「好き……好きなんだ」
いつの間にこんなに大きくなったのか。
ベッドの上で泣きながら俺のことを抱きしめる高校三年生で俺の幼馴染である天海豪の背中を、慰めるように抱きしめ返してさすりながらうなずく。
「うん……いつから?」
「五歳」
「うへぇ。前すぎるだろ……お前、そんな時から俺のこと好きなの? 大好きじゃん」
「そうだよ! 大好きだよ。三歳年上の漣のこと、一途に思い続けてもう十三年だよ」
「まじかよ」
高校に入った豪が俺の身長を追い越すのは一瞬だった。
昔はあんなに小さくて可愛かったのに、いつの間にかに筋肉もつき男としては嫉妬してしまうほどの体系を手にいれている。
俺、大学三年の遠矢漣の頭一つ分くらい身長が高い。
「大学も、蓮と同じところにしたから、来年からよろしく」
「お前俺のこと逃がすつもりねぇじゃん」
「ないよ」
そう言うと、豪は俺の唇に噛みつくようにキスをした。
それを俺は無理やり剥がし、押し返した。
「おい。ガキが。許可した覚えはねぇぞ」
「だって……だって漣、誰でもいいんだろ。なら、俺でいいじゃん。俺なら、絶対に漣のこと大事にするし、一生離さないし、同じ墓に入る!」
「いやいやいや。重い重い重い……」
俺は大きくため息をついた。
別に誰でもいいわけじゃない。本当に欲しい男が手に入らないから、誰でもいいだけだ。
豪が俺に恋していたみたいに、俺もまた、不毛な恋をしていた。
「はぁぁぁぁ。どうすっかな」
とりあえずまた泣き始めた豪の頭をぽんぽんと撫でながら、俺はため息をまたつく。
可愛い弟だと思っていた豪からの告白には少なからず衝撃を受けた。
家が金持ちで、名門の学園に通う豪。隣の家で付き合いは長いが、兄弟のような関係だと思っていた。
けど、俺が毎回違う男とデートしているのを目撃されて今がある。
最初の頃は愕然としていただけだったが、さすがに三度目ともなると問いただされるだろうなとは思っていたが、告白されて泣かれて縋りつかれるとは思ってもいなかった。
「豪……あのなぁ、お前には未来があるだろ。俺のことは忘れろ」
「無理でしょ。十三年好きなのに、俺の執着舐めすぎ」
「……はぁ。あのな」
「うん」
「俺、好きな男いるんだよ」
好きな相手がいると言えばあきらめると思った。
それなのに……。
「知っているよ。壮太だろ。江戸川壮太。漣、ずっとあいつ好きじゃん」
「え……」
驚いて固まっていると、俺のことをぎゅうぎゅうと抱きしめながら豪は言った。
「十三年、漣のこと見て来たんだから分かるよ。漣も一途だよね。でもさ、結婚するんでしょ? 大学生なのに学生結婚。それ聞いて、漣が荒れ始めたの、知ってるよ」
「あー……まじかよ」
「諦められないから、他の男とデートしたの?」
真っすぐに睨みつけられるようにそう言われ、俺は天を仰ぐ。
その通り過ぎて辛い。
年下の豪に見透かされているのが、恥ずかしくて仕方がなかった。
年上ぶって余裕そうにしているのに、俺は、さっきのキスがファーストキスだった。そりゃあそうだ。豪が俺のことをずっと好きなように、俺も壮太のことがずっと好きだったから、好きな男意外とそういうことをしたこともなかった。
「別にいいだろ」
「よくない」
真っすぐに見つめられ、俺は視線を反らす。
「やけくそだったんだよ。好きな男じゃなきゃ皆同じだろ」
「なら、俺でもいいよね」
「いや、お前は……」
「いいでしょ?」
泣きそうな瞳でそう言われ、俺はため息をついた。
「だって、お前は、俺にとっては大切な家族みたいなものだし……」
「漣がそう思ってくれているの知ってたから我慢してきた。けど、漣が他の男のものになるはやっぱりいやだって思った。だから、俺は諦めない」
「いや、諦めろよ」
「無理」
「……はぁ……分かった。じゃあしばらく付き合ってやる。誰でもいいしな」
そう告げた瞬間、豪は涙をひっこめると、俺のことをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「やった! 俺、彼氏決定? わぁい。嬉しい。大好き。漣」
「あー。はいはい」
そのうち飽きるだろう。
俺も、誰かが一緒の方が今は都合がいい。
好きな男を諦めるのに……こんなに自分が女々しくなるなんて思ってもみなかったから。
壮太とは小中高一緒で大学まで一緒。ずっと親友。ずっと悪友。だった。ただ、俺は壮太のことが好きだった。
いつの間にか気づいたら好きだった。隣にいるのが当たり前だったし、これからもそうだと思っていたのに、突然壮太が結婚するとか言いだした。
相手が妊娠したらしい。
学生結婚?
