「おっらぁぁああ!」
海偉は野太い声を上げ吸血種の男の頬に思いっきりパンチをお見舞いする。
先程の変な音と共に気づいたらこのよく分からないおもちゃ箱をひっくり返したような部屋にいた。次々現れる吸血種に襲いかかられる中全て返り討ちにしていた。
「舐めんじゃねーぞ、ハンターの末裔を!」
目の前で気絶している吸血種達に中指を立てべーっと舌を出す。
そして海偉はくるりと後ろを振り返り物陰に隠れる子ども達に声をかける。
「もう大丈夫だ」
その言葉に数人の子ども達が顔を出す。
怯えた顔でうるうると瞳に涙を溜めている。
海偉自身何が起こっているのか最初は分からなかったが仮面を付けた吸血種達が襲ってくること、鬼ごっこという単語。
これは吸血種が人間種を狩るということ、それを鬼ごっこと呼んでいるのだろうと想像ができた。
そこらは襲ってくる吸血種を全て返り討ちにしていた。
海偉はその子ども達の頭を撫でた。
「ここはもう大丈夫そうだ、さっきの所で終わるまで隠れてろな?俺は他の部屋行って、お前らの仲間助けるから絶対に顔出すなよ」
そう言うとコクコクと頷く子ども達。
海偉はニコッと微笑んで次の部屋へと足を進めた。
一部屋一部屋扉が着いており、扉を開けるとまた同じような部屋が広がる。
ここがどのような造りなのか全く把握が出来ない。海偉はカチャと次の扉を開けた。
すると海偉の目の前には赤い赤い血の海が顔を出す。
「…ぇ」
そしてその血の海の先には男が子どもの首に牙をたてジュルジュルと音を立てながら吸っている。
その光景を見た途端海偉は考えるよりも先に身体が動き殴り掛かっていた。
「!?」
だが意図も簡単に海偉の攻撃は避けられた。
今までの吸血種とは身のこなしが違う。
その吸血種の男はフラフラと立ち上がり、海偉を凝視する。
「…さっきの人間だぁ」
そしてにやっと笑った。
「…さっき?」
気味の悪い吸血種。
ニタニタと笑みを浮かべ身体はふらふらと左右に振っている。
「【学園】にいたよね〜、僕ね君の血が吸いたくてね〜。でもね刻ときに怒られたんだぁ〜。君はハンターの一族なんだってねぇ〜。殺しちゃダメだって怒られたんだぁ〜。あの時は」
-こいつ、俺を襲った吸血種か!?
【学園】の森を歩いていた時に変な気配を察したと思ったら急な衝撃に意識を失った。
-こいつが…。
「でもねぇ〜、もうねぇ〜。鬼ごっこ始まったからいいんだよぉ〜。食べてもいいんだって刻とき言ってたから来たんだよぉ〜」
語尾の伸びた変な話し方にイライラする海偉。
するとその吸血種は海偉の目の前から消えた。
「…っ!!」
消えたと思ったら海偉の背後から強烈な蹴りを食らわされる。壁まで飛ばされた海偉は咄嗟に受身を取る。
「凄いね〜凄いね〜!やっぱりハンターの一族だよ〜、あははははっ」
「…頭イカれてんじゃねーの、お前」
「…頭?そうだねぇ〜、そうかもねぇ〜。僕ね血を飲まないと頭おかしくなるだぁ〜、もうずっとそうなんだなぁ〜」
海偉はそいつの言っている意味が分からない。
「だからねぇ〜、まずはあの子達の飲んでいいよねぇ〜」
そう言ってそいつはにやっと笑い、物陰に隠れる子ども達目掛けて走り始めた。
海偉もその男の後を追った。必死に手を伸ばす。
震え強ばる子ども達の顔…。
-ダメだ!ダメだ!
ドゴォォォォォン!!
「なに…」
大きな破壊音が愁と陸玖がいる部屋まで届く。
「…向こうの部屋からだよな」
愁は部屋の扉を指差す。
陸玖と愁は立ち上がり、その扉へと向かう。
「待って、僕も行く」
「は?ダメだ、お前はその子達とここで待ってろ」
物陰に隠れる数人の子ども達を指さしここにいろと諭す。
「嫌だ!行く!お願い!連れてって!」
「ダメだって、ほら隠れとけ」
「………」
陸玖はふたりのやり取りを眺める。
「なんでそんなに行きたいの?死んじゃうかもしれないよ?」
陸玖の言葉に少年は言葉を発する。
「…お兄さんが、鬼ごっこが始まる前『終わりにする』って言ってくれたんだ」
鬼ごっこが始まる前。
始まりの合図のブザーがなる中。
『何が起こるか分からねーけど、絶対俺が終わりにするから!お前達を助けるから!だから…』
意識が途切れそうな中
『生きろよ!』
その言葉が聞こえた。
「だから、僕はお兄さんともう一度会いたい」
その言葉を聞いた陸玖はお兄らしいなと思った。
一体何が始まるか分からない中で、お兄は必死だったんだ。
お兄は頭がとにかくきれる、何となくその場の雰囲気や誰かの発する言葉でこれから起こるおおよそのことは予想が出来ていたんだろう。
だから『生きろよ』なんて言葉が出たんだ。
「だったら、尚更ここにいて。危険な場所へは連れて行けない。」
「でも!」
「絶対会わせてあげるから。あの子達守って待ってて」
陸玖の言葉に少年は渋々頷いた。
「あのね!気をつけてね!」
「うん」
「それとね、ハクには気をつけてね。他の人とは違うよ。あれは吸血゛鬼゛だから」
「陸玖!行くぞ」
「…うん」
陸玖は愁の後を追う。
さっき少年の言葉。
『吸血゛鬼゛だから』
その言葉に違和感を覚える。
-吸血…鬼…
少年はずっと吸血種と言っていた。
なのにそのハクという人物に対しては吸血゛鬼゛と言った。その表現が陸玖の心に違和感を落とす。
部屋から部屋へと扉を開けるを繰り返し音のする方へと向かう。
扉を開けても開けても同じような部屋が広がる。
壁や床に血の後や、倒れている子どももいれば血の後もない部屋もある。
子ども達の姿は見えないが、きっと何処かに隠れているんだろう。
幸い吸血種とは出会わなかった。
ただどんどんさっきの破壊音が近づいてくる。
ガチャ
一番大きく聞こえた破壊音と同時に扉を開けた。
「…お兄」
陸玖は小さな声で呟く。
目の前の部屋は赤く血の海が出来ており、壁中に血が飛んでいる。壁が崩壊している所もある。
激しい戦闘をしていた事は一目瞭然だった。
でも、陸玖はそんな事より今目の前の状況を把握するのに精一杯だった。
子どもを抱えて逃げながらも追いかけてくる白髪の男と交戦している海偉の姿。
「海偉!!!!」
愁の声に海偉は視線をこちらに向ける。
一瞬驚いたように目を見開いた海偉は優しく微笑み抱えている子どもを愁に放り投げた。
円を書くように小さな身体が宙に舞う。
「っ!!!」
愁は子どもを危機一髪で子どもを抱き止めた。
横目で無事子どもを抱き止めた愁を確認した陸玖は海偉へと視線を戻す。
海偉は子どもを抱き止めた愁に安堵した表情をするも、その後ろから白髪の男が迫って来ていた。
「お兄!!!!!!」
陸玖は精一杯の声を上げ、海偉へと向かう陸玖。
白髪の男は大きな口を開け、牙を覗かせる。
-お兄!お兄!お兄!
