「凜〜、会いたかった」
ニッコリする彼女の手を、すぐとった。
ん?
何でもないか?
凜が「明日の出張は大丈夫?」と、まず確認してくる。
まだ準備は終えてなくて、実は途中で迎えに来た。
今週は会えないと思ってたから、こうして来てくれることが何より嬉しい。
けど、顔色良くないし、また痩せた?
ブルーデイって言うけど、そんなもん?
男は狼になったら、理性が利かないけど、血闘中の女に手を出すと想定外の天誅くらうから!
ここはイチャイチャ気分を封印して、紳士に対応しないといけない。
体を労る気持ちで、公園のベンチに座らせた。
秋晴れ。陽だまりの下、にぎわっている。
凜はコーヒーだけでいいと言ったので、僕のサンドをひとかけ、口にほおりこんだ。
「おいしい?」
「うん」
もっと?と聞くと、ううん。
「!?」
コロコロコロ。
サッカーボールが足元に転がってきた。
凜は拾い上げると、走ってきた男の子に渡す。
「はい」
「ありがとう」
って後も、ちゃんと見送ってる。
子供に優しい所も、ほんと好き!
愛しい凜の顔を、ただただ見つめる。
幸せのひととき。
あぁ、なんて愛らしいんだろ。
そんな風にほんわり微笑む凜、初めて見た。
少し離れた広場で、さっきの男の子が両親とサッカーして遊んでる。
凜はそれを見て……どんどん表情を柔らかくして、優しい顔になった。
母性がにじみ出てる、ってゆーか。
遠目の緩んだ目元に潤んだ瞳、微妙に何か言いたげな唇。
とろん、としたあの顔ではないけれど、すごく魅力的な表情。
そそられるな……もう、抱きしめたい。
だからダメだって!
今日は紳士で!
思わず手を伸ばして、凜の髪に触れた。
これで、我慢……
覗きこむようにして僕を見る、その顔も愛おしい。
今日も好きが止まりそうにないんだよなぁ。
家に連れて帰って、まったりできた頃は、もう1日の終わりになっていた。
ふたりだけのソファで、テレビを見ながら何気ない会話をする。
これも、また幸せのひととき。
ふいにサッカーが流れて、梶くんのことが気になった。
僕が会いに行ったこと、ちゃんと内緒にしてくれている。
いい奴だ。
「梶くん、調子はどう?」
「え? あ、えーと、最近行けてなくて……」
そっか。
まさかね、凜が中学の時マネージャーしてたなんて、初耳だった。
梶くんとのことも……ほんとショックだった。
だって、僕なんて、ただおちゃらけてた年頃だったよ。
なのに……
人生揺るがすほどの、ラブストーリー 。
中学生で展開してるって衝撃大きかった。
すごく怖かったよ……
そこに、おれ、割って入れないから――。
「サッカーうまかった? 梶くんの中学時代?」
「え? あー、うん。上手だったよ……入学してすぐレギュラーだったし。試合すると、いつもマークがきつくて……」
僕はマネージャーの凜を想像してみる。
昼間、公園でサッカーボールを拾った、凜を思い出した。
あんな感じかな?
可愛かったろうな〜。
「でも、ん〜。蝶々みたいに、軽やかにゴール決めるの。キラキラしてた、いつも……」
あ、また凜その顔するんだ……優しい表情。
昼間も公園で、理性掻き立てられちゃったけどさ。
赤ちゃん抱っこする、母親みたいに……?
凜……
その顔、誰に向けてる?
それって―――梶くん……?
公園でも、梶くんを―――想ってた??
「あ、お茶、入れてくるね」
「はっ!」
立ち上がった凜の手を、咄嗟につかむ。
《 行かないで! 》
心から飛び出した。
「「 !!!! 」」
カツン、コロコロ…………
凜の指輪が床に落ちて、転がっていく。
「ごめんなさい!」
「!?」
ビックリするくらい、凜は大きな声で謝った。
指輪はクルクル回って転げ止まった。
体を伸ばせば手の届く距離にある。
良かった、あまり遠くに行かないで。
指輪を拾って、凜の薬指にはめる。
するっと、元の場所へ。
なんのつっかかりもなく。
「……指輪大きい?」
「……お風呂上がりに、オイルぬったから」
そう言って、凜は……困ったように、笑顔を作って見せた。
凜?
無理、してる?
……おれのせい?
もしかして、凜が来たかったの…………おれの所じゃ、なかった?
凜……
凜の心、誰に向いてる ―――??
「うん?」
「いや……もう寝よっか。朝ゆっくりできないから」
頭の中よぎった憶測を、誤魔化すように……僕も笑って見せた。
平気な顔してヨチヨチ抱っこで、ベットに連れこんだ。
いつもみたいに、凜の匂いをまとって、幸せに眠るんだ!
それで、安らげるはずだ……変な思いつきなんて、消えてくれる。
早く寝ようと、眠りに就きたいと、思えば思うほど……寝つけない。
愛する人を抱きしめているのに……
何でこんなに遠く感じるんだ?
どうして、ザワザワ雑音がうるさいんだ?
大好きな凜が、腕の中で、眠っているのに ……。
凜はさ……おれが好きになった凜は……
梶くんを想って、育まれた凜なの……?
世話焼きで、家族想いで。
厳しいのに熱いところも……
梶くん……ありきなの?
おれが惚れこんだ魅力って、全部……彼が……?
どうしたって、頭から離れない。
でも、決心しただろう!
凜の全てを受け入れて、守ってみせるって。
腕の中で寝息をたてる凜を、体中で記憶したい気持ちだった。
静かに、こっそりキスを落とす。
気付かれないように、もう1回。
あと、もう……
「ん……」
凜が寝返りをうって、離れそうになる……嫌だ!
ぎゅうっと、抱き寄せた。
本当は、まともにキスひとつさえ、できそうにない。
また、あの作り笑いを見るのが怖いんだ!
もう、僕だけを見てくれないんじゃないか―――?
どんなに抱きしめても不安が押し寄せる。
前に抱いたときより、凜はまた細くなった。
切なさを感じるほどに、両腕でしがみつく。
《 どこにも行くな! 》
夜が明けるまで、離さず……すがりついていた―――。
―――変わらない朝だった。
そおっとベットを抜け出した凜が、朝食の支度を始める音を聞いていた。
まだ温かい、彼女のぬくもりが冷めるまで。
重い体を起こして、顔をつくろって、「おはよう」と言えた僕に……
「わ! すごい寝グセ! 直る?」
世話焼きでしっかり者の、いつもの凜がいたから……
急に泣きそうなくらい、嬉しかったんだ。
駅のプラットフォーム。
私が見送るのに、と言う凜を押し切って、下りの新幹線ホームへ。
片手にキャリーと、もう片方は、凜の手をぎゅっと握りしめて。
スーツを着て、ネクタイを締めて、身なりを整えたら……
また強くなれる、気がしたんだ。
梶くんに会いに行った時みたいに……
「気をつけて、いってらっしゃい」
「うん。また、連絡する…… 」
凜が笑顔で僕に手をふって、乗車しようと背を向ける。
その、離れゆく―――背中にしがみついた。
プルルルル……
新幹線の発車ベルが、ホームに鳴り響く。
「優さ……」
もっと、ぎゅうっと、抱きしめたかった。
でも、一晩中抱き続けた腕は……ピリピリときしんで、そうすることができなかった。
「……僕の為に、無理したらダメだよ」
弱々しい腕をゆるませて、凜の背中を、そっと、押した―――。