無理だろ。相手が妊娠?バカだろ。ちゃんと現実見ろ。
そう思ったのに、壮太はすごく幸せそうだった。
大学を卒業するまでは親に援助をしてもらってそれからは働いて一緒に暮らしていくつもりらしい。
大学通いながらバイトもするようになって、めちゃくちゃ頑張っている。
一緒にいる時間も、大学で授業受ける時くらいになった。
どんどん壮太が遠くへ行く。
そして三年が終われば、単位をほぼ取っている四年は卒業論文くらいで、ほとんど大学もいかなくてよくなるだろう……。
壮太がどんどん遠くなる。
それと同時に、どうしようもなく寂しくなって、マチアプで会った男とデートした。
そしたら、豪に見つかって、結局付き合うことになった。
なんだこれ。
「……豪、これ、何?」
「バレンタインのチョコだよ。俺の手作り」
寒い日に外に呼び出されたと思ったら、近くの公園で手作りチョコレートを渡されるとは思ってもみなかった。
「お前、菓子とか作れるわけ?」
「ん? 家のことならなんでもできるよ。料理も炊事も洗濯も。ふふふ。俺、高校卒業したら大学の近くに住むつもりだけど、漣も一緒に住む? ちゃんと世話するよ」
「バカかよ。住まねぇよ」
「ふ~ん。ほら、開けて」
綺麗にラッピングされた箱を開けると、パティシエが作ったのかってくらい綺麗なケーキが入っていた。
売り物だろどう見ても。
「……どこで買ったん?」
「作ったの。ほら、あーんしてあげるって」
「あぁ? うぜぇ」
ちゃんとフォークまでご丁寧に準備されており、俺は、それでゆっくりとケーキを口に運ぶ。
「うま……」
「でしょ? 俺天才」
「自画自賛かよ」
あまりに美味しくて、パクパクと食べ進め、最後の一口を口に入れた。
その時、後ろから声をかけられる。
「あれ? 漣? それに、うわぁ、久しぶり。豪じゃん」
壮太だった。
壮太は彼女と並んで、コンビニの袋をぶら下げてこちらへと歩いてくる。
彼女のお腹は少し大きくなっていた。
「壮太」
彼女がこちらにぺこりと頭を小さく下げ、それにこたえるように下げ返す。
小柄な、髪の長い、可愛らしい女性だった。
「壮太、どうしたんだよ」
「彼女の実家がここの近くなんだ。最近、全然遊べないからさびしかったんだ~。漣~!」
そう言うと壮太がいつもの様子で俺に抱き着こうとしてくる。
大丈夫。
いつもみたいに笑って受け流せばいい。そう思っていたのに、豪が俺の代わりに壮太に抱き着きに行った。
「わぁぁ! お久しぶりですー! お元気です? 彼女さんおきれいですね」
「え? あ、あぁ。元気元気。うん。……えっと、あれ? 漣、こんな寒い中ケーキでも食べてたわけ? お前、ケーキすきだったっけ?」
「え? あー……うん」
「知らなかったわ」
何度も話をしたことがあったのにな。そう思うと、俺のことになんて興味なかったんだろうなって思って、辛い。
「ほら、寒いですし、彼女さん、いや、奥さんかな? お腹大きい中寒いと大変だから、俺達に構わず、行ってください」
豪はそう言うと、彼女の方へと促す。
「え? でも、今あったばっかだし……俺も少しくらい、漣と」
「いや、奥さんの体調第一でしょ?」
その言葉に、壮太の表情が一瞬曇り、だがすぐに調子を取り戻すとうなずいた。
「……そう、だな。うん。じゃあまたな。漣、豪。また遊ぼうな」
「はーい!また!」
「あぁ……」
壮太が、少し名残惜しそうに、手を振り、そして彼女と共に歩いていく。
俺はそれを見つめていると、後ろから豪にぎゅっと抱きしめられた。
「おい! 離せ! 誰かに見られたら」
「誰に見られてもいいんですー」
「おい……」
俺はうつむく。
あーあ。なんで好きになっちまったのか。なんで……。
「……俺、ずっと好きだったんだよ」
「うん」
「昔から、あいつの傍にいるのが楽しくて。好きだったんだよ」
「うん」
