、村人たちは、決してその伝説を忘れることはなかった。彼らは、お咲の霊を慰め、二度と悲劇が繰り返されないように、村を守り続けていった。そして、枯れ果てた桜の木の下には、毎年、白い花が供えられ続けている。それは、お咲の魂への鎮魂歌だった。

しかし、時折、夜中に村の奥深くから、かすかな女の笑い声が聞こえてくるという。それは、お咲の魂が、まだこの世に未練を残している証なのかもしれない。奥山村の口裂け女の物語は、今もなお、語り継がれ続けている。
 廃墟旅館「月影荘」。その不気味な噂は、翔太、雄大、澪の3人にとって、週末のちょっとした冒険だった。

 翔太、几帳面な性格の会社員。事前にネットで月影荘の情報を集め、地図にルートを書き込み、懐中電灯と非常食、そして念のため持参した応急処置セットをリュックに詰めていた。計画性と準備は、彼のいつものスタイルだった。

 雄大、写真が趣味のフリーター。最新のミラーレス一眼レフカメラと三脚、そして、予備バッテリーをしっかり準備。廃墟の雰囲気を捉え、SNSにアップロードすることを既に想像していた。少しばかりの恐怖は、むしろ創作意欲を高めるスパイスだと考えていた。

 澪、読書好きの大学生。彼女は、地元の図書館で月影荘に関する古文書や怪談話を探していた。古びたノートとペンを携え、何か面白い発見があることを期待していた。少しばかりの恐怖は、彼女にとって、日常の退屈な読書とは違う刺激だった。

日没直前、3人は月影荘に到着。翔太は、地図を確認しながら、一番安全そうなルートを選び、慎重に旅館へと近づいていった。雄大は、カメラを構え、廃墟の全景を撮影。既に、SNSの投稿内容を頭の中で練っていた。「廃墟旅館探索!果たして幽霊はいるのか…?」と、心の中で呟いていた。澪は、旅館の入口付近に落ちている瓦礫を拾い上げ、古い木片や錆び付いた金属片を興味深げに観察していた。

夜が更け、森の奥から、不自然な音が聞こえ始めた。雄大は、カメラのズーム機能を使って、音のする方向を撮影。
「あれ…何か動いてる…?」
と、呟きながら、動画を撮影し続けた。

翔太は、懐中電灯の光を頼りに、周囲を確認。何かが這ったような跡を発見し、少しだけ背筋が寒くなった。

澪は、ノートに、聞こえた音や、感じた雰囲気をメモに書き留めていた。
「…風の音ではない…何かが…近くにいる…」
と、書き込みながら、少し震える手でペンを握っていた。

突然、
「グェーッ」
という、獣の唸り声のような悲鳴が、彼らのすぐそばで響き渡る。雄大は、思わずカメラを落としそうになった。翔太は、懐中電灯を照らしながら、3人で協力して、旅館から逃げ出した。澪は、メモを取りながら、その様子を記録していた。

彼らは、恐怖と興奮が入り混じったまま、月影荘を後にした。 翔太は、無事に帰還できた安堵感を感じた。雄大は、撮影した写真と動画を編集し、SNSに投稿することを楽しみにしていた。澪は、ノートに書き留めた情報を元に、物語を創作することを考えていた。 月影荘の体験は、彼らの日常に、ちょっとした刺激と、忘れられない思い出を残したのだった。

彼らは、闇の中に逃げ込んだ。しかし、闇は、彼らを包み込み、逃げ場を奪う。 一つ目小僧は、彼らのすぐ後ろに、すぐそばに、常に存在していた。その小さな白い影は、闇に溶け込み、そして、突如として現れ、彼らの視界を奪う。

