「そう、か」
純平の話を聞き終えたおれは、それしか言えなかった。
純平の生い立ちから葛藤、おれへの思いに決意まで。情報量が多すぎて何から答えていいのかわからないのと、やっぱり『愛の形』なんて言われたら心臓がバクバクして破裂しそうで。
相手が男とか女とか関係ない。生まれて初めて強い恋愛感情をぶつけられたのだ。それもちょっと拗らせてるし。
……いいや、純平はちょっとどころかかなり拗らせている。
「あのな、純平。気持ちはわかった。だけど行き過ぎているのはわかるな?」
おれはなるべく冷静に言った。純平は眉尻を情けなく下げて頷く。
「だって、どうしても先輩を独り占めしたくて。それでダメもとで安眠のハーブティーを入れてみたら、先輩が寝ちゃうもんだから」
「はぁ? アレ、そうなのかよ! 純平、そんなことまで……!」
「ごめんなさい! でも本当にダメ元で。現に俺も飲んだけど、全然効いてないし」
そういう問題じゃない! と思うけどここで怒ると話が中断するので、怒りを抑えて続きの釈明を聞くことにする。
「で、用意してたソラのスペアの首輪をつけました。今まで優しくして貰った分、この三日間、俺の部屋で俺が先輩を大切にお世話したかったんです」
用意してたんじゃないか! ダメ元じゃないだろそれ。それで拘束してお世話って……めまいがしそうだ。
「これは犯罪一歩手前だぞ。あと変態」
ぎろりと睨みつけると、純平は顔の前で両手を合わせて謝ってきた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。もうしません」
大きい手だ。あの手でさっきお腹を撫でられて……頬を包まれて、それからキスされて……うっ、思い出したら駄目だ!
ボッと顔が熱くなるのを感じ、居た堪れなくなる。おれはお尻の位置をずらして、純平との距離を少し空けた。
すると、毛皮のある温かい体がすぐ隣にあった。
「ソラ……いたのか」
純平の話に聞き入っていたせいか、ベッド上で鎮座しているソラに気づいていなかった。
ソラは折っていた四肢をまっすぐに伸ばして立つと、おれの腕にタシッと片方の前足を置いた。
「なんだ? 柴距離解除か?」
首を傾げて顎の下を撫でると、背後で純平が吹き出す。
「これ、俺を頼むって言ってるんじゃないかな。仲良くしてやるから純平と仲良くしろって。ソラは俺の味方だから」
「はあ? まさかそんなわけ」
バカみたいなことを言う純平を見てソラをもう一度見ると、ソラは犬なのに達観した顔をしている。
……そんな、まさか、な……。
「ひなたせんぱい」
「ひぁっ」
ビクッと肩を揺らしてしまったのは、純平が鼻にかけるような甘えた声を出して、懲りずにバックハグをしてきたからだ。
「っだから近いって。今、もうしませんって言った口はどこへ言った。勝手に触るな。あっ」
腕が腰にギュッと巻きついてくる。うなじに唇を当てられた。
抵抗したいけど、ソラが後ろ足を踏ん張り、おれの胸に前足二本を当ててくる。
これ、雁字搦めと言うのでは。いや、わんこ搦めか? どういう拘束だよ!
「だって、ソラが応援してくれてるし、先輩のうなじがきれいなのが悪い」
おれが慌てふためいていると、萎れて反省していた純平はどこへ消えたのか、うなじを舌で舐め上げてくる。
ゾクゾクとしたものが背中を這い上がり、腹が緊張で張った。
なんだ、この感覚、おかしい。
「それに……先輩、怒ったけど、気持ち悪いとは思ってないよね?」
純平は話しながらうなじを吸ってくる。おれの体はだんだんと熱くなり、体の力が抜けてくる。
おかしい、おかしい。
「……な、なに言って……」
だけどそのとおりだ。言われるまで気づかなかったけど、純平にこうされても気持ちが悪いとか、本気で嫌だとは思っていない。
「なんで……」
自分のことなのにわからない。おれはどうしてこんなことをされても純平を突き放せないんだ。
「だって先輩、俺のこと可愛いでしょ?」
純平がそう言いながらきつくうなじを吸った。同時に、ソラが俺の鼻の頭をペロペロと舐めてくる。
――ああ、わかった気がする。
こいつら、柴犬だから。おれにだけ柴距離を解いて、じゃれついてくる柴犬だ。
そこが可愛いんだよ。間違いなく可愛いくて、許してしまうものがある。
だけど、だからってこんなの……。
「今は同情でも、俺はそこにつけ入るよ。だってどうしても先輩が欲しいんだもん。ねえ、好きだよ先輩。絆されてよ」
ようやく唇が離れる。うなじに赤い跡を刻まれたのだとわかった。まるで『俺のものだよ』と純平が他に知らしめるかのように。
そして純平は、甘い甘い声で囁く。
「先輩、いつも教えてくれるでしょう? 先輩の大好きな微生物は、手を加えれば変異を起こせるんだって。だから俺、先輩にたくさん好きを注ぐよ。先輩が俺を突き放さない限り、抱きしめるしキスもするし……ショック療法をしてでも、絶対に俺への同情を本気の好きに変異させるから」
「ぅ……」
それしか声が出ない。
純平の愛情は、微生物の変異処理で使う化学薬品よりもUVよりも、イオンビームよりも強力なのかもしれない。
おれの感情はこの三日間が明けたあと、どう変異しているのか……。
頭の中で今と違う自分を薄く浮かべながら、二匹の犬にじゃれつかれ続けるおれなのだった。
───オカン男子、待てがきかないワンコに絆されて完全陥落するまで、あとX日。
