第一章 小春日和
やわらかい風が吹き、校庭の桜の花びらが
散っている。
「桜綺麗だねー! ね! 冷斗!」
奈那が元気よく俺に話しかける。
「そうだな」
いつも通りの受け答えをしながら校内に入る。
周りは話しながら校内に入る。
「しっかし今日は小春日和だねー! こんな日は余計に外でお弁当食べたくなるねー!」
「お前霊だから食えないだろ」
「まあそうだけど! 生きてたらなー」
校内に入ると、生徒同士の楽しそうな笑い声が響いて、外からは運動場の隅で朝練をしているテニス部の声が聞こえる。
教室に入ると仲のいいグループ同士で話をしている。
もちろん、俺がいるグループなんかない。
誰にも気づかれないように自分に席にゆっくり座った。
「ねね! わたし買い物に行きたいんだよねー! 死んでから一度も行ってないし!」
確かに。奈那に取り憑かれてから一回も買い物なんか行ってないな。
教室では大多数の生徒がじゃんけんをしている。
「冷斗―! ちょっとだけ窓開けて!」
「はいよー」
外からはさっきと違い、登校する生徒が生徒同士で挨拶したり校門前に立っている先生に挨拶する声が聞こえる。
そんなことを横目に外の風景を見ていた。
「冷斗はいいなー。わたしみたいに…………されてなくて……」
「うん? ごめん、外の鳥の鳴き声聞いてて途中から聞こえなかった」
「ううん! 気にしないで!」
奈那が明るい笑顔を見せる。
「そうか」
しかし今日は気温もちょうどいいし、奈那が言ってた通り小春日和だな。
「冷斗ってさ、わたしに取り憑かれる前から友達いなかったんじゃない? なんか性格的にそういう感じがするけど」
「ご名答」
「やっぱりねぇ」
奈那が小さなため息をつく。
奈那に取り憑かれている前から友達は一人も出来なことなかった。小学校の時に周りに霊が見えることを自慢したら引かれて、そのまま友達が作れなかった。中学時代はスタートダッシュ失敗して友達作れなくて、クラス替えの時期に奈那に取り憑かれ一度も友達が出来ることはなかった。
「奈那って髪の毛、茶色いよな」
「うん! 家族全員茶色いんだ!」
「へぇー」
茶色い髪の毛いいなー。俺の髪の毛、霊感あるからか知らないけど白色だし。
「ふわぁ~ねむぅー。ちょっと寝るから先生来たら起こしてー」
欠伸で、出た涙を制服でぬぐう。
「りょうかーい!」
奈那は元気いっぱいの笑顔だ。
周りからすれば全部独り言だもんな。話しかけずらいし、まず、話したくないだろうなー。
窓からやわらかい風が吹き、その風が俺と奈那の髪を揺らす。
コツコツと誰かの足音が聞こえる。
ああ。また後ろで話すんだな。うるさくて寝れなくなるから嫌なんだよな。
右手で頭の後ろをかく。
「ねぇねぇ……体調大丈夫……?」
誰かが俺の体を優しくたたく。
「え、あ、うん。単純に眠いだけぇー」
誰だこの人……。ていうか先生と家族と奈那以外に話しかけられたのなんか何年ぶりだ……?
奈那が俺の肩を叩く。
「ダメだよ冷斗! せっかく勇気出して話しかけてくれたんだから話さないと!」
話しかけてくれた子にバレないように小さく、コクリとうなずいた。
やべぇ……初めて会う人と話す時ってどういう会話の仕方なんだ……? わかんねぇ……。
「冷斗! とりあえず質問! わたしの言うことを聞いて!」
奈那の声のボリュームがあがる。
えええ……急にそう言われても……。
話しかけてくれた女子は不思議そう顔で俺を見ているのがわかる。
「なんで俺なんかに話した……?」
「え? いや、学級委員長だからクラス全員と話したいから……」
委員長はもじもじしている。
ああ……。委員長決めるときにこの人に投票したっけな。
「名前なんて言うの? あっ! ごめんね! まだ全員の名前を覚えきってなくて……」
申し訳なさそうにし、おどおどしながら聞いてくる。
名前覚えられてたら逆に怖いぞ。俺、名前自分で言ったの一度きりだし。
「水間冷斗」
「冷斗くんだね。覚えたけど……私、人の名前を覚えるの得意じゃないから、多分名前じゃなくてキミって呼ぶけどいい?」
キミ呼びって……ややこしい気がするけど……。ま、別になんでもいいけど。
「いいよ。それで」
「やった! 気になるんだけど、特技とかあるの?」
「特にない」って答えたらダメだしなぁ。
奈那の方向をチラッと見る。
「霊が見えるって言ったらどう?」
それしかないよなぁ……。……本当は言いたくないんだけど……。奈那の言うことだしなぁ……。
「一応霊が見えるっていうのが特技?」
「霊が見えるの⁉」
俺は驚きのあまり、耳をふさいだ。
「あっ! ごめんね! 大きい声出しちゃって!」
ブンブンと首を横に振る。
「へぇー! 私幽霊とか大好きなんだよね! そうだ! 私の守護霊とか見える?」
委員長の雰囲気が一気に明るくなる。
「わかった」
普段は霊が見えないようにつけているコンタクトを外し、委員長の顔を見た。
「大型犬……? 奈那、触れてみて」
「りょうかーい!」
奈那が、委員長に取り憑いている大型犬に
「大丈夫、大丈夫だからね~」と言い、近づく。
「普通の大型犬だよ。多分だけど、この子が小さい頃に飼ってた犬じゃないかな? 犬とか猫、つまり、ペットって結構飼い主への恩返しの一環で、守護霊として宿りやすいんだよね。わたしが地縛霊になってる時にいっぱいそういう人見たし」
奈那は大型犬の頭を撫でている。
大型犬は嬉しそうに「ワン!」と吠える。
「昔、大型犬飼ってた?」
「うん」
当たりだな。
「奈那、戻ってこい」
「はーい!」
奈那は大型犬に手を振った。
「その飼ってた犬が委員長の守護霊」
「本当⁉ やっぱりマロンは私のこと好きだなー!」
ふと周りを見渡すと、霊が見えた。
急いで、コンタクトをつけなおす。
「あ、俺が霊が見えるっていうのは内緒で頼む」
「うん! わかった!」
一瞬見えたけど、守護霊とかじゃなくて、普通にここに宿ってる霊たくさんいたな。学校ってたくさんの人たちの怨念とかが集まる場所だから多いのは当たり前なんだけど。
「あっ! 私の名前がまだだったね。清水冬李(きよみずふゆり)だよ! 覚えといて!」
「う、うん」
少し、引き気味になる。
奈那と一緒で、ぐいぐいくるタイプだなこれ。キッツ……。
「ねぇねぇ! キミって兄弟いるの?」
「妹が一人だけ」
「名前は?」
「奏(かなで)」
「へぇー!」
「よかったー! 会話続いてて!」
奈那が安心したのか、「ふぅー」と息を吐く。
「冬李ちゃんー! こっち来て話そっ!」
少し離れた席から女子が手を挙げる。
「今から行くー! じゃあね! また話そうね!」
「え、あ、うん」
委員長は少し駆け足で俺から離れた。
委員長が俺から離れた瞬間、体の力が抜ける。
「冷斗よかったね! 冬李ちゃんが話しかけてくれて! あと、わたしのアドバイスに救われたね!」
「うん。やっぱり陽キャ女子はすごいな。コミュ力が俺と段違いだな」
さっきは奈那にめちゃくちゃ救われたな。
俺も奈那と一緒のような感じで「ふぅー」と息を吐く。
「奏ちゃんもきっと嬉しいと思うよ! 自分のお兄ちゃんがやっと友達作ってくれたこと!」
委員長は笑いながらさっきの女子たちと話している。
「そういえば、奈那にも妹いたよな?」
「うん! かわいいかわいい妹だよ! 今はどうなってるかなー!」
奈那が天井を見上げる。
奈那のお墓参りには一応命日・誕生日・お盆の時期に行ってるけど、奈那の家族はまだ一度も見たことないんだよな。
「ねぇねぇ冷斗見てトンボ! かわいいー!」
奈那が指さす。
指を指している所を見るとトンボが木に止まっていた。
「何トンボだろうねー!」
「さあな」
外に手を出す。
するとすぐに、トンボが手に止まった。
「かわいいねー! 昔はよく妹と捕まえたなー!」
「へぇーいいな。奏は虫苦手だから俺もそんな思い出作りたいなー」
「まだ冷斗は生きてるからチャンスがあるよ!」
「それもそうだな」
キーンコーンカーンコーンと四限目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
周りはそれを聞き、体を伸ばしている。
「委員長挨拶してー」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
言い終わると周りは席を移動し始めた。
それを横目に屋上に上がった。
廊下には購買部に向かうであろう生徒たちが走っていて、それを先生が注意している。
「冷斗はいいよねー。奏ちゃんが美味しいお弁当作ってくれて」
「奈那は昔、何食べてたんだ?」
「学食だったな。おばあさんがいっつもサービスでわたしの大好きな玉子焼きを付けてくれてたなー!」
「へぇー」
学食も学食で食べてみたいけどなー。
そんな会話をしていると、屋上についた。
屋上のドアを開けた瞬間スズメが一気に飛び立った。
「やっぱり屋上はいいなー。誰もいなし」
「いいお天気―!」
弁当箱を開けると、唐揚げのいい匂いがした。
弁当は朝ごはんの料理を少し、リメイクした料理が大半を占めている。
「「いただきまーす」」
奏が朝作ってくれた、チキン南蛮を口に運ぶ。
「冷斗って高校入学してからずっと屋上で食べてるよね」
「だって教室で食べるとお前とゆっくり喋れないだろ」
「確かに! ありがと冷斗―!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「頭撫でるなー! 子供じゃないんだからー!」
奈那は霊になっているが、なんでもかんでも触れる。
そのおかげで他の霊に触れたり出来るんだが、たまにこうやってちょっかいもかけられる。
ガチャとドアが開く音が聞こえた。
「あっ! いたいた!」
「委員長⁉」
委員長は片手に弁当箱を持っている。
「何でここに⁉」
「いやー! 『一緒に食べる?』 って誘ってくれる子が休みだからキミと一緒に食べたいなー! って思っただけだよ!」
わざわざ屋上まで来るか普通⁉ いやけど
これが普通なのかなぁ……。とりあえず、今日の昼休みはゆっくり奈那と話したりは出来ないな。
「ごめんな奈那」
「いいよいいよ! 冷斗と冬李ちゃんがどんな内容で話すのかめちゃくちゃ気になるしねー!」
奈那の返事が返ってくると委員長がさっきと少し違う、不思議そうな顔をし、俺を見つめていた。
「ねぇねぇさっきから言ってる奈那さんって誰なの?」
「俺に取り憑いてる霊」
唐揚げを口に運び、一口噛む。
「ええ⁉ 取り憑いてるの⁉」
委員長の目が大きく見開く。
「うん。ていうか人間全員守護霊っていう存在に取り憑かれてる。俺はその守護霊みたいな存在のヤツと話せるっていうだけだ」
「へぇー!」
委員長が感心した顔でこちらを見ている。
「じゃあさ! 奈那ちゃんが一番好きなスポーツってなに?」
「う~ん。バスケかな! 一応中学時代バスケ部だったし!」
「バスケだって」
「私も好きだよ!」
委員長が明るい笑顔で答える。
弱い風が委員長のポニーテールを揺らす。
「ねぇねぇ! 玉子焼き貰っていい?」
「うん」
委員長嬉しそうに、弁当箱から箸を取り出し、俺の弁当にある玉子焼きをとった。
そしてそれを、口に運んだ。
「うわっ! 美味しっ! キミが作ったの⁉」
首を横に振る。
「奏が作った」
「奏ちゃんすごいね!」
委員長は玉子焼きがまだ口に入っているのがわかる喋り方だ。
「いつもここで食べてるの?」
「うん。奈那と気軽に話せるし」
目の前に委員長がいても、いつも通り奈那が俺の頭を撫でる。
「奈那―! 頭撫でるなー!」
「ええ~。別にいいじゃんー!」
俺らを見て委員長が笑う。
「奈那さんと仲いいね」
「四六時中一緒にいるわけだしな」
四六時中話されたらさすがに仲良くなる。
サンサンと眩しい日差しが俺らの頭を照りつける。
ガシャ
ドアが開くと、クラスの女子が三人立っている。
「あっ! いたいた冬李ちゃん! 一緒にご飯食べよ!」
「え、あ、うん! 邪魔して悪かったね。けど、とっても楽しい時間だったよ。ありがと!」
委員長は手を振った。
呼びに来た女子がドアを閉めた。
その瞬間、体に入っていた全ての力が抜けた。
「あーあ……。疲れたぁ……」
「お疲れ冷斗! よく頑張って話したじゃん!」
外からは弁当を食べ終わり、校庭で遊ぶ生徒たちの声がする。
「それにしても冬李ちゃん優しいねー」
「やっぱりみんなと仲良くしたいっていう気持ちが大きいんだろう」
それじゃないと俺なんかと話さないと思うし。
そう思いながら弁当を食べ進める。
「奈那ってさ、なんで地縛霊なんだ?」
「う~ん……やっぱり一度でいいから彼氏とか家族に会いたいっていう気持ちがあるからかな。あと、地縛霊になる人には大抵この世に未練がある人だから」
「へぇー」
確かに。奈那が言ってた理由も未練の一つか。
「ごちそうさまでしたー」
ごろんと屋上の床の上に寝転んだ。
「あったかいな~」
「わかる~。小春日和だね~」
肩にトンボが止まった。
「やっぱり冷斗って彼氏に似てるんだよねー」
「それ本当か?」
「うん。わたしもたまにこうやって屋上で寝たりしてたんだけどその時に、何も言わずに横に座ったり、一緒に寝たりしてくれたんだよねー!」
「へぇー」
優しい彼氏だな。
「そういえばずっと聞いてなかったんだけど、彼氏の名前ってなんだ?」
「えっとね~悠くん」
やっぱり聞いたことないな。
「悠っていう人今は何してるんだろな」
「さぁあ? わたしはやっぱり結婚したかったけどね~。生きてたら」
「生きてたら」か。
奈那の言葉だから、いろいろと思っちゃうんだよな。
外を見ると、遊んでいた人たちが片づけをしている。
時計を見ると、昼休みが終わる時間だ。
「ううぅ~……そろそろ行くかぁ」
「ええぇ~サボろうよ~」
奈那が少したるんだ声で誘ってくる。
「ムリムリ。そんなことしたら奏にどれだけ怒られるか」
「確かに」
奈那が微笑する。
「ていうか奈那は授業サボったことあるのか?」
「あるよー。悠くんと一緒にねー」
彼氏をあんまり巻き込むなよ……。
小さくため息をつく。
「あの時は楽しかったなー。悠くんと一緒にご飯食べたりして」
「今は?」
「今も楽しいよ!」
奈那が笑顔で応える。
「そっか。よかった」
「まさか、心配してくれたの? ありがと冷斗―!」
「だから頭撫でるなー!」
「じゃ、今日はこれで―。委員長挨拶」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
ふー! 疲れたー!
小さく背伸びをする。
「帰ったら何するー?」
「帰ったら考えるー」
周りは放課後になり、とてもうかれている様子だ。
通学カバンを肩にかけ、誰よりも早く教室を出て、生徒玄関に向かう。
着けていたイヤホンをカバンにしまい、靴箱から靴を取り出し、学校から出る。
「冷斗っていいよねー。奏ちゃんが毎日帰ったら出来立てのお菓子準備してくれてて」
「まあな」
体をぐぅーと伸ばす。
「奈那って交通事故で死んだよな?」
「そだよー。いつもは行かない道を歩いてたらねー」
奈那が死んだ事故はほとんどメディアに取り扱われなかった。ただの交通事故として世間に認識されたからだ。俺もそのことをすっかり忘れて道を通ったら、見事に取り憑かれた。
「しかしお前に取り憑かれた日は苦しかったぞ。吐き気はするし、ずっと体は重いとかで」
「ごめんってー! わたしも取り憑いた人に悪い影響を及ぼすとは思ってなかったもんー!」
「多分普通の人なら何にも感じないと思うけどな……」
なんでよりによって、俺に取り憑くんだろうなぁ……。
頭の後ろをかき、ため息をつく。
「そういえば、もう少しでわたしの命日だね」
「忘れるわけがないだろ。ちゃんとその日は予定を立ててる」
「さすが冷斗―!」
奈那の命日には必ず、奈那の大好きなクッキーと、その時飲みたい飲み物を買う。
奈那と雑談をしていると家に着いた。
ガチャ
「「ただいまー(!)奏(ちゃん!)」」
家に帰ると、エプロン姿の奏がキッチンから出てきた。
「お帰りれいにぃ! 奈那ちゃん!」
奏が天使のような笑顔でそう言う。
奏は他の人と違い、奈那の存在を完全に信じている。
奈那が奏のもとに向かう。
「奈那―! 奏に気軽に触るなよー!」
「ちぇ……」
奈那が悔しそうな表情を浮かべ舌打ちをしこちらに戻る。
「れいにぃは心配性だなー。別にかなでは奈那ちゃんにハグとかされていいのに」
「奈那の妹じゃないんだからな」
「はーい……」
奈那が呆れた声になる。
「そうそう! れいにぃレモンクッキー作ったけど食べる?」
「うん」
手と顔を洗いに洗面所に向かう。
「奏には何かしないでくれよな」
「わかってるよ! つい奏ちゃんをわたしの妹に重ねちゃうんだよー!」
洗面所から出ると、クッキーの甘いにおいが漂う。
奏が笑顔で俺を出迎えてくれる。
「れいにぃ! いっぱい食べてね!」
「食べる食べる」
奏が作るお菓子は一流シェフが作ったのか疑うほど美味しい。
「どう? 新作なんだけど……」
不安そうに聞いてくる。
「とっても美味しいぞー!」
奏の頭を撫でる。
「やった!」
奏もそれに応え、笑顔になる。
「そうそう、れいにぃお弁当箱出して!」
「ごめんごめん。忘れてた」
頭を何度か下げ、バックから弁当箱を取り出した。
奏はそれを受け取り、台所に行った。
それを見ながらクッキーを食べる。
「冷斗って奏ちゃん相手には笑顔になるよね。冬李ちゃんとか、わたしの前で見せないのに」
「奏は、特別だから……」
「へぇ~」
奈那がいたずらっ子のような目をする。
「お前も妹にはそうだっただろ」
「もちろん!」
奈那が自信満々気に胸をポンッと叩く。
「ほらな」
台所の奥では奏が夜ご飯用の米をといでいて、シャカシャカッと言う音がする。
「れいにぃ学校どうだったー?」
奏が米をとぎながら聞いてくる。
「初めて先生以外の人に話しかけられた」
「えええ⁉」
奏が釜を台所のシンクに落とした。
「奏何やってんだ」
少し呆れた声になる。
「仕方ないじゃん! どうせいつも通りの『なんもなかった』って返されると思ったもん!」
奏が台所から勢いよくこちらに出てき、机をたたいた。そのせいで、お茶が少しこぼれる。
奏の手には少しだけ米が付いている。
「れいにぃ誰に話しかけられたの⁉」
「えーと、学級委員長」
「委員長さんが⁉ れいにぃに話しかけるなんて……」
奏が聞こえないような小さな声で「信じられない……」と呟く。
「絶対今度家に連れてきてね! どんな人か見たいから!」
「はーい……」
呆れた声になる。
奏は台所に戻り、米をとぎなおす。
「奏ちゃんからすれば冷斗に彼女が出来たのと同然だからねー。ああなるのも仕方ないよ!」
「彼女じゃねぇって……」
大きなため息をつき、クッキーを食べ進める。
「わたしも妹に友達出来たら絶対ああなってたなー!」
「妹友達いなかったのか?」
「まだ小さかったからねー。わたしが死んだときは、まだ四歳だったからねー」
奈那が天井を見上げる。
「へぇー」
大分歳の差あるんだな。
「また会えるかな……」
奈那が小さい声で悲しそうにつぶやく。
「ああ、きっと会える。ていうか俺が会わせてやるよ」
「やっぱり悠くんに似て優しいな冷斗はー!」
「だから頭撫でるなー!」
第二章 来客
チリリン! チリリン! とうるさいぐらい目覚ましの音が部屋に響く。
「ふわぁ……。もう朝か……。おはよう奈那」
欠伸で出た涙をパジャマでぬぐう。
「おはよう! 冷斗!」
奈那が笑顔を見せる。
相変わらず朝からテンションが高いヤツだな。
階段を降り、リビングに向かった。
リビングに着くと、香ばしい目玉焼きのにおいが漂う。
「あっ! おはよう! れいにぃ! 奈那ちゃん!」
「「おはようー(!)奏(ちゃん!)」」
チン! とトースターが鳴る。
「トースト出来た!」
奏がトースターのもとにお皿を持って向かう。
「そういえばれいにぃ、かなで今日学校休みじゃん?」
「うん」
「委員長さん家に呼んでねー」
「了解―」
……しまった……。アイツ普通に言うからつい「了解」って言ってしまった……。
陰キャの俺にそんなこと出来ないって……マジでぇ……。
「珍しく冷斗が失言かー!」
「奏の願いなら聞くしかないかぁ……」
「そだねー!」
奏が出来立てのトーストと目玉焼きを持ってくる。
「けどれいにぃが委員長さんをお家に誘えるかな……」
頼む! 俺が誘えるわけないのに気づいてくれ!
「う~ん……奈那ちゃんいるから大丈夫か!」
いや、そうじゃねぇよ……。
額に手をあて、大きなため息をつく。
奏が朝食を持ってくる。
「どうしたのれいにぃ? ため息なんかついてさ」
「いや、なんでもない。いただきまーす」
奏は委員長がうちに来る気満々だし、奈那にアドバイス貰いながら誘うかぁ……。
「相変わらず奏ちゃん相手には優しいなー! わたしがアドバイス出すから任せといて!」
「頼んだぞ」
トースターを一口噛み、サクッ! と音をたてる。
「今日はいっぱい掃除して美味しいお菓子作るぞー!」
奏が腕をあげる。
「すごいやる気だねー」
「あのやる気に応えてやらないとな」
「そうだね!」
奈那が笑顔を見せてくれた。
学校に着くと俺はいつも通り席に着いた。
「具体的にどうすんだよ?」
「とりあえず冬李ちゃんのことだから話してくれるよ!」
「本当かー?」
最近全く委員長と話してないけど。
クラスはいつもどおり、賑やかに話している。
「ま! 気楽に待てばいいよ! ねね! 窓開けて!」
「はーい」
窓を開けるといつも通り登校した生徒たちの声が聞こえる。
いつも通り寝る準備をする。
「おはよう!」
体が少しビクッとなる。
「あっ、委員長おはよう」
「冷斗今だよ!」
委員長に気づかれないように小さくうなずく。
「委員長に、ちょっと言いたいことがあるんだけど……」
「うん?」
委員長があの不思議そうな顔をする。
「今日俺の家来てほしい。奏が委員長の顔見たいって言ってるから……」
段々声が小さくなっていくのが自分でもわかった。
「いいよ! ちょうど今日暇だし! キミの家に行くのとっても楽しみだなー!」
よし言えた!
小さくガッツポーズをする。
「帰り、先に降りて待ってるから」
「OK! 楽しみだなー!」
委員長が体を伸ばす。
「そろそろ自分の席戻るね! 奈那ちゃんと話したいと思うし! じゃあね!」
委員長は自分の席に戻った。
委員長が俺の席から離れた瞬間、一気に体の力が抜ける。
「疲れた~」
「お疲れさま。よく頑張ったじゃん! 奏ちゃんも嬉しいと思うよ!」
奈那が俺の肩を優しくたたく。
「それにしても冬李ちゃんはいい子だなー! あんな子あんまりいないよー!」
「へぇー」
確かに。この俺に話しかけるって人だからな。
外からテニス部の大きな掛け声聞こえる。
「奏ちゃんどんな反応するかなー?」
「正直俺もわからん。想像もつかない」
教室には生徒たちの笑い声が響く。
その中心には委員長がいた。
奈那が委員長のことを目を細めて見る。
「冬李ちゃんなんかムリして笑ってない?」
「周りの空気読んで笑ってるだけだろ。人気者だからな」
「そうかな~」
外からはぬるい風が吹いてくる。
「そういえば奈那の妹の名前ってなんだ?」
「夏海(なつみ)だよ! 今は小学一年生かー! 想像つかないなー!」
奈那が窓越しに空を見上げる。
空はカラッと晴れていた。
「委員長号令―」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
いつも通り誰よりも早く、教室を出て生徒玄関に向かう。
校庭にあるベンチに座り、スマホをつけ、動画視聴サイトで、心霊動画を見る。
「冷斗って心霊系ばっかり見るよね。怖くないの?」
「怖いわけがないだろ。霊と四六時中一緒にいる生活をかれこれ二年してるんだから」
「確かに!」
どんどんと生徒玄関から生徒が出てくる。
委員長はまだ出てこない。
一人二人また三人と出てくる。
「冬李ちゃん遅いねー」
「そうだな。委員長だからなんかしてるんじゃないのか?」
「大変だなー」
奈那は俺のスマホをのぞき込む。
「そういえば奈那って、習い事していたのか?」
「水泳とバスケぐらいかな~」
「へぇー」
水泳もしてたんだ。
奈那と話し、気づくと、もう、三十分経っていた。
「ちょっと見に行ってくるか」
「冷斗はやっぱり優しいなー!」
優しいって言うか多分、心配性な、だけな気がするけど。
「今日は帰ったら何食べれるかなー!」
「お前霊だから何にも食べれないだろ」
「まあそうだけど!」
奈那が怒った口調になる。
ガラッ
「委員長―。遅いから気になって来たけど……。掃除か」
「……あっ! ごめんね! ちょっと掃除してただけ! もう終わるから!」
委員長マジメだなー。さすが委員長。
「もうそんな時間経ってた?」
「うん。三十分も」
「ごめん! 時間すっかり忘れてたー!」
委員長は集めたゴミをちりとりに入れ、ゴミ箱に捨てた。
「いやー! 時間って経つのって早いねー!」
委員長は掃除道具を、掃除道具入れに入れた。
「ささ! 早くキミの家行こう!」
少し小さくうなずき、イヤホンをカバンにしまった。
委員長やけにテンション高くないか……?
……いつもこんなもんか。
「これがキミの家?」
「うん」
「へぇー! とっても中気になる!」
きっと奏が掃除してくれてるだろ。
ガチャ
家に入ると、お菓子の甘いにおいがし、床はピカピカで、埃の一つもない。
「「ただいまー(!)」」
奏がエプロン姿で顔を出す。
いつもと違い、髪型がポニーテールになっていて、そのポニーテールが動いた反動でかわいく揺れる。
「お帰り! れいにぃ! 奈那ちゃん!」
「奏ちゃんポニーテールも似合うねー!」
「それ。ポニーテールとっても似合ってるぞ」
奏に笑顔を見せる。
「本当⁉ えへへ~ありがとうれいにぃ!」
奏が柔らかな笑顔になる。
「そうそう! 委員長さん連れて来た?」
「うん。委員長入ってきてー!」
「はーい!」
委員長が家に入り、ドアを閉める。
奏は急いでエプロンを脱ぐ。
「うわー! 綺麗―!」
委員長が家を見渡す。
「あっ! いつもれいにぃがお世話になってます! 妹のかなでです!」
奏が勢いよく頭を下げる。
「こっちもお世話になってますー! 私の名前は清水冬李! よろしくね! 奏ちゃん!」
委員長がとびっきりの笑顔を見せる。
「奏ちゃんってお料理得意なんでしょ?
前に玉子焼き食べさせてもらったけど、とっても美味しかったよ!」
「ホントですか⁉」
奏が目を輝かせる。
「うん! また食べてもいい?」
「ぜひ! ていうかもう冬李さんように作るぐらいですよ!」
奏が胸をポンッと叩く。
「本当⁉ うれしいなー!」
実際そうなったら奏、絶対に体壊すな。
「あっ! チーズケーキ作ったんですけどよければ……」
「いいの⁉ 食べる!」
今度は委員長が目を輝かせた。
奏と委員長が話している間に、洗面所に向かった。
「ねぇねぇ冷斗」
「うん?」
「さっき掃除してた時の冬李ちゃんの表情覚えてる?」
「え? 普通に笑顔だったけど……」
俺が続けて言おうとすると奈那が「いや」と遮る。
「なーんかどことなく暗かったんだよね。自分から掃除したいとかじゃなくて仕方なくしてるだけっていうか……」
奈那が「う~ん」と言い、頭を抱える。
「誰かに押し付けられた的な?」
「委員長なら引き受けそうだけど、ダメなことはしっかりダメって言いそうだしな」
誰かに押し付けられたって言っても、誰も放課後居残りで清掃なんて言われてなかったぞ。
奈那に続き、俺も頭を抱える。
「ダメだわかんねぇ……」
「あんまり深く考えない方がいいのかも」
「それもそうだな」
洗面所から戻ると、チーズのにおいが漂っていた。
「あっ! れいにぃも食べる?」
「うん」
笑顔を奏に見せる。
その笑顔を委員長に見られる。
「え⁉ キミって笑顔になるんだ!」
委員長の声部屋中に響く。
「なるよ。人なんだから」
まぁ、学校とかでは全く笑顔にならないけど。
「キミの笑顔初めて見たかもー! かわいい!」
委員長が少し興奮気味に目を輝かせる。
自分の席に座り、テレビをつけた。
おもしろそうな番組はやってないか。
とりあえずニュース番組にチャンネルを変えた。
「はいれににぃ!」
奏がフォークと少しおしゃれなお皿に乗せたチーズケーキを持ってくる。
「ありがと。いただきまーす」
フォークで一口サイズに切って、食べた。
「うん! 美味しいじゃん!」
「ホント⁉ やった!」
奏が幼稚園児のように跳ねる。
「かなでもっと美味しいお菓子作れるように頑張る!」
「期待してるぞー!」
奏の頭を撫でる。
「兄妹仲いいねー!」
委員長がジュースを飲み、チーズケーキを食べる。
奏は台所に行き、冷蔵庫を開ける。
チーズケーキを食べ進める。
「れいにぃ! お味噌汁と、餃子スープどっちがいい?」
迷わず「餃子スープ」と答えた。
「りょうかいー!」
奏が冷蔵庫から餃子を取り出し、IHコンロの電源を入れる。
「そういえば委員長。俺と一緒に屋上でいたことなんか言われなかったのか?」
「言われたよー! 女子からは、『なんであんな地味な子といるの⁉』とか、男子からは『まさか……あんなヤツと付き合ってるのか⁉』とかねー! 大変だったよー!」
「すまん委員長」
委員長に向かって頭を下げる。
「ううん! 気にしないでよ! とりあえず『たまたまいて話しただけ』って誤魔化したからさ!」
「ありがとう」
委員長がにこっと笑った。
「気になるんだけど、キミって髪の毛白っぽいよね」
委員長が俺の髪の毛を見てすぐに、奏の髪の毛を見る。
「うん。霊感あるからか白いんだよな。奏と母さんは全く白くないんだけど」
ピロンッ! と委員長のスマホがなる。
「やばっ! そろそろ帰らないと!」
委員長が慌てて荷物の整理をする。
「委員長どうした?」
「いやー! そろそろ帰ってペットに餌やらないといけなくてねー」
スマホを起動させ、時間を確認する。
もう十八時過ぎか。
「奏―。委員長帰るってー」
奏が急いで冷蔵庫から何かを取り出した。
委員長と一緒に玄関に向かう。
「ごめんね! お邪魔しちゃって」
「いやいや」
首を横に振る。
「冬李さん! もしよければ……」
奏が委員長に何かを手渡す。
「かなでが作ったブルーベリーパフェです! ぜひ食べてください!」
奏は頭を下げる。
それにつられて俺も頭を下げる。
「作ってくれてありがとう! 今日はとっても楽しかったよ! じゃ! また明日!」
委員長は手を振りながら、ドアを閉めた。
「冬李さんすごいいい人じゃん! てっきり酷いオカルトマニアかと思ってたけど」
「委員長はオカルトマニアなんかじゃないぞ」
「今日でそれがわかったよ!」
奏と俺はリビングに向かう。
「今日はありがとうな。奈那」
「全然いいよこれぐらい! わたしも普通に冷斗に友達出来たこと嬉しいからねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「あれ? 何にも言わない……冷斗大丈夫⁉」
「ちょっと疲れただけ~」
リビングの床に寝転がり、寝た。
第三章 奈那の命日
ピヨピヨと鳥の鳴き声が聞こえる。
眠い目をこすりながら電子時計を見ると、
六月十日(日)午前八時と書かれている。
「冷斗おはよう! 問題! 今日は何の日でしょう!」
「お前の命日」と迷わず答える。
「おー! 正解―!」
奈那が手をパチパチさせる。
「お前に取り憑かれてから一度も忘れたことなんかないぞ」
重い体を何とか起こし、階段を下りてリビングに向かった。
さすがに休日なので奏はまだ起きていなかった。
テーブルに置いてあった食パンをトースターにセットし、タイマーをかける。
「三年前の今日、普通に家出て、いつも通りの学校生活が始まるって思ってたな……」
奈那がどこか寂し気な声でつぶやく。
ちょっと励ましてやるか。
「もしかしたら今日、お前の大好きな夏海に会えるかもな」
「確かに! 今年こそは会いたいなー!」
奈那が目を輝かせる。
台所に行き、お茶を入れる。
「毎年毎年ありがとうね冷斗」
「こっちが好きでやってるだけだ」
入れたてのお茶を一口飲む。
「冷斗は本当に優しいねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「今日ぐらいは許してやるよ」
「やったー!」
奈那が飛び跳ねる。
チン! とトースターが鳴る。
お皿を持っていき、トースターをお皿にのせる。
「いただきまーす」
奏がいないからなんか味気ないな……。
ガチャ
ずっと仕事に出かけていた、母さんが両手に荷物を抱えて帰って来た。
「ただいまー」
「母さんお帰りー」
トースターを口に咥えている状態で母さんを見る。
「冷斗ごめんね。一か月ぐらい家開けちゃって」
「全然」
手を横に振る。
「奏と奈那の三人っきりで楽しかったよ」
「それならよかった」
母さんは持って帰って来た荷物から何かを冷蔵庫に入れる。
「冷斗休日なのに起きてたんだ」
「うん。奈那の命日だから」
母さんは少し驚いた表情になる。
「そうだったわね。奏は?」
「まだ寝てるんじゃない」
母さんが頷く。
トースターを食べ進める。
「今日はどうするの?」
「奈那のお墓参り行って、奈那の行きつけだったお店で昼ご飯食べて帰って来る」
「わかったわ。夕ご飯までには帰って来てよね」
「はーい」
トースターを食べ終わり母さんのためにお茶を入れる。
母さんは大きなため息をつき、椅子に座った。
「母さんも仕事、お疲れ様」
「ありがとう冷斗」
母さんはお茶を飲み、一息つく。
洗面台に向かい、歯磨きをする。
「奈那何が飲みたい?」
「うーんっとね、コーヒー!」
「お前コーヒー飲めるんだな」
「飲めるよ!」
奈那が怒った口調になる。
歯磨きをし終わり、うがいをする。
トイレをすまし、自分の部屋に行く。
奈那が俺の部屋に飾っているシロクマのぬいぐるみを見つめる。
「どしたー?」
「いや、冷斗の部屋のあるのが不思議だなって思って」
「誰かからの貰い物だから置いてるだけ。誰から貰ったのは、忘れたけど」
「なにそれー」
ガチで誰から貰ったんだろう……。
着替えをすませ、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを背負い、イヤホンを着け、家を出る。
「じゃ、夕飯までには帰って来るから」
「気を付けていってらっしゃい」
ガチャンとドアを閉めた。
外は真夏のように暑い。
「暑いなー」
「そだねー。三年前もこんな暑さだったよ―」
奈那のお墓に行くため、駅に向かう。
「夏海ってどんな子だったんだ?」
「えっとねー! とってもかわいい子!
大好きなんだよね! とっても会いたい!」
会わせたいな。
コンビニに立ち寄り、奈那の好きなクッキーと、缶コーヒーを買う。
「これでいいか?」
「うん!」
奈那が笑顔になる。
店を出て、また駅に向かう。
「なぁなぁ奈那?」
「うん?」
「お前の過去教えてくれよ」
奈那が驚きを隠せない表情になり、少しすると困った表情になる。
「う~ん……いいよ! 教えてあげる!
ちょうどわたしが冷斗に取り憑いて、二年になるもんね!」
そうか。今日でちょうど二年か。
「中学校までは陽キャの女の子だったよ。だけど、高校から変わった」
奈那が真剣な表情になる。
「いつものように靴を履こうとしたら靴がなかったの。そこで気づいた。わたしはいじめられてるんだって。そのあとはドラマで見るようないじめ。制服をどこかに隠されたりお弁当捨てられたりねー。だから学食にしたんだ」
奈那がいじめられたことなんか初めて知ったぞ……。
「なんでいじめられたんだ?」
「さあ? わたしのこと気に食わなかったんじゃない? こんな性格だしねー」
気に食わないがいじめていい理由になるか?