彼らは、狂ったように逃げた。しかし、一つ目小僧は、決して彼らを離れなかった。その冷たい小さな手が、彼らの足を、腕を、そして、首を掴もうとしてくる。

彼らは、森を抜け出し、村の端までたどり着いた時、完全に意識を失っていた。気が付くと、彼らは、村の神社の境内、土の上に倒れていた。

3人は、二度と月影荘には近づかないと誓った。しかし、彼らの心に刻まれた恐怖は、消えることはなかった。一つ目小僧の冷たい手触り、耳をつんざく悲鳴、そして、闇に潜む、その不気味な存在。それは、彼らの魂に、永遠の悪夢を刻み込んだ。そして、月影荘の周辺では、今もなお、一つ目小僧の噂が、恐怖と共に語り継がれている。
 古びた墓標が立ち並ぶ、村はずれの墓地。生い茂る雑木林は、薄暗い影を落とし、昼なお暗い空間を作り出していた。その奥にひっそりと佇む小さな火葬場。コンクリート造りの近代的な火葬場とは異なり、それはまるで朽ち果てた小屋のようだった。

 私の家系は、江戸時代から続く旧家。代々受け継がれてきた墓は、苔むして文字が判読できないほどに古びていた。その墓のそばで、私は村の葬儀を何度も見てきた。

故人の遺体は、すでに小さな棺に納められていた。その棺を担ぐのは、喪服から白い着物に着替えた遺族の男たち。彼らの顔は、悲しみと疲労の色で覆われていた。

前日が雨だった日は、墓地への道はぬかるみ、足元は滑りやすかった。男たちは、ぬかるんだ道を慎重に、しかし力強く進んでいく。彼らの足取りは、重く、そして沈痛だった。

火葬場の小さな炉は、煙を吐き出し、不気味な音を立てていた。火夫は、炉の火を絶え間なく見守り、調整していた。彼の顔にも、疲労の色が濃く浮かんでいた。

棺が炉に納められると、男たちは静かに祈りを捧げた。彼らの祈りは、悲しみと、故人への鎮魂の念で満たされていた。

火葬が終わると、男たちは白い着物を脱ぎ、再び喪服に着替えた。彼らの顔には、疲労と喪失感、そして何とも言えない虚脱感が漂っていた。

しかし、その葬儀には、いつもと違う何かがあった。それは、視線だった。

誰かが、私を見ているような気がしたのだ。

それは、墓地の木々の間から、あるいは墓標の陰から、私をじっと見つめる視線だった。冷たい、そして鋭い視線。

その視線は、故人の霊なのか、それとも…

私は、恐怖に慄いた。

その夜、私は悪夢を見た。

夢の中で、私は墓地にいた。漆黒の闇の中で、白い着物を着た男たちが、棺を担いで彷徨っている。彼らの顔は、影に隠され、表情は全く見えない。

そして、彼らの背後から、何かが迫ってくる。それは、巨大な影で、その形は全く分からなかった。

私は、叫び声を上げたが、声は出なかった。

私は、逃げようとしたが、足が動かなかった。

そして、私は、その影に飲み込まれてしまった。

私は、目を覚ました。

額には、冷や汗が流れていた。

それからというもの、私は村の葬儀を見るのが怖くなった。

あの冷たい視線、あの不気味な影。それらは、私の心に深く刻み込まれていた。

ある日、私は村の古老に、あの葬儀の話をした。

古老は、私の話を静かに聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「昔、この墓地では、多くの悲しい出来事があった。人々は、その悲しみを、この地の霊に託した。そして、霊たちは、今もこの地を彷徨っている…」

古老の言葉は、私の恐怖をさらに増幅させた。

私は、村を離れることを決めた。

しかし、村の葬儀、そしてあの冷たい視線は、今も私の心に深く刻み込まれている。

それは、決して忘れることのできない、恐怖の記憶として。
 雪深い山道。視界を遮るほどの猛吹雪が、容赦なく襲いかかる。凍えるような寒気が、肌を突き刺す。山小屋から一歩も出ずにいればよかったと、後悔が込み上げてくる。しかし、既に手遅れだった。

忠夫は、雪山で遭難した。同行していた仲間とは、視界不良の中で離れ離れになり、一人きりになってしまったのだ。携帯電話は圏外。頼みの綱だった懐中電灯も、電池切れを起こし、闇に包まれた。

