混乱する優笑のもとに、医者と看護師とカウンセラーもやってきた。
 ゴム手袋に医療用ビニールエプロン、弁のついたようなマスク姿。
 物々しさに、また驚く。
 まるで病原菌や危険物扱い……?

「貴女は天乃(あまの)優笑さん、学院高等部二年生の十七歳。間違いないですね?」

「はい……」

 診察を受けたが、とりあえず目立つような問題はないようだ。
 
 状況を教えてほしいと話すと、優しそうな年配女性カウンセラーが説明を始める。

「セレンナ聖女学園で毒物混入事件があったのです」

「ど、毒物……?」

「そうです。貴女も飲んだ花聖水《はなせいすい》に毒物が混入されていたようなのです」

「え、あの花聖水に!?」

 一ヶ月に一度の当たり前のように行なわれていた、花聖水を飲む行事。
 魂を浄化する……と言われている花聖水。まさかあれが死へと導く毒だとは……。

 しかし優笑は、全部飲み干したのを覚えている。

「私……全部飲んでしまったんですが……」

「はい、全ての生徒と教員はそうでした。学院長もです」

「……な、亡くなった人はいるのですか……?」

「生き残った貴女達が奇跡で……」

 生き残ったのが奇跡?
 恐ろしい言い方だった。
 
「じゃあ……生き残った人は何人いるんですか?」

「生存者は32人……です」

「さ、さんじゅうに……? え? 生き残った人が32人……?」

「そうです……」
 
 カウンセラーも医者も看護師も、皆が下を向く。
 優笑の手が震える。
 学院の高等部には、300人ほどの生徒がいたはずだ。
 つまりは270人は死んだという事なのか……。

 楽しい学園生活を共に過ごした友人達や、先生がほぼ全員?
 ウッと吐きそうになる優笑のもとに、優楽と看護師が寄り添った。

「優笑ちゃん……」

 優楽も涙を流す。

「そんな……嘘、どうしてこんな酷い事……」

「学院長も死亡しており、調査を進めていますが何もわかっていません。犯行声明もなく、何が目的なのかもわわからないままです。……ですから、こうして助かった皆さんもしばらく入院してもらいます」

「今後どんな影響が出るのかわからないからですか?」

「保護という面もあります」

「で、でも……それより……」

 一体自分の身体に何が起きたのか、優笑は不安になる。
 毒物が数日を経て身体に異変が生じる事にでもなったら……ゾッとする。

「わ、私達、何を飲まされたんですか?」

「胃酸に反応する毒物で、稀に胃酸の分泌が悪い方が発症しない事もあるという結論です」

「優笑ちゃん。助かってよかったんだよね私達」

 胃酸の分泌……?
 確かに幼少の頃の事件で精神不安定になり、胃腸の調子が悪い事もある。
 疑問に思えど、毒になど詳しくない少女には納得するしかなかった。
 優楽がさめざめと泣くので、自分の涙と交互にティッシュで拭ってあげる。

「助かった生徒さん達は、みな容態は安定しています。……大変な事件です。不安なことや辛いことがあったらいつでも話してくださいね」

「は……はい。あの家族には」

 きっとお父さんもお母さんも心配している、と優笑は優しい家族を思い出す。
 あの事件からいつも心配してくれる優しい両親に……もう苦労させたくないのに。
 自分は悪くないのに、優笑の心は痛む。
 
「すみません、面会はまだ無理なんです。寂しいと思いますがもう少し我慢してくださいね」

「……はい……」

 文句を言えるわけもなく、自分には妹の優楽がいるんだと優笑は自分に言い聞かせる。
 点滴を取り替えてもらい、入院生活の仕方なども聞いた。
 部屋は優楽との二人部屋らしい。
 他の生存者もここに全員入院しているらしいが……物音ひとつ聞こえなかった。

 そしてこの入院生活は七日目で突然、終わりを告げる。