「……だけど、あいつ、俺のこと全然わかってねぇよな」
「そうだねぇ」
「……お前、嫌じゃないのかよ」
「嫌じゃないよ。大好きな漣が、自分の気持ち言葉にして俺に話しをしてくれるの、嬉しいくらい」
「……バカかよ」
「口悪いなぁ」
年下の癖に生意気だ。
豪は、俺の顎をくいっとあげると、触れるだけのキスをした。
「なっ!?」
不意打ちに驚き顔をお真っ赤にすると、豪がにやっと笑った。
「ほんと、かっわいい」
「はぁぁぁあ? お前、目が悪いんじゃないのか!」
俺は漣からもらったケーキの堤と箱を袋に戻して立ち上がった。
「帰る」
「ごめんごめん。もういたずらしないから、もう少し一緒にいようよ」
腕を掴まれ、俺はため息をつくとうなずいた。
「しかたねぇなぁ」
「うん。ごめんね? わがまま聞いてくれてありがとう」
「はぁ。ったく」
さっき触れた唇の感触に、俺の心臓はばくばくと未だに鳴っている。
けれどそれを悟られたくなくて、少し距離を取ってベンチに座り直した。
「とおいーなー」
「黙れ」
「寂しいなぁ」
「だ、ま、れ」
豪がくすくすと笑う。
そんな豪の笑顔にほだされて、俺はため息をつく。
なんだかんだ、豪がいてくれてよかった。もし、いなかったら、多分、今頃俺は一人で陰鬱とした気分を味わっていただろうから。
空を見上げると、分厚い冬の雲が広がり、ちらほらと雪が降り始める。
「あー。さみぃ」
「ん? ほら、おいで」
「あ?」
ぽんぽんと豪が自分の膝を叩き、俺にその上に座れと言わんばかりに笑顔を向けてくる。
ふざけてやがる。
「俺、お前より年上だが?」
「知っているよ。でもいいじゃん」
「やだよ」
「え……俺、寒い。寒くて寒くて、死にそう」
くぅーんと子犬が鳴くように、憐れなふりをする豪。
こいつのこういうところ、たまに無性に殴りたくなる。
だけど、今日は、たまには、乗ってやるか。
俺は、勢いよく豪の膝の上にドスンと座ると俺を包み込むように豪が俺のことを抱きしめた。
「やっばい。俺、すごい幸せ。漣、大好き。わぁぁぁぁ。幸せ」
「うっせぇ。黙れ」
「好き好き好き」
「はぁ……」
抱きしめられていると、じわりと相手の温かさが伝わってくる。
白い息が、空気に溶けるように広がっていく。
それを見つめながら、降り積もっていく雪を眺めた。
「……さみぃ」
足先が冷たい。ただ……。
少しだけすり寄るように、豪に身を寄せると、豪が俺のことをぎゅうっと抱きしめ、頭に顎を乗せてくる。
「幸せすぎて、溶けそう」
「うっせ」
「あのさ、同棲の件、真剣に考えてて?」
「は?」
「いいでしょ? だって漣再来年大学院に行くって俺知ってるよ」
「……お前よく知ってんなぁ」
「うん。来年四年生、それから院目指すって漣のお母さんから聞いた。俺それ聞いてめちゃくちゃ嬉しかったもん」
「はぁ。お前、俺の母さんとも仲良しだよな」
「もちろん。将来の義母だからね」
「やめろ」
こいつは、俺がいない未来なんて、一ミリも考えていないんだろうな。
俺がどこかにいくなんて思わないんだろうか。
「……不毛じゃねぇの?」
ずっと好きでいても、相手が好きになってくれるなんて分からないじゃないか。
不安じゃないのか。
俺がお前を本当に好きになることがない可能性だってある。
すると、豪は笑った。
「不毛じゃないよ。俺、漣の好きなこと結構なんでも知っているし、漣にいずれ恋愛的にも好きって思ってもらえる自信ある。それに漣、情に厚いし、俺のこと見捨てられないだろうし、だから大丈夫」
「いや、こわ」
「だてに十三年、漣のこと好きじゃないよ」
その言葉に、俺は大きくため息をつく。
「俺のこと、なんで好きなの?」
「……なんででしょうねぇ?」
「はぁ。好きになれるかな……」
そう告げた瞬間、くすくすと豪が笑い声を立てた。
「笑うなよ」
