「あの、燈子さん。俺、婚約した覚えもないんだけど
「え!?」
(嘘!確かにお父様に言われたはずなのに?)

突然の言葉に燈子は動揺した。
これには側にいたエミリーさんもまあ、どうしましょうと困り顔だ。

(どうしよう。どうすればいいの?)
初めて来たハイカラな館。
初めて関わる海の向こうの人達。
ただでさえ燈子にとって初めての事ばかりなのに。

無論、実家からは出戻るなの体で送り出されてるからそれはできない。

目の前には密かに憧れていたハイカラな空間や家具もたくさんあるのにー。

(やっぱり私の居場所はここではないみたいね)
と俯く。

言い合う二人の後ろの窓から見える桜は美しく咲き乱れていて、まさに春爛漫だ。




つい先程までしっかりしなくてはと思っていた決意は揺らぎ、燈子はまだ外が雪舞う頃の事を思い返していた。


燈子には自分でも不思議な力がある。
それはいわゆる悟りの能力で素手で触れた人や物の過去や未来が「視える」のだ。

高柳の屋敷。
燈子の家には
広間には実に麗しい華やかな着物や簪(かんざし)がズラッと並んでいた。

なんの珍しい事ではない。
商いをしている高柳家では年に何回かある燈子を交えた「商品の買い付け」の最中だ。

目の前には父、高柳 元廉(もとやす)が二種類の扇子を持ち「左が松方屋、右が山吹の物だ」
と燈子の前に置き、眼鏡の奥の瞳がわずかに笑う。

さあ、どちらが売れる?と聞いているのだ。

「山吹様の方はお客様はよく喜んでおられます」
燈子は右の扇子に触れて答えるが元廉は
「そりゃあそうだ。どちらもいい物だからな。で、どうなんだ?」
と静かに圧を掛ける。

つまり「結局、売れるのはどちらだ?」と言う事だ。
もう一度、片方づつ扇子を触り
「左の松方屋の方です・・・」と答える。

すると彼は満足したかと思うと松方屋の扇子だけ自分の側に寄せた。
買い付け決定の動作だ。

そうしていくつもの同じ種類の違う専門店から持って来させた新作を元廉は燈子に見せ終わると彼女に
「以上だ」と言い部屋から出ていくよう促す。

一礼して手袋をはめ広間を出ていくと燈子は慣れてるとはいえ溜まった疲れがドッと溢れ身体に被さるような気を覚えた。

意識してなくて小さい頃から見えていたからか普段はその頃は女中からもらった無地の反物で縫った手袋を付けていた。

「はあ」
(こんな事いつまで続けるのかしら)
そう思い片付けをしようとすると
「あら、ため息なんて付かないでよ」と女学校から帰って来た高柳家の一人娘(・・・と公には言われている)茉莉(まり)が陰気臭いったらありゃしないわと燈子を押しよけ広間に入っていく。

「まあ、これが今度三ツ橋に出るのね!」
三ツ橋は街にある百貨店で開館当初からこの高柳家も関わり、所有する店舗 高柳は今日まで軍を抜いて売上を叩き出す老舗だ。

茉莉は広間に入るなり鮮やかな春物に浮き立ちいても立ってもいられないらしい。

「こら、茉莉。帰って来たら手洗い場が先だろ」
そうやって父は真莉を叱るが娘の反応に中々満足している様子だ。

その様子を本来なら羨ましいわと思うところをお父様ったら早く茉莉を広間から追い出してほしいわという感想しか浮かばない。



燈子は高柳家の養女だ。
まだ茉莉が産まれる三年前、春の夜にひっそりおくるみに燈子と書かれ赤子が出来ない裕福なこの家の門の前に置かれた。

男児ではないものの、半ば子が出来ないと諦めていた元廉とサヲリ夫婦は喜んで燈子を可愛がった。

しかし、ふとした時に何かに触ると癇癪を起こす。
人見知りで引っ込み思案。

子育てが初めてな母サヲリは子は明るく元気なものではないのかと戸惑い、その後奇跡的に茉莉が産まれ燈子とは違い愛らしく子供らしくその時から両親の子育ては真莉の方に熱が入った。