奈那の話を聞きながら頭を抱える。
「ごめんねー。こんな話しちゃって。だけど、わたしいじめられてたんだ。いろんな人からね。だけど、帰ったら夏海に会えるからとか悠くんがいたからとかで頑張って生きてたんだ。ま、死んじゃったけどねー」
奈那が悲しそうに外の景色を眺める。
「ま、これがわたしの過去だよ」
奈那がいじめられてたことなんか初めて知ったな。
額の汗をタオルで拭く。
「ま、わたしの過去ならいつでも聞いてよ! いつでも話すし!」
「了解」
やっと駅に着いた。
駅のコンビニで炭酸ジュースを買う。
プシュッ
ゴクゴクゴク
「あー生き返るー」
「美味しそうに飲むねー!」
改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜けた。
「よしじゃあ行こう!」
「はーい」
ホームに向かう。
「今日の昼ご飯何食べようかな」
「あそこのお店はハンバーグ定食が一番オススメだよ!」
「おー、ハンバーグ定食かー。美味しそうだな」
スマホを取り出し、メールのチェックをする。
やっぱりなんもきてないか。
「電車が来ますので、黄色い線までお下がりください」
アナウンスが流れると電車が来た。
俺は電車に乗り、スマホを触る。
車内は俺と奈那を含めて五人しかいなかった。
「少ないな。休日なのに」
「まああっちの方は田舎だからねー」
「だからトンボ捕まえたりしてたのか」
「そうそう!」
電車が発進し、車内が少し揺れる。
スマホを閉じ、外の景色を眺める。
外は一面畑で、建物は、民家しかない。
「奈那のお母さんって何て名前?」
「南海(みなみ)だよ!」
「了解―」
外観はアニメで見るような田舎だ。
「奈那っていじめられてること親に言ったのか?」
「ううん。言ったのは悠くんぐらいかな。
家族に心配させたくなかったから……」
奈那の声が段々小さくなる。
「靴箱で冷斗が普通に靴をとって、履くことさえわたしには羨ましいんだよ。高校になって靴が靴箱にあったことなんて数えれる回数だからね……」
奈那の過去の話をいろいろ聞いた。
気が付いた奈那のお墓がある所の最寄り駅についた。
電車を降り、奈那のお墓に向かう。
「うわー! 久しぶりだなこの景色!」
「奈那の誕生日ぶりに来たから半年ぶりか」
奈那のお墓がある所はただの田舎であまり人はいない。
奈那のお墓がある方向へと向かう。
「昔はよくここの道、お母さんと夏海で来て一緒に散歩したなー!」
「へぇー。いい思い出じゃん」
俺も昔はよく奏と散歩してたなー。
「お腹減ったなー。なんかここら辺で食べるものない?」
「えーとね! もう少しこの道歩いてたら和菓子屋があるよ! 店主のおばあさん優しいんだよー!」
「和菓子食べたいしよるかー」
奈那の言う通り、道を歩く。
最近奏が洋菓子ばっかり作るから食べれてないんだよな。和菓子食べるのなんか何カ月ぶりだろう。
おっ。ここか。
店の雰囲気は昔ながらの和菓子屋さんだ。
お店に入った。
「失礼しますー。和菓子食べたいんですけどー」
店の奥のふすまから店主と思うおばあさんが出て来た。
「あらあら、若い子が来るなんて久しぶりだねぇ。見たところここら辺の子じゃないねぇ?」
「ええ。ちょっと大好きな子のお墓参りで……」
そう言った瞬間奈那は俺の頭を撫でる。
「もしかして飛鳥奈那ちゃん?」
「はい」
やっぱりおばあさん、奈那こと知ってるんだ。
「ここら辺では有名な子だったよ。姉妹そろって、顔立ちもよくてスタイルもよくてねぇ。今日が命日だったねぇ」
へぇー……。奈那って地元で有名な子だったんだ。
「そうだったそうだった。和菓子を食べに来たんだねぇ。ちょっと待ってねぇ」
おばあさんはふすまの部屋へと戻った。
少しするとおばあさんが茶と団子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と言い、お茶を一口飲み、団子を食べた。
久しぶりに和菓子食べたけど、美味しいなやっぱり。
「奈那ちゃんとどういう関係だったんだい?」
「奈那ちゃんと一緒のスイミングスクールだったんですよ」
まあ嘘だけど。
奈那のことを奈那ちゃんって言ったの人生で初めてかも。
「そうなんだねぇ。奈那ちゃんのこと大好きなんだねぇ」
「僕にバタフライとかの泳ぎ方教えてくれたんで」
「やっぱり奈那ちゃんは優しい子だねぇ」
おばあさんは感心した顔でそう言う。
「あの、夏海ちゃんって今どうなってるんですか?」
「夏海ちゃんはお姉ちゃんに似てとってもいい子だよ。つい最近いじめられてた子を助けたらしいわよ」
「そっか。夏海はいじめられてる子を守れる立場になったんだ。わたしとは見た目は似てても、性格は全然似てないな……」
奈那が小さな声で俺の耳元と呟く。
お茶を一口飲む。
「奈那ちゃんも天国で見守ってるんでしょうねぇ」
天国なんかで見守ってなんかしてないですけどね……。
そこから俺は奈那のことについていろいろ聞いたり喋った。
気が付くと時刻は昼前だった。
「僕そろそろお墓参り行かないと。おばあさん、いろいろとありがとうございました」
頭を下げる。
おばあさんは「いやいや」と言い、手を横に振る。
「あの代金は」
「いいよいいよ。そんなの。奈那ちゃんのことがいろいろ知れたのが代金だよ。じゃあ気を付けていってらっしゃい」
「はい」
店を出て、奈那のお墓に再び向かう。
「冷斗って『僕』とか『奈那ちゃん』って言うんだ! 初めて知った!」
「ああいう場所とかだったらな」
やっぱり慣れない。
少し歩いた所で奈那に質問をした。
「奈那に言いたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「夏海とか絶対に触れるなよ。絶対にな」
「わかってる!」
奈那が自信満々気に胸を叩く。
その言葉を信じながら歩き、やっと奈那のお墓に着いた。
「ここがお前が本来居ないとダメな場所だな」
「そうだね」
周りにはやはり誰もいない。
俺は軽くお墓にある落ち葉などを取るなど
の簡単な掃除をし、お墓に奈那の好きなクッキーとコーヒーを置いた。
そして、奈那と一緒に、お墓に手を合わせた。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだね。久しぶりにこっちに来れてよかった」
「俺もよかった。来れて」
奈那が俺の頭をいつもより長めに撫でる。
「ねぇねぇお母さん、この人誰?」
振り向くと髪が茶色く、小学生ぐらいの女の子が立っている。
「こらこら。すみません」
奈那を見ると、これまでに見たことがない目をしていた。
奈那がこんな目してるってことはそういうことか。
これは帰れそうにないな。
夏海に目線を合わせるため、しゃがんだ。
「いえいえ。初めまして、飛鳥夏海ちゃんっ!」
「なんでお兄さんはなつみの名前知ってるの?」
「昔お姉ちゃんからいろいろ聞いてたからね~。お姉ちゃんとそっくりだね~」
優しく夏海の頭を撫でる。
おばあさんが言ってたけど、本当に奈那とそっくりだな。茶色い髪の色も顔立ちも。
南海さんがとても驚いた顔をする。
「もしかして奈那のお友達ですか?」
「はい! 奈那ちゃんはとっても大好きな子です!」
奈那が俺の頭を撫でる。
夏海が奈那と同じように目を輝かせる。
「お兄さん! ねーねーとどこで知り合ったの?」
「奈那ちゃんが通ってたスイミングスクールで知り合ったよ」
夏海、ごめんな。嘘ついちゃって。
「へぇー!」
夏海、言い方もどことなく奈那に似てる。やっぱり姉妹だな。
「南海さん、奈那ちゃんのお墓参りって奈那ちゃんの友達とか来てるんですか?」
南海さんが首を横に振る。
「奈那が死んだときは奈那の彼氏が来ましたけど、それ以降は……」
「そうですか……」
悠、今は来てないのか……。
奈那はやはり、寂しそうな表情になる。
「お兄ちゃん! 名前なんて言うの?」
「水間冷斗だよ。よろしくね!」
夏海とハイタッチをする。
「冷斗くん、よければ家で一緒に昼ご飯食べませんか?」
「ちょっと待ってくださいねー」
俺はスマホをつけ、メールをするふりをしながら小声で奈那と話をする。
「奈那どうする?」
「もちろん食べる! だって実家のご飯だよ!」
「了解」
奈那からすれば即決の案件か。
「後さ、冷斗の今のキャラなにあれ? はっきり言って気持ち悪いよ」
「めっちゃわかる。俺も吐くぐらい気持ち悪いと思ってる」
昔、奏の友達にいつものように接したら泣かれたんだよな……。それ以来、小さい子と話す時、ああなるんだよな。
スマホを閉じ、南海さんの方を向く。
「食べます!」
「よかったね。夏海」
「うん!」
夏海と手を繋ぎながら、奈那の家まで歩いた。
「お邪魔しますー」
綺麗な家だなー。
ていうか、人の家行くのなんて初めてじゃないか……?
「れい兄ちゃん! これ見て!」
夏海がランドセルを持ってくる。
「これね! ねーねーのでね、なつみも使ってるんだ!」
「へぇー!」
ランドセルに金色の糸で小さくひらがなで「なな」と刺繍をしている。
奈那はそれを見て「懐かしー! わたしのだ! ずっと使ってたなー!」と言った。
「高校のバックってあるの?」
「うん! 持ってくる!」
夏海が少しすると、バックを持ってきた。
「なんでか高校のバックは綺麗じゃないんだよね」
夏海が言ってる通り、ランドセルとは比べ物にならないぐらい汚い。縫い目がたくさんある。
「もういいよ。ありがとう」
「うん!」
夏海は高校のバックと、ランドセルを元の位置に戻す。
「奈那アレって……」
「うん。いじめられてた証拠だよ。蹴られたり、マジックで文字書かれたりしたからね……」
やっぱりか……。夏海は何にも知らないんだな。
「お姉ちゃんのこと今でも好き?」
「うん! ねーねーとっても優しかったし! 強かったし!」
「強いか……。わたしは全然強くなんかないよ夏海……」
奈那が涙ぐみながら言う。
その声を黙って聞くしかなかった。
「冷斗くん、夏海、ご飯できたわよ」
「「「はーい!」」」
夏海が俺の隣の席に座わる。
南海さんが、カルボナーラを俺と夏海に出す。
美味そっ!
「うわー! お母さんの得意料理のカルボナーラだ! 昔わたしが『美味しい!』って言ったらずっと作ってくれたんだよなー!」
そんな思い出があったんだな。
「お母さんが作るカルボナーラとっても美味しいんだよ! ねーねーも『美味しい!』って言ってたし!」
夏海が嬉しそうに話す。
話している時の目は、奈那が夏海のことを話している時と全く同じだ。
「「「いただきまーす!」」」
フォークに上手にカルボナーラを巻き付け口に運んだ。
うんっ! 美味しっ! クリームが麺によく絡んでるし!
「どう冷斗くん? 美味しい?」
「はい! クリームが麺によく絡んでますし!」
「よかった!」
南海さんが笑顔になる。
奈那の笑顔と似てるな。
「夏海ちゃん小学校どう?」
「とっても楽しいよ! けど、やっぱりねーねーがいないのが寂しいかな」
夏海が下を見る。
「ごめんね夏海……」
奈那も下を見る。
「絶対に奈那ちゃんは夏海ちゃんに下を向いてほしいとは思ってないよ」
そう言うと、夏海はすぐに俺の顔を見て、笑顔になった。
夏海はカルボナーラを食べ進める。
「冷斗気持ち悪っ……」
奈那が嫌悪感丸出しの表情をする。
「わかる」
いつもの接し方で接したら、絶対泣かれるよなぁ……。
カルボナーラを食べ終わり、リビングで夏海と遊ぶ。
「れい兄ちゃんはどこに住んでるの?」
夏海が純粋な目でこちらを見る。
「僕はここから電車でニ、三十分のところだよ」
絶対奈那に取り憑かれてなかったら、こっちには来なかったな。
「冷斗くんスイーツ食べる?」
「いいんですか⁉ 食べます!」
南海さんの作るスイーツ気になるな。
「はい。プリンだよ」
南海さんが出してくれたのは自家製プリンだった。
口に運ぶと、優しい甘さが口いっぱいに広がり、一瞬で平らげてしまった。
「南海さんこれ美味しかったです!」
「ふふっ。よかった」
南海さんは優しく笑った。
「れい兄ちゃん! 一緒にねーねーの部屋行こっ!」
奈那って自分の部屋あったんだ。
「うん!」
夏海に弾けるような笑顔を見せた。
「今はどうなってるかなー! 昔はいっぱいぬいぐるみとか置いてたんだけど!」
ぬいぐるみか。かわいいじゃん。
夏海に連れられ、奈那の部屋に着いた。
「毎日わたしがちゃんと掃除してるよ!」
夏海がそう言う通り、部屋は埃一つなく、めちゃくちゃ綺麗だ。
ぬいぐるみもちゃんと洗濯されている。
「わたしの部屋だ! あの頃と何にも変わってないなー! 悠くんがくれたくまさんの置物もそのままだし!」
へぇー彼氏からプレゼントとか貰ってたんだ。
「夏海ちゃんって動物好きなの?」
「うん! ねーねーと一緒に行った虫取りは楽しかったなー!」
夏海は虫取りをする真似をする。
それを見て奈那は笑った。
「そろそろ降りよ!」
「うん」
俺らは奈那の部屋を後にした。
下では南海さんが洗い物をしていた。
夏海がテレビをつける。
「奈那ちゃんが亡くなった時、奈那ちゃんの友達とか来たんですか?」
「小中の友達は来ましたけど……高校の友達で来たのは奈那の彼氏だけです」
「そうですか……」
やっぱりなぁ……。ダメな事聞いちゃったなぁ……。
「ねえねえれい兄ちゃん! 一緒にバスケしよー!」
夏海が俺のところに駆け寄る。
「いいよー!」
そっか。奈那がバスケ部だったからボールとかあるのか。
俺らは裏庭に出た。
裏庭には洗濯物と、バスケゴールが立っていた。
夏海がどこからともなくボールを持ってきそのボールをパスしてきた。
「れい兄ちゃんパス!」
「ほい」
軽くパスをし、夏海がボールを受け、シュートをする。
リングの上を無条件に転がり、地面に落ちた。
「うわっ! 外した!」
「惜しいなー!」
「れい兄ちゃんもシュートして!」
「えええ……わかった……」
あんまりバスケとか得意じゃないんだよなぁ。
俺がシュートをすると無事、外した。
「冷斗下手だなー!」
「うるせぇ。俺こういうの苦手なんだよ」
夏海に気づかれないように会話をする。
夏海が転がったボールを取る。
「ねーねーずっと学校帰ってきたら練習してたんだよ!」
「へぇー!」
夏海はシュートを何本も放ち、その中の数えられる本数がゴールに入る。
「夏海ちゃん。野菜持ってきたよ」
塀の向こうから、袋が揺れる音がする。
「あっ! 隣のおばあさん! 今からそっち行くねー!」
夏海が大声で言う。
「れい兄ちゃんちょっと待ってね!」
俺は頷き、ボールを拾った。
「どうする奈那? ちょっとぐらいやっていいぞ。誰も見てないし」
「やったー! やるやる!」
奈那が幼稚園児のような輝いた目をする。
奈那にボールを渡す。
「いくよー! 見ててね!」
奈那が幼稚園児のような目から一転、真剣な目に変わった。
空気がピリッとした瞬間、シュートを放った。
ボールはとても綺麗な弧を描き、ゴールに入った。
「しゃあ!」
奈那が大きくガッツポーズをする。
その姿はまるで、高校野球のエースのようだ。
「おおーすげぇじゃん」
俺はパチパチと拍手をする。
「でしょー! まだ技術死んでないなー!」
三年間全くバスケしてなくてもあんなにも綺麗な弧を描けれるんだな。
「やっぱりバスケって楽しい!」
奈那はドリブルをし、颯爽と駆け抜け、シュートをする。
奈那の茶色い髪が揺れる。
「レイアップもいけるなー! 冷斗の体借りて、オリンピック目指そうかな……!」
「やーめーろ!」
絶対奈那に体のっとられたら気持ち悪くなるな。
裏庭に干してある洗濯物がひらひらと揺れている。
奈那はシュートを何本も決める。
「うん! じゃあ、ありがとう!」
夏海そろそろ戻って来るな。
「奈那これが最後な」
「りょうかい!」
奈那は線が描かれている場所まで下がる。
よく見るとそこには3と書かれていた。
「ふぅー……」
奈那が息を吐き、スリーポイントシュートを放った。
バサッとゴールが音を立て、ボールが落ちる。
「しゃあー! スリーも決まった! これやっぱり現役いけるな! 冷斗! 体借して!」
「いやムリムリムリ。俺を死なせる気か」
さすがの命日だからってなんでもお願い聞くわけじゃないからな。さすがに。
「れい兄ちゃんー!」
夏海が戻って来る。
急いでボールを拾う。
奈那は急いで俺の左に戻る。
「れい兄ちゃん何してたの?」
「うん? シュートの練習だよ」
「あー! だからシュートの音が聞こえたのか!」
夏海が手をポンッと叩き、頷く。
納得してくれてよかった。
ふとスマホを見て時刻を確認する。
やべ、もう四時か。そろそろ帰るか。奏が心配したらダメだしな。
奏に今から帰るとメールを送り、スマホを閉じる。
「夏海ちゃん。そろそろお家に戻ろうか。僕そろそろ帰らないとダメだし」
「えええ~もっとれい兄ちゃんと遊びたいのに……」
夏海が少し、涙目になる。
夏海をあやしながら奈那の家に戻り荷物をまとめた。
「最後にお仏壇にお祈りさせて」
「うんっ! わかった!」
夏見がお仏壇がある部屋まで案内してくれた。
奈那と夏海と一緒に手を合わせた。
これで今日やることは終わりか。楽しかったな。
玄関に向かう。
「今日はいろいろとありがとうございました! とっても楽しかったです!」
頭を下げる。
「わたしも楽しかった!」
夏海が奈那とそっくりな笑顔になる。
「また来てくださいね」
「はい! また来るからね夏海ちゃん!」
「うんっ! 今度はわたしがれい兄ちゃんの家に行く!」
「おっ! 楽しみにしとくよ!」
夏海の頭を撫でる。
奈那もきっとこうしてたんだろうな。
「じゃあね夏海ちゃん!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
俺は玄関を出て、ドアを閉めた。
周りはすっかり夕焼けになっている。
「今日はどうだった?」
「やっぱり実家はいいね! 久しぶりに楽しめたよ! ありがとう冷斗!」
「感謝するのは俺じゃなくて夏海にしろ。にしても疲れたー! やっぱりあの喋り方キツイな……」
当分は小さい子と遊んだり、関わることやめよう。めちゃくちゃ疲れる。
周りには街頭もなく、なにもない。やっぱり田舎だ。
道端にはいろんな草が生えている。
田んぼにまだ水はない。
「やっぱりバスケは楽しいなー! 体育の時間冷斗の体使っていい?」
「だからムリ」
奈那がため息をつく。
「ささ、電車乗って帰るか」
「そうだね!」
道端に生えている枯れたススキが風によって音を立てながら揺れていた。
第四章 訪問
雲一つない晴天が空いっぱいに広がっている。
「うー! 今日は特別暑いねー! 屋上でお弁当食べる?」
「う~ん……さすがに暑いな」
日光が俺の目を刺激する。
早く教室行きたいな……。
俺はその想いで、教室に向かった。
教室は扇風機がつけられていて、女子たちの制汗剤のにおいが混ざったにおいが充満していた。
気づかれないように自分の席に座り、窓を開けた。
「風が吹いたら涼しいな案外」
「そだね~。どこで食べるの?」
「またその話か。屋上でいいんじゃないか? 暑いけど」
「りょうかーい!」
奈那は明るい笑顔だ。
屋上の陰になっている所で食べるか。
いつも通り外の景色を眺める。
向かいの山のロープウェイが動いている。
「おはよう!」
体が少しビクッとなる。
「おはよう委員長」
委員長からは柑橘系の甘いにおいがする。
委員長、ボーっとしてる時に来るから、毎回驚くんだよな。
「ねね! キミっていとことかいる?」
「いる」
「へぇー! なんて言う名前?」
「千夏(ちなつ)姉ちゃん。写真見る?」
「うん!」
俺はスマホのロックを解き、昔撮った写真を見せた。
「めめちゃくちゃ美人じゃん! えー!奏ちゃんに似てるねー!」
「そうか?」
俺は千夏姉ちゃんの写真を顔を近づけて、じっくりと見る。
言われてみれば……か?
「そうそう! 明日さ!」
「うん?」
「前はキミの家行ったから、明日は家来てよ!」
「あ~うん。全然いいよ。どうせ明日は奏となんか作るだけだったし」
「わかった! じゃあ明日の三時前に来てね! あとこれ地図!」
「はーい。ありがとうー」
委員長から地図をもらうと、委員長は自分の席に戻り、周りと話し始めた。
「おー! とうとう冷斗が人の家に行くのかー! なんだか想像出来ないなー!」
「緊張するからやめてくれ」
「はーい」
クラス中に甲高い笑い声が響く。
「幽霊なんか絶対いないってー!」
「いやいるよー!」
「いやいや! 幽霊見えるとか言ってるヤツはイキってるだけだからなー!」
……は?
ちょっと今のは聞き逃し出来ないな……!
「冷斗落ち着いて!」
奈那が強く、俺の肩を抑える。
「あの子だって悪気があって言ってるんじゃないから! とりあえず深呼吸深呼吸!」
俺は下を向きながら、大きく息を吸う。
「いると思うよ私は」
「冬李それ本気か?」
「うん! だって私、幽霊とか、信じるタイプだからさ!」
「何それかわいいー!」
クラス中にさっきと同じような笑い声が響く。
「話変わるけど今度一緒にカラオケいかない?」
「いいなそれ!」
ワイワイと盛り上がってるのを横目に、委員長は俺に向かってウィンクしてきた。
俺は委員長に向けて手を合わせた。
「さすが冬李ちゃん! 冷斗も落ち着いた?」
「うん……。ありがとう奈那」
「全然いいよこれくらい!」
奈那が明るい笑顔を見せる。
少しし、外を見ると、校門のフェンスはもう閉じていた。
キーンコーンカーンコーンと昼休みを告げるチャイムが学校中に響き渡る。
俺は号令が終わると、体を伸ばした。
「う~! やっとお昼だな~」
「だねー」
俺は四限目の数学の教科書を机にしまい、屋上に向かう。
いつものように購買に行く生徒が、走って購買に向かっている。
「お腹減った……⁉」
いつもは誰もいない階段に二人の生徒がいる。
「霊か? いや、コンタクトしてるし……」
「あれ冬李ちゃんだよ!」
俺と奈那は階段の踊り場から、見られないように顔を出す。
委員長と、クラスの男子が二人きり。
「冬李ちゃん! 好きです!」
委員長は驚く顔ではなく、申し訳なさそうな顔になる。
「ごめんね……。私、別に好きな人がいるんだ……」
男子がとても悲しそうな顔になる。
「じゃ……じゃあね……」
気まずそうに二人が言葉を交わす。
俺らは急いで階段を降り、二人が階段からいなくなったのを確認し、屋上でお昼ご飯を食べた。
「委員長挨拶―」
「はい! 姿勢、起立、礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
ふぅー。やっと学校終わった~。
校庭を見るともう、他クラスの生徒が走っていた。
「今日はこの教室使うから自習とかで居残るの禁止なー。えーと……あっ、水間、後で職員室来い」
体がビクッとなる。
俺なんかしたかな……。
渋々職員室に向かう。
「冷斗何かしたんじゃないー?」
「いやぁ……なんもしてないと思うけど……」
廊下では生徒たちが急いで生徒玄関に向かう。
「失礼します……」
入った瞬間、先生が立っていた。
「あ、水間。お前の髪の色のことなんだが……」
あ~そういえば、地毛証明書先生に提出してなかったな。
「これ、地毛証明書です」
バックから地毛証明書を取り出し、先生に提出する。
「すまんな。校長先生がそこら辺うるさいから……」
「そうなんですね。失礼しました」
職員室を出る。
他の生徒は、いなくなっていた。
外からはセミの鳴き声が聞こえ、涼しい風が吹いている。
「そういえば、なんで冷斗ってイヤホンしてるの?」
「お前と話してるのが不自然に思われないため。まあ、全く意味を成し遂げてないけどな」
俺はイヤホンを外し、カバンにしまった。
靴箱に靴を入れ、校庭に出た。
涼しい風が俺と奈那の髪を揺らす。
いつも通り家に向かう。
「ちょっと遅くなっちゃったね~」
「これぐらいなら奏は心配してないだろ」
俺はスマホをつけメールチェックをする。
いつも通りメールは来ていない。
「ねぇねぇ、あの子のセーラー服、冷斗の学校と一緒じゃない?」
奈那が指を指し、俺はその方向を向く。
「うん? 本当だ」
セーラー服を着ている子が別のセーラー服を着ている女子に詰め寄られている。
「……冬李ちゃんじゃない⁉」
奈那が俺の肩を叩く。
「とりあえず行くぞ!」
「うん!」
急いで委員長の元に向かう。
「久しぶりだね。冬李」
「う、うん……」
「おい。嫌がってるだろ」
咄嗟に女子の腕を掴む。
「はぁ⁉ 何あんた! 冬李の彼氏?」
逆に腕を掴まれる。
「ああそうだよ」
空気がピリッとなる。
「やめな、こんなヤツと付き合うの。他の女の男奪って、その前に付き合ってた男を捨てるヤツだから」
「そ、そんなつもりはなかったよ……」
委員長が絶対に言わないぐらいの弱弱しい声を出す。
「俺は別に捨てられたりしてもいいよ。それぐらい冬李のこと、好きだから」
委員長が驚いた顔でこちらを見る。
「ああ! もう! 話になんない!」
勢いよく掴むのをやめる。そのせいで、壁にぶつかった。
「もういいや。コイツと話しても意味ないし。ささ! 私は帰って、彼氏といちゃつこー!」
女子は委員長の方を向きながら言い、委員長の家とは別の方向に歩きながら帰った。
その場に座った。
ふと、委員長の方を向く。
「ごめんな。彼氏なんて嘘ついちゃって。あと呼び捨てしたことも」
委員長が顔を赤くしながら「ううん」と首を横に振る。
「あ、ありがとう」
「いや別に。家まで送ろうか?」
「ううん。大丈夫。じゃあまた明日」
「うん。また明日」
俺は委員長に手を振り、通学バックを肩にかけ、家に帰る。
「めっちゃかっこよかったよ冷斗!」
「そうか? あ~あ疲れた。奈那もありがと」
「まあ手伝わないといけない場面だったしねー」
通学バックを肩にかけ直す。
「そんなことより明日委員長の家行くときどうすればいい?」
「まあ、わたしだったら私服姿褒とか髪型とか褒めたりしてくれたら嬉しいかなー!」
「わかった」
さすが現役JKだ。
奈那と話していると、突然ピロンッ! とスマホの通知が鳴った。
画面には千夏姉ちゃんのメッセージが表示されている。
俺はウキウキしながらメッセージを開くと冷斗くん久しぶり! 突然だけど今日、冷斗くんの家行っていい? という内容が表示された。俺は はい! 奏にも連絡します! と返信した。すると、かわいい動物のスタンプが送られてきた。
「やった! 千夏姉ちゃんに会える!」
「冷斗嬉しそうだねー!」
「嬉しいに決まってるだろ! 奏に電話しないと!」
急いで電話帳を開き、奏に電話をかけるとすぐに出てくれた。
「もしもし? れいにぃどうしたの?」
「千夏姉ちゃん帰って来るって!」
「ホント⁉ それなら早速今からいっぱい料理作るねー! れいにぃも楽しみに帰って来てねー!」
「りょうかーい」
俺は電話を切った。
「千夏ちゃん久しぶりに見るなー!」
「なー! 正月振りかー!」
今度は何色に髪染めてるんだろー?
俺は胸を躍らせながら、帰り道を歩く。
「あっ! いたいた! 久しぶりだねー!冷斗くん!」
後ろを振り向くと、髪を少し赤く染めた千夏姉ちゃんがいた。
「久しぶり千夏姉ちゃん!」
「ね! まーたおっきくなってー! 奈那ちゃんも久しぶり!」
「久しぶり! 千夏ちゃん!」
奈那と千夏姉ちゃんは同級生で、とても仲がいい。
「千夏姉ちゃん今日はどうしたんですか?」
「ちょうど急遽決まった出張でねー。こっちに来たんだったら奏ちゃんの手料理食べないと!」
「相変わらず、奏の手料理大好きですねー!」
「本当に奏ちゃんは世界中のどのシェフより美味しい料理作るよ!」
千夏姉ちゃんはウキウキしながら、目を輝かせている。
「最近、ずっと歩いてたらナンパされるんだよねー」
「千夏姉ちゃん美人ですもん! 俺の友達もそう言ってましたし!」
「え⁉ 冷斗くん友達出来たの⁉」
「はい! 奈那のおかげで!」
「奈那ちゃんありがとう!」
千夏姉ちゃんはまるで自分のことのように喜ぶ。
「ささ! 着きましたよ!」
「おー! 久しぶりだー!」
俺はドアを開け、家に入る。
「「ただいまー(!)」」
「お帰りれいにぃ! 奈那ちゃん! 千夏ちゃんは?」
「久しぶり! 奏ちゃん!」
千夏姉ちゃんが家に入ると、奏が早速抱き着く。
「おおっ! 相変わらずかわいいねー!」
「えへへ~」
奏がほんわかとした笑顔を見せる。
「そうそう! 今日のご飯はなに?」
「ビーフシチューと千夏ちゃんが大好きなシフォンケーキ!」
「おー! 楽しみだなー!」
「とりあえず、上がってください!」
千夏姉ちゃんと奏が手を繋ぎながら、リビングに向う。
「千夏ちゃんのお団子はやっぱりかわいいなー!」
「なー。ていうかシフォンケーキ作るとかすごいな」
リビングには、シフォンケーキの甘いいい香りが漂う。
「いいにおーい! あれ? そういえば、叶恵ちゃんは帰って来てないの?」
「母さんは今ごろイギリスです」
「大変だなー」
千夏姉ちゃんが椅子に座る。
「あっ! これお土産!」
袋を開けると、中には美味しそうなチョコレートカヌレが八個入っていた。
「奏ちゃんが作るスイーツには負けるけどねー」
「いやいやー! れいにぃと二人で食べるねー!」
奏がカヌレを冷蔵庫に入れる。
「奈那ちゃんの彼氏って、名前悠だよね?」
「うん。急にどうしたんですか?」
「いや、私の知り合いにも同じ名前の人いたなーって思っただけだよ」
千夏姉ちゃんはどこか懐かしそうにスマホを眺める。
「よし! 完成! れいにぃ運ぶの手伝ってー!」
「はーい」
俺は奏がついだビーフシチュ―を千夏姉ちゃんの元に届ける。
「おー! 美味しそう!」
千夏姉ちゃんは早速写真をいろんな角度で撮っている。
「「「「いただきまーす(!)」」」」」
口に入れると、ビーフシチュー特有の濃厚な味わいが、口いっぱいに広がる。
「美味しい―! いやあー! 奏ちゃんの料理は本当に毎日食べたいなー!」
「えへへ~。そう言ってもらって光栄です
!」
千夏姉ちゃんが奏の頭を撫でる。
「千夏ちゃん! れいにぃの小さい頃の写真見たい!」
「おっ! いいよー!」
千夏姉ちゃんはスマホを取り出し、写真アプリを開き、スクロールして昔の俺の写真を探す。
「あった!」
それは昔に撮った髪があまり白くない俺とのツーショットだった。
「それいつの写真ですか」
「えっとねー十三年前!」
ちゃっかりとその写真にはお気に入りがついている。
「冷斗めちゃくちゃかわいいじゃん! えー!」
「れいにぃの昔の写真って、なんでこんなにかわいいんだろー!」
段々と体温が上がってくる。
「千夏姉ちゃんそれぐらいにしてくださいよ」
「えー。じゃあラスト!」
さっきと同じぐらいの俺と千夏姉ちゃんに膝枕され、寝ている写真だ。
写真を見た瞬間二人の目が星のようにキラキラと輝いた。
「寝顔⁉ ダメだコレ! めっちゃ好き! 携帯の待ち受けにしたい!」
「お前には夏海がいるだろ」
奈那は俺の言葉に耳も貸さず、写真をキラキラした目で眺める。
「かわいいでしょー! この頃の冷斗くんは本当にかわいくて、食べちゃいぐらいだったよ!」
「奏も会ってみたいなー!」
「はい! そこまで!」
俺はすかさず、千夏姉ちゃんのスマホの電源を切った。
「けど、冷斗の写真ってどこかで見覚えあるんだよなー」
「気のせいだろ」
俺はビーフシチューを食べ終わり、台所のシンクに置く。
「れいにぃ! 千夏ちゃん! シフォンケーキ食べる?」
「「うん(!)」」
奏が意気揚々と、冷蔵庫からシフォンケーキを取り出し、食器棚からお皿とフォークを取る。
「千夏姉ちゃんなに見てるんです?」
「うん? 昔の写真だよ。また会いたいな……」
千夏姉ちゃんは小さな声で呟く。
奏がシフォンケーキを持ってくる。
「待ってました! 美味しそー!」
千夏姉ちゃんがさっきと同じように写真を撮り、口に運ぶ。
「どう……?」
「うん! 美味しいよ! 前よりか若干酸味強い気がするけど……」
「生地の中にミカンパウダー入れたんだよね……」
「だからかー! 私は前よりこっちの方が好きかな! 冷斗くんは?」
千夏姉ちゃんに聞かれ、シフォンケーキを口に運ぶ。
「俺は前の方が好きかな」
「わかった! なら今度は二種類作るね!」
奏は残ったシフォンケーキを小分けしている。
「やっぱり奏ちゃんが作る料理はどれも美味しいなー! 冷斗くんは本当に幸せだなー!」
千夏姉ちゃんが俺の頭を撫でる。
「奈那にも同じこと言われます」
「みんな羨ましいってことだよ!」
さっきよりも強く頭を撫でる。
「千夏ちゃん! 今日はどうするの?」
「もう帰るかな! あんまり長居してたら会社から不審がられるからねー。あと、残った仕事しないと」
千夏姉ちゃんがお茶を飲み切る。
「ならこれ! 残りのシフォンケーキ! いっぱいあるからね!」
「おっ! それはありがたい! 出張先のお偉いさんに渡そ!」
千夏姉ちゃんは席を立ち、シフォンケーキを受け取る。
「また今度来るときは、冷斗くんの小さい頃の写真印刷して持ってくるねー!」
「やめてください!」
「ま! 私の気分次第だけどー!」
千夏姉ちゃんはいたずらっ子のような笑みを見せる。
「じゃ! また今度! 奏ちゃん! 料理美味しかったよ!」
「はい! 今度来るときはもっともっと美味しいの! 準備するね!」
「うんっ!」
千夏姉ちゃんは奏の頭を撫でる。
「じゃあね冷斗くん、奈那ちゃん! また今度!」
「「うん! またね千夏(姉)ちゃん!」」
千夏姉ちゃんは笑顔で家を出て行った。
「……千夏ちゃん帰っちゃったね」
「な。また会いたい」
「れいにぃやっぱり千夏ちゃんのこと好きだね~」
「まあな」
俺はリビングのソファーに座る。
「ささ、奈那、見たいって言ってた映画でも見るか?」
「え⁉ いいの! 見る見る!」
奈那はその場でかわいく跳ねる。
「れいにぃー! 奏も見る!」
奏が隣に勢いよく座って来た。
「じゃ、見るぞー」
再生ボタンを押し、三人全員映画の世界に引きずり込まれた。
時刻は二時を回り二時半。
昼飯を食べ終わり、昼のワイドショーを見ていた。
奏は洗い物をし終わり、洗濯物を取り込んでいる。
見ていたワイドショーがCMに入った。
「ううう……そろそろ行く準備するかー」
俺は着替えをし、黒色の帽子をかぶり、小さなバックをかけ、玄関に向かう。
「それじゃあ奏。行ってきまーす」
「ちょっと待ってれいにぃ!」
奏が急いで、こちらに向かってくる。
「これ、かなでが作ったヨーグルトパフェ! 冬李さんとれいにぃの分入れてるからね!」
奏が保冷剤が入ったレジ袋を手渡す。
「うん。ありがと。じゃあ行ってくる」
「うん! じゃあね! れいにぃ!」
笑顔で手を振りながら、玄関のドアを閉めた。
外はセミの鳴き声が響いている。
「奏ちゃん、冬李ちゃんの家行くって言った時は驚いてたなー」
「まあ俺が奈那以外の人の家行くなんてヤバいことだからな」
小中とも友達いなかったわけだし。
「冬李ちゃんの家って案外近いんだね」
「な。俺もそこに家あるとは知らなかった」
きっと新築なんだろうな。
道際に生えている雑草が風に気持ちよさそうに吹かれている。
打ち水をしているおばさんに声をかけられ少し裏返った声で返した。
「ここが委員長の家か」
「オシャレな家だね~」
ポストの横にあるチャイムを押し、家から誰かが降りてくる音がする。
ガチャ
家から委員長が出て来た。
「おはよう! ようこそ我が家へ!」
俺は小さく頷き、家に入らせてもらう。
家の中はとても綺麗で、ほのかに杉のいい香りもする。
委員長はいつもと違う私服姿。カジュアルな半袖と、ハーフパンツを着ていいて、いつもと違い髪を降ろしている。
「服、髪型似合ってるじゃん」
「そう? ありがと!」
委員長がひまわりのような笑顔を見せる。
「あっ、委員長。これ」
委員長にレジ袋を差し出す。
委員長がレジ袋の中身を見る。
「うわあ! ヨーグルトパフェだ! 美味しそう!」
委員長がキラキラした目でこちらを見る。
「これ奏ちゃんお手製?」
「うん」
「すっご!」
委員長がもう一回袋の中を見る。
「とりあえず適当に座っててー!」
委員長が嬉しそうに、冷蔵庫にヨーグルトパフェをしまった。
「キミって炭酸飲めるー?」
「飲める」
「了解ー!」
外から涼しい風が部屋に入って来る。
しかし、やっぱり他人の家は緊張するな……。
委員長がコーラとタピオカミルクティーを持ってきた。
「はいこれ!」
「ありがと」
俺は委員長がタピオカミルクティーを飲んだあとに、飲んだ。
「どうしたの? もっとリラックスしてもいいんだよ。ねー! 奈那ちゃん!」
「そうそう! 冷斗緊張しすぎ!」
ううう……慣れねぇ……。
奈那が「もう」とため息をつく。
「委員長引っ越してきたの?」
「うん! ちょうど今年から! 中学時代ちょっとね……」
委員長も奈那と同じで何かあったのか。
奈那が真剣な顔になる。
「昨日、私に詰め寄った子、あの子中学の時の同級生なの」
俺は固唾を飲んで、委員長の話を聞く。
「私、ある男の子と付き合ってたんだ。半年ぐらいしてその子とは別れてちょっとしたら、あの子の彼氏くんに告白されて、その子と付き合ったんだ。そしたらそれがあの子の逆鱗にふれちゃったみたいで、制服びちゃびちゃに濡らされたり、靴隠されたりをされるようになった」
アイツが言ってた「他の女の男を奪ってその前まで付き合ってた彼氏は捨てる」ってこういうことか。
「それで中学時代いたところはいろいろとムリになったからこっちの方に引っ越したんだ」
委員長がタピオカミルクティーを飲みながら言う。
「最近あの子に学校バレて、下校の時間ずらしてたんだよね」
だから掃除してたのか。
「それにしても、昨日はありがとう。助かったよ」
「いいや」
俺はコーラを一口飲む。
「あんなこと言ってごめんな」
「ううん。ああでも言わないとあの子は引かないと思うから」
外からセミの鳴き声が聞こえる。
「気になるから聞くけど、その子の名前って?」
「武田真那(たけだまな)だよ」
聞いたこと……ないな。
「委員長どこの中学校通ってたんだ?」
「南広山中学校だよ」
奈那の実家がある方面か。遠いな。
「こんな暗い話やめやめ! そういえばキミって動物いけるの?」
「まあ大抵は」
トンボとかなら余裕で触れるし。
突然奥の部屋からガタンガタンと物音がする。
体が一瞬ビクッとなる。
「やっぱりこうなっちゃうか~」
委員長が奥の部屋に入る。
「奈那これって……?」
「ワンちゃんじゃない? 前に飼ってたらしいし」
「あ~確かに」
大型犬ではないな。音の大きさ的に。
「にゃあー!」
体が尋常じゃないほど震え上がる。
奈那がそれを見て、「あ~あ~」と呆れたような声を出す。
手に持っていたコーラがこぼれそうになるほど手が震えている。
委員長が猫を抱え上げる。
「あれ? もしかしてー猫ムリ?」
「うん……」
声が震えている。
「昔、化け猫に取り憑かれる夢を見てそれ以来完全にムリ……」
「にゃー?」
「ひっ……!」
委員長に抱えられている猫がこちらに見て鳴いてくる。
「う~ん困ったなぁ……。きなこを別の部屋に放置するわけにもいかないし……」
丸くなった背中を奈那が優しくさすってくれている。
「冷斗深呼吸だよ! 深呼吸!」
「う……うん……」
下を向いて、深呼吸しようとするがどうしても、過呼吸気味の呼吸になる。
「部屋の隅に置くのはどう? 大丈夫?」
震えた声で「うん……」と言い、小さく頷く。
委員長はきなこをゲージに戻し、部屋の隅に置いた。
「きなこ鳴かないでね!」
きなこは言葉がわかっているかのように、
頷いた。
「ていうか意外だなー! キミって弱点とかないと思ってたのに!」
「人なんだからあるよそれぐらい……」
声がまだ震えている。
「へぇ~猫以外にあるの?」
委員長が上目遣いをしながら聞いてくる。
「ない」
「えええ~もっといろいろありそうなんだけどな~」
委員長は椅子をシーソーのようにしながら
タピオカミルクティーを飲む。
やっと震えが止まった。
落ち着くためにコーラを飲んだ。
「委員長の親って何してるんだ?」
「お母さんもお父さんも事務の仕事だよ」
委員長が飾ってある両親の写真を、タピオカミルクティーを咥えながら見ている。
「キミの両親の名前って?」
「母さんが叶恵(かなえ)で、父さんが勉(つとむ)」
「そうなんだ! なんのお仕事してるの?」
「母さんがCAで、父さんは小さい頃に離婚した。奏が一歳にもなってない時に」
「そうなんだ。なんか、ごめんね……」
「ううん」
一気に重い空気になり、時計の音が部屋中に響く。
「私ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん」
委員長が席を離れた。
気まずい雰囲気にしちゃったかなぁ……。
俺は頭の後ろをかく。
「やっぱり蛙の子は蛙だねー」
「急にどうした?」
「武田真那って子、わたしのこといじめてた武田真央(まお)の妹だよ。確か弓道部入りたいから南広山中に通ってたはず」
確かに。南広山中には弓道部がある。
「いじめの仕方も完全にわたしにやってたことだし。蛙の子は蛙だね」
奈那の目と声は完全に呆れている目だ。
委員長がトイレから戻ってきた。
「お待たせ―!」
委員長はいつもと変わらない声になっていた。
「にゃ~」
部屋の隅にいたきなこが小さな声で鳴き出す。
「どちたの~? お腹でもすいた?」
委員長も赤ちゃん言葉になるんだ。意外。
「にゃ!」
「ちょっと待ってねー!」
委員長は奥の部屋に行き、ペットフードを持ってきた。
「ほぉれ~いっぱいお食べ~」
「冷斗も餌やりやってみたら~」
「俺を殺す気か」
委員長がお皿いっぱい入れたペットフードをむしゃむしゃときなこが食べ進める。
「かわいいー! わたしも昔猫ちゃん、飼ってたらよかったなー!」
「そしたらお前の家に行くのをやめてた」
奈那が悔しそうな表情を浮かべる。
「キミって得意なスポーツとかあるの?
