36.戸黒さんの手紙
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阿刀 様
先日お伝えした加藤さんの件ですが、どうしても信じがたいことが起きました。
駅で偶然、一瞬だけ彼の姿を見たのです。間違いなく本人でした。
人違いかと思い直そうとしましたが、その目線――まるでこちらを見透かすようにじっと見つめられた感覚が、今でも忘れられません。
先日、事故で亡くなったはずの彼がそこにいた。
この不可解な事態に、ただただ気味の悪い思いでいっぱいです。
戸黒
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37.
先日、本誌宛に不思議な体験談が寄せられました。差出人はG県T市に在住のA氏。A氏は幼少期に過ごした夏休み中、親戚の住む山間部の村で「誰も認めようとしない祭り」を目撃したと言います。その村は携帯の電波が届かないほどの僻地で、地図にもほとんど載っていないらしいのですが、A氏は昔から「そこに伝わる古い風習」があると耳にしていたそうです。
「そんな祭りがあるはずはない」と大人たちは口をそろえる一方、幼いながらもA氏はどうしてもその真相が知りたくなり、夜更けにこっそりと家を抜け出したのだとか。そこで見たものは、闇の中、赤く揺らめく灯りと奇妙な踊り。しかも、その祭りを目撃した後、A氏が大人に訊ねても「夢を見たんだろう」と笑うばかりで、何の説明もしてくれなかったというのです。
この話には“真相を知ってはいけない”とでも言いたげな不気味さを感じずにはいられません。闇の中に行われる踊りの光景など、まるで異世界を垣間見たかのような描写が綴られています。A氏の手紙には、当時の幼い気持ちがそのまま記されており、読むだけで背筋に薄ら寒いものが走るという方もいるかもしれません。
果たしてこの祭りは本当に存在するのでしょうか? それとも、A氏が見たのは単なる夢や幻影にすぎなかったのか? 本誌としても興味が尽きない内容だったため、今回特別に全文を抜粋し、一部を再編集のうえでお届けしたいと思います。皆さまご自身の目でお確かめいただき、判断してみてください。
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拝啓 貴誌編集部様
私はG県T市在住のAと申します。突然の手紙で失礼いたします。どうしても伝えたい“奇妙な体験”があり、筆を取らせていただきました。
あれはまだ私が小学生の頃、19xx年8月x日のことでした。私は夏休みを利用して、親戚の住む山奥の村を訪れていたのです。その村は、現在でも携帯の電波さえ入りにくい場所で、夜になると漆黒の闇が辺りを覆います。とある親戚から『あの村には古い祭りがある』と聞かされていましたが、誰もその詳細を語ろうとしませんでした。ただ『小さい子が見に行くものじゃない』と、どこか含みのある笑いを浮かべるばかりだったのです。
しかし、幼いながらも私の好奇心は刺激されてしまいました。大人たちがあまりにも曖昧に濁すので、逆に『絶対に見てやろう』という気持ちが芽生えたのを覚えています。そしてある夜、寝静まった頃を見計らい、私はそっと布団を抜け出してしまったのです。まだ子どもでしたから、靴を履くことさえ忘れ、ほとんど裸足のまま飛び出すように外へ出ました。
一歩外へ出ると、村は想像以上の闇に包まれていました。街灯はおろか人家の明かりもまばらで、頼りになるのは懐中電灯だけ。遠くでかすかに虫が鳴く声と、時折聞こえる私自身の呼吸音が耳に響くだけでした。私は息を殺しながら、一度昼間に見かけた山道の外れを目指し、草むらをかき分け、藪の中をこそこそと進みました。
しばらく行くうちに、道の先から赤い光がちらちらと動いているのが見えました。提灯のようなものが並んでいたのです。その灯りは、とても妖しげで不穏な雰囲気があり、私は胸が高鳴るのを感じました。