燈子の癇癪が続くと両親はにとって徐々に「可愛げがない子」になっていった。
  
しかも時を悪くして高柳の売り上げは落ちていた。
高柳の家の空気にはどこか気が張り詰めた様な空気が漂っていた。

商売の事が分からない母は夫が気を悪くしないようと手がかる茉莉を見ておく事に必死だった。


しかしそんな時、燈子の癇癪が原因で事件は起きた。

神社の開けた参道で偶然会ったお爺さんがいた。
「こんにちは。かわいいお嬢ちゃん」
「こ、こんにちは」
家以外の女中や使いに話しかけられない燈子にとって外での出会いは貴重だ。

父や母は離れたところで真莉と一緒になって話し込んでいた。

お爺さんは燈子を見て
「私にもお嬢ちゃんみたいなひ孫がいるんだよ」

お爺さんは何気なく自分の孫達にするように彼女の頭を撫でた。

その時だった。

「いやあ!・・・ぁあ!」
突然の燈子の癇癪に気づいたのは母だ。
「まあ、何事!」
高い着物を着ているサヲリにお爺さんは驚いていた。

母はこの時、この年寄りの風貌を見るや怪しんだ。

しかしお爺さんは
「すみません!自分にもこのくらいのひ孫がいるもので頭を撫でたら気に障ったようで」
と必死に謝ると母はまた燈子の面倒くさい癇癪が始まったと呆れた。

「あなたいい加減にしなさい!すみません、もぅこの子ったら」
すっかり娘より他人の見方だ。

「違うの。お母様、あの人すぐに死んでしまうわ」

参道を降りる階段に向かって行ったお爺さんにはもう燈子の言葉は聞こえない。

「何を言ってるの?それはお年だもの。私達より早くこの世を去るものよ」

「違うっ、違うわ。すぐ死んじゃうわ!この階段を落ちて亡くなっちゃうわ。早く止めないと!」

「・・・何ですって?」

燈子の突然の死者宣告に彼女は驚いた。

直後、

「うわあああ!」
ドサッ!

悲鳴と何か異様な大きな音が下から響いた。

「なんだ!何事だ!?」
話し込んでいた父、元康と神主が駆けつけるとサヲリは腰を抜かしていた。

階段の下には燈子が話した通り頭から血を流し倒れた老人の姿があった。

神主は恐る恐る老人の息を確認したが虚しくもそれは止まっていた。



燈子の高柳での扱いが変わったのはそれからだ。
「食わせてやってるのにどうしてお前はこうなんだ!」

行き詰まった高柳の家計、はたやら見れば不気味な燈子の姿についに父はしびれを切らし激昂した。

そんな父に母は
「うっ・・・。本当にこんな恐ろしい子と分かっていたらなんで家に・・・」
泣きつく。

「?」
その時まで燈子にとって二人は本当の家族だった。

自分のせいで父が怒るのは分かっているが能力は制御できない。

しかし燈子には母の涙に違和感と困惑を隠せない。

自分が本当の高柳家の長女ならば「こんな子生まれてこなければ」と発言をするところ、「・・・本当にこんな子だと分かっていたら」
なんて言われたら自分は拾いっこみたいではないかという疑念がその時に生まれた。