学校の体育男女別だから気になるな~って」
「何にもない。昔から苦手だから」
「へぇー」
委員長が髪をいじりだした。
「私の過去言ったんだからさ、キミの過去教えてよ」
髪をいじりながら聞いて来た。
「俺の過去?」
「うん。キミの」
委員長が、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「奈那ちゃんは知ってると思うけど」
「奈那にも言ってないことが一つだけある」
それまでのほほんとしていた奈那が驚いた表情になる。
「え⁉ わたしに言ってない冷斗の過去ってあったの⁉」
「お前の過去を聞いたとき言おうとしたお話さ」
俺はコーラを一口飲んだ。
「小学校四年間はずっと仲間はずれにされてた。俺みたいに霊が見えるヤツは気持ち悪いヤツだからって言われてさ……笑えるよな」
冷笑しながらしゃべり続ける。
「入学したては霊が見えるって言ったら一目置かれる存在になれたけど、二年生からはカーストの高い男子に「そんなわけないだろ! みんなー! コイツ霊が見えるヤバいヤツだぜー!」って言われて二それからずっと話そうとしたら避けられたりされた」
その頃の記憶が頭の底から湧いてくる。それを防ぐように別のことを考える。
「先生にも、母さんにも言えなかった。それから中学入ったら今みたいに誰とも話さないようになった。それから少しして奈那に取り憑かれたってわけ」
目の奥からなぜか涙が出てくる。
その涙を抑えようと必死にこらえる。
「委員長とかの過去よりは全然マシだけどな」
「そんなことないよ! 辛かったんじゃないの?」
「うん。辛かったよ。とっても」
我慢していた涙が少しだけこぼれ落ちる。
「これが俺の過去……かな。今はこうやって楽しく生きられてるわけだけど」
奈那の方を向き、少し涙目の笑顔を見せると、奈那もそれにこたえて、笑顔になってくれる。
「にゃあー!」
「ひっ……!」
体全体に鳥肌が立つ。
「どちたのきなこー!」
「にゃあー!」
委員長がゲージを開けた瞬間、委員長に飛びつく。
「うわっ! 私に甘えたかったの~?」
「にゃあ!」
「そっかー!」
委員長が嬉しそうにきなこの、のどを撫でる。
きなこは気持ちよさそうな声で鳴く。
「へぇー冷斗にもあんな過去があったんだ」
「まあな。奈那のいじめに比べたら全然だけども」
俺のされてたヤツは奈那のとは比べ物にならないんだけども。
「そんなことないよ! 無視されるのが一番辛いとわたしは思ってるから!」
そうか。奈那は無視はされてないのか。
「そうそう! ヨーグルトパフェ食べる?」
俺は委員長の方に目線を合わせ、きなこが目線に入った瞬間そらした。
「食べる」
「了解!」
委員長がきなこをいったんゲージに入れ、冷蔵庫にヨーグルトパフェを取りに行った。
「冬李ちゃんはいい子だな~。かわいいしー!」
「マジメな性格だよな」
あんな人がいじめるって、世の中は残酷だな。
「奏ちゃんは本当に料理上手だねー!」
委員長がスプーンを刺したヨーグルトパフェを落とさないよう慎重に持ってくる。
「私も料理上手になりたいなー」
「料理上手じゃないのか?」
「得意料理はカップ麺です!」
胸を叩き、自信満々気に言う。
意外だなー。委員長が料理が下手って。
俺らはヨーグルトパフェを食べ始めた。
「美味しっ! 頬っぺた落ちちゃうよ~」
「うん! さすが奏だな」
ヨーグルトの酸味と中に入ってるイチゴの甘味がいい感じにマッチしている。
「委員長が他に苦手なことあるのか?」
「う~んやっぱり人間関係かなぁ……。委員長っていう立場上、クラス中の人から信頼される人にならないといけないと私は思うから。いろんな人と話して仲良くないとダメだからね、そのために」
人間関係が苦手って、委員長らしいな。俺は委員長以外のクラスの人と話したことないし。
「ずっと気になってたんだけど、なんで俺に話かけたんだ?」
「いやまぁ……う~ん……とっても言いにくいんだけど……」
委員長がヨーグルトパフェを食べ、タピオカミルクティーを一口飲む。
「じゃんけんで負けた人がキミに話しかけるっていうのに負けたからだよ」
委員長が苦笑いを浮かべる。
「あ~うん。そんな理由だろうなぁって思ってた」
あんな理由じゃないと俺となんかと話したくないだろうな。
「負けたのが委員長でよかった」
「多分あの時キミに話しかけなかったら、ずっと話してないだろうね。キミって、めちゃくちゃ話しずらい性格だし」
「あんなことがあったからな……」
少し体が震える。
あんなことさえなかったらもっといろんな人と話してたんだろうな。
「キミってさ、好きな人いるの?」
委員長が上目遣いをしながら聞いてくる。
「え? う~んまぁ、奈那のことは好き」
奈那がいつもより長めに俺の頭を撫でる。
「私はー?」
「委員長に恋愛感情を抱いたことなんかないな」
「えええー残念だなぁ」
「残念だなぁ」って……。
「逆に委員長は?」
「いないよー」
どこか寂しそうにタピオカミルクティーを飲む。
ああ言ってたのって告白をされたからか。
「高校入学して、何十人から告白されたけど、全部断ってるよ。付き合って誰かに真那がしたことををされたくないから」
委員長が小さなため息をつく。
「だから告白断ったのか」
「そそ……え⁉ 見てたの⁉」
委員長が驚きを隠せない表情になる。
「うん」
「マジか~。ま! キミならいっか!」
委員長がいつもの笑顔に戻る。
「キミぐらいだよ。こんな話が出来る友達なんか」
「他の女子は?」
「恨み買いそうじゃん。男子は男子で、相談したら告白とかされそうだし。ていうことで、一番なんもしてこないキミにこんな話をしてるってわけ!」
確かに俺なら委員長に恨んだり、告白なんかしないな。
俺たちは奏の作ったヨーグルトパフェを食べる。
外に植えているアサガオが湿った風によって揺らされていた。
第五章 二人の過去
どこにでもありそうな一本の横断歩道に、白い花が添えられていた。
半年ぐらい前に女子高校生がトラックにはねられ死亡した事故現場だったことを思い出す。
花を添えたのはきっと遺族か友人だろう。
俺はその歩道橋を少し見る。
手を合わせ、目的地に行く道を歩いた。
少しすると、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
俺は急いで口元を抑えながら、トイレに駆け込んだ。
母さんと奏が一緒に作ったオムライスが想像もしたくない形で口から出る。
『はぁ……はぁ……食中毒か? だけど食中毒にしてはうっ……!』
またオムライスが出てくる。
俺は目的地に行くのをやめ、帰ることにした。
段々と吐き気が収まる。
『ただいま……』
『お帰り。冷斗大丈夫? 顔色悪いけど』
『とりあえず寝る』
またも吐き気が襲ってきた。
急いで洗面台に向かう。
『はぁ……はぁ……なんなんだよこれって……!』
鏡を見ると後ろにジャージ姿の髪をいじっている女子が立っていた。
『誰だお前⁉』
『うわ! びっくりしたー!』
女子が驚きも隠せない表情になる。
少しし、女子が髪を整える。
『わたしの名前は飛鳥奈那! さっきキミが通った事故現場で死んだ女子高校生だよ!取り憑いたからこれからよろしくねー!』
『取り憑いた⁉ おい! 塩かけて成仏させるぞ!』
俺はポケットにしまっている清めの塩を取り出した。
『ちょいちょいちょい! ちょっと待って! 一回わたしの話聞こうよ! ね!』
俺らはとりあえず二階にある俺の部屋に入った。
『わたしずっとあの場所でとある子を待ってたんだ。だけど来ないからあなたに取り憑いて探すことにしたんだ! あとあそこの生活に飽きちゃった!』
絶対後半の理由が大半を占めてるだろ。
俺は大きくため息をついた。
『あなたの名前は?』
『水間冷斗』
『冷斗かー! いい名前じゃん!』
奈那が肩を叩いてくる。
ウッザ……。
『とりあえずこれからよろしくねー! 水間冷斗くんっ!』
奈那が太陽のような笑顔になった。
この日を境に、俺の人生はまるっきり変わっていった。
ゲロゲロゲロと、田舎の夜でしか聞けないカエルの鳴き声が外から聞こえる。
俺はその鳴き声のせいか、珍しく起きてしまった。
「こんな真夜中に起きるなんて何年振りだろ。うん……アレは……?」
ベランダに一人寂しく奈那が座っていた。
何も言わずに奈那の横に座った。
奈那は一度こちらを見つめると、さっきと同じようになる。
夜空にはキレイな星空が広がっていた。
「キレイだな。星空」
「うん。実はわたし天気のいい日は毎日こうしてるの」
「どうして?」
「寝ようとしたらあの頃のトラウマが蘇るの……。机に死ねやアホとかの暴言は当たり前で、トイレで水かけられて制服びちょびちょになったな……」
奈那がため息をつき、星空を見上げる。
「突然なんだけどさ、冷斗は、わたしのこと好き?」
「うん。大好きだよ。とっても」
奈那の頭を優しく撫でる。
「やった!」
奈那が子供のような笑顔を俺に見せる。
「お前が生きてたら俺と、付き合ってたかもな」
「わたしには悠くんいたからそれはないよ~」
風鈴のチリリンという音が響く中、二人で一緒に笑う。
「俺もたまにされてたこと思い出すな。めちゃくちゃ怖い」
「わかる。怖いよね」
カエルの鳴き声が収まる。
「冷斗をいじめてた子って何て言うの?」
「山形学(やまがたまなぶ)」
あのことを思い出し、少し「うっ……」となり、口元を抑える。
「ごめん! 思い出せちゃって!」
「ううん……大丈夫だから……」
時間が経つと、吐き気がマシになり、一緒に星空を見上げる。
「奈那は思い出して気持ち悪くなったりしないのか?」
「ううん。するよ。今は我慢してるだけだよ。普段はこうやってしてる時にずっと気持ち悪くなってるよ。あと泣いてる」
やっぱり奈那も思い出して気持ち悪くなったりするのか。
「そういう時はいっつも悠くんのことを思い出してるよ」
「いい彼氏だったんだな」
「とってもねー!」
奈那がウィンクをする。
「ウィンクかわいいじゃん」
奈那は照れ笑いをする。
「そういえばお前が俺に取り憑いたときに言ってた、『とある子』って悠のこと?」
「うん! だから地縛霊になってたんだ!ま! 今はこんな感じで冷斗の守護霊みたいな感じになってるけどねー!」
涼しい風が吹き、俺らの体を冷やす。
「そうだ! 来週買い物行くか?」
「え⁉ いいの⁉」
奈那がさっきとは全く違う、キラキラした目になる。
「服とか見たいんだったら誰か誘った方がいいと思うけど……」
「だったら奏ちゃんと冬李ちゃんを誘おう!」
奈那が手を星空に向ける。
奏と委員長か。絶対服買うな。
「わたしも服変えたいなー」
「ずっとジャージだよな」
「死んだときの服装がジャージだからね」
カエルがまた大合唱を始めると、俺は大きく欠伸をする。
「ごめんね! こんな真夜中に話しちゃって」
「いいよ。たまには。ふわぁ……すまんけど今日はもう寝るわぁ」
欠伸で出た涙を服でぬぐう。
「うん!」
放った声のテンションとは裏腹に、奈那が少し寂しそうな表情になる。
……仕方ないか。
「一緒に寝るか? いつも床で寝てるんだし」
奈那が目を輝かせる。
「いいの⁉」
「うん」
「やった! 冷斗と一緒に寝るー!」
まるで幼稚園児のように俺の部屋を駆け回る。
昔の奏を思い出すな。昔はよく奏、「れいにぃと一緒じゃないと寝れないー!」って言ってたな。
俺はいつもより左によった。
奈那が空いたスペースに横になる。
「じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
俺は目を閉じ、あのことを思い出しそうになり、必死に別のことを考える。
少しし、目を開ける。
目の前にはすやすや眠る奈那がいた。
「ふっ、ウィンクと一緒で寝顔もかわいいじゃん」
俺はゆっくり目を閉じた。
開けていた窓から、湿った風が部屋に入って来た。
奏と母さんが作った朝ごはんを食べ終え、ゆったりとココアを飲む。
「れいにぃ! 買い物行くときの衣装どっちがいいと思う?」
「え?」
奏が両手で緑色の服と黒色の服を持っている。
自分の前に出し、「どっち?」と聞いてくる。
「え~奈那がどっちがいいと思う?」
「わたしは黒色の服の方が奏ちゃんに似合ってると思う!」
「黒色の服だってー」
「わかった! 奈那ちゃんアドバイスありがと!」
奏が柔らかな笑顔になる。
「いえいえ!」
奈那も同じような笑顔になる。
奏は「お買い物楽しみだなー!」と言いながら、自分の部屋に向かった。
「俺もそろそろ準備するか」
「時間までもうちょっとだしねー」
ココアを飲み干し、奏と同じように自分の部屋に向かった。
歯磨きと着替えをすまし、黒色の帽子をかぶり、いつもの小さなカバンを肩にかけイヤホンを着けた。
「準備完了」
「たまには違う服着たらー? ほら! この黒色の服とかさ! 奏ちゃんとお揃だよ~」
「黒と黒だけどま、いっか」
こういう時は奈那の言うこと信じよう。
さっきまで着ていた服を脱ぎ、奈那が選んだ黒色の服を着た。
「どう?」
「似合ってるじゃん!」
奈那が俺の肩を叩く。
ピンポーンと家のインタホーンの音が家中に響く。
「やべ!」
急いで階段を下った。
玄関を開けると、花のような笑顔で委員長が立っていた。
「あっ! おはよー!」
「おはよう委員長。奏はまだ準備中」
少しすると、奏が急いで顔を出す。
「あっ! おはよー!」
俺の時と全く同じテンションで奏に言う。
「おはようございます! 冬李さん! もうちょっと持ってください!」
「はーい!」
姉妹のような仲の良さだ。
「髪下ろしてる奏ちゃん初めて見たかもー! かわいい!」
そっか。委員長奏のポニーテールの姿しか見たことないのか。
委員長と雑談をしていると奏が出て来た。
「よし! できた!」
奏が見慣れない服装になっている。
「じゃあ母さん行ってきますー」
「気をつけていってらっしゃいー」
テレビの音が聞こえる中、玄関をしめた。
外は梅雨なのにカラッと晴れている。
「悪いな。ここまで来てもらって」
「ううん! しかしキミが買い物に私を誘うとはねー! 意外だったよ!」
「ま、そっちの方が奈那とか奏的には楽しめるからな」
委員長が奏のお団子を見つめる。
「奏ちゃんお団子も似合ってるー!」
「えへへ~普段はお団子なんですよ~」
奏がほんわかとした笑顔を見せる。
俺たちは駅の方向に歩いた。
大切に植えられているバラが、気持ちいい風に吹かれて、揺れていた。
駅に着き、スマホを改札にかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜ける。
休日だけあって、駅のホームには結構な人数がいる。
「列車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」というアナウンスがホームに響き渡った。
すぐに列車の椅子に座り、イヤホンとスマホを接続させた。
十駅も先だからなんか動画でも見るかー。
動画視聴アプリを開き心霊動画と調べる。
「相変わらず好きだねー冷斗は」
「いいだろ別に。奈那も見るか?」
「うん! 見る!」
奈那が見やすいように画面を傾けた。
奈那が目を細めて動画を見る。
さっきまでああ言ってたくせに。
「うわ……怖っ……」
「幽霊のお前が何言ってんだよ」
「幽霊でも幽霊は怖いんだよー!」
人間が人間のこと嫌ったりするのと同じ……か?
見ていた動画が終わり、俺は違う動画を再生する。
「よく見てて飽きないねー」
「だって面白いからな」
好きな曲とかないし、これぐらいしか見るもんがないんだよな。悲しいことに。
電車内に次の駅のアナウンスが響き渡る。
俺はスマホを閉じる。
「奈那、武田真央って子、どんな子だった? 言いたくないんだったら全然いいけど」
「いや言うよ。一言で言っちゃえば、誰とでも仲良くできる子。そのせいで、取り巻きがたくさんいてねー。それには困ったものだよ」
奈那が大きなため息をつく。
「アイツの性格は妹の真那にも完全に遺伝してる」
奈那が握りこぶしを作る。
「やめよやめよ。こんな話。俺から振ってなんだけど」
「そだねー」
俺はスマホをつけ、ネットニュースをテキトーに見る。
興味あるヤツはない……な。
スマホをポケットにしまい、電車の電光掲示板を見る。
あと……三駅か。
肩が急に重くなる。
まーた、奈那が俺にちょっかいかけてんのか。
「奈那―ちょっかいかけるなー」
「え? わたし何にもしてないよ」
「え?」
俺は両横を見る。
委員長と奏が俺の体に寄りかかり、すやすやと眠っていた。
「二人とも寝顔もかわいいねー!」
「委員長とか絶対見られないよな。こんな寝顔」
学校では隙を全く作らない委員長が、隙だらけで寝ている。
電車が目的地の前の駅に止まった。
「おーい委員長、奏起きろー」
俺は二人の肩を優しく叩く。
「う~ん……あれ……? れいにぃ寝てなかったの?」
「奈那といろいろ話してたりしてたからな」
「そっか~」
奏は大きく体を伸ばし、スマホに夢中になる。
委員長はまだ起きない。
「委員長―もう着くぞー」
「ううぅ……ねみゅいよぉ……」
こんな委員長学校では絶対見ないな。
委員長はゆっくりとまた目を閉じる。
「おーきーろー」
「ううぅ…………キミのことだ~いすきだよ~」
「何言ってんだー。委員長寝ぼけてんのかー?」
委員長がもう一度目を閉じる。
「起きろー!」
委員長が目をこする。
「う~ん……おはよう~」
委員長は体を伸ばす。
「なんかわたしヤバいこと言った気がする
な……」
委員長が手を組んで考える。
確かに言ってたな。気にしないけど。
「ま! いっか! どうせキミにしか聞こえてないしねー!」
電車が目的の駅に着いた。
俺らは順に席を立ち、電車から降りる。
「ふー! 着いたー!」
駅は休日だけあって、人でごった返していた。
さっきまで乗っていた電車が新たな人を乗せて発進する。
駅の改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜け、駅から出る。
駅の外は完全に都会の街並みだ。
四方八方にビルがあり、人がわんさか歩いている。
俺らは買い物をするためにショッピングモ―ルに行った。
「奏ちゃんはお昼何食べたい?」
「えーとね! パスタ!」
「パスタかいいね! よし! 決まり!」
俺の意見はなしかよ。ま、パスタでいいけど。
ショッピングモールの中は休日だけあって人がたくさんいる。
さっきまで汗が出るほど暑かったが、中に入った瞬間体が冷える。
「あそこの服見たい!」
奏が一目散に洋服屋に入る。
「いらっしゃいませ―」
店員さんに軽く会釈をする。
「うわー! 久しぶりに服屋さん入ったなー!」
奈那が少し興奮気味になる。
洋服屋の店内にはオシャレな洋楽が流れている。
「ねね! これとかどう?」
奈那が服を指さす。
俺がその服を奈那の体の前に差し出す。
「おー結構似合ってるじゃん」
「だよねー! 他になにかないかなー!」
奈那がスカートのコーナーに行く。
俺は服を元の位置に戻し、椅子に座った。
少しすると奈那が俺を呼んだ。
俺は奈那の方に歩く。
「これどう⁉」
さっきと同じように奈那の体の前に差し出す。
「う~ん、やっぱり奈那はズボンの方が似合ってる」
「ホント⁉ 冷斗がそう言うならそうなんだろうなー!」
奈那は勝手に店の中を歩く。
服を片付け、自分の服を探しに店の中を探った。
奏と委員長が楽しそうに会話をしている。
それを横目に椅子に座る。
奈那がとても満足した顔で横に立つ。
「冷斗って人多い所苦手だよね?」
「ご名答。よくわかったな」
「わたしと一緒だね」
奈那が少し寂しそうな表情になる。
「もしかしたらアイツがいるかも……ってなるんでしょ?」
「そそ。今もちょっとだけ体震えてる」
「なんで連れてってくれたの?」
「行きたいって言ってたじゃん。あと、お前のこと好きだし」
それを聞いた奈那はいつもより長めに俺の頭を撫でる。
「やーめーろってー!」
「あんなこと言うのが悪いんだぞー!」
奈那が子供のような笑顔になる。
つられて俺も笑顔になる。
「れいにぃ服決まったー!」
奏が嬉しそうに俺の元にきてそう言う。
「はいよー」
奏と委員長が四着の服をかごに入れ、レジに持っていく。
会計を済ませる。
「ありがとうございましたー。またお越しくださいませー」
紙袋に入った服を奏と委員長に渡す。
「ごめんね。私の分も払ってもらって」
委員長が申し訳そうになる。
「いいよいいよ全然。買い物行ってないからお金あるし」
俺らはショッピングモールをぶらぶら歩き気になる店を探す。
「あのお店行きたい!」
奏が指をさしたのは下着屋だった。
「俺は向かいのお店いるからー。委員長奏の世話見ててー」
「了解!」
委員長が奏の手を繋ぎ店に入った。
やっぱり姉妹にしか見えないな。
向かいのお店ってテキトーに言ったけど、陶芸ショップか。
とりあえずお店に入ることにした。
「いらっしゃいませ―!」
若い二十代ぐらいの店員さんが商品を陳列しながら、元気よく挨拶をする。
名札を見ると初心者マークが貼っていた。
バイトの子か。
軽く会釈を済ませ、俺はとりあえず備前焼のコーナーに入り、いろいろと見て回る。
「値段やっぱり高いなー」
「しょんにゃことよりしゃ! 由海(ゆみ)ちゃんがしゃ! 店員しゃんやってってる!」
奈那がとても興奮し、ところどころ噛みながら言ってくる。
目も眩しいぐらいキラキラ輝いている。
「お前の友達?」
「そそ! 小学校の時の同級生! おっきくなってるなー! おじいちゃんが焼き物の職人さんなんだよね! 相変わらずかわいいなー!」
そんなに仲のいい友達いたんだ。
少しして、店員さんに話しかける。
「あの~」
「はい!」
「飛鳥奈那ちゃんって覚えてます?」
「なーなのことなら覚えてますよー! かわいくて! 誰とでも仲良くできて! あとめっちゃくちゃバスケしてたら性格変わるんですよー!」
奈那と同じで興奮気味で言う。
へぇー奈那、「なーな」って呼ばれてたんだ。
「よく頭撫でてもらってましたよー! ところで、お客様、なんでなーなのこと知ってるんです?」
「水泳サークルが一緒でよく泳ぎ方教えてもらってたんですよ!」
「あー! そうなんですね! なーな面倒見よくて人懐っこいからなー!」
面倒見いいって……けど夏海があれぐらい奈那のことが好きだってことは面倒見いいのか。
「なーなとまた会ってみたいなぁ……」
由美さんが少し小さな声で呟く。
「成人式行けなかったから、なーなの連絡先知らないんですよねー。なーなの連絡先知りません?」
俺は少し苦笑いを浮かべる。
「僕もそれ探してるんですよねー」
この感じだったら、奈那が死んだこと知らないのか。
「わかったら、いつでもこのお店来てくださいね!」
「はい!」
笑顔で、お店から出ようとする。
「あっ! よかったらなーなの話聞かせてくれたお礼に! 私が焼いたお皿もらってください!」
「いいんですか⁉」
「素人が作ったやつですけど! よかったら使ってください!」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、奈那も一緒に頭を下げる。
「またのお越しを心からお待ちしております!」
嬉しそうに言いながら手を振った。
笑顔で手を振り返し、近くの椅子に座ると体の力が抜けた。
「どうだった?」
「夢のような時間だったなー!」
奈那の興奮はまだ冷め切ってなくて、まだキラキラと輝いた目をしている。
「言わなくて……よかったよな?」
「うん! どうせ小学校の同窓会とかでいつかわかるよきっと! 言わないでくれてありがと!」
「なんで?」
「わたしが死んだってこと知ったら多分由海ちゃんなら大分落ち込むから。それで仕事に支障与えたくないんだよね……」
さっきとは一転し、少し寂しい口調と、目になる。
「それだけ仲よかったんだな」
「うん! 『なーな』って呼んでるぐらいだしねー!」
奈那がまた目を輝かせる。
あだ名で呼ばれることなんて、俺には一生訪れなさそうだな。
「そういえば今日、冬李ちゃんから『好き』って言われてたじゃーん!」
奈那が「このこのー!」と言いながら肩にぐいぐいとちょっかいをかけてくる。
「あんなのただの寝言だろ」
「そうかなー?」
俺はポケットからスマホを取り出し、時計を見る。
もう十二時か。奏たちの買い物が終わったら昼ご飯だな。
「れいにぃー! なにそれ?」
奏が俺が持っていたお皿を指さす。
「お皿。貰った」
「え⁉ どうやって?」
「店員さん奈那の親友だったから奈那の話したら貰った」
「へぇー」
今度絶対奏が作ったお菓子でも持っていくか。
「パスタ食べに行く?」
「うん!」
奏が笑顔で、委員長の手を握った。
握られた委員長は笑顔で「いこっか!」と言った。
俺は二人の後をついていく。
「もう一回、由海さんに会いに行くかー」
「うん! 絶対会う!」
奈那がさっきと同じ、興奮気味になる。
「うわっ! あの猫かわいいー!」
前にはペットショップがあり、ガラス越しに猫や犬が鳴いている。
俺は即座に横を向いた。
「あっぶね……死ぬところだった……」
「あいかわらず猫嫌いだねー」
息遣いが荒くなり、体中が震え、鳥肌が立つ。
奈那が背中を優しくさすりながら「深呼吸。深呼吸だよー」と言ってくれる。
奈那の言うとおり、深呼吸をすると息遣いが大分マシになった。
奏と委員長が歩き出したのを確認し歩く。
奈那が少し立ち止まり、スポーツショップに売っているバスケットボールを見つめる。
「奈那ってバスケ本当に好きだな」
「うん! とっても好き!」
奈那が目を輝かせる。
バスケットボールでも買ってやろうかな。
奈那と雑談をしていると、生パスタ専門店に着き、お店の中に入った。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「三名です」
「了解です。あちらのお席どうぞー」
店員さんがテーブル席を案内してくれた。
奏と委員長は隣同士に座る。
「奏ちゃんは何食べたい?」
「迷うけどミートスパゲッティ!」
「なら私はー!」
委員長が楽しそうにメニュー表をめくり、奏と話す。
「私も奏ちゃんと同じミートスパゲッティにしよ! キミは?」
「カルボナーラで」
「了解―!」
委員長が呼び出しボタンを押す。
すぐに店員さんが来て、お冷をテーブルに置く。
委員長が注文を済ませる。
奏が委員長にスマホの画面を見せ、姉妹のように会話をする。
「冷斗カルボナーラ好きだっけ?」
「お前が好きなんだろ。だから頼んだ」
「やっさしー! 頭撫でちゃおー!」
「やめろってー!」
お店にはたくさんの人が入って来る。
厨房は大忙しだ。
「お待たせいたしました。ご注文のミートスパゲッティとカルボナーラです」
「待ってましたー!」
奏と委員長がパスタが置かれた瞬間スマホで写真を撮る。
お冷を一口飲む。
「「「いただきまーす(!)」」」
フォークにパスタを、上手に巻き付け、黒い服に落とさないよう慎重に口に運んだ。
やっぱり専門店だけあって美味しいな。
だけど、南海さんが作ったカルボナーラも負けてない。
「うん! これ美味しい!」
「美味しいねー! 奏ちゃんと同じのにしてよかった!」
委員長が笑顔になり、パスタを食べる。
一人、二人とお客さんが入って来る。
「奈那はこうやって悠とご飯食べた?」
「うん! 悠くんとはいっぱいスイーツ食べた!」
奈那が嬉しそうに話す。
「そっか」
やっぱり悠のこと話すときは嬉しそうに話すな。
第六章 真実
ジリジリと暑い太陽の日差しが俺の頭を痛いぐらいに照らす。
今日は奏が友達の家に行くためいない。
家のドアを勢いよく開ける。
「「ただいまー(!)」」
もちろん声は返ってこない。
「なんだか寂しいねー」
「そだなー」
洗面所に顔を洗いに行く。
水道水をひねって出てくる冷たい水で顔を洗う。
「ふー! すっきりしたー!」
「こんな暑い日はねー!」
キッチンにある冷蔵庫におやつを探しに行く。
「あれ? ない」
奏は絶対に家にいない日は冷蔵庫にクッキーとか入れてくれるんだけどなぁ……。
次は冷凍庫を開ける。
冷凍庫にはお皿にバニラアイスがのっていて、ラップが丁寧にかけられていた。
アイスを冷凍庫から取り、キッチンの引き出しからスプーンを取る。
リビングの机には れいにぃお帰り! 冷凍庫に手作りのバニラアイスあるから食べてね! という内容の置手紙が置かれていた。
お茶を入れ、置手紙を机の端によせ、アイスを食べる。
「「いただきまーす」」
食べた瞬間、バニラの味が口いっぱいに広がるのと同時に頭がキーンと痛くなる。
「もうすっかり夏だなー」
「ねー。けど、昔はこんな暑い日でもバスケしてたよー!」
「へぇー」
テレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わす。
「由海さんって、好きな食べ物あるのか?」
「大福だよ! 由海ちゃんと昔はよくあの和菓子屋さんで一緒に食べたなー!」
大福かー。今度奏にフルーツ大福でも作って持って行こう。
ニュース番組がCMに入る。
奈那と話していると、アイスが溶けそうになっていた。
急いでアイスを食べると、さっきよりも頭がキーンとなる。
急いでお茶を一口飲む。
「今日何するー?」
「奏が修学旅行行くから、それの準備。とりあえず、保険証探し」
「修学旅行かー! 由海ちゃんと部屋でまくら投げしたなー!」
修学旅行の記憶なんか一個もないな。奈那はあっていいな。
食べ終わったお皿をキッチンのシンクに置き、タンスから奏の保険証を探す。
「どんなの?」
「黄色の入れ物なんだけど」
「りょーかい!」
奈那も一緒にタンスにあるものを出してくれる。
奏の保険証よりも早く、俺の保険証が入っている黒色の入れ物が出てくる。
「うわ! 小さい頃の冷斗だ! めっちゃかわいい~」
奈那が小さい頃に奏と遊んでいる写真を持っている。
「今とは全く違うね~。こんなにかわいかったんだ~」
写真越しの俺の頭を撫でる。
「小さい頃の写真なんか久しぶりに見たなー」
「あれ? なんか既視感あるなぁ……」
「なにぼーっとしてんだ。保険証探し手伝ってくれ」
「わかった!」
写真を机に置き、奏の保険証を探す。
「これじゃない?」
奈那が黄色の入れ物を持っている。
「それそれ」
入れ物から奏の保険証を取り出し、机の上に置く。
「せっかくだし、俺の保険証もチェックするか」
黒色の入れ物から、自分の保険証を取り出す。
ガシャンと家のドアが開く。
「ただいまー」
母さんが重そうな荷物を持ちながら、家に入って来る。
「お帰りー」
母さんの元に駆け寄り、荷物を仕分ける。
「冷斗これ!」
奈那の大きな声が家中に響き渡る。
「なにー」
奈那が保険証を大きく指さす。
「ほらこれ!」
「え~と、ジナン?」
……は?
俺は急いで保険証を手に持つ。
何度見ても次男と書いている。
もちろん俺には兄はいない。
「母さんこれどういうこと」
母さんが座っている手前に保険証を思いっきり見せる。
「次男ってなに」
氷のように冷たい声でそう言うと、母さんはお茶を一口飲んで、喋り始めた。
オギャー! オギャー! と大きな産声が病院中に響き渡る。
『うわー! あかちゃんだ!』
冷斗がキラキラした目で産まれてきたばかりの奏を見る。
『俺らの妹になるんだぞー!』
悠も冷斗と同じ目で奏を見る。
悠が生まれたての奏を見ている冷斗の写真を撮り、撮った写真をすぐさまお気に入りに登録し、写真アプリのアルバムに追加する。
『にいちゃん! ぼくもにいちゃんになるの?』
『そうだぞー!』
悠が冷斗の頭を撫でる。冷斗の髪の毛は少しだけ白い。
『悠、今日は冷斗のお世話、頼んだよ。お父さんと私は奏と一緒に寝ないとだから』
『わかった! 任せといて!』
悠がポンっと胸を叩いた。
悠と冷斗はすっかり夕焼け空になった空の下を、手を繋ぎながらおばあちゃんが待っている自分の家に戻る。
『にいちゃん』
冷斗が弱弱しい声を出す。
『うん? どうした?』
悠がしゃがみ、冷斗に目線を合わせる。
『幽霊さんがね。ぼくとにいちゃんが一緒にいられなくなるって言うの』
『父さんと母さんの離婚のことか……。俺は父さんの方に引き渡される予定だし……。幽霊さんなんでそんなこと知ってるんだよ……』
悠が冷斗に聞こえない声でボソッと呟く。
『にいちゃん。ずっと一緒にいれるよね?』
冷斗がとても不安そうな顔になる。
『う~ん……もしかしたらいられなくなるかも……』
『え……』
冷斗は今にでも泣きそうな表情になる。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! いれる! 大丈夫だよ!』
悠が弾けるような笑顔を冷斗に見せ、冷斗の頭を撫で、あやす。
『わかった!』
冷斗も悠と同じ笑顔になる。
『さっ! お家に帰ろうか!』
『うん!』
悠が冷斗の手をぎゅっと強く握った。
母さんから兄ちゃんがいたことを言われた
瞬間は信じられなかったが、母さんが見せてくれた写真に、俺とそっくりな人が映っていた。
その写真を見た奈那は見たことないぐらい目を輝かせていた。
俺は自分の部屋で情報を整理することにした。
俺には悠という名の兄ちゃんがいたこと。
父さんが再婚し、半分だけ血がつながっているきょうだいがいること。
兄ちゃんは橋から飛び降りて、二年前に自殺したこと。
奏には絶対にこのことを言わないこと。
俺は頭をかく。
「奈那、お前は今、どんな気持ちなんだ?」
「すっきりした気持ちだよ! 悠くんと冷斗が兄弟ってわかって! どおりで似てるんだよなー!」
奈那が俺の顔をのぞき込む。
「冷斗は?」
俺は少し黙り、考える。
「わかんない……いろいろと……」
「誰だってそうだよ」
奈那が優しく俺の頭を撫でてくれる。
「彼氏が死んだって聞いて、辛くないのか?」
奈那が少し黙る。
「……生きてたら、辛かったと思うよ。だけどわたしも今は死んでるからね」
それを聞いて、涙が出てくる。
「とりあえず! わたしのことは気にしないで! 冷斗はゆっくり休んで!」
奈那がベッドから毛布を取り、俺の体に優しくかけてくれた。
「ありがとう……」
奈那が俺の横にちょこんと座ってくれる。
俺は安心したのかすぐに寝てしまった。
バシャーン!
三時間目の昼休み、奈那はトイレから出ると真央たちに水をかけられた。
『ごめんごめん! 手が滑ちゃった!』
奈那は黙って下を見る。
『けど、びしょびしょになった制服の方がかわいいよー!』
真央たちが嘲笑う。
『いいよ別に。ジャージ持ってきてるし』
『ええー! 残念だなぁー。奈那の制服姿もっとみたいのにー!』
奈那は真央たちに気づかれないようにため息をつく。
『そうそう! ゆーとは上手くいってる?』
奈那は小さく頷く。
『へぇー! まあどうせすぐ別れるよ! 奈那なんかゆーと釣り合わないもんねー!』
一緒にいる女子も同調する。
奈那は足早にトイレから出る。
『あ~あ。逃げられちゃった。ていうかなんでゆーも奈那と別れないんだろうねー』
「さあ?」
真央たちはトイレの鏡で髪を整え、トイレから出る。
会話を聞いていた悠が呆れたように『チッ』と舌打ちをし、教室に向かった。
ほとんどの生徒が外に出て遊んでいる中、奈那は一人で屋上で寝っ転がっていた。
ガシャとドアが開く。
『おっ! 待ってたよー! 悠くん!』
奈那はトイレの時とは全く違う、満点の笑顔になり、悠はにこっと笑う。
奈那の服はやはりジャージで、制服はポリ袋に入っている。
『……真央たちにやられた?』
『うん。毎日こんな感じ』
悠は制服を脱ぎ、ジャージ姿になると、奈那の横に寝っ転がった。
『ごめんな。止めれなくて』
『ううん! 悠くんのせいじゃないし!
