――暑っ。
額や首に汗が滲んでいるのを感じ、不快感に眉が歪んだ。それでおれは目を閉じているんだと気づき、瞼を開く。
いつの間にかメガネも外していたようで、目を眇めて眼前を見た。
どこだっけここ。ああ、純平の家の純平の部屋か。昼ご飯のあと、リビングから戻ったから。
部屋の照明はついておらず、自然光だけの明るさだったのでそう眩しくはない。
うたた寝をしていたようだけどすぐに明るさに慣れ、メガネがないのでぼやけて見えはするものの、自分がどこにいるのかもすぐにわかった。
──だけど。
なんか、いる。おれの後ろに、なんかいる。
「……っ純平?」
自分の置かれた状況を把握したおれは、ぎょっとして立ち上がろうとした。
だけど純平はおれを抱きすくめてそれを阻む。
純平はベットの上で半座になり、おれを脚の間に挟んでバックハグをしていた。それも、おれの肩に顔を埋めるかのようにして。
それもおれの首に……これって、ソラの首輪だよな? それをつけ、接続した皮のリードをベットの脚に繋げて!
「純平、これ、何やってっ」
「先輩、よく眠ってたね。もう三時前だよ」
純平は片腕を伸ばしておれのメガネを取り、装着してくる。それから笑顔を向けてきた。
ニコッ、じゃない。ニコッじゃ。ていうか、マジでこれ、何やってんだよ!
「ふざけんな、説明しろ。いや、それよりまずはコレを外せ!」
おれが首輪に手をかけて要求するも、純平はスルーして抱き込んでくる。
まずい。よくわからないけど、この状況は絶対にまずい。
「……ひゃっ」
混乱のさなか、変な声が出た。なぜなら純平が、唇を頬に当ててきたうえ、お腹に触れてきたのだ。
「先輩、オムライスをたくさん食べたからお腹がポンポコリンだね。苦しくない?」
「ちょ、純ぺっ」
ポンポコリンなんて子どもみたいな言い方をするけど、純平は手まで成長していた。筋張った大きな手がお腹をくる、くる、と撫でてくる。
「受験の日、こうやって撫でてくれたよね」
おれはぷるぷると頭を振った。
確かに撫でたけど、おれはこんなふうにじっとり這うように撫でたりなんかしていない。
なんていうか、この触り方もおかしいし、頬に当てられた純平の口元から、ちゅ、ちゅ、とキス音みたいな音が聞こえてくるんだけど!
「やめろってば! 何なんだよ純平。こんなことがしたくておれを呼んだわけじゃないだろ。ふざけんな」
おれは純平の腕からなんとか逃れようとするも、逃げようとすればするほど腕と脚に力を込められた。
「ふざけてない。ずっとこうしたかった。先輩を俺だけのものにしたかった」
「――は?」
純平の言葉に耳を疑った。恋愛経験のないおれでもさすがに勘ぐってしまう。そんな言い方、まるでおれを……。
おれは捻れるだけ上半身を捻り、純平の意図を量るために顔を合わせた。
視線と視線が絡む。
ドキリとした。
世の中には「熱視線」という表現があるけど、純平の瞳はまさにそんなふうに濡れて光っている。
目が離せない。熱さに息が詰まって動けなくなる。
「先輩。ひなたせんぱい……」
泣きそうな声で名を呼ばれた。胸を突く切ない響きに、おれの胸は引き攣れる。
「俺、先輩が、好きです」
「じゅ」
純平、と最後まで言い切れなかった。
純平がせっかくつけたおれのメガネをはずし、顔を近づけた。そして、柔らかく温かいものでおれの唇を塞いだのだ。
「んっ、ひゅんぺっ」
最初は何が起こったのかわからなかった。だけど温かく濡れた感触に唇を数度挟まれたことで、純平にキスされているのだとわかった。
「やめ、じゅんぺ、ぁめろっ」
まるで啄まれているようだ。啄みの合間に懸命に息を吸って声を出すものの、純平にがっしりと後頭部を固定され、熱い唾液と吐息を口の中に送られると、頭の中まで熱くなってきて何も考えられなくなる。
前向きで体を捻った状態だから、力を入れて純平の体を押すのも限界がある。
おれは知らず知らずのうちに純平のキスに流されそうになっていた。
だけど次の瞬間。口の中に差し込まれたぬるっとした感触に驚き、おれは反射的に純平の鳩尾に肘鉄を喰らわせた。
「っつ……」
純平がおれから片手を離し、鳩尾を押さえる。反対の腕の力も弱まった。
おれはその隙に純平から離れてベッドから降りるも、首輪とリードのために、ドアの手前までしか逃げられない。
それでも本能のようなものに突き動かされるまま、首輪を外そうと必死に手を動かした。
ここから出ていかないと!
