痣春ビルのエレベーターについて

2024/09/06 土曜日

 午前中からビルに赴くつもりだったのが、マトマトがまた急にシフトで呼ばれてしまったらしい。というわけで、痣春ビルに行くのは午後からってことになりました。
 急に時間があいてしまったので、僕はネカフェに入ってパソコンをいじっている。どっちみち調べることは多かったし、スマホだと通信料金が心配だったので(先月うっかりギガ使いすぎて通信制限入ってしまったのだ、もう反省する他ない)、だったらネカフェでパソコン借りた方がいいって話になったのだ。
 ネカフェなら個室だし、誰かに見られる面倒もない。値段も安いし、結構僕等も重宝している。なお、そんなことするなら自分のパソコン持ち歩けばいいと言うかもしれないが、ノートパソコンでも重いのだ、純粋に。あとWi-Fiが安定しないところもあるから、やっぱネットしたいいならネカフェに入ってしまった方がいいのである。

 で、痣春ビルについて個人的に調べてわかったことを、いくつか挙げておこうと思う。

 まず、痣春ビルの現在の管理者。もしヤのつく職業の方々だったら、この調査は早々に打ち切るつもりだった。だって怖いし。関わり合いになりたくないし。
 で、結論どうだったかというと――まあ、やーさんではなかった、と言っておく。
 もともとこのビル、個人所有のものだったらしい。で、三年ほど前にその大家兼管理人のおじーさんが亡くなって、今はその息子夫婦が一応引き継いだらしいのだが、素人だったからか殆ど管理にはタッチしていなくてそのうち売却するつもりだという話だった。
 で、なんでそんな情報が載っていたのかというと、ビルを所有していたおじいさんが事故で亡くなっているからである。一応言っておくと、ビルの中で死んだわけじゃない。このビルの近くの通りで、突然車の前に飛び出してきてはねられたらしい。その時の様子を何人もの人が目撃していたらしいのだが、どうにもその様子が薬物でもやってるんじゃないか、と思うほど尋常ではなかったみたいなのだ。
 少し不思議な事故だったからか、ネットニュースに詳細が取り上げられていたのである。
 目撃者によると、おじいさんは撥ねられて瀕死の状態で、頭がぱっかり割れて血を流しているのに、なんかこう意味のわからないことを喚き散らしていたという。

『いくらやすいからって、ああああんな、あんんあ、あん、あんな土地買ったらあかんかったにゃ、なんれ、こ、こんなあほんなことになるなら、知らんかった、ほんま、なんで、あん、なんれ、あざはるさまは』

 な?
 おおよそこんなかんじ。痣春ってはっきり言ってる。関西弁っぽい喋り方をしてたことと、本人が錯乱状態で呂律回ってなかったせいで正確にはわからなかったみたいだけど。でも何人も似たような証言をしているし、多分間違ってないのだろう。
 あざはる。痣春。
 あのビルに、やっぱり何かがあったんじゃないだろうか。それで、おじいさんは錯乱してビルから離れたところに逃げようとしたんじゃないだろうか。なんでも生きていた時はあのビルの一室を借りて自分も住んでいたというのだから。
 ちなみに、本人が住んでいたのは501号室だったらしい。――後で調査に行く時、501号室のことも詳しく調べてみるべきだろうか。何か面白いことがわかるかもしれない。ちょっと怖くはなってきたけど、さすがにここで退くわけにはいかないのだし。
 ちなみにその事故を気味悪がって、息子夫婦はあのビルの管理を引き継いだはいいものの、ほぼノータッチの状態だそうだ。あの物件にろくに近づいてもいないし、片付けも最小限にしかしていないという。そのうち売るつもりだけどなんか不気味だし売れるかどうか心配だ、みたいなことを取材で言っていた。
 で、もう一つ痣春ビルには妙な事件が起きている。それが、このビルの601号室に入っていた学習塾、『千谷学習塾』。リクエスト者が教えてくれた噂の通り。この塾の生徒たちが、八年前にまるごと姿を消している。千谷美那子《ちたにみなこ》という中年の女の先生が塾長を務める、とても小さな塾であったようだ。先生をしていたのは美那子本人と、夫である千谷太一《ちたにたいち》、それから雇われていた講師の先生が二人。
 子供達の数がどれくらいだったかはわからないが、噂によると全部でも十数人前後だったのではないか、という話だ。で、おの千谷学習塾の面々が、八年前に忽然と姿を消した。誰一人死体も見つかっていない。そのせいで、あのビルは神隠しビル、なんて不名誉な名前がついてしまったらしい。

『神隠しビルについて、面白い情報がありましたよ!』

 僕が調べたオカルト系サイトには、こんな情報が記載されていた。

『2016年8月10日。塾の面々が最後に目撃されたのはこの日でした。この時は生徒の殆どが夏期講習ってことで塾に集まっていたようですね。夕方、彼らがぞろぞろとビルに入っていくところを近所の人が目撃しています。駐車場には、講師の先生が使っていると思しき車も停まっていました!』

 夏期講習。塾ならばなんらおかしなことではない。殆ど、という言い方からして休んでいた生徒もいたのだろうか。

『ところが、先生も生徒も、深夜になってもだーれもビルから出てこない。流石に子供達の親も心配になって塾に連絡を入れたんですが、当然のように音信不通。おかしいと思って警察が調べたところ、塾はもぬけの殻でした。先生や生徒たちの筆記用具や財布やスマホといった貴重品はみんな残ったままになっていて、特に強盗に荒らされたような形跡もなかったそうです』

 当然、塾はこれ以上続けられなくなり、閉鎖。先生たちが子供たちを誘拐して消えたのでは?なんて話もあったが、だとしても貴重品や車まで残っているのはおかしなことだ。何より、ビルから出た姿を誰も見ていないのが不思議でしかないわけで。
 それ以来、噂が流れたという。
 千谷学習塾の面々は何かに食われて、それで神隠しに遭ってしまった。それがビルの中だったから、誰も姿を見ていないのだと。

 その噂には、主に二つのパターンがあったみたいだ。一つ目は、元々あのビルにはやばいものが憑いていた、という可能性。

『三年前、痣春ビルの大家をしていた御老人が不自然な形で亡くなっています。これ、結構ニュースになっていたから知っている人もいるかもしれませんね!痣春ビルが建っていた土地には、元々あざはるさま、という謎の悪霊かなにかが棲みついていて、その上に建ったビルに関わった人間を呪っている、と。千谷学習塾の面々も大家のおじいさんもそれで消されてしまったと』

 もう一つのパターンは、ビルの土地だの大家のおじいさんだのは関係なく、千谷学習塾の面々が個人的になんらかのやらかしをしたという話だ。
 というのも。

『千谷学習塾ですが、経営が上手くいっていなかったようでして。神隠し事件とは無関係に、閉鎖になるかもしれないという話が出ていたようです。千谷学習塾は神隠し事件が起きる少し前に、あのビルに引っ越してきた塾だったみたいで。まあ、その引っ越しの理由も、前のテナント料が高くて厳しかったから、比較的安価だったこのビルに入ることを決めたとかなんとか……。まあ、通っていた子供達の都合もあったんでしょうがね』

 驚きだったのは、あのビルが〝経営がうまくいっていない塾が引っ越してくる〟くらいにテナント料が安かったらしいってことだ。
 何度も言うが、あそこはS県K市の駅チカ物件である。もちろん都内ほど土地が高いわけではないだろうが、コンビニも駅も近いし、駅の規模だって小さいわけじゃない。狭いとはいえ、テナント料がそこまで安いというのはさすがに「なんで?」とつっこまざるをえない。
 実は事故物件だったとか、そういうことなんだろうか。大家さんが生きていたら取材できたかもしれないのだけれど。

『あのビルに引っ越してからも、生徒がやめてしまうとか、新しい生徒が入ってこないとか……まあいろいろあって。でもそれは先生たちの評判が悪かったからじゃなくて、むしろ先生たちは生徒によく慕われていたらしいんです。親御さんたちからも、やめないでほしいと何度も訴えられていたと。で、ご夫婦も塾の運営が生きがいみたいになっていたから、経営難と完全に板挟みになって苦しんでいたとかで……。それでまあ、やぶれかぶれになって、妙な儀式でも試したんじゃないのかと』

 だいぶ発想が飛躍しているが、まあ言いたいことは理解できた。
 つまり、生きがいである塾と子供達を奪われるならと、無理心中でも図ったのではないかと。あるいは、なんかやばいオカルトの儀式でも使って運命をひっくり返そうとしたのではないか、と。
 そんなことある?とは言いたいが実際彼らはまるごと消失してしまっているわけだし、ビルそのものの呪いというより本人たちがピンポイントで儀式でもやらかしたと思った方がストンと落ちるところはあるかもしれない。
 実際本物かはわからないけれど……このブログにも妙な記事が勝手に投稿されてたりしているわけだし。なお、その塾のメンバーの中に『はなえちゃん』なんて名前の女の子がいたのかどうかは不明だ。さすがに子供達の名前まではサイトに載っていなかった。ていうか、講師の先生二人の名前もわからなかった。まあ、プライバシーもあるから仕方ないだろう。

 で、僕の考えなんだが。

 個人的には――これ、両方かも?と思っているわけだ。
 大家のおじいさんの言葉は非常に気になる。あの痣春ビルがあった土地、元々何かよからぬものでもあったんじゃないかだろうか。で、いわくつきの土地だから安くって、それをオカルト信じない系のおじいさんが買ってビル建ててしまったとか、そういうことではないだろうか。土地としてはかなり便利な場所なのも間違いないのだから。
 たとえばその土地には昔から、痣春様、という名前のオバケか何かが取り憑いていた。だから元々呪いとか、悪い事が起こりやすい背景はあった。
 そこでさらに、千谷学習塾の面々が何かしらのやらかしをしてしまったから、彼らはピンポイントで神隠しに遭ってしまった――と。その千谷学習塾の神隠しに関わっている謎の存在が『はなえちゃん』。これが人間だったのか、あるいはビルの中にいた悪霊みたいなものなのか、痣春様とやらと同一存在なのかは不明。
 これ以上は、ネットだけで調査するのは難しいかもしれない。
 手がかりがあるとすれば、地道に近所の人に聞き込みするくらいだろう。あと、それからもう一つ。

 なんとあのビル、テナントとして入っていた企業はみんな移転するか倒産するかしてしまっているらしいのだが――一つだけ。
 なんと、一人だけ、あのビルにまだ個人で住んでいる人間がいる、らしいのだ。
 その人に話を聞くことができれば、何かわかるかもしれない。


2024/09/07 日曜日

 思ったより文章が長くなってしまったので、一度報告を切らせてもらった。まとめるのが下手くそで申し訳ない。
 というわけで、昨日あったことをいろいろ整理したので、ここに投稿させてもらおうと思う。まだ混乱しているのでちょっと文章が荒れているかもしれないが、多めに見てくれると嬉しい。

 マトマトが来る少し前に僕はネカフェを出て、一足先に痣春ビルに行くことにした。
 痣春ビルの周辺はごっちゃごちゃの雑居ビル街なのだが、ところどころ妙に古い店なんかも点在してる。特に目立つのが、大昔からありそうなボロボロの酒屋だ。柱に貼ってある電話番号の桁数がものっそ少ない。まだ電話交換手とかがいた時代の番号なんだろうか?まあとにかく、昭和かそれいよりも前からあるんじゃないの?くらい古そうな日本家屋の酒屋とか米屋とかが、ところどころ存在しているわけだ。
 特に痣春ビルのはす向かいにある酒屋なんかは、本当に建物がボロい。よく東日本の震災を耐えられたもんだと感心してしまうほどである。確かにS県付近はものすごく揺れたわけではないが、それでも最大震度5弱とか5強くらいはあったはずなのだから。
 ちなみに僕は、お酒があんまり強くない。
 居酒屋に行っても一杯目だけカクテルとか飲んで、二杯目以降はソフトドリンクに行くのが常だ。僕と違ってマトマトはお酒が強いので、一緒に飲みに行くとすぐ「人生半分損してるわお前!」なんて白目を剥かれることになるのだが。