そっと近づいてみると、そこは境内のような場所でした。ところが普通の夏祭りのような華やかさはなく、奇怪な面をかぶった人々が無言で踊っているのです。最初は文字どおり“無言”だと思ったのですが、じっと耳を澄ますと、ときおり意味の分からない低い声を発している者がいるようにも感じました。さらには、火の灯りに照らされた手元に、長い巻物のようなものを抱えている人影もあった気がします。しかし、それが何を表しているのかはまったく分かりません。私は太鼓や笛の音があるのではないかと期待しましたが、一切ありません。ただ、地面を踏みしめるかすかな足音と、時折パチパチと弾ける火の粉の音だけ。それがかえって不気味な“囃子”のようにも思えました。
そして、さらに奇妙だったのは、その踊り手たちが皆“こちらには気づいていない”ように見えたことです。夜目がきくとは思えないのに、まるで闇に馴染むように動いていました。しかし次の瞬間、私が草むらで足を取られ、ガサリと音を立ててしまったのです。その瞬間、それまで踊っていた全員がピタリと動きを止め、こっちを向きました。
『面』が一斉にこちらを向いた、という表現が正確かもしれません。
さらにおかしいのは暗闇なのに、“面”の奥から覗く瞳が赤く血走っているのが見えたことです。どこを見ているのか分からないのに、まるで私の目を射抜くような鋭さでした。恐怖のあまり、私は一瞬体が硬直し、その場にへたり込みそうになりました。でも怖さに耐えきれず、そのまま一目散に逃げ出してしまいました。
逃げる途中、背後から足音や声が追ってくる気配はありませんでした。けれど、なぜか“じっとりとした視線”だけはずっと背中に突き刺さるように感じたのです。走った先もよく分からなかったのですが、気がつくと家の前に戻っていました。玄関の戸を開けたとき、遠くから微かな“囃子”のような音が聞こえた気がします。耳鳴りなのか、本当に鳴っていたのか分かりませんが、しばらくその響きが頭から離れませんでした。
翌朝、大人たちに『あんな祭りを見た』と勇気を出して話してみましたが、返ってきたのは『そんな祭りはない』『夢でも見たんだろう』という言葉ばかり。そのとき、みんながわざとらしく笑っていたようにも思えて、むしろそれがいっそう不気味だったのを覚えています。
以来、あの村に行く機会はめっきり減りましたが、不意に夏の夜の匂いをかぐと、あの赤い灯りや火の粉を思い出すのです。夢か幻か、それとも本当に存在するものなのか。今となっては誰にも確かめようがありませんが、あの境内の闇の中では、今も同じ踊りが繰り返されている気がしてならないのです。
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38.原文
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拝啓 貴誌編集部様
私、G県T市在住のAと申します。はじめまして、になるんでしょうか。そちらの雑誌をいつも拝読しているわけではないのですが、どうしても――どうしても「奇妙な体験」を誰かに知ってほしくて、筆を取りました。
もしかすると、これを書いているうちに、私自身も少し混乱してしまうかもしれませんがご容赦ください。
あれは、私がまだ小学生の頃のことでした。夏休みを利用して、山奥の村へ行ったのです。あそこは今でも電波も入りにくい場所で、夜になると辺り一面が黒で塗りつぶしたように暗くて。うまく言えないんですけど、“あの暗さ”はただの夜じゃありませんでした。
知人の誰かから「この村には古い祭りがあるよ」とは聞かされていました。でも、あの人たちは誰もその詳細を教えてくれないんですよ。ヘラヘラ笑って、「小さい子は行くもんじゃないさ」って。わかります? わざとらしい――いやらしい笑い方。あれ、今でも耳について離れません。
でも、私も子どもでしたから、逆に見たくなるわけですよ。知りたくなるわけですよ。大人が「ダメ」と言ったら、なおさら。そういうものですよね? ええ、それで、ある夜、こっそり抜け出しました。
布団から抜けるとき、やけに布がザワザワ音を立てたのを覚えています。まだ耳に残ってる。聞こえてくるんですよ、あのザワザワが。……ああ、思い出すだけでも背筋がザワつきます。
