霊能者・途方燐源さんは五十四歳の男性です。
 袈裟姿で数珠を携帯し、常に悩ましい表情をしていました。
 妙に迫力のある目つきも含めて、霊能者と言われて納得する雰囲気です。
 ただのコスプレでないことはすぐに分かりました。

 燐源さんは私達の心霊番組に否定的でした。
 災いの予兆を察知した燐源さんは、それを阻止するためオーディションに参加したと言うのです。
 これには私達も驚きました。
 プロデューサーの三島さんの指示で、途中からオーディションの模様を撮影したほどです。
 番組がお蔵入りにならなければ、その時の動画も放送したことでしょう。

 災いを予期した燐源さんは、番組を中断すべきと主張しました。
 当然ながらそれは不可能です。
 番組制作は既に動き出しており、根拠のない話で止められる段階ではありませんでした。
 それを理解していたのか、燐源さんも強くは訴えません。
 ただ静かに「後悔はせぬように」と仰っていました。

 一連のやり取りを経て、三島さんは燐源さんをいたく気に入りました。
 彼のキャラが心霊番組を盛り上げると確信したのです。
 そして即座に燐源さんを演者として採用しました。

 オカルト好きの加藤さんは災いの予兆を不安がっていましたが、多忙な制作環境に追われるうちに何も言わなくなりました。
 本物らしき霊能者との出会いで、喜びが恐怖を上回ったのもあるでしょう。
 こうしてヤラセだらけの心霊番組に本物の霊能者が出演することになったのです。

 オーディション後、番組制作はスムーズに進んでいきました。
 そうして迎えた収録当日。
 燐源さんは朝からスタジオに塩を撒き、手書きの御札を各所に貼っていました。
 さらには番組に関わるスタッフ達に念仏を唱えていました。

 気になった私が意図を尋ねると「お祓いだ」と答えてくれました。
 災いを防ぐための措置だそうです。
 しかし燐源さんは「所詮は焼け石に水」とぼやいていました。

 今思えば、燐源さんは己の力量不足を悟っていたのだと思います。
 それでも番組に出演してくださったのは、愚かな私達に対する善意だったのでしょう。

 彼は少しでも被害を抑えたかった。
 たとえ焼け石に水だとしても、最悪の展開を妨げたかった。
 寡黙な燐源さんの行動からは真摯な想いが読み取れます。

 その心遣いを蔑ろにしてしまったことを謝罪します。