その瞬間血飛沫が舞った。
目の前がスローモーションに見えた。
海偉の首元に躊躇もなく齧り付く男。
目の前が赤くなる。赤…赤…赤…赤赤赤赤赤赤
-ぁ…まただ…。
その頃私はいつも本を読んでいた。
周りの子ども達が外で遊ぶ中、私はずっと部屋の中にいた。
部屋の窓から眺める外は私には眩しかった。
聞こえる音も多い、五感が人より鋭いせいでよく体調を崩していた。
そんな中両親が死んだ。
仕事先で事故にあったと言うのだ。
親戚もいなかった私は養護施設へと送られた。
あまり感情が顔にもでなければ自分の感情に鈍感で両親が亡くなっても涙ひとつ見せない私を大人達は少し気持ち悪がっていたのを覚えている。
養護施設に行っても私は何ら変わりはなかった。
毎日毎日部屋で本を読んで過ごす生活。
そんな時だ。
兄様が現れたのは…。
『陸玖ちゃん、ちょっといいかな』
施設の先生が珍しく声をかけてくるそれを不思議に思い先生の後をついて行った。
客間に通された私は部屋の窓から外を眺める男の人に目がいった。
『陸玖ちゃんの親戚の人よ』
先生はそう言った。
自分に親戚がいたなんてこの時まで知らなかった。
私に気づいた男の人は私を見るなりニコッと笑った。
『陸玖迎えに来たぞ』
緑色の瞳がきらりと揺れる。
私の目と同じ色。
それが加賀美空羅、兄様との出会いだった。
それから私は加賀美家へと引き取られ養護施設を出た。
何が何だか分からないまま加賀美家へと連れて行かれた。施設の外へ出るのは久しぶりで、街中の音や人の匂い、気配…様々なものに当てられ加賀美の家へ着いた頃には身体が悲鳴を上げていて熱を出していた。
『空羅、お帰りなさい』
『お帰り空羅』
出迎えてくれたのは加賀美の両親。
ふんわりとした雰囲気の女性とキリッとした少し怖そうな男性。
その2人を見るなり兄様は優しい笑顔になった。
『ただいま、この子が陸玖だよ』
『あら、可愛い。陸玖ちゃんこれからよろしくね』
『疲れただろう、食事にしようか?』
両親の優しい笑顔、暖かい家。
何だかこの人達は他の人と違って嫌な感じがしなかった。
その瞬間安心したのだろうか、私は意識を失った。
次に目が覚めた時見慣れない天井に加賀美家に来たんだと思い出す。
覚醒しない頭で天井を眺めていると、横から視線を感じ視線を横へと向けた。
するとそこには空羅とよく似た幼い子どもが陸玖をじーっと見ていた。
陸玖と目が合ったその子は一瞬びっくりした顔をして部屋から出て行った。
『兄ちゃん!陸玖が起きたー!』
その声と共に空羅とその子が部屋に入ってくる。
『陸玖、大丈夫か?』
陸玖は空羅のその言葉にコクっと頷く。
『まだちょっと熱高いな、ご飯食べれそうか?』
『…うん』
『じゃあ、少しでもいいから食べような。あ、そうだ』
空羅は海偉を自分の前へ誘導した。
『こいつは海偉、俺の弟だよ。陸玖よりは3歳年上だ。仲良くしてやって』
陸玖は空羅から海偉へと視線を移す。
少し緊張気味の海偉の表情が面白かったのを覚えている。
それから私はこの加賀美家で色々な事を教えて貰った。
加賀美家は代々ヴァンパイアハンターの一族の末裔として今も【リアゾン】と【リデルガ】の均衡を保つため影で色々な仕事に就いていること。
ハンターの一族は緑の瞳で生まれる事が多い事、そして私の父は空羅と海偉の母親である希那きなさんと姉弟きょうだいである事。
色々な事を少しずつ…。
『陸玖ちゃんは悟(さとり)によく似てる』
『…お父さん?』
『えぇ、目の形とか特にね。』
希那(きな)さんはたまに私の父の話をしてくれた。
父はハンターの一族に生まれた事が嫌で、成人してから加賀美の姓を捨て私の母と結婚したのだと言う。ハンターの歴史は深い、完全に切り離す事は出来ずたまにハンターの仕事をしていたのだそう。その時は教えてくれなかったが、私が13歳になった時両親が亡くなったのはハンターの仕事中だったという事実を教えてくれた。
加賀美家に来た陸玖の一日と言うと希那さんの家事の手伝いをしたり歳の近い海偉とよく一緒に遊んだ。
空羅はハンターの仕事に忙しくたまにしか家にはいなかったが家にいる時は海偉と陸玖とよく遊んでくれる優しいお兄ちゃんだった。
陸玖には兄弟はいなくひとりっこであったため空羅と海偉の関係は少し羨ましいと思っていた。
空羅が海偉を見る目も海偉が空羅を見る目も尊敬や愛を含む眼差しだったのを覚えている。
兄を慕う弟、海偉は空羅が帰ってくるといつも一番に出迎えていた。
『兄ちゃん!』
そう言って空羅に飛びつく海偉。
『ほら、陸玖もおいで』
そう言われ陸玖も空羅に遠慮気味に飛びつく。
その陸玖の行動に空羅も海偉も笑った。
そんなただ穏やかな日常がずっと続くと思っていた。
加賀美家に来て一年が経った頃、ここでの生活にも慣れ陸玖は表情が顔に出るようになっていた。
そんな時だった陸玖の一言が始まりだった。
『兄さまに会いたいな』
陸玖のボソッと呟いた言葉だった。
何気ない一言。
『…会いに行く?』
『え?』
『俺も兄ちゃんに会いたい、』
『でもどこに行ってるか分からないよ?』
『…俺分かるよ』
家を出た海偉は迷いもなく歩みを進めていく。