「いや、おかしくって。あのさ、漣はそのままでいいよ。俺が、漣をこれからぐずぐずに甘やかして、俺なしじゃ生きていけないようにしてあげるから」
「は? いやいや。怖すぎるだろ」
「ははは」
◇◇◇
笑ってごまかしたけれど、俺は本気だよ。
俺にとって漣は一番大事な人なんだ。
金だけはある家に生まれた俺は、物心つくころには家政婦さんに育てられていた。
でも家政婦さんも夜には帰る。
ずっと一人寂しかった俺を、隣の家に住んでいた漣が、救ってくれたんだ。
毎日夕方になると俺の家のチャイムを鳴らして、一緒に晩御飯食べようって言ってくれて、遊んでくれて、寂しい時には抱きしめてくれた。
一緒にいないと生きていけないのはね、俺の方なんだ。
漣がいないと、寂しくて寂しくて、もう心が冷え切っちゃって、寒くてたまらないんだ。
「あー。さみぃ」
そう言いながらも一緒にいてくれる。
漣が好きだ。
大好きで、愛していて、ずっと一緒にいたい。
神様、お願いです。
絶対に大切にするから、泣かせないから、だからこの人を俺から奪わないでください。
「漣、大好きだよ」
好きになってくれなくてもいいんだ。
傍に居てくれるだけでいい。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
そう言って、立ち上がると俺に手を指し伸ばしてくれる。
「大好き」
「はいはい」
適当に返事を返す漣だけど、耳まで真っ赤。
可愛い人。
俺の大好きが、いつか伝わるといいな。
どこまでも続く、暗い雲を見上げて俺はそう静かに思った。
いつの間にこんなに大きくなったのか。
ベッドの上で泣きながら俺のことを抱きしめる高校三年生で俺の幼馴染である天海豪の背中を、慰めるように抱きしめ返してさすりながらうなずく。
「うん……いつから?」
「五歳」
「うへぇ。前すぎるだろ……お前、そんな時から俺のこと好きなの? 大好きじゃん」
「そうだよ! 大好きだよ。三歳年上の漣のこと、一途に思い続けてもう十三年だよ」
「まじかよ」
高校に入った豪が俺の身長を追い越すのは一瞬だった。
昔はあんなに小さくて可愛かったのに、いつの間にかに筋肉もつき男としては嫉妬してしまうほどの体系を手にいれている。
俺、大学三年の遠矢漣の頭一つ分くらい身長が高い。
「大学も、蓮と同じところにしたから、来年からよろしく」
「お前俺のこと逃がすつもりねぇじゃん」
「ないよ」
そう言うと、豪は俺の唇に噛みつくようにキスをした。
それを俺は無理やり剥がし、押し返した。
「おい。ガキが。許可した覚えはねぇぞ」
「だって……だって漣、誰でもいいんだろ。なら、俺でいいじゃん。俺なら、絶対に漣のこと大事にするし、一生離さないし、同じ墓に入る!」
「いやいやいや。重い重い重い……」
俺は大きくため息をついた。
別に誰でもいいわけじゃない。本当に欲しい男が手に入らないから、誰でもいいだけだ。
豪が俺に恋していたみたいに、俺もまた、不毛な恋をしていた。
「はぁぁぁぁ。どうすっかな」
とりあえずまた泣き始めた豪の頭をぽんぽんと撫でながら、俺はため息をまたつく。
可愛い弟だと思っていた豪からの告白には少なからず衝撃を受けた。
家が金持ちで、名門の学園に通う豪。隣の家で付き合いは長いが、兄弟のような関係だと思っていた。
けど、俺が毎回違う男とデートしているのを目撃されて今がある。
最初の頃は愕然としていただけだったが、さすがに三度目ともなると問いただされるだろうなとは思っていたが、告白されて泣かれて縋りつかれるとは思ってもいなかった。
「豪……あのなぁ、お前には未来があるだろ。俺のことは忘れろ」
「無理でしょ。十三年好きなのに、俺の執着舐めすぎ」
「……はぁ。あのな」
「うん」
「俺、好きな男いるんだよ」
好きな相手がいると言えばあきらめると思った。
