「う……」
頭が重く身体がだるい……優笑は気怠さのなか目覚めた。
事件から痛む頭を押さえながら優笑は肌寒さも感じた。
シーツもかかっていない。ベッドの感触はなく硬さと冷たさが背中から伝わってくる。
「え……?」
目を開けると、見たこともない天井は病院のそれより、もっともっと高い……。
まるで体育館のようなライトが見えた。
「なに……?」
ゆっくりと起き上がると、傍に優楽が眠っていた。
「優楽……!」
そしてその奥にも、その横にも少女達が眠っているのに気付く。
ゾクリとした。
眠ったまま、無造作に床に置かれたような状況だ。
死体が散乱しているようにも見えた。
「ん……優笑ちゃん……? ……なに?」
死んだように眠っていたので、優楽が目を覚ましホッとする。
二人で手を握り合う。
「なんだよ!? これはぁ!」
「一体なんなの?」
「きゃーいやぁ!」
「怖い……」
「看護師さん! 此処はどこなの!?」
起きた少女達が異変に気付いて騒ぎ出す。
見渡すと学校の体育館の半分程度の部屋だ。
両開きの入り口が1つだけ見えた。
「ふざけんな! 開けろ!」
一番大騒ぎしている女生徒。
金髪に近いウェーブのロングヘアが、怒鳴り声と共に揺れている。
「あれ、真莉愛……?」
「うっそ、狂犬の真莉愛じゃん」
女生徒同士の話が聞こえた。
鬼頭真莉愛。
学院の高等部三年生。
知らない者はいない、有名人だ。
ギャルと不良の中間のような問題児。
目鼻立ちがハッキリしており背も高く、体つきも筋肉質で迫力がある。
しかし彼女のような問題児ほど学院での教育が必要、と学院長は退学にはしなかった。
「開けろー!」
「開けろっていってんだろ! コラ!」
真莉愛の手下と言われている二人も同じように叫びドアを蹴り上げている。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ……さぁ静かにしてください』
「な、なに……!?」
ボイスチェンジャーを通したような声がホールに響く。
何を言われたのか全く理解できなかった。
優楽が優笑に抱きつき、優笑も怯えて抱きしめあう。
「あ、あれ見て……!」
天井が近い壁に巨大なモニターが設置され、そこに映像が映し出された。
安っぽい吸血鬼のコスプレマスクをした人物が白衣を着ている姿。
女生徒達の悲鳴が上がる。
『落ち着いて、騒がずに……聞いてください』
一体何が始まるのかと、ザワザワと皆が喋りだす。
「優笑ちゃん……なにこれ」
「わかんない……これから親が迎えに来るとか……違うかな」
混乱する頭で都合の良いように考える。
きっとそうだ。
小学校の時とか、体育館に集まって保護者が来た人から帰るとか……そういうのに違いない。
そう、に違いない……と敢えて楽観的に脳みそを動かす。
……そうではない事を、直感的に感じているから。
『貴女たちは国の宝です』
何を言っているんだろうか。
全てがおかしい、怖い。
『なので貴女たちにはこれから、一人になるまで殺し合うデス・ゲームをしてもらいます』
シーン……とホールが静まり返った。
【生存者:32名】
「で、ですげーむ? ってなに?」
優楽が怯えながら言った言葉が、白衣吸血鬼男は聞こえたようだった。
『此処にいるミナサンで殺シ合イ・ヲ・シテモライマース』
悲鳴が上がり、ホール内がパニックになりそうになる。
「優笑ちゃん、なに、どういう事!?」
「わ、わからない……こ、殺し合いなんて……何言ってるの」
さっきは国の宝だと言われ、今は真逆のような事を言われている。
もしかしたら私達は悪い組織の人質にされている?
それとも悪い夢なのか、双子は必死に抱きしめ合う。
「ゆ、優笑ちゃん」
「だ、大丈夫、私が……守るから……」
守れる根拠などないが、優笑は姉として妹を守らなければと思う。
ずっと支え合い生きてきた。
自分の命と同じくらい大事な片割れだ。
「殺し合いってどういう事だ!? オイこら! ふざけんじゃねーぞ!?」
真莉愛が叫ぶ。
「きちんと説明をして頂かなければ、何一つ理解できません! あなた方は毒物事件を起こしたテロリストの一味ですか!?」
真莉愛のあとに叫んだのは、こちらも有名人。
生徒会長の当坂絹枝《とうさかきぬえ》だ。
絹のような黒髪を今は一つにまとめ、メガネがよく似合う清楚な和風美人。
その彼女が壇上でいつも生徒に呼びかけるように叫んだ。
『いいでしょう・きちんと説明をしますよぉ』
吸血鬼の男は、当然の流れだというように机上で両手を握る。
どこかで見た指揮官のようだ。
『まずは・自己紹介ですか・わたしは・どこにでもいるようなゲームマスターです』
何も面白くはないのに、ゲームマスターは愉快そうに笑った。
ザワザワとまた女生徒達が騒ぎ出す。
『そして、あなた達はこの国の未来を……そして世界を救ってくれる救世主になるのです』
「……全く意味がわからない」
優楽が言うように、優笑にも意味がわからなかった。
『今・世界情勢は緊迫しています・貴女達が思うよりもっと・も~~っと深刻な状況です・いつ世界大戦が起こり攻められる状況になるかわからない非常~~~~~~~~~~~に危険な状況なのですーーーー!!』
ゲームマスターの声が荒ぶり、ドン! と机に拳を叩きつける。
「そ、そんな事、私達に言われても……」
怒鳴られた事もないような少女達は、怒声だけでも恐ろしさで青ざめる。
男の怒鳴り声が苦手な優笑も、手が震えてだしたのがわかった。
嫌な記憶が蘇らないように唇をグッと噛んで、目を閉じて『ストップ……ストップ……』と自分に言い聞かせる。
『もしも我が国が攻められたら……あぁ恐ろしい・みんな死んでしまうよね・嫌だよね?』