こうやって話聞いているだけ嬉しいよ!」
奈那が にー! と笑い、白い歯が光る。
『ありがとう』
悠はスマホを取り出し、まだ髪が白くない時代の冷斗の写真を眺める。
『いっつも見てるけど、それ誰の写真?』
『弟』
『へぇー! 弟くんかわいいね~』
『そうだろー!』
悠が弾けるような笑顔になる。
『わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだな~』
『そう言ってくれて嬉しいよ』
悠が少し照れ笑いをする。
『わたしの妹も、悠くんの弟くんぐらい元気になってほしいなー!』
『夏海ちゃんも奈那みたいなバスケ上手いスポーツ少女になるのかなー』
『なってほしいなー!』
ジリジリと暑い日光が奈那たちの顔を照らす。
外から校庭で遊んでいる生徒たちの声が聞こえる。
『そうそう。今日って奈那の誕生日だよな
?』
『うん!』
奈那の目がキラキラと輝きだした。
『誕生日おめでとー!』
『ありがとう! ……誕プレは?』
『ごめん、ない』
『ええ~……期待したのに……』
奈那がしょぼんとし、ため息をつく。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! これあげるから許してくれよ』
悠から貰った小袋を早速開ける。
『えっ! かわいいー! くまさんだー!』
『喜んでもらってよかった』
悠が小さくウィンクした。
学校が終わり、奈那と悠は一緒に帰っていた。
『悠くんいいの? 家の方向逆だけど……』
『いいのいいの! 誕生日ぐらい一緒に帰りたいしー』
悠はキャンディーを咥えながらにこっと笑った。
外はセミが鳴いていて、黄金色になった稲が気持ちよさそうに揺れている。
遠くから人が走って来る。
『おっ! 相変わらず元気だなー』
『ねー!』
『ねーねおかえりー!』
夏海が奈那に抱きつく。
『夏海―! ただいまー!』
奈那がさっきまで繋いでいた手を放し、夏海を抱きかかえる。
『今日は保育所どうだったー⁉』
『たのちかった!』
『そっかそっか!』
奈那が優しく、夏海の頭を撫でる。
『わっ! とっと!』
『ホントだー! トンボだねー!』
夏海がトンボを触ろうと手を伸ばす。
『お久しぶりです南海さん』
悠は小さくお辞儀をする。
『悠くんありがとう。奈那と一緒に帰ってくれて』
『いや全然! 自分がしたいからしてるだけですよー!』
夏海が悠の方を見る。
悠は笑顔で振り向く。
『夏海ちゃん久しぶり!』
『ひさちぶり! ゆうにいちゃん!』
悠はふふっと、優しく笑う。
『キャンディー食べたい?』
『うんっ!』
『何味がいい?』
『いちご!』
悠は頷きながら、ポッケからイチゴ味のキャンディーを取り出した。
『どうぞ』
『ありがとうっ!』
夏海が小さな手で、キャンディーの袋を取る。
『奈那も食べるか?』
『うんっ! オレンジある?』
『あるある。奈那はいつもそれだよなー』
悠がポケットの中を探る。
『悠くんって、なんでキャンディーをそんなに常備してるの?』
『昔大好きだった近所のお姉さんがキャンディーを俺と弟にくれて優しくしてくれたから……かな。はい』
悠がオレンジ味のキャンディーを奈那の手に乗せる。
『へぇー。そんな理由があったんだ』
奈那がキャンディーを口に運ぶ。
『そうだ! 今日、奈那の誕生日パーティーするけど、悠くんも来る?』
『いいんですか⁉ 行きたいです!』
悠が目を輝かせる。
『ならさっそく帰ろう!』
『うん! なつみおうちかえるー!』
奈那が夏海を下ろし、夏海と手を繋いだ。
悠がしゃがみ、夏海と目線を合わせる。
『キャンディー美味しい?』
『うん! おいちい!』
『よかった!』
悠は弾けるような笑顔を夏海に見せたあとに、勉にメールを送った。
『悠くんありがとう。こんなわたしの誕生日祝ってくれて』
奈那は少し寂しそうな表情を浮かべる。
『ううん! 奈那のこと祝ってやりたいしー! 彼氏としてな!』
『やっぱり優しいね悠くんは! 大好きだよっ!』
奈那が優しく悠の頭を撫でた後に、悠のほっぺに優しくキスをした。
今日は月曜日だが祝日、俺は奏が作ったハムエッグをほおばる。
「どうれいにぃ? 美味しい?」
「うん! 美味しいぞー!」
「やった!」
俺は朝ごはんを食べる手をとめ、奏の頭を撫でる。
「あっ! そうそう!」
奏が冷蔵庫の方に行く。
「ちゃんとフルーツ大福作ったからねー!美味しくできたよー!」
「了解―。作ってくれてありがとな」
「由海ちゃん、奏ちゃんが作ったフルーツ大福食べれるなんていいなー!」
ハムエッグを食べ終わり、お皿を台所のシンクに置き、着替えをしに二階に行く。
「いつものでいいよな?」
「せっかくだし前買った服着てよー!」
「はーい」
前に買った服を引き出しから取り、着る。
黒色の帽子をかぶり、小さいバックを肩にかけ、イヤホンを着ける。
一階に降り、奏から大福を受け取る。
「はいこれ! 崩れないようにしてよ! 右から、イチゴ・ミカン・マスカットだから!」
フルーツ大福は、宝石のようにキラキラと輝いている。
マスカットって、いつ買ったんだよ。
「よし。じゃあ行ってくる」
「はーい!」
さすがに祝日だけあって駅もショッピングモールも人でごった返している。
俺と奈那は他のお店に目もくれず、陶芸ショップに向かう。
「いらっしゃいませー!」
由海さんが品出しをしながら、こちらを振り向く。
「あっ! 冷斗さん! お久しぶりです!」
「お久しぶりです由海さん! 特に奈那ちゃんの情報が分かったってことじゃないんですけど……」
俺はフルーツ大福が入った箱を由海さんに差し出す。
「これよかったら……」
由海さんが品出しをしている手を止め、箱を開ける。
「うわあー! 大福だ!」
由海さんが明るい笑顔になる。
「僕の妹が作ったフルーツ大福です! 右からイチゴ・ミカン・マスカットです!」
「お店かと思いましたよー! えー! 私が大福好きだって知ってました?」
「はい! 奈那ちゃんからいっぱい聞きましたからねー!」
由美さんは全く驚かない。
「やっぱりなーなはいろんなことじゃべるなー!」
隣で奈那が苦笑いをする。
「フルーツ大福おじいちゃんと美味しく頂きますね!」
「ぜひそうしてください!」
俺と奈那が頭を下げる。
「では僕はここらへんで」
「はい! ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
由海さんが頭を下げ、俺らに手を振る。
俺と奈那は手を振って、お店を後にした。
「人多いなー」
「ねー。冷斗大丈夫?」
「うん。ありがとう。心配してくれて」
少し歩き、スポーツショップに立ち寄る。
「何買うの?」
「バスケットボール。欲しいだろ?」
「うん!」
奈那がキラキラした笑顔になり、それを見て俺も笑顔になる。
奈那が自由に店内を回る。
俺は椅子に座る。
「兄ちゃんか……」
少しむなしい気持ちになる。
「冷斗―! これ買ってー!」
奈那がウキウキしながら指さしていた赤色のバスケットボールを買った。
「満足か?」
「うん! ありがとう冷斗!」
さっきと同じ、明るい笑顔になった。
俺らは通路に設置されているソファーに座る。
スマホの電源をつけ、イヤホンと接続し、心霊動画を見始める。
ゾッとするシーンが映り、体が冷える。
「うおっ……」
ふと、奈那の方を見ると、体が尋常じゃないほど震えていた。
急いでイヤホンを取る。
「奈那どうした」
口元を手で押さえながら、指さす。
「…………ま…………お…………」
声が震えている。
奈那が震えながら指さしていた方向には、真那とそっくりな人がいた。
「奈那、ごめん」
奈那の方を向き、笑顔を見せた。
奈那の目には涙が溜まって、黒目がぴくぴくと震えていた。
「すみません。飛鳥奈那ちゃんって知ってます?」
「ナナ? あ~いたな~そんなヤツ」
真央は髪をいじる。
「で? 誰あんた?」
「悠の弟です」
真央が少し驚いた顔になる。
「ゆーの弟か。だったらいいこと教えてやるよ」
真央が髪をいじるのをやめる。
「いじめたのは私だけど、初めに奈那をいじめるって言ったのは、ゆーだよ」
「……は?」
なんで兄ちゃんが奈那のことをいじめるんだよ。マジで。
意味わからん。
コツコツと誰かが歩いてくる音がする。
「真央さんお待たせしました! って冷斗じゃん! 久しぶりー!」
小学校の頃、ずっと俺に付きまとって、俺をいじめた声。
学の声だ。
体中に虫唾がはしり、息遣いが荒くなるのと同時に、足が震える。
「お前なにー? 俺の彼女のお姉さんにも小学校の時みたいに、霊が見えるって言ってたのかー? 誰も信じないって! そんなヤバいヤツの話なんかー!」
学が俺の肩を叩き、顔を覗きこんでくる。
あの時と同じ言い方。何度も聞いた「ヤバいヤツ」
目に涙が溜まってき、段々と視界が悪くなる。
あの時の封印していた記憶が頭の底から蘇ってくる。
誰にも相手にされず、こっちから話しても逃げられて。結局、話したのは幽霊さんだけだった。
蘇って来た記憶と同時に、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
すぐさまトイレに駆け込んだ。
奈那に取り憑かれた時とは比べ物にならない吐き気。
朝ごはんのハムエッグは見たくもない形で出てくる。
いつもと違い奈那が後ろから落ち着かせてくれない。
肩に冷たい水がかかる。
力を精一杯出して、鏡を見ると、奈那が見たことない量の涙を流していた。
ごめん……奈那……。俺の勝手な行動で泣かせちゃって……。
俺って、好きな子を泣かせて、しかもその涙を拭いてやれないんだな……。
部活が終わり、コンビニに、立ち寄って買った、アイスを食べる。
『ねえゆー! 聞いてよー!』
真央が甘い声出す。
『飛鳥奈那って子いるじゃん?』
『うん』
『気に入らないんだよねー』
『わかるー!』
真央と仲がいい女子生徒が声を出す。
ブー! とスマホの着信音が鳴り、悠がアプリを開く。
両親からのメールだった。
『はぁ……。かわいいかわいい冷斗の写真眺めてる時に送って来るんじゃねぇよ……』
悠はボソッと呟く。
『どうせ俺じゃなくて、アイツの方を愛してるくせに……』
悠は大きな大きなため息をつく。
『ねぇゆー! 聞いてるー?』
『ごめんなんて?』
『だーかーら! 奈那が気に入らないっていう話だよー!』
『なら靴でもかくしてみたらー。少しは大人しくなるだろー』
『それいいじゃん! ナイスアイデア!』
『うそだよ。じょー……』
いつものように『じょーだん』と言おうとすると、真央が悠に近づき、悠のアイスを食べようとする。
悠はスマホをポケットに入れ、アイスを真央に取られないようにする。
『やめろやめろ。自分の食べろー』
『ええー! いいじゃんゆー! ケチだなぁ……』
真央は上目遣いをし、悠が食べているのと同じアイスをねだる。
『はぁ……仕方ないなぁ。また今度買ってやるから。今日は帰るぞー』
『やったー! はーい!』
真央が甘く、元気な声を出した。
なんとか家に帰ると奏がエプロン姿で待っていた。
「れいにぃお帰り! マスカットケーキ食べる?」
奏が天使のようなかわいい笑顔を浮かべながら聞いてくる。
ごめんな……。今日だけは……どうしても無理なんだ……。
「いらない」
人生で初めて奏のお菓子の誘いを断った。
「……え?」
奏はさっきとは真逆の、まるで世界が終わったかのような顔になり、その場でみじんも動かなくなり、額から汗が出て、目が横に、ブルブルッと揺れている。
「れいにぃ大丈夫⁉ 救急車呼ぼうか⁉」
奏が見たことない焦り方をしていて、スマホの緊急ダイアルに119を入力している。
「大丈夫。寝たら治るから……さ」
奏に極力心配して欲しくないから、俺はいつもの笑顔を作って見せた。
「れいにぃ……」
二階にある自分の部屋に着くと、ガチャンとドアを閉め、部屋の隅に座る。
奈那はベットを思いっきり叩く。
俺は黙ってそれを見る。
「奈那……」
「うるさい! わたしに喋りかけてくるんじゃない!」
奈那の声は聞いたことがないほど怒っていて、俺を刃物のようにとても鋭い目つきで睨む。
「ごめん……」
「『ごめん』じゃないよ! なんなの! 謝ってすむとでも思ってるの!」
奈那が声を荒げ、壁を叩く。
「マジでさあ! なんなの冷斗! マジで嫌い! あんたのことなんか! 取り憑いたのが大間違いだった!」
今の奈那にはいつもの面影などどこにもない。俺はただただ今にでも消えそうな声で「
ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「真央を見つけた時、わたしはすぐさまそこから逃げ出したかった。それなのに冷斗は……!」
奈那がもう一度俺をギロッと睨む。
奈那の言ってることは正しい。だけど俺は兄ちゃんのこと、奈那をいじめたヤツを知りたいばかりに奈那が嫌がることをしてしまった。しかも、学に声をかけられた時、すぐさま逃げた。奈那は頑張って耐えたのに……。
「本当に……お願いだよ……悠くん……助けて……」
奈那の体が小刻みに震え、雫のような涙を流す。
俺は体を丸くし、涙が出ている目をつぶった。
あれから一週間、奈那に取り憑かれてから初めて学校を休んだ。
奈那とは全く話していない。
委員長が三日目にお見舞いに来てくれたらしいが、俺は部屋から出なかった。
今日は久しぶりに学校に行く。
「行ってきますー……」
「行ってらっしゃい。れいにぃ」
奏はどことなく暗い。
きっと気を使ってくれているんだろう。
外に出ると雨がぽつぽつ降っている。
玄関から傘を取り出し、傘をさす。
はぁ……。いつもなら奈那が「天気悪いねー」とかを話してくれるんだろうな。
いつも横に立っている奈那がいない通学路はとてもいびつな感覚だ。
雨がしとしとと降る中、俺は学校の屋上にいた。
奈那をいじめたヤツの弟だぞ。そんなヤツが奈那と一緒に楽しく生きていいのか?
屋上の手すりを掴む。
奈那は屋上の隅から俺を見る。
奈那に微笑み、手すりを掴んでいる両手に力を入れる。
奈那がちらっとこちらを見る。
奈那、ありがとう。俺なんかに取り憑いてくれて。とっても楽しい日々を送らせてもらって。大好きだよ。
「冷斗! 死んじゃダメ!」
奈那が俺の手を掴む。
「やめて! わたし、冷斗に死んでほしくないよ!」
「だって……」
こらえていた涙が出てくる。
「だってぇ……俺は……お前をいじめたヤツの弟だぞ……そんなヤツが今更奈那と仲良くしてるなんて……なんて……」
涙腺が崩壊したのかと思うぐらい、涙が止まらない。
「ううん。冷斗はわたしをいじめたやつの弟なんかじゃない。冷斗は紛れもないわたしの、彼氏の弟だよ」
奈那が笑みを見せ、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「わたしもこの数日どうすればよくわからなかった。だって、自分の彼氏が自分をいじめたやつって言われたからね」
雨がやみ、太陽が雲の隙間から照りさす。
「あの時はごめん。酷いこと言っちゃって……」
「ううん……俺が百悪いから……」
また涙が出てくる。
「本当に、俺に生きてほしいのか?」
「うん! 本当は冷斗がいないとわたし寂しいよ! もっと生きて、冷斗と楽しく過ごしたいよ!」
奈那がいつも通りの笑顔を俺に見せてくれる。
「ありがとう。止めてくれて」
「いやいや! これからも冷斗とずっといたいからね!」
空には虹がかかっている。
「キレイだね~。悠くんと見たかったな~」
涙を濡れた制服でぬぐう。
「そうだ! 今度の金曜日に兄ちゃんに会いにでも行くか!」
「うん!」
奈那の目がキラキラと輝いた。
「さっ! 冷斗教室戻ろう!」
「うん!」
少しジメジメした風が俺らの体を通り抜けた。
第七章 再会
母さんから兄ちゃんが自殺した場所を教えてもらった。
電車で二時間ぐらいかかる場所だった。
キーンコーンカーンコーンと今日の学校生活の終わりを告げる、チャイムが鳴った。
「姿勢! 起立! 礼!」
委員長の大きな声が響く。
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
体をぐーっと伸ばした。
「どうだ? 楽しみか?」
「うん!」
奈那の目は遠足前日の小学生と全く同じでその場を小さく跳ねている。
いつもと同じように教室を出た。
教室では委員長が他の女子と楽しそうに会話をしている。
「冷斗もわたしもいじめがなかったらああやって楽しそうに友達と話せていたんだろうな……」
「俺は友達とかと話すより、奈那と話すほうがずっと楽しいけどなー」
「ホント⁉ 冷斗大好きー!」
奈那が勢いよく頭を撫でてくる。
少しすると、 委員長がこちらに近づいてくる。
「ねね! 今日さ! 一緒にスイーツ食べよ!」
なんでよりによって今日なんだよ……。
「ごめん委員長! 今日はちょっと予定あってムリなんだ!」
深く、頭を下げた。
「えええ……。まさかキミに断られるとはなぁ……。ま! いいよ! また行けばいい話だし! こっちもごめんね! 急に言っちゃって! もっと早く言っとけばよかったよね!」
「委員長ありがとう!」
やっぱり委員長は優しいな。
「そういえば委員長。前に買い物一緒に行ったけど、大丈夫だった?」
「うん! ……とは言えないなぁ……」
委員長が少し苦笑いを浮かべる。
「ま! キミは心配しないでよ! なんとか誤魔化したからさ!」
「ありがとう委員長!」
委員長はにこっと笑った。
「はぁ……冷斗くんと…………」
委員長が小さな声で何か呟く。
「なんか言った委員長?」
「ううん! なんでもないよ!」
通学バックを肩にかける。
「じゃ! また月曜日!」
「うん! じゃあねー!」
手を振りながら、教室を出た。
玄関に降り、学校の敷地から出る。
「ささ! 兄ちゃんに会う前に! 兄ちゃんのことを千夏姉ちゃんに聞くか!」
「うん! 聞く聞く!」
俺は早速、千夏姉ちゃんに電話をかける。
ニコールほどで電話に出てくれた。
「あっ! もしもし千夏姉ちゃん!」
「もしもし、冷斗くん。今日、悠の所行くんだってね」
「はい」
母さんが事前に連絡入れてたのか。
「悠のこと、知りたい?」
「そのために電話しました」
千夏姉ちゃんは数秒だまり、「よし!」と言って話し始める。
「とっても優しくてね、イケメンな人だったよ。会うたびに毎回、『冷斗と奏は元気か?』って聞いてきて。本当に……好きだったな……」
千夏姉ちゃんの声は涙ぐんでいる。
「中学生の時は、あんまり会ってないんだけど、たまに会うとずっと冷斗くんと奏ちゃんのこと聞いてきてね。別れ際には毎回『千夏! 冷斗と奏のこと頼んだぞ!』って言ってたなぁ……」
千夏姉ちゃんの話を聞くと、会いたい気持ちがより一層高ぶる。
「高校になってからは会ってないんだけどお葬式の時はすごい人数来てたよ。まあ、詳しいことは奈那ちゃんに聞いた方がいいよ。私が話せるのは、これぐらい」
「……あるがとうございました」
電話の向こうで小さな、「ふふっ」と言う笑い声が聞こえた。
「ま! 今日会って来て、いろいろ話してきなよ! 今度その話、私にも聞かせてね~」
「わかってますよ!」
「よし! いい子だ! じゃ! 悠に、冷斗くんと奏ちゃんのことは任せといて! って伝えといてねー!」
「はーい! 伝えときますね!」
少しし、電話を切った。
「兄ちゃんって、高校の時、どうだったんだ?」
「人気者だったよ! 本当に! わたしみたいな暗い子にも、真央みたいな明るい子にも話せてね! わたしが寂しそうにしているとそばに寄り添ってくれて、本当に大好きだった!」
「俺も、兄ちゃんみたいになりたかったな……」
「冷斗は冷斗で好きだけどね!」
奈那が俺の頭を荒く撫でた。
「そうそう! どうするの? 今日は?」
「通り道にお前の家あるだろ、奏が作ったお菓子でも届ける」
「おー! 夏海も喜ぶな―! それは!」
時間があまりないため、走って家に向かった。
勢いよくドアを開けた。
「「ただいまー(!)」」
「お帰りれいにぃ! レモンケーキ準備するねー!」
「頼んだー」
二階に上がり、自分の部屋に入り、着替える。
「どうするの、今日のファッションは?」
「黒色でいいだろ」
タンスから黒色のズボンと服を取り出し着替える。
「どう?」
「いいじゃん! 似合ってるー!」
「ならこれでいっか」
いつも通り、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを肩にかける。
走って一階に降りる。
一階では奏が箱を持って待機している。
「はいれいにぃ! レモンケーキ!」
奏が丁寧に箱を渡してくる。
「ありがと。じゃ、行ってきますー」
「はーい!」
電車に三十分ほど揺られ、奈那の家がある所に着いた。
相変わらず田舎だ。
「うー! 着いたー!」
体を伸ばし、空気を吸う。
「ささ! 行こー!」
「はいはい」
初めてだな。奈那に関係ない日に、ここに来るのなんか。
少し歩くと、和菓子屋さんがあった。
中に入ろうとしたが、子供たちが集まっていたので中には入らなかった。
外は一面田んぼが広がっている。
「夏海、レモンケーキ喜んでくれるかな?」
「うん! 夏海はわたしに似て、甘い物大好きだからねー!」
奈那の家に着き、涼しい風が吹き、背の高い雑草が揺れている。
ピンポーンと玄関のチャイムを鳴らした。
「はいはーい。あっ! 冷斗くん!」
エプロン姿の南海さんが出てくる。
「お久しぶりです南海さん!」
奈那の目はやっぱり、キラキラと輝いている。
「夏海―! 冷斗くんが来たよー!」
「え⁉」
廊下から大きな足音が聞こえる。
「れい兄ちゃん!」
体操服姿の夏海が勢いよく出て来た。
夏海とハイタッチを交わす。
「久しぶり夏海ちゃん! 元気にしてた?」
「うん! 元気元気! れい兄ちゃんは?」
「僕も元気だよー!」
夏海とまたハイタッチをする。
「今日はどうしたんですか?」
「ちょうど用事があってこっちに来たんでついでに寄っただけです! あとこれ!」
南海さんにレモンケーキが入った箱を丁寧に渡す。
南海さんが、夏海にも見えるように開封する。
「うわー! レモンケーキだ!」
やっぱり言い方、奈那にそっくりだな。
「買ってくれたんですか?」
「いえ! 僕の妹がお菓子とか作るのが得意なんで持ってきました!」
「妹ちゃんすごいですね! ちょっと冷やしてきます!」
南海さんが冷蔵庫に向かう。
「れい兄ちゃん! 妹さんに会いたい!」
「わかった! また今度、連れてくるね!」
「うん! 楽しみにしてる!」
南海さんが戻って来る。
「珍しいですね。こっちに用事なんて」
「ええ」
死んだ兄ちゃんに会いに行くなんて言ったらどうなるか……。
「僕そろそろ行かないといけないんで……失礼しました!」
「いえいえ。また寄ってください」
南海さんが優しく微笑む。
夏海と同じ目線になるようしゃがむ。
「じゃあね夏海ちゃん! 次は妹連れてくるね!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
「バイバイー!」
手を振りながら南海さんに会釈をし、ドアを閉めた。
外に出た瞬間力が抜け、体を伸ばす。
「どうだった?」
「楽しかったー! とっても! また来たい!」
奈那の興奮はまだ冷め切っていない。
「次来るときは、お盆の時期だな」
俺らは駅に向かってまた歩き出した。
奏が生まれて早、五か月。叶恵と勉は月一で会っていた。
悠が冷斗に抱きつく。
『久しぶり冷斗ー!』
『にいちゃん!』
冷斗はその場でぴょんぴょんかわいく跳ねる。
『相変わらず冷斗はかわいいなー!』
悠が冷斗の頭を撫でる。
冷斗の髪の毛は前会った時よりも明らかに白くなっている。悠はそれを心配そうに見つめる。
『どうしたの? にいちゃん?』
『ううん! なんでもないよ! 冷斗! こっち向いてー!』
冷斗は悠が向けているスマホのカメラに向けてピースをする。
『はいチーズ!』
シャッター音が公園に響く。
『うん! いい写真!』
すぐさま撮った写真をお気に入りに登録し写真アプリのアルバムに追加する。
『悠―冷斗―! お昼ご飯食べるよー!』
『『はーい!』』
走ってレジャーシートが敷かれている場所に向かう。
奏がベビーカーの中で気持ちよさそうに寝ている。
レジャーシートの上には叶恵が今朝作ったおにぎりや唐揚げなどがある。
『冷斗、美味しい?』
『うん! おいしい!』
冷斗はぱくぱくとご飯を食べる。
悠は写真を撮る。
『お気に入りは後でいっか』
そう呟き、スマホをポッケにしまい、冷斗と一緒にご飯を食べる。
『そうそう冷斗! これあげる!』
悠が袋を渡す。
冷斗がウキウキしながら袋を開ける。
『うわー! しろくまさんだー!』
すかさず写真を撮る。
『悠、いつそれ買ったの?』
叶恵が奏の頭を撫でながら聞く。
『冷斗の誕生日に』
『相変わらず冷斗のこと、大好きだね』
『そりゃあ大切な弟だから!』
奏が目を覚まし、出していた離乳食を指さす。
叶恵が離乳食を食べさせる。
冷斗と悠も奏に近づく。
『妹かぁ……。俺のこと、覚えてくれないかなぁ……』
悠が奏の頭を優しく撫でる。
奏が不思議そうな目で悠を見る。
『俺も、冷斗と同じお兄ちゃんなんだけどなぁ……』
悠は悲しそうにおにぎりを食べる。
『にいちゃん! あとでボールあそびしよー!』
『え~』
悠が不満そうな表情を浮かべ、冷斗が泣きそうな表情になる。
「うそだよ! じょーだんじょーだん! あとでしような!」
冷斗に弾けるような笑顔を見せた。
『冷斗の髪の毛……』
『ええ。何度も病院に連れて行ったけど原因不明って言われて』
二人は冷斗と悠に聞こえない声で話す。
『冷斗が幽霊が見えるって言いだしてからなのよね……』
『幽霊の仕業がこれ以上進行してほしくないな……』
『そうね……』
電車に一時間ほど揺られ、電車を降りた。
全く見たことない街だ。
「奈那はここ、来たことあるか?」
「うん! 悠くんとのデートでよく来たよ! ここにもおっきなショッピングモ―ルがあるんだよー!」
「へぇー。そうなんだ」
ようは、二人の思い出の地か。
こっちの方が俺がよく行くショッピングモ―ルよりも近いもんな。
携帯で時刻を確認すると、もう八時。奈那の案内でショッピングモール内のレストランでご飯を食べることにした。
「ここのお店、照り焼きチキンソテーがとっても美味しいんだよ! わたしが悠くんとのデートで最初に食べた食べ物だし!」
やっぱり兄ちゃんのこと喋る時は楽しそうに喋るな。
「いらっしゃいませー。何名様で?」
「ふ……一人です」
人差し指を立てる。
「ご案内します」
店員さんが窓際の席を案内してくれると、お冷を出してくれ、そのまま奈那がオススメした照り焼きチキンソテーを注文した。
奈那の目がいつもより輝いている。
「もしかして、この席、思い出のか?」
「うん! 初めてこのお店で悠くんとご飯食べた時と一緒!」
「そっか」
奈那は窓から外の景色を見ている。
「気になるんだけど、冷斗って悠くんのこと全く覚えてないの?」
「……いや、あるのはあるんだけど……」
一口お冷を飲む。
「……多分、幽霊との記憶が混じってるから覚えてないだけだと思う……」
昔の記憶をよびおこす。
「だって俺、二歳ぐらいから幽霊見えるもん」
「だったら悠くんとの記憶もあんまりないよね」
「しかももう十二年は会ってないし」
いくら思い出しても兄ちゃんとの記憶が出てこない。
……会ったら出てくるか。
少しすると店員さんが料理を運んできてくれた。
チキンソテーが鉄板の上の乗っていてジュージューと食欲をそそる音をたてている。
「ありがとうございます」
「ご注文以上でよろしいですね?」
「はい」
さっそくナイフとフォークを使って、チキンソテーを切る。チキンソテーから美味しそうな肉汁が溢れ出す。
「「いただきまーす(!)」」
チキンソテーを口に運ぶ。
「うん! 美味しい!」
奈那が「ふふっ」と笑う。
「悠くんと食べた時の顔もセリフも一緒だねー! やっぱり兄弟だなー!」
構わずチキンソテーを食べ進める。
「そこまで似てるんだったら会ってみたいな」
「早く食べて行こうよー!」
「はいはい」
チキンソテーを食べ終え、会計をすましショッピングモール内から出る。
スマホの地図アプリを起動させ、兄ちゃんが死んだ場所を目的地に設定する。
「奈那は兄ちゃんが死んだ場所知ってる?」
「知らない。多分人目が付かない場所で自殺したんだろうね」
確かに目的地は路地裏だ。
コンタクトを取り、目的地に向かう。
早速人ごみの中に霊が見える。
「うわっ……すごっ……」
老若男女問わずいろんな霊がいる。
「思えば悠くん、いっぱい小さい頃の冷斗の写真見せてくれたなー!」
「……確かに。めちゃくちゃ写真撮られた気がする……」
「でしょー! けど変わってるねー! 今と昔じゃ、あの優しそうな目つきはどこにいったんだろう!」
優しそうな目つきか。そんなの覚えてないや。
段々と人が少なくなっていき、路地裏に入る。
「もうそろそろだな」
「うん」
胸の高まりが最高潮に達する。
薄暗い路地裏を抜け、街灯と大きな時計ポツリと立っている橋に寂しそうに立っている霊がいる。
スマホの地図アプリが「お疲れ様でした」と音声を流し、案内が終了する。
帽子を深くかぶり直す。
「兄ちゃんか?」
「うん! 間違いなく悠くんだよ!」
奈那は興奮気味で、目は見たことないぐらい、キラキラと輝いている。
「先に声かけてくれよ」
「はーい!」
奈那が元気な声を出し、幽霊がいる方向に
ゆっくりと歩く。
「悠くん!」
奈那が幽霊の肩を叩く。
「な、奈那⁉ なんでここに!」
「会いたくて来ちゃったー! 久しぶりー!」
嬉しそうにする奈那と反対的に、兄ちゃんは涙を流す。
「ごめん……本当に……実は俺が……」
悠は大粒の涙を流す。
「わかってる。真央から聞いたから」
「……奈那のいじめを止めたかった。だけど……止めて……俺までもいじめの対象になっていじめられるのが怖かったから……真央たちから仲間外れになるのが嫌だったから……真央たちに何も言えなくて……止めれなかった……」
兄ちゃんは涙を自分の服でぬぐう。
「そのいじめで奈那が死んだってわかって……なんだか……いろいろとわかんなくなって……死にたくなった……」
奈那が兄ちゃんの頭を優しく撫でる。
「うん。そうだよ。わたしだってそうするよ。いじめられたくなんかないもん」
兄ちゃんが今にでも消えそうな声で「ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「悠くん、今も悠くんのこと大好きだし、悠くんのこと嫌いなったことなんてないよ」
「……ありがとう」
街灯がチカチカと光り、少しジメジメとした風が俺らの髪の毛を揺らす。
「悠くん、ゆっくりでいいからわたしの質問に答えてくれる?」
兄ちゃんはとても小さく頷く。
「なんでいじめられたわたしと付き合ったの?」
兄ちゃんは少しの間黙った。
「……嘘告だよ。最初はすぐに別れるつもりだったけど、一緒にいたらその気持ちがなくなった」
そのことを聞き、奈那も少し黙った。
「そっか。すっかり信じちゃったなー!
けど今だったらわたしのことはー?」
奈那が兄ちゃんの顔を覗きこんだ。
「……大好きだよ……とっても」
兄ちゃんは少しだけ顔を赤らめていた。
「その言葉、わたしが生きていた時に聞きたかったなー!」
奈那は橋の欄干に腰掛ける。
兄ちゃんも奈那の横に腰掛ける。
「そして今日は! 悠くんが一番好きな人もいるよー!」
「俺が一番好きな人?」
兄ちゃんが首をかしげる。
「それがー!」
兄ちゃんに近づく。
「久しぶり。兄ちゃん」
帽子を脱ぎ、子供のような笑顔を兄ちゃんに見せる。
兄ちゃんの目が震え、涙が出ている。
「れ、冷斗!」
兄ちゃんがおもいっきり俺に抱き着き、さっきまでと雰囲気が違う。
懐かしい。俺が小さい頃に遊んでもらってた人だ。
「兄ちゃん! 懐かしい?」
わざと子供っぽく接する。
「うん! ずっとずっと会いたかった!」
兄ちゃんの目には涙がもう溜まっている。
「すっかり大人になって!」
兄ちゃんが力任せに俺の頭を撫で、弾けるような笑顔になる。
「わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだなー!」
「お前、三年前と同じこと言ってる」
奈那と兄ちゃんが同じタイミングで顔を合わせて笑った。
「どうだ冷斗―? 学校は?」
「奈那のおかげで楽しいよ」
「そうかそうかー!」
兄ちゃんの目は星のようにキラキラと輝いている。
「兄ちゃん。気になるんだけど、兄ちゃんには俺じゃない弟いるんでしょ? その子のために生きようとしなかったの?」
「うん。父さんから『冷斗みたいに接しろ』って言われたけどムリだった。だって、俺にとってのきょうだいは、冷斗と奏だけだもん。全く愛せなくて、アイツからすれば最低な兄ちゃんだろうな……」
兄ちゃんが空を見る。
「後悔は?」
「してるよ。もっといい兄ちゃん演じれてたらよかったなーって」
兄ちゃんがもう一度大きなため息をつく。
「そういう思いもあってこうやって成仏できてないんだろな」
兄ちゃんが体を伸ばす。
「奏の写真見る?」
「見る見る!」
スマホの電源をつけ、奏が料理をし、ウィンクしながら天使のような笑顔でこっちを向いている写真を見せる。
「え⁉ かっわいい!」
まるで小動物を見たリアクションだ。
兄ちゃんがその場でかわいくはねた。
「奏、今はこんなかわいくなってるのかー! へぇー! 大人になったなー!」
兄ちゃんがさらにスマホに近づく。
「あれ? そういえば、奈那と冷斗ってどういう関係?」
「わたし冷斗に取り憑いたんだよねー。だからずっと冷斗と一緒にいるの!」
「へぇー! そうなんだ! だったら俺も冷斗に取り憑こうかなー!」
兄ちゃんがいたずらっ子のような目つきで見る。
「やめてくれよ……奈那だけで手一杯なんだから」
目に少し涙が出てくる。
「うそだよ! じょーだんじょーだん! 昔から冷斗は俺のじょーだんに引っかかるんだからー!」
懐かしい。よく兄ちゃんの冗談に引っかかって慰めてもらったな。
「ま、取り憑いてみたい気持ちもあるけどー! だって奈那見てたら楽しそうだし!」
「うん! 楽しいよ! めちゃくちゃ! 奏ちゃんとか冷斗の友達と話せたりして!」
「へぇー! いいなー!」
またいたずらっ子のような目で見てくる。
「はぁ……仕方ないなぁ。また今度考えとく」
二人ともが目を輝かせ、二人ともその場で嬉しそうに跳ねる。
「そういえば、奏って俺の存在知ってるのか?」
首を横に振った。
「知ってない。ていうか俺も兄ちゃんの存在、母さんに言われたの最近だし」
兄ちゃんが悲しそうな表情を浮かべる。
「ま、奏もいつかは知ることになるだろ。知っても俺と違って会えないけど」
「ああ~。確かに。悲しいなぁ……」
奏が兄ちゃんのこと知ったらどうなることやら。
俺も橋の欄干に腰をかけた。
「冷斗は奏に、ちゃんと優しくしてるよな?」
「うん! もちろん!」
兄ちゃんは優しく笑う。
「そっか。そこら辺は俺と一緒だな。きょうだい想いっていう面では」
兄ちゃんがかわいくウィンクをした。
「そうそう! 千夏姉ちゃんから『冷斗くんと奏ちゃんは任せて!』って言う伝言も預かった」
「さすが千夏だな! あー! いろんな人にもう一回会いたいなー!」
「わかるー! わたしもたまにそうなるなー!」
二人とも楽しそう。こんなに奈那が笑顔で話しているのを、久しぶりに見た気がする。
「悠くんは将来わたしと結婚したかった?」
「したくなかったらあんなに家にも行ってない」
「うううー! もっと生きたかったなー!」
奈那がぐぅーっと体を伸ばす。
「けど、死ななかったら俺には会えてないぞ」
「確かに! それも一理あるな~」
奈那はかわいい笑みを浮かべる。
ゴーン! とポツリと立っている時計が鳴る。
時計の針は二十二時を指していた。
「さっ! そろそろ帰らないとね。奏ちゃんが心配しているだろうし」
「そうだな」
欄干から離れ、体を伸ばす。
「冷斗のこと頼んだぞー! 奈那!」
「うん! 冷斗のことは任せといてよ!」
二人は指切りげんまんをする。
「そうそう冷斗!」
兄ちゃんが俺の耳元に近づいてきた。
「奈那のこと、絶対に幸せにしてくれ。兄ちゃんとの約束だぞ」
子供っぽい笑顔で「うん!」と言った。
「じゃ、また会いに来る! 今度は奏も連れて!」
「うん! 楽しみにしてるなー!」
兄ちゃんが俺の頭を撫でる。
「じゃあな冷斗!」
「うん!」
俺だけ兄ちゃんから離れる。
「悠くん!」
「うん?」
兄ちゃんが不思議そうな顔を浮かべる。
奈那が兄ちゃんに飛びつき、兄ちゃんの頬に、キスをした。
俺は驚きのあまり口を手で隠す。
兄ちゃんは少し顔を赤らめる。
「奈那―! びっくりするだろー!」
「ごめんごめん! 久しぶりにしたかったんだ!」
「ま、別にいいけどー」
兄ちゃんが少し照れ笑いをする。
「じゃ! また来てくれ! 高校生活楽しめよー!」
「「はーい!」」
奈那と一緒に手を振りながら歩き、段々と兄ちゃんの姿が見えなくなった。
明るい繁華街に出る。
「兄ちゃんにまた会いに行こうな」
「うん! 会う会う!」
俺は優しく笑い、体を伸ばす。
「奈那はさ、兄ちゃんとずっといたい?」
奈那は少し考え、黙り込む。
「いたいな~。だって大好きな彼氏だもん!」
「そっか」
やっぱり兄ちゃんのこと大好きだな。
「取り憑かれてもいいかもな~」
「えええ⁉」
奈那が口元を隠す。
「だって奈那がそうしたいんだったら別にそうしてもいいかな~って。どうせ取り憑かれて死にそうになるのも一日だけだもん。それで一生楽しくなるんだったらそれぐらい我慢するよ俺は」
ふと奈那の方を見ると、奈那の目に大量の涙が溜まっている。
「奈那大丈夫か⁉」
「嬉し涙だよ! 冷斗大好き!」
奈那が勢いよく俺に抱きつく。
「俺もだよ」
「冷斗―!」
いつもより荒く、俺の頭を撫で、頬に、キスをした。
「……っっっ⁉」
「あれ? もしかしてーキスされたことない?」
奈那が少し苦笑いを浮かべながら聞いてくる。
「う……うん……」
自分でもわかるぐらい頬が赤くなり、体温が上がっている。
キスなんて初めてされた……。
「ってことはわたしが初めてキスした人かー!」
「そ、そうなるな……」
ううぅ……なんだか不思議な感覚だ……。
「ふふっ! 照れてる冷斗初めて見たけどかわいいー!」
奈那が俺の頭をもう一度撫でた。
「と、とりあえず、奏に兄ちゃんの存在伝えてからな」
「うん!」
奈那がかわいい笑顔でそう言う。
「奈那」
「うん?」
奈那が不思議そうな顔を浮かべる。
……あらためて、この気持ちを伝えるのはまた今度でいっか。
「これからもよろしく」
奈那は少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに笑顔になる。
「うん! これからもよろしくねー! 水間冷斗くんっ!」
奈那があの時と全く同じ、太陽のような笑顔を浮かべた。
~終~
やわらかい風が吹き、校庭の桜の花びらが
散っている。
「桜綺麗だねー! ね! 冷斗!」
奈那が元気よく俺に話しかける。
「そうだな」
いつも通りの受け答えをしながら校内に入る。
周りは話しながら校内に入る。
「しっかし今日は小春日和だねー! こんな日は余計に外でお弁当食べたくなるねー!」
「お前霊だから食えないだろ」
「まあそうだけど! 生きてたらなー」
校内に入ると、生徒同士の楽しそうな笑い声が響いて、外からは運動場の隅で朝練をしているテニス部の声が聞こえる。
教室に入ると仲のいいグループ同士で話をしている。
もちろん、俺がいるグループなんかない。
誰にも気づかれないように自分に席にゆっくり座った。
「ねね! わたし買い物に行きたいんだよねー! 死んでから一度も行ってないし!」
確かに。奈那に取り憑かれてから一回も買い物なんか行ってないな。
教室では大多数の生徒がじゃんけんをしている。
「冷斗―! ちょっとだけ窓開けて!」
「はいよー」
外からはさっきと違い、登校する生徒が生徒同士で挨拶したり校門前に立っている先生に挨拶する声が聞こえる。
そんなことを横目に外の風景を見ていた。
「冷斗はいいなー。わたしみたいに…………されてなくて……」
「うん? ごめん、外の鳥の鳴き声聞いてて途中から聞こえなかった」
「ううん! 気にしないで!」
奈那が明るい笑顔を見せる。
「そうか」
しかし今日は気温もちょうどいいし、奈那が言ってた通り小春日和だな。
「冷斗ってさ、わたしに取り憑かれる前から友達いなかったんじゃない? なんか性格的にそういう感じがするけど」
「ご名答」
「やっぱりねぇ」
奈那が小さなため息をつく。
奈那に取り憑かれている前から友達は一人も出来なことなかった。小学校の時に周りに霊が見えることを自慢したら引かれて、そのまま友達が作れなかった。中学時代はスタートダッシュ失敗して友達作れなくて、クラス替えの時期に奈那に取り憑かれ一度も友達が出来ることはなかった。
「奈那って髪の毛、茶色いよな」
「うん! 家族全員茶色いんだ!」
「へぇー」
茶色い髪の毛いいなー。俺の髪の毛、霊感あるからか知らないけど白色だし。
「ふわぁ~ねむぅー。ちょっと寝るから先生来たら起こしてー」
欠伸で、出た涙を制服でぬぐう。
「りょうかーい!」
奈那は元気いっぱいの笑顔だ。
周りからすれば全部独り言だもんな。話しかけずらいし、まず、話したくないだろうなー。
窓からやわらかい風が吹き、その風が俺と奈那の髪を揺らす。
コツコツと誰かの足音が聞こえる。
ああ。また後ろで話すんだな。うるさくて寝れなくなるから嫌なんだよな。
右手で頭の後ろをかく。
「ねぇねぇ……体調大丈夫……?」
誰かが俺の体を優しくたたく。
「え、あ、うん。単純に眠いだけぇー」
誰だこの人……。ていうか先生と家族と奈那以外に話しかけられたのなんか何年ぶりだ……?