小さな身体で一生懸命着いていくる陸玖を気遣いながらも海偉は歩みを止めなかった。
『…ここどこ?』
境界線付近の森の中、枝や草花を押し退け進んでいく。
『…兄様こんな所にいるの?』
『前に後を付けたんだ、あそこ』
海偉が指さしたのは大きな古いトンネルのような通路。
海偉は中には入らず、入口の近くの木を背もたれにし座る。
『ここで待っとこう、兄ちゃん来るから』
『…うん』
陸玖は海偉の隣に座りただじっとふたりでそのトンネルを見つめた。
そして待てど暮らせど空羅は現れない。
痺れを切らした陸玖は徐おもむろに立ち上がるとトンネルへと走り出す。
『陸玖!ダメだって!』
『大丈夫だよ~、兄様に会うだけだからっ!』
『陸玖っ』
トンネルの入口に立つと冷たい風が一気に流れ込んでくる。それでも陸玖は走る足を止めなかった。
暗いトンネルの中も空羅に会えると思ったら何故か怖くはなかった。
『陸玖!戻って!』
海偉が慌てるように声をかけ追いかけてくる。
その時ピタッと陸玖の足が止まった。
『…陸玖?』
追いついた海偉は陸玖の視線の先へと目を向ける。
『……。』
誰?陸玖の目の前には同じ歳くらいの子どもが蹲っている。
『大丈夫?』
海偉は蹲っている子の背中を撫でながら声をかける。
『…お兄…』
『…気持ち悪い?大丈夫?』
海偉の言葉に反応を示さない子ども。
どうしようと不安になっていると…
『お兄!!!その子から離れて!!』
陸玖の大きな言葉。
『…ぇ』
その瞬間海偉の身体がふわっと浮いた。
衝撃で目を瞑る。
『海偉、大丈夫か?』
耳に指す居心地のいい声がした。
『兄ちゃん!』
空羅はしっかり海偉を抱き抱え、その子どもから距離を取っていた。
『陸玖、もう大丈夫だ』
『…兄様』
『海偉、陸玖連れて逃げろ』
『でも、兄ちゃん…』
『大丈夫だ、父さんと母さん呼んできてくれ。』
『…陸玖行くよ』
海偉は陸玖の手を引っ張りトンネルから出ようと試みる。
『いや!兄様といる!』
『ダメだよ!陸玖!』
『陸玖!!』
空羅が陸玖の名前を呼ぶ。
『帰ったら何して遊ぶか考えとけよ!今日は朝まで付き合ってやる!海偉!頼んだぞ』
空羅の言葉に海偉は頷いて、陸玖の手を引っ張りトンネルから出た。
その後の事はあんまり覚えていない。
気づいたら大人達が沢山いて、兄様は死んだと言われた。あの子どもが何だったのか、どうして兄様が死んだのか私は覚えていない。
兄様が死んで加賀美家は変わった。
朗らかで優しかった希那さんは自室に篭もり続け時折部屋からは泣き声と叫び声が聞こえ、海偉の父は仕事ばかりで家に寄り付かなくなった。
あの時私がトンネルの中に入らなければ兄様は死なずにすんだのか…。
そんな事をずっと考えていた。
兄様が亡くなって一年経った頃、希那さんも死んだ。死因は自殺。兄様を失った事が耐えられなかったんだろう。
私がここに来なければずっと幸せでいられたかもしれない。
お兄から兄様を奪わないで済んだかもしれない。
みんなみんな、私のせいだ。
私の…。
『…陸玖』
『………』
『陸玖のせいじゃないよ、僕のせいだよ』
そう言って希那さんのお葬式が終わった後お兄は私の前で初めて泣いた。
声を押し殺しながら、大粒の涙を流して。
その姿を見ていたら、私も涙が止まらなくてふたりしてその日は目が腫れるまで泣いた。
誰も知らない。ふたりだけの記憶。
まだ幼い私たちには残酷で心が壊れそうで、助けてくれる大人もいなかった。
だから、ふたりで耐えた。耐えたんだ。
もう二度とあんな思いしないって…。
「お兄!!!!!!!」
手を伸ばしても掴めないものってきっとこの世にはあると思う。でも今は絶対に掴まなきゃいけない時何だと思う。
陸玖は倒れる瞬間の海偉の身体を受け止める。
「お兄!しっかりして!お兄!」
ぐたっと力が抜けた海偉の身体。
「…嘘だ、ろ」
海偉の首元から血液が流れる。
「あはははははっ!美味しいねえ〜とっても美味しいよ〜!ハンターの血ってこんなに美味しいんだね!でも…なんか前にも似た味あった、な…?」
珀はケラケラと笑いながら、少し考える。
「…まぁ、でも僕覚えてないし」
するとゴォォオという音と共に地震のように揺れ始めた。そして部屋が崩れ始め床は地割れを起こしたように割れ始める。
「うわっ!」
愁の目の前で床は地割れを起こす。
そのせいで、陸玖と海偉の元へと行けない。
「陸玖!!海偉!!!」
名前を呼んでも周りの音がうるさく愁の声が届かない。
泣か叫びながら海偉の名前を呼び身体を揺さぶる陸玖の姿。その目の前でケラケラ笑う白髪の男。
それを最後に愁は意識を失った。
「…様!愁様!」
遠くから聞こえる声が段々近くなってくる。
「愁様!」
「…っ!」
意識を取り戻した愁の隣には全身黒ずくめの男が愁の身体を揺すっていた。
「大丈夫ですか!意識取り戻しましたね!」
「…ぁ、あぁ」
意識を失った愁は鬼ごっこが始まる前の赤の間にいた。壁に上半身を持たれさせる体勢で。
「私暗血線の鷹でございます。御影様の命めいを受け参りました。」
「…ぁ、ご苦労…」
部屋には倒れている吸血種達を拘束し連行する暗血線達の姿。
「…陸玖…陸玖と海偉は!?」
段々と思考が覚醒していく中愁は聞く。
鷹はある一角を指さした。
