時間を戻すことも、誰かを生き返らせることもできない。
 願いはその大きさに比例して、代償が伴うことになる。

(それなら俺は……何を願えばいいっていうんだ……?)

 裏ルールなんて聞くべきではなかったと後悔するが、聞いていなければ俺だってどうなっていたかわからない。
 そこでふと、俺は彼女の説明の中にある疑問を抱く。

「……友達を生き返らせようとした奴がいたって言ったよな?」

「ん? うん、言ったね。それがどうかした?」

「生き返らせることができないっていうなら、その願いは無効になるんじゃないのか? だったら、代償だって受けずに済むんだよな?」

「そうだね。ただし、お願いをしたことに変わりはないから、もう二度とトゴウ様に願いを叶えてもらうことはできなくなるけど」

 やっぱり、思った通りだ。
 トゴウ様に叶えることのできないお願いをすれば、少なくともこれ以上何かを失う事態は免れることができる。

 ここまできて願うようなことでもないが、動画をバズらせるという願いだって、どの程度の代償が伴うのかわからないのだ。

 そもそもこんな動画をアップしたところで、すぐに運営から削除されてしまう。仲間の死をネタにだってしたくはない。

 これだけの犠牲を出して成果無しというのは悔しいが、やはり無事に生還することが最優先事項だろう。

「願いなんて叶わなくていい。代償のリスクを背負ってまで叶えたい願いなんかもう無いからな」

 俺にはメンバーの命を犠牲にしてしまったという責任がある。
 彼らを生き返らせることができるのであれば、甘んじて代償を受け入れることも考えたかもしれない。

 だが、その可能性すらも断たれた今となっては、俺はもう自分が生き残ることしかできないのだ。

「……ゆきまろ。お前は、時間を戻したいって俺の願いが叶わないことをわかってたから、それを願わせようとしたんだよな?」

「そうだよ。そうすればユージくんは無事に生き延びられるし、マロはずっとユージくんと一緒にいられるからね!」

 当然のように腕を絡めてくるゆきまろに、俺は言い表しようのないほどの嫌悪感から再び吐いてしまいそうになる。

 俺の好きな人を、大事な仲間を。その手で奪っておきながら、当たり前のように俺と一緒にいられると思っているのか。

 俺は彼女を殺すべきなのではないだろうか?
 みんなを生き返らせることができないのなら、代償を伴うとしても、代わりにみんなの仇を討つべきなのではないだろうか?

 人の命を奪う願いの代償は、きっと自分の命だ。

「ユージくん、もしかしてマロのこと殺そうとしてる?」

「えっ!?」

 そんな俺の思考を見透かしたかのように、ゆきまろはそう言い当ててくる。彼女を見る目に殺意が滲んでしまっていたのかもしれない。

 動揺を見れば明らかだろうが、彼女はそんな俺に怒るわけでもなく、むしろ人形を持つ俺の手をロウソクの方へ近づけさせようとしてきた。

「なっ、何を……!?」

「いいよ、マロのこと殺しても。ユージくんに殺されるなら本望だもん。……でも、本当にそれでいいのかな?」

 見上げてくる顔は俺の好きだったカルアちゃんそのもので、でも彼女はカルアちゃんではなくて。……頭がおかしくなりそうだ。

「財王は自分のことだけでユージくんのこと殺そうとしてきたし、ダミーは共犯。牛タルも、自分が死ぬってわかったらみんなを道連れにしようとしたよね」

「それは……」

 ゆきまろの言う通り、彼らは極限状態で本性を現したといってもいい。

 誰だって、自分の死が迫っていると感じれば正常な判断なんてできなくなるものなのだろう。本能や欲望を優先したとしても不思議ではない。

「でも、カルアちゃんとねりちゃんは……!」

「あの二人だって、わかんないよ? 食物連鎖はカップルで参加してたんだから、呪いが本物だってわかった時点でお互いを優先してただろうし。それにね……マロ、見ちゃったんだあ」

「見たって、何をだよ……?」

「カルアってね、パパ活でお金稼いでたんだよ? それも、本番アリの」

「な、何を……そんないい加減な話俺が信じると思ってんのか!?」

 思いもよらない話に、さすがにそれはゆきまろが作り上げた嘘だろうと判断する。カルアちゃんは清楚で可愛くて、間違ってもそんなことをするような女性ではない。

 だが、俺が信じないことも予想済みだったらしいゆきまろはスマホを操作すると、表示した画面を俺の方へと向けてきた。

「…………え……」

 そこに映し出されていたのは、あられもない姿でベッドに横になるカルアちゃんの画像だった。

 ウィッグを被っているのか髪型は異なるが、間違いなく本人だと確信できる。ゆきまろが画面をスライドさせると、次々に似たような写真が表示されていく。

 中には大きく開いた胸元にお札を挟んで、見知らぬ四十代くらいの男性に胸を鷲掴みにされているようなものも見られた。

「マロが使ってたの、カルアのスマホなんだけど。中身見てマロもさすがにビックリだったよね。LIMEの履歴も見たけど、魔が差したって感じじゃなかったよ。かなり稼いでたみたい」

「うそ……嘘だ……カルアちゃんが、こんな……」

 口からは否定の言葉が漏れていくが、それが作られた偽物だとは思えなかった。
 俺の知っているカルアちゃんは清楚で、女の子らしくて、可愛くて優しくてポジティブで。理想の女性だったのだ。

 けれどそれは所詮MyTube上で作り上げられた、”カルア”というキャラクターだったのか。

 俺が、”ユージ”を演じているのと同じように。

「ねえ、ユージくん。本当にマロを殺したい? 取り返しがつかないくらい大きい代償を払ってでも、カルアたちの復讐をする価値ってあるの?」

「俺……俺は……ッ」

 俺の中にあったはずの、揺るぎない”正しかった”もの。

 それが音を立てて崩れ落ちていく。もう、どうするのが正しいのかなんて、俺にはわからない。そうしている間にも、ロウソクの火は燃え尽きようとしている。

「可哀想なユージくん。ねえ、もうひとつだけ教えてあげる」

 動くこともできずに呆然としている俺の耳元に、ゆきまろが囁きかける。
 その言葉を聞いた俺は、人間はこんなにも絶望できるものなのかと思い知らされたような気がした。

 コップに溜まる赤い血は溢れ出して机の周りを汚していき、塩は焼け焦げたように黒い塊になっている。

 俺が掴み取って財王さんに投げつけたはずのうじ虫は、減るどころか椀の中で数を増やしていた。

「どんな決断でも、マロは受け入れるよ。ユージくん」

 多分、俺の頭はもうまともに働いてなどいない。
 尽きかけている火の上に人形をかざすと、燃え上がった炎が瞬く間に人形を焼き尽くしていった。