それなのに……。
「知っているよ。壮太だろ。江戸川壮太。漣、ずっとあいつ好きじゃん」
「え……」
驚いて固まっていると、俺のことをぎゅうぎゅうと抱きしめながら豪は言った。
「十三年、漣のこと見て来たんだから分かるよ。漣も一途だよね。でもさ、結婚するんでしょ? 大学生なのに学生結婚。それ聞いて、漣が荒れ始めたの、知ってるよ」
「あー……まじかよ」
「諦められないから、他の男とデートしたの?」
真っすぐに睨みつけられるようにそう言われ、俺は天を仰ぐ。
その通り過ぎて辛い。
年下の豪に見透かされているのが、恥ずかしくて仕方がなかった。
年上ぶって余裕そうにしているのに、俺は、さっきのキスがファーストキスだった。そりゃあそうだ。豪が俺のことをずっと好きなように、俺も壮太のことがずっと好きだったから、好きな男意外とそういうことをしたこともなかった。
「別にいいだろ」
「よくない」
真っすぐに見つめられ、俺は視線を反らす。
「やけくそだったんだよ。好きな男じゃなきゃ皆同じだろ」
「なら、俺でもいいよね」
「いや、お前は……」
「いいでしょ?」
泣きそうな瞳でそう言われ、俺はため息をついた。
「だって、お前は、俺にとっては大切な家族みたいなものだし……」
「漣がそう思ってくれているの知ってたから我慢してきた。けど、漣が他の男のものになるはやっぱりいやだって思った。だから、俺は諦めない」
「いや、諦めろよ」
「無理」
「……はぁ……分かった。じゃあしばらく付き合ってやる。誰でもいいしな」
そう告げた瞬間、豪は涙をひっこめると、俺のことをぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「やった! 俺、彼氏決定? わぁい。嬉しい。大好き。漣」
「あー。はいはい」
そのうち飽きるだろう。
俺も、誰かが一緒の方が今は都合がいい。
好きな男を諦めるのに……こんなに自分が女々しくなるなんて思ってもみなかったから。
壮太とは小中高一緒で大学まで一緒。ずっと親友。ずっと悪友。だった。ただ、俺は壮太のことが好きだった。
いつの間にか気づいたら好きだった。隣にいるのが当たり前だったし、これからもそうだと思っていたのに、突然壮太が結婚するとか言いだした。
相手が妊娠したらしい。
学生結婚?
無理だろ。相手が妊娠?バカだろ。ちゃんと現実見ろ。
そう思ったのに、壮太はすごく幸せそうだった。
大学を卒業するまでは親に援助をしてもらってそれからは働いて一緒に暮らしていくつもりらしい。
大学通いながらバイトもするようになって、めちゃくちゃ頑張っている。
一緒にいる時間も、大学で授業受ける時くらいになった。
どんどん壮太が遠くへ行く。
そして三年が終われば、単位をほぼ取っている四年は卒業論文くらいで、ほとんど大学もいかなくてよくなるだろう……。
壮太がどんどん遠くなる。
それと同時に、どうしようもなく寂しくなって、マチアプで会った男とデートした。
そしたら、豪に見つかって、結局付き合うことになった。
なんだこれ。
「……豪、これ、何?」
「バレンタインのチョコだよ。俺の手作り」
寒い日に外に呼び出されたと思ったら、近くの公園で手作りチョコレートを渡されるとは思ってもみなかった。
「お前、菓子とか作れるわけ?」
「ん? 家のことならなんでもできるよ。料理も炊事も洗濯も。ふふふ。俺、高校卒業したら大学の近くに住むつもりだけど、漣も一緒に住む? ちゃんと世話するよ」
「バカかよ。住まねぇよ」
「ふ~ん。ほら、開けて」
綺麗にラッピングされた箱を開けると、パティシエが作ったのかってくらい綺麗なケーキが入っていた。
売り物だろどう見ても。
「……どこで買ったん?」
「作ったの。ほら、あーんしてあげるって」
「あぁ? うぜぇ」