人集りが出来ている場所に陸玖の姿が見え隠れする。
「陸玖!」
愁は立ち上がり人集りに向かって走り出す。
その中心には胸を抑えながら、苦しそうにのたうち回る海偉の姿があった。
「…海偉」
「…ぐっ、あぁぁあ、はぁあ、うっ」
「お兄!お兄!大丈夫!?どうしたの!?」
海偉の首元には先程あの白髪に噛まれた傷から血が垂れている。
言ってしまえば吸血種に噛まれただけだ。
こんな悶え苦しむなんて何かがおかしい。
「…毒」
ぽつりと愁は呟く。
弦里のように自らの血が毒になる能力者だってことか?【リデルガ】の歴史上今までに何人かいた。噛まれた時に能力を発動されたのか…?どうしたらいい?どうしたら…。
「陸玖ちゃん!」
その時勢いよく部屋の扉が開く。
そこには真理愛と弦里の姿。
「陸玖ちゃんそこ変わって!とりあえず私の治癒が効くか試すから!」
「…ぅ、うん お願い」
泣きそうな顔の陸玖は真理愛と場所を変わり、治癒の能力を海偉に発動する。
「どうだ?真理愛」
愁の言葉に真理愛は答える。
「……怪我は特にしてない…けど、何か海偉の中で細胞が急速に変わっていってる、」
「…それって?」
弦里の声に真理愛は答える。
「…ヴァンプ化…」
『では壱夜さん、真理愛さん。ちゃんと聞いて下さいね。六花やその血縁にあたるおふたりは10歳前後に能力が出現する可能性があります。』
まだ幼かったあの日。
能力なんて本当に自分に出現するのかと疑っていたあの日。
『能力は千差満別であり、コントロールが難しい能力もあります』
家庭教師は壱夜と真理愛に話し出す。
『例えばどんな能力?』
壱夜の純粋な疑問に家庭教師は悩む。
『…そうですね。もう100年も前に確認されて以来、現在は確認されていないですが』
『……?』
『人間種を吸血種に変える、通称ヴァンプ化の能力ですかね』
『…ヴァンプ化?』
『ヴァンプ化の能力を持って生まれた子どもは血を飲んでも飲んでも空腹感は満たされず、飢餓状態に陥ると言われています。そしてのちに感情のコントロールもままなら無くなり、自我を失い血を求める吸血鬼となると…。人間種を襲いヴァンプに変えその者もまた人を襲う。負の連鎖を作り上げると言われています。』
『うぇ、なんだよ その能力…最悪じゃん』
壱夜が気持ち悪くなったのかべぇっと舌をだす。
『まあでもこのヴァンプ化はもう100年も確認されていませんし、あなた方 六花は一族ごとに出現する能力は大方決まっているので大丈夫です』
『…本当?』
真理愛の不安そうな声に家庭教師は優しく微笑む。
『えぇ…あなた方は大丈夫ですよ。ヴァンプ化の能力はもうきっと出現しませんから』
「…ヴァンプ化?なんだよ、それ」
愁は聞いたことがない言葉に戸惑う。
「昔、能力の出現の話を聞いた時に家庭教師の先生が言ってたの!人間種を吸血種に変える能力があったって!」
「真理愛、それは確かか?」
弦里の言葉に頷く真理愛。
「もしかしたら、海偉くんは今吸血種になろうとしているのかもしれない」
真理愛の言葉でその一帯が固唾を飲んだ。
「あははははっ楽しいなぁ〜なんて楽しい日なんだろ〜 ふふっ…あははっ」
屋敷近くの森。
珀(はく)の笑い声だけが響いていた。
その時 珀(はく)の前に人影が現る。
「…あれ?君…金髪の髪に青い瞳…あぁ〜次期当主様かなぁ〜っ、あはは」
そこには無表情の御影の姿。
「………」
「怖い顔して〜あはは、ははははっ」
珀は笑いながら御影を見る。
「…可哀想に」
御影の言葉に珀はピクっと反応する。
「…可哀想?誰が?あはは」
「…そんな能力を授からなければ」
「え?なに?言っている意味わかんないよ〜」
御影はそっと珀に手を翳かざす。
すると御影はパチンと指を鳴らした。
その瞬間珀は声も上げずバタンと倒れた。珀の倒れた姿を御影は眺める。
「…どうして止めなかった?」
御影は自身の後ろの気配に対し声をかける。
振り返った御影の前に刻ときが姿を現した。
「お前の弟じゃないの?」
「………」
黙る刻。
「俺たちに弟を殺させるのが目的?」
その言葉を聞いた刻は御影を睨みつける。
「100年前に没落した元貴族 蘭寿家 その子孫で現在は紅羽(あかば)と姓を改め中階層で生活している。違う?」
「…よく調べてんね」
「…どうして海偉をこいつに襲わせた?そんな事しなければずっと商売出来たろ」
「そうだな、ただもう俺らも疲れたんだわ」
刻は夜空を見上げた。
キラキラ光る星をその目に写す。
掴めるはずのない星に手を伸ばす。
「なぁ、ヴァンプ化の能力が何故厄介で不吉な能力だと言われてるか知ってるか?」
刻は夜空の星から御影へと視線を移す。
「………」
御影は答えずじっと刻を見つめる。
「ヴァンプ化の能力は噛んだものもまた血を求める化け物と化すから厄介で不吉だと言われてるんじゃない」
その言葉に御影は眉をひそめた。
「…一族諸共その能力者に人生を縛られるから厄介で不吉だと言われている」
刻は倒れている珀を睨みつける。
「…本当、厄介だったよ」
頭を抱える刻は昔の記憶を思い出していた。
まだ何も知らなかったあの日、ただ無邪気に笑っていたあの日。
仲睦まじい家族とひっそり小さな幸せを噛み締めて生きていたあの日。願ってももう戻らない暖かな日を…。