「っ待って、先輩、行かないで」
すぐに呼び止められる。とても苦しげな声だった。
ゴクリと空気を呑み下してから、決意してゆっくりと振り向く。
メガネがないためはっきりとは見えないけど、純平は痛みで苦しいと言うより、叱られた犬のような悲しい表情をしている。
おれは首輪から手を下ろし、リードを床に擦りながら、少しだけベッドに近づいた。
純平は鳩尾をさすりつつ短く息を吐くと、ベッドのへりに座り直して頭を下げてくる。
「こんなことしてごめんなさい」
そのままいつまでも同じ姿勢でいるのは、おれが返事をしないからだろう。
その姿は叱られて「待て」をしている犬にも見えて、逃げようとする気持ちがすうっと引いた。
とはいえ、どうしたらいいのかはわからない。おれは純平に声をかけられないままその場に立ち尽くし、純平もまだ項垂れている。
すると、足元に温かいものが擦り寄ってきた。
「ソラ……」
いつの間にかソラが部屋を訪れていて、「許してやれ」とばかりにおれと純平を交互に見上げてくる。
おれにソラの気持ちがわかるはずもないし、全くの検討違いかもしれない。それでもおれは、純平の心をちゃんと知りたい気持ちが生まれてきて、さらに足を進めて純平の前に立った。
「聞かせろ、こんなことをした理由を」
純平は座っているから、頭がおれの腹の位置にある。
つむじが見えるだけでなんとなく気持ちが落ち着き、おれはそこにそっと手を置いた。途端に純平が腰に手を回して縋りつく。
いったん冷静になってしまえば、意外と肝が据わっているおれはもう驚きはしない。
純平に首輪を外させ、メガネをかけてから、純平の隣に腰掛けた。
額や首に汗が滲んでいるのを感じ、不快感に眉が歪んだ。それでおれは目を閉じているんだと気づき、瞼を開く。
いつの間にかメガネも外していたようで、目を眇めて眼前を見た。
どこだっけここ。ああ、純平の家の純平の部屋か。昼ご飯のあと、リビングから戻ったから。
部屋の照明はついておらず、自然光だけの明るさだったのでそう眩しくはない。
うたた寝をしていたようだけどすぐに明るさに慣れ、メガネがないのでぼやけて見えはするものの、自分がどこにいるのかもすぐにわかった。
──だけど。
なんか、いる。おれの後ろに、なんかいる。
「……っ純平?」
自分の置かれた状況を把握したおれは、ぎょっとして立ち上がろうとした。
だけど純平はおれを抱きすくめてそれを阻む。
純平はベットの上で半座になり、おれを脚の間に挟んでバックハグをしていた。それも、おれの肩に顔を埋めるかのようにして。
それもおれの首に……これって、ソラの首輪だよな? それをつけ、接続した皮のリードをベットの脚に繋げて!
「純平、これ、何やってっ」
「先輩、よく眠ってたね。もう三時前だよ」
純平は片腕を伸ばしておれのメガネを取り、装着してくる。それから笑顔を向けてきた。
ニコッ、じゃない。ニコッじゃ。ていうか、マジでこれ、何やってんだよ!
「ふざけんな、説明しろ。いや、それよりまずはコレを外せ!」
おれが首輪に手をかけて要求するも、純平はスルーして抱き込んでくる。
まずい。よくわからないけど、この状況は絶対にまずい。
「……ひゃっ」
混乱のさなか、変な声が出た。なぜなら純平が、唇を頬に当ててきたうえ、お腹に触れてきたのだ。
「先輩、オムライスをたくさん食べたからお腹がポンポコリンだね。苦しくない?」
「ちょ、純ぺっ」
ポンポコリンなんて子どもみたいな言い方をするけど、純平は手まで成長していた。筋張った大きな手がお腹をくる、くる、と撫でてくる。
「受験の日、こうやって撫でてくれたよね」
おれはぷるぷると頭を振った。
確かに撫でたけど、おれはこんなふうにじっとり這うように撫でたりなんかしていない。
なんていうか、この触り方もおかしいし、頬に当てられた純平の口元から、ちゅ、ちゅ、とキス音みたいな音が聞こえてくるんだけど!