今度は哀しげな声になる。
情緒の不安定さが一層こちらの恐怖心をあおった。
『ですので~私達は戦車よりミサイルより核よりも・もっと安全で犠牲者も少なく・平和的な武器の研究を続けてきたのです』
「平和な武器……?」
それが此の場にいる女子高生達となんの関係があるのだろうか。
『平和な武器計画……ヴァンパイア・プロジェクトS……吸血鬼を蘇らせる画期的な計画です』
「ヴァンパイア……って」
ヴァンパイアの元になった公爵だかの話は知っているが、そんなモンスターなど想像上の産物だろう。
女生徒達は誰もがそう思う。
『貴女達は300名のなかで・人間から吸血鬼へ変化する事に耐えた・それは麗しい選ばれた存在なのでス』
優楽が優笑にしがみついて、優笑も抱きしめる。
「今、あの人……吸血鬼へ変化するって言った?」
「言った……」
でも双子の身体は何も変わってない……そう思う。
柔らかく温かい、いつもと同じ身体だ。
『長い時間がかかりました……でもようやく人間を吸血鬼化するウイルスができあがりました! なのでぇ・それを花聖水に混入させたのですよ~~~~!』
興奮するデスマスターの声が響く。
「あれは毒じゃなくて……ウイルスだったの……?」
『貴女達は進化に耐える事が出来た国の宝です』
「「「吸血鬼……? 私達が……??」」」
ザワザワと少女達に動揺が更に広がる。
泣き声も聞こえ、金切り声を上げる女生徒もいた。
『はい~もう立派な吸血鬼です・現代に蘇った32人の吸血鬼達よ……』
わけがわからない。
300が死亡したあの大惨事はテロではなく、国の平和的なプロジェクトとでも言うのだろうか?
理解できない……したくない。
「意味がわかんねぇよ! それで殺し合いってどういう事だ!!」
また真莉愛が叫んだが、それは全員思った事だ。
『それがですね~貴女達は~まだくそ雑魚ちゃんなのです・ほとんどちからのない吸血鬼の赤ちゃんみたいな・幼虫ちゃんなのです』
「赤ちゃん……幼虫ちゃん……?」
恐ろしい話に不似合いな言葉。
抱きしめている優楽の身体は、やはり以前と何も変わらない……。
私達が吸血鬼なんてそんなの嘘、としか思えない。
『蠱毒《こどく》という物を知っている人はいるかなぁ?』
「……呪術のですか?」
生徒会長の絹枝の声に反応して、デスマスターが指をパチンと鳴らす。
『はぁい生徒会長さん・正解です・説明をどうぞ』
「壺に蛇やムカデなんかを入れて共食いさせ、最後に生き残った一匹が強い力をもつ呪術のことだと……」
『そうです! まさに大正解~~!!』
共食い、最後の生き残り。
もう嫌な予感しかしない……つまり。
『貴女達は吸血鬼同士で共食いあって、力を高め唯一の吸血鬼の姫、吸血姫! を目指してもらいまーす!! さぁみんなで殺し合いましょーーーーーーーーーーーーーー!!』
少女達の悲鳴が響く。
【生存者:32名】
少女達の悲鳴が響く。
「こっ殺し合い!? そんな事できるわけないでしょう!?」
「いやー助けてママー!!」
「ふざけんな!」
「誰か助けて!!」
叫び声、泣き声、怒声が響き、パニックが広がっていく。
『静かにしてください~最後の一人・吸血姫になると膨大な力を得る事ができます・人間など血の奴隷にして意のままに操る事ができると言われている……それこそがプロジェクトの狙い!』
「人間を……?」
『各国の主要人物を吸血姫が操れば……世界平和が訪れる』
デスマスターは嬉しそうに語り続ける。
『我が国の思想の元であれば・戦争もおこらない・そして影の支配者として我が国はますます繁栄するでしょう・我が国民も安泰! まぁ吸血姫は我々が管理をする事になるので完璧な自由はないかもしれない……ですが』
チッチッチッと指を振る。
『一人生き残った吸血姫には・莫大な報酬を与えましょう~~~』
「なんだって」
真莉愛がピクリと反応する。
『我が国の最重要秘密兵器ですからね~! お姫様なわけです! 今の暮らしよりも豪華なお家! 豪華な食事! なんでも買えるよ~? 推しの動画配信者や芸能人と会う事だってできちゃうし・なんなら奴隷にして好きなだけ傍においてもいいし、ゲームのガチャも課金一千万円も夢じゃない! やったー! どうです魅力的でしょう~~』
「ふぅん……」
真莉愛がニヤリと笑う。
お嬢様学校ではあるが全員が富豪なわけではない。
優笑達も、ごくごく普通の一般家庭だ。
『ねーデス・ゲームやりたくなってきたでしょ・やっちゃえやっちゃえ~』
ゲームマスターは、手を叩いて笑い出す。
「い、いやよ! 私はそんな事したくないわ! 冗談はやめてよぉ! もうやだ! 帰る!」
静まり返ったなか、一人の女生徒が立ち上がって騒ぎ出すと、一気に伝染し皆が叫びだした。
優楽も叫びだそうとするのを、優笑は慌てて口を手で押さえて止めた。
『うるさいですねぇ……はい! では見せしめの処刑! ズドーン!』
ゲーム・マスターの声に合わせて壁から何か発射される。
最初に騒ぎ始めた女生徒がドン! と衝撃音と共に身体が吹っ飛んだ。
『我々の研究成果、スペシャルな銀の弾丸で~す』
一瞬で静まり返る。
パジャマ姿の女生徒の背中から血が吹き出したかと思うと、一気に灰が舞う。
灰は一瞬で塵のように消えていき、穴の空いたパジャマだけが後ろにいた女生徒にバサッと落ちた。
シーン……と静まり返る場内……。
『えっと、今のはぁ三年生の藤森真奈美さんでした~~ご臨終ですね、ハイさよなら』
「きゃあああああああ!!」
また女生徒の叫びが、一気にあがった。
『もうもったいない事したくないからさ・お前ら静かにしろと言っているんだよぉ!』
ゲームマスターの怒声が響いた。
あの弾で撃たれたら……灰になって死んでしまう!?
