…………?

 暗闇から意識だけ先に目覚めた。

 誰か、いる? 

 ……頬が温かい。

 ぬくもりを、感じる。

 灯り……欲しかったあかりだ。

 大丈夫。
 目を開けても怖くない。

 そう、ぬくもりが伝えてくれる。


 まぶたをゆっくり開けば……

 そこに、うっすらと、ぼんやりと。
 まばたきをして、鮮明に映るのは―――


 凜だ。 

 凜がいる!


 夢なのか?
 それとも、ついに、俺イカれたか?

 何でもいいや。

 少しでいい……触れて、いたい。

 手を伸ばして届く距離にいるなら、凜の体温を感じたい。

 まぼろしでもいい。
 俺の手が、魂が、求めてる。

 重たい腕を凜の顔に近づけて、そっと頬と髪の間に手を忍び込ませた。

 消えてしまわないように。
 ゆっくり、そおっとだ。

 おずおずと添えた俺の手のひらに、凜は自ら頬を擦り寄せて……

 そして、優しく微笑んだ。


 ―――誓うよ。何度でも。


 その笑顔が、またあの夕空とおんなじ……

「っ!?」

 本物!?


 目を見開いた俺に、ニコッて見つめる。
 このあったかい感触も、凜の……

 願いが、願いが叶ったのか!

 俺の想い、伝わったんだ!!

「っ……」

 ぐっとちからがみなぎって、凜の首元引き寄せた。

 おでこを何度も擦り合わせて、喜びを噛みしめる。


 この幸せなひとときを―――。

 ありがとう。 
 俺に女神を、ありがとう。


 心が震えるくらい、泣きたくなるくらい。
 神様に感謝したんだ。



 ―――梶くん、私を……呼んだ?


   うん。……ずっと、呼んでた。
   

   うん。聞こえたよ。痛かったの?


   ううん。
   凜に……会いたかった。


   私も……会いたかった。


 ただ見つめ合うだけで、想いがぎっしり伝わる。

 明日の、未来の……
 希望になることを知った。

☆☆☆

「東京……行って、優さんと話をしてくるね……」

 凜が言いづらそうに、俺に伝えてくれる。

 少し緊張した表情で、俺を真っすぐ見つめる。その瞳は……

 俺しか映そうとしない。
 婚約者でもなく、俺なんだと、訴えているようで……

 もう、俺、ダメだ! 

 何がどうなろうと、凜が愛しくて、手離せない!

 凜の左手をとって、婚約指輪のない薬指を……そっと繰り返しなぞった。

「凜ごめん。こんなことさせて……」

 凜は首を横に振る。

「私が、決めたことだから」

 そう言って、優しい顔をして見せた。

 俺、何もしてやれない。
 なんもねー。

 けど……

 凜は、何度も何度も。
 俺を救いに、飛んで来てくれる。

 まだ俺に、できる事があるとすれば……

 ただ正直に、クソダセー自分を隠さずに、本心を願うこと……

 それしか、ない。

「俺、わがまま言っていい?」
「ん?」
「凜に……そばにいて欲しい。もう絶対ダセー事しないから……
 ただ、そばにいて」

 しっかり凜を見つめて、真っすぐに告白した。

 ……すげー、スッキリした!

 今、重なってる視線に―――迷いは……ない。

「うん」

 凜がぎゅっと手を握りながら、答えてくれた。

 俺の、そばにいてくれる―――。

 凜が約束してくれたんだ。

「……夜までには、戻ってくるね」

 そう言って、ぎゅっと握っていた手が、離れそうになって…………ガシッ。

「っ!? ……梶くん?」

 俺が掴み返してしまった。

「あっ、き、気をつけて」
「はい」

 笑顔で凜は、俺の手をすり抜けて……バイバイしながら部屋を出て行った。

 離れ難い……って、こうゆう事か。
 初めての経験だった。

 すげー、恋人っぽかった……。

 ヤバ、何、この……こそばゆい感じ!?

 ムズムズして、胸をゴシゴシさすった。
 ボフッとベットに寝転がって、一息つく。

 真っ白な天井に、凜を想い描いて……
 ため息をつき、吸って……
 さらに大きいのをひとつ。

「……中学生かっつの」

 “ 好き ” とも言えず、ましてや、愛……なんて、わかりもしない言葉で―――。

 右手を突き出して、ミサンガを見つめた。

 ん?
 ……手が2つ、3つに揺らめいて、戻った。

 目を擦ってみたが、何ともない。

 ふと、あの人が脳裏に浮かんだ。

 “ 佐藤優一 ” 凜が会いに行く婚約者。

 凜が俺のそばにいてくれるのは……
 期間限定だ。

 未来の幸せを願うなら―――一番、大事に……ゴールへのラインを、導き出さなくては!

 魂の限り。俺の生命をかけて。

 俺を守る手首を強く握りしめ、今までのどれよりも大切に……祈りを捧げた。


 最期のときまで、俺にできる精一杯で。

 凜と、凜の未来の為に。
 幸せを願おうって―――。