六花の薔薇


初めての海を満喫した翼は夕食の準備に励んでいた。思う存分海ではしゃぎ今までの人生の中で一番笑った日になった。
海で遊んだ後御影の別荘へと向かった翼達。
なんとなく御影の別荘を想像していたがこれまた想像以上の大きさに戸惑った。
やはり御影は只者ではないということを再認識させられた。
そんな事を考えながら広すぎる厨房で夕食の準備をする翼。

「庵が料理作れるなんて驚きだよー」

真理愛は隣で手際よく料理をする庵に驚きを隠せないでいた。

「料理だけじゃなく庵様はスイーツも作れるのです!真理愛ちゃん!」

庵が料理をする姿にうきうきなかぐや。

「え、嘘!知らなかった!」

真理愛とかぐやに挟まれて凝視される庵は何処か落ち着きがない。

「あまり見られるとやりづらい」
「え〜だって手馴れすぎてて見てて気持ちいいんだもん」

真理愛の言う通り本当に手際がいい。
無駄な動きがなく淡々とこなしていく様は普段からしていないと出せない要領の良さだ。
翼はその動きを見つつも自身に任された仕事をこなしていく。

「翼ちゃんも手際良いよね」
「ありがとう、家で作ってたから」
「凄いなあ〜、私なんて厨房に立たせて貰えないんだよ〜」
「真理愛ちゃん達は仕方ないよ 使用人さんいるんでしょう?」
「うん、仕事奪っちゃう事になるしね〜ってそうだよ!普通やらせて貰えないんだよ!なんで庵出来るの!?」

真理愛の疑問を聞いてかぐやはにこにこ笑う。

「何故かと言うとですね!」
「家の方針だ」

かぐやが言いたげな顔していたにも関わらず庵に言われた事に少しがっかりするかぐや。

「方針?」
「南雲家は誰でも家事は出来るよう教育されてる 母上の方針だ」
「え?庵のお母様ってあのふわふわしておっとりした雰囲気の天鞠(てまり)様だよね…」
「…そうだが?」

真理愛はあの天鞠(てまり)様の優しい笑顔を思い出していた。一度だけ庵の屋敷にかぐやと行った時にたまたま対面した。六花の妻になる人物というのは箱入り中の箱入り娘だ。昔から使用人が身の回りの世話をするのが当たり前の生活の中で家事が出来るように教育されているのに真理愛は驚く。ましてやあのおっとりした天鞠てまり様だ。そう言った教育をする様には見えなかった。

「庵様はお部屋もご自分でお掃除するのです ねっ?庵様」
「あぁ」
「えー!そんな事までするの!?でもなんで?」
「…昔からそうだったから分からん ただ母上はいつも自分の事は自分で出来るようになりなさと言っていたな」
「へぇ〜、時期六花のお母様達の中では珍しい考えの方ね」
「…そうだな」

翼はこの会話を聞いて頭にはてなが浮かぶ。
【リアゾン】ではごく普通の考えだ。母親というのは子どもが困らないよう自分の身の回りの事は出来るよう躾るのが一般的だ。

「でも私わたくしは天鞠(てまり)様の考えは凄く素敵だと思いますわ」
「そうだね!私も好き!」

真理愛とかぐやはにこにこと笑い合う。

「………」

ふたりに挟まれた庵は自分の母親が褒められているのがむず痒かった。

「ねえねえ、翼ちゃん!」
「?」
「【リアゾン】ではやっぱり自分の事は自分でするの?」

真理愛の言葉に翼は頷いた。

「家庭それぞれだと思うけど、身の回りの事は自分でやるって言うのは一般的だと思うよ」
「やっぱりそうなんだ」
「まあ、俺たちは貴族の中でも位が上だ 下級のもの達は自分の事は自分でするのが当たり前だろう 使用人に任せる等上流階級の貴族だけだと思うが」
「確かに!庵頭良い!」
「ふふふ」

かぐやが微笑ましく笑う。

「私も天鞠(てまり)様みたいなお母様が良かったなぁ〜」
「私わたくしもです」
「真理愛ちゃんとかぐやちゃんののお母様はどんな人なの?」

翼は気になり言葉を発した。
その言葉に真理愛が口を開く。

「ん〜私のお母様はなんて言うのかなあ あまり子どもに関心ないんだ〜私を生んだのは六花に嫁ぐ為の条件だったから生んだだけ あまり部屋から出てこないし」
「…そう、なんだ」

明るい真理愛からは想像し難い母親で翼は聞いてはいけない話を聞いてしまったと後悔する。

「そんなもんだろ 時期六花の母親なんて」

翼の表情を察して庵は言葉を紡ぐ。

「かぐやの母上も真理愛と似たようなもんだ」
「私わたくしのお母様も嫌々 私わたくしを生んで今はもうこの世にはおりません 時期六花に嫁ぐ子どもを生むのが分家の女に課せられた使命 家に縛られ自由のきかない人生だと感じる女性は少なくありませんから」
「……」

国のトップに君臨する一族にはそれぞれ考えられないしがらみがあるのだと翼は実感した。
御影も母親とはいい関係ではない様子だったし、大人の世界も色々あるのだと悟る。

「だからね、庵のお母様は特別だよ」
「そうですね、私わたくしを本当の娘の様に可愛がってくれますから」
「ね〜天鞠(てまり)様本当に素敵だよね〜」
「…もう母上の話題はいい」

少し恥ずかしくなった庵は頬を少し赤らめながら話題を遮った。そして庵は翼に視線を向ける。

「おい、そっちは出来たんだろうな」
「…あ、うん もう出来る」
「も〜!庵!おいじゃない!翼ちゃん!名前があるのにおいとはなにー!」

真理愛はぽかぽかと庵の背中を殴る。
それに鬱陶しいという表情をしながら料理を皿に盛り付けていく。

「うわあ!美味しそう〜」

ぽかぽかと殴る手を止め真理愛は料理に興味津々。

「ほら、持っていけ」
「はーい!」

庵は真理愛に料理を渡し、リビングにある大きなダイニングテーブルに料理を運んでいく真理愛。
作られた料理がテーブルの上に並べられていく。
人数が多い分、料理の数も多い。

「おお〜!美味しそう!」

いい匂いに釣られて壱夜がリビングに顔を出す。

「ね!美味しそうだよね〜お腹空いちゃったよ〜」

壱夜の言葉に真理愛が答える。

「真理愛が作ったのどれ?」
「え、私手伝いしかしてないから…」
「じゃあ、手伝ったのはどれ?」

優しく笑う壱夜。

「これ…ポテトサラダ…じゃがいもの皮剥いだ…」
「うん!美味しそう!1番に食べるわ!」

その笑顔に少しドキッとした。

「ほ、ほら!早く皆呼んできて!」
「はーい!」

皆を呼びに行った壱夜の背中をただ真理愛は眺めていた。ドキリと脈打つ心臓に手を当て落ち着かす。

「…もう…」

高くなる体温が引くのをただただ待っていた。

「真理愛ちゃん?どうしたんです?顔赤いですよ?」
「か、かぐや!なんでもないなんでもない!あはは」

誤魔化しきれない誤魔化し方でまだ運ばれていない料理を受け取りに行った。
何かが変わった自分に気づかないふりをして…。