二日目の朝。
デス・ゲームの悪夢はやはり続いていた。
「はぁ……」
ぐったりとしながら、優笑は支度をして食堂へ向かう。
昨日、寮に戻った時間は18時半だった。
17時間しか寮に滞在できるという事は、11時半まで滞在できる。
しかし殆どの生徒が安全な寮の中で過ごしたいと思う状況だ。
11時半前に出るのは鉢合わせる危険性が多くなる、と絹枝は言った。
なので朝食を食べた後に昼食の弁当を受け取って、すぐにあの小屋で落ち合う約束をした。
制服を着てリュックを背負いテレパシーの合図を受け取り玄関を飛び出す。
恐怖心は相変わらずだ。
怖さでキョロキョロしながら走る。
皆で小屋の場所を確認し、バレないような目印を木に付けながら寮へ戻ってきた。
だけど今日、あの小屋が見つからなかったらどうしようかとの不安もある。
でも昨日よりはマシだ!
みんながいる……!!
今日の天気は曇り空だ。
林の草が少し濡れているように感じるが、そんな事は構わずに走る。
走っていれば、少なくとも追いかけてまで殺そうと思わないような気がした。
それでも道は悪く全力疾走はできない。
今日も倒木や草が生い茂った道を行く。
恐ろしい。
どこで誰に狙われているかわからない。
そういえばマダニなんかに喰われても大丈夫なんだろうか。
そんな不安に襲われる。
「……私達はもう人間じゃないから……マダニなんか関係ないのかな」
自分で走りながら呟いて悲しくなった。
「あっ!?」
何かに引っかかって転んでしまう。
一瞬で凍る心臓。
これは……トラップ!?
「やぁああっ! 死ね!!」
「ひっ!」
また叫び声と共に、殺意が優笑に向けられる!
すんでのところで身体を横に回転させ、かわすことができた。
そのまま必死で起き上がる。
女生徒は知らない顔だ。
彼女が手にした長針は、優笑が転んだ腐葉土に刺さったようだった。
昨日、スズメが殺した姉の妹ではなかった……が、またの窮地。
一瞬で心拍数が上がり、アドレナリンが放出される!
「ねぇええ! あんたお願いだから、死んでよぉ!」
「い、イヤよ!」
そんなお願いを誰が聞くものか!
でも女生徒は必死に長針を振り回してくる。
優笑も対抗して『出て、出て……! 出ろ!』と祈るが武器は出て来ない。
ブンブン振り回してくる女生徒を前に、後ろへ下がっていく事しかできない。
「あっ……」
1メートル程の小川が背後に迫ってきた。
小川と言っても助走もなしのジャンプでは渡れそうにない。
落ちて足をとられれば、そこを狙って刺され……喰われてしまう……!
優笑は、必死の形相の女生徒に向き直る。
「待って……! やめて!」
「あたしだって喰われたくないんだよぉ!」
「わ……私だってそうだよ!」
「助ける気持ちで死んでよぉ!」
「そ、そんなの無理……! やめて!」
後ろを気にしながら、女生徒を見る。
何か武器!!
無い!!
あぁ、せっかく助けてもらったのに……此処で終わりなの!?
優笑は心の中で叫んだ。
「もーう~うるさいのやめてほしいの~。やーめやーめやーめってっ」
上から声が聞こえてきたかと思うと、襲ってきた女生徒の手が鞭のような物で叩かれた。
「なに……!?」
「やーめっ! 此処ではやめてぇ~」
木の上から大きな枝にぶら下がって降りてきたのは、緑色の髪の少女。
背が小さくて小学生のような雰囲気……。
いや、幼いというよりは、不思議な妖精といったところか。
「き、きゃああああっ!」
驚きなのか、二人が仲間だと思ったのか女生徒は転びながら走って逃げていく。
小屋とは違う方向で安堵した。
が、すぐに緑の髪の少女ココアを見る。
「……た、助けてくれてありがとう、ご、ございます」
「助けたわけじゃないよぉ……今、罠を作ってたから……」
「わ、罠……?」
まさか人を狩るための?