それからとゆうものの掠りを来て女中と一緒に生活をした。

しかし、癇癪持ちの燈子にまともな仕事は最初からできない。

布越しなら視えないと気付いたのは事はそれからしばらくして、見よう見まねで手袋を自分で塗ってこしらえた。

すると仕事での視える事で起きた間違いや癇癪がピタリと起きない。

これに燈子は心の中で小躍りをした。

その変化に父は一番に気付いてある時こんな事を聞いて来た。

「燈子、今日の買い付けは私と同行するように」

燈子は「もしかしてお父様は私の事を見直してくれたのかしら」と期待を膨らませた。

そこからだ。
父が燈子に「買い付け」をさせたのは。
仕入れた物は高く売れ、その時は父も褒めてくれたが優しいのはその時だけ。

その疑問が晴れたのは茉莉の一言だった。

「あんたは拾いっこなのよ。お母様が言っていたから本当よ」

彼女はとっくに大きくなり五つ、六つくらいにもなり、その頃にはすっかり母に毒された茉莉。
燈子は母の違和感があった言葉を思い出す。

「本当にこんな子と分かっていたらなんで家に・・・」


そうしてようやく燈子が自分が養子だという事実を自然と受け入れた。




今となっては昔話だが時折り、燈子は思う。

ーだったら最初から優しいでー。

しかし、割り切ってしまえばなんて事はない。
そうして歳は十八。
この年になれば令嬢であってもなくてもとっくに結婚していてもおかしくはない。

しかし燈子はいつもの様に「視る」だけで今年もただ過ぎてゆくー、だけだと思っていた。

だが今年は少し違う。
友達が出来たのだ。


朝の庭掃除中
貴重な「友達」の来訪だ。
「モーニン!トーコ」
真っ白な身体にある翼をはためかせ裏庭にやってくるのはオウムのユキである。


ユキとの出会いは数週間くらい前になる。
いつもの一家の朝食を片付け、簡単な食事を取り外のはわき掃除をしていると家の塀に止まっていたオウムを見つけたのだ。

初めてみる異国の鳥に燈子は驚いたがその子が言葉を喋ると燈子はもっと驚いた。

しかしユキはフレンドリーだ。

「あなた男の子だったの?それに言葉も上手だわ」
と褒めると
「エヘン ボク テンサイ」
と誇らしげだ。
「ボク、ユキ」

ユキは「キミ ダレ」とお喋りをする。
僕も教えたから君も名前を教えてという事だろう。
「燈子。トーコよ」
「トーコ!」
ユキはそう聞くと満足気に翼を広げるとどこかに去って行った。

「あ・・・」
せっかく可愛いオウムと知り合いになれたのに・・・。

燈子は少し落ち込んだがそれは杞憂に終わった。
翌日も、そのまた翌日も燈子が掃除をしに裏に出るといつの間にかユキは塀に留まり
「モーニン! トーコ」
と挨拶をするのだ。

燈子にとってユキはたった一人の初めての友達だ。

ユキのおかげで今年から良い年を遅れそうだ。

そう安堵して束の間、父に昼食を持っていく為広間に入るなり父、元康は
「燈子、お前に面白い話がある」
と珍しく声をかけてきた。

いつも、家仕事や今日の予定しか話してこないので何事かと期待したが一体「面白い」とはいささかどういった内容か危惧する。

「本日、買い付けのご予定ではなかったと思いますが・・・」
と返すが父はまあ静かに聞けと正座させると唐突に
「同業者に若い輪島という青年がいてな。お前ももういい年だ。話を付けといたから輪島家に嫁ぎなさい」
と言われ、流石に
「はあ?」
とこれには間抜けな声を上げた。

いや、まず結婚という事が自分事になるとは思っていなかった為頭の中は疑問符だらけだ。

燈子が取り乱すなんて事は早々ない。
(一体、お父様は何を考えているの?)

「あの、輪島様とはどの様なお方でしょうか?」

彼が「普通の良い縁談話」を持って来るとは燈子は思えなかったのだ。



「彼は英国から渡って来た青年だ。なんでも近頃母国で両親を亡くなったらしく落ち込んでいたよ。そのせいか最近、三ツ橋での売り上げも落ちたらしい」

(英国ー)
そう聞いて燈子は確か昨年のに聞いた父の愚痴を思い出した。

三ツ橋の店舗やオーナーの会合があった日、元廉はその日あまり見ない不機嫌な顔をしていた。

「なあに、あなた不貞腐れて」
出迎えた妻のサヲリにからかわれ
「五月蝿い。なんでもない」
とその場では黙り込む。

しかし夕飯後にチビリチビリと酒を飲みながら自慢話や愚痴をもらすのだ。

確かにその日の父は新しく海外から来た若い同業者の売り上げが伸びている事を危惧して荒れていた。
「クソ!輪島のやつ。若造の癖にしゃしゃりでおって」
時代は大正に入り、海外から輸入された家具や洋服は三ツ橋でも昔から売ってある日本製の物に比べたら人気なのは父も承知だ。