「…っ、」
収まらない感情をただただ刻は必死に押さえつける。
「刻」
その時、刻の頭上から黒い渦のようなものが出現しそこからひとりの少女が現れた。
頭を抱え自身の感情を必死に押さえつける刻の腕を引っ張る。
「…珀」
御影の横に横たわる珀の姿を捉え大きく目を見開き一瞬動作が止まる。
目を伏せ赤くなった瞳に溜まる涙を手の甲で拭った。
「行こう、刻」
少女は刻の腕を引っ張り渦の中へと招く。
「…じゃあな、次期当主様」
刻は虚ろな目で御影を捉え、渦の中へと消えていった。
シーンした静寂が御影を襲う。
息もしていない珀が御影の横に横たわる。
「…置いていくなよ 兄弟だろ」
その珀の姿に御影はボソッと呟いた。
「…ほんとめんどくさい」
「御影!!!」
すると壱夜の声が響く。
「御影!大丈夫か!」
慌てるように走ってくる壱夜とその後ろには庵の姿。
「うん、大丈夫」
「良かった…あぁ!良かったぁあ!」
壱夜は安心したかのように御影の肩に両手を置く。
「あっ!そうだ 暗血線に応援頼んだの御影!?」
「あぁ、」
「はぁ…そか、ありがとう」
壱夜は心の底から安堵する。
鬼ごっこが始まりスクリーンから流れる見るも無惨な映像に完全にこれは政府に対する反逆罪だと確信した壱夜はスクリーンを楽しそうに眺める貴族たちを逃がしてはいけないと思っていたがたった一人でどうやって制圧しようか考えている時に暗血線が突入してきたのであった。
安堵する壱夜の後ろから庵が声をかける。
「御影、それ」
庵が指差した先には珀の姿。
「あぁ…暗血線にでも運ぶよう言っておいて」
「ぇ、そいつって、」
「首謀者のひとり」
庵が御影の心を読み代わりに答える。
「じゃ、よろしく」
「ちょっ!御影、どこ行くんだよ!」
御影は壱夜の言葉には答えず去って行った。
「…なんなんだよ〜、つかこいつ生きてんの?」
壱夜は珀をつんつんとつつく。
「死んでる」
庵がそう答えると壱夜は珀から距離を取り庵の後ろに隠れる。
「嘘だろ…」
「嘘じゃない」
「…ぇえぇ…」
壱夜の悲痛な声は夜の風にかき消された。
静かな六花専用室。
誰も居なくなった部屋でひとり窓から外を眺める翼。
数分前 別の部屋にいた弦里と庵は慌ただしく何処かに連絡を取っていた。
『真理愛、一緒に来てくれる?怪我人がいるらしいんだ』
その弦里と言葉共に3人は何処に行ってしまった。
きっと鳩が言っていた場所へと行ったんだろうという想像は出来ていた。
それにしても静かな夜。翼は心の中で皆の安否を心配していた。
するとチカッと窓が光った気がした。
不思議に思い窓の外に目を懲らす。
チカッチカッと光る。
「………」
その瞬間光の発する場所に人影を捉えた翼はは自分で自分の心臓の鼓動が速くなるのが分かった。
そしてまたチカッと光ったその瞬間翼は六花専用室を飛び出した。
【学園】の長い廊下を全速力で走る。
翼の頭の中は混乱していた、全力疾走する身体、息が上がる中どうして?何で?ただ頭の中がぐちゃぐちゃになる。
居るはずがない、ここ来れるはずが無い。
きっと見間違いだ、そうに決まってる。
そんな考えが頭の中を巡る。
「はぁ、はぁっ」
全速力で階段を駆ける。
そして外に繋がる重い扉を開け、チカッと光る場所を目掛けてゆっくりと歩いていく。
うるさい心臓を落ち着かせ、深く深呼吸をする。
チカッ チカッ
暗い闇に控えめに光る光、その光と共に落ち着かせたはずの心臓がまた早くなる。そして人影が現れた。
サラッとした柔らかな長い髪。
白い綺麗な肌。
「…なん、で?」
相手の口角が上がる。
「久しぶり、翼ちゃん」
慣れ親しんだ声。
嫌でも覚えている。唯一の友達。
「やっと見つけた」
「凜々…」
そこにはここに居るはずのない友達の姿があった。
「どうして?なんで…凜々がここに、いるの?」
声と手が震えているのが分かる。
上手く喋れない。
凜々はゆっくり翼との距離を縮める。
そしてギュッと翼を抱きしめた。
「やっと会えた…迎えに来たよ翼ちゃん」
「…迎え…?」
「無理やり連れてこられたんでしょう?もう大丈夫、私が来たから…ねっ?一緒に帰ろう」
「…帰るって…どこに?」
「どこにって、【リアゾン】に決まってるでしょう?」
凜々の瞳が翼を捉える。
「【リアゾン】に私の帰る場所はもうないの…ねえ、凜々それよりなんで【リデルガ】にいるの?どうやってここまで来たの?」
「…………それよりって何?」
「…凜々?」
翼の手を握る力が強くなる。
「…痛っ、ねえ、凜々…?」
凜々は俯きながらぎゅっと握る手に力を込めた。
「…ね、リ、」
すると凜々は何かにピクっと反応し俯いていた顔を上げた。
「絶対迎えに来るから…それまで、待ってて」
その瞬間目の前の凜々は泡のようにキラキラと光って消えた。
「…凜々」
翼は目の前で起きた事が信じられなかった。
人間種の凜々が【リデルガ】に来れるはずがない。翼は自身が幻覚でも見ていたのかと錯覚する。
「幻覚じゃないよ」
その声は翼の後方からはっきりと聞こえた。
気配を消し気づいた時にはもう真後ろにいる。
「…御影」
「ごめん、ひとりにして」
少し悲しそうに眉をひそめる御影。
