寮へ着くと、目隠しは外されたが手錠を付けられたまま広い食堂のような場所へ29人は移動させられた。
「ようこそ、皆さん」
白いタートルネックに白衣を着てメガネのいかにも研究員のような女が立っていた。
おばさんのように見えるが、案外若いのかもしれない。
「一人を除いては短い付き合いでしょうから、自己紹介はしないでおきますね。それでは寮での生活を説明致します。此処は寮の一階の食堂です。皆さんで円になって毎日ご飯を食べましょう。朝食は7時、昼はお弁当を希望する人には朝に配布します。寮での昼食は12時、夜は19時に夕飯が運ばれてきます。みんなで配膳のお手伝いをしてくださいね」
まるで林間学校の先生だ。
デス・ゲームが嘘に思えるような微笑みで話し続ける女。
「1階には談話室もありますが、私語は禁止です。なので食堂と1階の共有トイレ以外は閉鎖しています。二階には全員分の個室が用意してあります。シャワートイレ完備。ベッド、デスク、ドレッサー。個人の基礎化粧品やメイク道具、下着に寝巻きなどは全て病院でとったアンケートのままに用意してあります。吸血鬼は高潔な存在です。身支度もしっかりしてくださいね。お洋服は日中は学院の制服を着てください。洗濯は朝と夜に廊下に設置する籠に入れてください。寮内では体育着でも可とします。あ、筆記用具は支給されません。手紙のやり取りなども禁止ですよ。見つかれば処罰します。ふふ。あ、部屋にもこのルールが書いてあるシートが用意していますから今覚えなくても大丈夫ですよ」
ザーッと流れるような説明。
全員が無言だが、動揺が伝わってくる。
これから毎日、此処で皆で食事をとって眠り、デス・ゲームをさせるというのか……。
「寮の滞在時間は合計17時間。ご飯を食べたり就寝したりシャワーも時間内に終わらせてください……17時間経ったら強制的に寮から出されますよ。なので自分で時間を決めてお出かけした方がいいと思います」
ずっと微笑んでいる女が不気味に思えてくる。
「あ、あと皆さんに腕時計と地図アプリの入った端末を支給します。壊れたらもう支給されませんので大事にね。腕時計には生死の心拍数確認とGPS機能は付いているけど盗聴器は絶対に付けてないから安心してください。女性のプライバシーは保護します。うふふ盗聴器まで付けちゃうと精神がすぐやられちゃうのよね。端末は当然、逃亡と遭難予防です。それ以外の機能はありません。変にいじったら爆発しちゃうかもよ? うふふ」
ペラペラと一方的な説明にジョーク。
全然笑う事はできない、狂ってる……と優笑は思う。
手錠を付けたままだが、優楽が優笑に身体をこするように寄り添う。
腕時計と方角のわかる端末が支給された事に、優笑はホッとする。
待ち合わせの時間と方角がわからなければ、途方に暮れるところだった。
「寮内での殺し合いは禁止です。それでは今は17時23分。19時に食堂へ集合してください。ご飯を食べる食べないは各自の判断に任せますが、夕食にはいちごみるくが出ます」
「いちご……みるく……?」
「これは特殊なワインも配合されていて、吸血鬼状態の維持に必要なものです。二日接種しないと気が狂うので注意してくださいね♡それでは手錠を外して……個室の鍵と腕時計を渡します。壁も分厚く防音なので隣の部屋との会話はできませんからね。それでは一人ずつ……天乃優笑さん」
「は……はい」
まさか自分が一番に呼ばれるとは……優笑は慌てて鍵を取りに行く。
「まずは腕時計。これは外せないけど防水なのでお風呂で洗って清潔にしてね」
手錠が外されて、カチャ……とスマートウォッチが腕に付けられた。
「これもスマホの地図アプリと同じように使えるから、説明は特に必要ないでしょう」
渡されたのは手のひら大のスマートフォンのような端末だ。
「部屋番号は適当に渡します。はい、受け取った人から部屋へ行ってください。それでは島でのデス・ゲームを思い切りスリリングに楽しんでくださいね」
何が楽しむだ、と誰かの舌打ちが聞こえる。
優笑の鍵には『13』と書いてあった。
嫌な数字だ。
「さぁ行け」
武装職員に銃で指図され、優笑は食堂を出て階段を登る。
もう少し待てば優楽が……と思ったが、階段にも廊下にも監視カメラが光っていた。
二階はシンプルに大きな廊下が、真ん中に一つ。
なにか大きなロボットのようなものが一体いる。
両脇に部屋の扉がずらーっと並んでいて、ホテルのようだ。
廊下の先には窓があるのだろう、夕暮れの光が差し込んでいる。
優笑はそのまま13番の部屋を目指した。
後ろから足音が聞こえたので優楽かと振り返ると、全く見知らぬ女生徒だ。
慌てる必要もなかったが、優笑は鍵を開けてすぐ部屋に入った。
「はぁ……っ」
部屋に入った途端に、脱力してその場に座り込んでしまう。
一体何が起きたんだろうか。
こんな事ありえない。
300人近い人を犠牲にして生き残った子供に殺し合いをさせ、吸血鬼の姫にさせる……。
「あり得ない……」
しかし目の前で確かに灰になって消えた二人。
涙と震えが止まらない。
真莉愛の凶行を思い出すと、吐き気がする。
人殺しなんて絶対にできない。
「ママ……パパ……助けて……」
優しい両親は自分達を必死に探しているのではないだろうか。
帰りたい、こんなのは悪夢だ。夢だ。
そう思っているのに現実は続く。
しばらくそこで泣き続けていたが、ふらふらと立ち上がる。
あの時もこんな気持ちだった気がする……恐怖で封印している記憶。
帰りたい優楽、ママ、パパ……ずっと泣いて恐怖した時間。
唇を噛んで『ストップ……ストップ』と言い聞かせた。思い出したくない。
そしてあの時も現実だった……。
きっと今も、現実なのだ。
部屋は言われたとおり、設備が整ったホテルのようだった。
デスクには先程の女が言っていた寮生活の決まりが、ラミネート加工された紙に書いてある。
その他にも掃除が入る事や、冷蔵庫に水が支給される事なども書いてあった。
優笑はよろよろと冷蔵庫から水を飲み、乾ききった喉を潤しベッドに倒れ込む。
「……絶対に助けが来るよ……絶対……」
恐怖と焦りばかりが波のように脳内を支配して、気が狂いそうだった。
【ゆ、夕飯の時間……です……タスケテアァアア……食堂に集合してください……いやああああ】
通信係からのテレパシーが響いて、優笑はトイレで胃液を吐いた。
それでも優楽に会うため、優笑は体操着に着替えて食堂へ向かった。