「いやあぁあああ!」
悲鳴をあげた優笑は動けない。
眼の前には姉と呼ばれた女生徒の、振り上げた長針が見える。
あれに刺されれば無事ではすまない。
ぐっと目をつぶる。
1日目、まだ1時間も経っていないのにもう死ぬことになるなんて!!
ごめんね優楽……!
心の中で妹の名を叫ぶ。
しかし次に響いたのは、優笑のものではない悲鳴。
「ぎゃっ!?」
「お姉ちゃん! 誰!?」
「えっ……?」
姉の顔に石がぶつけられたようだ。
その直後にすごいスピードで走ってきた女生徒が、姉に体当りした。
「うぉおおおおおおお!!」
「お姉ちゃん!!」
見たことのない新たな女生徒!
ボブカットの少女は、倒れた姉の首に自分の右手で握りしめた長針を思い切り突き刺す。
「ぎゃあああっ!!」
「お姉ちゃあああんっ!」
血が吹き出たと同時に、馬乗りになったボブカットの少女が首筋に噛みついた。
噛みつかれた姉はガクガクと震えながら白目を剥き……灰になって消える……。
制服だけがそこに残された。
一瞬だった……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
ボブカットの少女の息が乱れる。
「お、ねぇ……ちゃん……」
放心して、ぺたりと座り込む妹。
「はぁっ……はぁ……っ……あなた……大丈夫?」
真っ青な顔をしたボブカットの少女が、優笑に聞く。
凄惨な場面を見て凍りついていた優笑はハッとする。
この少女は自分を助けてくれたのだ。
「わ、私は大丈夫っ……あなたこそ……」
「うっ……うぇえええっ、ぐっ……おぇえええっ……」
少女に駆け寄ると、少女はウッとえずいて胃液を吐き始めた。
無理もない。人を食べたのだ。
優笑もおかしくなりそうだ、と思った。
「ごめんなさい、私のために……大丈夫? 大丈夫?」
泣きそうになりながら、少女の背中をさする。
「優笑ちゃん~!?」
少し遠くで声がした。
走ってくるのは優楽だ。
それを見て、へたり込んでいた妹は立ち上がる。
「……絶対にあんた達……殺してやる……!」
恨みの憎しみの瞳に睨まれ、て優笑はゾッとした。
また闘いが始まるのかと緊張したが、多勢に無勢だと思ったのか彼女はフラフラしながらも足早に去っていく。
少し先に斜面があるのか、すぐに姿は隠れて見えなくなった。
「優笑ちゃん! 大丈夫!?」
「しー! 私は大丈夫……この人が助けてくれたの」
「ほんとに? よかった……でも……」
「う……うう……おえぇええ……」
優笑を守るために、人を殺したボブカットの少女は震えてまた吐いていた。
「……どこか隠れないと……」
「うん……隠れ場所を探そう」
最悪な事に、どこか遠くで真莉愛の笑い声が聞こえた気がする。
林の中で狩りでもやっている気分なのだろうか。
「お願い、立って……」
二人で少女を両脇から支えるようにして、ゆっくりと歩き出す。
「私は天乃優笑、こっちは妹の優楽。助かりました……貴女、お名前は……?」
「……相賀鈴愛……」
「スズメさん……」
ボブカットの少女はスズメと名乗った。
どうして助けてくれたのか、わからないがスズメは命の恩人だ。
絶対に守ってあげなければ……。
「でも……どうしよう……どこへ行こう……」
スズメを支えながら、ウロウロしていても殺意ある者に見つかれば危険すぎる。
林の中は倒木や蔦が絡まり、本当に歩きにくく隠れ場所が少ない事を優笑は知った。
なんとか笹のような密集して生える草が生い茂る場所まで来たが……途方に暮れた時だった。
「……貴女達……怪我をしたの……?」
「え……」
どこからか小さな声が聞こえてきた。
「助けを求めているの……? 殺意はないのかしら……?」
「な、ないです。この子が具合が悪くて……休ませたいんです」
天からの声……?
女神様の声……?
