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9月3日(月)午後7時47分

 集会場を取り囲むスーツ姿の男女が約50人。
 私たちに逃げ道などなくなった。

「日本政府に選別ゲーム? 国が主体となってゲームを始めるってことか? どういうことだ?」

 克也の頭の上には大量の疑問符が浮かんでいる。
 それは同じベンチに座っている私と奈緒と小町も同じ。
 大人たちも状況が飲み込めないのか、誰も口を開こうとはしなかった。

 その様子を見て、織田が再び説明を始める。

「彼らも政府から派遣された選別ゲーム課に所属する私の部下です。基本的に私たちは、皆さんに干渉することはございません。ですが————」

「ふざけんなよ。さっきから黙って聞いてりゃわけわかんねぇー。あんた、織田さんだっけか?」

 村長の隣にいた浅沼空(あさぬまそら)が織田の話を遮った。
 空は、大学4年生で来年から就職することが決まっている。今は卒業論文に追われていて忙しいと、この間話していた。

「はい」

「要は、国がこの村で選別ゲームっていうゲームをしたいから、今すぐ全員集めろってことなんだろ?」

 わけわからないと言っていた割には、自分が置かれている状況をある程度は理解しているようだ。

「俺はゲームに参加しない。村長の言う通りだぜ。この村は年寄りが多いからもう寝ている可能性が高い。俺の家にいる婆ちゃんだって腹空かして待ってると思うが、待ち疲れて寝てるかもしれねー。ここでいつまでも足止めされてちゃ堪ったもんじゃないんだよ」

 空は言いたいことを全て吐き出すと織田に背を向けて歩き出した。

「どいてくれ。どけよ!」

 集会場を取り囲んでいる男の1人を力ずくで押しのけた瞬間、周りにいた織田の部下が一斉に腰から拳銃を抜いた。

 政府の人間が拳銃を所持している? なんで?
 銃口が空に向けられる。

「待て!」

 織田の一声で銃口を下げる織田の部下たち。
 どうやら上司である織田の命令は絶対のようだ。

「浅沼空さん、あなたにはゲームに参加しないという選択肢はありません。選別ゲームは、本人の意思に関わらず、全員が強制的に参加しなくてはならないゲームです。それでも参加しないということでしたら脱落という形になりますが、よろしいですか?」

「脱落? ああ、なんでもいいよ。とにかく俺は帰らないといけないんだ」

「分かりました……」

 過ぎ去っていく空の後頭部に照準を合わせる織田。
 その気配に空は気付いていない。

 政府の人間は、1人1丁拳銃を所持しているみたいだ。武器など持っていない私たちがかなうはずない。

 パンッ。
 乾いた銃声の後、空がうつ伏せに倒れたのが見えた。
 時が止まり、何も考えることが出来ない。こんなこと初めてだ。

「キャーーーーーー!」

 空が倒れた辺りから女性の悲鳴が聞こえてきた。
 目を向けると大吾と大吾の母親の恭子が立っていた。
 恭子は、大吾の両目を手のひらで覆っている。倒れた空を見せない為だろう。

 小町が大吾に花火をしようと誘いに行ったのだが、宿題を終わらせてから行くと言われたらしい。大吾はとても喜んでいたようだ。
 場所と時間は恭子に伝えていたから、宿題を終わらせて駆け付けたのだろう。
 ただ、タイミングが最悪だった。

「ゲームが始まる前に早くも脱落者が1人出てしまいました。こちらとしては、少々予想外でしたが、仕方ありません。私共も初めてでして勝手が分からないもので」

 織田は、話ながら拳銃を腰に戻すとスーツをぱんぱんと払った。

「さて、もう寝てしまった方が多いとのことでしたね。そうですね……今から20分時間を差し上げます。それまでにより多くの方を起こして再びここに集まって下さい。体が不自由な方は、仕方が無いので無理して連れて来なくても構いません。なるべく多くの方々が集まることを期待しています」

 腕時計を確認して、部下の清水に耳打ちすると、織田は集会場の中に入って行った。

—2―

9月3日(月)午後8時8分

「村長、どうするんですか?」

 石のように固まり、ぼうっと立っていた茂夫の肩を克也と小町の父親、阿部太郎が叩く。

「あ、ああ、各自、家族をここに連れてくるんじゃ。余裕がある者は、ここにいない年寄りの家にも声を掛けてくれ!」

「そうですね。分かりました」

 茂夫の指示で大人たちが動き出す。

「もう儂には何が何だかさっぱりわからん。どうしてこんなことになったんじゃ。空が……八重子(やえこ)さんになんと説明をすれば……」

 おぼつかない足取りで、茂夫も自分の家がある方へ歩いて行った。

 八重子は、空の祖母だ。自分の孫が突然命を落としたと知ったらどんな顔をするのだろうか。その痛みは計り知れない。
 頭を撃たれた空の遺体はというと、政府関係者の人たちがどこかに運んで行った。
 私たちは何も言えず、運ばれていく様子をジッと見ていることしかできなかった。

「恭子さん、大吾」

 恭子と大吾がベンチの前まで歩いてきた。
 人の死を間近で見たからか恭子の顔色が悪い。大吾がそんな恭子を心配そうに見つめている。

「私と大吾はここで待ってるわね。もう動けそうにないから……」

 恭子と大吾が隣のベンチに腰を下ろした。

「分かりました。俺と小町は、父さんと母さんを追うよ」

「私はお父さんとお母さんを呼んでくるね」

「私もみんな家にいると思うから呼んでくる。おばあちゃんは来られるか分からないけど」

 奈緒が1番に走り出し、克也と小町もそれに続く。
 私も3人と並んで走る。みんな、家の方向は同じだ。

 時間の猶予は20分だと織田が言っていた。移動の時間を差し引くと残り15分くらいか。

「それじゃ、また後で!」

「おう」

 3人と別れ、家の中に駆け込む。

「どうした凛花、そんなに慌てて」

 良かった。仕事に行っていた父の浩二が帰って来ていた。
 茶の間で横になり、母と一緒にテレビを見ていた。

「花火は終わったの?」

「花火どころじゃないんだよ。集会場の前に政府の人がいて、今からゲームを始めるって」

「政府の人がゲームをしてくれるの? 楽しそうでいいじゃない」

 ダメだ。上手く伝わらない。でも伝えている時間がもったいない。早く集会場に向かわなくては。

「全然楽しくないの。銃声聞こえなかった? 政府の人に空さんが撃たれて、村人全員集会場に連れて来いって。だから早く集会場に向かわなきゃ」

「銃声って……ロケット花火か何かの音だと思ってたけど。空が撃たれたってのは信じられないけど、凛花が嘘を言っているようにも見えないな。とりあえず、集会場に行ってみるか」

 父が立ち上がり、テレビを消す。母もテーブルに手を付いて立ち上がる。

「村人全員ってことは、おばあちゃんもだよね?」

 母がおばあちゃんが寝ている奥の部屋を見る。
 おばあちゃん、77歳の和子は腰が悪く、ほぼ寝たきりの状態だ。とても連れていくことは出来ない。

「うん。でも体が不自由な人は無理して連れて来なくてもいいって言ってた」

「そうか。母さんには悪いが、家で待っててもらうか。よしっ、行くぞ」

 靴を履き、来た道を戻る。