「やめろってば! 何なんだよ純平。こんなことがしたくておれを呼んだわけじゃないだろ。ふざけんな」
おれは純平の腕からなんとか逃れようとするも、逃げようとすればするほど腕と脚に力を込められた。
「ふざけてない。ずっとこうしたかった。先輩を俺だけのものにしたかった」
「――は?」
純平の言葉に耳を疑った。恋愛経験のないおれでもさすがに勘ぐってしまう。そんな言い方、まるでおれを……。
おれは捻れるだけ上半身を捻り、純平の意図を量るために顔を合わせた。
視線と視線が絡む。
ドキリとした。
世の中には「熱視線」という表現があるけど、純平の瞳はまさにそんなふうに濡れて光っている。
目が離せない。熱さに息が詰まって動けなくなる。
「先輩。ひなたせんぱい……」
泣きそうな声で名を呼ばれた。胸を突く切ない響きに、おれの胸は引き攣れる。
「俺、先輩が、好きです」
「じゅ」
純平、と最後まで言い切れなかった。
純平がせっかくつけたおれのメガネをはずし、顔を近づけた。そして、柔らかく温かいものでおれの唇を塞いだのだ。
「んっ、ひゅんぺっ」
最初は何が起こったのかわからなかった。だけど温かく濡れた感触に唇を数度挟まれたことで、純平にキスされているのだとわかった。
「やめ、じゅんぺ、ぁめろっ」
まるで啄まれているようだ。啄みの合間に懸命に息を吸って声を出すものの、純平にがっしりと後頭部を固定され、熱い唾液と吐息を口の中に送られると、頭の中まで熱くなってきて何も考えられなくなる。
前向きで体を捻った状態だから、力を入れて純平の体を押すのも限界がある。
おれは知らず知らずのうちに純平のキスに流されそうになっていた。
だけど次の瞬間。口の中に差し込まれたぬるっとした感触に驚き、おれは反射的に純平の鳩尾に肘鉄を喰らわせた。
「っつ……」
純平がおれから片手を離し、鳩尾を押さえる。反対の腕の力も弱まった。
おれはその隙に純平から離れてベッドから降りるも、首輪とリードのために、ドアの手前までしか逃げられない。
それでも本能のようなものに突き動かされるまま、首輪を外そうと必死に手を動かした。
ここから出ていかないと!
「っ待って、先輩、行かないで」
すぐに呼び止められる。とても苦しげな声だった。
ゴクリと空気を呑み下してから、決意してゆっくりと振り向く。
メガネがないためはっきりとは見えないけど、純平は痛みで苦しいと言うより、叱られた犬のような悲しい表情をしている。
おれは首輪から手を下ろし、リードを床に擦りながら、少しだけベッドに近づいた。
純平は鳩尾をさすりつつ短く息を吐くと、ベッドのへりに座り直して頭を下げてくる。
「こんなことしてごめんなさい」
そのままいつまでも同じ姿勢でいるのは、おれが返事をしないからだろう。
その姿は叱られて「待て」をしている犬にも見えて、逃げようとする気持ちがすうっと引いた。
とはいえ、どうしたらいいのかはわからない。おれは純平に声をかけられないままその場に立ち尽くし、純平もまだ項垂れている。
すると、足元に温かいものが擦り寄ってきた。
「ソラ……」
いつの間にかソラが部屋を訪れていて、「許してやれ」とばかりにおれと純平を交互に見上げてくる。
おれにソラの気持ちがわかるはずもないし、全くの検討違いかもしれない。それでもおれは、純平の心をちゃんと知りたい気持ちが生まれてきて、さらに足を進めて純平の前に立った。
「聞かせろ、こんなことをした理由を」
純平は座っているから、頭がおれの腹の位置にある。
つむじが見えるだけでなんとなく気持ちが落ち着き、おれはそこにそっと手を置いた。途端に純平が腰に手を回して縋りつく。
いったん冷静になってしまえば、意外と肝が据わっているおれはもう驚きはしない。
純平に首輪を外させ、メガネをかけてから、純平の隣に腰掛けた。