 話が逸れてしまった。
 まあ、お酒は強くないけど、ちょっと飲むなら好き、くらいの人間ではある。というわけで、お酒そのものにも興味がある。
 話を聞くのと一緒にお酒を買って帰るのも悪くないだろう。僕一人では一升瓶一本消費することはできないが、マトマトと一緒ならなんとかなるはずだ。あいつと一緒に部屋飲みすることも珍しくない。お互い男の一人暮らしだから融通がきくのだ。

「いらっしゃいませえ」

 僕がガラス戸をガラガラ開けて入っていくと、カウンターの奥にはとても上品な着物のおばあさんが据わっていた。多分、若い頃はめっちゃ美人だったと思われる。真っ白になった髪の毛をおだんご状にまとめていて、蝶が舞っているような紫色の着物と帯をしめていて、それがものすごく似合っているのだ。
 あと、店の外は結構ボロボロに見えたが、内装はリフォームされているのか結構綺麗だった。色々な種類のお酒の瓶と、それからお酒を使ったチョコレートみたいなものまで売っていた。結構普通に美味しそうである。

「あの、すんません」

 僕は店主っぽいおばあさんに声をかける。何か話を聞くなら、商品にちゃんと興味を持った姿勢を示しつつ、購買意欲を見せるのが大事だ。

「僕、こういう日本酒のお店とかあんま来たことなくて。でも興味はあって。……初心者向けの、度数低めのお酒とかあります?あ、できればちょっとフルーティなやつが好きなんですけど」
「あら、まあ。あまりお酒が強くない人かしらね?」
「はい。でも好きではあるんです。だからちみちみ飲みたいなって。友達は強いんですけど」
「だったら、おすすめはこういうのね」

 おばさんはすごく優しそうで、僕みたいな一見さんにも親切だった。なんでも、この店でしか卸してないような特別なお酒がいくつもあるらしい。
 このお店はなんと、大正の頃からやっているお店であるようだ。建物は空襲で被害を受けて燃えてしまい、そのあと立て直したものだという。東京大空襲、なんて名前がついているから燃えたのは東京だけかと思っていたのに、S県にも結構被害が出ていたらしい。――いやすまない、そのへんは不勉強だったもので。
 おばあさんは若い頃この家の旦那さんに嫁いできて、今は旦那さんが具合が悪くて入院していることもあり、彼女と息子夫婦が店を切り盛りしているというのだ。

後楽酒造(こうらくしゅぞう)さんは最近代替わりしたんだけど、まあ息子さんが腕が良くてね。これ新作なんだけど、日本酒初心者の方にも飲みやすいわよ。『労働意欲』っていうんだけど」
「なんでそんな名前にしたんすか!?」
「面白い名前つけるのが好きなのよね、彼!『異世界転生』ってのもあるわよ」
「どゆこと!?」

 初心者は麦焼酎か米焼酎がいいとか、甘いのが好きなら米から入るのがおすすめとか、まあそういうことをいろいろ教えてくれた。多分おばあさん本人の好みもあってのことだろう。
 これからビルの調査に入るので、今すぐ買うことはできない。後で友達も来るので、その時もう一度店に寄って買わせてもらいます――と僕はそういう約束をした。実際、彼女は話上手で、すすめられたお酒は純粋にどれも美味しそうだったというのが大きい。
 さて、そう言う話をしたところで本題である。

「あの、店主さん。えっと……」
末子(すえこ)って呼んでくださっていいわよ。松本末子」
「あ、末子さん、どうも。ちょっとお尋ねしたいんですが……あそこの痣春ビル。あれ、すっごくボロボロなんですけど、廃墟なんですか?廃墟なら、入口封鎖しないと危ないと思うんですけど。その、この間僕の弟があそこに面白半分で探検しに入っちゃって、連れ戻したことがあって」

 ちょっとズルいが、そういう嘘をつかせてもらうことにする。自分は小さな子を助けただけ、面白半分で踏み込むつもりではないと暗に主張する。廃墟ならば封鎖しないと危ない――そういう言い方をすることで、この人があのビルをどう思っているのかも訊きだせるという寸法だ。

「ああ、あそこねえ。あたしも危ないと思っているのよ」

 末子はため息交じりに言った。

「昔は塾とか、お医者さんとか、いろいろテナントが入っていたみたいなんだけど。今は個人の方が一人住んでるだけね。あんま部屋数の多いビルじゃないでしょうけど、一部は賃貸として個人の方に貸していたみたいだから」

 確かに、内部の構造はビルというより小さなマンションみたいだな、と思ったのは確かだ。601号室、なんて部屋番号がついていたから余計に。

「あのビルのどういうところが危ないと思っていたんです?ボロいから?」
「それもあるけど、あの場所って結構いわくつきなのよね。あのビルがどうこうっていうより、土地が良くない、というか。私はこの家に嫁に来ただけだから、ほとんどお義父様やお義母様の話を伝え聞いただけなんだけども」

 末子さんは、結構細かく事情を話してくれた。彼女はオカルト的なことを妄信しているタイプではなかったが、それでも高齢者ということもあってある程度目上の人が言うことは迷信でも信じる、というタイプだったらしい。
 痣春ビルが建ったのは、今から二十年くらい前のこと。――驚くことにあのビル、あんなにボロボロに見えるのに思ったほど古い建造物ではなかったらしい。
 その前にあったのは小さな個人経営のコンビニだったそうなのだが、そのコンビニは火事になって全焼。燃えたのが夜中だったので客はいなかったが、オーナーと店員一名が大火傷を負って意識不明の重体となったらしい。最終的に命はとりとめたものの、後遺症が重かったこともありそのまま店は畳んでしまったそうだ。その後暫く空き地になっており、その後に建築されたのが痣春ビルだったとのことである。
 なお、コンビニの前、そこにあったのはアパートだったのだと末子さんは言う。やや所得の低い高齢者が多く住んでいた、というが――。

「……ここ、そんな土地安いところですっけ?」

 やっぱりそこに疑問符がつく。
 所得の低い高齢者、が簡単に住めるほど家賃が安かったのだろうか。

「それが、もう驚くほど格安だったみたいなの。あたし、アパートの住人さんとも話したことがあるんだけど……むしろ、あそこに住んでくれって頭下げられたそうよ。その人はまだお仕事してる人で、工場に安月給で勤務していたようなのだけど。社員寮とかもないし、近くで住める安い賃貸探していたら声をかけられたって」
「ええ?大家から、住んで欲しいって頼まれたって……なんで?」
「さあ?ただ、ここは人が住んでないといけない土地だ、みたいなことを言われたみたい」

 なんだか、きな臭い話になってきた。人が住んでいないといけない土地。駅前の一等地で、そんな場所が何故あるのだろうか。

「そこ、怪奇現象でも起きてたんじゃ?」
「鋭いわね、その通りよ」

 末子さんは多分、元々話好きのタイプだったのだろう。僕がそう尋ねると、いたずらっ子のようににやりと笑った。

「今はそういうの、ラップ音っていうのかしらね?……あたしがよく話すその人は、三階に住んでいたの。で、屋上に入れるようなアパートじゃなかったのに、何故か自分の部屋の上から物音がすることが頻繁にあったっていうのよ。それも、子供が走り回るような足音とか、女の子の声が多かったって」

 女の子。
 それを聞いて僕が思い出したのは、あの文章だ。僕が投稿した覚えのないブログの記事。あれに書かれていた、はなえちゃん、という名前。
 よくよく考えれば、今時の女の子で『はなえちゃん』は少し古い名前のような気がする。しかしそれが、何十年も前から存在する悪霊か何かなら納得もいくというものではないだろうか。

「真夜中に足音はするし、声はするし……チャイムを鳴らされて、玄関のドアスコープを覗いても誰もいない、なんてことも頻発するし。彼は気味が悪くなって引っ越しをしてしまったわ。そしたらね」

 その直後だったわ、と末子さん。

「謎の異臭騒動が起きて、アパートの住人が次々倒れて救急車で担ぎこまれたって。……死人は出なかったそうだけど、原因がまったく不明。なんかガスみたいな臭いがしたそうだけど、ガスは検知されなかったそうで。それなのに……倒れた人達の多くが酷い後遺症が残って、そのあと何年もベッドの上で過ごしてから亡くなってしまった人もいるみたいで」
「うわ……それは、不気味っすね」
「でしょう?で、実はそのアパートが建つ前も変なことはあったみたいなのよ」
「うそ、まだその先があるんですか!?」

 アパートの前には小さな米屋があったらしい。今からもう、四十年くらい前のことになるようだ。

「あの日のことはよく覚えてるわ。本当に大騒ぎになったんだもの。確かにあんまり男らしくないというか、暗い顔をした旦那さんだとは思っていたけど、まさかねえ。……一家心中なんて目論むなんて、思ってもみなかったわ」
 話をまとめるとこうだ。
 どうやらあの痣春ビルがあった土地、何やら上に何が建っても不幸に見舞われるという、いわくつきの場所であったらしい。
 痣春ビルが建築されたのは二十年ほど前のこと。その前にあったのが小さな個人経営のコンビニ。これはあまり長い期間ではなかったようだ。このコンビニは、深夜に謎の火災に見舞われ、オーナーと店員一人が大火傷ををして瀕死の重傷を負っているという。
 その前にあったのが高齢者が多いアパート。末子氏の知り合いだったという三階住んでいた工場勤務の男性は、何やら妙な現象に見舞われていたようだ。誰も入れないはずの屋上を、子供が走り回る足音がする、女の子の笑い声がする、など。それで流石に不気味に思って彼が引っ越してすぐ、謎の異臭騒動が起きてアパートの住民がバタバタと倒れた。そして、多くの住人が再起不能に陥り、何年かあとにベッドから起き上がれないまま亡くなった人もいたという。
 そしてさらにその前にあったのが小さな米屋。が、その米屋の旦那さんは、一家心中を目論んで奥さんと子供達を包丁で切り捨て、自分も自殺を図った。やや草食系の暗い系男子だったらしい旦那様だが、奥さんとの仲は良好に見えたため、騒動が起きた時は末子さんもめちゃくちゃ驚いたという。
 彼女は救急車が来た現場にも居合わせたので、血塗れで錯乱している旦那さんの声も聴いていたそうなのだが。この時、こんなことを言っていたそうなのだ。

『ああああああああああ、あああ、駄目だ、だからこんなところ住むべきじゃなかったんだ、本当にこんな、終わってる、あり得ないって言う話だ、あざはるさま、許してくれよ痣春様、たのむからああ、ああああああああああああああああああああああ頼む、頼むから、じ、地獄におと、落とさないでください、ええええええいえんは、えいえんはいや、あざはるさま、あざはるさま、あざはるさまああああ、ああああああああああああああああああああこれで、どうか、つぐないををををををををををおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 末子さんの演技力が凄くて、ちょっとびびったのはここだけの話。
 で、やっぱり気になるのは痣春様、という名前である。この心中事件が起きて、米屋がなくなったのが今から四十年前のこと。で、この酒屋に末子さんが嫁いできたのが今から五十年前だそうで、それ以前のことはよくわからないらしい。自分が嫁いできた時には、あそこにはもう米屋があったのだそうだ。
 ただ、米屋の前は、長らく空き地になっていたという。此処まで来ると、戦後のごたごたもあっただろうから、空き地であってもなんらおかしくはないのだろうが。