そう思ったが、ココアが向かったのは小川。
「魚」
「あ、魚を……」
魚を? 何故? という顔を優笑はしてしまう。
「魚、美味しそうだからピッチピッチ」
気付いたココアがそれに答えた。
「で、でも川魚を生で食べたら危険ですよ。寄生虫が……それに生水だって危ないし……」
「……もう吸血鬼なのに~~?」
ココアは目をパチクリさせて聞いてくる。
「た、確かにそうですね……あの本当に助かりました」
「……助けたわけじゃないって言ったけど……助けたような気もしないでもない……不思議……」
不思議なのは貴女の方だと優笑は思う。
この子も仲間に……とは思うが、勝手な行動をしてはいけない。
それにあの小屋は五人でもういっぱいだ。
でも……。
「じゃあ、魚捕まえるから……バイバイ」
ココアから別れを告げられてしまうとは思わなかった。
「こ、こんなところで危ない……こ、怖くないの……?」
「うん……ココアはココアだから……すきなことする」
釣りをしようとしているのだろうか。
「今度、御礼を必ず……私は天乃優笑です」
「ユエ……ココアだよ」
「ココアちゃん……御礼をするね」
「じゃあどこかで針金見つけたら、ちょうだい。じゃあね~ララアーリラーラーリラリ~♪」
ココアはツタの先に何かくくりつけたのか、もう優笑を背中に向けて岩に座り込む。
呆気にとられてしまう優笑。
仙人か何か?
でも、此処にずっといるわけにはいかない。
「本当にありがとうございます。どうか無事で……」
背中に御礼を言って、優笑は走る。
さっきの女生徒が単独とは限らない。仲間を呼びに行く可能性もある。
あぁ、また殺意を向けられてしまった。
自分は誰にでも殺せると思われるような愚図に、きっと見えるのだろう。
思い出すとまた震えてしまう。
必死に優楽や絹枝達、仲間の事を考えて優笑は急いだ。
「優笑ちゃん……! ここだよ!」
静かな声で優楽が小屋から少し顔を出して、手招きしてくれた。
先に着いていた優楽の顔を見て、ホッとする。
周りを見回し半地下の隠し小屋の中に入って、先程の出来事を話した。
本当に危ないところだった……と、深呼吸する。
「また!? 大丈夫だったの優笑ちゃん……」
「……うん、私ってなんか狙われやすいのかな」
弱く情けなく見えるのだろうか、と心配になる。
「優しそうだからだよーもう心配だよ寮から出て、すぐ待ち合わせする?」
「ダメだよ、気持ちはそうしたいけど……この小屋が見つかったら終わりだもの」
「うん……そうだよね」
小屋のドアがゆっくりと開く。
「来ていたのね」
「会長」
生徒会長の絹枝だ。
その後、ルル、スズメも来て五人が揃った。
優笑はまた、ココアに助けられたピンチを話す。
「優笑さん……本当に無事で良かったわ」
「はい」
「少しゆっくりしましょうね。タオルなんかはいくらでも支給してくれるそうだから、バスタオルを持ってきたの。この上に座りましょう」
「さすが会長です~気遣いが違います。素敵です」
絹枝の気遣いに、ルルがうっとりした顔をする。
心底憧れているという顔だ。
そして自然な距離ギリギリで、絹枝に近づいて座った。
優楽も優笑の腕に絡みながら座って、スズメは適当に一人で座る。
小屋を覆った葉っぱの隙間から入ってくる光だけだが、襲われない安心感だけで天国だ。
「皆さん今朝……お弁当を受け取っている時に、真莉愛達を見た人はいる?」
「いいえ」
「見てないです」
「見てない」
「見ていません」
絹枝に聞かれた四人は首を横に振る。
「自信たっぷりの真莉愛達は、昼は寮に戻って食事をしているのではないかしら……ならば小屋から出て視察するにはその昼食時間が最適じゃないかと思うのよ」
「……確かにあいつらがいないだけでも、危険はかなり減りますね」
スズメも頷く。
「昨日の真莉愛と蝶子のいざこざを見たら真莉愛の手下は二人、蝶子は三人。数ではこっちが勝ってる。でも今後、彼女達はレベルアップしていくことになるでしょう」
「……私達も対抗手段を考えないと……武器を手に入れたりしたいですよね」
優楽の言葉に皆が頷く。
扱える自信もないが、鉄パイプや刃物などがもしあればレベルアップした血のナイフにも対抗できるかもしれない。
皆が地図を思い浮かべ支給されたスマホを見る。
「遊園地には廃材とかありそうだけど……蝶子達がいそうですね」
ギャルでパリピの蝶子は真っ先に行きそうだ。
「いそうですね……礼拝堂にはシスター聖奈がいそうだなー」
ルルの言葉に続けてスズメが言う。
「いそういそう。でもシスターを味方にするのもありなんじゃないですか? シスターなんだから人殺しなんかしなさそうですよね……」
