目が覚めた瞬間、僕は気づいた。
誘拐されたのだ、と。
ほのかに灯った古臭い豆電球が、天井から垂らされている。灰色の無機質な壁と窓がない部屋、薄汚れた地面に無造作に寝かされていたのだろう、身体は冷えきっていてあちこちがずきずきと痛んだ。
手で身体を支え、ゆっくりと上半身を起こす。
頭が割れるように痛みで思わず顔をしかめたが、目の前にはモニターがあり、僕は動きを止めた。
画面にはピエロの仮面をつけた体格的に恐らく男――だろう、が映っていた。
そいつは僕を目覚めたのを確認したのち、嬉しそうな声で口を開いた。
「やあ、君の名前は……なんていうのかな?」
僕は質問に答えなかった。
沈黙が続き、しびれをきらしたようにピエロ男はため息をつく。
「まあ、いいや。これからのゲームに名前なんて別にいらないから。君の見た目から適当に名前をつけよう……そうだなあ、これといって特徴がないから『モブくん』にしておこう」
……それで別に構わない。
「それで、これから何がはじまるか、予測はつくかなぁ?」
「……この雰囲気からして……デスゲーム、ですか?」
僕が口を開いた瞬間、画面のピエロ男は笑った――ように思えた。実際は仮面でわからないけれども。
「ふふふ、そうだよぉ? 良かったね……」
……
再びの沈黙が辺りを包んだ。
よっしゃ!!!!!!!!
……とうとう、きてしまった。
ようやく僕もデスゲームに参戦することになったのか!
思わず、口元を隠してニヤリと笑ったのを、ピエロ男は違った意味でとらえたようだ。
「おや? もしかして恐怖で笑っちゃってるのかな……?」
違う、そうじゃない。
――逆なんだ。
僕は、自殺志願者なんだ。
それも、自分で自殺することが全然できない、自殺志願者だ。
死のうと思っても、誰かに邪魔されたり、何かの力が働き何故かうまくいかず、どうしても生き残ってしまう。
かといって毒はマズくて飲む勇気もなく、トラックは痛そうでひかれることもできない。
ガスで死のうと思っても、ガス代が払えなくて止まってる。
電車だって迷惑をかけるのは申し訳なくて飛び込めないし……っ
――そんな自殺の勇気が持てない僕を、誰かが殺してくれるだと!?
本当にか!?
内心ではガッツポーズをし、僕は嬉々として、デスゲームに参加すべく、その重苦しい黒い血まみれの扉を開いた――。
進んだ先の、少しだけ広い部屋には男女が集められていた。灯りはあいかわらず古臭い豆電球で、無機質な部屋は変わりない。
ざっくりと僕を含め、合計で6人だ。
まずは茶色のインバネス・コートと鹿討ち帽をきた服装の男『探偵』、金髪に鼻と口にピアスをつけたTシャツの『チャラ男』、メガネにスーツ、シャツは一番上のボタンまできっちり留めている『神経質』、なぜか白いタンクトップの『体育会系』、ワンピースをきている唯一の女性である『紅一点』だ。
なかなか豊富な選定だ。
「やっと起きたのか、モブくん」
探偵が僕をみるなり口を開いた。
どうやら、先ほど僕がつけられたあだ名を知っているらしい。
「あのモニターで、君とピエロ野郎との会話をきいてたからな」
僕の考えを読んだように、巨大なモニターを見やり、探偵はさらに続けた。
「君や僕の首についている金属製のリングがあるだろう? それは3日後に自動的に爆発する。恐ろしいことに、首が飛んで即死するんだ。生き残る方法はただ1つ、殺し合いをすること。最後の一人になれば自動的にリングが解除されて外れるらしい。この部屋の扉から屋外に出られるらしくて、助かるそうだ」
その言葉に、僕はピンときた。
「……助かる、って。ピエロ男のいうことを信用するんですか?」
「どのみち、信じないとダメだろうな。下手に行動すれば、死ぬ可能性の方が高いだろうし」
「そ、そんな……!」
このまま放っておけば、3日後にあっさりと即死できるだって……!?