外は見たこともないほどの暗闇でした。町中の夜とは全然違う。懐中電灯で照らした先も、薄気味悪い草むらしか見えないんです。まるで何かが森の奥からこっちを睨んでいるような……。いや、あれは錯覚じゃなかったかもしれない。
私は息を殺して、昼間に見かけた山道の外れに向かいました。草をかき分け、藪をのぞいて、こそこそ、こそこそ……。まるで何かに導かれるように、進んでいた気がします。
しばらくすると、真っ暗な道の先に赤い光がチラチラ見えてきました。提灯みたいなものが揺れていたんです。その灯りは、ああ、うまく言えませんが、生臭い赤さとでもいいのでしょうか。
胸がドキドキするんですね。ワクワクとは違う、もっと嫌な鼓動。鼓動ってこんなに耳に響くものなんだって、そのとき初めて知ったんです。
そーっと近づくと、そこは小さな祠がある場所でした。普通のお祭りなら、どこか明るいものがあるじゃないですか。太鼓とか笛とか、笑い声とか。でも、そこには何もない。代わりに、奇妙な面をかぶった人たちが、小さな祠の前で静かに踊っていました。無言です。音もなく踊るんですよ。でも、時々、低い声で何かを唱えていて、それも不気味でした。
地面を踏みしめる足音と、生臭い赤い灯り、そして声。そして、それらが妙に心臓を締めつけるんです。頭の奥をコンコン叩かれるような、あの感覚。
そして、気づいてしまったんです。踊り手の一人に、見覚えのある姿がいたことに。K婆さん。とっくに死んだはずのK婆さんが、若い姿のままでそこにいた。何度も写真で見せられてきた顔だから間違いないって、今でも断言できます。でも、そのときはあまりにも恐ろしくて、自分の目を疑うしかありませんでした。夢だったのか? 幻だったのか? でも、K婆さんは私の目の前でゆらゆら踊っていたんです。
さらにおかしいのは、その踊り手たち、私にまるで気づいていない風だったこと。辺りは星さえ見えないほど真っ暗なのに、あの人たちは闇と一体化したように踊ってる。でも次の瞬間、私が音を立ててしまった。そしたら……踊り手が全員、ピタッと止まって、こっちを向きました。
「面」が一斉にこちらを向いた。それが正確かもしれません。真っ暗なのに、その面の奥から覗く瞳が赤黒く血走って見えたんです。暗闇にそんなものが見えるわけないじゃないですか。でも確かに見えた。ねっとりと、瞳が私の目を覗きこんでくるんですよ。ぎろりと。グイッと。
もう体が硬直して、声も出せない。逃げたいのに足が震えて動かない。でも、何とか振り絞って逃げ出しました。夢中で走って、どこをどう走ったのかも覚えていません。ただ、背後から音が追ってくる感じはなかった。でも、視線――視線だけが背中に突き刺さっていた。まるで瞳が空中を飛んで、私にまとわりついているかのように。
気がついたら、家の前にいました。玄関を開けるとき、遠くからかすかに“声”が聞こえた気がする。違う、あれは耳鳴りだったんでしょうか。それともまだ踊っていたんでしょうか? わからない。でも、しばらくあの音が頭の中でガンガン鳴っていた。
翌朝、勇気を出して大人たちに話したんです。「あのお祭りを見たよ」って。だけど帰ってきたのは「そんな祭りはない」「夢でも見たんだろう」という言葉ばかり。そこにいたみんなの笑顔が……なんだか貼りついた仮面みたいで、こっちの方が怖かった。K婆さんのことは、もう言えませんでした。言ったら何をされるか、怖くて。
それ以来、その村へ行くことはほとんどなくなりました。でも、夏の夜の匂いを嗅ぐたびに、あの光景が頭の中に再生されるんです。脳裏にこびりついたというより、むしろ私の中で蠢いている感じ。
本当にあの祭りが存在するのか、私が何かの間違いを見たのか、今ではもう確かめようがありません。私だけが知っている幻覚かもしれない。だけど……誰か、確かめに行ってくれませんか。まだ、あそこにある気がするんですよ、あの祠とあの踊り。ずっと同じように踊っている気がするんです。私と同じ“視線”を感じる人が、いつか出てくるかもしれない。それを考えると、怖くて怖くて仕方がないのに……なぜだか、少しだけ、あの“踊り”をもう一度見たいような気もしている自分がいるんです。おかしいでしょう?