皆が自分の口を押さえ、涙を流し、震えながらゲームマスターを見る。
優笑と優楽も震えながらパニックにならないように必死でお互いの背中を撫でた。
怖い! 怖い! 怖い!!
ブルブルと震える優笑。
恐ろしい過去の記憶が蘇りそうで吐き気がする。
「優笑ちゃん……!」
「だ、大丈夫、大丈夫、優楽、大丈夫だからね」
何も大丈夫ではないが、パニックにならないようになんとか深呼吸をした。
すすり泣く声だけが場内に響いている。
『それでは・ちょっと提案がありまして~本来・吸血鬼っていうのは同族同士でテレパシーみたいなものが使えるようなんですよ~』
何事もなかったように、ゲームマスターはまた話し出す。
『ゲーム進行にあたって、こっちからの指示をですね・あなた達に伝える通信役を一人選びたいと思います』
「通信役……それならデス・ゲームに参加しなくてもいいわけ!?」
『はい~通信役になっても雑魚吸血鬼ちゃんの貴女達はまだ力が足りないので・こちらで用意した増幅器を使用しますけどね』
「私にやらせてください!」
「私も私も!」
「一人なの!? お願い! 人数をもっと増やしてください!」
「通信役にしてください!」
必死で手を挙げる女生徒達。
「優笑ちゃん……」
「優楽……ダメよ。なにか嫌な予感がするの」
「うん、私だって優笑ちゃんと離れるなんてイヤだもん」
通信役を希望する女生徒のなかで罵り合いや自分をアピールするものが現れた。
皆が助かるのに必死なのだ。
『ん~~~~んじゃあ・君でいいや・そこの真ん中の元気の良いロングヘアの子』
「やった! やったわぁあああ!」
指名され泣いて喜ぶ女生徒。
そこに扉が開いて、銃を持ち防護服と防毒マスクを着用し武装した兵士のような二人がストレッチャーと共にやってくる。
『はい・君は一年生の中原 里菜さんね・じゃあさっさと処理して』
「処理? きゃあ! 何するの!?」
一人がナイフを取り出すと、女生徒を押さえつけ足の腱を切ったのだ。
「ぎゃあああああ!」
すぐに目隠しと猿ぐつわを噛ませられ、彼女は運び出されていく。
『テレパシー実験体に逃げられたら困っちゃうからね』
実験体!?
あんな対応をされるなんてと、皆が青ざめる。
しばらくすると、ゲームマスターの背後に先程の女生徒がストレッチャーにバンドで縛り付けられた姿で現れた。
目隠しをされ、猿轡ぐつわのまま、腕には点滴を何本も刺され頭に電極や色々なものを付けられた悲惨な姿で現れた。
「ひどい……あんな事するなんて」
「優楽、見ない方がいい……」
『テストするから・やってみて・はいテ・ス・ト~~~』
【いやぁあああああああ!! 助けてけええええ!!!】
通信役の少女の叫び声が頭に響き渡り、皆が頭を押さえる。
脳内に響く絶叫に、吐き気でえずく少女もいる。
『こらこら~テ・ス・ト。ポンコツだったら困っちゃうよ』
ポカリとゲームマスターが電極のついた頭を拳で殴った。
【ああああああ、テストテストテストテストテストうあああああああああああああテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテスト助けてぇええええええええ】
「もう聞こえているわ、やめさせて!」
『はーい・もういいよぉ』
絹枝の言葉で機械がオフになったようだ。
皆がホッとした顔をする。
『それではデス・ゲームのルールを説明していきましょう』
何を言っても、もうデス・ゲームは止まらない。
【生存者:30名 死亡者:1名・藤森真奈美 通信係抜擢:1名・中原 里菜】
恐怖する少女達を前に、ゲームマスターは変わりなく話し出した。
『はい~それではルールを説明します』
ゲーム・マスターが映っていた画面が、地図に変わる。
「……島……?」
確かにそれは孤立した島に見える。
『これは今・君達がいる島ですよぉ』
さっきまで病院にいたはずなのに、まさかと動揺が走る。
『此処がこの研究所』
北側にある建物がチカチカと点滅する。
『この南の建物が君達の暮らす寮だよ~~』
「暮らす……? みんなで?」
『はい~その通り! ではゲームのルール! オオオオオオオ~~プン!』
画面に文字列が並ぶ。
デス・ゲームルール
1⃣最後の一人になるまで、殺し合いをしてもらいます。しっかり食べよう!無駄にしたらペナルティ!