翼は咄嗟に首を横に振る。
「今の翼の友達だよね」
「うん…でも…」
「ここに居るはずがない…?」
「うん、人間種は【リデルガ】に来れないでしょう?」
「そうだね…来れるはずがないね」
御影は凜々が消えた場所を凝視し何かを考えている。そして翼は凜々の事も気になるがもうひとつ気になることがあった。
「御影…海偉さんは…」
「…見つかったよ」
「そう…良かった…」
翼がそう言うと御影は俯いた。
その御影の姿に翼は嫌な予感がした。
「はぁあ??ヴァンプ化って!そんな事…どうやったら止められるんだよ」
愁は慌てながらどうすればいいのかと頭を悩ませる。
真理愛も弦里もどうしたらいいのか分からずただ苦しんでいる海偉の姿を眺めることしか出来ない。
「お兄!お兄!どうしよう!このままじゃお兄が吸血種になっちゃう!ねえ!どうしたらいいの!」
陸玖の叫び声が部屋中に響く。
「…はぁ…ぁぁあ…」
「お兄!」
「…陸、玖…俺から離れろ…」
「海偉!」
「お兄?何言ってるの?」
「愁…弦里…、真理愛と陸玖…連れてこの部屋から出ろ…」
「海偉…お前」
苦しみながらも言葉を発する海偉。
その言葉に弦里は察する。
「…頭の中でさ…ずっと噛めってうるせえんだ。血が飲みたく…ってさ もう本当に狂うわ…ははっ」
笑いながら頭を抱える海偉。
「お兄!」
ポロポロ涙が溢れて止まらない陸玖。
「いいよ…私の事噛んでいいよ…お兄」
「陸玖…」
「…陸玖ちゃん」
陸玖のその言葉に涙が溢れる真理愛。
「…ほんとバカだな お前…はぁ、はぁ 頼むわ、まじで」
すると海偉はチラッと愁と弦里に視線を向け合図を送る。
その視線を受けた愁は咄嗟に陸玖と真理愛を抱き抱え部屋の外へと押し出し、愁と弦里が部屋の扉を閉めた。中からガチャりと鍵を閉めた音が聞こえる。
「ちょっ…愁!弦里!!お兄!!開けて!ねえ!開けろよ!!」
陸玖がバンバンと扉を叩くが開ける気配はない。
「…はぁ、どうすんだ?愁」
「さぁ…どうしようか」
愁と弦里は悶えながらも苦しむ海偉の姿にどうしたらいいのかと顔を合わせる。
ふたりの後ろの扉は壊れるんじゃないかというくらい強い力でバンバン叩く音が聞こえる。
身体の構造をも変えてしまうヴァンプ化の能力。噛まれた人間種がその後どうなるかなんてふたりは知らない。
元に戻る方法があるのか…はたまた暴走を止めるには殺すしかないのか…そのふたつの方法が頭をよぎる。
ユラユラとだるそうな身体を起こし立ち上がる海偉。海偉の目は少し虚ろな目をしていて、何かにのまれる一歩手前だと言うことが分かった。
愁も弦里もその海偉の姿に警戒態勢に入った。
その瞬間バァーンという音と共に屋敷の窓ガラスが割れ何かが突撃して来たのが分かった。
愁と弦里、そして海偉もその音と衝撃に意識が移る。
「…み、御影!?と翼ぁぁあ!?」
宙を舞い翼を抱き抱えながらも可憐に着地する御影。愁は動揺を隠しきれずにいた。
弦里も何が起こっているのかと目をぱちくりする。
「愁!弦里!海偉を押さえて!」
御影のその言葉に愁と弦里は海偉を床に押さえつける。暴れながらも海偉はふたりに押さえつけられ身動きが取れない。
「…翼」
御影が翼の名前を呼ぶと、翼は頷き自身の服を捲り手首を露わにする。
その腕を海偉の口元へと持っていく。
「…ちょ、翼」
「翼ちゃん…何を…」
すると海偉は目の前に差し出された翼の腕に思い切り噛み付く。
「…ぅ」
翼から小さな声が漏れる。
「御影!これ!」
愁はその光景に動揺し御影に声をかけるが御影はその光景をただじっと眺めた。
ごくんごくんと海偉は喉を震わせる。
「…いっ」
翼の腕に食い込むようにしっかり噛む海偉の姿、そして痛みに顔をしかめる翼の姿に弦里は顔を背けた。
すると海偉の動きが止まりがくんと急に意識を失った。
「おわっ」
意識を失った身体は鉛のように重く愁と弦里の支える腕に負荷が係る。
牙から離された翼の腕にはぽっかりと穴があき、そこから血が溢れる。
見るからに痛々しい傷跡だ。
「翼…」
「…大丈夫」
御影は翼の腰を抱き立たせ部屋のソファへと座らせる。そして部屋の扉の鍵を開け、真理愛と陸玖を招き入れた。
「御影…どうして」
「お兄!お兄!」
陸玖は海偉へとまっしぐらにかけつける。
真理愛は御影がいることを不思議に思いつつも部屋の隅にあるソファに座る翼へと視線を向ける。
「…翼ちゃん?」
「真理愛、手当してやって」
その言葉を聞いてソファに座る翼に駆け寄る。
腕には牙で噛み付いたであろう穴がぽっかりと空いておりそこから血が溢れている。
「翼ちゃん…これ」
「もう海偉さんきっと大丈夫だよ」
そう言って痛みに耐えながら笑う翼に真理愛は目頭が熱くなるのが分かった。
出てきそうな涙を必死に抑え翼の手当を行う。
翼は目の前で泣きながら意識のない海偉に抱きつく陸玖の姿を見て少しほっとしていた。
これで少しは役に立ったのかもしれないと…。
「…良かった」
翼はそう呟くと意識が遠くなる。
「翼ちゃん!?」
真理愛の声が段々遠くなる。
翼は意識を手放した。
「…っ」
「刻大丈夫?」
頭を抱える刻に夜々は声をかける。
「…っぐ」
「何処か怪我してる、の…?刻…」
刻に手を伸ばす夜々。