以上が、私の体験談です。
夜が、また来ますね。すみません、妙なことを散々書き散らしてしまって。でも、これを読んだ方には、何か受け取ってもらえれば――それだけで、少しだけ心が軽くなる気がします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。どうか、この手紙をゴミ箱に捨てず、少しだけ気に留めておいてくださいね。
…こちらは、いまだにあの視線を感じています。何かの気配が、夜ごとに屋根を軋ませるんです。
――ああ、いけない。これ以上はやめておきます。変だと自分でもわかってますから。
きっと夢を見たんですね。
39.戸黒さんの手紙
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阿刀 様
前回の手紙で加藤さんについてお伝えしましたが、その後さらに奇妙なことがありました。
また、彼の姿を見たのです。しかも今度は自宅近くで。驚いて追いかけようとしましたが、すぐに見失ってしまいました。
幽霊や幻覚の類ではないと思います。彼は確かにそこにいました。
一体何をしようとしているのか、考えを巡らせるばかりです。
何か心当たりがあればお知らせいただけると幸いです。
戸黒
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阿刀 様
さらに奇妙な出来事がありました。
先日、無言電話を受けました。発信先は不明で、最初は誰も話すことはありませんでしたが、よく聞くと電話の向こうで何かが…いいえ、「あの詞」が聞こえた気がしました。
あの日、トンネルの奥で見たあの詞が。
これが加藤さんの件と何か関係があるのか考えています。
確かに私は遺体を見ていません。もし彼がまだ…いいえ、そんなことはないはずです。
でも、あの電話の声は似ていた気がしてなりません。
不気味さは日に日に増すばかりです。何かご存知であれば、どんな些細なことでも教えていただけると幸いです。
戸黒
40.あめつちの請まつりについて
みなさんは、この地の山奥に伝わる大百洞天命(おおももほらあまのみこと)という神様のことを聞いたことがありますか?
黒穂という地域には、むかしから「あめつちの請まつり」という、不思議なおまつりがありました。このおまつりでは、村の人たちみんなで神さまにお祈りをします。罪を犯してしまったり、病気で苦しんでいる人たちもいっしょにお祈りをすることで、もう一度まっすぐな心を取り戻したり、元気になったりするよう願っていたのです。
このおまつりは、はじめは黒穂の山奥だけで行われていました。ところが、大百洞天命という神さまが「もっと多くの人を助けたい」とお考えになり、さまざまな奇跡をとおして人びとにこのおまつりのすばらしさを伝えたと言われています。「あめつちの請まつり」で深い祈りをささげた罪人や病人には、心やからだを清める機会が与えられるようになりました。その結果、大勢の人たちが安心して生活できるようになったそうです。
さらに、このおまつりでは珍しいできごとがおこります。それは、前のおまつりで神さまの力をいただいた人が、次のおまつりで「神官(しんかん)」という大切な役目を務めるようになる、というならわしです。大百洞天命が人々を選び、新しい神官を生み出すことで、村の暮らしを支えつづけているのだ、と言い伝えられています。
このように「あめつちの請まつり」は、ただ山奥のひそかな行事ではなく、多くの人を救うきっかけとなりました。やがて国中のさまざまな場所で、神官によるお祈りや厄よけの行いが広まり、凶作や病気を遠ざける大切なおまつりとして知られるようになったのです。おまつりの評判を聞いたほかの地域の人々も、わざわざ黒穂まで足を運んで、大百洞天命のご加護を受けようとしたと言われています。
今では、このおまつりがどのように行われていたのか、くわしい様子ははっきりわかりません。しかし、大百洞天命という神さまと「あめつちの請まつり」の物語は、地元の人々によって大切に語りつがれています。もし、みなさんがこの黒穂地域で歴史や伝説にふれる機会があれば、ぜひこの不思議な神さまとおまつりの話に思いをはせてみてください。
そこには、人々を思いやる気持ちと、みんなで力をあわせる大切さが、今でもしっかりと息づいているのです。
(「くろほ伝承館」展示パネルより抜粋、現在閉鎖中)
41.聲祭り(『日本山岳信仰研究資料集 第三巻』より)