2⃣寮内には個室が全員分用意されています。寮内に滞在できる時間は一日17時間。
3⃣寮内での殺し合い、話し合いなどは禁止。個人行動厳守。寮外では自由。
4⃣全体で一日に必ず一人は捕食しよう。
5⃣GPS付きの腕時計と島の現在地がわかる地図アプリのみ使える端末を配布します。
6⃣目指せ!吸血姫☆
『まぁこれが大まかなルールです。みんなわかったかなぁ?』
「殺し合いって……」
『もちろん息の根を止める時は相手の首元にかぶりついて・力を得てくださいね~。もう一体も無駄にはできませんから・はいこれがわかりやすい吸血姫への計算式』
レベル1がレベル1を捕食→レベル2にレベルアップ
レベル2がレベル3を捕食→レベル5にレベルアップ
「へぇ~つまりレベルが高いやつを食えば一気にレベルが上がるわけだ」
真莉愛が面白そうに言う。
『そうそう・蠱毒システムですよぉ・今の貴女達はレベル1・血でできた針くらいは具現化できるんではないでしょうか』
「血でできた……?」
『吸血鬼は自分の血を武器にする事ができます・レベルが上がれば針から短剣そして長剣……と殺戮するレベルもアップするはず! どんどん吸血姫へ近づいていくからねぇ♪』
「ふふふ……自前の武器かぁ! いいじゃん!」
真莉愛が突然立ち上がり、手のひらに力を込めた。
すると確かに真っ赤な竹串のような物体が現れる。
「ひゃひゃひゃ! 本当だぁ! じゃあこれを! ぶっ刺して!!」
真莉愛は逃げようとした女生徒の頭を鷲掴み、そのまま首へ突き刺した。
「きゃあああ!」
一気に悲鳴があがり、皆が逃げ出す。
そんな周りなど気にせずに、更に真莉愛は女生徒の血が吹き出る首元へ齧りついた。
『おやおや』
「ジュルジュルジュルジュル……!!」
「ぎゃああああ……あ……あああ……あぁ……」
断末魔の叫び声はすぐに掠れて……女生徒はボロボロと灰になって崩れていく……。
後にはパジャマだけが残った。
「……なんてことをするの……」
全員が、震え青ざめ泣きながら真莉愛を見るが真莉愛はギャハハハハと笑い出す。
「これでレベル2だねぇ! いいかお前ら! 吸血鬼の姫になるのはあたしだよ!」
『ほうほう・これはすごい有望株がおりましたねぇ・でもデータも取りたいから此処で全員殺すのはやめてよね』
「はぁ~~!? ダメなのかよ……ったく!!」
真莉愛の口周りの血も灰のになり、グイと拭っただけで消えた。
『えーっと今喰われたのは、山本千亜希さん。サヨーナラ~~可哀想だったネ☆』
あまりに軽い扱いに、怒りが湧くより先に実感がない。
これが人の死への言葉なのか……。
死者への祈りを唱える声が聞こえてきた。
『それでは~これから寮に移動しまぁす・今日は疲れもあるだろうから夕飯食べて就寝だよ~・また後でね』
また銃を持った兵士達がやってきて全員に目隠しをさせ、手錠をはめた。
「優楽……」
「優笑ちゃん……」
寮に行けば、もう話をする事は禁止されてしまう。
どうしようどうしよう……何度も考え、ハッと思いつく。
優笑は優楽の耳元で囁く。
「さっきの地図覚えてる?」
「……うん……」
先程の地図、寮は林の中にあるようだった。
「明日の朝9時に、寮から北西の方角の林の中で隠れていて……私が必ず見つけてみせるから」
「わかった……大きな石や目印になる物があったら、そこにいる」
「じゃあ最初に見た大きな石のところで、必ず見つける」
「うん、わかった」
「絶対に無事でいて」
「優笑ちゃんこそ」
手錠をかけられた手を握り合う。
こんな待ち合わせ方法で、果たして会えるのかわからない。
でもこの方法しか思いつかなかった。
これから一体どうなってしまうのか。
すすり泣く女生徒に、笑う女生徒、冷静に周りを見る女生徒……。
優笑も優楽も恐怖で涙は止まらない。
それでも残酷なデス・ゲームは始まってしまった。
【生存者:29名 死亡者:2名 二人目・山本千亜希 通信係抜擢:1名 鬼頭真莉愛レベル2】
寮へ着くと、目隠しは外されたが手錠を付けられたまま広い食堂のような場所へ29人は移動させられた。
「ようこそ、皆さん」
白いタートルネックに白衣を着てメガネのいかにも研究員のような女が立っていた。
おばさんのように見えるが、案外若いのかもしれない。
「一人を除いては短い付き合いでしょうから、自己紹介はしないでおきますね。それでは寮での生活を説明致します。此処は寮の一階の食堂です。皆さんで円になって毎日ご飯を食べましょう。朝食は7時、昼はお弁当を希望する人には朝に配布します。寮での昼食は12時、夜は19時に夕飯が運ばれてきます。みんなで配膳のお手伝いをしてくださいね」
まるで林間学校の先生だ。
デス・ゲームが嘘に思えるような微笑みで話し続ける女。
「1階には談話室もありますが、私語は禁止です。なので食堂と1階の共有トイレ以外は閉鎖しています。二階には全員分の個室が用意してあります。シャワートイレ完備。ベッド、デスク、ドレッサー。個人の基礎化粧品やメイク道具、下着に寝巻きなどは全て病院でとったアンケートのままに用意してあります。吸血鬼は高潔な存在です。身支度もしっかりしてくださいね。お洋服は日中は学院の制服を着てください。洗濯は朝と夜に廊下に設置する籠に入れてください。寮内では体育着でも可とします。あ、筆記用具は支給されません。手紙のやり取りなども禁止ですよ。見つかれば処罰します。ふふ。あ、部屋にもこのルールが書いてあるシートが用意していますから今覚えなくても大丈夫ですよ」
ザーッと流れるような説明。
全員が無言だが、動揺が伝わってくる。