体力の限界を感じ始めた頃、視界に白い影が飛び込んできた。最初は、雪の塊かと思った。しかし、近づいてくるにつれ、その影は次第に人型を帯びていく。

それは、見事なまでの美貌の女性だった。白い着物に、黒髪が風になびいている。まるで、雪の妖精のような、幻想的な美しさ。しかし、その美しさとは裏腹に、彼女の瞳には、底知れぬ冷たさが宿っていた。

「迷子ですか?」

彼女の言葉は、雪の結晶のように、冷たく、鋭く、忠夫の耳に突き刺さる。

「はい…」

震える声で答えると、彼女はゆっくりと近づいてきた。彼女の吐息は、白く凍りつき、忠夫の顔に当たる。その冷たさは、尋常ではない。まるで、生きた氷に触れているかのようだ。

「寒いですね…」

彼女は、忠夫の肩に手を置いた。その瞬間、私の全身が凍り付くような感覚に襲われた。彼女の肌は、氷のように冷たい。まるで、死人の肌に触れているようだ。

「一緒に、温まりませんか?」

彼女は、忠夫を山小屋に誘う。その誘いは、悪魔のささやきのように、忠夫の心を揺さぶる。しかし、彼女の冷たさ、彼女の瞳の奥に潜む闇を感じて、私は恐怖に慄く。

「…すみません、一人で大丈夫です…」

忠夫は、必死に断ろうとする。しかし、彼女の力は、想像をはるかに超えていた。忠夫の体は、彼女の意志のままに動いている。まるで、操り人形のように。

彼女は、忠夫の手を取り、山小屋へと導いていく。その手は、氷のように冷たい。しかし、その冷たさとは裏腹に、彼女の力は、驚くほど強い。まるで、鉄の爪で掴まれているかのようだ。

山小屋の中は、予想以上に寒かった。暖炉は消えており、部屋には、凍えるような冷気が充満している。彼女は、暖炉に火をつけるでもなく、ただ忠夫をじっと見つめている。

彼女の瞳は、まるで、深い闇の淵のように、底知れぬ恐怖をたたえている。その瞳に吸い込まれそうになり、忠夫は目をそらすことができない。

「あなたは、美しいですね…」

彼女は、忠夫の顔を優しく撫でる。その手は、依然として氷のように冷たい。しかし、その冷たさとは裏腹に、彼女の言葉は、甘く、妖艶だ。

「でも、あなたは、すぐに凍ってしまうでしょう…」

彼女は、忠夫の耳元で囁く。その声は、雪の結晶のように、冷たく、鋭く、忠夫の耳に突き刺さる。

「なぜ、こんなことを…」

忠夫は、彼女に問いかける。しかし、彼女は何も答えない。ただ、忠夫をじっと見つめている。その瞳は、まるで、忠夫の魂を奪おうとしているかのようだ。

彼女の冷たい指が、忠夫の頬に触れる。その瞬間、忠夫の体の感覚が、徐々に失われていく。まるで、氷の中に閉じ込められていくようだ。

視界がぼやけていく。意識が遠のいていく。忠夫は、彼女の冷たさに、完全に支配されていく。

最後の意識の中で、忠夫は彼女の美しい顔を見た。しかし、その顔は、徐々に歪んでいく。まるで、鬼のような、恐ろしい顔へと変化していく。

そして、忠夫は、永遠の眠りについた。

 数日後、捜索隊が忠夫を発見した。忠夫は、凍りついたまま、山小屋の中で息絶えていた。忠夫の傍らには、白い着物姿の美しい女性の姿はなかった。ただ、凍てつくような冷気だけが、残されていた。

 それからというもの、雪山で遭難した人の話には、必ず雪女の噂がつきまとうようになった。美しい女性の幻影、そして、凍えるような冷たさ。それは、雪山に潜む、恐ろしい存在の証だった。 人々は、雪女の物語を語り継ぎ、雪山への畏怖の念を、いつまでも胸に刻み続ける。 雪女の呪縛は、永遠に続くのだ。
 村はずれの、朽ちかけた杉の巨木が寄り添うように立つ一軒家は、まるで呪われたかのように静まり返っていた。かつては、仕事熱心で明るい青年と、その優しい母親が暮らしていた家だ。しかし、今は、窓ガラスには埃が厚く積もり、庭には雑草が膝まで伸び放題。ひび割れた土塀からは、廃墟の息遣いが感じられた。