優楽の提案には優笑も確かに……と思う。
「私は特に信仰深いわけではなかったから……こういう状況で彼女達がどういう選択をするかわからない……」
絹枝の話も納得できる。
信仰深い人達は、自分達の常識では考えない行動をするかもしれない。
人の話に納得しているばかりだ……と優笑は考えを巡らせた。
「あのゲームマスター、図書館に吸血鬼の資料があるって言ってましたよね……他は朽ちたりボロボロって言ってたけど図書館として機能しているなら一番立てこもりやすい場所なんじゃないでしょうか」
優笑の言葉に絹枝はハッと気付く。
「確かにそうね、一番頑丈な建物かもしれない。さすが優笑さんだわ」
「い、いえそんな……」
褒められて下を向く。
「いい着眼点よ。それにこの島についてや吸血鬼に関する資料があるなら読んでおいても損はないものよね」
「吸血鬼ってなんなのか……知りたいと思いました」
「そうよね」
優笑は自分が皆のように武器化できない事も気になるし、そもそも『吸血鬼』とは一体なんなのか。
もしかしたら自分だけはまだ人間のままなのではないだろうか……そうも思う。
ズキリと頭が痛んだ。
「いた……」
「優笑ちゃん、大丈夫?」
「うん」
「寄りかかって」
優楽が肩を寄せてくれたので、甘えて肩に頭を預けた。
「図書館に行きたいわね……」
「でもそこまで行くのには覚悟が必要ですよね会長。かなり距離がありますよ」
絹枝が優笑に向ける視線を遮るようにルルが言う。
「そうねルルさん……思い切った勇気がいるわ」
「……でも今日行ったほうがいいと思う。明日にはまた誰かが強くなってるかも……皆さんの意見は? こんなゲームぶち壊してやりたい!」
優楽が語気を強めた。
誰かが強くなる。
それはまた誰かが犠牲になるという事だ。
「優楽、私もそう思うよ」
「いいんじゃない? 林の中で木の棒とか探しながら向かおう」
優笑とスズメも同意して絹枝も頷く。
ルルは絹枝の反応を見てから頷いた。
とりあえず真莉愛達が寮に戻るであろう12時前と13時頃までが狙い目だ。
その前に昼食を小屋でとる事にした。
「あ……」
小屋の隅に、もう錆びていたが細い釘が地面に落ちていた。
ココアにあげるべきだろうかと、優笑はポケットにしまう。
「きゃ、可愛いネズミさんだぁ」
弁当を食べ始めた優楽の足元に小さなネズミが現れた。
優楽は嬉しそうにネズミを見る。
「い、いやだ! 気持ち悪いよ! 追い払って!」
ルルが嫌悪感を顕にして小さく叫ぶ。
「え……可愛いのに……」
「食事中よ! 汚い! やめてよ!」
「優楽! すみません。この子動物が大好きで……優楽やめよ」
「はぁい……また会おうね、今はちょっと……バイバイ」
優楽はそっと両手で包むと、小屋の隙間から外へ放す。
優楽は小さな頃から動物が大好きだ。
動物も優楽には特別懐いてくる。
懐かないはずの動物も優楽には寄ってくるのだ。
優笑も同じように好きだったはずなのに、いつの間にか差が出てしまった部分だ。
「手を拭いて! 気持ち悪いわ」
「あ~……はぁい」
支給されているアルコールティッシュを制服のポケットから取り出し手を拭いた。
「優楽、気を付けてね」
「……すみません……」
優笑もルルが機嫌を損ねて仲間割れなんて事になるのが恐ろしく思い、優楽に少し強めに言ってしまった。
「そこまで謝る事じゃないわよ」
絹枝が優楽をフォローした。
「うん、もういいじゃないですか。ねぇ」
スズメも一言だけ優楽に声をかける。
ルルはそれ以上は何も言わなかったが、優笑はルルの心情が気になった。
絹枝がフォローした時に、ルルがショックを受けたように見えたからだ。
「優笑さん、優楽さん双子だと好きな食べ物も一緒なのかしら?」
「えっと」
「えへへ、一緒でパンケーキにベーコンとはちみつ乗っけたのが好きです~」
「優楽は最初、そんなに好きじゃなかったでしょ」
「えー好きだったよぉ」
絹枝が気を遣って、双子に話しかけニコニコと二人を眺めてる横でルルは無表情になっていった。
公園の迷路を走っているのは灰岡ショウ。
学園ではスカートかパンツスタイルかを選ぶ事ができたので彼女はパンツスタイルだ。
リボンではなくネクタイを絞め、ショートカットの長身スタイルによく似合っている。
「灰岡ショウ~~! あんたのせいでっ! あんたのせいでっ!!」
しかし『孤高のプリンス』を鬼の形相で追いかける女生徒がいた。
「意味がわからないよ」
逃げ切りたいところだが、迷路が思った以上に複雑だった。
恨みつらみを吐いてくる、彼女は一体誰だっただろうか?