これから毎日、此処で皆で食事をとって眠り、デス・ゲームをさせるというのか……。
「寮の滞在時間は合計17時間。ご飯を食べたり就寝したりシャワーも時間内に終わらせてください……17時間経ったら強制的に寮から出されますよ。なので自分で時間を決めてお出かけした方がいいと思います」
ずっと微笑んでいる女が不気味に思えてくる。
「あ、あと皆さんに腕時計と地図アプリの入った端末を支給します。壊れたらもう支給されませんので大事にね。腕時計には生死の心拍数確認とGPS機能は付いているけど盗聴器は絶対に付けてないから安心してください。女性のプライバシーは保護します。うふふ盗聴器まで付けちゃうと精神がすぐやられちゃうのよね。端末は当然、逃亡と遭難予防です。それ以外の機能はありません。変にいじったら爆発しちゃうかもよ? うふふ」
ペラペラと一方的な説明にジョーク。
全然笑う事はできない、狂ってる……と優笑は思う。
手錠を付けたままだが、優楽が優笑に身体をこするように寄り添う。
腕時計と方角のわかる端末が支給された事に、優笑はホッとする。
待ち合わせの時間と方角がわからなければ、途方に暮れるところだった。
「寮内での殺し合いは禁止です。それでは今は17時23分。19時に食堂へ集合してください。ご飯を食べる食べないは各自の判断に任せますが、夕食にはいちごみるくが出ます」
「いちご……みるく……?」
「これは特殊なワインも配合されていて、吸血鬼状態の維持に必要なものです。二日接種しないと気が狂うので注意してくださいね♡それでは手錠を外して……個室の鍵と腕時計を渡します。壁も分厚く防音なので隣の部屋との会話はできませんからね。それでは一人ずつ……天乃優笑さん」
「は……はい」
まさか自分が一番に呼ばれるとは……優笑は慌てて鍵を取りに行く。
「まずは腕時計。これは外せないけど防水なのでお風呂で洗って清潔にしてね」
手錠が外されて、カチャ……とスマートウォッチが腕に付けられた。
「これもスマホの地図アプリと同じように使えるから、説明は特に必要ないでしょう」
渡されたのは手のひら大のスマートフォンのような端末だ。
「部屋番号は適当に渡します。はい、受け取った人から部屋へ行ってください。それでは島でのデス・ゲームを思い切りスリリングに楽しんでくださいね」
何が楽しむだ、と誰かの舌打ちが聞こえる。
優笑の鍵には『13』と書いてあった。
嫌な数字だ。
「さぁ行け」
武装職員に銃で指図され、優笑は食堂を出て階段を登る。
もう少し待てば優楽が……と思ったが、階段にも廊下にも監視カメラが光っていた。
二階はシンプルに大きな廊下が、真ん中に一つ。
なにか大きなロボットのようなものが一体いる。
両脇に部屋の扉がずらーっと並んでいて、ホテルのようだ。
廊下の先には窓があるのだろう、夕暮れの光が差し込んでいる。
優笑はそのまま13番の部屋を目指した。
後ろから足音が聞こえたので優楽かと振り返ると、全く見知らぬ女生徒だ。
慌てる必要もなかったが、優笑は鍵を開けてすぐ部屋に入った。
「はぁ……っ」
部屋に入った途端に、脱力してその場に座り込んでしまう。
一体何が起きたんだろうか。
こんな事ありえない。
300人近い人を犠牲にして生き残った子供に殺し合いをさせ、吸血鬼の姫にさせる……。
「あり得ない……」
しかし目の前で確かに灰になって消えた二人。
涙と震えが止まらない。
真莉愛の凶行を思い出すと、吐き気がする。
人殺しなんて絶対にできない。
「ママ……パパ……助けて……」
優しい両親は自分達を必死に探しているのではないだろうか。
帰りたい、こんなのは悪夢だ。夢だ。
そう思っているのに現実は続く。
しばらくそこで泣き続けていたが、ふらふらと立ち上がる。
あの時もこんな気持ちだった気がする……恐怖で封印している記憶。
帰りたい優楽、ママ、パパ……ずっと泣いて恐怖した時間。
唇を噛んで『ストップ……ストップ』と言い聞かせた。思い出したくない。
そしてあの時も現実だった……。
きっと今も、現実なのだ。
部屋は言われたとおり、設備が整ったホテルのようだった。
デスクには先程の女が言っていた寮生活の決まりが、ラミネート加工された紙に書いてある。
その他にも掃除が入る事や、冷蔵庫に水が支給される事なども書いてあった。
優笑はよろよろと冷蔵庫から水を飲み、乾ききった喉を潤しベッドに倒れ込む。
「……絶対に助けが来るよ……絶対……」
恐怖と焦りばかりが波のように脳内を支配して、気が狂いそうだった。
【ゆ、夕飯の時間……です……タスケテアァアア……食堂に集合してください……いやああああ】
通信係からのテレパシーが響いて、優笑はトイレで胃液を吐いた。
それでも優楽に会うため、優笑は体操着に着替えて食堂へ向かった。
青ざめた顔でフラフラになりながら食堂へ向かう。
同時に部屋を出た数名も同じように疲弊しきった顔だ。
ついよろけてしまい、後ろから早足で歩いてきた女生徒とぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
「うざ」
一瞬、真莉愛かと思ったが違う。
彼女も有名な三年生、柏崎蝶子《かしわざきちょうこ》。
派手なギャルで、同じようなメイクをした友人達といつも騒いでいる。
真莉愛とはヤンキーとギャルとで対立しているようだが、周りからすればただただ恐ろしい存在の二人だ。
今もしっかりメイクをし、付けまつ毛にネイル。
いつものようにアッシュグレーの髪をゴージャスに巻き髪をしている。
蝶子は学院でも「ブルーパピヨン」というグループを作っていたのだ。