それなら、別にこのまま殺し合いなんてせずに、正座して待っていればいいじゃないか……!
「そういう反応するよな。同感だ……殺し合い、なんて……すべきじゃない」
神経質が僕の肩を叩いた。
そうだ、そんなことをしなくても良い。必要性がない。
いや、待てよ。
取り外そうとしたらどうなるんだろうか。
即死するのであれば、いますぐ外すという手も――
「ちなみに、外そうとするとリングから毒針が出て、のたうち回って死ぬ」
僕の思考を読んだように、探偵はいった。
……それならば、リングを外しちゃいけないな。
うん、即死がいい、即死が。
「でもほら、デスゲームそのものが嘘かもしれませんし、このまま3日なにもせず待ってみてはどうでしょう?」
「……そういって、だまし討ちでもしそうだな。お前みたいなやつが一番油断ならないんだよな! さっそく殺されたいのか、お前?」
チャラ男がそういって唾をはきかけながら、僕の胸倉をつかんできた。
「……いま、なんていった?」
思わず胸倉をつかむ手をギリ、と力の限り握り返した。
さっそく、殺されるチャンスが巡ってきた、だと……?
「……殺す、っていったのか? 僕を? いいな、それならぜひとも殺してみろよ。当然ながら一撃で即死させてくれるんだろうな? いいか、中途半端に殺そうとするなよ? 確実に殺すつもりで全力でくるんだろうな?」
「な……」
チャラ男の顔は真っ青になった。
やはりコイツは覚悟が足りないらしい……。
思わずチャラ男を突き飛ばすと、チャラ男はよろけ、尻もちをついた。
「チッ、この野郎……見た目だけかよ! 殺すつもりもないくせに、僕を殺すっていったのか? マジでぶっ殺すぞ……!」
――期待させやがって、こん畜生!
チャラ男を一瞥し、吐き捨てるように続けた。
「僕は毎日、生きるか死ぬかの瀬戸際で……生きているんだ。次はふざけたことをいってないで、殺すつもりで本気でかかってこい。中途半端に殺そうとするなら、僕がお前をぶっ殺してやるからな……!」
チャラ男はとうとう、涙目をとおりこして、泣き出してしまった。
「お、お前……な、何者なんだ……!? ただのモブ男じゃないのかよォ……?」
当たり前だ。
毎日、死ぬことだけを考えているからな。
まったく。これだから素人は困るんだ。
僕たちがそういって楽しく語り合っていると、モニターにピエロ男が現れた。
「くくく……お話は終わったかい?」
ピエロ男は嬉しそうな声でそういった。
「最終的に一人にならないと、出られないよォ? 頑張ってね」
こちらの緊張感など知ったことか、とばかりにパンを頬張っている。半分をまるごと口に? ずいぶんとがっつりと口にいれるんだな。
「ぶっ殺してやる……」と睨みつけながらチャラ男は言った。
……その殺意は俺に向けてくれ。
きちんとしたやつをな。
「いや、君たちは私のいるところまではどうあってもこれないよ……通路がないからね。だからこそ、ゲームをするしかないんだよ。終わらせる方法は」
高みの見物というやつか。全く厄介な。
それにしても希望をもたせといて、後から絶望させる方がいいような気もするのに、随分と優しく手の内を明かしてくれるな、この男は。裏があるのか?