奈那が俺の肩を叩く。
「ダメだよ冷斗! せっかく勇気出して話しかけてくれたんだから話さないと!」
話しかけてくれた子にバレないように小さく、コクリとうなずいた。
やべぇ……初めて会う人と話す時ってどういう会話の仕方なんだ……? わかんねぇ……。
「冷斗! とりあえず質問! わたしの言うことを聞いて!」
奈那の声のボリュームがあがる。
えええ……急にそう言われても……。
話しかけてくれた女子は不思議そう顔で俺を見ているのがわかる。
「なんで俺なんかに話した……?」
「え? いや、学級委員長だからクラス全員と話したいから……」
委員長はもじもじしている。
ああ……。委員長決めるときにこの人に投票したっけな。
「名前なんて言うの? あっ! ごめんね! まだ全員の名前を覚えきってなくて……」
申し訳なさそうにし、おどおどしながら聞いてくる。
名前覚えられてたら逆に怖いぞ。俺、名前自分で言ったの一度きりだし。
「水間冷斗」
「冷斗くんだね。覚えたけど……私、人の名前を覚えるの得意じゃないから、多分名前じゃなくてキミって呼ぶけどいい?」
キミ呼びって……ややこしい気がするけど……。ま、別になんでもいいけど。
「いいよ。それで」
「やった! 気になるんだけど、特技とかあるの?」
「特にない」って答えたらダメだしなぁ。
奈那の方向をチラッと見る。
「霊が見えるって言ったらどう?」
それしかないよなぁ……。……本当は言いたくないんだけど……。奈那の言うことだしなぁ……。
「一応霊が見えるっていうのが特技?」
「霊が見えるの⁉」
俺は驚きのあまり、耳をふさいだ。
「あっ! ごめんね! 大きい声出しちゃって!」
ブンブンと首を横に振る。
「へぇー! 私幽霊とか大好きなんだよね! そうだ! 私の守護霊とか見える?」
委員長の雰囲気が一気に明るくなる。
「わかった」
普段は霊が見えないようにつけているコンタクトを外し、委員長の顔を見た。
「大型犬……? 奈那、触れてみて」
「りょうかーい!」
奈那が、委員長に取り憑いている大型犬に
「大丈夫、大丈夫だからね~」と言い、近づく。
「普通の大型犬だよ。多分だけど、この子が小さい頃に飼ってた犬じゃないかな? 犬とか猫、つまり、ペットって結構飼い主への恩返しの一環で、守護霊として宿りやすいんだよね。わたしが地縛霊になってる時にいっぱいそういう人見たし」
奈那は大型犬の頭を撫でている。
大型犬は嬉しそうに「ワン!」と吠える。
「昔、大型犬飼ってた?」
「うん」
当たりだな。
「奈那、戻ってこい」
「はーい!」
奈那は大型犬に手を振った。
「その飼ってた犬が委員長の守護霊」
「本当⁉ やっぱりマロンは私のこと好きだなー!」
ふと周りを見渡すと、霊が見えた。
急いで、コンタクトをつけなおす。
「あ、俺が霊が見えるっていうのは内緒で頼む」
「うん! わかった!」
一瞬見えたけど、守護霊とかじゃなくて、普通にここに宿ってる霊たくさんいたな。学校ってたくさんの人たちの怨念とかが集まる場所だから多いのは当たり前なんだけど。
「あっ! 私の名前がまだだったね。清水冬李(きよみずふゆり)だよ! 覚えといて!」
「う、うん」
少し、引き気味になる。
奈那と一緒で、ぐいぐいくるタイプだなこれ。キッツ……。
「ねぇねぇ! キミって兄弟いるの?」
「妹が一人だけ」
「名前は?」
「奏(かなで)」
「へぇー!」
「よかったー! 会話続いてて!」
奈那が安心したのか、「ふぅー」と息を吐く。
「冬李ちゃんー! こっち来て話そっ!」
少し離れた席から女子が手を挙げる。
「今から行くー! じゃあね! また話そうね!」
「え、あ、うん」
委員長は少し駆け足で俺から離れた。
委員長が俺から離れた瞬間、体の力が抜ける。
「冷斗よかったね! 冬李ちゃんが話しかけてくれて! あと、わたしのアドバイスに救われたね!」
「うん。やっぱり陽キャ女子はすごいな。コミュ力が俺と段違いだな」
さっきは奈那にめちゃくちゃ救われたな。
俺も奈那と一緒のような感じで「ふぅー」と息を吐く。
「奏ちゃんもきっと嬉しいと思うよ! 自分のお兄ちゃんがやっと友達作ってくれたこと!」
委員長は笑いながらさっきの女子たちと話している。
「そういえば、奈那にも妹いたよな?」
「うん! かわいいかわいい妹だよ! 今はどうなってるかなー!」
奈那が天井を見上げる。
奈那のお墓参りには一応命日・誕生日・お盆の時期に行ってるけど、奈那の家族はまだ一度も見たことないんだよな。
「ねぇねぇ冷斗見てトンボ! かわいいー!」
奈那が指さす。
指を指している所を見るとトンボが木に止まっていた。
「何トンボだろうねー!」
「さあな」
外に手を出す。
するとすぐに、トンボが手に止まった。
「かわいいねー! 昔はよく妹と捕まえたなー!」
「へぇーいいな。奏は虫苦手だから俺もそんな思い出作りたいなー」
「まだ冷斗は生きてるからチャンスがあるよ!」
「それもそうだな」
キーンコーンカーンコーンと四限目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
周りはそれを聞き、体を伸ばしている。
「委員長挨拶してー」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
言い終わると周りは席を移動し始めた。
それを横目に屋上に上がった。
廊下には購買部に向かうであろう生徒たちが走っていて、それを先生が注意している。
「冷斗はいいよねー。奏ちゃんが美味しいお弁当作ってくれて」
「奈那は昔、何食べてたんだ?」
「学食だったな。おばあさんがいっつもサービスでわたしの大好きな玉子焼きを付けてくれてたなー!」
「へぇー」
学食も学食で食べてみたいけどなー。
そんな会話をしていると、屋上についた。
屋上のドアを開けた瞬間スズメが一気に飛び立った。
「やっぱり屋上はいいなー。誰もいなし」
「いいお天気―!」
弁当箱を開けると、唐揚げのいい匂いがした。
弁当は朝ごはんの料理を少し、リメイクした料理が大半を占めている。
「「いただきまーす」」
奏が朝作ってくれた、チキン南蛮を口に運ぶ。
「冷斗って高校入学してからずっと屋上で食べてるよね」
「だって教室で食べるとお前とゆっくり喋れないだろ」
「確かに! ありがと冷斗―!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「頭撫でるなー! 子供じゃないんだからー!」
奈那は霊になっているが、なんでもかんでも触れる。
そのおかげで他の霊に触れたり出来るんだが、たまにこうやってちょっかいもかけられる。
ガチャとドアが開く音が聞こえた。
「あっ! いたいた!」
「委員長⁉」
委員長は片手に弁当箱を持っている。
「何でここに⁉」
「いやー! 『一緒に食べる?』 って誘ってくれる子が休みだからキミと一緒に食べたいなー! って思っただけだよ!」
わざわざ屋上まで来るか普通⁉ いやけど
これが普通なのかなぁ……。とりあえず、今日の昼休みはゆっくり奈那と話したりは出来ないな。
「ごめんな奈那」
「いいよいいよ! 冷斗と冬李ちゃんがどんな内容で話すのかめちゃくちゃ気になるしねー!」
奈那の返事が返ってくると委員長がさっきと少し違う、不思議そうな顔をし、俺を見つめていた。
「ねぇねぇさっきから言ってる奈那さんって誰なの?」
「俺に取り憑いてる霊」
唐揚げを口に運び、一口噛む。
「ええ⁉ 取り憑いてるの⁉」
委員長の目が大きく見開く。
「うん。ていうか人間全員守護霊っていう存在に取り憑かれてる。俺はその守護霊みたいな存在のヤツと話せるっていうだけだ」
「へぇー!」
委員長が感心した顔でこちらを見ている。
「じゃあさ! 奈那ちゃんが一番好きなスポーツってなに?」
「う~ん。バスケかな! 一応中学時代バスケ部だったし!」
「バスケだって」
「私も好きだよ!」
委員長が明るい笑顔で答える。
弱い風が委員長のポニーテールを揺らす。
「ねぇねぇ! 玉子焼き貰っていい?」
「うん」
委員長嬉しそうに、弁当箱から箸を取り出し、俺の弁当にある玉子焼きをとった。
そしてそれを、口に運んだ。
「うわっ! 美味しっ! キミが作ったの⁉」
首を横に振る。
「奏が作った」
「奏ちゃんすごいね!」
委員長は玉子焼きがまだ口に入っているのがわかる喋り方だ。
「いつもここで食べてるの?」
「うん。奈那と気軽に話せるし」
目の前に委員長がいても、いつも通り奈那が俺の頭を撫でる。
「奈那―! 頭撫でるなー!」
「ええ~。別にいいじゃんー!」
俺らを見て委員長が笑う。
「奈那さんと仲いいね」
「四六時中一緒にいるわけだしな」
四六時中話されたらさすがに仲良くなる。
サンサンと眩しい日差しが俺らの頭を照りつける。
ガシャ
ドアが開くと、クラスの女子が三人立っている。
「あっ! いたいた冬李ちゃん! 一緒にご飯食べよ!」
「え、あ、うん! 邪魔して悪かったね。けど、とっても楽しい時間だったよ。ありがと!」
委員長は手を振った。
呼びに来た女子がドアを閉めた。
その瞬間、体に入っていた全ての力が抜けた。
「あーあ……。疲れたぁ……」
「お疲れ冷斗! よく頑張って話したじゃん!」
外からは弁当を食べ終わり、校庭で遊ぶ生徒たちの声がする。
「それにしても冬李ちゃん優しいねー」
「やっぱりみんなと仲良くしたいっていう気持ちが大きいんだろう」
それじゃないと俺なんかと話さないと思うし。
そう思いながら弁当を食べ進める。
「奈那ってさ、なんで地縛霊なんだ?」
「う~ん……やっぱり一度でいいから彼氏とか家族に会いたいっていう気持ちがあるからかな。あと、地縛霊になる人には大抵この世に未練がある人だから」
「へぇー」
確かに。奈那が言ってた理由も未練の一つか。
「ごちそうさまでしたー」
ごろんと屋上の床の上に寝転んだ。
「あったかいな~」
「わかる~。小春日和だね~」
肩にトンボが止まった。
「やっぱり冷斗って彼氏に似てるんだよねー」
「それ本当か?」
「うん。わたしもたまにこうやって屋上で寝たりしてたんだけどその時に、何も言わずに横に座ったり、一緒に寝たりしてくれたんだよねー!」
「へぇー」
優しい彼氏だな。
「そういえばずっと聞いてなかったんだけど、彼氏の名前ってなんだ?」
「えっとね~悠くん」
やっぱり聞いたことないな。
「悠っていう人今は何してるんだろな」
「さぁあ? わたしはやっぱり結婚したかったけどね~。生きてたら」
「生きてたら」か。
奈那の言葉だから、いろいろと思っちゃうんだよな。
外を見ると、遊んでいた人たちが片づけをしている。
時計を見ると、昼休みが終わる時間だ。
「ううぅ~……そろそろ行くかぁ」
「ええぇ~サボろうよ~」
奈那が少したるんだ声で誘ってくる。
「ムリムリ。そんなことしたら奏にどれだけ怒られるか」
「確かに」
奈那が微笑する。
「ていうか奈那は授業サボったことあるのか?」
「あるよー。悠くんと一緒にねー」
彼氏をあんまり巻き込むなよ……。
小さくため息をつく。
「あの時は楽しかったなー。悠くんと一緒にご飯食べたりして」
「今は?」
「今も楽しいよ!」
奈那が笑顔で応える。
「そっか。よかった」
「まさか、心配してくれたの? ありがと冷斗―!」
「だから頭撫でるなー!」
「じゃ、今日はこれで―。委員長挨拶」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
ふー! 疲れたー!
小さく背伸びをする。
「帰ったら何するー?」
「帰ったら考えるー」
周りは放課後になり、とてもうかれている様子だ。
通学カバンを肩にかけ、誰よりも早く教室を出て、生徒玄関に向かう。
着けていたイヤホンをカバンにしまい、靴箱から靴を取り出し、学校から出る。
「冷斗っていいよねー。奏ちゃんが毎日帰ったら出来立てのお菓子準備してくれてて」
「まあな」
体をぐぅーと伸ばす。
「奈那って交通事故で死んだよな?」
「そだよー。いつもは行かない道を歩いてたらねー」
奈那が死んだ事故はほとんどメディアに取り扱われなかった。ただの交通事故として世間に認識されたからだ。俺もそのことをすっかり忘れて道を通ったら、見事に取り憑かれた。
「しかしお前に取り憑かれた日は苦しかったぞ。吐き気はするし、ずっと体は重いとかで」
「ごめんってー! わたしも取り憑いた人に悪い影響を及ぼすとは思ってなかったもんー!」
「多分普通の人なら何にも感じないと思うけどな……」
なんでよりによって、俺に取り憑くんだろうなぁ……。
頭の後ろをかき、ため息をつく。
「そういえば、もう少しでわたしの命日だね」
「忘れるわけがないだろ。ちゃんとその日は予定を立ててる」
「さすが冷斗―!」
奈那の命日には必ず、奈那の大好きなクッキーと、その時飲みたい飲み物を買う。
奈那と雑談をしていると家に着いた。
ガチャ
「「ただいまー(!)奏(ちゃん!)」」
家に帰ると、エプロン姿の奏がキッチンから出てきた。
「お帰りれいにぃ! 奈那ちゃん!」
奏が天使のような笑顔でそう言う。
奏は他の人と違い、奈那の存在を完全に信じている。
奈那が奏のもとに向かう。
「奈那―! 奏に気軽に触るなよー!」
「ちぇ……」
奈那が悔しそうな表情を浮かべ舌打ちをしこちらに戻る。
「れいにぃは心配性だなー。別にかなでは奈那ちゃんにハグとかされていいのに」
「奈那の妹じゃないんだからな」
「はーい……」
奈那が呆れた声になる。
「そうそう! れいにぃレモンクッキー作ったけど食べる?」
「うん」
手と顔を洗いに洗面所に向かう。
「奏には何かしないでくれよな」
「わかってるよ! つい奏ちゃんをわたしの妹に重ねちゃうんだよー!」
洗面所から出ると、クッキーの甘いにおいが漂う。
奏が笑顔で俺を出迎えてくれる。
「れいにぃ! いっぱい食べてね!」
「食べる食べる」
奏が作るお菓子は一流シェフが作ったのか疑うほど美味しい。
「どう? 新作なんだけど……」
不安そうに聞いてくる。
「とっても美味しいぞー!」
奏の頭を撫でる。
「やった!」
奏もそれに応え、笑顔になる。
「そうそう、れいにぃお弁当箱出して!」
「ごめんごめん。忘れてた」
頭を何度か下げ、バックから弁当箱を取り出した。
奏はそれを受け取り、台所に行った。
それを見ながらクッキーを食べる。
「冷斗って奏ちゃん相手には笑顔になるよね。冬李ちゃんとか、わたしの前で見せないのに」
「奏は、特別だから……」
「へぇ~」
奈那がいたずらっ子のような目をする。
「お前も妹にはそうだっただろ」
「もちろん!」
奈那が自信満々気に胸をポンッと叩く。
「ほらな」
台所の奥では奏が夜ご飯用の米をといでいて、シャカシャカッと言う音がする。
「れいにぃ学校どうだったー?」
奏が米をとぎながら聞いてくる。
「初めて先生以外の人に話しかけられた」
「えええ⁉」
奏が釜を台所のシンクに落とした。
「奏何やってんだ」
少し呆れた声になる。
「仕方ないじゃん! どうせいつも通りの『なんもなかった』って返されると思ったもん!」
奏が台所から勢いよくこちらに出てき、机をたたいた。そのせいで、お茶が少しこぼれる。
奏の手には少しだけ米が付いている。
「れいにぃ誰に話しかけられたの⁉」
「えーと、学級委員長」
「委員長さんが⁉ れいにぃに話しかけるなんて……」
奏が聞こえないような小さな声で「信じられない……」と呟く。
「絶対今度家に連れてきてね! どんな人か見たいから!」
「はーい……」
呆れた声になる。
奏は台所に戻り、米をとぎなおす。
「奏ちゃんからすれば冷斗に彼女が出来たのと同然だからねー。ああなるのも仕方ないよ!」
「彼女じゃねぇって……」
大きなため息をつき、クッキーを食べ進める。
「わたしも妹に友達出来たら絶対ああなってたなー!」
「妹友達いなかったのか?」
「まだ小さかったからねー。わたしが死んだときは、まだ四歳だったからねー」
奈那が天井を見上げる。
「へぇー」
大分歳の差あるんだな。
「また会えるかな……」
奈那が小さい声で悲しそうにつぶやく。
「ああ、きっと会える。ていうか俺が会わせてやるよ」
「やっぱり悠くんに似て優しいな冷斗はー!」
「だから頭撫でるなー!」
第二章 来客
チリリン! チリリン! とうるさいぐらい目覚ましの音が部屋に響く。
「ふわぁ……。もう朝か……。おはよう奈那」
欠伸で出た涙をパジャマでぬぐう。
「おはよう! 冷斗!」
奈那が笑顔を見せる。
相変わらず朝からテンションが高いヤツだな。
階段を降り、リビングに向かった。
リビングに着くと、香ばしい目玉焼きのにおいが漂う。
「あっ! おはよう! れいにぃ! 奈那ちゃん!」
「「おはようー(!)奏(ちゃん!)」」
チン! とトースターが鳴る。
「トースト出来た!」
奏がトースターのもとにお皿を持って向かう。
「そういえばれいにぃ、かなで今日学校休みじゃん?」
「うん」
「委員長さん家に呼んでねー」
「了解―」
……しまった……。アイツ普通に言うからつい「了解」って言ってしまった……。
陰キャの俺にそんなこと出来ないって……マジでぇ……。
「珍しく冷斗が失言かー!」
「奏の願いなら聞くしかないかぁ……」
「そだねー!」
奏が出来立てのトーストと目玉焼きを持ってくる。
「けどれいにぃが委員長さんをお家に誘えるかな……」
頼む! 俺が誘えるわけないのに気づいてくれ!
「う~ん……奈那ちゃんいるから大丈夫か!」
いや、そうじゃねぇよ……。
額に手をあて、大きなため息をつく。
奏が朝食を持ってくる。
「どうしたのれいにぃ? ため息なんかついてさ」
「いや、なんでもない。いただきまーす」
奏は委員長がうちに来る気満々だし、奈那にアドバイス貰いながら誘うかぁ……。
「相変わらず奏ちゃん相手には優しいなー! わたしがアドバイス出すから任せといて!」
「頼んだぞ」
トースターを一口噛み、サクッ! と音をたてる。
「今日はいっぱい掃除して美味しいお菓子作るぞー!」
奏が腕をあげる。
「すごいやる気だねー」
「あのやる気に応えてやらないとな」
「そうだね!」
奈那が笑顔を見せてくれた。
学校に着くと俺はいつも通り席に着いた。
「具体的にどうすんだよ?」
「とりあえず冬李ちゃんのことだから話してくれるよ!」
「本当かー?」
最近全く委員長と話してないけど。
クラスはいつもどおり、賑やかに話している。
「ま! 気楽に待てばいいよ! ねね! 窓開けて!」
「はーい」
窓を開けるといつも通り登校した生徒たちの声が聞こえる。
いつも通り寝る準備をする。
「おはよう!」
体が少しビクッとなる。
「あっ、委員長おはよう」
「冷斗今だよ!」
委員長に気づかれないように小さくうなずく。
「委員長に、ちょっと言いたいことがあるんだけど……」
「うん?」
委員長があの不思議そうな顔をする。
「今日俺の家来てほしい。奏が委員長の顔見たいって言ってるから……」
段々声が小さくなっていくのが自分でもわかった。
「いいよ! ちょうど今日暇だし! キミの家に行くのとっても楽しみだなー!」
よし言えた!
小さくガッツポーズをする。
「帰り、先に降りて待ってるから」
「OK! 楽しみだなー!」
委員長が体を伸ばす。
「そろそろ自分の席戻るね! 奈那ちゃんと話したいと思うし! じゃあね!」
委員長は自分の席に戻った。
委員長が俺の席から離れた瞬間、一気に体の力が抜ける。
「疲れた~」
「お疲れさま。よく頑張ったじゃん! 奏ちゃんも嬉しいと思うよ!」
奈那が俺の肩を優しくたたく。
「それにしても冬李ちゃんはいい子だなー! あんな子あんまりいないよー!」
「へぇー」
確かに。この俺に話しかけるって人だからな。
外からテニス部の大きな掛け声聞こえる。
「奏ちゃんどんな反応するかなー?」
「正直俺もわからん。想像もつかない」
教室には生徒たちの笑い声が響く。
その中心には委員長がいた。
奈那が委員長のことを目を細めて見る。
「冬李ちゃんなんかムリして笑ってない?」
「周りの空気読んで笑ってるだけだろ。人気者だからな」
「そうかな~」
外からはぬるい風が吹いてくる。
「そういえば奈那の妹の名前ってなんだ?」
「夏海(なつみ)だよ! 今は小学一年生かー! 想像つかないなー!」
奈那が窓越しに空を見上げる。
空はカラッと晴れていた。
「委員長号令―」
「はい! 姿勢! 起立! 礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
いつも通り誰よりも早く、教室を出て生徒玄関に向かう。
校庭にあるベンチに座り、スマホをつけ、動画視聴サイトで、心霊動画を見る。
「冷斗って心霊系ばっかり見るよね。怖くないの?」
「怖いわけがないだろ。霊と四六時中一緒にいる生活をかれこれ二年してるんだから」
「確かに!」
どんどんと生徒玄関から生徒が出てくる。
委員長はまだ出てこない。
一人二人また三人と出てくる。
「冬李ちゃん遅いねー」
「そうだな。委員長だからなんかしてるんじゃないのか?」
「大変だなー」
奈那は俺のスマホをのぞき込む。
「そういえば奈那って、習い事していたのか?」
「水泳とバスケぐらいかな~」
「へぇー」
水泳もしてたんだ。
奈那と話し、気づくと、もう、三十分経っていた。
「ちょっと見に行ってくるか」
「冷斗はやっぱり優しいなー!」
優しいって言うか多分、心配性な、だけな気がするけど。
「今日は帰ったら何食べれるかなー!」
「お前霊だから何にも食べれないだろ」
「まあそうだけど!」
奈那が怒った口調になる。
ガラッ
「委員長―。遅いから気になって来たけど……。掃除か」
「……あっ! ごめんね! ちょっと掃除してただけ! もう終わるから!」
委員長マジメだなー。さすが委員長。
「もうそんな時間経ってた?」
「うん。三十分も」
「ごめん! 時間すっかり忘れてたー!」
委員長は集めたゴミをちりとりに入れ、ゴミ箱に捨てた。
「いやー! 時間って経つのって早いねー!」
委員長は掃除道具を、掃除道具入れに入れた。
「ささ! 早くキミの家行こう!」
少し小さくうなずき、イヤホンをカバンにしまった。
委員長やけにテンション高くないか……?
……いつもこんなもんか。
「これがキミの家?」
「うん」
「へぇー! とっても中気になる!」
きっと奏が掃除してくれてるだろ。
ガチャ
家に入ると、お菓子の甘いにおいがし、床はピカピカで、埃の一つもない。
「「ただいまー(!)」」
奏がエプロン姿で顔を出す。
いつもと違い、髪型がポニーテールになっていて、そのポニーテールが動いた反動でかわいく揺れる。
「お帰り! れいにぃ! 奈那ちゃん!」
「奏ちゃんポニーテールも似合うねー!」
「それ。ポニーテールとっても似合ってるぞ」
奏に笑顔を見せる。
「本当⁉ えへへ~ありがとうれいにぃ!」
奏が柔らかな笑顔になる。
「そうそう! 委員長さん連れて来た?」
「うん。委員長入ってきてー!」
「はーい!」
委員長が家に入り、ドアを閉める。
奏は急いでエプロンを脱ぐ。
「うわー! 綺麗―!」
委員長が家を見渡す。
「あっ! いつもれいにぃがお世話になってます! 妹のかなでです!」
奏が勢いよく頭を下げる。
「こっちもお世話になってますー! 私の名前は清水冬李! よろしくね! 奏ちゃん!」
委員長がとびっきりの笑顔を見せる。
「奏ちゃんってお料理得意なんでしょ?
前に玉子焼き食べさせてもらったけど、とっても美味しかったよ!」
「ホントですか⁉」
奏が目を輝かせる。
「うん! また食べてもいい?」
「ぜひ! ていうかもう冬李さんように作るぐらいですよ!」
奏が胸をポンッと叩く。
「本当⁉ うれしいなー!」
実際そうなったら奏、絶対に体壊すな。
「あっ! チーズケーキ作ったんですけどよければ……」
「いいの⁉ 食べる!」
今度は委員長が目を輝かせた。
奏と委員長が話している間に、洗面所に向かった。
「ねぇねぇ冷斗」
「うん?」
「さっき掃除してた時の冬李ちゃんの表情覚えてる?」
「え? 普通に笑顔だったけど……」
俺が続けて言おうとすると奈那が「いや」と遮る。
「なーんかどことなく暗かったんだよね。自分から掃除したいとかじゃなくて仕方なくしてるだけっていうか……」
奈那が「う~ん」と言い、頭を抱える。
「誰かに押し付けられた的な?」
「委員長なら引き受けそうだけど、ダメなことはしっかりダメって言いそうだしな」
誰かに押し付けられたって言っても、誰も放課後居残りで清掃なんて言われてなかったぞ。
奈那に続き、俺も頭を抱える。
「ダメだわかんねぇ……」
「あんまり深く考えない方がいいのかも」
「それもそうだな」
洗面所から戻ると、チーズのにおいが漂っていた。
「あっ! れいにぃも食べる?」
「うん」
笑顔を奏に見せる。
その笑顔を委員長に見られる。
「え⁉ キミって笑顔になるんだ!」
委員長の声部屋中に響く。
「なるよ。人なんだから」
まぁ、学校とかでは全く笑顔にならないけど。
「キミの笑顔初めて見たかもー! かわいい!」
委員長が少し興奮気味に目を輝かせる。
自分の席に座り、テレビをつけた。
おもしろそうな番組はやってないか。
とりあえずニュース番組にチャンネルを変えた。
「はいれににぃ!」
奏がフォークと少しおしゃれなお皿に乗せたチーズケーキを持ってくる。
「ありがと。いただきまーす」
フォークで一口サイズに切って、食べた。
「うん! 美味しいじゃん!」
「ホント⁉ やった!」
奏が幼稚園児のように跳ねる。
「かなでもっと美味しいお菓子作れるように頑張る!」
「期待してるぞー!」
奏の頭を撫でる。
「兄妹仲いいねー!」
委員長がジュースを飲み、チーズケーキを食べる。
奏は台所に行き、冷蔵庫を開ける。
チーズケーキを食べ進める。
「れいにぃ! お味噌汁と、餃子スープどっちがいい?」
迷わず「餃子スープ」と答えた。
「りょうかいー!」
奏が冷蔵庫から餃子を取り出し、IHコンロの電源を入れる。
「そういえば委員長。俺と一緒に屋上でいたことなんか言われなかったのか?」
「言われたよー! 女子からは、『なんであんな地味な子といるの⁉』とか、男子からは『まさか……あんなヤツと付き合ってるのか⁉』とかねー! 大変だったよー!」
「すまん委員長」
委員長に向かって頭を下げる。
「ううん! 気にしないでよ! とりあえず『たまたまいて話しただけ』って誤魔化したからさ!」
「ありがとう」
委員長がにこっと笑った。
「気になるんだけど、キミって髪の毛白っぽいよね」
委員長が俺の髪の毛を見てすぐに、奏の髪の毛を見る。
「うん。霊感あるからか白いんだよな。奏と母さんは全く白くないんだけど」
ピロンッ! と委員長のスマホがなる。
「やばっ! そろそろ帰らないと!」
委員長が慌てて荷物の整理をする。
「委員長どうした?」
「いやー! そろそろ帰ってペットに餌やらないといけなくてねー」
スマホを起動させ、時間を確認する。
もう十八時過ぎか。
「奏―。委員長帰るってー」
奏が急いで冷蔵庫から何かを取り出した。
委員長と一緒に玄関に向かう。
「ごめんね! お邪魔しちゃって」
「いやいや」
首を横に振る。
「冬李さん! もしよければ……」
奏が委員長に何かを手渡す。
「かなでが作ったブルーベリーパフェです! ぜひ食べてください!」
奏は頭を下げる。
それにつられて俺も頭を下げる。
「作ってくれてありがとう! 今日はとっても楽しかったよ! じゃ! また明日!」
委員長は手を振りながら、ドアを閉めた。
「冬李さんすごいいい人じゃん! てっきり酷いオカルトマニアかと思ってたけど」
「委員長はオカルトマニアなんかじゃないぞ」
「今日でそれがわかったよ!」
奏と俺はリビングに向かう。
「今日はありがとうな。奈那」
「全然いいよこれぐらい! わたしも普通に冷斗に友達出来たこと嬉しいからねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「あれ? 何にも言わない……冷斗大丈夫⁉」
「ちょっと疲れただけ~」
リビングの床に寝転がり、寝た。
第三章 奈那の命日
ピヨピヨと鳥の鳴き声が聞こえる。
眠い目をこすりながら電子時計を見ると、
六月十日(日)午前八時と書かれている。
「冷斗おはよう! 問題! 今日は何の日でしょう!」
「お前の命日」と迷わず答える。
「おー! 正解―!」
奈那が手をパチパチさせる。
「お前に取り憑かれてから一度も忘れたことなんかないぞ」
重い体を何とか起こし、階段を下りてリビングに向かった。
さすがに休日なので奏はまだ起きていなかった。
テーブルに置いてあった食パンをトースターにセットし、タイマーをかける。
「三年前の今日、普通に家出て、いつも通りの学校生活が始まるって思ってたな……」
奈那がどこか寂し気な声でつぶやく。
ちょっと励ましてやるか。
「もしかしたら今日、お前の大好きな夏海に会えるかもな」
「確かに! 今年こそは会いたいなー!」
奈那が目を輝かせる。
台所に行き、お茶を入れる。
「毎年毎年ありがとうね冷斗」
「こっちが好きでやってるだけだ」
入れたてのお茶を一口飲む。
「冷斗は本当に優しいねー!」
奈那が俺の頭を撫でる。
「今日ぐらいは許してやるよ」
「やったー!」
奈那が飛び跳ねる。
チン! とトースターが鳴る。
お皿を持っていき、トースターをお皿にのせる。
「いただきまーす」
奏がいないからなんか味気ないな……。
ガチャ
ずっと仕事に出かけていた、母さんが両手に荷物を抱えて帰って来た。
「ただいまー」
「母さんお帰りー」
トースターを口に咥えている状態で母さんを見る。
「冷斗ごめんね。一か月ぐらい家開けちゃって」
「全然」
手を横に振る。
「奏と奈那の三人っきりで楽しかったよ」
「それならよかった」
母さんは持って帰って来た荷物から何かを冷蔵庫に入れる。
「冷斗休日なのに起きてたんだ」
「うん。奈那の命日だから」
母さんは少し驚いた表情になる。
「そうだったわね。奏は?」
「まだ寝てるんじゃない」
母さんが頷く。
トースターを食べ進める。
「今日はどうするの?」
「奈那のお墓参り行って、奈那の行きつけだったお店で昼ご飯食べて帰って来る」
「わかったわ。夕ご飯までには帰って来てよね」
「はーい」
トースターを食べ終わり母さんのためにお茶を入れる。
母さんは大きなため息をつき、椅子に座った。
「母さんも仕事、お疲れ様」
「ありがとう冷斗」
母さんはお茶を飲み、一息つく。
洗面台に向かい、歯磨きをする。
「奈那何が飲みたい?」
「うーんっとね、コーヒー!」
「お前コーヒー飲めるんだな」
「飲めるよ!」
奈那が怒った口調になる。
歯磨きをし終わり、うがいをする。
トイレをすまし、自分の部屋に行く。
奈那が俺の部屋に飾っているシロクマのぬいぐるみを見つめる。
「どしたー?」
「いや、冷斗の部屋のあるのが不思議だなって思って」
「誰かからの貰い物だから置いてるだけ。誰から貰ったのは、忘れたけど」
「なにそれー」
ガチで誰から貰ったんだろう……。
着替えをすませ、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを背負い、イヤホンを着け、家を出る。
「じゃ、夕飯までには帰って来るから」
「気を付けていってらっしゃい」
ガチャンとドアを閉めた。
外は真夏のように暑い。
「暑いなー」
「そだねー。三年前もこんな暑さだったよ―」
奈那のお墓に行くため、駅に向かう。
「夏海ってどんな子だったんだ?」
「えっとねー! とってもかわいい子!
大好きなんだよね! とっても会いたい!」
会わせたいな。
コンビニに立ち寄り、奈那の好きなクッキーと、缶コーヒーを買う。
「これでいいか?」
「うん!」
奈那が笑顔になる。
店を出て、また駅に向かう。
「なぁなぁ奈那?」
「うん?」
「お前の過去教えてくれよ」
奈那が驚きを隠せない表情になり、少しすると困った表情になる。
「う~ん……いいよ! 教えてあげる!
ちょうどわたしが冷斗に取り憑いて、二年になるもんね!」
そうか。今日でちょうど二年か。
「中学校までは陽キャの女の子だったよ。だけど、高校から変わった」
奈那が真剣な表情になる。
「いつものように靴を履こうとしたら靴がなかったの。そこで気づいた。わたしはいじめられてるんだって。そのあとはドラマで見るようないじめ。制服をどこかに隠されたりお弁当捨てられたりねー。だから学食にしたんだ」
奈那がいじめられたことなんか初めて知ったぞ……。
「なんでいじめられたんだ?」
「さあ? わたしのこと気に食わなかったんじゃない? こんな性格だしねー」
気に食わないがいじめていい理由になるか?