むかし黒穂の山奥に、小さき里ありけり。年ごとに「詞を刻む聲の祭」と申す式を執り行い、贄に罪人や病を負う者を供へ、神の御恩寵を乞うのが習いなり。
祭りの折、里人こぞりて怪しき詞を唱へ、拝殿を取り囲む。その中に神官と呼ばるる者あり。此の神官こそ、先の祭りにて奇跡を得し贄なり。若かりし頃は病に伏せりしが、呪詞の只中に生を拾ひ、黒穂の神の力を授かりけるとぞ。
やがて呪いの聲、拝殿を満たすに及び、生贄どもは命果てゆく。されどそのうち唯一、血も穢れも雪がる如く浄められ、生き永らう者あらば、これこそ新たなる恩寵の受け手なり。かくて奇跡の者は、神官の後継として崇められ、祭りを次へと繋ぎ伝う。
されど数多の命が散りゆく事は変わらず、里人らは恐れつつも、祭りを絶やすまじと念じける。もとより罪人や病人を供えれば、凶作や疫の難は遠のくと古より信じられし故にこそ。
時移り、ある年にはまた新たなる神官が去りて、後継者を残せば、里は同じ式を繰り返すといふ。さて、この忌まわしき祭りの謎を解く者はなきまま、伝え語られる御伽草子に、只静かにその名を留めけるとぞ。
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聲祭りとは、黒穂の山あいで古くより行われていたと伝わる、いまでは失われてしまった儀式です。罪を犯した者や重い病に冒された者を生贄に選び、古来の呪詞を唱えながら神の恩寵を乞うことで、凶作や疫病を鎮めようとしたとされます。事実は不明ですが、多くの生贄は儀式の末に死に至るが、ただひとりだけが奇跡を授かり、穢れから解き放たれる、というのも極めて特徴的です。
しかし、この祭りは時代を経るにつれて廃れ、いまは記録や伝承の断片から推測するほかありません。とりわけ「前回の祭りで救われた者が神官となる」という独自の継承の仕組みは、当時の人びとの信仰や恐怖、そして共同体内の秩序を映し出していたのでしょう。いまでは御伽草子や口承によってのみ、その残響を知ることができます。
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出典元:『日本山岳信仰研究資料集 第三巻』
発行年:1932年
編集・監修:桑原功、加藤宗之介
発行所:古今民俗学会
解説: 『日本山岳信仰研究資料集』は、大正から昭和にかけて各地の民俗資料や伝承を収集し、日本人の信仰文化を研究した学者・桑原功による全5巻からなるシリーズの一部です。このシリーズは特に山岳信仰や秘祭、失われた宗教儀礼に焦点を当てており、戦前の民俗学・歴史学研究に多大な影響を与えました。
「聲(こえ)祭り」に関する記述は第三巻に収録されており、山岳地帯における独自の儀式や信仰体系を詳細に記録した部分に含まれています。特に、○○県の山間部で行われたとされる「聲祭り」は、その特殊性と残虐性から注目を集めました。この資料は桑原氏が1930年に現地調査を行い、地元住民からの口承や古文書の断片をもとに再構築したものとされています。
同巻には、以下のような解説が添えられています。
「聲祭りは日本の多くの秘祭と同様、共同体の秩序維持や災厄除去を目的としていたと考えられる。罪人や病人を生贄に用いる点、また奇跡的に生き延びた者を神官とする継承制度は、独特の呪術的性質を持つ。だが、戦後の急速な近代化によりこの儀式は失われ、現地住民の記憶にもほとんど残されていない。」
※本書は現在、逸書となっています
42.戸黒さんの手紙
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お伝えしなければならないことがあります。
自宅に何者かが侵入した形跡を見つけました。
特に、資料の並びが明らかに変わっており、誰かがそれらを触ったようです。
万一に備え、安全のためその資料を送らせていただきます。何かあればご確認ください。
阿刀さんも十分にお気をつけください。
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信じられないことです。
自宅マンションの隣人と話す機会があったのですが、そこで私の親族について語られました。
しかし、私にはそのような親族はおりません。
隣人の話から察するに、それは彼である可能性が高いです。
隣人によれば、彼は私の親戚だと名乗って私の部屋に入っていたとのことです。
