青ざめた顔でフラフラになりながら食堂へ向かう。
同時に部屋を出た数名も同じように疲弊しきった顔だ。
ついよろけてしまい、後ろから早足で歩いてきた女生徒とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
「うざ」
一瞬、真莉愛かと思ったが違う。
彼女も有名な三年生、柏崎蝶子《かしわざきちょうこ》。
派手なギャルで、同じようなメイクをした友人達といつも騒いでいる。
真莉愛とはヤンキーとギャルとで対立しているようだが、周りからすればただただ恐ろしい存在の二人だ。
今もしっかりメイクをし、付けまつ毛にネイル。
いつものようにアッシュグレーの髪をゴージャスに巻き髪をしている。
蝶子は学院でも「ブルーパピヨン」というグループを作っていたのだ。
強い香水の香りとオーラを放つ彼女に気付いたグループ所属の三人が、蝶子を追いかけ後ろをゾロゾロと歩いて行った。
まさか狂犬の真莉愛と共に、彼女までいるとは……。
しばし呆然と見送った優笑の横に、優楽が現れた。
話ができないのはもどかしいが、それでも傍にいるのは心強い。
食堂へ向かうまでの壁には、巨大な島の油絵が飾ってあった。
この島の絵なんだろう。
島の周りの海には……適当に描き加えられたようなサメの絵が描かれている。
泳いで逃げるのは不可能という事なのだろうか……。
先程の白衣の女が食堂にいた。
食堂内は、ホテルのレストランのようだった。
しかし本来なら厨房が見えるであろうカウンターテーブルは、板で封鎖されている。
ゆったりと客がくつろぐであろうテーブルと椅子は不自然に円形に並べられていた。
「さぁ、皆さん。此処に毎度の食事を全員分用意しておきますので、各自持っていって席は適当に座ってください」
一つの長テーブルに、人数分の弁当が積まれていた。
適当でいいのならば優楽の隣に座れる……とホッとする。
それにしても殺し合いをさせる生徒達を、顔を見せあって食事をさせるのはどういうつもりだろうか。
「……悪趣味……」
優楽がボソッと呟いた。
食欲はないが、並んで弁当を受け取る。
紙でできた箱に入ったお弁当だ。
まだ温かいが、冷凍弁当を温めたものなのだろうか。
「私は今だけの世話人ですから作業を覚えてくださいね。さぁ配膳ロボットからいちごみるくを受け取ってください」
レストランでよく見かける愛らしい猫の配膳ロボットが、いちごみるくの入ったワイングラスをのそのそと運んでいる。
二階にいたのも、このロボットだった。
優楽とよく行くファミレスにもいて可愛いと思っていたのに……こんな場所に不釣り合いだと思う。
「いちごみるくは一人一杯ですからね」
先程の話を聞いて、飲まない生徒はいないだろう。
そういえば、病院でもいちごみるくが毎日支給されていた。
カルシウムが、とかコラーゲンが、とか言われて必ず飲んでいたのを思い出す……。
どこからどこまで仕組まれていた事なのか……全てなのか……。
全員の食事の準備が整ったところで、壁にあるモニターの電源が付いた。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ~~夕食の時間ですね・これが皆さんの最後の食事になったとしても満足して頂けるようにできるだけ美味し~いご飯を用意いたしますので是非・沢山ご飯食べてねぇ』
いやらしいボイスチェンジャー声のゲームマスターの言葉に、皆が凍りつく。
「あの……どうか発言をお許しください……」
一人の女生徒が手を挙げた。
『はぁい? いいでしょう発言を許可しましょう……あなたは学院の聖女と呼ばれていたシスター聖奈さんではありませんか~~~??』
「……聖女なんておこがましい、ただの神を信じる者です……どうか食事前のお祈りだけはさせて頂けませんでしょうか……? 私達にはお祈りをせずに食事をするわけには参りません……どうか……お許しを……」
この状況で発言できる勇気。
彼女はゲームマスターが言ったように、セレンナ聖女学院では聖女と呼ばれていた生徒だ。
三年生の輪回道聖奈《わかいどう・せいな》
聖奈はセレンナ聖女学院で信仰している宗教の熱心な信仰者だった。
いつも目を閉じ祈りを捧げている彼女は『聖女』や『シスター』などと呼ばれ、彼女を慕う信者生徒も多かった。
『ふぅん~まぁいいでしょう・みんなの心の慰めになるかもしれないしねぇ』
「ありがとうございます。信者を代表して御礼を申し上げます」
『別にいいけどさ~・信心深いのって大変だねぇ~』
麗奈は目を瞑り、祈るように手を組んで頭を下げた。
優笑も優楽も信仰はない。
神社に行ったりお寺に行ったり、クリスマスを楽しむ女子高生だ。
こんな時に、どの神に祈ればいいのかもわからない。
麗奈が祈りを始めると、彼女と同じように祈りの言葉を唱える生徒が4人いた。
「あぁ……感謝を……我が創造主に感謝を……恵みに……感謝……を……」
聖奈の美しい歌声のような祈りが終わる。
一応、優笑も両手を合わせて下を向き祈りが終わったと同時に『いただきます』とそれぞれが下を向いて弁当を開けた。
デミグラスソースのハンバーグ弁当。
ポテトサラダに、フライドポテト、ブロッコリーに人参のグラッセ。
思春期の女子なら誰もが大好きなお弁当だろう。
しかしこれから始まる恐怖の時間を思うと、胃がまたよじれて痛む。
ふと周りを見ると、真莉愛がガツガツとハンバーグを食べている。
真莉愛の手下も無言で食べていた。
蝶子も、その仲間も食べている……。
その様子を呆然と眺めているのは、優笑だけではなかった。
この状況で……どうして食べる事ができるのか。
ここで強さと弱さが決まってしまった気がした。
殺す事ができなくても、逃げなければいけないのだ。
食事を抜いて弱ってしまえば、確実に獲物になってしまう。
優楽を見ると、同じように考えているのがわかった。
そうだ、といちごみるくのワイングラスを持ち上げる。
とても美しいグラスだ。
ただのプラのコップにでもいいものを、変な演出だと思う。
優笑はそれをグッと飲んだ。
少し驚いた顔で、優笑を見た生徒もいた。
優楽も目を丸くしている。
甘くて酸っぱい苺の味。
でもその先にある……何か恐怖を和らげてくれるような……味。
ふわっと少しだけ気持ちが楽になった。
こんな感覚は初めてだった。
そして優笑は、ハンバーグに手を付けた。
味なんかわからない、ただ明日を生き残るために――。
食べなければいけない。
喰われないために!
それを見ていた優楽もいちごみるくを一気に飲み干して、同じようにハンバーグを食べ始めたのだった。