売り上げだって三ツ橋では高柳が毎度、季節事一番だ。

しかしいくらハイカラな物が流行ってるとはいえポッと日本にやって来てそればかりを売る為商売を始めた若者の同業者を父のプライドに触ったのだろう。

その輪島が今は窮地に立たされている。
そう話す父の姿はどこか愉快そうだ。


(ああ、そうか)

つまりは父にとっては厄介払いだ。
同業としての輪島様を三ツ橋から。
自分を高柳の家からあくまで「嫁がせる」体でそれができる。

「何か異論はあるか?」
(異論なんて・・・聞き入れないでしょうに)

燈子はそう思いながらも
「いいえ」
と返事をすると
「うむ。なら今日明日という訳にはいかない。
来週くらいに嫁ぎなさい」

父の命令には逆らえない。
はいと返事をしたものの燈子は
(視える私を損切りしてまで嫌いな輪島家に嫁がせるなんて父様はあくまでこんな時も父様なのね)



「ユキ・・・、ごめんなさい。仲良くなったのに」
もうすぐ会えなくなってしまう。

燈子は一人、ユキとの別れを悲しんだ。


その日の夕食時、カヲリや真莉のいる席で燈子を嫁に出すと公にすると、一番驚いたのは真莉だった。

「この子がお嫁?ずっと家の手伝いとしてこの家にいるんじゃないの!?」

「そうよ。こんな子を嫁がせるなんて・・・。嫁ぎ先になんて言われるか」と母も真莉動揺に父に抗議するが嫁ぎ先を話すと二人は父に寝返った。

「なんだ、そうよね。私よりも先に嫁ぐと思ったら落ちぶれた輪島の家なんて・・・。あの子にぴったりじゃない。ねえ?お母様」
「そうね。お前学は真莉みたいに無いんだから輪島家の家で下手をするんじゃありませんよ」
と母娘とも燈子を笑う。話題は変わり真莉が父に
「お父様ったらあの子ばかり。私の嫁ぎ先はいつ決めるつもりかしら?」
と詰め寄る。

かわいい高柳家の一人娘のとんでも話に明らかに動揺した父は無言になる。

「これ、真莉!お父さんを困らせるんじゃありません」
カヲリがその場を宥め、なんとも温度差がある夕食時間が過ぎてゆく。

それが終わるといつもの様に女中達と一緒に料理を引いていつもの日常を過ごす。

そうしているとすぐに父が話していた一週間になりついに自分は出ていく時になった。

女中から渡された訪問着に着替えを済ませる。

淡い紫色の無地の着物に淡い金や緑や水色や橙色の花模様が入ったものに着物と同じ帯締めだ。

美しい着物に驚いて受け取る。 

ほんの少しばかり父の優しさに触れたのかと手袋を外し素手で着物に触れて視ると一昨年の夏に高柳の売り上げが過去最高を上回った時に調子に乗り元廉が燈子のいないところで呉服屋なの主人に言い寄られ仕入れた末、結局若い子には地味と売れ残り、お蔵入りになったものだという事を感じ取る。

(まあ、嫁入りに掠(かす)りを来て言ったら輪島様に驚かれるわよね)

嫁入りを公にされた日に母のカヲリに言われた「嫁ぎ先になんて言われるか」という言葉を思い出す。

おそらく母の意見に父も同調したのだろう。
袖を通し、帯を閉め玄関口の姿見を見る。

以外にも違和感なく着こなせ
(私って地味な着物が似合うのかしら?)
と複雑な気分になったがいつもの掠りとは違う。

着物は地味だが燈子は晴れ着姿なのだ。

本来なら紅や白粉を塗るところだろうがそれがない燈子はこの姿で輪島の家に向かうしかない。

高柳の家に一礼すると燈子は生家を後にした。


しかしどうやら燈子と輪島様の話は合わない。
「トーコ様、お声がけするのが遅くなってすみません。どうぞこちらにお掛けください」

そう言われ、書斎にある談話をする為のソファに座る様に促されるとカイが「そうだね。一度三人で話を整理しよう」
とテーブルを挟んだ燈子の向かいに座る。

「燈子さんが言っているのは先週、三ツ橋で元康殿に会った時の事だと思うんだ。その時に輪島の業績不信の話になってね。彼なりに気にかけてくれていたつもりらしいんだ。だからつい両親が亡くなり後ろ盾がないから痛手ですと話したらー」



「ご愁傷様。若いのに。しかし、ご両親を亡くしては心細いでしょう?輪島様もお若いとはいえそろそろ輿入れされては?家の子もちょうど良い年頃がいまして。いやあ、その方が娘も喜ぶ」 
と返されたんだとカイは燈子に一言一句漏らさずに伝えると燈子は
「まあっ」
と口に手を当て驚き隣で話を聞いていたエミリーも驚く。



 

ー輿入れ?俺が結婚なんてー
(父と母が亡くなって間もないのに、その上、輿入れなんて俺の心や懐にそんな余裕はない!!)

