「ご主人、いらっしゃい。何かお探しで?」
「あぁ、ペットを探しているんだが」
黒髪を七三に分けたスーツ姿の男は、店内をぐるっと見渡し、言った。
ごちゃついた少々不衛生そうな店内は、スーツの男の理路整然とした雰囲気とはまるで正反対で、端から見れば、漫画コーナーに誤ってならべられた新書ほど違和感がある。
「それなら、ニンゲンがおすすめだよ」
ちょうど若いのが入ったんだ、小太りの店主は、人当たりの良い笑顔でそう言うと、ついてこいとばかりに、店内の中へ進んでく。
スーツ姿の男は、促されるまま男の後をついて行った。
「ペットを飼うのははじめてなんだが、大丈夫だろうか」
「大丈夫、とは?」
「その、ニンゲンは飼育が難しいと聞く。それに他の生き物と比べて寿命も長いだろう? 私に育てられるかどうか」
スーツの男が神妙な面持ちでそう言うものだから、店主はおかしくてたまらなかった。
「ははっ、ご主人、それがニンゲンを飼う醍醐味というものでしょう。せっかく愛着が湧き出したところで死なれちゃ、それこそ悲しい」
店主に言われると、途端にそのような気がしてくるから不思議だ。
「・・・・・・それもそうだな」
「それにね、知らない方も多いようですが、ニンゲンには、性格の種類があるんですよ。優しく協調性に長けているとか、楽観的でお調子者とか」
「そうなんですか」
「ええ。なんでも、おおまかには4種類のタイプ、厳密には16種類の性格に分類できるとかで、ニンゲン学者のお偉いさん方がね、過去のデータ整理をしていたところ、ニンゲンの手によって作成されたであろうそのチャートが出てきたらしいですよ」
「それは興味深いですね」
「そうだろう? うちは、そのデータを使って、ニンゲンを分類分けして、飼育しているので、きっとご主人好みのニンゲンも見つかるはずだ」
奥の小部屋に入ると、大きなガラスのショーケースの中に、ニンゲンが、十数人ほど入れられていた。
「あちらからは、ご主人は見えないので、安心して選んでください、ええ」
中にいるニンゲンはまるでこちらの素振りを気にする様子を見せず、店主の言うとおりのようだった。
「この端末で気になるニンゲンをタッチしますと、先ほど申しました性格の分類や、特徴、年齢なんかも確認できますんで、よかったら」
スーツの男が礼を言うと、店主は部屋を後にする。
さてどうしたものか。
スーツの男は戸惑った。
正直、私にはどのニンゲンも同じに見えてしまって、どれを選んで良いか全くもって分からなかった。それは、ケースの中のニンゲンが、皆一様に白いワンピースを身にまとっているせいもあるだろう。
仕方が無いので、スーツの男は、先ほど、店主に言われた端末を操作し、ニンゲンの性格や年齢なんかを見ていくことにした。
タッチパネルに映し出されている映像は、リアルタイムでケースの中の様子を映し出しているものらしく、人影にタッチすると、その個体の詳細情報を見ることができた。
ためしに、ケースの中をぐるぐる走り回っている個体をタッチする。
すると、以下のような情報が表示された。
【中島健太、五歳、お調子者、飛行機が好き、ピーマンが嫌い】
なるほど。詳細が見えるとは、こういうことか。男はシステムを理解した。
しかし、好き嫌いがあるのはよろしくない。フードを与える上で面倒だ。却下。次。
【藤沢桜、七歳、気弱、本が好き、一人がニガテ、夜泣きあり】
仕事で留守にすることが多い私には向かない個体だろう。それに、私には2匹育てる気概もない。次。
――次々と液晶の人影にタップしていく中、男はやがて奇妙なことに気がついた。
それは、ケースの中に一人、データの無い個体が居るということだ。
男が彼女にカーソルを合わせタップしても、それは認識されないようだった。
男は店員を呼びに部屋を出た。
「すみません」
「ご主人、気になる個体はありましたか?」
「一人データに載っていない個体があるみたいなのだが」
