翌日、約束の十時の十分前。
純平はご丁寧に人気洋菓子店の菓子折を持参して挨拶にやってきた。
柴距離マンだから初めての相手に緊張するんじゃないかと心配していたけど、杞憂だった。
純平は、興味津々で玄関に出てきた妹と弟たちにも目線を合わせて話してくれる。ただ挨拶よりもおれへの賛辞が多いのには正直参った。
「先輩には感謝しています。先輩がいなかったら今の俺はいません」とか、「先輩は本当に優しくて、細やかに他人を気遣うんですよね。そういうところにすごく支えられています」なんてさ。
学校で『おかん』なんて言われているおれだけど、気遣いなんて大層なことはしていない。純平を構っている自覚はあっても、家族の前で言われて気恥ずかしくなる。
「そうなのね。ヒナがそんなふうに思われていて嬉しいな。これからもヒナと仲良くしてあげてね」
母よ、追い打ちをかけないでくれ。純平の前で愛称呼びは恥ずかしい。
おれは口を挟もうとした。だけど純平は笑ったりツッコミを入れてきたりせず、反対に、次の言葉でおれにツッコミを入れさせた。
「はい、こちらこそです。俺、絶対に陽向先輩を大切にしますので、安心してください!」
「なんだよ、大切にって。日本語おかしいだろ」
ぽん、と裏手で腕を叩くと、純平はいやに生真面目な表情でおれの目を見てくる。
「おかしくないですよ。陽向先輩は俺の大切な人だから、合ってます」
「ぅ……それは、どうも」
身長差が逆転して見下ろされる側になってしまったからだろうか。調子が狂ってしまう。
大袈裟なんだよ、と言うのも気後れして、モゴモゴと礼を言った。
だってさ。身長だけでなく、広くなった肩幅とかハーフアップの髪とか、後ろから見たら別人なんだから……。
これはつまらない気持ちとは違う。学校指定の革靴を新しくした時の、親指の爪先や踵が馴染まない、そんな感じ。
だけど姿形は変わっても、純平の中身は変わっていないんだ。しばらくしたら慣れるだろう。
そう自分を納得させながらも、成長期のおれたちのこれからは、突然変異する微生物のように変わっていくのかも、なんてふと思う。
俺たちは来年、いいや、来月、一週間後、どんな俺たちになっているのだろう。
いつまでも純平を可愛がる先輩でありたいと願うおれは、純平の隣でも後ろでもなく、少しだけ前を歩いて駅へ向かった。
純平はご丁寧に人気洋菓子店の菓子折を持参して挨拶にやってきた。
柴距離マンだから初めての相手に緊張するんじゃないかと心配していたけど、杞憂だった。
純平は、興味津々で玄関に出てきた妹と弟たちにも目線を合わせて話してくれる。ただ挨拶よりもおれへの賛辞が多いのには正直参った。
「先輩には感謝しています。先輩がいなかったら今の俺はいません」とか、「先輩は本当に優しくて、細やかに他人を気遣うんですよね。そういうところにすごく支えられています」なんてさ。
学校で『おかん』なんて言われているおれだけど、気遣いなんて大層なことはしていない。純平を構っている自覚はあっても、家族の前で言われて気恥ずかしくなる。
「そうなのね。ヒナがそんなふうに思われていて嬉しいな。これからもヒナと仲良くしてあげてね」
母よ、追い打ちをかけないでくれ。純平の前で愛称呼びは恥ずかしい。
おれは口を挟もうとした。だけど純平は笑ったりツッコミを入れてきたりせず、反対に、次の言葉でおれにツッコミを入れさせた。
「はい、こちらこそです。俺、絶対に陽向先輩を大切にしますので、安心してください!」
「なんだよ、大切にって。日本語おかしいだろ」
ぽん、と裏手で腕を叩くと、純平はいやに生真面目な表情でおれの目を見てくる。
「おかしくないですよ。陽向先輩は俺の大切な人だから、合ってます」
「ぅ……それは、どうも」
身長差が逆転して見下ろされる側になってしまったからだろうか。調子が狂ってしまう。
大袈裟なんだよ、と言うのも気後れして、モゴモゴと礼を言った。
だってさ。身長だけでなく、広くなった肩幅とかハーフアップの髪とか、後ろから見たら別人なんだから……。
これはつまらない気持ちとは違う。学校指定の革靴を新しくした時の、親指の爪先や踵が馴染まない、そんな感じ。
だけど姿形は変わっても、純平の中身は変わっていないんだ。しばらくしたら慣れるだろう。
そう自分を納得させながらも、成長期のおれたちのこれからは、突然変異する微生物のように変わっていくのかも、なんてふと思う。
俺たちは来年、いいや、来月、一週間後、どんな俺たちになっているのだろう。
いつまでも純平を可愛がる先輩でありたいと願うおれは、純平の隣でも後ろでもなく、少しだけ前を歩いて駅へ向かった。