「他の区画はどんどん建物が建つのに、あそこだけ長らく空き地だったそうよ。で、うちの旦那はね、あの空き地では絶対遊ぶなってお義父様に言われていたそうなの」
「遊ぶな?どうしてですか?」
「空き地になった理由は、あのあたりが空襲で焼けてしまったからなんだけど……焼ける前までは、何やら妙な施設が建っていたそうでね。何か、仏教でもキリスト教でも神道でもない、妙な宗教団体の施設だったみたいなの。戦時下でなんで見逃されていたんだって思うでしょう?……なんでも、お上も気味悪がるような場所だったらしくて、なかなか手が出せなかったみたい」

 この宗教団体については、末子さんも良く知らないと言っていた。現在末子さんは七十歳だという。つまり、ここまでくると彼女が嫁いでくるどころか、戦争が終わった時はまだ生まれていなかったということになる。旦那さんも、彼女と同い年だそうだ。そりゃあ、詳しいことなど知らなくても無理はないことだろう。
 ただ、その空き地で遊んだ子供が不幸に見舞われることは多かったらしい。チンピラの喧嘩に巻き込まれたとか、建築資材の下敷きになって大怪我をしたとか、車に轢かれたとかそういう類いである。中には、家が火事になった者もいたそうだ。
 それで旦那さんもなんとなくあの空き地はよくないものだと考えて、友達に誘われても近づかないように心がけていたというのである。

「本当に、あの一区画だけなの。今、痣春ビルの隣には普通に他のビルが建っているでしょう?その建物がある場所とかは、昔はおまんじゅう屋さんがあったり、家が建っていたりしたわけだけど……そこで妙な不幸があったなんて話は聞かないわ。本当に、その空き地があった場所、今の痣春ビルがあった場所だけ何かがおかしかったのよね」

 その原因は宗教団体の施設にあったのではないか、と末子さんは語った。

「治安維持法やらなんやら、物騒な法律があって、人の言論や思想が統制されるようなことも少なくなくて……本来戦時下で、あんな施設が許されたとは思えない。それでもお上が諦めて手を出されなかったのは、その施設を無理やり取り潰そうとすると、関わった人間が不幸に見舞われたから……って噂ね」
「不幸……人が死んだとか?」
「多分ね。でも、残念ながらあたしもこれ以上のことは知らないのよ。どこか遠くの村にあったっていう、特別な神様をこの場所に移してきて、それで信仰しているらしいと夫は聴いたそうだけど。とにかく夫が生まれたのは戦後ですから、もう宗教施設はなかったし、物心ついた時にはあそこは空き地でほったらかしにされている土地だったんですって。お米屋さんの前にも家ができたことはあったそうなんだけど、それについてはもう昔すぎてよく覚えてないそうよ」

 その神様、とやらがヤバいものだったのだろうか?
 いずれにせよ確かなことは、その神様とやらの加護では空から降ってくる爆弾を防ぐことはできなかったということだ。結局宗教施設は燃え、恐らくそこにいた信者もご神体もみんな燃えてしまったのだろうから。
 と、そこまで考えて僕は「あー」と声を上げた。思い至ってしまったからだ。

「なんかこう、腑に落ちてしまったような、このかんじ。……そのなんちゃらっていう神様の像とかが空襲で燃やされちゃって、しかもお祀りする祭祀とかもみんないなくなったから……そのままその土地に残って祟るようになってしまったバターンなんじゃ」
「鋭いわね。あたしもそうなんじゃないかなと思ってるわけよ」

 うんうん、と末子さんは頷いた。

「しかも、今もう一つ思い出したんだけど。あたしの記憶の通りだと……米屋さんも、アパートも、コンビニも、今のビルも……みんなお店や建物の名前に〝痣春〟ってつけてた気がするのよね」
「……マジっすか」
「ええ。この名前をつけることが、おまじない的な効果を持っていたんじゃないかしら。つまり、これが神様の名前だったのではないかと思うのよ。痣春、なんて妙な名前でしょう?この土地の地名でもないし、他に同じ名前の何かも聞いたことはないしね。その名前があることで、かろうじて今まで死人が出なかったんじゃないか、なんてことを思うわけ。まあ、素人の予想でしかないけれどね」

 痣春。段々と、話が繋がってきたような気がする。
 その名前の神様の宗教施設があった。それが空襲で焼けて、祟りか呪いが土地に残ってしまった。なるほど、これで筋は通るというものだ。
 そして、ぶっちゃけ関わった人がみんな気の毒でしかないとも言う。空襲なんて、ちっぽけな宗教団体の人に止められたはずもなし。もちろん町の人にもどうしようもない。それで恨まれて、その後もずーっと呪いに巻き込まれているとしたら、もうこれは救いようがないとしか言いようがないではないか。

「実際人はギリギリで死んでいないでしょう?でもって、今の建物になる前のアパートやらコンビニやらで起きた事件は、今の建物には関係ない。だから、不動産屋さんとかも告知義務がなくって、ビルを使う人には教えてないんじゃないかしらね。テナントに入った人もいろいろ不幸があったのかもしれないわ。本当にお気の毒様」

 だからね、と続ける末子さん。

「あなたの弟さん、もう入らないようにきつーく釘をさしておきなさいよ。入っただけで呪われないとも限らないんだから」
「は、はい」
「あたしはね、その土地の神様は生贄を求めるものだったんじゃないかと予想しているわけ。無理心中の旦那さんの言葉もそうよ。神様の声を聴いてしまって、生贄を捧げるために自分と家族を殺そうとしたんじゃないかって思うの。今でも、その生贄とやらを探している可能性は充分あると思うわ」
「うえ……。つか、そんなビルに、まだ住んでる人がいるって言ってませんでした?物好きが過ぎるんですけど」

 他の企業なんかが全部撤退したのに、一人住んでいるせいでビルそのものを封鎖できない、のだとすれば。正直、その一人の存在が相当迷惑だとしか言いようがないのだが。
 確か、千谷学習塾があったのは、601号室。大家さんが住んでいたのが501号室だったはず。今、その一人だけ住んでいる住人とやらは何号室に住んでいるのだろう?ポストを見ればわかるのだろうか。

「その人、何号室だったかしら……確か、502号室とかに住んでいたと思うんだけど」

 何かを思い出すように斜め上を見つめて末子さんは言った。

「ものすごおおおおおおく、変わった人よ。青白い顔で長い黒髪で、年齢不詳の男の人。何度か出かけている姿を見たことがあるけれど、なんだかゾンビみたいで怖い雰囲気って思っちゃった。話したことは、一度しかないわね」
「あるんですか、そんな人とお話したこと」
「うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど」

 悪霊退治。
 そりゃまた、露骨というかなんというか。ただ、本当に頭がぶっとんでいる人、という断言はできないだろう。今聞いた話が本当ならば、あのビル――というより、土地には何か怪しいものが取り憑いていた可能性が高いのだから。

「彼は自分を、霊能者だと言っていたわ。あの土地を抑え込むために、自分がここにいなければいけないって」

 よくわからないわよね、と笑う末子さん。

「本当にあそこに悪霊がいるなら、そんなの一個人でどうにかできるわけがないじゃない?神社とかお寺とかに頼んでお祓いしてもらえばいいのに、なんで一人でどうにかしようとしているのかしら。……まあ、本人がそう思いこんでるだけの、アレな人ということもあるかもしれないけれどね」
 そうだ。
 マトマトがちょっと遅刻したので、もう一つネットで調べてみたことがあったのだった。
 あざはるさま。
 そのキーワードで検索したら、何か引っかかってくるんじゃないかと思ったのである。それが神様の名前か何かなら、ネット民の中に知ってる人間がいるんじゃないかなと。
 同時に、ロボコがリクエスト受けたこともみんなに知られているし、興味を持って独自に調べた人も多分いるだろうなと思っていたのだ。
 というわけで調べてみたら、某大型掲示板にこんなスレッドがひっかかってきた。
 大型掲示板なので無駄話も多いし話もそれまくってはいるけど、リンク貼っておくのでみんなも見てみてほしい。

 つ 【都市伝説】怖い話好きな人間が集まるスレ part24【オカルト】

 100近くから読み始めると丁度いいと思う。痣春ビルの話題が出ている。新しい情報もあったので、僕もあとでまとめておこうと考えている。



 ***



【都市伝説】怖い話好きな人間が集まるスレ part24【オカルト】



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98:オカルティックな名無しと群れ
またそうやって危ない橋を渡る……

99:オカルティックな名無しと群れ
調べるだけなら安全とは限らないんだからな?少し前に噂になったことあるじゃん、この世の中には『知ってはいけない言葉』があるんじゃないかって。
単語見ただけで死ぬとかそういうのマジかもしれないのに、自分から引っかかりに行くとかアホか

100:オカルティックな名無しと群れ
>>99
説教すんなうぜえ

101:オカルティックな名無しと群れ
結局このスレにいる時点でみんな同じ穴の狢なのに何をいまさらwwww

102:オカルティックな名無しと群れ
ああもう、喧嘩するのやめてよ。人を煽らないと会話の一つもできないのか

103:オカルティックな名無しと群れ
今時誹謗中傷って訴えられるリスクあるのに馬鹿だよなあ
でも誹謗中傷とか攻撃的な発言とかするやつって、自分がそういうことやってる自覚マジでないから注意しても無駄か

104:オカルティックな名無しと群れ
>>103
誹謗中傷の意味調べろよバーカwwww
こんな程度で訴えられるわけねだろwwwwww

105:オカルティックな名無しと群れ
荒らしに構う奴も荒らし。スルーしていきましょう。

106:オカルティックな名無しと群れ
はいはいスルー検定
>>1も読めない人は今後無視でよろしく

で、話変えるんだけどさ。オカルト系ユーチューバーのロボコってみんな知ってる?
なんか、痣春ビルのエレベーターについて調べてるみたいなんだよね。ブログにも書いてたし、予告も出してた。
ヘンテコな名前の物件だけど、知ってる人いる?

107:オカルティックな名無しと群れ
痣春ビル?あざはる、で読み方ええんか?

108:オカルティックな名無しと群れ
あれさあ、リクエストのコメント見たんだけどさ。……リクエスト者、今見たら消えてるような。
怖くない?それともご近所さんだってうっかりバラしちゃったから自分で消したのかな……?

109:オカルティックな名無しと群れ
>>108
自分で消したんだろ……多分

110:オカルティックな名無しと群れ
まあ近所に住んでいるから情報は書いたらヤバかったかもな。しかもビルの玄関や屋上が確認できる位置に住んでるみたなこと言ってたし
迂闊だと気づいたんだろ

111:オカルティックな名無しと群れ
俺、職場あの近くでよく通るんだけどさ。あそこ、オフィスビルばっかりで背の高いマンションとかはないと思うんだよな。
玄関や屋上が良く見える場所に住んでるって、どこ?そんな建物あったっけか……となってるんやが

112:オカルティックな名無しと群れ
マ?

113:オカルティックな名無しと群れ
え、なに?そこからホラーになっちゃう……?

114:オカルティックな名無しと群れ
え、ちょっとぞくっとしたんですけど

115:オカルティックな名無しと群れ
確かに地図で調べたらあそこエキチカだし、オフィスビルとか商業施設ばっかりのエリアだな……。
痣春ビルって六階建てみたいだし、それより高くないと屋上なんか見られないと思うんだけど
六階より高いマンションなんてそのあたりにはないような……エ?