パシッと刻により跳ね返される手。
「…ひとりにしてくれ」
そう言って刻は自身の部屋と向かっていった。
ひとり取り残された部屋で夜々はただじっと壁を眺める。
「あれ、帰ってきてたんだ 刻は?」
「…部屋にいる」
「ふーん、珀も?」
「…………っ」
その言葉を聞いて夜々はその男に掴みかかる。
「珀は死んだ!何もかもあなたのせい!」
夜々が急に掴みかかって来たことに少し驚きつつその男はニヤッと笑う。
「くくっ、何言ってるんだよ、全部刻が望んだことだよ 僕は何もしてないよ」
「……っ!」
「怖いなあ〜夜々ちゃん」
ニタニタと笑う男に夜々の掴む手の力は緩んだ。
「少し頭冷やしたらどう?僕は退散するよ」
部屋を出ていく男。
夜々はその後ろ姿を睨みつけるしか出来なかった。
コツコツと靴の音が廊下に響く。
鼻息混じりの鼻歌が靴の音と相まってメロディーを奏でる。廊下の先の扉を男は開いた。
「りーりちゃん!」
部屋には柔らかな長い髪を纏い悲しそうな顔をしている凜々の姿。
「あれ〜?どうしたの?なんか悲しそうだね〜」
男はヘラヘラと笑いながら凜々の様子を楽しんでいる。
「もしかして、刻の能力使って会いに行った?」
テーブルの上に乱雑に置かれた錠剤の粒達。
その錠剤を見てその男は悟る。
ソファーに座り項垂れる凜々に男はそっと凜々を抱きしめた。
「大丈夫、必ず取り戻すよ 僕達の姫を」
凜々はその男の腕をぎゅっと握る。
「翼ちゃんは本当に無理やり連れ去られたの?」
凜々の揺れる瞳にその男はそっと呟いた。
「そうだよ、悪い悪い王子様にね」
あの鬼ごっこ事件から数週間が経とうとしていた。
【リデルガ】では平穏な日々が続いている。
数週間前にあんな出来事がかったなんて想像もつかないくらいに。
海偉に噛まれた翼は意識を失い数日間眠っていた。その間に暗血線と六花のおかげで早々と色々のことは片付いたらしい。
元貴族の蘭寿家で匿われていた子ども達は無事【リアゾン】の養護施設に送られ、鬼ごっこに関わっていた貴族達は階級剥奪の上、暗血線送りになったという。
首謀者である蘭寿家改め紅羽家の刻、夜々は逃走。現在も見つかっていない。
そしてヴァンプ化の能力を持っている珀は死亡が確認された。
数ヶ月前【学園】での舞踏会中に謎の子ども達が貴族を襲った事件は珀によりヴァンプ化した人間種の子どもだったことが分かった。
当の本人である珀が死亡した事からこの事件は幕を下ろした。
御影は事件の詳細が書かれた資料を見ながらため息をつく。
全て手の内で踊らされたような感覚に陥っていた。
「…はぁ…」
【学園】での舞踏会の事件後 母親である紫檀が言った。
『この件には首を突っ込むな』
あの言葉は元貴族である紅羽家が関わっている事、ヴァンプ化の能力の仕業であること全て分かった上での忠告だったに違いない。
吸血種を束ねる鋳薔薇家が元六花の現在も続いている血縁を断絶出来ていない事が世にばれれば信頼はガタ落ちする。
上層部は全て秘匿とし、処理をした。
「…そういうこと」
御影ボソッと呟いた。
「どういうこと?」
横から声がし御影は視線を移す。
「琉伽」
そこには琉伽の姿があった。
「珍しい 御影が俺の気配に気づかないなんて」
「…報告書に集中してた」
「だよね、で…何が分かったの?」
琉伽は御影と距離を取りソファへと座る。
「海偉が連れ去られた理由」
そして御影は話そうと一呼吸置き口を開く。
「「珀を殺すため」」
ハモった声に御影は目を丸くする。
「なんだ分かってたの」
「分かってたというか、何となくだよ 舞踏会で謎の子どもが現れたこと その後にわざわざ人間種である海偉を攫った。これはもう『俺たちの存在に気づいてくれ』って事だよ」
琉伽はどこか一点を見つめる。
「………」
「昔ヴァンプ化の能力の話を聞いた事がある。出現した一族は少なからずその子どもが成人する前に殺したって」
「…あぁ、そうだね」
「だからさ、見た感じあの珀って俺らとそう歳変わらないでしょう?刻ってやつ相当限界だったんじゃない?」
「全て珀を殺すために仕組まれた事だったってこと…」
御影のその言葉に何だかもやもやが残るふたり。
「御影は優しいね」
「…優しい?」
「途中で気づいてたんでしょ?これは珀を殺すための茶番だって」
「………」
黙る御影に琉伽は困ったように笑った。
「ところで琉伽」
「ん?」
「体調はどう?」
御影にそんな心配をされると思っていなかった琉伽は目を開く。
「どうしたの急に…そんな心配されるとは」
一瞬ムッとした顔をした御影は琉伽の身体を眺める。
「…また痩せたんじゃない?」
「そう見える?大丈夫だよ、皆が戦っている時俺は寝てたから。十分休息取ってたよ」
琉伽は皆が屋敷に駆り出されていた間 部屋で大人しく皆の帰りを待っていた。
本当は参戦したい気持ちだったが、どうも身体が言うことをきかなかった。
そんな状態で行っても足でまといになるというのは目に見えていた。
「…琉伽」
「俺の事なんかより!翼ちゃんは大丈夫なの?海偉に噛まれたんでしょ?」
琉伽の言葉に目を逸らす御影。
「…ぁ、うん 今はもう大丈夫」
意識を取り戻した翼の身体には何の異常もなく今もう普通の生活を送っている。