輪島の家は家具や雑貨のセレクトショップ ハリソンの名で成功した。父のジョージは新しい物好きで好奇心豊かなやり手だった。

中でもアジアの国々に興味を持っていて母ハナとは
視察という名の観光で知り合い二人は一緒になった。

社長として、また珍しく自らバイヤーとして手腕を働かせる父。買い付けに出かけたまに帰って来ては小さいカイを可愛がり横には朗らかに笑う母がいた。

やがて父の跡を継ぐため一緒に仕事をし、力を付けたと思われたとこで日本でハイカラが流行っているからと自分に日本で支店に和名である母の姓の店をハリソン二号店をオープンさせ、売り上げ一位とはいかないもの日本にもハリソンを繁盛させる事ができた。

その矢先、たまたま英国で一緒に久しぶりに逢引きしていた両親は事故で他界した。

母国に一旦戻り、父と母の葬儀の後店をどうしようか考えた。

迷う事はない。日本から今すぐ撤退し、直ちに英国の本店を建て直さなければと思った。

しかし、カイは日本から撤退しがたい理由があった。

日本支店に自分を行かせると決まった時、抗議したのだ。

日本語には母のハナも話すから言葉には心配はない。

小さい頃、確かに母が住んでいた故郷を訪れた事は数少なかった家族旅行である。

しかし、それを見習いである自分にさせるのは力不足じゃないかと。

「どうして、俺に行かせるんですか。そんなに日本で商売がしたいならあなたが行けばいいでしょう?」

日本はあくまで父、ジョージが好きな国だ。

しかし帰って来た言葉はこうだった。

「そうはしたいがここ(英国)にいなきゃハナと離れる事になるだろう。
またまだ私は現役だし、お前にまだ本店を任する気はないよ」
そう言いながら父は笑う。

だったら何故自分に見習いをさせるのか。
母と一緒にいたいからって公私混同するのはいかがなものか。

言いたい事はたくさんあった。

「日本では私達の国で出来た物達が流行ってるんだ。
ハナと出会った島国でだ。
そんな場所に母国の棚やテーブルが置かれていると考えなさい。最高に楽しそうじゃないか」

そんな風に能天気に笑う父を見ているともう何も言う気はなくなった。

「流行れば!ですけどね」
と釘を打ったが父はすっかりカイが聞き入れてくれた気になったのだろう。

すぐさま日本で大工を手配し小さな別荘みたいな洋館を造り上げた。

(まったく・・・。せっかくオープンした新店が閑古鳥状態だったらこの館はどうするつもりなんだ!)
と思っていたが
「その時は別荘か、ハナとの終の住処だなあ」
と建てた本人は高笑いだ。

そう完成した輪島の新店と屋敷を見ると父は
「後は任せた。連絡はまめにしなさい」
というとさっさと母国に帰って行った。

幸い、輪島には閑古鳥は鳴かず連日賑わったが数ヶ月後帰らぬ人になってしまった。

だから本店の営業と取引を一旦停止させ、執事やメイドも帰らせ、カイは日本に残った。

「エミリーも帰っていいんだよ」
と乳母にも言って聞かせたが
「カイ一人では家仕事は難しいでしょう?」と言われ申し訳ないが残ってもらった。

しかし、そんな中さらに痛手になったのは母国の級友ルイの高跳びだ。

「ロンドンに若いデザイナーの作品を集めたジュエリーのセレクトショップを開こうと思う」
そう言った彼に貸した金は決して安くはなかった。
結果、やはり本店は無くなり日本での商売の雲行きも徐々にブレーキを踏む様に売り上げは下降している。


そんな中、高柳様は縁談を勧めてくる。

ーいや、この場合勧めるという表現は正しいのだろうかー?