追いかけられているから考えているが、そういえば陸上部にいたような気もしないでもない。
「あんたのせいで、私は選手から外されてっ! 許さない!」
他人の成績など興味のないショウは、自分が誰かを蹴落としたなどという感情も記憶もない。
チラリと後ろを見るが、彼女にはもう陸上部で短距離走をしていたという雰囲気は感じられなかった。
重そうな身体を揺らして走ってくる。
途中で諦め退部し、だらけた生活でも送っていたのだろうか。
他人のせいにする人間は結局自分に甘い。
淡々と脳内でそう理解した。
「あんたを殺したいってずっと思ってた! 何がプリンスだ! ふざけんな!」
半狂乱女子のその手には、庭の剪定に使う大きなハサミが握られている。
ショウは足の速さでは負けないと迷路の先を急いだが、行き止まりだ。
「くそっ」
樹木でできた迷路など、すぐにかき分けて出る事ができるだろうと思っていたが、棘のある植物と硬い枝の植物が絡み合い容易には出られない。
出るために藻掻いているうちに後ろから致命傷を与えられるだろう。
「あんなに頑張ってたあたしが報われないで……あんたがなんでいっつもトップなんだよぉ!!」
「……もう、今はそんな事なんの役にも立たない状況さ……」
そう、どんな栄光も今のデス・ゲームでは全く無意味。
「そうだ! そうだよ! お前なんかここじゃただの凡人なんだよ! ……陸上部界のトップをあたしが殺してやるんだ!」
言ってる事が支離滅裂だ。
目が血走っている。
興奮状態なのだろう。
ショウは背後の樹木の壁を見る。
助走を付けて飛び上がれば乗り越えられるか……?
「あたしの恨み思い知れ!!」
「やめろ!」
女生徒はハサミを構えて突進してくる!
身を翻し軽くかわしたショウは、右手に細く細く長い血の長針を出現させた。
素早く、無駄のない動き……。
一気に首の後ろに突き刺した。
首の頸椎を貫通する!
「うが……っ」
血が吹き出ることはなく、女生徒は崩れ落ちた。
最後に恨みを呟く暇も、なく――。
「……喰わなきゃペナルティか……くそっ」
『無駄にすればペナルティがある』と言われているが、何をされるのかわからない。
それが却って不気味だ。
数秒迷いながら、ショウは女生徒の首に噛みついた。
「うぐ……他人を取り入れるなんて、気持ちが悪すぎるな」
灰になっていく様子を見ながら、ショウは呟き口元を手で拭った。
【畠山 あさみ死亡 灰岡ショウ・レベル2】
◇◇◇
「あーまじ、あの真莉愛っての~? そろそろ最高うざいし」
蝶子が遊園地の中を歩きながら見つけた鉄の棒を、振り回す。
「わかるー死んでほしいよね~」
「ねぇねぇ、こっちガムの自販機あるよ」
「はぁ~腐ってんじゃない?」
口々に喋るギャル仲間の三人。
福原 渚、中田薫、清水留梨子
一人が指さした自販機を蝶子が持っていた鉄の棒で横殴りする。
ぶっ壊れた自販機からバラバラとガムが散らばった。
「うひゃー」
「やったぁ」
「食べれるの?」
「誰か食って? 食べられるか味見しなよ」
蝶子の言葉に、三人が固まる。
「早くしなって、うちが食えないじゃん。腐ってないか食べてみって」
三人がお互いを見合う。
「あんた食いなよ……」
「え、あんたでいいじゃん」
「ちょっとやめてや」
まごつく三人に蝶子がギラリと睨みつける。
「三人とも違う味食べればいーじゃん。早くしてよ!」
ガン! と地面に鉄パイプを叩きつける蝶子。
慌てて三人とも、違う味のガムを口に入れる。
研究所で新しく入れたものなのか、変質はしていなかった。
「だ、大丈夫みたい」
「遅いんだって!」
チェリー味のガムを蝶子は口に入れる。
子供のころから大好きな味だ。
少し機嫌がよくなった蝶子を見て、三人はホッとする。
蝶子は長身でモデルのような体型だし、『ブルーパピヨン』のギャル仲間もそれなりのプロポーション。
この四人でいれば、周りのモブのような地味女には負けない自信はある。
蝶子はあの真莉愛を潰せば、勝機はあると考えている。