116:オカルティックな名無しと群れ
いやいやいやいや、望遠鏡とかで見てるだけかもしれないし!深く考えすぎるべきではナイ!
でもちょっと面白くなってきたぞ、話を続けてくれたまえ

117:オカルティックな名無しと群れ
とことん他人事なこのかんじ、嫌いじゃないwwww

118:オカルティックな名無しと群れ
ロボコのブログ見て来た。書いてるのはタカの方なんだけど
なかなか凄い体験してるな。作り話じゃなかったら結構怖いぞ。特にエレベーターなんて本能的に怖さの塊じゃん?自分は絶対乗りたくないんやが

119:オカルティックな名無しと群れ
あれ読んだわ
封印されて降りられない地下一階に閉じ込められるとか想像しただけでもぞっとする
つか、結局階段で地下一階に行こうとはしてないんだっけ?
何があるんだ、地下一階……。

120:オカルティックな名無しと群れ
自分はむしろ面白そうだと思ったけどな。エレベーター乗ってみたいwww
最悪スマホあるし、助けも呼べるだろ

121:オカルティックな名無しと群れ
>>120
勇者かおっまえ

122:オカルティックな名無しと群れ
>>121
怖い者知らずすぎだろオイ

123:オカルティックな名無しと群れ
そういえば痣春ビルが建つ前って、あそこコンビニとかアパートがあったみたいなんだけどさ。
調べたらコンビニの名前が『タイコーマート痣春』で、アパートの名前が『マツダ荘痣春』だったらしいんだよ。
なんか不自然に痣春、って名前をくっつけてたらしい。これなんだと思う?

124:オカルティックな名無しと群れ
その名前をつけなきゃいけなかったかんじ?

125:オカルティックな名無しと群れ
そもそも痣春ってのがなんなのかわからん。そんな地名K市にあったっけ?ってかんじ

126:オカルティックな名無しと群れ
何かのおまじないだったりして

127:オカルティックな名無しと群れ
これ言っていいのかな……特定とかしないでほしーんだけどさ
実は俺のひいばあちゃんが、痣春ビルの近くに住んでて。俺、時々ひいばあちゃんのところに遊びに行ってて……今はそのひいばあちゃん施設に入ってて、時々会いにいくんだけど
そのひいばあちゃんの家が痣春ビルのすごい近くだったのね。で、ひばあちゃんのところに遊びに行くたび、俺すっごく言われてたんだよ
痣春ビルのあたりには行くな、あの土地は呪われてるから絶対近づくなって
ちなみに二十年以上前でさ、その時ビルは建つ前で……多分コンビニが火事で焼けちゃったあとで、空き地になってた頃だと思うんだけど

128:オカルティックな名無しと群れ
え、まって
痣春ビルができる前にあったコンビニ、火事で燃えてんの?

129:オカルティックな名無しと群れ
既に祟りの気配がしているなど

130:オカルティックな名無しと群れ
ビルが呪われたんじゃなくて、そもそも土地がやばいパターン?土地に近づくだけでダメってやつ?なんで?

131:オカルティックな名無しと群れ
127です
ひいばあちゃん、今は超高齢だしボケちゃってるんだけどさ。昔は結構霊感が強いって自分で言ってて、オバケの話とかしてくれたんだよね。
ちなみにそのひいばあちゃん、もう百歳超えてる。だから戦争も知ってる世代。
あそこの土地、戦前には宗教施設みたいなのが建ってたらしい。近所の人には、とにかくやべーから近寄るなって言われてたんだと。
で、その宗教団体の名前が『痣春新教』とか言ってて……あざはるさま、って神様を信仰してたみたいで。
ほら、戦時中は宗教とか思想とかいろいろ規制されてただろ?でも、お上でさえその施設には手が出せなかったらしいんだよ。下手につっかかった奴は、次々不幸に見舞われるからってんで。触ったら、天皇陛下にさえ危害が及ぶかも、みたいになったらもうほっとくしかないじゃん?

132:オカルティックな名無しと群れ
そんな昔からカルト教団ってあったんか

133:オカルティックな名無しと群れ
まあ、因習村とかお約束だしな。江戸時代とか、それより昔からやべー神様を信仰してる土地なんてザラだから

134:オカルティックな名無しと群れ
今でこそK市ってそれなりに栄えてるけど、昔は超田舎だったってことかな

135:オカルティックな名無しと群れ
つかS県のK市なんだよな?空襲でその施設も焼けてんじゃね?

136:オカルティックな名無しと群れ
>>135
そう
やべー宗教施設だったっぽくて、それがあざはる様ってのを信仰してて、どうにも辺境の村から神様そのものを連れてきたとか言ってたらしいんだけど……
さすがに空襲はカミサマの加護で防げなかったのか、施設は綺麗に燃えちゃった。

で、ばあちゃんいわく、それで神様がブチギレて土地そのものを祟るようになったんじゃないかって言ってんだよ

137:オカルティックな名無しと群れ
なにその理不尽

138:オカルティックな名無しと群れ
一体どうしろっちゅーねんそれ……

139:オカルティックな名無しと群れ
つーかそんなヤバイ土地なら上に建物とか建てるなし。
って思うけど、オカルト的なものだとみんなそんなに信じないか……。一等地だから、売らないわけにもいかないし

140:オカルティックな名無しと群れ
今の建物が建つ前に人が死んでたとしても、まあ事故物件扱いにはならないだろうしな……

141:オカルティックな名無しと群れ
痣春ビルって確か塾の生徒と先生がまるっと神隠しに遭ってんだよね。
その先生たちも、呪いで消えちゃったのかな。しかし、ブログ読んでけど地下一階と屋上が封印されてるのがあんまりよくわからん
さすがに塾が屋上や地下一階にあったってことはないと思うんだが

142:オカルティックな名無しと群れ
>>141
調べたら該当の塾は六階だった
じゃあ関係ないのかもな

143:オカルティックな名無しと群れ
ごめん、ちょっといいか?
その塾の名前……千谷学習塾であってるよな?痣春ビルの住所にあったってことでいいよな?
八年前に確かに神隠し事件ってのでみんな消えてるんだけど……なんと、Xに塾のアカウントが残ってた。

144:オカルティックな名無しと群れ
まじ!?

145:オカルティックな名無しと群れ
あれ、休眠アカウントって消えるんじゃなかったっけ?

146:オカルティックな名無しと群れ
>>145
一定期間で消えるって噂だけど、どれくらいで消えるのかよくわかってないんだよな
あと、誰かがログインしてたら消えないんじゃなかったっけ?知らんけど

147:オカルティックな名無しと群れ
その千谷学習塾のアカウント見ると、塾長先生が塾の経営で悩んでたっぽいのが見えてくるぞ。
でもってさ。
その塾の先生に、なんか妙な儀式教えてる奴がいるんだよな……

148:オカルティックな名無しと群れ
え……?


――以下、とあるX(旧Twitter)アカウントのつぶやきより抜粋。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
痣春ビルに移転してから半年。
駅から近いのはいいけど、最近子供達の集中力がなくなってきているような気がします。
もう少し授業を工夫するべきかしら。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
前の塾の場所の方が良かった、って生徒の女の子に言われてしまいました。
私もなんだかそんな気がしてきたところ。
とはいえ、あそこのテナント料は高くてどうしようもなかった。
そして、なんで前のところの方が良かったって自分でも思うのか、よくわからないのよね。なんでだろう。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
この痣春ビル、どうやら小さなお子さんがいるご家庭か塾が他にもある?みたい。
塾のドアを出たところで、子供が走っていくのを見たっていう子がちらほら。
廊下を走るのは危ないと思うんだけど……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
エレベーターが故障してるのかも。変な音がする。
すみませんが塾の皆さんは、しばらくエレベーターを使うのを控えてください。六階なので大変だとは思いますが……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
ごめんなさい、本当はこんなこと呟いてはいけないのですが、塾の経営について考えなければいけなくなってます。
本当はもっともっと、みんなに教えたいことがたくさんあるのに……。
出来る限りがんばります。ごめんなさい。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
子供の声をよく聞くといっていた子が教えてくれました。このビルの地下に何かが眠っているって。
痣春ビルって確かに妙な名前だとは思っていたけど……。
なんでも、たくさんの子供が集まった神様がいる、って。本当かしら。あんまりオバケとか信じたことはないんだけど。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
知らなかった
なんでエレベーター、地下一階に行かないの?なんで埋められてるの?
すみません、誰かこの件についてご存知の方いませんか?
S県K市、痣春ビルです。さすがに気味が悪いんですけど、大家さんに尋ねたらものすごく怒られてしまって……。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
したにおりた
なにあれ



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
あれははなえちゃんだって、彼女が教えてくれた
はなえちゃんの力を借りたら、みんなでずっと一緒にいられるのかしら
でもどうすれば



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
いいほうほうがあるからおしえてあげる



 ***



「……すげえ、こんな短期間に調査進んでるとは」

 僕が調べたことを教えると、マトマトは目をまんまるにして褒めてくれた。
 酒屋の末子さんが教えてくれたこと。大型掲示板。そして、掲示板の民が見つけたという某Twitterアカウントの情報。八年前に失踪した千谷学習塾の塾長さんは、どうやらあんまりSNSをやるべきタイプじゃなかったらしい。明らかに公式アカウントで、言っちゃいけないことまでぼやいてしまっていた。――もしかしたらそれも、塾の生徒があまり来なくなってしまった原因だったのかもしれない。
 ただ、今いる生徒たちには結構好かれていたらしい。かなり熱心に子供達に授業を教えていたようだ。
 学習塾という名目ではあるが、実際は進学を目指すための塾というより、今の学校の授業についていけない子供達を補助する目的の塾という色合いが強かったようだ。実際、学校の先生もピンキリで、ついていけていない子供達をどんどん置いていってしまうタイプの先生もいるといえばいる。というか、クラスでレベルがバラバラの場合は、一人だけ遅れている生徒に合わせていることもできないというのが実情だろう。
 そんな彼らを補佐して、授業を理解できるようにするための塾。基本は小学校の子供達を見ていたようだ。
 うっかり公式Twitterで愚痴を漏らしてしまってはいたが、その悩みは誰かへの恨みというより、己のふがいなさや子供達を案じてのものである。
 千谷美那子塾長は、経営難で塾を閉鎖することにより、子供達と離れ離れになってしまうことを相当惜しんでいたようだ。恐らくは塾という形で、とにかく子供達を助けることに生きがいを感じていたのだろう。

「末子さんから、及び大型掲示板の情報をまとめると。この痣春ビルがある場所は、元々妙な宗教団体の施設があった。その名前は『痣春新教』。あざはるさま、っていう神様を祀っていたらしい。でもって、その神様はどこか別の土地から連れてきた神様だとかなんとかで、その正体は一切不明」
「で、その施設が空襲で焼けてなくなちまったんだよな?」
「ああ。その後空き地になった土地で子供達がいなくなったり死んだり、まあそういうことがあったぽいと。で、そのあと米屋やら、アパートやら、コンビニやらが建ったけど……どれも無理心中やら火事やらでなくなってしまったと。その跡地に立っているのが、この痣春ビルってわけだ」

 僕は今、マトマトと合流して痣春ビルの前にいる。彼に僕が知った情報と、それから見つけた大型掲示板、及びTwitterアカウントを共有して見せたところだった。
 時刻は二時。まだ暗くなる時間ではないが、思ったよりも遅くなってしまった。