強い香水の香りとオーラを放つ彼女に気付いたグループ所属の三人が、蝶子を追いかけ後ろをゾロゾロと歩いて行った。
まさか狂犬の真莉愛と共に、彼女までいるとは……。
しばし呆然と見送った優笑の横に、優楽が現れた。
話ができないのはもどかしいが、それでも傍にいるのは心強い。
食堂へ向かうまでの壁には、巨大な島の油絵が飾ってあった。
この島の絵なんだろう。
島の周りの海には……適当に描き加えられたようなサメの絵が描かれている。
泳いで逃げるのは不可能という事なのだろうか……。
先程の白衣の女が食堂にいた。
食堂内は、ホテルのレストランのようだった。
しかし本来なら厨房が見えるであろうカウンターテーブルは、板で封鎖されている。
ゆったりと客がくつろぐであろうテーブルと椅子は不自然に円形に並べられていた。
「さぁ、皆さん。此処に毎度の食事を全員分用意しておきますので、各自持っていって席は適当に座ってください」
一つの長テーブルに、人数分の弁当が積まれていた。
適当でいいのならば優楽の隣に座れる……とホッとする。
それにしても殺し合いをさせる生徒達を、顔を見せあって食事をさせるのはどういうつもりだろうか。
「……悪趣味……」
優楽がボソッと呟いた。
食欲はないが、並んで弁当を受け取る。
紙でできた箱に入ったお弁当だ。
まだ温かいが、冷凍弁当を温めたものなのだろうか。
「私は今だけの世話人ですから作業を覚えてくださいね。さぁ配膳ロボットからいちごみるくを受け取ってください」
レストランでよく見かける愛らしい猫の配膳ロボットが、いちごみるくの入ったワイングラスをのそのそと運んでいる。
二階にいたのも、このロボットだった。
優楽とよく行くファミレスにもいて可愛いと思っていたのに……こんな場所に不釣り合いだと思う。
「いちごみるくは一人一杯ですからね」
先程の話を聞いて、飲まない生徒はいないだろう。
そういえば、病院でもいちごみるくが毎日支給されていた。
カルシウムが、とかコラーゲンが、とか言われて必ず飲んでいたのを思い出す……。
どこからどこまで仕組まれていた事なのか……全てなのか……。
全員の食事の準備が整ったところで、壁にあるモニターの電源が付いた。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ~~夕食の時間ですね・これが皆さんの最後の食事になったとしても満足して頂けるようにできるだけ美味し~いご飯を用意いたしますので是非・沢山ご飯食べてねぇ』
いやらしいボイスチェンジャー声のゲームマスターの言葉に、皆が凍りつく。
「あの……どうか発言をお許しください……」
一人の女生徒が手を挙げた。
『はぁい? いいでしょう発言を許可しましょう……あなたは学院の聖女と呼ばれていたシスター聖奈さんではありませんか~~~??』
「……聖女なんておこがましい、ただの神を信じる者です……どうか食事前のお祈りだけはさせて頂けませんでしょうか……? 私達にはお祈りをせずに食事をするわけには参りません……どうか……お許しを……」
この状況で発言できる勇気。
彼女はゲームマスターが言ったように、セレンナ聖女学院では聖女と呼ばれていた生徒だ。
三年生の輪回道聖奈《わかいどう・せいな》
聖奈はセレンナ聖女学院で信仰している宗教の熱心な信仰者だった。
いつも目を閉じ祈りを捧げている彼女は『聖女』や『シスター』などと呼ばれ、彼女を慕う信者生徒も多かった。
『ふぅん~まぁいいでしょう・みんなの心の慰めになるかもしれないしねぇ』
「ありがとうございます。信者を代表して御礼を申し上げます」
『別にいいけどさ~・信心深いのって大変だねぇ~』
麗奈は目を瞑り、祈るように手を組んで頭を下げた。
優笑も優楽も信仰はない。
神社に行ったりお寺に行ったり、クリスマスを楽しむ女子高生だ。
こんな時に、どの神に祈ればいいのかもわからない。
麗奈が祈りを始めると、彼女と同じように祈りの言葉を唱える生徒が4人いた。
「あぁ……感謝を……我が創造主に感謝を……恵みに……感謝……を……」
聖奈の美しい歌声のような祈りが終わる。
一応、優笑も両手を合わせて下を向き祈りが終わったと同時に『いただきます』とそれぞれが下を向いて弁当を開けた。
デミグラスソースのハンバーグ弁当。
ポテトサラダに、フライドポテト、ブロッコリーに人参のグラッセ。
思春期の女子なら誰もが大好きなお弁当だろう。
しかしこれから始まる恐怖の時間を思うと、胃がまたよじれて痛む。
ふと周りを見ると、真莉愛がガツガツとハンバーグを食べている。
真莉愛の手下も無言で食べていた。
蝶子も、その仲間も食べている……。
その様子を呆然と眺めているのは、優笑だけではなかった。
この状況で……どうして食べる事ができるのか。
ここで強さと弱さが決まってしまった気がした。
殺す事ができなくても、逃げなければいけないのだ。
食事を抜いて弱ってしまえば、確実に獲物になってしまう。
優楽を見ると、同じように考えているのがわかった。
そうだ、といちごみるくのワイングラスを持ち上げる。
とても美しいグラスだ。
ただのプラのコップにでもいいものを、変な演出だと思う。
優笑はそれをグッと飲んだ。
少し驚いた顔で、優笑を見た生徒もいた。
優楽も目を丸くしている。
甘くて酸っぱい苺の味。
でもその先にある……何か恐怖を和らげてくれるような……味。
ふわっと少しだけ気持ちが楽になった。
こんな感覚は初めてだった。
そして優笑は、ハンバーグに手を付けた。
味なんかわからない、ただ明日を生き残るために――。
食べなければいけない。
喰われないために!