かたや繁盛してるとはいえ三ツ橋では新参者で若造な輪島。
相手は老舗の高柳。

上位互換ならどちらが上かなんて明白だ。
となると下手に出れない。


さて、なんと返そうか。
そう悩んでいる内に高柳殿は挨拶もせずに三ツ橋の会合から帰る人だかりの中に紛れ消えていった。





「つまり、父の早合点だったんですね」
話を聞いた燈子カイに確認する。
「まあ、言いにくいけどそういう事。しかし燈子さん一人で直々にこの館に来させるなんて・・・。ご令嬢一人で嫁入りとはご足労をかけてしまったね。
御当主は心配しないのかな?」

「それは・・・そうですね」

確かにこれでは燈子が無理矢理押し掛けた事になる。

大正になり結婚式は
本来嫁入りは縁談をし結納を済ませ、式を挙げるはずだ。

(きっと茉莉の時ならそうするでしょうけど)

事情を知らない、ましては父と同業の今から婿入りするかもしれないこの人に高柳での暮らしを話す訳にはいけない。

きっとこの結婚は破談になる。
でも、かといって燈子は帰れない。

「あのっ、女中でもいいから私をここに置いて下さいませんか!?」

「いや、そういう訳にもいかないだろう」
「そうですよ」
燈子の突然の申し出にカイとエミリーは驚いた。

「あの、でもそしたら私はどうすればいいでしょうか?」

どうすればいいでしょうかと聞かれてもカイに考えはない。

しかし燈子をすぐ高柳の家に戻す事は一方的に口約束をされたカイにだってする事はできない。

「分かったよ。確かに出戻りなんて君の父上がが許す訳ないだろうし。
しかし、嫁でもなく女中でなければどうしようか」

うーん。

三人集まれば文珠の知恵だが燈子とエミリーは主人であるカイに口出しは出来ないのでカイの返事を待つしかない。

「おい、二人とも俺に気を遣わずアイディアがあったらちゃんと言ってくれ」

「あ、あいで?」
初めて聞く英単語に燈子の頭に疑問符が浮かぶ。

「あ、そうか。いい案があったらちゃんと燈子さんも言ってね」
「!はい」
(本当に私が当主である方に意見をしていいのかしら?)
「燈子さん、本当に何か思いついたら言う事!」
「・・・はっ、はい」

燈子の考えをカイは見透かした様だ。
彼の淡褐(ヘーゼル)色の瞳にジッと見つめられるとなぜか燈子は落ち着かない。

「ねえ、カイここで話すのには少し煮詰まらない?気分転換にお庭で話しましょう」
突然のエミリーの提案にカイは
「そうだな。エミリー、お茶をお願いしていいかい?」
「では、私も!」
お茶を淹れますと立ち上がると
「駄目ですよ。トーコ様は今からこの家での役割が決まってないんですから」
美味しい紅茶を淹れてくるので待っていてくださいね。
と言いながらメアリーは部屋を出て行った。

「燈子さんも一緒にテラスに行こう」
「はい!」

(てらすってどこの事かしら?)
と燈子は思ったが、カイがドアを開けて燈子に先に出る様促すのでお礼を言って先に部屋を出た。

カイに続き、輪島の家に訪れた際に入って来た玄関と反対側部屋の奥に向かう。

すると燈子は思いがけない知り合いに出会った。

「トーコ、グッイブニン」
「ユキ!?どうしてここに?」

会話を交わす燈子とユキに
「へえ、燈子さんはユキと知り合いだったのか」
と驚かれた。

「いつも午前中、家に来てくれたんです」
「いつも?」
「ええ」
「そうか・・・」
「?」

考えこむカイに燈子は首を傾げた。
「よし!燈子さんのこの家でユキの世話と話し相手だ」
「え?」
(それは家仕事になるのかしら?)
「と、思うでしょう」
「っは、はい」
カイにはすぐ燈子が考えている事が分かるようだ。