と思っている事は三人とも知っていた。
でも『吸血姫になれるのは一人』なのだ。
「なんかさ~同じ顔したのいない?」
「あぁ……双子でしょ?」
「チョロチョロ目につくんだよね。なんかウザくってさ。見つけたらすぐ喰ってやるのに」
蝶子から自然に出てくる残酷な言葉に渚はゾッとしてしまい、慌てて笑う。
クチャクチャと噛んでいたガムを、もう草が生えてボロボロになっているタイルの地面に吐き出した蝶子。
「ねぇ、見なよ」
遊園地の場所は、少し小高い丘になっていた。
なので遠くの景色がよく見える。
遊園地に一番近い林の中、女生徒二人が歩いているのが見えたのだ。
「やっと狩りができるじゃん」
蝶子がニヤリと笑う。
それを見て三人は引き攣りながら頷いた。
遊園地にいた蝶子は、林の中にいる二人組を見つけ彼女たちを襲う事にした。
「はぁいゲームオーバーだよぉ~残念したぁ~」
「え!?」「見つかった!」
標的にされた二人の少女、菅原知美と玉井彩奈は驚いた声を出す。
「ふふ逃さないよ~」
二人が気付いた時には、蝶子とグループ三人に囲まれていた。
蝶子が渚に指示を出し、回り込みさせたのだ。
「うちらに会ったのアンラッキーだけど、しゃーなしだよねぇ」
「狂犬の真莉愛!?」
「あぁ? あたしをあんなクソださヤンキーと一緒にするとかありえないし……まじ死刑」
「ギ……ギャルもヤンキーも一緒だよ! 黙って殺されてたまるか!」
どうやら怯えるだけの少女二人では、なかったようだ。
短い髪と、構える姿、筋肉質のふくらはぎから運動部に見える。
「生意気~! 後悔しな!」
背後に一人で回っていた、蝶子グループの渚。
手のひらに出現させた血の長針を、二人の少女にめがけて振り下ろす。
しかし大振りな攻撃を、二人は軽々とかわした。
「えっ!?」
「そんな攻撃当たるかぁ!!」
短髪の少女、菅原知美は躊躇なく手のひらサイズの石を渚の顔に思い切り投げつけた。
「ぎゃあ……っ!?」
そしてそのまますかさず、背負投げをする。
少女は柔道部員だった。
普段は礼儀を重んじた試合をしていただろう。
しかし今は殺し合い。容赦なく頭から落とされた渚はヒクヒクと泡を吹き始める。
少し顔をしかめたが、知美は渚の首に齧りついた。
「あーー渚ぁああ! あぁあんたよくもーーー!!」
「や、や、やめてぇ~! あぁー渚ーーっ!」
蝶子の仲間の一人が泣き叫び、一人は呆然として地べたに座り込む。
いつも遊んでいた友人が灰になっていく……。
知美が噛み付き、喰い殺す瞬間を見て全員が一瞬止まった。
しかし蝶子は物怖じしない。
友人の死を何も思わないかのように、もう一人の少女を鉄パイプで追いかけ始めた。
「こっちの女は雑魚じゃん!」
「きゃあ! やめて! 許してお願い!」
「許さない~♪」
後ろから鉄パイプを投げつけられれば、いくら鍛えていても倒れ込んでしまう。
蝶子はその背中に馬乗りになった。
「待て! やめろぉおおおおおおお!」
自分が今、蝶子達に見せつけた行為を逆の立場でされてしまう恐怖を知美は感じた。
「アハハ! まじ笑える! 待つわけないし」
レベル2になった知美が駆けつける前に、蝶子は泣き叫ぶ少女の喉にかぶりついた。
一気に吸い込み、血のナイフ攻撃をすんでで避けた。
二人の間を灰が舞う……。
「あぁ……! あぁあ! 彩奈ーーーー!!」
短髪の少女もまた涙する。
苦楽を共にしてきた部活仲間だった。
少し様子を見ようと言って動いたのは自分だった……。
それがこんな事になってしまうなんて……!!
「さぁ~これで同じレベル2だよ?」
「誰があんたなんかのエサになるか!」
「一対三で、イキがってんのウケるね」
二人とも、血のナイフを具現化させてジリジリと牽制し合う。
後ろの蝶子グループの二人は泣いて放心状態だ。
実質一対一だ、と知美は思う。
この女さえ、殺すことができれば……!!
「うぉおおおおおおお!」
知美が決死の覚悟で斬り込んでいく!