「どの建物にも痣春、って名前が不自然についてる。その名前をつけないと危ないってことだったんだろう。もしくは、その名前をつければ呪いを軽減できると思ってたのかもね。実際は散々なことになってるから、効果があったのかは知らないけど」

 あざはるさま、がどんな神様なのかはさっぱりわからない。
 ただ相当危険な神様であるのは間違いなさそうだ。

「千谷学習塾がの塾長先生は、何もする前からビルで異変を感じ取っていた。敏感な子供は、子供の姿を目撃したり走り回る足音を聞いたりしてたっぽいな。多分霊障とかだったんだろう」
「いやあ、いかにもだなあオイ」
「お前は楽しそうだなマトマト。……で、先生が地下一階に下りたらコンクリートで塞がっていた、と。ってことはあの地下一階の封印、やったのは塾長先生じゃないってことだ」

 つまり、このビルは最初から地下一階に何かがあった、ということだ。
 ビルを建てた人に話を聞けば何かがわかったかもしれないが、生憎大家さんは既に死んでいる。物件を引き継いだだけの息子夫婦は何も知らない可能性が高いだろうから、話を聞きにいく意味は薄い。

「元々いわくつきの場所だったのが……塾長先生が余計な情報を知ってしまったせいで、さらに状況を悪化させた、ってところじゃないかな。で、地下にあるあざはるさま……か、それの従者みたいな存在が、はなえちゃん、って呼ばれている幽霊なんじゃないかと予想」

 僕はスマホを見つめて言った。
 塾長の千谷美那子は行方不明になる直前、謎のアカウントとこんなやり取りをしている。
 その一部を抜粋させてもらおうと思う。こうだ。



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
あれははなえちゃんだって、彼女が教えてくれた
はなえちゃんの力を借りたら、みんなでずっと一緒にいられるのかしら
でもどうすれば



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
いいほうほうがあるからおしえてあげる



●千谷学習塾 @chitani_gaku569
 返信先: @kwA6pWEq27Lさん
どちら様ですか?
いい方法って、塾を救ってくれる方法ということ?あなたが私を助けてくれるの?



●蟄宣サ偵?繝ウ繧キ繝シ @kwA6pWEq27L
 返信先: @chitani_gaku569さん
てんとせんをむすぶの
いちばんうえと、いちばんした
エレベーターがあればできるんだよ

いっかいからのって
おくじょうのカギのまえであけてって3かいいって
まんなかの、さんかいでおりて、どあをしめて、いっぷんまって
そしたらえれべーたーがまたくるからのって、のったらいちばんしたにいって

そしたらいりぐちがひらけているから、あのこをだっこしてもういちどエレベーターにのって

そしたらなにもしなくてもてっぺんにのぼる
てっぺんで、かいだんのぼって、おくじょうへいってのっくすると、かぎがぜんぶなくなるから

そのままそとへいけば、みんなたすけてもらえるよ
でも、ぎしきは、よるにためしてね。



「……平仮名だらけだよなあ」

 苦笑いを浮かべて、マトマトが言った。

「なんていうか、デジャビュっつーの?……タカのブログに勝手に書き込んだ人がいただろ。荒らしかと思ったけど、なんか文体が似ているというか、なんというか。もしかして同じ奴じゃね?」
「かもな。ていうか、この千谷先生にリプしているやつ、名前文字化けしてていかにも、なんだよな……」
「な。人外がアクション取ったっぽいよな、めっちゃ。これ、やべー儀式の手順なんじゃねえの?」

 点と線を結ぶの。
 一番上と、一番下。エレベーターがあればできるんだよ。

 一階から乗って、屋上の鍵の前で開けてって三回言って、真ん中の三階で降りて、ドアを閉めて、一分待って。
 そしたらエレベーターがまた来るから乗って、乗ったら一番下に行って。
 そしたら入口が開けているから、あの子をだっこしてもう一度エレベーターに乗って。
 そしたら何もしなくても天辺に上る。天辺で、階段上って、屋上へ行ってノックすると、鍵が全部なくなるから。

 そのまま外へ行けば、みんな助けて貰えるよ。
 でも、儀式は、夜に試してね。

「エレベーターじゃ、地下一階には行けないはず、なんだよな。でもこの手順をこなすと、地下一階に入れちゃうみたいだ……」

 正直、僕はもうだいぶ怖くなってる。しかしマトマトはそんな僕にもお構いなしに、ちょっと顔を青ざめながらも拳を握るのだ。

「よし来た!じゃあ、その儀式は最後に試してみるか。どうせ夜まで待たないといけないみたいだしなー」

 なんでこう、マトマトは乗り気なんだろう。こいつには恐怖心ってものがないのか。まあ、ここまで調べてイモ引いたらみんなに笑いものにされそうだし、視聴者も気になってるだろうから調べて応えたい気持ちもあるけれど。
 とにかく、他にもやるべきことはある。まだ階段で地下に行っていないので、階段で地下に行くことができるかどうかの確認。非常階段の確認。
 それから――502号室に住んでいるという、自称霊能者。その人に話を聞くこと、ではなかろうか。
 マトマトがどうしても!と要求するので、仕方なくもう一度エレベーターに乗ることにした。また壊れたらどうしようとは思ったが、反面「そもそもエレベーターが問題ではないのではないか?」という気になってきたというのもある。
 このビルがある土地そのものがよろしくないというのなら、多分怪現象はエレベーターに乗っても乗らなくても関係ない。地下一階に何かがあるのだとすれば、エレベーターではなく階段で行っても同じく嫌な思いをすることになりそうだ。無論、エレベーターよりまだ階段の方が安心感があるのは事実だが。

「一応訊くけどマトマト」

 とりあえず、僕は彼に意思確認をしてみることにする。

「お前はその、今まで聞いた話総合して……本当にこの土地にやばいものが憑いてるって、そう思う?」

 はっきり言おう。
 流石に僕も、マジでこれはよろしくないんじゃないか?とは思い始めている。
 初日に地下でエレベーターの挙動がおかしくなった時は、単に老朽化で壊れたせいだと考えていたのだ。でも、話を聞くにつれいわくつきの物語が出るわ出るわ。同時に、やっぱり六階で見た真っ黒な人影のことがどうしても気になる。あれが人間だったとは、考えにくい。そのあと、僕もマトマトも記憶がぶっ飛んでいて、いつの間にか公園にいたというのもおかしなことではないか。
 まあようするに――このまま調査を続けるのは、やっぱりまずいんじゃないか、ってこと。
 ある程度情報は集まったし、一つ動画を作るくらいはできそうだ。なら、そろそろ撤退してもいいのではないか、という気持ちがまったくないわけではなくて。

「うん、まあ、マジなんじゃね?ていうか、マジであってほしい」

 マトマトはエレベーターの呼び出しボタンを押しながら言う。

「何度も言うけどさあ、今まで俺達いくつもホラースポット巡りとかしてきて、それでも本物の幽霊に出会ったことなんかなかったわけじゃん?動画再生数がそれなりに回ったやつもあったけど、結局それは『普通は入れない廃病院に入ってるのが面白かった』とか、『怖い雰囲気が楽しめたから良かった』的なものだと思うわけで。そういうのばっかりじゃ、そのうち飽きられちまうんだよな、やっぱ」
「そろそろ本物の幽霊撮影しておきたいってのはわかるけど……ってか、それはこの間エレベーター降りてきた影で充分じゃないのか?」
「いやいやいやいや、あれ暗かったし、ぼんやりとしか映ってなかったから物足りないって!もっといいもの撮らないと、視聴者さんがっかりさせちゃうって!」

 いいのか?と彼はぐい、と顔を近づけてくる。

「楽しみにしてくれる視聴者さんを裏切って本当にいいのかよ?そりゃ、違法行為とか、迷惑行為するのは論外だぜ?でも、俺らがやってるのは、このビルの謎を解き明かすってことだけだ。今のところ、誰かに叱られてるわけでもない。ビルの大家さんに許可は撮ってないけど、共有部分に入るのもダメってことは多分ないだろ。用がないわけじゃないし」
「まあ……」

 そういう理屈になる、のだろうか?ここはよくわからない。そもそも不法侵入とやらの基準が結構不明確ではある。人が住んでいる家に勝手に入ったら適用されるのは間違いないだろうが、マンションやビルの共有部分は知らない人も入ってきてナンボ、と言われればそういう気がしないでもない。
 特に、今回はまず五階の住人を尋ねてみよう、ということにはなっているわけで。なら、人を訪れるためにマンションに来た、はまったく違法でない、のかもしれない。
 なんだか絆された気がしないでもないが、僕としても悪いことしているとは思いたくないので、そういうことにしておこうと決めた。それに、ここで退いたら視聴者さんをがっかりさせるだろうな、というのはまったくもってその通りではあるのだ。
 怖いけれど、やるしかない。
 いろいろ五月蝿く言ってくる人もいるが、僕達はただお金が稼ぎたいだけじゃなくて、見てくれる人を楽しませたくてユーチューバーをやっている。そのつもりであるのも事実なのだ。

「うお、きたきたきた!」

 マトマトが嬉しそうに声を上げる。エレベーターが六階からゆっくり降りてきたのだ。僕はやっぱり眉をしかめるしかない。
 多分このエレベーターは、何も操作してない時は一階で止まっている設定になっている。というか、多くのエレベーターはそういう設定であることが多いだろう。それなのに、なんで今六階にいたのだろうか。
 ここに住んでいる唯一の住人は五階に住んでいるはずである。その人が出入りするだけなら、止まるのは五階であるはずなのだが――。

「あれ?」

 乗り込んだところで、マトマトが声を上げた。

「ガムテープ、ちょっとはがれてない?」
「……ほんとだ」

 初日に語ったように、この非常に狭苦しいエレベーターには、いくつか妙なところがある。そのうちの一つが、地下一階のボタンに貼られたガムテープ。緑色のガムテープが、まるでボタンを封印するようにバッテンに貼られているのだ。実際はそれを無視してボタンを押し込むことができたので、僕達は地下一階の状況を見ることができたのだが――。
 今はそのガムテープが、半分以上剥がれている。びらびらと不自然に揺れるテープが緑色の海藻か何かのようで、なんだか不気味だった。

「……これ、簡単にはがせるようなやつだったか?」

 僕は思わずまじまじと観察して言う。これは言い忘れていたことなのだが、ボタンは何度もガムテープが貼り直されたのか、周辺がべたべたになっていたのだった。そして、僕達が見た緑色のガムテープも、わりと最近貼られたかのように新しいものだった。
 新しい、ということは粘着力もそれなりに強力ということ。特にこの糸が入っているタイプのガムテープは元々がっつり貼りつきやすいやつのはずだ。爪でかりかりひっかいても、はがすのはかなり手間がかかるような気がするのだが。

「うえ、なんだろうね。なんか半分くらい剥がれてんね?」

 マトマトは相変わらずお気楽だ。

「気にしなくていいんじゃないの?だって、どうせ貼ってあっても意味なかったじゃん。ボタン押せちゃうんだし。誰かが悪戯ではがしたんじゃねえの?」
「誰かって、誰がよ?」
「俺らみたいに探検目的で侵入した人がいてもおかしくないし、五階の霊能力者サン?がはがしたのかもしれないし。気にしてもしょうがない、しょうがない。つか、さっさと五階押してくれって」
「お、おう……」