「この子は俺が小さい頃から家にいるヤツでね。その頃は俺も一緒に遊んだり構ってやれてたんだけど仕事をしだした頃からあまり構ってあげられなくてね。
日本に来る時、連れてきて使用人達が世話をしてくれたものの今はそれもいない。
まあ、エミリーがマメに世話をしてくれるけど、コイツは賑やかなのが好きらしい。
どうだい?燈子さんさえよければユキと友人になってほしいんだけど」

ユキとならとっくに友達だ。

「はい!ユキくんの友達できます。お世話も任せて下さい」
「頼もしいね」

すると突然、話を聞いていたユキが喋り出した。
「ユキクン チガウ! ユキ」
燈子にユキって呼び捨てにしてって言ったでしょうと言いたげにユキは物申す。

これにはたまらずカイが吹き出した。
「お前、本当に燈子さんと仲良いのな」 

カイがそう言うとユキは当たり前でしょうと言いたげにエッヘンとカイの方を向きポーズを取る。
その姿に燈子も釣られて笑う。

「輪島様は本当にユキと仲良しなんですね」
ユキと砕けた口調で話すカイを見て燈子はそう感じ、つい思ったままを口に出してしまったのですぐさま燈子は口を覆った。

「すみません。私、当主様に向かって口出しをしてしまって」
必死に弁解しようとするが
「何言ってるの燈子さん。俺はさっき言っただろう?ちゃんと意見してねって」
(それは私の処遇についてじゃ)
燈子はそう思ったがカイは続ける。

「俺から言わせれば日本人は自分の意見を抑えすぎる。
あ、燈子さんを責めてるんじゃなくて。
何だろう。みんな日本人は自分の気持ちを察して下さいってところがあるだろう?」
「そうなんですか?」
普段から自分の気持ちを抑えこみがちな燈子だ。
さらに他の国と比べられても燈子にはピンと来ない。

「そうさ。自分の意見は口に出さなきゃ相手に伝わらない。例えば仕事の交渉。自分が下請けだったらできない事を無理矢理できますとは言ってはいけなし・・・あ、いやこれは例えになるのか?
エミリーだって俺を呼び捨てだし友好的だろ?」
「ええ。でもエミリーさんは乳母なんですよね?」
「そうだね。でも立場は関係ないよ。意見は言い合わなきゃいいアイディア・・・、考えは湧かない。
そうだ。それでも燈子さんが乗り気じゃないなら輪島の社長として。この館の主人として命令!
自分の意見は言う事!分かった?」
「!それなら・・・分かりました」

カイの言葉を燈子は素直に飲み込むと
「なんか燈子さんって俺が知ってるご令嬢達と違うよね」

ギクッ!

カイの言葉に燈子はつい驚く。

「そうですか?」
「そうだよ。まあ、いいけど。明日から燈子さんはユキの世話係兼話し相手ね」
「はいっ」
しかし、その言葉にはユキが半端した。

「ハナシアイテ チガウ トーコ トモダチ」
「うん、そうだ。燈子さんはユキの友達」
そう、ユキをなだめるカイに続き
「ユキ、私はユキの友達よ」
と声を掛けるとユキはよろしいと言いたげに頭をコクコク縦に振り頷く姿をカイと燈子は二人で見ながら笑いあった。

「実は燈子さんには聞きたい事があったんだ」
「はい?」
何かしら?燈子は首を傾げると
「高柳での仕事について色々聞きたい事があるんだ。
元康殿の仕事にはいつも驚かされていて、よかったら何か知っていたら話、聞いてもいい?」
(私に何か分かる事はあるかしら?)
「?やっぱり、同業者の話なんて聞き出すもんじゃないかな?」
「いえ。あまり私も父の仕事については分かりませんが私が話せる範囲でなら大丈夫です」

(と言っても買い付けは私が視るだけだから何か話できるかしら?)
自分の咄嗟に出た言葉に驚いたが自分に興味を持って受け入れてくれた人をないがしろにしたくない。

(こんな気分になったのは初めてだわ)
感慨深く感じていると
「二人とも、紅茶が入りましたよ」
エミリーがティーセットを持ってやって来た。
「さあ、みんなテラスへ行こう!」

カイにそう言われ燈子とエミリーは庭のテラスに出る。

初めて体験する英国式のティータイムに燈子は驚くいた。


1話完