純平の話を聞き終えたおれは、それしか言えなかった。
純平の生い立ちから葛藤、おれへの思いに決意まで。情報量が多すぎて何から答えていいのかわからないのと、やっぱり『愛の形』なんて言われたら心臓がバクバクして破裂しそうで。
相手が男とか女とか関係ない。生まれて初めて強い恋愛感情をぶつけられたのだ。それもちょっと拗らせてるし。
……いいや、純平はちょっとどころかかなり拗らせている。
「あのな、純平。気持ちはわかった。だけど行き過ぎているのはわかるな?」
おれはなるべく冷静に言った。純平は眉尻を情けなく下げて頷く。
「だって、どうしても先輩を独り占めしたくて。それでダメもとで安眠のハーブティーを入れてみたら、先輩が寝ちゃうもんだから」
「はぁ? アレ、そうなのかよ! 純平、そんなことまで……!」
「ごめんなさい! でも本当にダメ元で。現に俺も飲んだけど、全然効いてないし」
そういう問題じゃない! と思うけどここで怒ると話が中断するので、怒りを抑えて続きの釈明を聞くことにする。
「で、用意してたソラのスペアの首輪をつけました。今まで優しくして貰った分、この三日間、俺の部屋で俺が先輩を大切にお世話したかったんです」
用意してたんじゃないか! ダメ元じゃないだろそれ。それで拘束してお世話って……めまいがしそうだ。
「これは犯罪一歩手前だぞ。あと変態」
ぎろりと睨みつけると、純平は顔の前で両手を合わせて謝ってきた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。もうしません」
大きい手だ。あの手でさっきお腹を撫でられて……頬を包まれて、それからキスされて……うっ、思い出したら駄目だ!
ボッと顔が熱くなるのを感じ、居た堪れなくなる。おれはお尻の位置をずらして、純平との距離を少し空けた。
すると、毛皮のある温かい体がすぐ隣にあった。
「ソラ……いたのか」
純平の話に聞き入っていたせいか、ベッド上で鎮座しているソラに気づいていなかった。
ソラは折っていた四肢をまっすぐに伸ばして立つと、おれの腕にタシッと片方の前足を置いた。
「なんだ? 柴距離解除か?」
首を傾げて顎の下を撫でると、背後で純平が吹き出す。
「これ、俺を頼むって言ってるんじゃないかな。仲良くしてやるから純平と仲良くしろって。ソラは俺の味方だから」
「はあ? まさかそんなわけ」
バカみたいなことを言う純平を見てソラをもう一度見ると、ソラは犬なのに達観した顔をしている。
……そんな、まさか、な……。
「ひなたせんぱい」
「ひぁっ」
ビクッと肩を揺らしてしまったのは、純平が鼻にかけるような甘えた声を出して、懲りずにバックハグをしてきたからだ。
「っだから近いって。今、もうしませんって言った口はどこへ言った。勝手に触るな。あっ」
腕が腰にギュッと巻きついてくる。うなじに唇を当てられた。
抵抗したいけど、ソラが後ろ足を踏ん張り、おれの胸に前足二本を当ててくる。
これ、雁字搦めと言うのでは。いや、わんこ搦めか? どういう拘束だよ!
「だって、ソラが応援してくれてるし、先輩のうなじがきれいなのが悪い」
おれが慌てふためいていると、萎れて反省していた純平はどこへ消えたのか、うなじを舌で舐め上げてくる。
ゾクゾクとしたものが背中を這い上がり、腹が緊張で張った。
なんだ、この感覚、おかしい。
「それに……先輩、怒ったけど、気持ち悪いとは思ってないよね?」
純平は話しながらうなじを吸ってくる。おれの体はだんだんと熱くなり、体の力が抜けてくる。
おかしい、おかしい。
「……な、なに言って……」
だけどそのとおりだ。言われるまで気づかなかったけど、純平にこうされても気持ちが悪いとか、本気で嫌だとは思っていない。
「なんで……」
自分のことなのにわからない。おれはどうしてこんなことをされても純平を突き放せないんだ。
「だって先輩、俺のこと可愛いでしょ?」
純平がそう言いながらきつくうなじを吸った。同時に、ソラが俺の鼻の頭をペロペロと舐めてくる。
――ああ、わかった気がする。
こいつら、柴犬だから。おれにだけ柴距離を解いて、じゃれついてくる柴犬だ。
そこが可愛いんだよ。間違いなく可愛いくて、許してしまうものがある。
だけど、だからってこんなの……。
「今は同情でも、俺はそこにつけ入るよ。だってどうしても先輩が欲しいんだもん。ねえ、好きだよ先輩。絆されてよ」
ようやく唇が離れる。うなじに赤い跡を刻まれたのだとわかった。まるで『俺のものだよ』と純平が他に知らしめるかのように。
そして純平は、甘い甘い声で囁く。
「先輩、いつも教えてくれるでしょう? 先輩の大好きな微生物は、手を加えれば変異を起こせるんだって。だから俺、先輩にたくさん好きを注ぐよ。先輩が俺を突き放さない限り、抱きしめるしキスもするし……ショック療法をしてでも、絶対に俺への同情を本気の好きに変異させるから」
「ぅ……」
それしか声が出ない。
純平の愛情は、微生物の変異処理で使う化学薬品よりもUVよりも、イオンビームよりも強力なのかもしれない。
おれの感情はこの三日間が明けたあと、どう変異しているのか……。
頭の中で今と違う自分を薄く浮かべながら、二匹の犬にじゃれつかれ続けるおれなのだった。
───オカン男子、待てがきかないワンコに絆されて完全陥落するまで、あとX日。