さらに、私が就寝中にも部屋に出入りしている様子だったと言われ、身の危険を感じています。
そのため、しばらく自宅には戻らず、できる限りの資料を持って避難するつもりです。
どうかご注意ください。
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※このころから戸黒さんの筆跡も乱れ、文頭の挨拶や最後の署名なども無くなりました
43.昭和35年 事故報告書
報告書番号: すは-871-0211
作成日: 昭和35年5月31日
分類: 重大事故報告
場所: ○○郡○○町○○地区
1. 事故概要 ==== ==== ====
1.1 初発事象
昭和35年5月25日、ダム建設工事において、作業用重機の移動作業中に地域の神社鳥居との接触事故が発生。
鳥居は根元から倒壊した。
1.2 後続事象
5月28日から30日にかけて、当該地区において複数の住民の死亡事案が確認された。
2. 詳細経過 ==== ==== ====
2.1 鳥居倒壊事故
日時:昭和35年5月25日 午前10時30分頃
場所:○○地区十六社付近
状況:
作業員がブルドーザーを作業位置へ移動中、地域住民との接触を回避しようとした際に制御を誤り、神社鳥居に接触
鳥居は根元から倒壊、基礎石も移動。
現場監督の介入により、その場での混乱は収束
2.2 住民死亡事案
期間:昭和35年5月28日~30日
被害者数:複数名
特記事項:
死亡した住民は全て5月25日の鳥居倒壊事故の際に現場に居合わせた者。死因は現時点で特定されず
2.3 鳥居の破損
日時:不明
場所:○○地区十六社付近
状況:事故翌日、倒壊した鳥居が、何者かによって粉々に破壊されていました。
3. 調査状況 ==== ==== ====
3.1 実施済み調査
・ブルドーザー運転手への聞き取り調査実施
・住民死亡への関与を否定
・現場周辺の安全確認
・目撃者への聞き取り
3.2 現時点での所見
鳥居倒壊事故と住民死亡事案の直接的な因果関係は確認されていない
死因特定のため、関係当局による詳細調査を継続中
4. 今後の対応 ==== ==== ====
死因究明に向けた調査の継続
地域住民との対話機会の設定
工事現場における安全管理体制の強化
類似事故防止のための作業手順の見直し
5. 添付資料 ==== ==== ====
現場見取り図
事故発生時の気象データ
聞き取り調査記録
作業員配置図
作成者:工事監督長 [署名欄]
承認者:現場責任者 [署名欄]
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実施日時:昭和35年5月30日 14時00分-15時30分
場所:○○ダム建設工事現場 仮設事務所 面談室
対象者:作業員 山田一郎 - ブルドーザー運転手
聴取者:
- 工事監督長 佐藤一郎
- 警察署員 田中警部
- 警察署員 鈴木巡査
- 県庁職員 高橋課長(オブザーバー)
録取者:工事事務局 近藤
※被聴取者の精神状態:やや不安定。頻繁に汗を拭う仕草あり。
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佐藤: では、5月25日の事故当時の状況について、詳しくお話しください。
山田: はい。その日は、いつも通りの抗議活動がありました。工事に反対する村人たちが作業エリアの周辺に集まって、工事の中止を求める声を上げていました。
田中: 具体的に、何名くらいいましたか?
山田: 10名前後です。普段から工事に反対している方々でした。特に年配の方が多かったように思います。
佐藤: 作業開始時の状況は?
山田: 通常通り作業を開始しようとしました。村人たちは抗議の声を上げていましたが、それはいつもの光景でした。
鈴木: 事故の発生時の状況を説明してください。
山田: はい...。ブルドーザーを所定の位置に移動させようとした時、数名の村人が作業エリアに入ってきました。接触を避けようとハンドルを切ったのですが、その時に後輪が泥で滑って...。気付いた時には鳥居が倒れていました。
田中: その後の状況を詳しく説明してください。
山田: (表情を曇らせながら)ここからが...異常でした。最初は当然、激しい怒号が飛び交いました。しかし、鳥居の根本の石が露出した瞬間から、村人たちの様子が一変したんです。
佐藤: 具体的にはどのような変化でしたか?