それともただの馬鹿か。
そう思って、ピエロ男を眺めていると――
「うっ」
そういって、ピエロ男は自身の胸をドンドンと叩き始めた。
「……お、おい、どうした?」と不安げなチャラ男。
「毒か?」と、きらりと目を光らせる探偵。
「いや、パンを喉につまらせたようだ」と困惑気味の体育会系。
「全く……よく噛まないからだ」と苛立ちながらの神経質。
「食生活が悪いわね」と――今はそうじゃないだろうな紅一点。
「た、たすけ……」
ピエロ男は息が苦しそうにもがいたままだ。
「おい、お茶か水は」と、心配そうに体育会系はモニターを食い入るように見つめている。
ピエロ男はその言葉に水を飲もうと思ったのか、机の上の紙コップに手を伸ばす。
しかしピエロ男の手がいよいよ震えはじめ、紙コップが倒れた。中身はすべてテーブルの上にぶちまけられてしまった。
ペットボトルだったらまだ良かったのだが――このタイミングで? すごい運の悪さだ。
ピエロ男の仮面が外れて、その下から絶望の表情が垣間見える。
「おい、マズイぞ。助けに行くか?」と体育会系。
「デスゲームはじめるとか言ってたヤツを?」とどうしたものかといった様子のチャラ男。
「ってか、さっき、あいつ……ピエロ男の部屋には行けないって言ってなかったか?」神経質はメガネを直しながらそういう。
「じゃあ助けろもなにも、助けられないじゃん! ウケるー」紅一点は声を上げた。
……ウケるのか?
各々が発したその言葉が聞こえたのかどうかはわからないままで、ピエロ男はがくりと机に突っ伏した。ピクリとも動かない。
「お前……デスゲームのマスターじゃないのかよ!? 真っ先にお前が死んでんじゃねーよ!」
チャラ男が即座にツッコんだ。
いや、そんなことをいっている場合じゃないが。
「そう思わせといて、実は――生きている、なんてことがあるかもしれん。よくある手口さ」
探偵がそういうが――。
……ないだろうな。
先ほど、死の直前にピエロ男の仮面は外れたが、想像以上に若い男で普通のヤツだった。
――僕たちに顔を見せる理由がない。そして瞳孔は開ききっていて、ピクリとも動かないなんていくらなんでも不可能だ。
マスター不在でデスゲームはこのまま続くようだ。
死亡1名:デスゲームマスター
死因:食べ物を喉につまらせ窒息死(自殺……いや、事故死)
「おいおい……ゲームマスターが死んじゃったじゃないか」
「これどうなるの? 帰れないのか?」
そこで探偵が口を開き――
「最後の一人になれば自動的に首輪が解除される、外への扉が開くからといっていたな。つまりは」
そこまで聞いて、全員がため息をついた。
「継続、なんだろうな。例えが観客がいなくとも」
「どうすんだよ、でもやりたくないし」
「え、ノリ悪ぅぃ」
……ノリの問題か?
紅一点はさっきから、発言が少々ズレているようだ。
「仕方がない、今日のところは各自部屋に戻ろう」
探偵はそういって、自分の部屋に戻ろうとしたが、「勝手に仕切るな」と、チャラ男が探偵の部屋のドアの前にたち制止した。
「待てよ。それぞれ1人になるって、この状況でいうのか? 寝込みを襲う、なんてことがあるんじゃないか?」
神経質はネクタイを直しながらぶつぶつという。僕もまさにそう思っていた。
「雑魚寝でもしろって?」そういって、チャラ男が紅一点を見て笑った。
「それなら私が一番アブないじゃーん、ウケる」
え? それもウケるのか?