◇◇◇
優笑達が慎重に図書館へ向けて林を進むなか、どこかで悲鳴が聞こえた気がする。
ギャアギャアとうるさく鳥が飛び立った。
カラスは嫌いだ……と優笑は思う。
「あっちの方、騒がしいね」
「……遊園地の方角だわ」
優楽の言葉に、絹枝が頷く。
五人の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
「今の音を聞いて、逃げて来る人がかもしれないわ。図書館へ急ぎましょう!」
「はい……! もうすぐです」
生い茂った林が終わる。
図書館といってもただの小屋かもしれないと思ったが、それなりに立派な作りだった。
三角屋根のログハウスのような造りだ。
研究所からはかなり距離があると思うが、何故こんな場所に図書館を作ったのかは謎だ。
兎に角あそこの内部に誰もいなければ、かなり快適に過ごせるだろう。
しかし図書館は見えたが、周りの草は綺麗に刈られている。
歩いていればすぐに見つかってしまう。
「私が先に行く」
スズメが血の短刀を手にした。
今一番力があるのはスズメだ。
「スズメちゃん……」
「これを見せれば脅しになるよ……まだ殆どの人が針なんだもん」
「うん。私も頑張るね! ……五人いるんだもん、威嚇したら逃げるよ絶対」
優笑はその辺りに転がっていた石を掴む。
「優笑ちゃん無理しないでね」
スズメ、優笑、優楽、ルル、絹枝の順で辺りを伺いながら少しずつ進んだ。
肉食動物の群れに迷い込んだ草食動物にでもなってしまったような。
ゾンビの世界に迷い込んだような。
でも……それよりも最悪なデス・ゲームだ。
真莉愛がいないのも、ただの予想。
図書館で待ち伏せしているかもしれない。
そこの影に、潜んでいるかもしれない。
次の瞬間には、灰になっているかもしれない。
恐ろしい妄想が枝分かれして、自分の精神を切り裂いていく。
もう、岩を持った優笑の手のひらは恐怖の冷や汗でヌルヌルしてきた。
「あっ……!」
「優笑ちゃ」
「優笑さん!」
足がもつれて倒れそうになった優笑を優楽が腕を掴み、転ぶ事にはならなかった。
それでも絹枝が心配し、優笑に色々と声をかける。
「すみません。ドジで……」
「無事でよかったわ……もう少し頑張りましょう」
「……会長……」
皆がそれぞれ励まし合いながら歩くなか、ルルは絹枝の言葉にだけ反応をした。
図書館のガラスの入り口は開いており、慎重に五人は潜入する事に成功したのだった。
灯台も近くにあるようだったが、探す余裕はなかった。
鍵が開いている事を確認し、五人は素早く図書館に入る。
「まず鍵を閉めておきましょう」
あの騒ぎで林から誰か逃げてくるかもしれない。
五人の意見は一致した。
外観からして、図書館の中の大きさはさほど広くないだろう。
学校の教室二つ分くらいだろうか。一階は本棚と閲覧席とカウンター。
カウンターの裏には部屋が一つあった。
そしてトイレ。
一つしかない階段を上がり、二階まで慎重に見回る。
二階には畳の敷いてある幼児用のコーナーと、鍵のかかった部屋があった。
中に人のいる気配はない……。
しかし全員で慎重に見回り、やっと図書館内に五人の他には誰もいない事がわかった。
「はぁ……」
緊張から解かれた五人は、一気に脱力した。
見回る際に、絹枝の提案でカーテンはすべて閉じた。
誰か近づいても中の様子もわからず鍵がかかっていれば入ろうとはしないだろう。
「誰もいなかったけれど、一人にはならないこと」
「はい。じゃあ私は……吸血鬼の資料がないか探したいと思います」
優笑が言う。
「では私も……」
「会長! 会長は私と一緒に島の資料を探した方が効率が良いですよね?」
「ルルさん……え、えぇそうね」
絹枝は優笑と一緒に……と言いかけたが、ルルの提案を聞くことにしたようだった。
「私はもちろん優笑ちゃんと一緒~スズメちゃんも一緒に行こう」
「うん」
郷土資料は一階と書いてあるので、絹枝とルルは一階で島の情報を探す事になった。
とりあえず優笑達は、二階の鍵のかかった部屋を見に行くことにする。
「……あ、私トイレ」
スズメが優笑と優楽に言う。
「一緒に行こうか?」
「ううん、一階だしすぐ近くに会長達いるし、大丈夫。すぐ行くから」
「……わかった。何かあれば叫んでね」
双子は階段を登っていく。
スズメは一階のトイレへ……。
すると、なにやら会話が聞こえてきた。
絹枝とルルだろう。
「何を言うの……」
戸惑う絹枝の声。