山田: (声を震わせながら)まず、一番年長の女性が石を見た途端、その場に崩れ落ちるように座り込んで...。そして他の村人たちも、次々に同じような状態に...。皆が石を見つめながら、同じ言葉を繰り返し始めたんです。
鈴木: その言葉は聞き取れましたか?
山田: (顔を青ざめさせながら)はっきりとは...。「いわ」とか「さる」とか「おおせよ」とか、そんな言葉だったような気がします。石には何か文字が刻まれていて、村人たちはそれを見ながら、まるで催眠状態のように...。普段の抗議活動での様子とは全く違う、異様な雰囲気でした。
佐藤: 石の様子をもう少し詳しく説明できますか?
山田: 鳥居が倒れた衝撃で、根本の石が露出しました。表面には確かに文字らしきものが...。古い文字のようで、私には読めませんでしたが、村の古老たちはそれを見た瞬間から、まるで別人のように変わってしまって...。石の周りには何か模様のようなものもあって...。
田中: その後、あなたはどうされましたか?
山田: 工事監督が現場を収めようとしましたが、私は...あの光景に耐えられなくなって...。村人たちの目が生気を失っていくような...そんな不気味な様子に、これ以上その場にいられないと感じて、現場を離れました。
(この時点で被聴取者は激しく動揺し、10分間の休憩を取る)
佐藤: 休憩後の再開。その後の村人たちの死亡事案について、何か知っていることは?
山田: (声を震わせながら)いいえ、私は何も...。昨日現場に戻って初めて知りました。ただ...死亡された方々が、あの石の周りにいた人たちだと聞いて...。
田中: 何か心当たりは?
山田: 私は一切関係ありません。ただ...あの石を見た後の村人たちの様子が忘れられなくて...。皆、同じような表情で、同じ言葉を...。なので、あの鳥居が翌日粉々になっているのを見たときは、正直ほっとしました...。
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### 聴取担当官の所見
1. 被聴取者の精神状態は極めて不安定
2. 事故発生までの状況説明は明確で合理的
3. 鳥居倒壊後の状況説明に関しては、強い動揺が見られる
4. 石に関する証言は具体的だが、一部に観念的な描写が混在
5. 死亡事案との直接的な関連性は認められないものの、被聴取者の動揺は顕著
6. 追加調査の必要性あり:
- 露出した石の文字解読
- 村の古老への聞き取り
- 鳥居の歴史的背景調査
- 村の伝承・言い伝えの調査
※被聴取者の精神状態を考慮し、一時的な経過観察を推奨
記録承認:
工事監督長 佐藤一郎 [印]
警察署員 田中警部 [印]
県庁職員 高橋課長 [印]
44.
加藤が本当に亡くなったのかを確かめるため、彼から聞いていた自宅の住所を訪ねました。
しかし、そこに広がっていたのは住宅どころか、ただの荒れた空き地でした。
胸の奥が凍りつくような感覚を覚えました。
彼は何者だったのか、何のために私に近づいてきたのか―――。
彼は死んだのか? それとも死んでいないのか? ならば、なぜ彼は自らの死を偽装したのか?
すべての意図が分からず、不安と恐怖が日に日に増していきます。
さらに、ホテルに戻った際、フロントで手紙を預かっていると言われました。
誰も私の宿泊先を知るはずがないのに。
手紙を手に取った瞬間、底知れぬ恐怖が全身を駆け巡りました。
怖くて開けることができませんでした。
代わりにその手紙を阿刀さん宛てに送らせていただきます。
もしも、この中に16文字の漢字が書かれていたら、絶対に読まないようにしてください。
絶対に読まないようにしてください。
絶対に、です。
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※この手紙とともに、署名のない一通の封筒が同封されていました