「え? そんなわけは」
「あの背が飛び抜けて高くて、髪の長い」
すると、店主は何のことか合点がいったのがしきりに頷いた。
「あぁ、アレのことですか。アレは売り物にならんのです」
「どうしてですか?」
特に問題があるように見えなかっただけに、スーツの男は気になった。
「どうしてって、そりゃあ、あんなに大きくなっちゃ、懐きませんからね」
「そういうものですか」
たしかに、彼女は他の個体と比べると、体つきが成長しているように見えた。他個体との差異から年齢を推定するに、14,5歳と言うところだろう。
店主は、他に店内に誰がいるわけでもないのに、声を潜めると言った。
「それにここだけの話、アレは元々は売れ残りなんです。本当は最終処分場送りなんですけど、ああ見えて面倒見はいいみたいで、今は小さい者の管理をさせてます。使えるうちは置いておこうかと」
「……では、もし、私が飼いたいと申し出たら、売って頂けるんですか」
「えっ、でも、ご主人」
「元値の二倍、いや三倍出しましょう」
毎度ありがとうございました。
店主の声を背に、スーツの男は棺のような大きな箱を持って店を出た。
ニンゲンは今、スイミンヤクというものを飲んでこの箱の中で強制的に寝ている状態らしい。非常に静かだ。
・・・・・・それにしても、買ってしまったな。
重量感のある箱を手にしてもなお、スーツの男にはペットを買ったのだという自覚が湧かなかった。
ただ一つ思うのは、こんなにも簡単に買えてしまうのだなと言うことだ。
必要最低限の飼育道具は先ほどの店の店主におまけだと言われて付けてもらったが、家に帰ったらニンゲンの情報をインプットした方がいいだろう。
簡単なものならば、無料に公開されているデータがあるはずだから。
スーツの男は、ネクタイを緩めると、きっちりと分けられた前髪をかきあげた。
「あの人もこんな気持ちだったんでしょうか」
男の独り言は、傾く夕日と共に、街の彼方に溶けた。
「あぁ、ペットを探しているんだが」
黒髪を七三に分けたスーツ姿の男は、店内をぐるっと見渡し、言った。
ごちゃついた少々不衛生そうな店内は、スーツの男の理路整然とした雰囲気とはまるで正反対で、端から見れば、漫画コーナーに誤ってならべられた新書ほど違和感がある。
「それなら、ニンゲンがおすすめだよ」
ちょうど若いのが入ったんだ、小太りの店主は、人当たりの良い笑顔でそう言うと、ついてこいとばかりに、店内の中へ進んでく。
スーツ姿の男は、促されるまま男の後をついて行った。
「ペットを飼うのははじめてなんだが、大丈夫だろうか」
「大丈夫、とは?」
「その、ニンゲンは飼育が難しいと聞く。それに他の生き物と比べて寿命も長いだろう? 私に育てられるかどうか」
スーツの男が神妙な面持ちでそう言うものだから、店主はおかしくてたまらなかった。
「ははっ、ご主人、それがニンゲンを飼う醍醐味というものでしょう。せっかく愛着が湧き出したところで死なれちゃ、それこそ悲しい」
店主に言われると、途端にそのような気がしてくるから不思議だ。
「・・・・・・それもそうだな」
「それにね、知らない方も多いようですが、ニンゲンには、性格の種類があるんですよ。優しく協調性に長けているとか、楽観的でお調子者とか」
「そうなんですか」
「ええ。なんでも、おおまかには4種類のタイプ、厳密には16種類の性格に分類できるとかで、ニンゲン学者のお偉いさん方がね、過去のデータ整理をしていたところ、ニンゲンの手によって作成されたであろうそのチャートが出てきたらしいですよ」
「それは興味深いですね」
「そうだろう? うちは、そのデータを使って、ニンゲンを分類分けして、飼育しているので、きっとご主人好みのニンゲンも見つかるはずだ」
奥の小部屋に入ると、大きなガラスのショーケースの中に、ニンゲンが、十数人ほど入れられていた。