ちゃんとフォークまでご丁寧に準備されており、俺は、それでゆっくりとケーキを口に運ぶ。
「うま……」
「でしょ? 俺天才」
「自画自賛かよ」
あまりに美味しくて、パクパクと食べ進め、最後の一口を口に入れた。
その時、後ろから声をかけられる。
「あれ? 漣? それに、うわぁ、久しぶり。豪じゃん」
壮太だった。
壮太は彼女と並んで、コンビニの袋をぶら下げてこちらへと歩いてくる。
彼女のお腹は少し大きくなっていた。
「壮太」
彼女がこちらにぺこりと頭を小さく下げ、それにこたえるように下げ返す。
小柄な、髪の長い、可愛らしい女性だった。
「壮太、どうしたんだよ」
「彼女の実家がここの近くなんだ。最近、全然遊べないからさびしかったんだ~。漣~!」
そう言うと壮太がいつもの様子で俺に抱き着こうとしてくる。
大丈夫。
いつもみたいに笑って受け流せばいい。そう思っていたのに、豪が俺の代わりに壮太に抱き着きに行った。
「わぁぁ! お久しぶりですー! お元気です? 彼女さんおきれいですね」
「え? あ、あぁ。元気元気。うん。……えっと、あれ? 漣、こんな寒い中ケーキでも食べてたわけ? お前、ケーキすきだったっけ?」
「え? あー……うん」
「知らなかったわ」
何度も話をしたことがあったのにな。そう思うと、俺のことになんて興味なかったんだろうなって思って、辛い。
「ほら、寒いですし、彼女さん、いや、奥さんかな? お腹大きい中寒いと大変だから、俺達に構わず、行ってください」
豪はそう言うと、彼女の方へと促す。
「え? でも、今あったばっかだし……俺も少しくらい、漣と」
「いや、奥さんの体調第一でしょ?」
その言葉に、壮太の表情が一瞬曇り、だがすぐに調子を取り戻すとうなずいた。
「……そう、だな。うん。じゃあまたな。漣、豪。また遊ぼうな」
「はーい!また!」
「あぁ……」
壮太が、少し名残惜しそうに、手を振り、そして彼女と共に歩いていく。
俺はそれを見つめていると、後ろから豪にぎゅっと抱きしめられた。
「おい! 離せ! 誰かに見られたら」
「誰に見られてもいいんですー」
「おい……」
俺はうつむく。
あーあ。なんで好きになっちまったのか。なんで……。
「……俺、ずっと好きだったんだよ」
「うん」
「昔から、あいつの傍にいるのが楽しくて。好きだったんだよ」
「うん」
「……だけど、あいつ、俺のこと全然わかってねぇよな」
「そうだねぇ」
「……お前、嫌じゃないのかよ」
「嫌じゃないよ。大好きな漣が、自分の気持ち言葉にして俺に話しをしてくれるの、嬉しいくらい」
「……バカかよ」
「口悪いなぁ」
年下の癖に生意気だ。
豪は、俺の顎をくいっとあげると、触れるだけのキスをした。
「なっ!?」
不意打ちに驚き顔をお真っ赤にすると、豪がにやっと笑った。
「ほんと、かっわいい」
「はぁぁぁあ? お前、目が悪いんじゃないのか!」
俺は漣からもらったケーキの堤と箱を袋に戻して立ち上がった。
「帰る」
「ごめんごめん。もういたずらしないから、もう少し一緒にいようよ」
腕を掴まれ、俺はため息をつくとうなずいた。
「しかたねぇなぁ」
「うん。ごめんね? わがまま聞いてくれてありがとう」
「はぁ。ったく」
さっき触れた唇の感触に、俺の心臓はばくばくと未だに鳴っている。
けれどそれを悟られたくなくて、少し距離を取ってベンチに座り直した。
「とおいーなー」
「黙れ」
「寂しいなぁ」
「だ、ま、れ」
豪がくすくすと笑う。
そんな豪の笑顔にほだされて、俺はため息をつく。
なんだかんだ、豪がいてくれてよかった。もし、いなかったら、多分、今頃俺は一人で陰鬱とした気分を味わっていただろうから。
空を見上げると、分厚い冬の雲が広がり、ちらほらと雪が降り始める。
「あー。さみぃ」
「ん? ほら、おいで」
「あ?」