「…そっか、ならいいけど、でもよくあんな方法とったね」
あんな方法…。琉伽の言うあんな方法とは海偉に翼を噛ませた事を指しているのだろう。
「賭けだったけどね…」
「翼ちゃんのダンピールの血を飲むことでヴァンプ化を止められるなんてなぁ…よく知ってたね」
「…翼は吸血種と人間種の血を体内で共存させている 翼の血を飲むことでヴァンプ化の毒を打ち消す事が出来るかもって思ったんだ」
ヴァンプ化の能力は噛んだ相手に身体の構造を変える言わば毒を噛んだ時に体内に入れる事で起こる。
「じゃあ、弦里の能力でも良かったんじゃないの?」
「弦里は吸血種だ 吸血種の血と吸血種の血では濃度が濃くなるだけ 打ち消すことは出来ない 共存できる血液を持っているダンピールの血を体内に入れる事でヴァンプ化の毒が勝らないようにした」
「…そういうこと、ってことは…」
「海偉のヴァンプ化は翼の血で抑えているだけ 危機を回避したわけじゃない 期限を伸ばしただけに過ぎないんだよ」
「…それじゃあ、これからも翼ちゃんの血を摂取し続けなければならないってこと?」
「…うん まあ能力者は死んでるし、摂取し続ければいつかは毒は消えるとは思うんだけど」
「…はぁ…本当に厄介な能力だね」
項垂れる琉伽。
「だっぁぁぁあああ!!!!」
すると大きな声と共に専用室の扉が開かれる。
そこには愁と壱夜の姿があった。
「うお、琉伽じゃねーか!久々」
「元気だね 愁」
「琉伽のこと久しぶりに見た〜琉伽ゲームしようぜ!」
「しないよ壱夜」
「なぁ!御影!」
愁はニコニコに笑いながら御影に声をかける。
「皆で別荘行こうぜ!」
その言葉に御影と琉伽は(またこいつ変なこと言ってるよ)と心の中で思ったのであった。
コンコン
自室の扉をノックする音が聞こえる。
翼は咄嗟に返事をする。
「はい」
「…ぁ、俺!海偉 血貰いに来たんだけど」
扉越しにその声を聞き、ソファーから立ち上がり扉を開けた。
そこには申し訳なさそうに立つ海偉の姿があった。翼は心の中で今日海偉が血を貰いに行くと言っていた事を思い出した。
準備するのを忘れていたのだ。
「準備するからソファにでも座ってて」
海偉は大人しく翼の部屋のソファーに座る。
あの一件以来、海偉は定期的に翼の血液を摂取することでヴァンプ化を食い止めていた。
翼は机の引き出しからナイフを取り出しスパッと手首を切る。そこから赤い血が流れ、その血を瓶に入れる。その慣れた手つきが海偉には異様に写った。
「…お前いつもそうやって採取しての?」
「…うん」
信じられないとでも言うような海偉の威圧に翼は吃どもる。ポタポタと流れる血。
いつも海偉が血液を取りに来る時は用意しており渡すだけだが採取の様子を初めて見た海偉は戸惑っている様子だった。
これはあまり人に見せるもんじゃないなと翼は強く思った。
「…ごめん」
急に謝る海偉に翼は驚く。
「俺が噛まれたせいで…本当にごめん」
申し訳ないと後悔している様子の海偉。
いつもヘラヘラと笑い軽い冗談と立ち回りの良さで御影達六花にも堂々としている海偉のこんな苦しそうな表情は初めてだった。
「謝らないで…私役に立てて嬉しいから」
「役に…?」
「うん、今までずっとダンピールである事が嫌でどうして生まれてきたんだろうって思ってたから こうして私の血が役に立てて嬉しい」
「………」
「生まれてきたかいが少しでもあったかも」
そう微笑む翼の姿に海偉は目を反らせなかった。
手首から流れる鮮血、海偉はソファーから立ち上がり翼へと足を進める。
「…海偉さ、ん?」
翼の傍まで来た海偉はそっと翼の手首を握る。
そして翼の手首から流れる血をそっと舐めとった。
その海偉の行動にびっくりした翼は反射的に後ずさろうとするがガクッと足の力が抜けた。
咄嗟に翼の腰を支える海偉。
「……」
「……」
バチッと目が合うふたり。
何とも言えない空気感がふたりを襲う。
「お兄、血貰えた?」
ノックもせず開いた扉には不思議そうにふたりを見つめる陸玖の姿。
「ぇ…なに」
翼の腰に手を当て手首を握っている海偉、赤面している翼。その光景に陸玖は怪訝な表情をする。
「り、陸玖…貰えた!貰えた!さあ!【学園】に向かうぞ〜!」
慌てる海偉は血の入った小瓶を取り翼に「じゃっ!」と挨拶をし陸玖の手を引き颯爽と部屋から出て行った。
廊下からは「え!何今の?何してたの?お兄」と陸玖の声が聞こえた。
ひとり部屋に残された翼は自分の身体が熱くなるのが分かった。
手首から流れる血を自分の舌で舐めとる。
「…御影の血飲みたい」
誰もいない部屋でぽつりと呟いた。
ぎゅっと握られた手首。
陸玖より数歩前を早足で歩いて行く海偉。
陸玖は海偉の後ろ姿を眺めていた。
-耳が赤くなってる…
さっきの光景を思い出しながら陸玖はふふっと笑う。
「…なんだよ」
「別に〜、お兄今の暴君野郎にばれたら殺されるよ」
ピタッと足を止める海偉の背中に思いっきり突撃した陸玖。
「…痛っ」
「…だよなぁ〜…うわ〜俺マジで何してんだよ〜、陸玖 内緒な〜」
情けない顔の海偉に陸玖は渋々返事をする。
「…はいはい、分かった 分かったよ ほら【学園】行くよ」
そうしてふたりは【学園】へと向かった。