スズメは足音を立てぬように、二人の声が聞こえる場所まで移動した。
本棚の影に座る。
「会長、こんなのやっぱり人数が多すぎますよ」
「そんな……ルルさんも、納得して皆で行動することにしたんでしょう?」
二人の距離は近い。
「だって、あの場で反対すれば三人に殺されていたかもしれないし……会長が突然声をかけるから……」
「……それは、私も突然に三人を小屋に入れて申し訳なかったけど……」
「どういう状況か、わかってますよね? 最後の一人になるまで殺し合いをしなきゃいけないんですよ」
「わかっているわ、でもそれなら貴女と私だって同じ事……」
「違います……違います! 私とあの子達は全然違う。私の気持ち知っているじゃないですか」
近かった距離をルルはもっと詰め寄る。
「ル……ルルさん……」
「ルルって呼んでください、私は生徒会長のためならなんでもしますから」
「そんなこと……」
「ずっと、ずっと好きだってお伝えしているのに……会長があの子を見る目がなんだかイヤなんです」
ぎゅうっとルルは絹枝の手を両手で握りしめた。
「あの子? ……誰?」
「優笑さん……あの子は、なんだか……イヤ……お願い会長、私だけを見てください……愛してます、会長……」
「ルル……んっ……」
そう言うとルルは自分より背の高い絹枝の顔を両手で引き寄せて口付けた。
ルルからの一方的な、情熱的なキス。
しかし絹枝も、突き飛ばしたりはしない……。
二人の行為をしばし見続け、スズメはそっとその場を去る。
二階にスズメが戻ると、二人は鍵を探しているようだった。
「鍵……?」
「うん。やっぱり鍵のかかった部屋が怪しいなと思って。関係者以外立ち入り禁止って」
「でも、そんなうまく置いてないか……優笑ちゃん、一階にも探しに行く?」
優楽の提案にスズメが少し慌てる。
あの二人はまだキスしているかもしれない……邪魔をすればルルは一層不信感を抱くだろう。
「あ、これでなんとかできないかやってみる?」
スズメがふと思いついたように言った。
「これ……あ!! これね」
スズメと優楽の手には、自分の力で出した血の長針。
「スズメちゃん、針にもできるんだね」
「うん。どっちにもできるよ」
スズメの手のひらで血の針が瞬時にナイフの大きさになる。
「……やっぱり私は武器にできないよお~……」
「優笑ちゃんは優しいんだもん。だからだよ」
優楽は嫌味でもなく、本心でそう言っているように見えた。
「これを鍵穴に差し込んでぐちゃぐちゃしたら、開くかもしれない」
「じゃあ試してみようか」
鍵のかかったドア。
立ち入り禁止と書いてあり、金属でできているんだろう重い扉だ。
鍵はドアノブに付いている鍵と、その上の扉に付いている二つ。
一体何を守っている扉なのか……。
「じゃあ私はドアノブやるから、優楽は上やって」
「うん、わかった」
「二人とも、頑張って」
二人は血の長針を鍵穴に差し込んだ。
「シリンダーが一直線になる凹凸を探せばいいはず……」
「そうは言っても……難しい……」
一体どんな感覚なのか、感触があるのか優笑には想像もつかない。
スズメは無造作にガリガリと突っ込み、優楽は慎重に探っているようだった。
「あ、できたかな?」
「え? 優楽すごい」
優楽のスゴ技に優笑は驚く。
「スズメちゃん、そっちもやらせて」
「う、うん。本当にできたの?」
「えっと……なんとなく……感触でね」
そう言うと優楽は二つの鍵を開けてしまった。
ガチャ……と重い扉は確かに開く。
「双子なのに、どうしてこんなに違うんだろう~~」
「優笑ちゃんは、優笑ちゃんだからいいんだよ」
血の長針を出すこともできない優笑に優楽は笑ってドアを開け放つ。
古い本の香りが流れてきた……。
図書館の二階にある、鍵付きのドアが開いた。
「ここ絶対に何かあるね」
三人で部屋に入る。
資料室のようにスチールの本棚が並び、古めかしいパソコンが一台あった。
「パソコン!! ……って電源コード切られてる……」
見てすぐわかるように電源コードは切断されて、中から金属線が飛び出ている。
「……こんな事をする生徒もいるって、予想済みなのかな」
優楽が言う。
「どうなんだろう……でも私達を実験材料だと思ってる感じがするよね……色々と行動させたいのかなって」
「優笑……なんでそう思うの?」
それぞれ三人で棚を漁りながら、スズメが優笑に聞く。
「ただ殺し合いするだけなら、最初にゲームマスターに会ったあの場所で真莉愛が全員食べるのを待っていれば良かったでしょ」