それを見ていた優楽もいちごみるくを一気に飲み干して、同じようにハンバーグを食べ始めたのだった。
皆が夕飯を食べ終えたが、ゲームマスターはまだモニターの画面にいる。
見る度に不快な姿だ、と誰もが思う。
『ごちそ~~さまでしたぁ~~~・はぁい・それでは地図の端末の使い方はわかるかの確認をしますねぇ・大事な吸血鬼が遭難されては困りますからね~此処は小さい島ですが林なんかもありますからね~~~』
スマホ型の端末に入っている地図のアプリは、普段使っている地図アプリと同じものに見えた。
スマホの形をしているが、当然地図アプリしか使えない。
腕時計はGPSと脈を測っているという。
生死の確認のためであり、盗聴などはしないという。
『我々は殺し合いのなかで・貴女達にさらなる高みを目指してほしいのですよ~~誰かと協力したり作戦練ったり大歓迎!! でも最後は一人になるまで殺し合うことを忘れないでくださいね・きゅふふ』
ペラペラと喋るゲームマスターの声を、皆が静まり返って聞いている。
「もちろん・海にはサメがいて……監視船もいるから・我々のいる研究所には吸血鬼を灰に替えちゃう拳銃をいっぱい持った兵士がいるよ~下手に乗り込んできたら~ズドン! あの子みたいにね……』
あの研究所のホールで殺された子のことだ。
脱出……という最後の望みを打ち切るような言葉。
すすり泣きも聞こえてきた。
優笑も泳いで逃げられるのでは……とは考えてはみたが、無理なのか……。
『それではこの島の施設を紹介するよ~~!! まずは此の寮! の東側にある図書館~児童文学に恋愛小説、ホラーやミステリーなんかもある……でもね此処には! 此の島のことが書かれてる資料や・なんと吸血鬼に関する資料もあるんだよね。君たちも知りたいでしょ? 勝手に人間じゃない吸血鬼にされちゃって……吸血鬼ってなに!? ふざけないで!! って思うよねぇ~それでこの資料を探して読める人は読んでみてほしいんだ……自分のなかで新発見した子は・研究員として優遇しちゃうかもよ☆』
ゲームマスターが消えて、図書館の外観が映った。
馬鹿にしている話のなかにも、重要なことがあるはずだ。
優笑は目を瞑って、いらだちを抑えるように……言葉を聞く。
『図書館の近くには灯台もあるんだけど、もう老朽化してて危ないから近づかないでよね~』
灯台……船が運行しているのだろうか。
『この寮より北に行くと面白いところがいっぱい! まずは東側には遊園地! 小さな観覧車とか回転木馬~グルグル回るブランコと~場内を一周するジェットコースター、コーヒーカップなんかがあるよ。ボロボロだけど一応メンテナンスはしたんだよ~動かしてみてねぇ~回転木馬で殺し合おう! 小規模でボロボロになってて壊れてるのもあるけどさぁ、幼虫姫達のために復旧もしてるから是非遊びながら殺し合いしてほしいなぁ』
そんな場所に誰が行くのだろう。
『遊園地よりもっと西に行くと・イングリッシュガーデンがあってそこに樹木で作った巨大迷路がありますよ~楽しいから行ってほしい……けど・樹木が育って迷路もどうなっているかな。追いかけっこで引っかからないように気をつけて~引っかかったらバグっとご臨終!』
次に、お城にあるような樹木の迷路が映った公園の写真。
不愉快さで目眩がした優笑の手をテーブルの下で優楽が握ってくれた。
二人で目を合わせて握り合う。
今は少しでも情報収集だ。
『そこから更に西に行くと、海岸沿いに礼拝堂があります……美しかった……礼拝堂……ボロボロ……天井がもう落ちてしまってるけどぉ此処で祈れば、カミサマーが助けてくれるかも? アハハ失礼失礼』
礼拝堂という言葉にシスター聖奈が反応した。
『その上の海岸は……海水浴場だったんですがね……泳ぐとサメであぼーんです……というわけで重要な施設説明はこれで終わりでぇす・でも至る所にベンチとか~休憩所になる小屋とか色々あるので見つけてください・落ちてるものはなんでも使っていいですよ~刃物でもあればラッキー☆!!』
つまらなさそうに真莉愛が耳をかいている。
蝶子は爪の甘皮をいじっているようだ。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ……おやすみなさい~~~よい悪夢ヲ』
画面がブチン! と消えて、少女達は緊張から解かれたようにホッとした。
何も変わらない状況だが、ゲームマスターがいないだけでホッとした。
そして女研究員が話し出す。
「では私から補足します。寮を出る時間はそれぞれ自由ですが、鉢合わせしないようにこちらからもサポートします。サポートが必要な方は寮から出る時間をこちらのタブレットに記入して申告してください。現在の方針としては寮から200メートル以内での待ち伏せ行為による戦闘は禁止です」
真莉愛がケッと睨んだが、真莉愛が寮の前で待ち伏せすれば全員喰われて終わりになってしまう。
……それはゲームマスターの望みではないのだ。
「今日は皆さん疲れたでしょう。明日からの殺し合いのために、今日だけゆっくり眠りたい人には睡眠薬が支給されますよ。猫ちゃんから受け取って部屋に戻ってください」
テーブルの周りを配膳猫ロボットがウロウロと回る。
全員が受け取り、そして部屋に戻った……。
何もかもが信じられない。
明日から殺し合い……?
優笑はゴクリと睡眠薬を喉に流し込んだ。
デス・ゲームルールまとめ
○デス・ゲームルール
1⃣最後の一人になるまで、殺し合いをしてもらいます。しっかり食べよう!無駄にしたらペナルティ!