「どうかな、武器という意味では君が一番強そうだが」
「――ふふ」
明るい口調だった紅一点の表情は、一瞬にして陰りを見せる。
その様子に、男子勢は全員引いていた。
――むしろそれが戦略なのかもしれない。
おいそれと近寄ると――危害を加えるとどうなるか――わからないと。
無知を装った策士の可能性がチラつく。
「……俺も一人で寝たい」
「ああ」
体育会系も、神経質もチャラ男までもが頷いた。
みなも顔を見合わせ、仕方がないとぞろぞろと自分の部屋へと戻っていく。ふん、と鼻を鳴らし探偵は自分の部屋の扉をぱたんと閉めた。
最後に残ったのは紅一点と僕だ。
「……戻らないの?」
「いや、僕も寝ます。何かあったら、呼んでください」
「……あら、代わりに死んでくれる、ってこと?」
その回答は避け、僕も自室へと戻って眠った。
事件が起こった――いや、判明したのは翌朝(?)のことだった。
「うわあああああッ!」
誰かわからぬ、男の野太い悲鳴で飛び起きた。
それぞれと別れて眠ってから、どの程度《《時間が経過したかわからない》》。その事実に気づいたとき、僕は違和感を覚えた。
けれども、そこにかまけている時間はない。
何が起こったのか把握するために部屋を飛び出た。
広間で何人か立っていた。けれども、その場にいたものは全員青ざめている。 僕がかけつけると、神経質は探偵の部屋の扉の前で指を指し示して首を振った。
「死んでるんだ……」
「なんで!?」
驚いて部屋の中を覗き込む。
探偵の部屋は僕の部屋と似たような感じだった。さして広くない、ビジネスホテルのような一角――白い壁にシングルベッドひとつ、シャワールームとトイレ、一人掛けのソファーとその前にある大理石テーブル。ざっと見て争った形跡はない。
ベッドの横の床に仰向けで倒れている探偵――その頭から血が流れている。
血は、一部固まっていた。
「なんてこと、だ……どうして」
思わず僕は口にしてしまう。
「なんで探偵っぽい風貌のヤツが真っ先に死んでんだよぉ!?」と、チャラ男がツッコミをした。その気持ちはわかるが……。
「でも……殺された、のか?」
「まさか、この状況で自殺だとでも?」
神経質の目がギラリと光る。確かにそうだ。
「密室殺人か?」と、チャラ男のつぶやきに、神経質は首を振った。
「……各々の部屋に鍵はかけられない。つまり密室とはいえないな」
「気になるのは、第一発見者ですけど。どうして、探偵の部屋をのぞこうと思ったんですか?」
僕の問いに、チャラ男が手を挙げた。
「ちょっと気になったことがあってよぉ……探偵に話そうと。それで、起きてから部屋をノックしたんだよ。でも返事がないから……」
気になったこと、というのがひっかかるけれども、違和感というか演技ではなさそうだ。
紅一点は――壁を背にもたれ腕を組み、僕たちを観察しているように見える。
「自殺じゃなくても、事故かもしれません」
僕は思わず口をついた。
しまった、事故の可能性を示さず、他殺方面に仕向けた方が、殺し合いが始まりやすくなっただろうか。
とはいえ、いってしまった以上、仕方がない。これから軌道修正すればいいことだ。部屋をもう一度のぞく。
変わったところが何もない部屋ではなかった。
机の角に血がついている……。そして床に転がっている――
「ここにボールペンが落ちている、ということは犯人は大理石のテーブルを持ち上げて、襲い掛かった。そして、テーブルで探偵を殴り殺したんでしょうね。探偵は殺される前にボールペンで応戦しようとして、間に合わず即死でしょう。えーと、つまりた、他殺でしょうね! 間違いない!」
「んなわけねーだろ!!!」
さすがのチャラ男も、僕の雑な推理に突っ込んだ。
「……こんな重量の大理石テーブルなんて、おいそれと持ち上がんねーだろ! できたとして、さすがによろけて遅いし避けれるし逃げれるだろ!」
「……」
チャラ男のくせにツッコミ上手いな。返す言葉もない。うなだれていると、神経質にぎろりと睨まれた。
「……床に転がっているボールペンの位置に注目しよう。探偵が滑って転んだらちょうどその位置に転がりそうだ。そして、大理石の血の位置も合致している。モブ男、お前は――他殺に仕向けようとしてるだろ。そうはいかないぞ。これは――」
うわっ、神経質が僕の考えを見抜かれた?
さすが細かい点までよく見てるな、やっぱお前は神経質だ。
「間違いなく、事故だ」
死亡2名目:探偵
死因:床に転がっていたボールペンで足を滑らせ、テーブルで頭を打ち死亡(事故死)
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