ぽんぽんと豪が自分の膝を叩き、俺にその上に座れと言わんばかりに笑顔を向けてくる。
ふざけてやがる。
「俺、お前より年上だが?」
「知っているよ。でもいいじゃん」
「やだよ」
「え……俺、寒い。寒くて寒くて、死にそう」
くぅーんと子犬が鳴くように、憐れなふりをする豪。
こいつのこういうところ、たまに無性に殴りたくなる。
だけど、今日は、たまには、乗ってやるか。
俺は、勢いよく豪の膝の上にドスンと座ると俺を包み込むように豪が俺のことを抱きしめた。
「やっばい。俺、すごい幸せ。漣、大好き。わぁぁぁぁ。幸せ」
「うっせぇ。黙れ」
「好き好き好き」
「はぁ……」
抱きしめられていると、じわりと相手の温かさが伝わってくる。
白い息が、空気に溶けるように広がっていく。
それを見つめながら、降り積もっていく雪を眺めた。
「……さみぃ」
足先が冷たい。ただ……。
少しだけすり寄るように、豪に身を寄せると、豪が俺のことをぎゅうっと抱きしめ、頭に顎を乗せてくる。
「幸せすぎて、溶けそう」
「うっせ」
「あのさ、同棲の件、真剣に考えてて?」
「は?」
「いいでしょ? だって漣再来年大学院に行くって俺知ってるよ」
「……お前よく知ってんなぁ」
「うん。来年四年生、それから院目指すって漣のお母さんから聞いた。俺それ聞いてめちゃくちゃ嬉しかったもん」
「はぁ。お前、俺の母さんとも仲良しだよな」
「もちろん。将来の義母だからね」
「やめろ」
こいつは、俺がいない未来なんて、一ミリも考えていないんだろうな。
俺がどこかにいくなんて思わないんだろうか。
「……不毛じゃねぇの?」
ずっと好きでいても、相手が好きになってくれるなんて分からないじゃないか。
不安じゃないのか。
俺がお前を本当に好きになることがない可能性だってある。
すると、豪は笑った。
「不毛じゃないよ。俺、漣の好きなこと結構なんでも知っているし、漣にいずれ恋愛的にも好きって思ってもらえる自信ある。それに漣、情に厚いし、俺のこと見捨てられないだろうし、だから大丈夫」
「いや、こわ」
「だてに十三年、漣のこと好きじゃないよ」
その言葉に、俺は大きくため息をつく。
「俺のこと、なんで好きなの?」
「……なんででしょうねぇ?」
「はぁ。好きになれるかな……」
そう告げた瞬間、くすくすと豪が笑い声を立てた。
「笑うなよ」
「いや、おかしくって。あのさ、漣はそのままでいいよ。俺が、漣をこれからぐずぐずに甘やかして、俺なしじゃ生きていけないようにしてあげるから」
「は? いやいや。怖すぎるだろ」
「ははは」
◇◇◇
笑ってごまかしたけれど、俺は本気だよ。
俺にとって漣は一番大事な人なんだ。
金だけはある家に生まれた俺は、物心つくころには家政婦さんに育てられていた。
でも家政婦さんも夜には帰る。
ずっと一人寂しかった俺を、隣の家に住んでいた漣が、救ってくれたんだ。
毎日夕方になると俺の家のチャイムを鳴らして、一緒に晩御飯食べようって言ってくれて、遊んでくれて、寂しい時には抱きしめてくれた。
一緒にいないと生きていけないのはね、俺の方なんだ。
漣がいないと、寂しくて寂しくて、もう心が冷え切っちゃって、寒くてたまらないんだ。
「あー。さみぃ」
そう言いながらも一緒にいてくれる。
漣が好きだ。
大好きで、愛していて、ずっと一緒にいたい。
神様、お願いです。
絶対に大切にするから、泣かせないから、だからこの人を俺から奪わないでください。
「漣、大好きだよ」
好きになってくれなくてもいいんだ。
傍に居てくれるだけでいい。
「ほら、そろそろ帰るぞ」
そう言って、立ち上がると俺に手を指し伸ばしてくれる。
「大好き」
「はいはい」
適当に返事を返す漣だけど、耳まで真っ赤。
可愛い人。
俺の大好きが、いつか伝わるといいな。
どこまでも続く、暗い雲を見上げて俺はそう静かに思った。