 僕より怖がりなタイプだと思っていたのに、こいつのテンションは妙に高い。それだけ使命感に燃えている、ということなんだろうか。
 言われるがまま僕は五階のボタンを押した。五階を押したのにエレベーターが下がり始めたらどうしようとか思っていたけれど、幸いエレベーターのドアは普通に閉まり、ちゃんと上昇を始めたのだった。なんというか、僕としてはやっぱり六階&屋上も怖いけれど、それ以上にあの封印された地下が怖い気持ちが強いのだ。多分元凶となる何かは、地下の方にいる可能性が高いのだし。
 さて。
 エレベーターは特に何の問題もなく五階に到着し、チン!という音と共に扉が開いたのだが。

「……んん?」

 僕は眉をひそめた。階を間違えたのかと思ったからだ。
 というのも五階は初日に一回通っている。エレベーターではなく階段を登る際、ちょっと通り過ぎただけではあったが。ゆえに、五階のフロアに特におかしなことがなかったのはざっと確認しているのだ。
 一階から五階までに、妙な点はなかった。窓はないけれど、ちゃんと電気がついていて明るかったのだ。
 それが――どういうことだろう。なぜ、今自分達に見える景色が真っ暗なのだろうか。射し込んでくる光は、五階と六階、それから五階と四階を繋ぐ踊り場の窓からの光のみである。

「前に通った時、ここ、電気ついてたよね?」
「おう、ついてたついてた」

 うんうんと頷くマトマト。

「今日は消えてんな。蛍光灯切れちゃったとかそういう?」
「ここLEDじゃないんかな……ってそういうことじゃなくて。住人が一人住んでるフロアなのに消えてるんだな……。管理人に文句でも言えばいいのに」

 僕達はエレベーターをそろりそろりと降りた。僕達が降りたエレベーターは、特におかしな挙動をすることもなく時間差でドアが閉まっていく。
 自称霊能者氏の名前はわかっていた。というのも、入る前にポストを確認してきたからだ。間違っていないのならば『韮澤研二』という名前のはずである。読み方は『にらさわけんじ』、であっているだろうか?
 502のドアをノックする。表札は砂まみれになっていたが、かろうじて韮澤、の名前は読めた。ノックした後でインターフォンの存在に気付き、そちらも押してみる。――返事がない。

「留守じゃね?」
「かも……」

 よく考えたら、この韮澤という人に関して自分は何も知らない。あるのは末子さんのこの証言のみだ。

『ものすごおおおおおおく、変わった人よ。青白い顔で長い黒髪で、年齢不詳の男の人。何度か出かけている姿を見たことがあるけれど、なんだかゾンビみたいで怖い雰囲気って思っちゃった。話したことは、一度しかないわね』

 はい、自分のブログの台詞をコピペしてまいりました。
 ゾンビみたい、と言われるとちょっと怖いが、ロボコとしてはこの人の話を聞かないわけにもいかない。
 この地が本当に呪われた土地で、この人が本当に霊能者ならば、ヤバイのがわかっていて住み続けているということになる。ならば、必ず何か理由があるはずだ。僕達がまだ掴んでいない情報を知っているなら、是非ともそれを教えてほしいところ。ただ、話が通じないタイプのアカン人なら、即時撤退も考えなければならないが。

「もしもーし?」

 マトマトがもう一度声をかけて、ピンポンを押す。

「本当に留守かな。参ったな、あんま何度も来たくねーんだけど……」

 彼がそう言った、次の瞬間だった。
 どた、どた、どた、どた。
 よろめくような足音が、中から聞こえてきたのだった。うお、と思った次の瞬間、鍵が開くがちゃりという音が聞こえる。
 ドアノブが回り、そして。

「…………なんできた?」

 ぬう、と姿を現したのは、まるで昆布のような黒い長髪の、ぎょろんとした目の男。
 そいつは誰、ではなく――開口一番、そう言ったのだ。何で来た?と。
 普通、見知らぬ人間にチャイム押されたら、最初は「誰だお前ら?」と尋ねるものだろう。
 なのにそのぼさぼさの黒髪長髪の男は、僕達を見て繰り返すのだ。何で来た?と。

「なんで、って言われても、えっと……」

 僕はしどろもどろになる。ビルに入ってからカメラは回し始めている。撮っている以上、ある程度しゃっきり喋らないといけない。もちろん、この男性の顔はあとでモザイクをかけるか、それでもダメならばこの会話シーンはカットすることになるのだが――。

「俺達、オカルト系ユーチューバーやってる『ロボコ』って言うんっす!」

 そんな僕に対して、相変わらずテンションアゲアゲなマトマトが言った。

「動画視聴者さんからのリクエストで、この痣春ビルについて調べてるんです。そしたら、このビルが建っている土地自体がなんかやばいっぽいって知って!でもって今、このビルの中で入ってる企業とかもなくって、あなたが一人でここに住んでるって聞きまして。どうしてかなーと。霊能者さんだってのは本当ですか?だったらいろいろ教えてほしいって!」
「…………」

 男性の目が、僕からマトマトへ移った。そして、心底不快そうに歪められる。

「邪霊め、帰るがいい」

 でもって、いきなりこれ。

「馬鹿に付き合うほど私は暇ではないのだ。ゴミどもがやらかした後始末をせねばならん。どいつもこいつも、地下からマグマが噴き上がっているのに逃げようともしないグズどもめ。この私が必死で抑え込んでやっとこの規模に収まっているのがわからんのか。それなのになぜ忌み地に自ら足を踏み入れようとする?忌々しい、忌々しい、忌々しい、忌々しい……」

 なんていうか、見た目通りの人だった。ぶつぶつぶつぶつ、意味不明なことを呟き続けている。とりあえず、罵倒されているらしい、というところまでは理解した。まあそりゃ、歓迎されないのは想像がついていたけれど。僕達がやっていることは不法侵入一歩手前だというのはわかっているのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」

 そのままドアを閉めようとするので、僕は慌てて止めた。ここで罵倒だけされて帰られたのではあまりにも割に合わない。

「僕達も、リクエスト者さんのためにそう簡単に帰るわけにはいかないというか!そ、それに……この場所が本当に危ないってなら、みんなにそれを教えて、近寄らないようにしてもらわないといけない、そうでしょう?だから、情報を公開することには意味があると思うんです」

 とりあえず、言えることは言ってみよう。

「本当に危ない場所があるっていうなら、そこには踏み込まないようにしますし!ち、地下と屋上がなんか危なそうってのはわかってるんで、どうか何がどう危ないかとか、そういうことだけでも教えてもらえませんか?貴方が本物の霊能者さんなら、知ってることいっぱいあるんでしょう!?」

 さっきの呟き。
 この男ははっきり『私が必死で抑え込んでいるのに』と言っていた。ということは、この男は怪異に対抗しようとしてここにいるのではないか?そういえば、あの末子さんも言っていたはずだ。



『うちの酒を買いに来たのよ、なら話さないわけにはいかないでしょう?お清めに使えるお酒はない?とか悪霊退治に使えるお酒はない?とか言い出してちょっと気持ち悪かったんだけど』



 悪霊退治。
 それを行おうとしているというのが本当なら――こいつはイカレているかもしれないが、一応正義感があるということだ。ならば悪人ではない、はずである。多分。

「……そんなことをしても意味は無い」

 男はぎょろんとした目で、僕達を睨みつけてくる。

「私も抑えられなくなっている。お前も気づかないうちに浸食されている。霊は暗がりを好む。私がいるこの場所まで闇が浸食してきた。この調子だと私もいずれ撤退しなければならなくなるかもしれない。お前たちのような馬鹿のせいだ。最近急速に増えた。情報を拡散して興味を引けば有象無象は増える、好奇心がまた邪を呼び寄せる。クズめ。どこまでもクズめ。何の力もないくせに安易にこの地に踏み込みおって」
「暗闇って……五階の電気が消えてること、ですか?」
「霊が出る場所は闇に閉ざされる。懐中電灯も携帯電話も消えることが多い。霊障も知らんのか、オカルト系動画配信者を名乗るくせになんとも無知め。奴らは自分が棲み易い環境を作ることに関しては天才的だ、奴らは最初は奴でしかなかったのにどんどん増えて力を増して奴らになった、お前も気づいてない、実に馬鹿だ。馬鹿だ、馬鹿め、忌々しい」

 ぶつぶつぶつぶつ、と早口でひらすら攻撃的なことを言われる。正直、非常に不愉快だ。しかも半分くらいは言っていることがわからない。
 彼と話す意味は本当にあるのだろうか?目は濁っているし、顔色も悪い。髪の毛も、手入れされていないのかぼさぼさに伸びっぱなしだ。髭がぼうぼうに生えているということはないが、それはただの体質なのかもしれない。青白い顔はお世辞にも健康的には見えず、年齢もまったく不詳。二十代にも、五十代にも見える。いや、あたりが暗いせいでよけい分かりづらいのもあるのだが。
 普段なら、絶対関わり合いになりたくないタイプ。申し訳ないが、韮澤という男はそういう印象しかなかった。ただ。

「あなたは、この土地を呪っているものが何なのかわかるんですか?痣春様、ってなんなんですか?」

 それでも、怪異の正体を知っているというのなら突きとめたい。狂人の戯れでも情報になる可能性はある。
 僕の中ではまだ、恐怖と好奇心が鬩ぎ合っている段階ではあるのだ。隣でマトマトがうんうんと頷いている。

「いひ、ひひひ、ひ」

 すると、韮澤はニタニタと笑い始めた。

「ひひひひひひひ、ひひひひひ、ひひひひひひひひひひっ!」
「な、なんですか!?」
「お前みたいなのは色々くだらない妄想空想をするくせに、想像力が肝心なところで欠如している。この国は信仰をほぼ失っている。だからこそ、善神の力は弱まる一方で、善神が抑え込んでいたものが次から次へと地下から溢れだしているのだ。否、その存在を知る者は邪馬台国の時代からいたのだろうさ、それでも当時の者どもはコントロールするだけの術を知り、力を持っていた。今のお前らはどうだ、余計な妄想はするくせに危機感がまったく足らない。そのせいで余計なものを呼び寄せた挙句増長させる、ひひひひひ、ひひひひひひひひ、ひひひひひ……あまりにも愉快、不愉快、きひひひ、ひいっひひひひひひひひ……!!」

 やがてその笑いが、ぴたりと止まる。

「あざはるさまは」

 ゆっくりとその指が、地下を指さした。

「かつてある土地の馬鹿どもが地下深くに埋まっていたそれを掘り起こし、蘇らせた。自らの私利私欲のために。その結果村は繁栄した。ただし生贄を捧げ続けないとすぐ祟る類いの神だった。馬鹿どもはそれでも良かった。要らない人間を、神への生贄という形で処分できるのは都合が良かったからだ。そしてその力に目を付けたさらなる馬鹿どもがいた」
「『痣春新教』の奴らのこと、ですか?」
「天災は人にはどうしようもない。恐ろしくとも悲しくともそれが天の意思と受け入れる他ない。だが一部の馬鹿どもは、己に降りかかったそれを部不相応にも自分達だけ回避しようと躍起になった。自分達だけは元の平穏を、富を取り返したいと願った。関東大震災だ、あれの被害から無理やり自らの地位を蘇らせたくて、馬鹿どもはその村が滅びかけた時に無理やりご神体を奪ってこの土地に宿すことを決めたのだ」

 この人が言っていることが、どこまで正しいかはわからない。ただ、僕はなんだか理解できてしまったのだ。
 関東大震災。
 1923年(大正12年)9月1日に起きた、未曾有の大災害だ。死者・行方不明者の数は十万人をゆうに超えると言われている。今の日本より遥かに脆い建物が多く、防災対策なんて一切できていなかったはずだ。誰にも防ぎようがなかった天災の中で――正体不明の邪神だろうとなんだろうと、縋ってしまいたくなった人間がいても、なんらおかしくないだろう。
 なるほど、それが痣春新教の始まりだというのなら――悔しいが納得できてしまう話だ。
 もう二度とあんな目に遭いたくない。同時に、かつての生活を一秒でも早く取り戻したい。そういう人間が、とにかくオカルト的な力を求めて神様を見つけてしまった。恐らくそれなりに資金力がある者達だったということだろう。