2⃣寮内には個室が全員分用意されています。寮内に滞在できる時間は一日17時間。
3⃣寮内での殺し合い、話し合いなどは禁止。個人行動厳守。寮外では自由。
4⃣全体で1日に必ず一人は捕食しよう。
5⃣GPS付きの腕時計と島の現在地がわかる地図アプリのみ使える端末を配布します。
6⃣目指せ!吸血姫☆
○吸血姫への計算式
レベル1がレベル1を捕食→レベル2にレベルアップ
レベル2がレベル3を捕食→レベル5にレベルアップ
○島の概要
北・研究所施設
西・海水浴場 礼拝堂
東・遊園地
真ん中 迷路のある公園
南西・図書館
南・寮
○寮生活ルール
私語禁止
食堂と1階の共有トイレ以外は閉鎖。
二階には全員分の個室が用意(シャワートイレ完備。ベッド、デスク、ドレッサー)
下着、パジャマ、化粧品などは支給される。
筆記用具禁止
寮の滞在時間は合計17時間
腕時計と地図アプリの入った端末を支給
朝食7時
希望者には弁当支給
昼食12時
夕食19時・いちごみるく支給(二日接種しないと発狂)
そして朝がくる。
夢であってほしかったが……同じ部屋で起きた。
両親も看護師もいない。
毎日一緒に起きる優楽も……傍にはいない。
顔を洗って自分を見る。
歯磨きをしたが、とりあえず吸血鬼のような牙はない……。
しかし真莉愛が噛みついた時には牙があったように見えたが、本当に人間ではなくなってしまったのか。
自分の吸血鬼なのか? 綺麗な洗面台の鏡の中の優笑は悲しい顔をした。
異常なデス・ゲーム世界。
優笑はとりあえず体育着で食堂に行く。
すぐに優楽が傍に来た。
二人ともじわじわと涙が出てくるのを耐え手を握り、朝食を受け取り食堂の席に着く。
配膳猫ロボットが手持ち無沙汰で、ウロウロとしていた。
クロワッサンにハムエッグ、ウインナー。ミニトマトにきゅうりのサラダ。
コーンスープに牛乳。
聖奈のお祈りを聞いて、できるだけ食べる。
寮の窓からは林が見えた。
何度もシミュレーションをしている。
すぐに玄関を出て、林の中に隠れなければ……。
一度部屋に戻る前、優楽を見つめると、優楽も力強く頷いてくれた。
階段を登ってそれぞれ部屋に入っていく。
武器の支給はないが、島にあるものは利用してもいい言っていた……。
朝食に現れた真莉愛はニヤニヤし、蝶子もギラギラと殺気を放っていた。
この二人は危険だ。
でもこの二人だけではない……全員が敵!
兎に角、まずは今後の事を優楽と話し合わなければ……!
端末を使って林の中で優楽と合流する!
優笑は制服に着替える。
紺のブレザーに赤いチェックのリボン、赤いチェックのスカート。
紺のハイソックス。
可愛くてお気に入りの制服だったが、死に装束にはしたくなかった。
腕時計も忘れずに腕に付ける。
ドレッサーには冗談で書いた高級ブランドの化粧品が揃っていた。
使う気にもなれなかったが、唇がボロボロになっている事に気付いて桃色のリップだけを塗る。
冷蔵庫から水を取り出し、ショルダーバックに入れた。
【天乃優笑、玄関から……出なさい……あぁあ、いやぁああ……うぐっ】
「うっ……」
このテレパシーがどうにも慣れない。
心臓が一気に爆発しそうなほど、激しく動く。
此処から一歩でも出れば、優楽以外は全員が敵。
靴はスニーカーと革靴が用意されていたが、革靴を選んだ。
一階の廊下には、配膳猫ロボットがウロウロしている。
他に人の気配はない……。
何度も地図端末を見て向かう方角を確かめた。
外に出てこんなものを見ていたら、すぐに襲われてしまいそうだからだ。
玄関を開けるのが恐ろしい……。
優笑は躊躇しドアを開ける手が震えた。
『ポロポロピロピロパン♪ いってらっしゃ~い。早く出ないと撃ち殺しちゃうよ~~☆』
「ひっ!?」
配膳猫ロボットがそんな物騒な事を言う。
意を決して優笑は、玄関のドアを開けた。
「逃げなきゃ……!」
待ち伏せは禁止だと言っていたが……玄関前は駐車場スペースなどもあって広々としている。
すぐに林の中へ飛び込まなければ……!
優楽と待ち合わせする北西方向に向かって優笑は走り出した……!
怖い!!
足がもつれる、転ばないように、転ばないように、助けて、助けて……!!
どうか、誰も、私を狙わないで……!!
すぐに道のない林の中に飛び込んだが、そんな経験は初めてだ。
葉の多い低い木の影に隠れる。
木の匂い、土の匂い……森の匂い。
虫の音、鳥の鳴き声。
ざわざわと風になびく木々の音。
気温は過ごしやすいが、もう汗がにじみ出てきた。
緊張の汗も混ざってベタベタする。
北西の大きな石で待ち合わせなんて言っても……会う事ができるんだろうか……。
それでも探さなければ……!
1日目だと、皆が怯えてこの林の中にいるような気がしてきてしまう。
どうか、真莉愛にも蝶子にも会いませんように……。
優笑は運動が苦手で、すぐに息が上がってしまうと思っていたが今日はやけに調子がいい。
身体が軽く、どんどん走ることができる。
……まさか吸血鬼になったから……?
不安になって、走るのをやめた。
此処からは慎重に歩こう。
「あ……」
大きな岩を見つけた。
自分はなんとか寮から一直線に歩いてきた気がする。
きっと優楽もここに来るのではないだろうか……。
少しだけホッとして、優笑は岩の影に座り込む。
しかし、気配を感じて立ち上がったその時……!
「気付かれた! お姉ちゃん!」
「仕方ない! 殺すよ!」
「ひぃ!?」
岩の上から飛び降りてきた二人。
姉妹だろうか、顔がよく似ている。
二人とも手には血の20センチほどの長針を持って、目は血走り必死の形相だ。
「や、やめて……こ、殺すなんて……嘘でしょう? こんなのおかしいですよね? ね?」
優笑は、必死で笑顔を作る。
「や……殺らなきゃ、私達が殺される……」
「少しでも、喰って強くならなきゃ……」
そうだ。どうして自分は血の長針を出す練習すらしなかったのだろう。
真莉愛以外は、みんな怯えてると思いたかった。
でもそれは違った。
歩きにくい腐葉土の上。
二対一で牽制し合う。
しかし優笑の方が圧倒的に不利だ。
「待って……待って……」
後ずさりしながら、逃げようとするが……キノコなのか滑って柔らかいものを踏んでしまう。
「きゃっ!」
「今だ!!」
「お姉ちゃん頑張って!」
姉と呼ばれた女生徒が、バランスを崩した優笑に襲いかかる……!!