思い出すと身震いする。
真莉愛なら、きっとあのまま殺し続けていた……。
蝶子グループは抵抗したかもしれないが、何もできずに食われるしかなかった少女が殆だろう。
「足掻いて苦しんで、殺し合うことを望んでる? こうやって島の中で好きにさせていても手のひらの上なのかな」
優楽が悔しそうに言う。
「……それでも……このままじゃ嫌だよね……親だって心配してる、きっと私達の事探してるよね?」
スズメもポツリと話す。
「うん……そうだよね」
優笑も思い出す優しい両親。
「優笑と優楽……二人の両親は、絶対優しいんだろうね」
「……うん、もちろんよ。とっても優しいよ」
スズメの言葉に、優笑は微笑むが優楽は無表情だ。
いや、むしろ瞳は暗く曇った。
「優楽?」
「あ、いや……なんでもないよ。みんなの親も心配して探してたらいいけどね……」
「優楽、もちろん。きっと探してくれてるよ」
「うん……」
もう研究所側から死亡扱いにされているのではないか、とは誰も言わなかった。
優楽は優笑の手を握ると、優笑は優楽の頭を撫でた。
「さ、何か役に立ちそうなものを探そう」
そこからまた本棚の本をザッと読み漁っていく。
「ここの棚……『魔物辞典』『西洋魔物』とか吸血鬼って魔物だよね。此処にあるのかも」
「……でも、よくお話に出てくる吸血鬼しか載ってない」
魔法陣のような表紙の本を眺めるが、西洋の吸血鬼伝説など一般的な吸血鬼の事が書かれているだけだ。
スズメが次の本を取ろうとした時、何か紙がヒラリと出てきた。
「あっ……」
紙は床を滑っていく。
優楽が追いかけて拾い上げ、優笑とスズメも優楽に近寄った。
「これ……」
『タスケテ』
それだけが乾いた血で書かれていた……。
ゾッとする三人。
これは無念の最期の言葉……?
ぺたりと三人はよろけながら、座り込んでしまう。
「なにこれ怖い……」
乱れた血文字からは、まるで叫び声が聞こえてくるようだったのだ。
「どうして、こんな……」
優楽もスズメも怯えている。
優笑も恐怖動画を見せられた時のように心臓がバクバクする。
「島の人が書いたのかな?」
「島で事件でもあったの?」
「これって……私達の前にもデス・ゲームがあったって事じゃない?」
スズメがポツリと言った。
「え……そ、そうか……」
「確かに黄ばんでて古いし……誰にも言えない叫びに見える……」
触れるのも怖くなって、座り込んだ三人の真ん中に紙は落ちていた。
でも、その事に気付くと無念の叫び声に聞こえて涙が出てくる。
「きっと私達の前にデス・ゲームに巻き込まれた子の手紙なんだ……」
優笑はそっと拾い上げると、胸に抱きしめた。
自分達と同じように恐怖に怯えていた少女を思いながら……。
「でも、そのデス・ゲームでは吸血姫は生まれなかったの? 失敗したのかな」
優楽の言うように、その時に吸血姫が生まれていれば今回のデス・ゲームをやる必要はない。
なんの結果も得られずに、ただ無念に死んでいったのだろうか……。
「その子、他になにか手紙を残していないかな……」
優楽が優笑の肩に手を置いて、優笑の涙を拭う。
「ただの無念の遺書で……私達の役に立つかはわかんないよ?」
探しても無駄な可能性が高いとスズメは言う。
「でも、探してみようよ……この子の思いを知ってあげたい……!」
「うん、わかった。優笑ちゃんの気持ちわかる」
「わかった」
優笑の言葉に二人は頷いた。
未来の自分もそうなるかもしれないという想いがあったかもしれない。
「あ……あったよ」
「……これもだ」
『タスケテ』の他に『ミンナチガッタ』と『ソフイアシニタクナイ』という紙が出てきた。
「死にたくない……」
一瞬わからなかったが、死にたくないという言葉に胸が痛む。
私達も同じ気持ちだと強く思う。
「どういう意味だろう……」
使えないパソコンデスクの前に三枚のメッセージを並べた。
スズメの問いに優笑も優楽も答えられない。
「みんな違ったは……何が違うんだろ、死にたくないはわかる。でもソフイアってなんだろう……」
うーんと優楽は考えるポーズをとるが、結局首をかしげた。
「優笑……なにか思い当たる?」
「私? うーん……わかんない。スズメちゃんは?」
「私もさっぱり……」
「覚えておこう。この子が残したメッセージ……これからわかるかもしれない」
三人で頷く。
「皆さん、そちらの成果はどうですか?」
絹枝とルルが二階に上がって、三人のいた部屋に来た。
絹枝は手に何か古いパンフレットを持っている。