「この神は生贄を定期的に求める。生贄を差し出さないと自分で生贄を引き寄せる。その手段は選ばない。結局人は死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。出来るのはその被害を可能な限り軽減する努力をすることだけだが、今の奴らは危機感の欠片もない、本当にまずいこともわかっていない。神社の神官でさえ本当に魔を抑えられる人間がどれだけいるかも怪しい、あんなものお祓いなんかで抑え込めるものか。くそが、くそが、くそが、くそが。あの塾の馬鹿どもが変なことしなければもう少しマシだったのにくそが!」

 塾。
 千谷学習塾の面々のことだ、と理解した。ということは、やっぱり。

「千谷学習塾……八年前に消えた塾の人達は、やっぱり何かをしたんですね。それで神隠しされてしまった?一体、何を?」
「はなえとかいう、あざはるさまの生贄になったガキの一人に呼ばれた。あのゴミどもは……うっ!」
「!?」

 唐突に、韮澤は胸を押さえて蹲った。青い顔で、ぶつぶつと呪詛のようなものを吐き続けている。

「に、韮澤さん!?どうしました!?」
「や、やべ、撮ってる場合じゃねえかんじ!?」

 僕の後ろでマトマトが慌てている。僕が駆け寄って手を差し伸べようとすると、韮澤は僕の手を振り払ってばっと顔を上げた。そして。

「確認」

 ぽつり、とそう言うと、ふらつきながら玄関の外へ出てきたのだ。履いているのは安い便所サンダルのような靴だ。くすんだ灰色のジャージを着ていて、何やらすえた臭いがした。あまり洗濯もしていないのかもしれない。
 彼はぶつぶつと呟きながら、エレベーターの前まで出てきた。そしてエレベーターを見て舌打ちをする。

「くそが」
「ちょ、ちょっと!何処行くんですか!?」

 そしてそのまま、階段を登り始めたのである。僕達は、慌てて彼を追いかけたのだった。
 めっちゃくちゃ記事が長くなってしまったが許してほしい。もう少し話は続いているのだ。

――ど、どこに行くんだ?

 彼は霊能者ではなかったんだろうか?韮澤を追いかけながら僕は思った。彼はサンダルにジャージ姿のまま、よたよたと六階への階段を登っていく。
 今は九月。まだ暑い日も多い。それなのに、上に行けば行くほどどこか肌寒いような気がするのは何故だろう。
 六階のフロアは真っ暗闇で、電気は相変わらずついていない。ぼんやりと光る消火栓の赤い光がどこまでも不気味でしかない。さらに六階を通り過ぎ、屋上へ続く階段を登る。踊り場の窓は相変わらずベニヤ板で塞がれている。

「ま、待ってくださいって、韮澤さん!」
「階段疲れるうー」

 僕とマトマトがぶつぶつ言いながらついていく。足元がおぼつかないように見えるのに、思ったよりも足が速い。男は階段を二段飛ばしにしてどんどん登っていってしまう。
 そして――僕達は再び、屋上のドアの前に辿り着くわけだが。

「え」

 そこで、驚くことになるのだ。
 ちょっとややこしいので改めて書いておくと、僕達が一番最初にこのビルに来たのは2024/09/02火曜日である。そして、今は2024/09/06土曜日だ。この記事を投稿したのは翌日の2024/09/07日曜日なのでちょっとややこしくて申し訳ない。まあつまり、僕達はこの土曜日の出来事から、無事に家に帰ったということでもあるのだが。
 まあようするに。この段階で、まだ最初にビルに来て四日しかしか過ぎていないのだ。その間、韮澤氏以外にビルの中で誰かと遭遇することなんてなかった――初日に見かけた、黒い人影を覗いては。
 で、屋上のドアの様子は、初日に説明した通り。大量のベニヤ板が打ち付けられていて、ドアそのものが封印されている状態。あのドアの向こうに行くには、外すための専用の工具を用意しないといけないなーとマトマトと話したのは覚えている(でもって、この日は持ってくるのをすっかり忘れた)。
 そのドアにはさらに、白い画用紙がべたべたと貼りつけられていて、真っ赤なクレヨンで同じ文字が書き連ねられていたわけだ。あけるな、あけるな、あけるな――ってな。それがかなり不気味な光景だったわけだが。

「剥がれてる……」

 紙の数枚が剥がれ落ちて、床の上でひらひらと踊っているではないか。いや、それだけならばセロテープがとれちゃったんだろう、なんてお気楽に思ったかもしれない。
 問題は、それだけ、ではなかったこと。
 ベニヤ板も数枚外れているのだ。――あんながっしり、釘で打ち付けられていたのに。
 錆びた釘のいくつかが足元でバラバラと散らばっている。僕は唖然とした。こんなもの、簡単に引き抜けるはずがない。相当力と手間が必要だったはずなのに、一体いつの間に、誰がこんなことをしたというのか。

「封印していた」

 ぽつり、とドアの前で韮澤氏が言った。

「元々下にあったものを、馬鹿どもが引き上げて屋上にも媒介を置いてしまった。これで点が二つとなり、線が引かれ、強固な領域を獲得してしまった。実に愚かしい、愚かしい、愚かしい。私とて地下にある神を直接封じる手段などない、せめてそこに人が入らないようにするしか方法がない。だからいろいろ手を回してエレベーターの出口を埋めたり、このようにドアを封じたりいろいろ手を講じたというのに、それは結局時間稼ぎにしかならなかった。お前らのせいだ。本当にお前ら馬鹿のせいだ、どうしてくれる」
「ま、待ってください!これ、やったの貴方だったんですか!?」

 僕がそう尋ねると、韮澤はぎろりとした目で僕を睨みつけてきた。

「くだらないと思うか。貴様ら凡人にはそうとしか思えんだろう。しかし、結局人間はどれほど何かが見えたところで神や悪魔を直接討ち滅ぼすことなんかできんのだ。できるのはそいつらの領域に追い返すことのみ。メディアに出てくる常識離れした悪魔祓い師、霊能者のなんと非現実的なことであるか。地下深くからやってきた旧神、古くからこの地に染みこんできた数多の邪霊、意思の混合物、神話生物を一体どうして人間なんぞで抑え込める?できるのは、それをそうだと知らしめ、愚か者が踏み込めないように結界を敷くことだけではないか、そうだろう?」

 言っていることは、相変わらずよくわからない。
 ただこの男はどうやら、神や悪魔はそもそも殺せるものではない、と考えているらしい。同時に、人間が近寄らないためにベニヤ板で打ち付けるような真似をしていた、と。

「ひ、人が近づかなければ解決するんですか?」

 結局、僕の疑問はそれだ。
 人が来ないようにするたけならもっと他に方法があるのではなかろうか。大体、ビルの入口ごと封鎖してしまうとか、警察とか神官とか、もっと専門職の人を頼るという手もあるのではないかと。
 しかし、韮澤は。

「馬鹿め」

 相変わらず、そう吐き捨てるばかりなのだ。

「引き寄せると言っただろう。土地そのものが呪いの温床なのだ、建物を封じて解決するものか。建物を壊して燃やしたところで何も変わらない、呪いはその場に残る。むしろ建物がなくなって安全と誤解する馬鹿が出る方が問題なのだ、余計なものがすみつくではないか」
「事故物件ではなくなるから、ですか?」
「お前たち愚図で阿呆な連中はみんなそうだ、建物で人が死ぬ、呪いを受けるということがなくなっても建物を変えればそれで安全だと思い込む。信じたがり、楽観視する。そのせいで余計に阿呆を呼び込んで愚行を繰り返し祟りを助長させると何故わからんのか。結局のところ先延ばしにするしか手の打ちようはないのに、其の先延ばしできる期限そのものをお前たちが自ら縮めようとする。此れだってそうだ、人が来てしまえば生贄が増えてますます呪いが増す、ただでさえ塾の馬鹿どものせいで呪いの力が爆増して人が死ぬようになったのに、何でそういうこともわからない?だから私は防ごうと、防ごうと、防いでやろうと……!」

 またしても、ぶつぶつと呟き始めてしまう韮澤氏。嫌本当に、これをほとんどちゃんと読み取って文字に起こしている僕は結構凄いのではないか。なんだか、斜め上の感嘆をしてしまった。
 ようは、呪いというのは、建物が変わっても意味がないらしい。
 事故物件という言い方が良くないのかもしれない。物件なんて呼ぶから、建物を建て直せばもう人が死んだ事実は消える、と思い込んでしまうのかもしれない。とはいえ、その土地そのものを問題視するようになると、この世の中人が死んでいない土地なんてあるっけ?というレベルの話になってしまうのだが ――。

「そ、その、えっと」

 とりあえず、僕はこう尋ねる。

「それで、僕達は……どうすれば?」

 答えは決まっているようなものだった。韮澤は唾を吐きながらこう言ったのだ。

「帰れ。迷惑だ、帰れ」
「そ、その、結局、この上にいるのは……」
「帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!」
「ちょ、ちょっと、まっ」

 ぐいぐい押されて、無理矢理階段の下へと引っ張られてしまう僕。その様子を、なんだかんだカメラに撮影し続けているマトマトは大物なのではないだろうか。
 結局五階まで辿り着いたところで、韮澤氏はさっさと自分の部屋に引っ込んで、そのまま鍵をかけてしまった。

「なんなんだよ、もう」

 僕はため息をつきつつ、カメラを回し続けているマトマトを振り返った。

「お前、この映像まだアップできないからな?」
「え、なんでだよタカ!?」
「ばっかやろう、韮澤さんに許可取ってないだろ!顔出しNGなら顔映ってるとこ全部カットしなきゃなんねーし、モザイクでOKかどうかも訊かなきゃダメだからな!?」
「えええええ」

 正直、それを尋ねるタイミングがなかったといえばそう。とりあえず、この後韮澤氏にもう一度接触できたなら、その時映像を出していいのかどうか確認しようと思っている。
 もしこの時撮影した映像が動画にならなかったら、まあそういうことだと思ってほしい。

「霊能者つーから、もっとこう、テレビで見るような占い師みたいな人を想像してたんだけどな。なんかやばい人だったな」

 ドアの向こうから気配は消えている。なのでついつい小さくぼやいてしまう僕である。するとマトマトが、どうなんだろうなあ、と能天気に言った。

「元々普通の人だったかもしんねえぜ?でもさ……お前、クトゥルフ神話TRPGわかる?」
「なんだよ、藪から棒に。やったことあるけど……それが?」
「あれ、SANチェックってのがあるじゃん?ニャル様とか見るとさ、ダイス振って、その目によってSAN値が削れて発狂したりすんじゃん?……霊能者って常にSAN値削れるようなものばっか見てる人達だと思うんだよな。でもって、このビルなんてまさに呪いの温床っぽくね?そういうところにずーっといたら、SAN値削られまくっておかしくなるのも仕方ないんじゃないかなーとか思って」

 こいつにしては、随分鋭いことを言う。同時に、納得もできてしまったのは確かだ。
 彼は、まともに仕事ができるような状態には見えなかった。ひょっとしたら生活保護とかだったのかもしれない。風呂にもあまり入っていないようだったし、言動がとにかく攻撃的だった(乱暴な物言いを覗けば、僕達にアドバイスをしているとも受け取れなくはなかったが)。SAN値とやらが消し飛んだせいでおかしくなってしまった、というのは筋が通っている気がする。
 霊能力がある人間はそうなってしまうこともあるのだとしたら――なかなか難儀なスキルだとしか言いようがない。ひょっとしてそれで冷静さを欠いているから、お寺や神社に頼むということをしないのだろうか?

