朝の散歩タイム。
 春見さんが車椅子を押して、外へ連れ出してくれる。

「僕、息子に赤トンボ頼まれてて」
「えー? 朝から飛んでる?」

 と、和やかな1日が始まる。
 って思ったら……

 外でスーツ姿の男が立っていて、ボーッとしてる。

「誰?」
「さぁ……?」

 春見さんと小声でヒソヒソ。

 俺を見ると、「あ!」って。知ってる風な顔をして向かってきた。
 誰だ?

 会釈をし、慣れた手つきで名刺を差し出す。

 俺に?
 上目遣いで、ペコッと受け取った。

《 佐藤 優一 》 

 ……あぁ!

「梶さん? ですよね?」
「……はい」

 いつか、来るだろう。 
 予感はしていた―――。


 映え場のベンチでふたりきりに。

「えーと、あー……」

 言葉を濁す、凜の彼氏。

 そりゃそーだよな。気まずいこの上ないわっ。

「優さん、でしょ? 会社の先輩。5つだっけか、年上。あと、酒が弱くて、星のダイヤモンドにバラの花……確か、パンケーキが好き!」
「わぁわー、ほんとに何でも知ってるなぁ」
「り……真野のフィアンセ」

 敵意はないとフザけて見せた俺に、焦りながらも「突然押しかけて申し訳ない」と謝る。

 人柄の良さそうで、凜を隣に置いて見ても……うん、お似合いだ!


「真野とやましい事はひとつもありません。
 この前10年ぶりに再会して。連絡も、一切してないです。俺がこんなだから……真野が見舞いに来てくれて、ただたわいのない話を……」
「いや ×10。うたぐってないから!」

 ぽかん。……必死。

「ぷっ」

 ナナメ上の人来た。ホント、イイ人……

 直感でこの人は信じていい、と思った。

「俺のせいでスイマセン。真野に負担をかけた。あなたにも。もう十分、親切にしてもらったから……大丈夫って、真野に伝えてください。
 真野には……感謝しかないです」

 俺も……必死だな。

 でも、ここはアシストきっちりして、ふたりにゴール決めさせないと!

 最後、なんだから……。


「え? なんで? 凜は喜んでたよ。梶くんに認めてもらえたって」
「へ? え? 
 あなたは……止めに来たんじゃ?」
「違うよ。僕には止められない」

 なんで? 
 俺、詰んだ……?

 こんな展開、予想してなかった。

 この人が現れたら、凜はちゃんと元の居るべきトコへ戻る。
 って……ふんでたんだ。

 ここは、花嫁になる女が、足を運ぶ所じゃない。

 幸せな未来なんて1ミリもない。

 生きた墓場なんだから―――。


「イイんですか? 婚約者が、人の死に一番近いトコに居て……」
「……悲しい想いはさせたくないよ。でも、凜にとって、君は特別だから。
 それに、凜は……看取るつもりだよ。君を、家族の元に送り届けるまで。最期まで、そばにいる覚悟をしてる」
「は!?」