奈那の話を聞きながら頭を抱える。
「ごめんねー。こんな話しちゃって。だけど、わたしいじめられてたんだ。いろんな人からね。だけど、帰ったら夏海に会えるからとか悠くんがいたからとかで頑張って生きてたんだ。ま、死んじゃったけどねー」
奈那が悲しそうに外の景色を眺める。
「ま、これがわたしの過去だよ」
奈那がいじめられてたことなんか初めて知ったな。
額の汗をタオルで拭く。
「ま、わたしの過去ならいつでも聞いてよ! いつでも話すし!」
「了解」
やっと駅に着いた。
駅のコンビニで炭酸ジュースを買う。
プシュッ
ゴクゴクゴク
「あー生き返るー」
「美味しそうに飲むねー!」
改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜けた。
「よしじゃあ行こう!」
「はーい」
ホームに向かう。
「今日の昼ご飯何食べようかな」
「あそこのお店はハンバーグ定食が一番オススメだよ!」
「おー、ハンバーグ定食かー。美味しそうだな」
スマホを取り出し、メールのチェックをする。
やっぱりなんもきてないか。
「電車が来ますので、黄色い線までお下がりください」
アナウンスが流れると電車が来た。
俺は電車に乗り、スマホを触る。
車内は俺と奈那を含めて五人しかいなかった。
「少ないな。休日なのに」
「まああっちの方は田舎だからねー」
「だからトンボ捕まえたりしてたのか」
「そうそう!」
電車が発進し、車内が少し揺れる。
スマホを閉じ、外の景色を眺める。
外は一面畑で、建物は、民家しかない。
「奈那のお母さんって何て名前?」
「南海(みなみ)だよ!」
「了解―」
外観はアニメで見るような田舎だ。
「奈那っていじめられてること親に言ったのか?」
「ううん。言ったのは悠くんぐらいかな。
家族に心配させたくなかったから……」
奈那の声が段々小さくなる。
「靴箱で冷斗が普通に靴をとって、履くことさえわたしには羨ましいんだよ。高校になって靴が靴箱にあったことなんて数えれる回数だからね……」
奈那の過去の話をいろいろ聞いた。
気が付いた奈那のお墓がある所の最寄り駅についた。
電車を降り、奈那のお墓に向かう。
「うわー! 久しぶりだなこの景色!」
「奈那の誕生日ぶりに来たから半年ぶりか」
奈那のお墓がある所はただの田舎であまり人はいない。
奈那のお墓がある方向へと向かう。
「昔はよくここの道、お母さんと夏海で来て一緒に散歩したなー!」
「へぇー。いい思い出じゃん」
俺も昔はよく奏と散歩してたなー。
「お腹減ったなー。なんかここら辺で食べるものない?」
「えーとね! もう少しこの道歩いてたら和菓子屋があるよ! 店主のおばあさん優しいんだよー!」
「和菓子食べたいしよるかー」
奈那の言う通り、道を歩く。
最近奏が洋菓子ばっかり作るから食べれてないんだよな。和菓子食べるのなんか何カ月ぶりだろう。
おっ。ここか。
店の雰囲気は昔ながらの和菓子屋さんだ。
お店に入った。
「失礼しますー。和菓子食べたいんですけどー」
店の奥のふすまから店主と思うおばあさんが出て来た。
「あらあら、若い子が来るなんて久しぶりだねぇ。見たところここら辺の子じゃないねぇ?」
「ええ。ちょっと大好きな子のお墓参りで……」
そう言った瞬間奈那は俺の頭を撫でる。
「もしかして飛鳥奈那ちゃん?」
「はい」
やっぱりおばあさん、奈那こと知ってるんだ。
「ここら辺では有名な子だったよ。姉妹そろって、顔立ちもよくてスタイルもよくてねぇ。今日が命日だったねぇ」
へぇー……。奈那って地元で有名な子だったんだ。
「そうだったそうだった。和菓子を食べに来たんだねぇ。ちょっと待ってねぇ」
おばあさんはふすまの部屋へと戻った。
少しするとおばあさんが茶と団子を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」と言い、お茶を一口飲み、団子を食べた。
久しぶりに和菓子食べたけど、美味しいなやっぱり。
「奈那ちゃんとどういう関係だったんだい?」
「奈那ちゃんと一緒のスイミングスクールだったんですよ」
まあ嘘だけど。
奈那のことを奈那ちゃんって言ったの人生で初めてかも。
「そうなんだねぇ。奈那ちゃんのこと大好きなんだねぇ」
「僕にバタフライとかの泳ぎ方教えてくれたんで」
「やっぱり奈那ちゃんは優しい子だねぇ」
おばあさんは感心した顔でそう言う。
「あの、夏海ちゃんって今どうなってるんですか?」
「夏海ちゃんはお姉ちゃんに似てとってもいい子だよ。つい最近いじめられてた子を助けたらしいわよ」
「そっか。夏海はいじめられてる子を守れる立場になったんだ。わたしとは見た目は似てても、性格は全然似てないな……」
奈那が小さな声で俺の耳元と呟く。
お茶を一口飲む。
「奈那ちゃんも天国で見守ってるんでしょうねぇ」
天国なんかで見守ってなんかしてないですけどね……。
そこから俺は奈那のことについていろいろ聞いたり喋った。
気が付くと時刻は昼前だった。
「僕そろそろお墓参り行かないと。おばあさん、いろいろとありがとうございました」
頭を下げる。
おばあさんは「いやいや」と言い、手を横に振る。
「あの代金は」
「いいよいいよ。そんなの。奈那ちゃんのことがいろいろ知れたのが代金だよ。じゃあ気を付けていってらっしゃい」
「はい」
店を出て、奈那のお墓に再び向かう。
「冷斗って『僕』とか『奈那ちゃん』って言うんだ! 初めて知った!」
「ああいう場所とかだったらな」
やっぱり慣れない。
少し歩いた所で奈那に質問をした。
「奈那に言いたいことがあるんだけどさ」
「なに?」
「夏海とか絶対に触れるなよ。絶対にな」
「わかってる!」
奈那が自信満々気に胸を叩く。
その言葉を信じながら歩き、やっと奈那のお墓に着いた。
「ここがお前が本来居ないとダメな場所だな」
「そうだね」
周りにはやはり誰もいない。
俺は軽くお墓にある落ち葉などを取るなど
の簡単な掃除をし、お墓に奈那の好きなクッキーとコーヒーを置いた。
そして、奈那と一緒に、お墓に手を合わせた。
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだね。久しぶりにこっちに来れてよかった」
「俺もよかった。来れて」
奈那が俺の頭をいつもより長めに撫でる。
「ねぇねぇお母さん、この人誰?」
振り向くと髪が茶色く、小学生ぐらいの女の子が立っている。
「こらこら。すみません」
奈那を見ると、これまでに見たことがない目をしていた。
奈那がこんな目してるってことはそういうことか。
これは帰れそうにないな。
夏海に目線を合わせるため、しゃがんだ。
「いえいえ。初めまして、飛鳥夏海ちゃんっ!」
「なんでお兄さんはなつみの名前知ってるの?」
「昔お姉ちゃんからいろいろ聞いてたからね~。お姉ちゃんとそっくりだね~」
優しく夏海の頭を撫でる。
おばあさんが言ってたけど、本当に奈那とそっくりだな。茶色い髪の色も顔立ちも。
南海さんがとても驚いた顔をする。
「もしかして奈那のお友達ですか?」
「はい! 奈那ちゃんはとっても大好きな子です!」
奈那が俺の頭を撫でる。
夏海が奈那と同じように目を輝かせる。
「お兄さん! ねーねーとどこで知り合ったの?」
「奈那ちゃんが通ってたスイミングスクールで知り合ったよ」
夏海、ごめんな。嘘ついちゃって。
「へぇー!」
夏海、言い方もどことなく奈那に似てる。やっぱり姉妹だな。
「南海さん、奈那ちゃんのお墓参りって奈那ちゃんの友達とか来てるんですか?」
南海さんが首を横に振る。
「奈那が死んだときは奈那の彼氏が来ましたけど、それ以降は……」
「そうですか……」
悠、今は来てないのか……。
奈那はやはり、寂しそうな表情になる。
「お兄ちゃん! 名前なんて言うの?」
「水間冷斗だよ。よろしくね!」
夏海とハイタッチをする。
「冷斗くん、よければ家で一緒に昼ご飯食べませんか?」
「ちょっと待ってくださいねー」
俺はスマホをつけ、メールをするふりをしながら小声で奈那と話をする。
「奈那どうする?」
「もちろん食べる! だって実家のご飯だよ!」
「了解」
奈那からすれば即決の案件か。
「後さ、冷斗の今のキャラなにあれ? はっきり言って気持ち悪いよ」
「めっちゃわかる。俺も吐くぐらい気持ち悪いと思ってる」
昔、奏の友達にいつものように接したら泣かれたんだよな……。それ以来、小さい子と話す時、ああなるんだよな。
スマホを閉じ、南海さんの方を向く。
「食べます!」
「よかったね。夏海」
「うん!」
夏海と手を繋ぎながら、奈那の家まで歩いた。
「お邪魔しますー」
綺麗な家だなー。
ていうか、人の家行くのなんて初めてじゃないか……?
「れい兄ちゃん! これ見て!」
夏海がランドセルを持ってくる。
「これね! ねーねーのでね、なつみも使ってるんだ!」
「へぇー!」
ランドセルに金色の糸で小さくひらがなで「なな」と刺繍をしている。
奈那はそれを見て「懐かしー! わたしのだ! ずっと使ってたなー!」と言った。
「高校のバックってあるの?」
「うん! 持ってくる!」
夏海が少しすると、バックを持ってきた。
「なんでか高校のバックは綺麗じゃないんだよね」
夏海が言ってる通り、ランドセルとは比べ物にならないぐらい汚い。縫い目がたくさんある。
「もういいよ。ありがとう」
「うん!」
夏海は高校のバックと、ランドセルを元の位置に戻す。
「奈那アレって……」
「うん。いじめられてた証拠だよ。蹴られたり、マジックで文字書かれたりしたからね……」
やっぱりか……。夏海は何にも知らないんだな。
「お姉ちゃんのこと今でも好き?」
「うん! ねーねーとっても優しかったし! 強かったし!」
「強いか……。わたしは全然強くなんかないよ夏海……」
奈那が涙ぐみながら言う。
その声を黙って聞くしかなかった。
「冷斗くん、夏海、ご飯できたわよ」
「「「はーい!」」」
夏海が俺の隣の席に座わる。
南海さんが、カルボナーラを俺と夏海に出す。
美味そっ!
「うわー! お母さんの得意料理のカルボナーラだ! 昔わたしが『美味しい!』って言ったらずっと作ってくれたんだよなー!」
そんな思い出があったんだな。
「お母さんが作るカルボナーラとっても美味しいんだよ! ねーねーも『美味しい!』って言ってたし!」
夏海が嬉しそうに話す。
話している時の目は、奈那が夏海のことを話している時と全く同じだ。
「「「いただきまーす!」」」
フォークに上手にカルボナーラを巻き付け口に運んだ。
うんっ! 美味しっ! クリームが麺によく絡んでるし!
「どう冷斗くん? 美味しい?」
「はい! クリームが麺によく絡んでますし!」
「よかった!」
南海さんが笑顔になる。
奈那の笑顔と似てるな。
「夏海ちゃん小学校どう?」
「とっても楽しいよ! けど、やっぱりねーねーがいないのが寂しいかな」
夏海が下を見る。
「ごめんね夏海……」
奈那も下を見る。
「絶対に奈那ちゃんは夏海ちゃんに下を向いてほしいとは思ってないよ」
そう言うと、夏海はすぐに俺の顔を見て、笑顔になった。
夏海はカルボナーラを食べ進める。
「冷斗気持ち悪っ……」
奈那が嫌悪感丸出しの表情をする。
「わかる」
いつもの接し方で接したら、絶対泣かれるよなぁ……。
カルボナーラを食べ終わり、リビングで夏海と遊ぶ。
「れい兄ちゃんはどこに住んでるの?」
夏海が純粋な目でこちらを見る。
「僕はここから電車でニ、三十分のところだよ」
絶対奈那に取り憑かれてなかったら、こっちには来なかったな。
「冷斗くんスイーツ食べる?」
「いいんですか⁉ 食べます!」
南海さんの作るスイーツ気になるな。
「はい。プリンだよ」
南海さんが出してくれたのは自家製プリンだった。
口に運ぶと、優しい甘さが口いっぱいに広がり、一瞬で平らげてしまった。
「南海さんこれ美味しかったです!」
「ふふっ。よかった」
南海さんは優しく笑った。
「れい兄ちゃん! 一緒にねーねーの部屋行こっ!」
奈那って自分の部屋あったんだ。
「うん!」
夏海に弾けるような笑顔を見せた。
「今はどうなってるかなー! 昔はいっぱいぬいぐるみとか置いてたんだけど!」
ぬいぐるみか。かわいいじゃん。
夏海に連れられ、奈那の部屋に着いた。
「毎日わたしがちゃんと掃除してるよ!」
夏海がそう言う通り、部屋は埃一つなく、めちゃくちゃ綺麗だ。
ぬいぐるみもちゃんと洗濯されている。
「わたしの部屋だ! あの頃と何にも変わってないなー! 悠くんがくれたくまさんの置物もそのままだし!」
へぇー彼氏からプレゼントとか貰ってたんだ。
「夏海ちゃんって動物好きなの?」
「うん! ねーねーと一緒に行った虫取りは楽しかったなー!」
夏海は虫取りをする真似をする。
それを見て奈那は笑った。
「そろそろ降りよ!」
「うん」
俺らは奈那の部屋を後にした。
下では南海さんが洗い物をしていた。
夏海がテレビをつける。
「奈那ちゃんが亡くなった時、奈那ちゃんの友達とか来たんですか?」
「小中の友達は来ましたけど……高校の友達で来たのは奈那の彼氏だけです」
「そうですか……」
やっぱりなぁ……。ダメな事聞いちゃったなぁ……。
「ねえねえれい兄ちゃん! 一緒にバスケしよー!」
夏海が俺のところに駆け寄る。
「いいよー!」
そっか。奈那がバスケ部だったからボールとかあるのか。
俺らは裏庭に出た。
裏庭には洗濯物と、バスケゴールが立っていた。
夏海がどこからともなくボールを持ってきそのボールをパスしてきた。
「れい兄ちゃんパス!」
「ほい」
軽くパスをし、夏海がボールを受け、シュートをする。
リングの上を無条件に転がり、地面に落ちた。
「うわっ! 外した!」
「惜しいなー!」
「れい兄ちゃんもシュートして!」
「えええ……わかった……」
あんまりバスケとか得意じゃないんだよなぁ。
俺がシュートをすると無事、外した。
「冷斗下手だなー!」
「うるせぇ。俺こういうの苦手なんだよ」
夏海に気づかれないように会話をする。
夏海が転がったボールを取る。
「ねーねーずっと学校帰ってきたら練習してたんだよ!」
「へぇー!」
夏海はシュートを何本も放ち、その中の数えられる本数がゴールに入る。
「夏海ちゃん。野菜持ってきたよ」
塀の向こうから、袋が揺れる音がする。
「あっ! 隣のおばあさん! 今からそっち行くねー!」
夏海が大声で言う。
「れい兄ちゃんちょっと待ってね!」
俺は頷き、ボールを拾った。
「どうする奈那? ちょっとぐらいやっていいぞ。誰も見てないし」
「やったー! やるやる!」
奈那が幼稚園児のような輝いた目をする。
奈那にボールを渡す。
「いくよー! 見ててね!」
奈那が幼稚園児のような目から一転、真剣な目に変わった。
空気がピリッとした瞬間、シュートを放った。
ボールはとても綺麗な弧を描き、ゴールに入った。
「しゃあ!」
奈那が大きくガッツポーズをする。
その姿はまるで、高校野球のエースのようだ。
「おおーすげぇじゃん」
俺はパチパチと拍手をする。
「でしょー! まだ技術死んでないなー!」
三年間全くバスケしてなくてもあんなにも綺麗な弧を描けれるんだな。
「やっぱりバスケって楽しい!」
奈那はドリブルをし、颯爽と駆け抜け、シュートをする。
奈那の茶色い髪が揺れる。
「レイアップもいけるなー! 冷斗の体借りて、オリンピック目指そうかな……!」
「やーめーろ!」
絶対奈那に体のっとられたら気持ち悪くなるな。
裏庭に干してある洗濯物がひらひらと揺れている。
奈那はシュートを何本も決める。
「うん! じゃあ、ありがとう!」
夏海そろそろ戻って来るな。
「奈那これが最後な」
「りょうかい!」
奈那は線が描かれている場所まで下がる。
よく見るとそこには3と書かれていた。
「ふぅー……」
奈那が息を吐き、スリーポイントシュートを放った。
バサッとゴールが音を立て、ボールが落ちる。
「しゃあー! スリーも決まった! これやっぱり現役いけるな! 冷斗! 体借して!」
「いやムリムリムリ。俺を死なせる気か」
さすがの命日だからってなんでもお願い聞くわけじゃないからな。さすがに。
「れい兄ちゃんー!」
夏海が戻って来る。
急いでボールを拾う。
奈那は急いで俺の左に戻る。
「れい兄ちゃん何してたの?」
「うん? シュートの練習だよ」
「あー! だからシュートの音が聞こえたのか!」
夏海が手をポンッと叩き、頷く。
納得してくれてよかった。
ふとスマホを見て時刻を確認する。
やべ、もう四時か。そろそろ帰るか。奏が心配したらダメだしな。
奏に今から帰るとメールを送り、スマホを閉じる。
「夏海ちゃん。そろそろお家に戻ろうか。僕そろそろ帰らないとダメだし」
「えええ~もっとれい兄ちゃんと遊びたいのに……」
夏海が少し、涙目になる。
夏海をあやしながら奈那の家に戻り荷物をまとめた。
「最後にお仏壇にお祈りさせて」
「うんっ! わかった!」
夏見がお仏壇がある部屋まで案内してくれた。
奈那と夏海と一緒に手を合わせた。
これで今日やることは終わりか。楽しかったな。
玄関に向かう。
「今日はいろいろとありがとうございました! とっても楽しかったです!」
頭を下げる。
「わたしも楽しかった!」
夏海が奈那とそっくりな笑顔になる。
「また来てくださいね」
「はい! また来るからね夏海ちゃん!」
「うんっ! 今度はわたしがれい兄ちゃんの家に行く!」
「おっ! 楽しみにしとくよ!」
夏海の頭を撫でる。
奈那もきっとこうしてたんだろうな。
「じゃあね夏海ちゃん!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
俺は玄関を出て、ドアを閉めた。
周りはすっかり夕焼けになっている。
「今日はどうだった?」
「やっぱり実家はいいね! 久しぶりに楽しめたよ! ありがとう冷斗!」
「感謝するのは俺じゃなくて夏海にしろ。にしても疲れたー! やっぱりあの喋り方キツイな……」
当分は小さい子と遊んだり、関わることやめよう。めちゃくちゃ疲れる。
周りには街頭もなく、なにもない。やっぱり田舎だ。
道端にはいろんな草が生えている。
田んぼにまだ水はない。
「やっぱりバスケは楽しいなー! 体育の時間冷斗の体使っていい?」
「だからムリ」
奈那がため息をつく。
「ささ、電車乗って帰るか」
「そうだね!」
道端に生えている枯れたススキが風によって音を立てながら揺れていた。
第四章 訪問
雲一つない晴天が空いっぱいに広がっている。
「うー! 今日は特別暑いねー! 屋上でお弁当食べる?」
「う~ん……さすがに暑いな」
日光が俺の目を刺激する。
早く教室行きたいな……。
俺はその想いで、教室に向かった。
教室は扇風機がつけられていて、女子たちの制汗剤のにおいが混ざったにおいが充満していた。
気づかれないように自分の席に座り、窓を開けた。
「風が吹いたら涼しいな案外」
「そだね~。どこで食べるの?」
「またその話か。屋上でいいんじゃないか? 暑いけど」
「りょうかーい!」
奈那は明るい笑顔だ。
屋上の陰になっている所で食べるか。
いつも通り外の景色を眺める。
向かいの山のロープウェイが動いている。
「おはよう!」
体が少しビクッとなる。
「おはよう委員長」
委員長からは柑橘系の甘いにおいがする。
委員長、ボーっとしてる時に来るから、毎回驚くんだよな。
「ねね! キミっていとことかいる?」
「いる」
「へぇー! なんて言う名前?」
「千夏(ちなつ)姉ちゃん。写真見る?」
「うん!」
俺はスマホのロックを解き、昔撮った写真を見せた。
「めめちゃくちゃ美人じゃん! えー!奏ちゃんに似てるねー!」
「そうか?」
俺は千夏姉ちゃんの写真を顔を近づけて、じっくりと見る。
言われてみれば……か?
「そうそう! 明日さ!」
「うん?」
「前はキミの家行ったから、明日は家来てよ!」
「あ~うん。全然いいよ。どうせ明日は奏となんか作るだけだったし」
「わかった! じゃあ明日の三時前に来てね! あとこれ地図!」
「はーい。ありがとうー」
委員長から地図をもらうと、委員長は自分の席に戻り、周りと話し始めた。
「おー! とうとう冷斗が人の家に行くのかー! なんだか想像出来ないなー!」
「緊張するからやめてくれ」
「はーい」
クラス中に甲高い笑い声が響く。
「幽霊なんか絶対いないってー!」
「いやいるよー!」
「いやいや! 幽霊見えるとか言ってるヤツはイキってるだけだからなー!」
……は?
ちょっと今のは聞き逃し出来ないな……!
「冷斗落ち着いて!」
奈那が強く、俺の肩を抑える。
「あの子だって悪気があって言ってるんじゃないから! とりあえず深呼吸深呼吸!」
俺は下を向きながら、大きく息を吸う。
「いると思うよ私は」
「冬李それ本気か?」
「うん! だって私、幽霊とか、信じるタイプだからさ!」
「何それかわいいー!」
クラス中にさっきと同じような笑い声が響く。
「話変わるけど今度一緒にカラオケいかない?」
「いいなそれ!」
ワイワイと盛り上がってるのを横目に、委員長は俺に向かってウィンクしてきた。
俺は委員長に向けて手を合わせた。
「さすが冬李ちゃん! 冷斗も落ち着いた?」
「うん……。ありがとう奈那」
「全然いいよこれくらい!」
奈那が明るい笑顔を見せる。
少しし、外を見ると、校門のフェンスはもう閉じていた。
キーンコーンカーンコーンと昼休みを告げるチャイムが学校中に響き渡る。
俺は号令が終わると、体を伸ばした。
「う~! やっとお昼だな~」
「だねー」
俺は四限目の数学の教科書を机にしまい、屋上に向かう。
いつものように購買に行く生徒が、走って購買に向かっている。
「お腹減った……⁉」
いつもは誰もいない階段に二人の生徒がいる。
「霊か? いや、コンタクトしてるし……」
「あれ冬李ちゃんだよ!」
俺と奈那は階段の踊り場から、見られないように顔を出す。
委員長と、クラスの男子が二人きり。
「冬李ちゃん! 好きです!」
委員長は驚く顔ではなく、申し訳なさそうな顔になる。
「ごめんね……。私、別に好きな人がいるんだ……」
男子がとても悲しそうな顔になる。
「じゃ……じゃあね……」
気まずそうに二人が言葉を交わす。
俺らは急いで階段を降り、二人が階段からいなくなったのを確認し、屋上でお昼ご飯を食べた。
「委員長挨拶―」
「はい! 姿勢、起立、礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
ふぅー。やっと学校終わった~。
校庭を見るともう、他クラスの生徒が走っていた。
「今日はこの教室使うから自習とかで居残るの禁止なー。えーと……あっ、水間、後で職員室来い」
体がビクッとなる。
俺なんかしたかな……。
渋々職員室に向かう。
「冷斗何かしたんじゃないー?」
「いやぁ……なんもしてないと思うけど……」
廊下では生徒たちが急いで生徒玄関に向かう。
「失礼します……」
入った瞬間、先生が立っていた。
「あ、水間。お前の髪の色のことなんだが……」
あ~そういえば、地毛証明書先生に提出してなかったな。
「これ、地毛証明書です」
バックから地毛証明書を取り出し、先生に提出する。
「すまんな。校長先生がそこら辺うるさいから……」
「そうなんですね。失礼しました」
職員室を出る。
他の生徒は、いなくなっていた。
外からはセミの鳴き声が聞こえ、涼しい風が吹いている。
「そういえば、なんで冷斗ってイヤホンしてるの?」
「お前と話してるのが不自然に思われないため。まあ、全く意味を成し遂げてないけどな」
俺はイヤホンを外し、カバンにしまった。
靴箱に靴を入れ、校庭に出た。
涼しい風が俺と奈那の髪を揺らす。
いつも通り家に向かう。
「ちょっと遅くなっちゃったね~」
「これぐらいなら奏は心配してないだろ」
俺はスマホをつけメールチェックをする。
いつも通りメールは来ていない。
「ねぇねぇ、あの子のセーラー服、冷斗の学校と一緒じゃない?」
奈那が指を指し、俺はその方向を向く。
「うん? 本当だ」
セーラー服を着ている子が別のセーラー服を着ている女子に詰め寄られている。
「……冬李ちゃんじゃない⁉」
奈那が俺の肩を叩く。
「とりあえず行くぞ!」
「うん!」
急いで委員長の元に向かう。
「久しぶりだね。冬李」
「う、うん……」
「おい。嫌がってるだろ」
咄嗟に女子の腕を掴む。
「はぁ⁉ 何あんた! 冬李の彼氏?」
逆に腕を掴まれる。
「ああそうだよ」
空気がピリッとなる。
「やめな、こんなヤツと付き合うの。他の女の男奪って、その前に付き合ってた男を捨てるヤツだから」
「そ、そんなつもりはなかったよ……」
委員長が絶対に言わないぐらいの弱弱しい声を出す。
「俺は別に捨てられたりしてもいいよ。それぐらい冬李のこと、好きだから」
委員長が驚いた顔でこちらを見る。
「ああ! もう! 話になんない!」
勢いよく掴むのをやめる。そのせいで、壁にぶつかった。
「もういいや。コイツと話しても意味ないし。ささ! 私は帰って、彼氏といちゃつこー!」
女子は委員長の方を向きながら言い、委員長の家とは別の方向に歩きながら帰った。
その場に座った。
ふと、委員長の方を向く。
「ごめんな。彼氏なんて嘘ついちゃって。あと呼び捨てしたことも」
委員長が顔を赤くしながら「ううん」と首を横に振る。
「あ、ありがとう」
「いや別に。家まで送ろうか?」
「ううん。大丈夫。じゃあまた明日」
「うん。また明日」
俺は委員長に手を振り、通学バックを肩にかけ、家に帰る。
「めっちゃかっこよかったよ冷斗!」
「そうか? あ~あ疲れた。奈那もありがと」
「まあ手伝わないといけない場面だったしねー」
通学バックを肩にかけ直す。
「そんなことより明日委員長の家行くときどうすればいい?」
「まあ、わたしだったら私服姿褒とか髪型とか褒めたりしてくれたら嬉しいかなー!」
「わかった」
さすが現役JKだ。
奈那と話していると、突然ピロンッ! とスマホの通知が鳴った。
画面には千夏姉ちゃんのメッセージが表示されている。
俺はウキウキしながらメッセージを開くと冷斗くん久しぶり! 突然だけど今日、冷斗くんの家行っていい? という内容が表示された。俺は はい! 奏にも連絡します! と返信した。すると、かわいい動物のスタンプが送られてきた。
「やった! 千夏姉ちゃんに会える!」
「冷斗嬉しそうだねー!」
「嬉しいに決まってるだろ! 奏に電話しないと!」
急いで電話帳を開き、奏に電話をかけるとすぐに出てくれた。
「もしもし? れいにぃどうしたの?」
「千夏姉ちゃん帰って来るって!」
「ホント⁉ それなら早速今からいっぱい料理作るねー! れいにぃも楽しみに帰って来てねー!」
「りょうかーい」
俺は電話を切った。
「千夏ちゃん久しぶりに見るなー!」
「なー! 正月振りかー!」
今度は何色に髪染めてるんだろー?
俺は胸を躍らせながら、帰り道を歩く。
「あっ! いたいた! 久しぶりだねー!冷斗くん!」
後ろを振り向くと、髪を少し赤く染めた千夏姉ちゃんがいた。
「久しぶり千夏姉ちゃん!」
「ね! まーたおっきくなってー! 奈那ちゃんも久しぶり!」
「久しぶり! 千夏ちゃん!」
奈那と千夏姉ちゃんは同級生で、とても仲がいい。
「千夏姉ちゃん今日はどうしたんですか?」
「ちょうど急遽決まった出張でねー。こっちに来たんだったら奏ちゃんの手料理食べないと!」
「相変わらず、奏の手料理大好きですねー!」
「本当に奏ちゃんは世界中のどのシェフより美味しい料理作るよ!」
千夏姉ちゃんはウキウキしながら、目を輝かせている。
「最近、ずっと歩いてたらナンパされるんだよねー」
「千夏姉ちゃん美人ですもん! 俺の友達もそう言ってましたし!」
「え⁉ 冷斗くん友達出来たの⁉」
「はい! 奈那のおかげで!」
「奈那ちゃんありがとう!」
千夏姉ちゃんはまるで自分のことのように喜ぶ。
「ささ! 着きましたよ!」
「おー! 久しぶりだー!」
俺はドアを開け、家に入る。
「「ただいまー(!)」」
「お帰りれいにぃ! 奈那ちゃん! 千夏ちゃんは?」
「久しぶり! 奏ちゃん!」
千夏姉ちゃんが家に入ると、奏が早速抱き着く。
「おおっ! 相変わらずかわいいねー!」
「えへへ~」
奏がほんわかとした笑顔を見せる。
「そうそう! 今日のご飯はなに?」
「ビーフシチューと千夏ちゃんが大好きなシフォンケーキ!」
「おー! 楽しみだなー!」
「とりあえず、上がってください!」
千夏姉ちゃんと奏が手を繋ぎながら、リビングに向う。
「千夏ちゃんのお団子はやっぱりかわいいなー!」
「なー。ていうかシフォンケーキ作るとかすごいな」
リビングには、シフォンケーキの甘いいい香りが漂う。
「いいにおーい! あれ? そういえば、叶恵ちゃんは帰って来てないの?」
「母さんは今ごろイギリスです」
「大変だなー」
千夏姉ちゃんが椅子に座る。
「あっ! これお土産!」
袋を開けると、中には美味しそうなチョコレートカヌレが八個入っていた。
「奏ちゃんが作るスイーツには負けるけどねー」
「いやいやー! れいにぃと二人で食べるねー!」
奏がカヌレを冷蔵庫に入れる。
「奈那ちゃんの彼氏って、名前悠だよね?」
「うん。急にどうしたんですか?」
「いや、私の知り合いにも同じ名前の人いたなーって思っただけだよ」
千夏姉ちゃんはどこか懐かしそうにスマホを眺める。
「よし! 完成! れいにぃ運ぶの手伝ってー!」
「はーい」
俺は奏がついだビーフシチュ―を千夏姉ちゃんの元に届ける。
「おー! 美味しそう!」
千夏姉ちゃんは早速写真をいろんな角度で撮っている。
「「「「いただきまーす(!)」」」」」
口に入れると、ビーフシチュー特有の濃厚な味わいが、口いっぱいに広がる。
「美味しい―! いやあー! 奏ちゃんの料理は本当に毎日食べたいなー!」
「えへへ~。そう言ってもらって光栄です
!」
千夏姉ちゃんが奏の頭を撫でる。
「千夏ちゃん! れいにぃの小さい頃の写真見たい!」
「おっ! いいよー!」
千夏姉ちゃんはスマホを取り出し、写真アプリを開き、スクロールして昔の俺の写真を探す。
「あった!」
それは昔に撮った髪があまり白くない俺とのツーショットだった。
「それいつの写真ですか」
「えっとねー十三年前!」
ちゃっかりとその写真にはお気に入りがついている。
「冷斗めちゃくちゃかわいいじゃん! えー!」
「れいにぃの昔の写真って、なんでこんなにかわいいんだろー!」
段々と体温が上がってくる。
「千夏姉ちゃんそれぐらいにしてくださいよ」
「えー。じゃあラスト!」
さっきと同じぐらいの俺と千夏姉ちゃんに膝枕され、寝ている写真だ。
写真を見た瞬間二人の目が星のようにキラキラと輝いた。
「寝顔⁉ ダメだコレ! めっちゃ好き! 携帯の待ち受けにしたい!」
「お前には夏海がいるだろ」
奈那は俺の言葉に耳も貸さず、写真をキラキラした目で眺める。
「かわいいでしょー! この頃の冷斗くんは本当にかわいくて、食べちゃいぐらいだったよ!」
「奏も会ってみたいなー!」
「はい! そこまで!」
俺はすかさず、千夏姉ちゃんのスマホの電源を切った。
「けど、冷斗の写真ってどこかで見覚えあるんだよなー」
「気のせいだろ」
俺はビーフシチューを食べ終わり、台所のシンクに置く。
「れいにぃ! 千夏ちゃん! シフォンケーキ食べる?」
「「うん(!)」」
奏が意気揚々と、冷蔵庫からシフォンケーキを取り出し、食器棚からお皿とフォークを取る。
「千夏姉ちゃんなに見てるんです?」
「うん? 昔の写真だよ。また会いたいな……」
千夏姉ちゃんは小さな声で呟く。
奏がシフォンケーキを持ってくる。
「待ってました! 美味しそー!」
千夏姉ちゃんがさっきと同じように写真を撮り、口に運ぶ。
「どう……?」
「うん! 美味しいよ! 前よりか若干酸味強い気がするけど……」
「生地の中にミカンパウダー入れたんだよね……」
「だからかー! 私は前よりこっちの方が好きかな! 冷斗くんは?」
千夏姉ちゃんに聞かれ、シフォンケーキを口に運ぶ。
「俺は前の方が好きかな」
「わかった! なら今度は二種類作るね!」
奏は残ったシフォンケーキを小分けしている。
「やっぱり奏ちゃんが作る料理はどれも美味しいなー! 冷斗くんは本当に幸せだなー!」
千夏姉ちゃんが俺の頭を撫でる。
「奈那にも同じこと言われます」
「みんな羨ましいってことだよ!」
さっきよりも強く頭を撫でる。
「千夏ちゃん! 今日はどうするの?」
「もう帰るかな! あんまり長居してたら会社から不審がられるからねー。あと、残った仕事しないと」
千夏姉ちゃんがお茶を飲み切る。
「ならこれ! 残りのシフォンケーキ! いっぱいあるからね!」
「おっ! それはありがたい! 出張先のお偉いさんに渡そ!」
千夏姉ちゃんは席を立ち、シフォンケーキを受け取る。
「また今度来るときは、冷斗くんの小さい頃の写真印刷して持ってくるねー!」
「やめてください!」
「ま! 私の気分次第だけどー!」
千夏姉ちゃんはいたずらっ子のような笑みを見せる。
「じゃ! また今度! 奏ちゃん! 料理美味しかったよ!」
「はい! 今度来るときはもっともっと美味しいの! 準備するね!」
「うんっ!」
千夏姉ちゃんは奏の頭を撫でる。
「じゃあね冷斗くん、奈那ちゃん! また今度!」
「「うん! またね千夏(姉)ちゃん!」」
千夏姉ちゃんは笑顔で家を出て行った。
「……千夏ちゃん帰っちゃったね」
「な。また会いたい」
「れいにぃやっぱり千夏ちゃんのこと好きだね~」
「まあな」
俺はリビングのソファーに座る。
「ささ、奈那、見たいって言ってた映画でも見るか?」
「え⁉ いいの! 見る見る!」
奈那はその場でかわいく跳ねる。
「れいにぃー! 奏も見る!」
奏が隣に勢いよく座って来た。
「じゃ、見るぞー」
再生ボタンを押し、三人全員映画の世界に引きずり込まれた。
時刻は二時を回り二時半。
昼飯を食べ終わり、昼のワイドショーを見ていた。
奏は洗い物をし終わり、洗濯物を取り込んでいる。
見ていたワイドショーがCMに入った。
「ううう……そろそろ行く準備するかー」
俺は着替えをし、黒色の帽子をかぶり、小さなバックをかけ、玄関に向かう。
「それじゃあ奏。行ってきまーす」
「ちょっと待ってれいにぃ!」
奏が急いで、こちらに向かってくる。
「これ、かなでが作ったヨーグルトパフェ! 冬李さんとれいにぃの分入れてるからね!」
奏が保冷剤が入ったレジ袋を手渡す。
「うん。ありがと。じゃあ行ってくる」
「うん! じゃあね! れいにぃ!」
笑顔で手を振りながら、玄関のドアを閉めた。
外はセミの鳴き声が響いている。
「奏ちゃん、冬李ちゃんの家行くって言った時は驚いてたなー」
「まあ俺が奈那以外の人の家行くなんてヤバいことだからな」
小中とも友達いなかったわけだし。
「冬李ちゃんの家って案外近いんだね」
「な。俺もそこに家あるとは知らなかった」
きっと新築なんだろうな。
道際に生えている雑草が風に気持ちよさそうに吹かれている。
打ち水をしているおばさんに声をかけられ少し裏返った声で返した。
「ここが委員長の家か」
「オシャレな家だね~」
ポストの横にあるチャイムを押し、家から誰かが降りてくる音がする。
ガチャ
家から委員長が出て来た。
「おはよう! ようこそ我が家へ!」
俺は小さく頷き、家に入らせてもらう。
家の中はとても綺麗で、ほのかに杉のいい香りもする。
委員長はいつもと違う私服姿。カジュアルな半袖と、ハーフパンツを着ていいて、いつもと違い髪を降ろしている。
「服、髪型似合ってるじゃん」
「そう? ありがと!」
委員長がひまわりのような笑顔を見せる。
「あっ、委員長。これ」
委員長にレジ袋を差し出す。
委員長がレジ袋の中身を見る。
「うわあ! ヨーグルトパフェだ! 美味しそう!」
委員長がキラキラした目でこちらを見る。
「これ奏ちゃんお手製?」
「うん」
「すっご!」
委員長がもう一回袋の中を見る。
「とりあえず適当に座っててー!」
委員長が嬉しそうに、冷蔵庫にヨーグルトパフェをしまった。
「キミって炭酸飲めるー?」
「飲める」
「了解ー!」
外から涼しい風が部屋に入って来る。
しかし、やっぱり他人の家は緊張するな……。
委員長がコーラとタピオカミルクティーを持ってきた。
「はいこれ!」
「ありがと」
俺は委員長がタピオカミルクティーを飲んだあとに、飲んだ。
「どうしたの? もっとリラックスしてもいいんだよ。ねー! 奈那ちゃん!」
「そうそう! 冷斗緊張しすぎ!」
ううう……慣れねぇ……。
奈那が「もう」とため息をつく。
「委員長引っ越してきたの?」
「うん! ちょうど今年から! 中学時代ちょっとね……」
委員長も奈那と同じで何かあったのか。
奈那が真剣な顔になる。
「昨日、私に詰め寄った子、あの子中学の時の同級生なの」
俺は固唾を飲んで、委員長の話を聞く。
「私、ある男の子と付き合ってたんだ。半年ぐらいしてその子とは別れてちょっとしたら、あの子の彼氏くんに告白されて、その子と付き合ったんだ。そしたらそれがあの子の逆鱗にふれちゃったみたいで、制服びちゃびちゃに濡らされたり、靴隠されたりをされるようになった」
アイツが言ってた「他の女の男を奪ってその前まで付き合ってた彼氏は捨てる」ってこういうことか。
「それで中学時代いたところはいろいろとムリになったからこっちの方に引っ越したんだ」
委員長がタピオカミルクティーを飲みながら言う。
「最近あの子に学校バレて、下校の時間ずらしてたんだよね」
だから掃除してたのか。
「それにしても、昨日はありがとう。助かったよ」
「いいや」
俺はコーラを一口飲む。
「あんなこと言ってごめんな」
「ううん。ああでも言わないとあの子は引かないと思うから」
外からセミの鳴き声が聞こえる。
「気になるから聞くけど、その子の名前って?」
「武田真那(たけだまな)だよ」
聞いたこと……ないな。
「委員長どこの中学校通ってたんだ?」
「南広山中学校だよ」
奈那の実家がある方面か。遠いな。
「こんな暗い話やめやめ! そういえばキミって動物いけるの?」
「まあ大抵は」
トンボとかなら余裕で触れるし。
突然奥の部屋からガタンガタンと物音がする。
体が一瞬ビクッとなる。
「やっぱりこうなっちゃうか~」
委員長が奥の部屋に入る。
「奈那これって……?」
「ワンちゃんじゃない? 前に飼ってたらしいし」
「あ~確かに」
大型犬ではないな。音の大きさ的に。
「にゃあー!」
体が尋常じゃないほど震え上がる。
奈那がそれを見て、「あ~あ~」と呆れたような声を出す。
手に持っていたコーラがこぼれそうになるほど手が震えている。
委員長が猫を抱え上げる。
「あれ? もしかしてー猫ムリ?」
「うん……」
声が震えている。
「昔、化け猫に取り憑かれる夢を見てそれ以来完全にムリ……」
「にゃー?」
「ひっ……!」
委員長に抱えられている猫がこちらに見て鳴いてくる。
「う~ん困ったなぁ……。きなこを別の部屋に放置するわけにもいかないし……」
丸くなった背中を奈那が優しくさすってくれている。
「冷斗深呼吸だよ! 深呼吸!」
「う……うん……」
下を向いて、深呼吸しようとするがどうしても、過呼吸気味の呼吸になる。
「部屋の隅に置くのはどう? 大丈夫?」
震えた声で「うん……」と言い、小さく頷く。
委員長はきなこをゲージに戻し、部屋の隅に置いた。
「きなこ鳴かないでね!」
きなこは言葉がわかっているかのように、
頷いた。
「ていうか意外だなー! キミって弱点とかないと思ってたのに!」
「人なんだからあるよそれぐらい……」
声がまだ震えている。
「へぇ~猫以外にあるの?」
委員長が上目遣いをしながら聞いてくる。
「ない」
「えええ~もっといろいろありそうなんだけどな~」
委員長は椅子をシーソーのようにしながら
タピオカミルクティーを飲む。
やっと震えが止まった。
落ち着くためにコーラを飲んだ。
「委員長の親って何してるんだ?」
「お母さんもお父さんも事務の仕事だよ」
委員長が飾ってある両親の写真を、タピオカミルクティーを咥えながら見ている。
「キミの両親の名前って?」
「母さんが叶恵(かなえ)で、父さんが勉(つとむ)」
「そうなんだ! なんのお仕事してるの?」
「母さんがCAで、父さんは小さい頃に離婚した。奏が一歳にもなってない時に」
「そうなんだ。なんか、ごめんね……」
「ううん」
一気に重い空気になり、時計の音が部屋中に響く。
「私ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん」
委員長が席を離れた。
気まずい雰囲気にしちゃったかなぁ……。
俺は頭の後ろをかく。
「やっぱり蛙の子は蛙だねー」
「急にどうした?」
「武田真那って子、わたしのこといじめてた武田真央(まお)の妹だよ。確か弓道部入りたいから南広山中に通ってたはず」
確かに。南広山中には弓道部がある。
「いじめの仕方も完全にわたしにやってたことだし。蛙の子は蛙だね」
奈那の目と声は完全に呆れている目だ。
委員長がトイレから戻ってきた。
「お待たせ―!」
委員長はいつもと変わらない声になっていた。
「にゃ~」
部屋の隅にいたきなこが小さな声で鳴き出す。
「どちたの~? お腹でもすいた?」
委員長も赤ちゃん言葉になるんだ。意外。
「にゃ!」
「ちょっと待ってねー!」
委員長は奥の部屋に行き、ペットフードを持ってきた。
「ほぉれ~いっぱいお食べ~」
「冷斗も餌やりやってみたら~」
「俺を殺す気か」
委員長がお皿いっぱい入れたペットフードをむしゃむしゃときなこが食べ進める。
「かわいいー! わたしも昔猫ちゃん、飼ってたらよかったなー!」
「そしたらお前の家に行くのをやめてた」
奈那が悔しそうな表情を浮かべる。
「キミって得意なスポーツとかあるの?