「やっぱやばいと思うんだけど、ここ」

 僕は苦々しい気持ちでマトマトに言った。

「とりあえず、今日はもう……」

 帰った方がいいんじゃ、と言いかけた時だった。
 バタン。
 ドアが閉まるような音がしたのである。僕はぎょっとして顔を上げた。
 音が聞こえたのは、僕が今背にしている502号室――韮澤氏のドア、ではない。正面の、501号室のドアだ。

「おいおい……」

 僕は知っている。501号室、そこはかつてこのビルの大家さんをしていた男性が住んでいた部屋だ、ということを。
 501号室に住んでた大家兼管理人のおじいさんはもう亡くなってる。調べた情報でも、人から聞いた話でもそうだった。だから、そこに人がいる可能性なんてないのだが。

「……今」

 僕はひっくり返った声で、マトマトに尋ねた。

「確かに、そこのドアが閉まる音、したよね?」
「……したなあ」

 マトマトもさすがにちょっと顔を青くしている。そして、そのままカメラを501号室へと向けた。
 流石に二人とも聞いている以上、気のせいということはないだろう。僕はそろりそろりとドアの前に近づいていく。
 もう人が亡くなって久しいからか、501号室には名前のプレートも何もかかっていなかった。遺族が処分したのか、それとも元々かけていなかったのか。ゆっくりとドアスコープをこちらから覗き込んでみる。が――いかんせん、こっちの部屋も暗いし、向こうの部屋も暗いのか何も見える気配はない。
 そもそもドアスコープというのは、反対側からはそう簡単に中が覗けないようになっていることが多いはずだ。仮に人がいても見えない可能性は十分にあったが。

「ど、ドア開けてみようぜ」

 マトマトが余計なことを言いだす。

「鍵かかる音しなかったじゃねえか!ならまだ鍵は開いてる、かもしんねえ!」
「いや、普通閉めるし、鍵かける音を僕等が聞き逃しただけじゃないの……」
「そうかもしれないけどそうじゃないかもしれない!ていうわけでタカ、ゴーゴーゴーのゴー!」

 お前、なんでそんなこと言いながら僕に開けさせようとしてんねん、しばいたろか。
 などと何故か心の中ではエセ関西弁でツッコミをいれつつ、僕は渋々501号室のドアノブを握ったのだった。なんだか、やけにひんやりしている。九月なのに、どうしてこんなにも氷のようにドアノブが冷たいんだろうか?
 どうせ開くはずもない――そう思っていても、僕はノブを握る手に力をこめていた。この時、チャイムを押すとか、ノックをするというのを一切考えられなかったのは多分、頭の中で「いるとしたら人間じゃない何かだろう」って考えがあったからだろう。

「うっ」

 ノブは――回ってしまった。鍵がかかっていない。これはマジで開いてしまうのか、と思った時だった。

「ぐっ……なんだこれ」

 少し開けただけで、魚でも腐ったような嫌な臭いがした。吐き気を堪えて、思わず反対の手で口を押える。これ、本当に中を確認しなきゃダメなやつ?と思う僕。いやだって、絶対これ、中はろくなことになっていないパターンだ。オバケも嫌だが、ゴミ屋敷も同じくらい嫌なのだから。ベクトルが違うと言えばそうだけども。
 ただし。

「あら」

 ガタン!と大きな音がして、少しだけ開いたドアが止まってしまった。見ればチェーンがかかっている。なんとこの中にいる人物、鍵は閉めたのにチェーンロックだけかけていたということらしい。
 鍵をかけるだけなら、外部からでもできる。しかし、外側からチェーンロックをかけるのは本来相当難しいことであるはずだ。ということは、これは本当に中に誰かがいる、ということではなかろうか。
 少し冷静になると同時に、僕は慌てた。みんなが把握していないだけで、普通に別人が住んでいる可能性もまったくゼロではなかったではないか。今、自分達はめちゃくちゃ失礼なことをしているような。

「なあ、マトマト、これマジで今別の人が住んでるんじゃ」
「え、まじ?」
「す、すみませんドア勝手に開けて!お邪魔しま……」

 お邪魔しました、と言おうとしたその時だった。



 ぬっ、と。



 白い手が、闇の中から伸びてきたのである。

「ひっ!?」

 腐臭が強くなった。僕がノブから手を離すより先に、ぐいっと内側から強く引っ張られた。勢いよくドアが閉められる。僕は思わずつんのめって倒れそうになってしまった。

「な、ななななな、な」

 今のなに、と言おうとしたのに声が出ない。思わず腰を抜かす僕の目の前で、がちゃん、と鍵がしまる音がする。そして、のし、のし、のし、と誰かが歩き去る音が聞こえた。間違いない、中に誰かがいたのだ。
 問題はそれが、人間か、生きているのかいないのかがまったくわからなかったということだが。

「すげえ」

 掠れた声でマトマトが告げた。

「すげえよ……めっちゃいい図、撮れた」
「や、やばいな。本当に人、住んでた、のか」
「ああ、住んでたんだ。でもって、生きた人間じゃねえんだぜ、きっと。そうに違いねえ。絶対そうだ、うん」

 そうだ、やっぱりそうだ、と彼は興奮したように繰り返す。自分がノブを握っていなかったからって、なんと能天気なんだろう。そして、どうしてそう言いきれるのだろう。

「え。マジ気づかなかったわけ、タカ?……お前見てなかったのかよ。ドアの向こうの景色」

 恐怖と好奇心で、ちょっと彼はおかしくなっていたのかもしれない。引きつったような笑みを浮かべている。

「真っ暗だった、マジで」

 そして、僕が見る余裕がなかった、ドアの隙間の向こうの景色を語った。

「本当に暗ぇの。真っ黒、真っ黒、まっくら、まっくら!まるで塗りつぶしたように不自然な闇だった。おかしいだろ、今、夜じゃないんだぜ?いや、夜だったとしても……こっち側の消火栓の光とかはあるだろ?それに多少は中が照らされてもおかしくないはずだろ?なのに、マジで真っ暗なんだ。塗りつぶしたみたいな黒なんだ。……あれが人間が住んでる部屋なわけあるか」
「ま、マジ、なのか」
「マジもマジ。これ、帰ったら急いで編集しねえと。絶対再生回数アゲアゲだって!」

 この期に及んでまだ再生回数の方を気にすることができるマトマトは大物なのかもしれない。いや、実際自分もまだ少し、今回の取材の動画に期待している気持ちはゼロではないが。そもそも、リクエストを無視してイモ引いて帰ることで、評判が落ちることを気にしているのも事実だが。

「お前、ここに来てから妙に肝据わってるよな。僕には真似できいないや……」

 と、そこまで言った時だった。



 ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタ!



「ひい!?」

 ああ、こんな声ばっか上げてたらビビリと思われてしまうかもしれない。でも、仕方ないではないか。
 だっていきなり階段を駆け下りる音が聞こえたのだ。僕達の、すぐ背後からである。

「な、なんだっ!?」

 その人物は、六階から降りてきて、自分達の後ろを通り過ぎて下へ降りていったようだった。振り返った時、ちらっと黒い影が見えた。薄暗かった上、本当にギリギリのタイミングだったので男か女かもわからなかったが。

「すげえ!今絶対誰かいたぜ!こっちも幽霊かも!!」

 マトマトが嬉しそうに声を上げる。

「追いかけてみよう、タカ!今日はいい日だ、情報特盛ィ!」
「お、おいマトマト!マトマトー!!」

 こいつ、こんな向こう見ずなキャラクターだっただろうか。カメラを持ったまま影を追いかけて走り出すマトマト。こうなっては、僕も追いかけるしかない。
 正直、段々と逃げたい気持ちが好奇心を上回ってきている。あの影は上から来た。六階から現れたとしても、屋上からだったとしても、多分ろくなものじゃない。生きた人間なら、自分達に声をかけないのもおかしい。接触したらろくなことにならない可能性が高いというのに。

「いけいけいけいっけー!どんどんどんどん!」
「マジで待ってってば!やばいって!!」

 どっかの忍術学園のキャラクターでも乗り移ったんだろうか?ハイテンションで、黒い影を追いかけて下へと降りていってしまう。
 正直気が進まなかったが、エレベーターに乗るのも怖い以上、どっちみちいずれは階段を降りるしかないのも確かだった。だから途中までは仕方ないし、どうせ見失うだろうと思っていたのだけれど。

「待て、待てって、マトマト!」

 なんと彼は一階を通り過ぎて――さらに、地下への階段を降りてしまった。
 確かに、一度地下は確認したい気持ちもあったのは事実だ。だが、あの韮澤氏の証言などもあるし、元々やばい何か――あざはるさま、とやらは地下に埋まっていた可能性が高い。今も地下に、その温床となる呪物が存在する可能性が極めて高いのだ。だから手間暇かけて、あの男はエレベーターの出口を塞いだと言っていたのだから。
 そして、あの黒い影も明らかに地下一階へと降りていった。どう見ても、嫌な予感しかしないではないか。
 ところが。

「うえ?」

 マトマトの足が急に止まり、僕は彼の背中にぶつかりそうになった。なんだなんだと見て見れば、彼の目の前にはシャッターが降りているではないか。鉄柵の隙間は狭く、とてもじゃないが人が通れるような代物ではない。
 シャッターの向こうは完全な真っ暗闇で、ほとんど何も見えなかった。

「あれ?おかしいな……あいつ、こっちに逃げて来たはずなのに、通れないぞ?どこ行った?」
「いい加減にしろって、お前!」

 僕はマトマトの腕を掴む。

「もういいだろ!?人が通れないようなシャッターあるのに消えたってことは、明らかに人間じゃないんだって!これ以上はさすがにやばい、戻るぞ!絶対何か……」




 ずずずずずずず。




 何か。
 重たいものが動くような、嫌な音がした。それはRPGのゲームとかで、石像を引きずってギミックを動かす音に似ている、と思う。同時に僕はここでようやく、さっき501号室のドアを開けた時に嗅いだのと同じ、魚が腐ったような臭いをかぎ取ることになるのだ。

「何かいる」

 マトマトがそう言って、カメラを持っていない手でスマホを取り出した。そして、ライトモードにして、目の前に光を照射する。
 そして。

「ひいいいっ!?」

 僕は倒れそうになってしまった。シャッターの真正面。ああ、すまない、写真を撮る余裕がなかったのでそういうのを載せることはできないけど、でも信じてほしい。
 シャッターのすぐ前に、それ、がいたのだ。灰色の猿ような、謎の石像。その石像は両手を前に差し出したようなポーズをしていて――その手には、長方形の皿のようなものを持っているのだ。
 その皿の上、びくんびくんびくん、と痙攣しているのは、血塗れの、死にかけた魚。臭いの元はこれだとすぐに気づいた。

「や、やべえ」

 自分は、その景色をはっきり見ていない。それでもわかる。さっき、明らかに石像が動く音がしていたのだ。
 ということはライトを照射する直前、石像はシャッターの前に移動してきたのではないか。そう、僕達の方向へ――。

「逃げろおおおおおおお!」

 やばい。これはもう、完全にやばい何かだ。本能が激しく警鐘を鳴らしていた。
 僕は絶叫し、マトマトの腕を強引に引っ張って――上の階へと引き返したのだった。