「あちらからは、ご主人は見えないので、安心して選んでください、ええ」
中にいるニンゲンはまるでこちらの素振りを気にする様子を見せず、店主の言うとおりのようだった。
「この端末で気になるニンゲンをタッチしますと、先ほど申しました性格の分類や、特徴、年齢なんかも確認できますんで、よかったら」
スーツの男が礼を言うと、店主は部屋を後にする。
さてどうしたものか。
スーツの男は戸惑った。
正直、私にはどのニンゲンも同じに見えてしまって、どれを選んで良いか全くもって分からなかった。それは、ケースの中のニンゲンが、皆一様に白いワンピースを身にまとっているせいもあるだろう。
仕方が無いので、スーツの男は、先ほど、店主に言われた端末を操作し、ニンゲンの性格や年齢なんかを見ていくことにした。
タッチパネルに映し出されている映像は、リアルタイムでケースの中の様子を映し出しているものらしく、人影にタッチすると、その個体の詳細情報を見ることができた。
ためしに、ケースの中をぐるぐる走り回っている個体をタッチする。
すると、以下のような情報が表示された。
【中島健太、五歳、お調子者、飛行機が好き、ピーマンが嫌い】
なるほど。詳細が見えるとは、こういうことか。男はシステムを理解した。
しかし、好き嫌いがあるのはよろしくない。フードを与える上で面倒だ。却下。次。
【藤沢桜、七歳、気弱、本が好き、一人がニガテ、夜泣きあり】
仕事で留守にすることが多い私には向かない個体だろう。それに、私には2匹育てる気概もない。次。
――次々と液晶の人影にタップしていく中、男はやがて奇妙なことに気がついた。
それは、ケースの中に一人、データの無い個体が居るということだ。
男が彼女にカーソルを合わせタップしても、それは認識されないようだった。
男は店員を呼びに部屋を出た。
「すみません」
「ご主人、気になる個体はありましたか?」
「一人データに載っていない個体があるみたいなのだが」
「え? そんなわけは」
「あの背が飛び抜けて高くて、髪の長い」
すると、店主は何のことか合点がいったのがしきりに頷いた。
「あぁ、アレのことですか。アレは売り物にならんのです」
「どうしてですか?」
特に問題があるように見えなかっただけに、スーツの男は気になった。
「どうしてって、そりゃあ、あんなに大きくなっちゃ、懐きませんからね」
「そういうものですか」
たしかに、彼女は他の個体と比べると、体つきが成長しているように見えた。他個体との差異から年齢を推定するに、14,5歳と言うところだろう。
店主は、他に店内に誰がいるわけでもないのに、声を潜めると言った。
「それにここだけの話、アレは元々は売れ残りなんです。本当は最終処分場送りなんですけど、ああ見えて面倒見はいいみたいで、今は小さい者の管理をさせてます。使えるうちは置いておこうかと」
「……では、もし、私が飼いたいと申し出たら、売って頂けるんですか」
「えっ、でも、ご主人」
「元値の二倍、いや三倍出しましょう」
毎度ありがとうございました。
店主の声を背に、スーツの男は棺のような大きな箱を持って店を出た。
ニンゲンは今、スイミンヤクというものを飲んでこの箱の中で強制的に寝ている状態らしい。非常に静かだ。
・・・・・・それにしても、買ってしまったな。
重量感のある箱を手にしてもなお、スーツの男にはペットを買ったのだという自覚が湧かなかった。
ただ一つ思うのは、こんなにも簡単に買えてしまうのだなと言うことだ。
必要最低限の飼育道具は先ほどの店の店主におまけだと言われて付けてもらったが、家に帰ったらニンゲンの情報をインプットした方がいいだろう。
簡単なものならば、無料に公開されているデータがあるはずだから。
スーツの男は、ネクタイを緩めると、きっちりと分けられた前髪をかきあげた。
「あの人もこんな気持ちだったんでしょうか」
男の独り言は、傾く夕日と共に、街の彼方に溶けた。