学校の体育男女別だから気になるな~って」
「何にもない。昔から苦手だから」
「へぇー」
委員長が髪をいじりだした。
「私の過去言ったんだからさ、キミの過去教えてよ」
髪をいじりながら聞いて来た。
「俺の過去?」
「うん。キミの」
委員長が、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「奈那ちゃんは知ってると思うけど」
「奈那にも言ってないことが一つだけある」
それまでのほほんとしていた奈那が驚いた表情になる。
「え⁉ わたしに言ってない冷斗の過去ってあったの⁉」
「お前の過去を聞いたとき言おうとしたお話さ」
俺はコーラを一口飲んだ。
「小学校四年間はずっと仲間はずれにされてた。俺みたいに霊が見えるヤツは気持ち悪いヤツだからって言われてさ……笑えるよな」
冷笑しながらしゃべり続ける。
「入学したては霊が見えるって言ったら一目置かれる存在になれたけど、二年生からはカーストの高い男子に「そんなわけないだろ! みんなー! コイツ霊が見えるヤバいヤツだぜー!」って言われて二それからずっと話そうとしたら避けられたりされた」
その頃の記憶が頭の底から湧いてくる。それを防ぐように別のことを考える。
「先生にも、母さんにも言えなかった。それから中学入ったら今みたいに誰とも話さないようになった。それから少しして奈那に取り憑かれたってわけ」
目の奥からなぜか涙が出てくる。
その涙を抑えようと必死にこらえる。
「委員長とかの過去よりは全然マシだけどな」
「そんなことないよ! 辛かったんじゃないの?」
「うん。辛かったよ。とっても」
我慢していた涙が少しだけこぼれ落ちる。
「これが俺の過去……かな。今はこうやって楽しく生きられてるわけだけど」
奈那の方を向き、少し涙目の笑顔を見せると、奈那もそれにこたえて、笑顔になってくれる。
「にゃあー!」
「ひっ……!」
体全体に鳥肌が立つ。
「どちたのきなこー!」
「にゃあー!」
委員長がゲージを開けた瞬間、委員長に飛びつく。
「うわっ! 私に甘えたかったの~?」
「にゃあ!」
「そっかー!」
委員長が嬉しそうにきなこの、のどを撫でる。
きなこは気持ちよさそうな声で鳴く。
「へぇー冷斗にもあんな過去があったんだ」
「まあな。奈那のいじめに比べたら全然だけども」
俺のされてたヤツは奈那のとは比べ物にならないんだけども。
「そんなことないよ! 無視されるのが一番辛いとわたしは思ってるから!」
そうか。奈那は無視はされてないのか。
「そうそう! ヨーグルトパフェ食べる?」
俺は委員長の方に目線を合わせ、きなこが目線に入った瞬間そらした。
「食べる」
「了解!」
委員長がきなこをいったんゲージに入れ、冷蔵庫にヨーグルトパフェを取りに行った。
「冬李ちゃんはいい子だな~。かわいいしー!」
「マジメな性格だよな」
あんな人がいじめるって、世の中は残酷だな。
「奏ちゃんは本当に料理上手だねー!」
委員長がスプーンを刺したヨーグルトパフェを落とさないよう慎重に持ってくる。
「私も料理上手になりたいなー」
「料理上手じゃないのか?」
「得意料理はカップ麺です!」
胸を叩き、自信満々気に言う。
意外だなー。委員長が料理が下手って。
俺らはヨーグルトパフェを食べ始めた。
「美味しっ! 頬っぺた落ちちゃうよ~」
「うん! さすが奏だな」
ヨーグルトの酸味と中に入ってるイチゴの甘味がいい感じにマッチしている。
「委員長が他に苦手なことあるのか?」
「う~んやっぱり人間関係かなぁ……。委員長っていう立場上、クラス中の人から信頼される人にならないといけないと私は思うから。いろんな人と話して仲良くないとダメだからね、そのために」
人間関係が苦手って、委員長らしいな。俺は委員長以外のクラスの人と話したことないし。
「ずっと気になってたんだけど、なんで俺に話かけたんだ?」
「いやまぁ……う~ん……とっても言いにくいんだけど……」
委員長がヨーグルトパフェを食べ、タピオカミルクティーを一口飲む。
「じゃんけんで負けた人がキミに話しかけるっていうのに負けたからだよ」
委員長が苦笑いを浮かべる。
「あ~うん。そんな理由だろうなぁって思ってた」
あんな理由じゃないと俺となんかと話したくないだろうな。
「負けたのが委員長でよかった」
「多分あの時キミに話しかけなかったら、ずっと話してないだろうね。キミって、めちゃくちゃ話しずらい性格だし」
「あんなことがあったからな……」
少し体が震える。
あんなことさえなかったらもっといろんな人と話してたんだろうな。
「キミってさ、好きな人いるの?」
委員長が上目遣いをしながら聞いてくる。
「え? う~んまぁ、奈那のことは好き」
奈那がいつもより長めに俺の頭を撫でる。
「私はー?」
「委員長に恋愛感情を抱いたことなんかないな」
「えええー残念だなぁ」
「残念だなぁ」って……。
「逆に委員長は?」
「いないよー」
どこか寂しそうにタピオカミルクティーを飲む。
ああ言ってたのって告白をされたからか。
「高校入学して、何十人から告白されたけど、全部断ってるよ。付き合って誰かに真那がしたことををされたくないから」
委員長が小さなため息をつく。
「だから告白断ったのか」
「そそ……え⁉ 見てたの⁉」
委員長が驚きを隠せない表情になる。
「うん」
「マジか~。ま! キミならいっか!」
委員長がいつもの笑顔に戻る。
「キミぐらいだよ。こんな話が出来る友達なんか」
「他の女子は?」
「恨み買いそうじゃん。男子は男子で、相談したら告白とかされそうだし。ていうことで、一番なんもしてこないキミにこんな話をしてるってわけ!」
確かに俺なら委員長に恨んだり、告白なんかしないな。
俺たちは奏の作ったヨーグルトパフェを食べる。
外に植えているアサガオが湿った風によって揺らされていた。
第五章 二人の過去
どこにでもありそうな一本の横断歩道に、白い花が添えられていた。
半年ぐらい前に女子高校生がトラックにはねられ死亡した事故現場だったことを思い出す。
花を添えたのはきっと遺族か友人だろう。
俺はその歩道橋を少し見る。
手を合わせ、目的地に行く道を歩いた。
少しすると、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
俺は急いで口元を抑えながら、トイレに駆け込んだ。
母さんと奏が一緒に作ったオムライスが想像もしたくない形で口から出る。
『はぁ……はぁ……食中毒か? だけど食中毒にしてはうっ……!』
またオムライスが出てくる。
俺は目的地に行くのをやめ、帰ることにした。
段々と吐き気が収まる。
『ただいま……』
『お帰り。冷斗大丈夫? 顔色悪いけど』
『とりあえず寝る』
またも吐き気が襲ってきた。
急いで洗面台に向かう。
『はぁ……はぁ……なんなんだよこれって……!』
鏡を見ると後ろにジャージ姿の髪をいじっている女子が立っていた。
『誰だお前⁉』
『うわ! びっくりしたー!』
女子が驚きも隠せない表情になる。
少しし、女子が髪を整える。
『わたしの名前は飛鳥奈那! さっきキミが通った事故現場で死んだ女子高校生だよ!取り憑いたからこれからよろしくねー!』
『取り憑いた⁉ おい! 塩かけて成仏させるぞ!』
俺はポケットにしまっている清めの塩を取り出した。
『ちょいちょいちょい! ちょっと待って! 一回わたしの話聞こうよ! ね!』
俺らはとりあえず二階にある俺の部屋に入った。
『わたしずっとあの場所でとある子を待ってたんだ。だけど来ないからあなたに取り憑いて探すことにしたんだ! あとあそこの生活に飽きちゃった!』
絶対後半の理由が大半を占めてるだろ。
俺は大きくため息をついた。
『あなたの名前は?』
『水間冷斗』
『冷斗かー! いい名前じゃん!』
奈那が肩を叩いてくる。
ウッザ……。
『とりあえずこれからよろしくねー! 水間冷斗くんっ!』
奈那が太陽のような笑顔になった。
この日を境に、俺の人生はまるっきり変わっていった。
ゲロゲロゲロと、田舎の夜でしか聞けないカエルの鳴き声が外から聞こえる。
俺はその鳴き声のせいか、珍しく起きてしまった。
「こんな真夜中に起きるなんて何年振りだろ。うん……アレは……?」
ベランダに一人寂しく奈那が座っていた。
何も言わずに奈那の横に座った。
奈那は一度こちらを見つめると、さっきと同じようになる。
夜空にはキレイな星空が広がっていた。
「キレイだな。星空」
「うん。実はわたし天気のいい日は毎日こうしてるの」
「どうして?」
「寝ようとしたらあの頃のトラウマが蘇るの……。机に死ねやアホとかの暴言は当たり前で、トイレで水かけられて制服びちょびちょになったな……」
奈那がため息をつき、星空を見上げる。
「突然なんだけどさ、冷斗は、わたしのこと好き?」
「うん。大好きだよ。とっても」
奈那の頭を優しく撫でる。
「やった!」
奈那が子供のような笑顔を俺に見せる。
「お前が生きてたら俺と、付き合ってたかもな」
「わたしには悠くんいたからそれはないよ~」
風鈴のチリリンという音が響く中、二人で一緒に笑う。
「俺もたまにされてたこと思い出すな。めちゃくちゃ怖い」
「わかる。怖いよね」
カエルの鳴き声が収まる。
「冷斗をいじめてた子って何て言うの?」
「山形学(やまがたまなぶ)」
あのことを思い出し、少し「うっ……」となり、口元を抑える。
「ごめん! 思い出せちゃって!」
「ううん……大丈夫だから……」
時間が経つと、吐き気がマシになり、一緒に星空を見上げる。
「奈那は思い出して気持ち悪くなったりしないのか?」
「ううん。するよ。今は我慢してるだけだよ。普段はこうやってしてる時にずっと気持ち悪くなってるよ。あと泣いてる」
やっぱり奈那も思い出して気持ち悪くなったりするのか。
「そういう時はいっつも悠くんのことを思い出してるよ」
「いい彼氏だったんだな」
「とってもねー!」
奈那がウィンクをする。
「ウィンクかわいいじゃん」
奈那は照れ笑いをする。
「そういえばお前が俺に取り憑いたときに言ってた、『とある子』って悠のこと?」
「うん! だから地縛霊になってたんだ!ま! 今はこんな感じで冷斗の守護霊みたいな感じになってるけどねー!」
涼しい風が吹き、俺らの体を冷やす。
「そうだ! 来週買い物行くか?」
「え⁉ いいの⁉」
奈那がさっきとは全く違う、キラキラした目になる。
「服とか見たいんだったら誰か誘った方がいいと思うけど……」
「だったら奏ちゃんと冬李ちゃんを誘おう!」
奈那が手を星空に向ける。
奏と委員長か。絶対服買うな。
「わたしも服変えたいなー」
「ずっとジャージだよな」
「死んだときの服装がジャージだからね」
カエルがまた大合唱を始めると、俺は大きく欠伸をする。
「ごめんね! こんな真夜中に話しちゃって」
「いいよ。たまには。ふわぁ……すまんけど今日はもう寝るわぁ」
欠伸で出た涙を服でぬぐう。
「うん!」
放った声のテンションとは裏腹に、奈那が少し寂しそうな表情になる。
……仕方ないか。
「一緒に寝るか? いつも床で寝てるんだし」
奈那が目を輝かせる。
「いいの⁉」
「うん」
「やった! 冷斗と一緒に寝るー!」
まるで幼稚園児のように俺の部屋を駆け回る。
昔の奏を思い出すな。昔はよく奏、「れいにぃと一緒じゃないと寝れないー!」って言ってたな。
俺はいつもより左によった。
奈那が空いたスペースに横になる。
「じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
俺は目を閉じ、あのことを思い出しそうになり、必死に別のことを考える。
少しし、目を開ける。
目の前にはすやすや眠る奈那がいた。
「ふっ、ウィンクと一緒で寝顔もかわいいじゃん」
俺はゆっくり目を閉じた。
開けていた窓から、湿った風が部屋に入って来た。
奏と母さんが作った朝ごはんを食べ終え、ゆったりとココアを飲む。
「れいにぃ! 買い物行くときの衣装どっちがいいと思う?」
「え?」
奏が両手で緑色の服と黒色の服を持っている。
自分の前に出し、「どっち?」と聞いてくる。
「え~奈那がどっちがいいと思う?」
「わたしは黒色の服の方が奏ちゃんに似合ってると思う!」
「黒色の服だってー」
「わかった! 奈那ちゃんアドバイスありがと!」
奏が柔らかな笑顔になる。
「いえいえ!」
奈那も同じような笑顔になる。
奏は「お買い物楽しみだなー!」と言いながら、自分の部屋に向かった。
「俺もそろそろ準備するか」
「時間までもうちょっとだしねー」
ココアを飲み干し、奏と同じように自分の部屋に向かった。
歯磨きと着替えをすまし、黒色の帽子をかぶり、いつもの小さなカバンを肩にかけイヤホンを着けた。
「準備完了」
「たまには違う服着たらー? ほら! この黒色の服とかさ! 奏ちゃんとお揃だよ~」
「黒と黒だけどま、いっか」
こういう時は奈那の言うこと信じよう。
さっきまで着ていた服を脱ぎ、奈那が選んだ黒色の服を着た。
「どう?」
「似合ってるじゃん!」
奈那が俺の肩を叩く。
ピンポーンと家のインタホーンの音が家中に響く。
「やべ!」
急いで階段を下った。
玄関を開けると、花のような笑顔で委員長が立っていた。
「あっ! おはよー!」
「おはよう委員長。奏はまだ準備中」
少しすると、奏が急いで顔を出す。
「あっ! おはよー!」
俺の時と全く同じテンションで奏に言う。
「おはようございます! 冬李さん! もうちょっと持ってください!」
「はーい!」
姉妹のような仲の良さだ。
「髪下ろしてる奏ちゃん初めて見たかもー! かわいい!」
そっか。委員長奏のポニーテールの姿しか見たことないのか。
委員長と雑談をしていると奏が出て来た。
「よし! できた!」
奏が見慣れない服装になっている。
「じゃあ母さん行ってきますー」
「気をつけていってらっしゃいー」
テレビの音が聞こえる中、玄関をしめた。
外は梅雨なのにカラッと晴れている。
「悪いな。ここまで来てもらって」
「ううん! しかしキミが買い物に私を誘うとはねー! 意外だったよ!」
「ま、そっちの方が奈那とか奏的には楽しめるからな」
委員長が奏のお団子を見つめる。
「奏ちゃんお団子も似合ってるー!」
「えへへ~普段はお団子なんですよ~」
奏がほんわかとした笑顔を見せる。
俺たちは駅の方向に歩いた。
大切に植えられているバラが、気持ちいい風に吹かれて、揺れていた。
駅に着き、スマホを改札にかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜ける。
休日だけあって、駅のホームには結構な人数がいる。
「列車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」というアナウンスがホームに響き渡った。
すぐに列車の椅子に座り、イヤホンとスマホを接続させた。
十駅も先だからなんか動画でも見るかー。
動画視聴アプリを開き心霊動画と調べる。
「相変わらず好きだねー冷斗は」
「いいだろ別に。奈那も見るか?」
「うん! 見る!」
奈那が見やすいように画面を傾けた。
奈那が目を細めて動画を見る。
さっきまでああ言ってたくせに。
「うわ……怖っ……」
「幽霊のお前が何言ってんだよ」
「幽霊でも幽霊は怖いんだよー!」
人間が人間のこと嫌ったりするのと同じ……か?
見ていた動画が終わり、俺は違う動画を再生する。
「よく見てて飽きないねー」
「だって面白いからな」
好きな曲とかないし、これぐらいしか見るもんがないんだよな。悲しいことに。
電車内に次の駅のアナウンスが響き渡る。
俺はスマホを閉じる。
「奈那、武田真央って子、どんな子だった? 言いたくないんだったら全然いいけど」
「いや言うよ。一言で言っちゃえば、誰とでも仲良くできる子。そのせいで、取り巻きがたくさんいてねー。それには困ったものだよ」
奈那が大きなため息をつく。
「アイツの性格は妹の真那にも完全に遺伝してる」
奈那が握りこぶしを作る。
「やめよやめよ。こんな話。俺から振ってなんだけど」
「そだねー」
俺はスマホをつけ、ネットニュースをテキトーに見る。
興味あるヤツはない……な。
スマホをポケットにしまい、電車の電光掲示板を見る。
あと……三駅か。
肩が急に重くなる。
まーた、奈那が俺にちょっかいかけてんのか。
「奈那―ちょっかいかけるなー」
「え? わたし何にもしてないよ」
「え?」
俺は両横を見る。
委員長と奏が俺の体に寄りかかり、すやすやと眠っていた。
「二人とも寝顔もかわいいねー!」
「委員長とか絶対見られないよな。こんな寝顔」
学校では隙を全く作らない委員長が、隙だらけで寝ている。
電車が目的地の前の駅に止まった。
「おーい委員長、奏起きろー」
俺は二人の肩を優しく叩く。
「う~ん……あれ……? れいにぃ寝てなかったの?」
「奈那といろいろ話してたりしてたからな」
「そっか~」
奏は大きく体を伸ばし、スマホに夢中になる。
委員長はまだ起きない。
「委員長―もう着くぞー」
「ううぅ……ねみゅいよぉ……」
こんな委員長学校では絶対見ないな。
委員長はゆっくりとまた目を閉じる。
「おーきーろー」
「ううぅ…………キミのことだ~いすきだよ~」
「何言ってんだー。委員長寝ぼけてんのかー?」
委員長がもう一度目を閉じる。
「起きろー!」
委員長が目をこする。
「う~ん……おはよう~」
委員長は体を伸ばす。
「なんかわたしヤバいこと言った気がする
な……」
委員長が手を組んで考える。
確かに言ってたな。気にしないけど。
「ま! いっか! どうせキミにしか聞こえてないしねー!」
電車が目的の駅に着いた。
俺らは順に席を立ち、電車から降りる。
「ふー! 着いたー!」
駅は休日だけあって、人でごった返していた。
さっきまで乗っていた電車が新たな人を乗せて発進する。
駅の改札にスマホをかざし、ピコン! と鳴った改札を通り抜け、駅から出る。
駅の外は完全に都会の街並みだ。
四方八方にビルがあり、人がわんさか歩いている。
俺らは買い物をするためにショッピングモ―ルに行った。
「奏ちゃんはお昼何食べたい?」
「えーとね! パスタ!」
「パスタかいいね! よし! 決まり!」
俺の意見はなしかよ。ま、パスタでいいけど。
ショッピングモールの中は休日だけあって人がたくさんいる。
さっきまで汗が出るほど暑かったが、中に入った瞬間体が冷える。
「あそこの服見たい!」
奏が一目散に洋服屋に入る。
「いらっしゃいませ―」
店員さんに軽く会釈をする。
「うわー! 久しぶりに服屋さん入ったなー!」
奈那が少し興奮気味になる。
洋服屋の店内にはオシャレな洋楽が流れている。
「ねね! これとかどう?」
奈那が服を指さす。
俺がその服を奈那の体の前に差し出す。
「おー結構似合ってるじゃん」
「だよねー! 他になにかないかなー!」
奈那がスカートのコーナーに行く。
俺は服を元の位置に戻し、椅子に座った。
少しすると奈那が俺を呼んだ。
俺は奈那の方に歩く。
「これどう⁉」
さっきと同じように奈那の体の前に差し出す。
「う~ん、やっぱり奈那はズボンの方が似合ってる」
「ホント⁉ 冷斗がそう言うならそうなんだろうなー!」
奈那は勝手に店の中を歩く。
服を片付け、自分の服を探しに店の中を探った。
奏と委員長が楽しそうに会話をしている。
それを横目に椅子に座る。
奈那がとても満足した顔で横に立つ。
「冷斗って人多い所苦手だよね?」
「ご名答。よくわかったな」
「わたしと一緒だね」
奈那が少し寂しそうな表情になる。
「もしかしたらアイツがいるかも……ってなるんでしょ?」
「そそ。今もちょっとだけ体震えてる」
「なんで連れてってくれたの?」
「行きたいって言ってたじゃん。あと、お前のこと好きだし」
それを聞いた奈那はいつもより長めに俺の頭を撫でる。
「やーめーろってー!」
「あんなこと言うのが悪いんだぞー!」
奈那が子供のような笑顔になる。
つられて俺も笑顔になる。
「れいにぃ服決まったー!」
奏が嬉しそうに俺の元にきてそう言う。
「はいよー」
奏と委員長が四着の服をかごに入れ、レジに持っていく。
会計を済ませる。
「ありがとうございましたー。またお越しくださいませー」
紙袋に入った服を奏と委員長に渡す。
「ごめんね。私の分も払ってもらって」
委員長が申し訳そうになる。
「いいよいいよ全然。買い物行ってないからお金あるし」
俺らはショッピングモールをぶらぶら歩き気になる店を探す。
「あのお店行きたい!」
奏が指をさしたのは下着屋だった。
「俺は向かいのお店いるからー。委員長奏の世話見ててー」
「了解!」
委員長が奏の手を繋ぎ店に入った。
やっぱり姉妹にしか見えないな。
向かいのお店ってテキトーに言ったけど、陶芸ショップか。
とりあえずお店に入ることにした。
「いらっしゃいませ―!」
若い二十代ぐらいの店員さんが商品を陳列しながら、元気よく挨拶をする。
名札を見ると初心者マークが貼っていた。
バイトの子か。
軽く会釈を済ませ、俺はとりあえず備前焼のコーナーに入り、いろいろと見て回る。
「値段やっぱり高いなー」
「しょんにゃことよりしゃ! 由海(ゆみ)ちゃんがしゃ! 店員しゃんやってってる!」
奈那がとても興奮し、ところどころ噛みながら言ってくる。
目も眩しいぐらいキラキラ輝いている。
「お前の友達?」
「そそ! 小学校の時の同級生! おっきくなってるなー! おじいちゃんが焼き物の職人さんなんだよね! 相変わらずかわいいなー!」
そんなに仲のいい友達いたんだ。
少しして、店員さんに話しかける。
「あの~」
「はい!」
「飛鳥奈那ちゃんって覚えてます?」
「なーなのことなら覚えてますよー! かわいくて! 誰とでも仲良くできて! あとめっちゃくちゃバスケしてたら性格変わるんですよー!」
奈那と同じで興奮気味で言う。
へぇー奈那、「なーな」って呼ばれてたんだ。
「よく頭撫でてもらってましたよー! ところで、お客様、なんでなーなのこと知ってるんです?」
「水泳サークルが一緒でよく泳ぎ方教えてもらってたんですよ!」
「あー! そうなんですね! なーな面倒見よくて人懐っこいからなー!」
面倒見いいって……けど夏海があれぐらい奈那のことが好きだってことは面倒見いいのか。
「なーなとまた会ってみたいなぁ……」
由美さんが少し小さな声で呟く。
「成人式行けなかったから、なーなの連絡先知らないんですよねー。なーなの連絡先知りません?」
俺は少し苦笑いを浮かべる。
「僕もそれ探してるんですよねー」
この感じだったら、奈那が死んだこと知らないのか。
「わかったら、いつでもこのお店来てくださいね!」
「はい!」
笑顔で、お店から出ようとする。
「あっ! よかったらなーなの話聞かせてくれたお礼に! 私が焼いたお皿もらってください!」
「いいんですか⁉」
「素人が作ったやつですけど! よかったら使ってください!」
「ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、奈那も一緒に頭を下げる。
「またのお越しを心からお待ちしております!」
嬉しそうに言いながら手を振った。
笑顔で手を振り返し、近くの椅子に座ると体の力が抜けた。
「どうだった?」
「夢のような時間だったなー!」
奈那の興奮はまだ冷め切ってなくて、まだキラキラと輝いた目をしている。
「言わなくて……よかったよな?」
「うん! どうせ小学校の同窓会とかでいつかわかるよきっと! 言わないでくれてありがと!」
「なんで?」
「わたしが死んだってこと知ったら多分由海ちゃんなら大分落ち込むから。それで仕事に支障与えたくないんだよね……」
さっきとは一転し、少し寂しい口調と、目になる。
「それだけ仲よかったんだな」
「うん! 『なーな』って呼んでるぐらいだしねー!」
奈那がまた目を輝かせる。
あだ名で呼ばれることなんて、俺には一生訪れなさそうだな。
「そういえば今日、冬李ちゃんから『好き』って言われてたじゃーん!」
奈那が「このこのー!」と言いながら肩にぐいぐいとちょっかいをかけてくる。
「あんなのただの寝言だろ」
「そうかなー?」
俺はポケットからスマホを取り出し、時計を見る。
もう十二時か。奏たちの買い物が終わったら昼ご飯だな。
「れいにぃー! なにそれ?」
奏が俺が持っていたお皿を指さす。
「お皿。貰った」
「え⁉ どうやって?」
「店員さん奈那の親友だったから奈那の話したら貰った」
「へぇー」
今度絶対奏が作ったお菓子でも持っていくか。
「パスタ食べに行く?」
「うん!」
奏が笑顔で、委員長の手を握った。
握られた委員長は笑顔で「いこっか!」と言った。
俺は二人の後をついていく。
「もう一回、由海さんに会いに行くかー」
「うん! 絶対会う!」
奈那がさっきと同じ、興奮気味になる。
「うわっ! あの猫かわいいー!」
前にはペットショップがあり、ガラス越しに猫や犬が鳴いている。
俺は即座に横を向いた。
「あっぶね……死ぬところだった……」
「あいかわらず猫嫌いだねー」
息遣いが荒くなり、体中が震え、鳥肌が立つ。
奈那が背中を優しくさすりながら「深呼吸。深呼吸だよー」と言ってくれる。
奈那の言うとおり、深呼吸をすると息遣いが大分マシになった。
奏と委員長が歩き出したのを確認し歩く。
奈那が少し立ち止まり、スポーツショップに売っているバスケットボールを見つめる。
「奈那ってバスケ本当に好きだな」
「うん! とっても好き!」
奈那が目を輝かせる。
バスケットボールでも買ってやろうかな。
奈那と雑談をしていると、生パスタ専門店に着き、お店の中に入った。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「三名です」
「了解です。あちらのお席どうぞー」
店員さんがテーブル席を案内してくれた。
奏と委員長は隣同士に座る。
「奏ちゃんは何食べたい?」
「迷うけどミートスパゲッティ!」
「なら私はー!」
委員長が楽しそうにメニュー表をめくり、奏と話す。
「私も奏ちゃんと同じミートスパゲッティにしよ! キミは?」
「カルボナーラで」
「了解―!」
委員長が呼び出しボタンを押す。
すぐに店員さんが来て、お冷をテーブルに置く。
委員長が注文を済ませる。
奏が委員長にスマホの画面を見せ、姉妹のように会話をする。
「冷斗カルボナーラ好きだっけ?」
「お前が好きなんだろ。だから頼んだ」
「やっさしー! 頭撫でちゃおー!」
「やめろってー!」
お店にはたくさんの人が入って来る。
厨房は大忙しだ。
「お待たせいたしました。ご注文のミートスパゲッティとカルボナーラです」
「待ってましたー!」
奏と委員長がパスタが置かれた瞬間スマホで写真を撮る。
お冷を一口飲む。
「「「いただきまーす(!)」」」
フォークにパスタを、上手に巻き付け、黒い服に落とさないよう慎重に口に運んだ。
やっぱり専門店だけあって美味しいな。
だけど、南海さんが作ったカルボナーラも負けてない。
「うん! これ美味しい!」
「美味しいねー! 奏ちゃんと同じのにしてよかった!」
委員長が笑顔になり、パスタを食べる。
一人、二人とお客さんが入って来る。
「奈那はこうやって悠とご飯食べた?」
「うん! 悠くんとはいっぱいスイーツ食べた!」
奈那が嬉しそうに話す。
「そっか」
やっぱり悠のこと話すときは嬉しそうに話すな。
第六章 真実
ジリジリと暑い太陽の日差しが俺の頭を痛いぐらいに照らす。
今日は奏が友達の家に行くためいない。
家のドアを勢いよく開ける。
「「ただいまー(!)」」
もちろん声は返ってこない。
「なんだか寂しいねー」
「そだなー」
洗面所に顔を洗いに行く。
水道水をひねって出てくる冷たい水で顔を洗う。
「ふー! すっきりしたー!」
「こんな暑い日はねー!」
キッチンにある冷蔵庫におやつを探しに行く。
「あれ? ない」
奏は絶対に家にいない日は冷蔵庫にクッキーとか入れてくれるんだけどなぁ……。
次は冷凍庫を開ける。
冷凍庫にはお皿にバニラアイスがのっていて、ラップが丁寧にかけられていた。
アイスを冷凍庫から取り、キッチンの引き出しからスプーンを取る。
リビングの机には れいにぃお帰り! 冷凍庫に手作りのバニラアイスあるから食べてね! という内容の置手紙が置かれていた。
お茶を入れ、置手紙を机の端によせ、アイスを食べる。
「「いただきまーす」」
食べた瞬間、バニラの味が口いっぱいに広がるのと同時に頭がキーンと痛くなる。
「もうすっかり夏だなー」
「ねー。けど、昔はこんな暑い日でもバスケしてたよー!」
「へぇー」
テレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わす。
「由海さんって、好きな食べ物あるのか?」
「大福だよ! 由海ちゃんと昔はよくあの和菓子屋さんで一緒に食べたなー!」
大福かー。今度奏にフルーツ大福でも作って持って行こう。
ニュース番組がCMに入る。
奈那と話していると、アイスが溶けそうになっていた。
急いでアイスを食べると、さっきよりも頭がキーンとなる。
急いでお茶を一口飲む。
「今日何するー?」
「奏が修学旅行行くから、それの準備。とりあえず、保険証探し」
「修学旅行かー! 由海ちゃんと部屋でまくら投げしたなー!」
修学旅行の記憶なんか一個もないな。奈那はあっていいな。
食べ終わったお皿をキッチンのシンクに置き、タンスから奏の保険証を探す。
「どんなの?」
「黄色の入れ物なんだけど」
「りょーかい!」
奈那も一緒にタンスにあるものを出してくれる。
奏の保険証よりも早く、俺の保険証が入っている黒色の入れ物が出てくる。
「うわ! 小さい頃の冷斗だ! めっちゃかわいい~」
奈那が小さい頃に奏と遊んでいる写真を持っている。
「今とは全く違うね~。こんなにかわいかったんだ~」
写真越しの俺の頭を撫でる。
「小さい頃の写真なんか久しぶりに見たなー」
「あれ? なんか既視感あるなぁ……」
「なにぼーっとしてんだ。保険証探し手伝ってくれ」
「わかった!」
写真を机に置き、奏の保険証を探す。
「これじゃない?」
奈那が黄色の入れ物を持っている。
「それそれ」
入れ物から奏の保険証を取り出し、机の上に置く。
「せっかくだし、俺の保険証もチェックするか」
黒色の入れ物から、自分の保険証を取り出す。
ガシャンと家のドアが開く。
「ただいまー」
母さんが重そうな荷物を持ちながら、家に入って来る。
「お帰りー」
母さんの元に駆け寄り、荷物を仕分ける。
「冷斗これ!」
奈那の大きな声が家中に響き渡る。
「なにー」
奈那が保険証を大きく指さす。
「ほらこれ!」
「え~と、ジナン?」
……は?
俺は急いで保険証を手に持つ。
何度見ても次男と書いている。
もちろん俺には兄はいない。
「母さんこれどういうこと」
母さんが座っている手前に保険証を思いっきり見せる。
「次男ってなに」
氷のように冷たい声でそう言うと、母さんはお茶を一口飲んで、喋り始めた。
オギャー! オギャー! と大きな産声が病院中に響き渡る。
『うわー! あかちゃんだ!』
冷斗がキラキラした目で産まれてきたばかりの奏を見る。
『俺らの妹になるんだぞー!』
悠も冷斗と同じ目で奏を見る。
悠が生まれたての奏を見ている冷斗の写真を撮り、撮った写真をすぐさまお気に入りに登録し、写真アプリのアルバムに追加する。
『にいちゃん! ぼくもにいちゃんになるの?』
『そうだぞー!』
悠が冷斗の頭を撫でる。冷斗の髪の毛は少しだけ白い。
『悠、今日は冷斗のお世話、頼んだよ。お父さんと私は奏と一緒に寝ないとだから』
『わかった! 任せといて!』
悠がポンっと胸を叩いた。
悠と冷斗はすっかり夕焼け空になった空の下を、手を繋ぎながらおばあちゃんが待っている自分の家に戻る。
『にいちゃん』
冷斗が弱弱しい声を出す。
『うん? どうした?』
悠がしゃがみ、冷斗に目線を合わせる。
『幽霊さんがね。ぼくとにいちゃんが一緒にいられなくなるって言うの』
『父さんと母さんの離婚のことか……。俺は父さんの方に引き渡される予定だし……。幽霊さんなんでそんなこと知ってるんだよ……』
悠が冷斗に聞こえない声でボソッと呟く。
『にいちゃん。ずっと一緒にいれるよね?』
冷斗がとても不安そうな顔になる。
『う~ん……もしかしたらいられなくなるかも……』
『え……』
冷斗は今にでも泣きそうな表情になる。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! いれる! 大丈夫だよ!』
悠が弾けるような笑顔を冷斗に見せ、冷斗の頭を撫で、あやす。
『わかった!』
冷斗も悠と同じ笑顔になる。
『さっ! お家に帰ろうか!』
『うん!』
悠が冷斗の手をぎゅっと強く握った。
母さんから兄ちゃんがいたことを言われた
瞬間は信じられなかったが、母さんが見せてくれた写真に、俺とそっくりな人が映っていた。
その写真を見た奈那は見たことないぐらい目を輝かせていた。
俺は自分の部屋で情報を整理することにした。
俺には悠という名の兄ちゃんがいたこと。
父さんが再婚し、半分だけ血がつながっているきょうだいがいること。
兄ちゃんは橋から飛び降りて、二年前に自殺したこと。
奏には絶対にこのことを言わないこと。
俺は頭をかく。
「奈那、お前は今、どんな気持ちなんだ?」
「すっきりした気持ちだよ! 悠くんと冷斗が兄弟ってわかって! どおりで似てるんだよなー!」
奈那が俺の顔をのぞき込む。
「冷斗は?」
俺は少し黙り、考える。
「わかんない……いろいろと……」
「誰だってそうだよ」
奈那が優しく俺の頭を撫でてくれる。
「彼氏が死んだって聞いて、辛くないのか?」
奈那が少し黙る。
「……生きてたら、辛かったと思うよ。だけどわたしも今は死んでるからね」
それを聞いて、涙が出てくる。
「とりあえず! わたしのことは気にしないで! 冷斗はゆっくり休んで!」
奈那がベッドから毛布を取り、俺の体に優しくかけてくれた。
「ありがとう……」
奈那が俺の横にちょこんと座ってくれる。
俺は安心したのかすぐに寝てしまった。
バシャーン!
三時間目の昼休み、奈那はトイレから出ると真央たちに水をかけられた。
『ごめんごめん! 手が滑ちゃった!』
奈那は黙って下を見る。
『けど、びしょびしょになった制服の方がかわいいよー!』
真央たちが嘲笑う。
『いいよ別に。ジャージ持ってきてるし』
『ええー! 残念だなぁー。奈那の制服姿もっとみたいのにー!』
奈那は真央たちに気づかれないようにため息をつく。
『そうそう! ゆーとは上手くいってる?』
奈那は小さく頷く。
『へぇー! まあどうせすぐ別れるよ! 奈那なんかゆーと釣り合わないもんねー!』
一緒にいる女子も同調する。
奈那は足早にトイレから出る。
『あ~あ。逃げられちゃった。ていうかなんでゆーも奈那と別れないんだろうねー』
「さあ?」
真央たちはトイレの鏡で髪を整え、トイレから出る。
会話を聞いていた悠が呆れたように『チッ』と舌打ちをし、教室に向かった。
ほとんどの生徒が外に出て遊んでいる中、奈那は一人で屋上で寝っ転がっていた。
ガシャとドアが開く。
『おっ! 待ってたよー! 悠くん!』
奈那はトイレの時とは全く違う、満点の笑顔になり、悠はにこっと笑う。
奈那の服はやはりジャージで、制服はポリ袋に入っている。
『……真央たちにやられた?』
『うん。毎日こんな感じ』
悠は制服を脱ぎ、ジャージ姿になると、奈那の横に寝っ転がった。
『ごめんな。止めれなくて』
『ううん! 悠くんのせいじゃないし!
