雨が降り続けるバスの車窓から見える景色は、どこか夢の中のようだった。町の輪郭は霧にぼんやりと滲み、木々が深い影を落としている。アカリは静かに窓に顔を寄せ、流れる風景を眺めていた。都会での生活に疲れ果て、すべてをリセットするために選んだ場所──灰霧町。ここなら、過去の自分を忘れ、静かな生活を始められるはずだった。

「静かすぎるのも、ちょっと不安かもね……」

自分に言い聞かせるように呟いたその声が、狭い車内に小さく響く。バスの運転手がバックミラー越しにちらりと彼女を見た。その視線には何か含みがあるようで、アカリは思わず目を逸らした。

町に降り立った瞬間、湿気を含んだ冷たい風が頬を撫でた。建物はどれも古びており、どこか時間が止まったような静けさが漂っている。人影はほとんどなく、ぽつりぽつりと歩く住人たちは、無表情のまま黙々と足を進めていた。

荷物を引きずりながら、新居へと続く路地を進んでいると、ふと道端に立つ老婆と目が合った。彼女はアカリをじっと見つめ、無言のまま通り過ぎていった。その目には何かを警告するような色が浮かんでいたが、アカリにはその意味を理解することはできなかった。