青年、三郎は、かつてこの村で誰もが認める働き者だった。しかし、母親の認知症は、彼の生活を根底から覆した。懸命な介護の日々も、母親の死には抗えず、三郎は深い悲しみに沈んだ。仕事も辞め、酒に溺れる日々。村人との交流も途絶え、やがて彼はこの家から一歩も出なくなった。唯一の接点は、酒屋への酒の注文だけだった。



 それから数ヶ月後、異臭が村中に漂い始めた。最初は誰の家のものか分からなかったが、風向きと臭いの強さから、三郎の家であると特定された。腐敗臭、生臭さ、そして何とも言えない、獣のような臭いが混ざり合った、吐き気を催すような悪臭だった。



村人たちは不安に駆られた。三郎の様子がおかしいことは、皆知っていた。しかし、誰も彼に近づくことができなかった。彼の閉ざされた世界に、誰も踏み込む勇気がなかったのだ。



ある日、勇気を出して彼の家を尋ねたのは、村で一番の古株である老婆、お浜さんだった。お浜さんは、三郎の母親と親しかった。彼女は、三郎の異変をいち早く察知し、彼の様子を見に来たのだ。



しかし、家の前まで来ると、お浜さんは足が止まった。家の周囲には、異様な静寂が漂い、空気さえ重く感じられた。窓から覗き込もうとしたが、厚い埃と、何とも言えない不気味さを感じ、断念した。



その夜、お浜さんは、村長に相談した。村長は、警察に通報することを提案したが、お浜さんはそれを拒否した。警察を呼ぶことで、村に余計な騒ぎを呼ぶことを恐れたのだ。代わりに、数人の村人と共に、三郎の家を訪れることにした。



夜、懐中電灯を手にした数人が、静かに三郎の家の前に集まった。戸口のノッカーは朽ち果てており、代わりに、戸をそっと叩いてみた。反応がない。何度か叩いても、返事はない。



ついに、お浜さんが、戸を開けることにした。戸は、驚くほど簡単に開いた。まるで、最初から開けっ放しだったかのように。



家の中は、想像を絶する光景だった。埃とゴミが散乱し、空気が淀み、異臭はさらに強烈だった。そして、居間の片隅で、三郎は発見された。首には、縄が巻き付いている。彼は、自らの手で命を絶っていたのだ。



しかし、それだけではなかった。三郎の傍らには、何やら奇妙なものが置かれていた。それは、人間の骨のような、白く小さな骨のかけらだった。数え切れないほどの骨のかけらが、床に散らばり、まるで、何かが砕かれた跡のように見えた。



さらに、異臭の原因が明らかになった。それは、三郎の母親の遺体だった。腐敗が進んでおり、形も判別できないほどだった。しかし、奇妙なことに、遺体の周囲には、奇妙な粘液のようなものがこびりついていた。まるで、何かが遺体を舐めまわしたかのような跡だった。



警察が到着し、現場検証が行われた。三郎の死因は自殺と断定されたが、母親の遺体の状態、そして、無数の骨のかけらは、謎のままだった。



 それからというもの、三郎の家の周囲には、夜になると、奇妙な音が聞こえるようになったという。風の音とも、獣の鳴き声とも違う、何かがうめき声を上げるような、不気味な音だ。



そして、村人たちは噂し始めた。三郎の母親の遺体から見つかった粘液、そして、無数の骨のかけら…それは、何か、人間ではない何かが、三郎の母親、そして三郎自身を襲った証拠ではないかと。



 村はずれの、朽ちかけた杉の巨木が寄り添うように立つ一軒家は、今も静かに、そして不気味に、村を見下ろしている。その家には、かつての幸せな家族の面影はなく、ただ、深い闇と、忘れ去られた悲劇だけが、残されていた。そして、夜になると、あの不気味なうめき声が、村中に響き渡るのだ。