こうやって話聞いているだけ嬉しいよ!」
奈那が にー! と笑い、白い歯が光る。
『ありがとう』
悠はスマホを取り出し、まだ髪が白くない時代の冷斗の写真を眺める。
『いっつも見てるけど、それ誰の写真?』
『弟』
『へぇー! 弟くんかわいいね~』
『そうだろー!』
悠が弾けるような笑顔になる。
『わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだな~』
『そう言ってくれて嬉しいよ』
悠が少し照れ笑いをする。
『わたしの妹も、悠くんの弟くんぐらい元気になってほしいなー!』
『夏海ちゃんも奈那みたいなバスケ上手いスポーツ少女になるのかなー』
『なってほしいなー!』
ジリジリと暑い日光が奈那たちの顔を照らす。
外から校庭で遊んでいる生徒たちの声が聞こえる。
『そうそう。今日って奈那の誕生日だよな
?』
『うん!』
奈那の目がキラキラと輝きだした。
『誕生日おめでとー!』
『ありがとう! ……誕プレは?』
『ごめん、ない』
『ええ~……期待したのに……』
奈那がしょぼんとし、ため息をつく。
『うそだよ! じょーだんじょーだん! これあげるから許してくれよ』
悠から貰った小袋を早速開ける。
『えっ! かわいいー! くまさんだー!』
『喜んでもらってよかった』
悠が小さくウィンクした。
学校が終わり、奈那と悠は一緒に帰っていた。
『悠くんいいの? 家の方向逆だけど……』
『いいのいいの! 誕生日ぐらい一緒に帰りたいしー』
悠はキャンディーを咥えながらにこっと笑った。
外はセミが鳴いていて、黄金色になった稲が気持ちよさそうに揺れている。
遠くから人が走って来る。
『おっ! 相変わらず元気だなー』
『ねー!』
『ねーねおかえりー!』
夏海が奈那に抱きつく。
『夏海―! ただいまー!』
奈那がさっきまで繋いでいた手を放し、夏海を抱きかかえる。
『今日は保育所どうだったー⁉』
『たのちかった!』
『そっかそっか!』
奈那が優しく、夏海の頭を撫でる。
『わっ! とっと!』
『ホントだー! トンボだねー!』
夏海がトンボを触ろうと手を伸ばす。
『お久しぶりです南海さん』
悠は小さくお辞儀をする。
『悠くんありがとう。奈那と一緒に帰ってくれて』
『いや全然! 自分がしたいからしてるだけですよー!』
夏海が悠の方を見る。
悠は笑顔で振り向く。
『夏海ちゃん久しぶり!』
『ひさちぶり! ゆうにいちゃん!』
悠はふふっと、優しく笑う。
『キャンディー食べたい?』
『うんっ!』
『何味がいい?』
『いちご!』
悠は頷きながら、ポッケからイチゴ味のキャンディーを取り出した。
『どうぞ』
『ありがとうっ!』
夏海が小さな手で、キャンディーの袋を取る。
『奈那も食べるか?』
『うんっ! オレンジある?』
『あるある。奈那はいつもそれだよなー』
悠がポケットの中を探る。
『悠くんって、なんでキャンディーをそんなに常備してるの?』
『昔大好きだった近所のお姉さんがキャンディーを俺と弟にくれて優しくしてくれたから……かな。はい』
悠がオレンジ味のキャンディーを奈那の手に乗せる。
『へぇー。そんな理由があったんだ』
奈那がキャンディーを口に運ぶ。
『そうだ! 今日、奈那の誕生日パーティーするけど、悠くんも来る?』
『いいんですか⁉ 行きたいです!』
悠が目を輝かせる。
『ならさっそく帰ろう!』
『うん! なつみおうちかえるー!』
奈那が夏海を下ろし、夏海と手を繋いだ。
悠がしゃがみ、夏海と目線を合わせる。
『キャンディー美味しい?』
『うん! おいちい!』
『よかった!』
悠は弾けるような笑顔を夏海に見せたあとに、勉にメールを送った。
『悠くんありがとう。こんなわたしの誕生日祝ってくれて』
奈那は少し寂しそうな表情を浮かべる。
『ううん! 奈那のこと祝ってやりたいしー! 彼氏としてな!』
『やっぱり優しいね悠くんは! 大好きだよっ!』
奈那が優しく悠の頭を撫でた後に、悠のほっぺに優しくキスをした。
今日は月曜日だが祝日、俺は奏が作ったハムエッグをほおばる。
「どうれいにぃ? 美味しい?」
「うん! 美味しいぞー!」
「やった!」
俺は朝ごはんを食べる手をとめ、奏の頭を撫でる。
「あっ! そうそう!」
奏が冷蔵庫の方に行く。
「ちゃんとフルーツ大福作ったからねー!美味しくできたよー!」
「了解―。作ってくれてありがとな」
「由海ちゃん、奏ちゃんが作ったフルーツ大福食べれるなんていいなー!」
ハムエッグを食べ終わり、お皿を台所のシンクに置き、着替えをしに二階に行く。
「いつものでいいよな?」
「せっかくだし前買った服着てよー!」
「はーい」
前に買った服を引き出しから取り、着る。
黒色の帽子をかぶり、小さいバックを肩にかけ、イヤホンを着ける。
一階に降り、奏から大福を受け取る。
「はいこれ! 崩れないようにしてよ! 右から、イチゴ・ミカン・マスカットだから!」
フルーツ大福は、宝石のようにキラキラと輝いている。
マスカットって、いつ買ったんだよ。
「よし。じゃあ行ってくる」
「はーい!」
さすがに祝日だけあって駅もショッピングモールも人でごった返している。
俺と奈那は他のお店に目もくれず、陶芸ショップに向かう。
「いらっしゃいませー!」
由海さんが品出しをしながら、こちらを振り向く。
「あっ! 冷斗さん! お久しぶりです!」
「お久しぶりです由海さん! 特に奈那ちゃんの情報が分かったってことじゃないんですけど……」
俺はフルーツ大福が入った箱を由海さんに差し出す。
「これよかったら……」
由海さんが品出しをしている手を止め、箱を開ける。
「うわあー! 大福だ!」
由海さんが明るい笑顔になる。
「僕の妹が作ったフルーツ大福です! 右からイチゴ・ミカン・マスカットです!」
「お店かと思いましたよー! えー! 私が大福好きだって知ってました?」
「はい! 奈那ちゃんからいっぱい聞きましたからねー!」
由美さんは全く驚かない。
「やっぱりなーなはいろんなことじゃべるなー!」
隣で奈那が苦笑いをする。
「フルーツ大福おじいちゃんと美味しく頂きますね!」
「ぜひそうしてください!」
俺と奈那が頭を下げる。
「では僕はここらへんで」
「はい! ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
由海さんが頭を下げ、俺らに手を振る。
俺と奈那は手を振って、お店を後にした。
「人多いなー」
「ねー。冷斗大丈夫?」
「うん。ありがとう。心配してくれて」
少し歩き、スポーツショップに立ち寄る。
「何買うの?」
「バスケットボール。欲しいだろ?」
「うん!」
奈那がキラキラした笑顔になり、それを見て俺も笑顔になる。
奈那が自由に店内を回る。
俺は椅子に座る。
「兄ちゃんか……」
少しむなしい気持ちになる。
「冷斗―! これ買ってー!」
奈那がウキウキしながら指さしていた赤色のバスケットボールを買った。
「満足か?」
「うん! ありがとう冷斗!」
さっきと同じ、明るい笑顔になった。
俺らは通路に設置されているソファーに座る。
スマホの電源をつけ、イヤホンと接続し、心霊動画を見始める。
ゾッとするシーンが映り、体が冷える。
「うおっ……」
ふと、奈那の方を見ると、体が尋常じゃないほど震えていた。
急いでイヤホンを取る。
「奈那どうした」
口元を手で押さえながら、指さす。
「…………ま…………お…………」
声が震えている。
奈那が震えながら指さしていた方向には、真那とそっくりな人がいた。
「奈那、ごめん」
奈那の方を向き、笑顔を見せた。
奈那の目には涙が溜まって、黒目がぴくぴくと震えていた。
「すみません。飛鳥奈那ちゃんって知ってます?」
「ナナ? あ~いたな~そんなヤツ」
真央は髪をいじる。
「で? 誰あんた?」
「悠の弟です」
真央が少し驚いた顔になる。
「ゆーの弟か。だったらいいこと教えてやるよ」
真央が髪をいじるのをやめる。
「いじめたのは私だけど、初めに奈那をいじめるって言ったのは、ゆーだよ」
「……は?」
なんで兄ちゃんが奈那のことをいじめるんだよ。マジで。
意味わからん。
コツコツと誰かが歩いてくる音がする。
「真央さんお待たせしました! って冷斗じゃん! 久しぶりー!」
小学校の頃、ずっと俺に付きまとって、俺をいじめた声。
学の声だ。
体中に虫唾がはしり、息遣いが荒くなるのと同時に、足が震える。
「お前なにー? 俺の彼女のお姉さんにも小学校の時みたいに、霊が見えるって言ってたのかー? 誰も信じないって! そんなヤバいヤツの話なんかー!」
学が俺の肩を叩き、顔を覗きこんでくる。
あの時と同じ言い方。何度も聞いた「ヤバいヤツ」
目に涙が溜まってき、段々と視界が悪くなる。
あの時の封印していた記憶が頭の底から蘇ってくる。
誰にも相手にされず、こっちから話しても逃げられて。結局、話したのは幽霊さんだけだった。
蘇って来た記憶と同時に、尋常じゃない吐き気が襲ってくる。
すぐさまトイレに駆け込んだ。
奈那に取り憑かれた時とは比べ物にならない吐き気。
朝ごはんのハムエッグは見たくもない形で出てくる。
いつもと違い奈那が後ろから落ち着かせてくれない。
肩に冷たい水がかかる。
力を精一杯出して、鏡を見ると、奈那が見たことない量の涙を流していた。
ごめん……奈那……。俺の勝手な行動で泣かせちゃって……。
俺って、好きな子を泣かせて、しかもその涙を拭いてやれないんだな……。
部活が終わり、コンビニに、立ち寄って買った、アイスを食べる。
『ねえゆー! 聞いてよー!』
真央が甘い声出す。
『飛鳥奈那って子いるじゃん?』
『うん』
『気に入らないんだよねー』
『わかるー!』
真央と仲がいい女子生徒が声を出す。
ブー! とスマホの着信音が鳴り、悠がアプリを開く。
両親からのメールだった。
『はぁ……。かわいいかわいい冷斗の写真眺めてる時に送って来るんじゃねぇよ……』
悠はボソッと呟く。
『どうせ俺じゃなくて、アイツの方を愛してるくせに……』
悠は大きな大きなため息をつく。
『ねぇゆー! 聞いてるー?』
『ごめんなんて?』
『だーかーら! 奈那が気に入らないっていう話だよー!』
『なら靴でもかくしてみたらー。少しは大人しくなるだろー』
『それいいじゃん! ナイスアイデア!』
『うそだよ。じょー……』
いつものように『じょーだん』と言おうとすると、真央が悠に近づき、悠のアイスを食べようとする。
悠はスマホをポケットに入れ、アイスを真央に取られないようにする。
『やめろやめろ。自分の食べろー』
『ええー! いいじゃんゆー! ケチだなぁ……』
真央は上目遣いをし、悠が食べているのと同じアイスをねだる。
『はぁ……仕方ないなぁ。また今度買ってやるから。今日は帰るぞー』
『やったー! はーい!』
真央が甘く、元気な声を出した。
なんとか家に帰ると奏がエプロン姿で待っていた。
「れいにぃお帰り! マスカットケーキ食べる?」
奏が天使のようなかわいい笑顔を浮かべながら聞いてくる。
ごめんな……。今日だけは……どうしても無理なんだ……。
「いらない」
人生で初めて奏のお菓子の誘いを断った。
「……え?」
奏はさっきとは真逆の、まるで世界が終わったかのような顔になり、その場でみじんも動かなくなり、額から汗が出て、目が横に、ブルブルッと揺れている。
「れいにぃ大丈夫⁉ 救急車呼ぼうか⁉」
奏が見たことない焦り方をしていて、スマホの緊急ダイアルに119を入力している。
「大丈夫。寝たら治るから……さ」
奏に極力心配して欲しくないから、俺はいつもの笑顔を作って見せた。
「れいにぃ……」
二階にある自分の部屋に着くと、ガチャンとドアを閉め、部屋の隅に座る。
奈那はベットを思いっきり叩く。
俺は黙ってそれを見る。
「奈那……」
「うるさい! わたしに喋りかけてくるんじゃない!」
奈那の声は聞いたことがないほど怒っていて、俺を刃物のようにとても鋭い目つきで睨む。
「ごめん……」
「『ごめん』じゃないよ! なんなの! 謝ってすむとでも思ってるの!」
奈那が声を荒げ、壁を叩く。
「マジでさあ! なんなの冷斗! マジで嫌い! あんたのことなんか! 取り憑いたのが大間違いだった!」
今の奈那にはいつもの面影などどこにもない。俺はただただ今にでも消えそうな声で「
ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「真央を見つけた時、わたしはすぐさまそこから逃げ出したかった。それなのに冷斗は……!」
奈那がもう一度俺をギロッと睨む。
奈那の言ってることは正しい。だけど俺は兄ちゃんのこと、奈那をいじめたヤツを知りたいばかりに奈那が嫌がることをしてしまった。しかも、学に声をかけられた時、すぐさま逃げた。奈那は頑張って耐えたのに……。
「本当に……お願いだよ……悠くん……助けて……」
奈那の体が小刻みに震え、雫のような涙を流す。
俺は体を丸くし、涙が出ている目をつぶった。
あれから一週間、奈那に取り憑かれてから初めて学校を休んだ。
奈那とは全く話していない。
委員長が三日目にお見舞いに来てくれたらしいが、俺は部屋から出なかった。
今日は久しぶりに学校に行く。
「行ってきますー……」
「行ってらっしゃい。れいにぃ」
奏はどことなく暗い。
きっと気を使ってくれているんだろう。
外に出ると雨がぽつぽつ降っている。
玄関から傘を取り出し、傘をさす。
はぁ……。いつもなら奈那が「天気悪いねー」とかを話してくれるんだろうな。
いつも横に立っている奈那がいない通学路はとてもいびつな感覚だ。
雨がしとしとと降る中、俺は学校の屋上にいた。
奈那をいじめたヤツの弟だぞ。そんなヤツが奈那と一緒に楽しく生きていいのか?
屋上の手すりを掴む。
奈那は屋上の隅から俺を見る。
奈那に微笑み、手すりを掴んでいる両手に力を入れる。
奈那がちらっとこちらを見る。
奈那、ありがとう。俺なんかに取り憑いてくれて。とっても楽しい日々を送らせてもらって。大好きだよ。
「冷斗! 死んじゃダメ!」
奈那が俺の手を掴む。
「やめて! わたし、冷斗に死んでほしくないよ!」
「だって……」
こらえていた涙が出てくる。
「だってぇ……俺は……お前をいじめたヤツの弟だぞ……そんなヤツが今更奈那と仲良くしてるなんて……なんて……」
涙腺が崩壊したのかと思うぐらい、涙が止まらない。
「ううん。冷斗はわたしをいじめたやつの弟なんかじゃない。冷斗は紛れもないわたしの、彼氏の弟だよ」
奈那が笑みを見せ、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「わたしもこの数日どうすればよくわからなかった。だって、自分の彼氏が自分をいじめたやつって言われたからね」
雨がやみ、太陽が雲の隙間から照りさす。
「あの時はごめん。酷いこと言っちゃって……」
「ううん……俺が百悪いから……」
また涙が出てくる。
「本当に、俺に生きてほしいのか?」
「うん! 本当は冷斗がいないとわたし寂しいよ! もっと生きて、冷斗と楽しく過ごしたいよ!」
奈那がいつも通りの笑顔を俺に見せてくれる。
「ありがとう。止めてくれて」
「いやいや! これからも冷斗とずっといたいからね!」
空には虹がかかっている。
「キレイだね~。悠くんと見たかったな~」
涙を濡れた制服でぬぐう。
「そうだ! 今度の金曜日に兄ちゃんに会いにでも行くか!」
「うん!」
奈那の目がキラキラと輝いた。
「さっ! 冷斗教室戻ろう!」
「うん!」
少しジメジメした風が俺らの体を通り抜けた。
第七章 再会
母さんから兄ちゃんが自殺した場所を教えてもらった。
電車で二時間ぐらいかかる場所だった。
キーンコーンカーンコーンと今日の学校生活の終わりを告げる、チャイムが鳴った。
「姿勢! 起立! 礼!」
委員長の大きな声が響く。
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
体をぐーっと伸ばした。
「どうだ? 楽しみか?」
「うん!」
奈那の目は遠足前日の小学生と全く同じでその場を小さく跳ねている。
いつもと同じように教室を出た。
教室では委員長が他の女子と楽しそうに会話をしている。
「冷斗もわたしもいじめがなかったらああやって楽しそうに友達と話せていたんだろうな……」
「俺は友達とかと話すより、奈那と話すほうがずっと楽しいけどなー」
「ホント⁉ 冷斗大好きー!」
奈那が勢いよく頭を撫でてくる。
少しすると、 委員長がこちらに近づいてくる。
「ねね! 今日さ! 一緒にスイーツ食べよ!」
なんでよりによって今日なんだよ……。
「ごめん委員長! 今日はちょっと予定あってムリなんだ!」
深く、頭を下げた。
「えええ……。まさかキミに断られるとはなぁ……。ま! いいよ! また行けばいい話だし! こっちもごめんね! 急に言っちゃって! もっと早く言っとけばよかったよね!」
「委員長ありがとう!」
やっぱり委員長は優しいな。
「そういえば委員長。前に買い物一緒に行ったけど、大丈夫だった?」
「うん! ……とは言えないなぁ……」
委員長が少し苦笑いを浮かべる。
「ま! キミは心配しないでよ! なんとか誤魔化したからさ!」
「ありがとう委員長!」
委員長はにこっと笑った。
「はぁ……冷斗くんと…………」
委員長が小さな声で何か呟く。
「なんか言った委員長?」
「ううん! なんでもないよ!」
通学バックを肩にかける。
「じゃ! また月曜日!」
「うん! じゃあねー!」
手を振りながら、教室を出た。
玄関に降り、学校の敷地から出る。
「ささ! 兄ちゃんに会う前に! 兄ちゃんのことを千夏姉ちゃんに聞くか!」
「うん! 聞く聞く!」
俺は早速、千夏姉ちゃんに電話をかける。
ニコールほどで電話に出てくれた。
「あっ! もしもし千夏姉ちゃん!」
「もしもし、冷斗くん。今日、悠の所行くんだってね」
「はい」
母さんが事前に連絡入れてたのか。
「悠のこと、知りたい?」
「そのために電話しました」
千夏姉ちゃんは数秒だまり、「よし!」と言って話し始める。
「とっても優しくてね、イケメンな人だったよ。会うたびに毎回、『冷斗と奏は元気か?』って聞いてきて。本当に……好きだったな……」
千夏姉ちゃんの声は涙ぐんでいる。
「中学生の時は、あんまり会ってないんだけど、たまに会うとずっと冷斗くんと奏ちゃんのこと聞いてきてね。別れ際には毎回『千夏! 冷斗と奏のこと頼んだぞ!』って言ってたなぁ……」
千夏姉ちゃんの話を聞くと、会いたい気持ちがより一層高ぶる。
「高校になってからは会ってないんだけどお葬式の時はすごい人数来てたよ。まあ、詳しいことは奈那ちゃんに聞いた方がいいよ。私が話せるのは、これぐらい」
「……あるがとうございました」
電話の向こうで小さな、「ふふっ」と言う笑い声が聞こえた。
「ま! 今日会って来て、いろいろ話してきなよ! 今度その話、私にも聞かせてね~」
「わかってますよ!」
「よし! いい子だ! じゃ! 悠に、冷斗くんと奏ちゃんのことは任せといて! って伝えといてねー!」
「はーい! 伝えときますね!」
少しし、電話を切った。
「兄ちゃんって、高校の時、どうだったんだ?」
「人気者だったよ! 本当に! わたしみたいな暗い子にも、真央みたいな明るい子にも話せてね! わたしが寂しそうにしているとそばに寄り添ってくれて、本当に大好きだった!」
「俺も、兄ちゃんみたいになりたかったな……」
「冷斗は冷斗で好きだけどね!」
奈那が俺の頭を荒く撫でた。
「そうそう! どうするの? 今日は?」
「通り道にお前の家あるだろ、奏が作ったお菓子でも届ける」
「おー! 夏海も喜ぶな―! それは!」
時間があまりないため、走って家に向かった。
勢いよくドアを開けた。
「「ただいまー(!)」」
「お帰りれいにぃ! レモンケーキ準備するねー!」
「頼んだー」
二階に上がり、自分の部屋に入り、着替える。
「どうするの、今日のファッションは?」
「黒色でいいだろ」
タンスから黒色のズボンと服を取り出し着替える。
「どう?」
「いいじゃん! 似合ってるー!」
「ならこれでいっか」
いつも通り、黒色の帽子をかぶり、小さなバックを肩にかける。
走って一階に降りる。
一階では奏が箱を持って待機している。
「はいれいにぃ! レモンケーキ!」
奏が丁寧に箱を渡してくる。
「ありがと。じゃ、行ってきますー」
「はーい!」
電車に三十分ほど揺られ、奈那の家がある所に着いた。
相変わらず田舎だ。
「うー! 着いたー!」
体を伸ばし、空気を吸う。
「ささ! 行こー!」
「はいはい」
初めてだな。奈那に関係ない日に、ここに来るのなんか。
少し歩くと、和菓子屋さんがあった。
中に入ろうとしたが、子供たちが集まっていたので中には入らなかった。
外は一面田んぼが広がっている。
「夏海、レモンケーキ喜んでくれるかな?」
「うん! 夏海はわたしに似て、甘い物大好きだからねー!」
奈那の家に着き、涼しい風が吹き、背の高い雑草が揺れている。
ピンポーンと玄関のチャイムを鳴らした。
「はいはーい。あっ! 冷斗くん!」
エプロン姿の南海さんが出てくる。
「お久しぶりです南海さん!」
奈那の目はやっぱり、キラキラと輝いている。
「夏海―! 冷斗くんが来たよー!」
「え⁉」
廊下から大きな足音が聞こえる。
「れい兄ちゃん!」
体操服姿の夏海が勢いよく出て来た。
夏海とハイタッチを交わす。
「久しぶり夏海ちゃん! 元気にしてた?」
「うん! 元気元気! れい兄ちゃんは?」
「僕も元気だよー!」
夏海とまたハイタッチをする。
「今日はどうしたんですか?」
「ちょうど用事があってこっちに来たんでついでに寄っただけです! あとこれ!」
南海さんにレモンケーキが入った箱を丁寧に渡す。
南海さんが、夏海にも見えるように開封する。
「うわー! レモンケーキだ!」
やっぱり言い方、奈那にそっくりだな。
「買ってくれたんですか?」
「いえ! 僕の妹がお菓子とか作るのが得意なんで持ってきました!」
「妹ちゃんすごいですね! ちょっと冷やしてきます!」
南海さんが冷蔵庫に向かう。
「れい兄ちゃん! 妹さんに会いたい!」
「わかった! また今度、連れてくるね!」
「うん! 楽しみにしてる!」
南海さんが戻って来る。
「珍しいですね。こっちに用事なんて」
「ええ」
死んだ兄ちゃんに会いに行くなんて言ったらどうなるか……。
「僕そろそろ行かないといけないんで……失礼しました!」
「いえいえ。また寄ってください」
南海さんが優しく微笑む。
夏海と同じ目線になるようしゃがむ。
「じゃあね夏海ちゃん! 次は妹連れてくるね!」
「うんっ! バイバイれい兄ちゃん!」
「バイバイー!」
手を振りながら南海さんに会釈をし、ドアを閉めた。
外に出た瞬間力が抜け、体を伸ばす。
「どうだった?」
「楽しかったー! とっても! また来たい!」
奈那の興奮はまだ冷め切っていない。
「次来るときは、お盆の時期だな」
俺らは駅に向かってまた歩き出した。
奏が生まれて早、五か月。叶恵と勉は月一で会っていた。
悠が冷斗に抱きつく。
『久しぶり冷斗ー!』
『にいちゃん!』
冷斗はその場でぴょんぴょんかわいく跳ねる。
『相変わらず冷斗はかわいいなー!』
悠が冷斗の頭を撫でる。
冷斗の髪の毛は前会った時よりも明らかに白くなっている。悠はそれを心配そうに見つめる。
『どうしたの? にいちゃん?』
『ううん! なんでもないよ! 冷斗! こっち向いてー!』
冷斗は悠が向けているスマホのカメラに向けてピースをする。
『はいチーズ!』
シャッター音が公園に響く。
『うん! いい写真!』
すぐさま撮った写真をお気に入りに登録し写真アプリのアルバムに追加する。
『悠―冷斗―! お昼ご飯食べるよー!』
『『はーい!』』
走ってレジャーシートが敷かれている場所に向かう。
奏がベビーカーの中で気持ちよさそうに寝ている。
レジャーシートの上には叶恵が今朝作ったおにぎりや唐揚げなどがある。
『冷斗、美味しい?』
『うん! おいしい!』
冷斗はぱくぱくとご飯を食べる。
悠は写真を撮る。
『お気に入りは後でいっか』
そう呟き、スマホをポッケにしまい、冷斗と一緒にご飯を食べる。
『そうそう冷斗! これあげる!』
悠が袋を渡す。
冷斗がウキウキしながら袋を開ける。
『うわー! しろくまさんだー!』
すかさず写真を撮る。
『悠、いつそれ買ったの?』
叶恵が奏の頭を撫でながら聞く。
『冷斗の誕生日に』
『相変わらず冷斗のこと、大好きだね』
『そりゃあ大切な弟だから!』
奏が目を覚まし、出していた離乳食を指さす。
叶恵が離乳食を食べさせる。
冷斗と悠も奏に近づく。
『妹かぁ……。俺のこと、覚えてくれないかなぁ……』
悠が奏の頭を優しく撫でる。
奏が不思議そうな目で悠を見る。
『俺も、冷斗と同じお兄ちゃんなんだけどなぁ……』
悠は悲しそうにおにぎりを食べる。
『にいちゃん! あとでボールあそびしよー!』
『え~』
悠が不満そうな表情を浮かべ、冷斗が泣きそうな表情になる。
「うそだよ! じょーだんじょーだん! あとでしような!」
冷斗に弾けるような笑顔を見せた。
『冷斗の髪の毛……』
『ええ。何度も病院に連れて行ったけど原因不明って言われて』
二人は冷斗と悠に聞こえない声で話す。
『冷斗が幽霊が見えるって言いだしてからなのよね……』
『幽霊の仕業がこれ以上進行してほしくないな……』
『そうね……』
電車に一時間ほど揺られ、電車を降りた。
全く見たことない街だ。
「奈那はここ、来たことあるか?」
「うん! 悠くんとのデートでよく来たよ! ここにもおっきなショッピングモ―ルがあるんだよー!」
「へぇー。そうなんだ」
ようは、二人の思い出の地か。
こっちの方が俺がよく行くショッピングモ―ルよりも近いもんな。
携帯で時刻を確認すると、もう八時。奈那の案内でショッピングモール内のレストランでご飯を食べることにした。
「ここのお店、照り焼きチキンソテーがとっても美味しいんだよ! わたしが悠くんとのデートで最初に食べた食べ物だし!」
やっぱり兄ちゃんのこと喋る時は楽しそうに喋るな。
「いらっしゃいませー。何名様で?」
「ふ……一人です」
人差し指を立てる。
「ご案内します」
店員さんが窓際の席を案内してくれると、お冷を出してくれ、そのまま奈那がオススメした照り焼きチキンソテーを注文した。
奈那の目がいつもより輝いている。
「もしかして、この席、思い出のか?」
「うん! 初めてこのお店で悠くんとご飯食べた時と一緒!」
「そっか」
奈那は窓から外の景色を見ている。
「気になるんだけど、冷斗って悠くんのこと全く覚えてないの?」
「……いや、あるのはあるんだけど……」
一口お冷を飲む。
「……多分、幽霊との記憶が混じってるから覚えてないだけだと思う……」
昔の記憶をよびおこす。
「だって俺、二歳ぐらいから幽霊見えるもん」
「だったら悠くんとの記憶もあんまりないよね」
「しかももう十二年は会ってないし」
いくら思い出しても兄ちゃんとの記憶が出てこない。
……会ったら出てくるか。
少しすると店員さんが料理を運んできてくれた。
チキンソテーが鉄板の上の乗っていてジュージューと食欲をそそる音をたてている。
「ありがとうございます」
「ご注文以上でよろしいですね?」
「はい」
さっそくナイフとフォークを使って、チキンソテーを切る。チキンソテーから美味しそうな肉汁が溢れ出す。
「「いただきまーす(!)」」
チキンソテーを口に運ぶ。
「うん! 美味しい!」
奈那が「ふふっ」と笑う。
「悠くんと食べた時の顔もセリフも一緒だねー! やっぱり兄弟だなー!」
構わずチキンソテーを食べ進める。
「そこまで似てるんだったら会ってみたいな」
「早く食べて行こうよー!」
「はいはい」
チキンソテーを食べ終え、会計をすましショッピングモール内から出る。
スマホの地図アプリを起動させ、兄ちゃんが死んだ場所を目的地に設定する。
「奈那は兄ちゃんが死んだ場所知ってる?」
「知らない。多分人目が付かない場所で自殺したんだろうね」
確かに目的地は路地裏だ。
コンタクトを取り、目的地に向かう。
早速人ごみの中に霊が見える。
「うわっ……すごっ……」
老若男女問わずいろんな霊がいる。
「思えば悠くん、いっぱい小さい頃の冷斗の写真見せてくれたなー!」
「……確かに。めちゃくちゃ写真撮られた気がする……」
「でしょー! けど変わってるねー! 今と昔じゃ、あの優しそうな目つきはどこにいったんだろう!」
優しそうな目つきか。そんなの覚えてないや。
段々と人が少なくなっていき、路地裏に入る。
「もうそろそろだな」
「うん」
胸の高まりが最高潮に達する。
薄暗い路地裏を抜け、街灯と大きな時計ポツリと立っている橋に寂しそうに立っている霊がいる。
スマホの地図アプリが「お疲れ様でした」と音声を流し、案内が終了する。
帽子を深くかぶり直す。
「兄ちゃんか?」
「うん! 間違いなく悠くんだよ!」
奈那は興奮気味で、目は見たことないぐらい、キラキラと輝いている。
「先に声かけてくれよ」
「はーい!」
奈那が元気な声を出し、幽霊がいる方向に
ゆっくりと歩く。
「悠くん!」
奈那が幽霊の肩を叩く。
「な、奈那⁉ なんでここに!」
「会いたくて来ちゃったー! 久しぶりー!」
嬉しそうにする奈那と反対的に、兄ちゃんは涙を流す。
「ごめん……本当に……実は俺が……」
悠は大粒の涙を流す。
「わかってる。真央から聞いたから」
「……奈那のいじめを止めたかった。だけど……止めて……俺までもいじめの対象になっていじめられるのが怖かったから……真央たちから仲間外れになるのが嫌だったから……真央たちに何も言えなくて……止めれなかった……」
兄ちゃんは涙を自分の服でぬぐう。
「そのいじめで奈那が死んだってわかって……なんだか……いろいろとわかんなくなって……死にたくなった……」
奈那が兄ちゃんの頭を優しく撫でる。
「うん。そうだよ。わたしだってそうするよ。いじめられたくなんかないもん」
兄ちゃんが今にでも消えそうな声で「ごめん……ごめん……」と何度も呟く。
「悠くん、今も悠くんのこと大好きだし、悠くんのこと嫌いなったことなんてないよ」
「……ありがとう」
街灯がチカチカと光り、少しジメジメとした風が俺らの髪の毛を揺らす。
「悠くん、ゆっくりでいいからわたしの質問に答えてくれる?」
兄ちゃんはとても小さく頷く。
「なんでいじめられたわたしと付き合ったの?」
兄ちゃんは少しの間黙った。
「……嘘告だよ。最初はすぐに別れるつもりだったけど、一緒にいたらその気持ちがなくなった」
そのことを聞き、奈那も少し黙った。
「そっか。すっかり信じちゃったなー!
けど今だったらわたしのことはー?」
奈那が兄ちゃんの顔を覗きこんだ。
「……大好きだよ……とっても」
兄ちゃんは少しだけ顔を赤らめていた。
「その言葉、わたしが生きていた時に聞きたかったなー!」
奈那は橋の欄干に腰掛ける。
兄ちゃんも奈那の横に腰掛ける。
「そして今日は! 悠くんが一番好きな人もいるよー!」
「俺が一番好きな人?」
兄ちゃんが首をかしげる。
「それがー!」
兄ちゃんに近づく。
「久しぶり。兄ちゃん」
帽子を脱ぎ、子供のような笑顔を兄ちゃんに見せる。
兄ちゃんの目が震え、涙が出ている。
「れ、冷斗!」
兄ちゃんがおもいっきり俺に抱き着き、さっきまでと雰囲気が違う。
懐かしい。俺が小さい頃に遊んでもらってた人だ。
「兄ちゃん! 懐かしい?」
わざと子供っぽく接する。
「うん! ずっとずっと会いたかった!」
兄ちゃんの目には涙がもう溜まっている。
「すっかり大人になって!」
兄ちゃんが力任せに俺の頭を撫で、弾けるような笑顔になる。
「わたし、やっぱり悠くんの笑顔好きだなー!」
「お前、三年前と同じこと言ってる」
奈那と兄ちゃんが同じタイミングで顔を合わせて笑った。
「どうだ冷斗―? 学校は?」
「奈那のおかげで楽しいよ」
「そうかそうかー!」
兄ちゃんの目は星のようにキラキラと輝いている。
「兄ちゃん。気になるんだけど、兄ちゃんには俺じゃない弟いるんでしょ? その子のために生きようとしなかったの?」
「うん。父さんから『冷斗みたいに接しろ』って言われたけどムリだった。だって、俺にとってのきょうだいは、冷斗と奏だけだもん。全く愛せなくて、アイツからすれば最低な兄ちゃんだろうな……」
兄ちゃんが空を見る。
「後悔は?」
「してるよ。もっといい兄ちゃん演じれてたらよかったなーって」
兄ちゃんがもう一度大きなため息をつく。
「そういう思いもあってこうやって成仏できてないんだろな」
兄ちゃんが体を伸ばす。
「奏の写真見る?」
「見る見る!」
スマホの電源をつけ、奏が料理をし、ウィンクしながら天使のような笑顔でこっちを向いている写真を見せる。
「え⁉ かっわいい!」
まるで小動物を見たリアクションだ。
兄ちゃんがその場でかわいくはねた。
「奏、今はこんなかわいくなってるのかー! へぇー! 大人になったなー!」
兄ちゃんがさらにスマホに近づく。
「あれ? そういえば、奈那と冷斗ってどういう関係?」
「わたし冷斗に取り憑いたんだよねー。だからずっと冷斗と一緒にいるの!」
「へぇー! そうなんだ! だったら俺も冷斗に取り憑こうかなー!」
兄ちゃんがいたずらっ子のような目つきで見る。
「やめてくれよ……奈那だけで手一杯なんだから」
目に少し涙が出てくる。
「うそだよ! じょーだんじょーだん! 昔から冷斗は俺のじょーだんに引っかかるんだからー!」
懐かしい。よく兄ちゃんの冗談に引っかかって慰めてもらったな。
「ま、取り憑いてみたい気持ちもあるけどー! だって奈那見てたら楽しそうだし!」
「うん! 楽しいよ! めちゃくちゃ! 奏ちゃんとか冷斗の友達と話せたりして!」
「へぇー! いいなー!」
またいたずらっ子のような目で見てくる。
「はぁ……仕方ないなぁ。また今度考えとく」
二人ともが目を輝かせ、二人ともその場で嬉しそうに跳ねる。
「そういえば、奏って俺の存在知ってるのか?」
首を横に振った。
「知ってない。ていうか俺も兄ちゃんの存在、母さんに言われたの最近だし」
兄ちゃんが悲しそうな表情を浮かべる。
「ま、奏もいつかは知ることになるだろ。知っても俺と違って会えないけど」
「ああ~。確かに。悲しいなぁ……」
奏が兄ちゃんのこと知ったらどうなることやら。
俺も橋の欄干に腰をかけた。
「冷斗は奏に、ちゃんと優しくしてるよな?」
「うん! もちろん!」
兄ちゃんは優しく笑う。
「そっか。そこら辺は俺と一緒だな。きょうだい想いっていう面では」
兄ちゃんがかわいくウィンクをした。
「そうそう! 千夏姉ちゃんから『冷斗くんと奏ちゃんは任せて!』って言う伝言も預かった」
「さすが千夏だな! あー! いろんな人にもう一回会いたいなー!」
「わかるー! わたしもたまにそうなるなー!」
二人とも楽しそう。こんなに奈那が笑顔で話しているのを、久しぶりに見た気がする。
「悠くんは将来わたしと結婚したかった?」
「したくなかったらあんなに家にも行ってない」
「うううー! もっと生きたかったなー!」
奈那がぐぅーっと体を伸ばす。
「けど、死ななかったら俺には会えてないぞ」
「確かに! それも一理あるな~」
奈那はかわいい笑みを浮かべる。
ゴーン! とポツリと立っている時計が鳴る。
時計の針は二十二時を指していた。
「さっ! そろそろ帰らないとね。奏ちゃんが心配しているだろうし」
「そうだな」
欄干から離れ、体を伸ばす。
「冷斗のこと頼んだぞー! 奈那!」
「うん! 冷斗のことは任せといてよ!」
二人は指切りげんまんをする。
「そうそう冷斗!」
兄ちゃんが俺の耳元に近づいてきた。
「奈那のこと、絶対に幸せにしてくれ。兄ちゃんとの約束だぞ」
子供っぽい笑顔で「うん!」と言った。
「じゃ、また会いに来る! 今度は奏も連れて!」
「うん! 楽しみにしてるなー!」
兄ちゃんが俺の頭を撫でる。
「じゃあな冷斗!」
「うん!」
俺だけ兄ちゃんから離れる。
「悠くん!」
「うん?」
兄ちゃんが不思議そうな顔を浮かべる。
奈那が兄ちゃんに飛びつき、兄ちゃんの頬に、キスをした。
俺は驚きのあまり口を手で隠す。
兄ちゃんは少し顔を赤らめる。
「奈那―! びっくりするだろー!」
「ごめんごめん! 久しぶりにしたかったんだ!」
「ま、別にいいけどー」
兄ちゃんが少し照れ笑いをする。
「じゃ! また来てくれ! 高校生活楽しめよー!」
「「はーい!」」
奈那と一緒に手を振りながら歩き、段々と兄ちゃんの姿が見えなくなった。
明るい繁華街に出る。
「兄ちゃんにまた会いに行こうな」
「うん! 会う会う!」
俺は優しく笑い、体を伸ばす。
「奈那はさ、兄ちゃんとずっといたい?」
奈那は少し考え、黙り込む。
「いたいな~。だって大好きな彼氏だもん!」
「そっか」
やっぱり兄ちゃんのこと大好きだな。
「取り憑かれてもいいかもな~」
「えええ⁉」
奈那が口元を隠す。
「だって奈那がそうしたいんだったら別にそうしてもいいかな~って。どうせ取り憑かれて死にそうになるのも一日だけだもん。それで一生楽しくなるんだったらそれぐらい我慢するよ俺は」
ふと奈那の方を見ると、奈那の目に大量の涙が溜まっている。
「奈那大丈夫か⁉」
「嬉し涙だよ! 冷斗大好き!」
奈那が勢いよく俺に抱きつく。
「俺もだよ」
「冷斗―!」
いつもより荒く、俺の頭を撫で、頬に、キスをした。
「……っっっ⁉」
「あれ? もしかしてーキスされたことない?」
奈那が少し苦笑いを浮かべながら聞いてくる。
「う……うん……」
自分でもわかるぐらい頬が赤くなり、体温が上がっている。
キスなんて初めてされた……。
「ってことはわたしが初めてキスした人かー!」
「そ、そうなるな……」
ううぅ……なんだか不思議な感覚だ……。
「ふふっ! 照れてる冷斗初めて見たけどかわいいー!」
奈那が俺の頭をもう一度撫でた。
「と、とりあえず、奏に兄ちゃんの存在伝えてからな」
「うん!」
奈那がかわいい笑顔でそう言う。
「奈那」
「うん?」
奈那が不思議そうな顔を浮かべる。
……あらためて、この気持ちを伝えるのはまた今度でいっか。
「これからもよろしく」
奈那は少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに笑顔になる。
「うん! これからもよろしくねー! 水間冷斗くんっ!」
奈那があの時と全く同じ、太陽のような笑顔を浮かべた。
~終~