そう思った時に、不意に少し盛り上がった土と笹の中から扉が開いた。
「……こっちよ……! ……入って!」
生徒会長の絹枝だった。
【生存者:28名 合計死亡者:3名(本日死亡者・菊池友江) 通信係:1名 相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル2】
まさか天からの助け……?
空ではなく土が盛り上がった小さな小さな山から扉が開き、生徒会長の絹枝が少し顔を出した。
「さぁ! 気付かれないうちに早く!」
「は、はい……!」
驚きながらも周りに気付かれないように、スズメを支えながら小さな扉から入る。
中は少しカビ臭い。
半地下に作られた木でできた小屋にカモフラージュで土を盛り笹などの草を乗せたり生やしているようだった。
見た目は土が盛り上がった小さな山にしか見えなかった。
薄暗い小屋の中……一瞬、嫌な記憶が蘇りそうになる。
ぐっと唇を噛んで『ストップ』と自分に言い聞かせ深呼吸した。
此処は安全な場所だ。
隙間から入る光だけが頼りだし三畳程度の広さしかないが、それでも最高にありがたい場所だ。
土で汚れている《《い草の敷物》》にスズメを座らせた。
「大丈夫?」
凛とした黒髪の似合う和風メガネ美人の絹枝が安心させるように優しく優笑の肩に手を置いた。
「生徒会長……ありがとうございます」
優楽が泣きそうになりながら御礼を言う。
優笑も御礼を言いながら、自分のバッグから取り出した水をスズメに渡した。
「会長……こんな人数ここに入れたら……」
絹枝の他にもう一人、先客がいた。
名前はわからないが、彼女も生徒会役員の一人のはずだ。
確か会計係だったろうか。
ツインテールで幼い印象だが三年生だろう。
「泣きながら助けを求めている人を見捨てるなんてできないわ……彼女はどうしたの?」
「……私を助けるために……あの……」
ショックを受けている本人の前で『喰った』などと言えるわけもない。
口ごもる優笑を見て、絹枝は察したらしい。
「お友達なのかしら?」
「いえ……初対面ですけど、襲われた私を助けてくれたんです」
水を飲み下を向いていたスズメが、ゆっくりと顔をあげる。
「ん……はぁ……なんかニ対一で襲われてるのを見たら……助けなきゃって……思っちゃって……喰ったのは……ペナルティで何をされるかわからなくて……気付いたら……私」
震えるスズメの手を、優楽が握った。
「優笑ちゃんを助けてくれて、ありがとう。私がもっと早く着いてたら……」
「油断した私が悪いの……本当に辛い経験をさせてしまってごめんなさい。でもありがとうございます。貴女は命の恩人です」
優笑が土下座するように、頭を深く下げる。
「いいよ……勝手にした事だから……」
「「スズメちゃん……ありがとう」」
「ハモってるし……」
二人で泣く双子を見て、スズメは困った顔をした。
三人の邪気の無さを見て、見守っていた絹枝も安心したように頷く。
「貴女達そっくりね? 双子なの?」
「「はい」」
またハモる優笑と優楽。
「そういえば美人双子が入学してきたって話題になっていたことがあったわね」
「「いえ、そんなそんな」」
実際はそうだったが、慌ててハモリながら否定する二人。
「ふふ、素直できっと貴女達は信用できるわね」
「生徒会長……この小屋は一体?」
「私は早朝にもう寮を出たの。この小屋を発見した時は扉が開いていたのよ。とてもラッキーだった。そしたら同じ生徒会だった彼女、吉野琉月《よしの・るる》さんがさまよっているのを見つけたから声をかけたの」
会計係は吉野琉月《よしの・るる》という名前のようだ。
「近くで真莉愛の声が聞こえた気がして、パニックになってしまったの。まさか会長に助けられるなんて私もとてもラッキーでした。本当に運命です。会長がどこに行くんだろうってずっと考えてたから……私と会長の運命ですよね」
「大袈裟よ、ルルさん」
ルルが嬉しそうに微笑む。
普段から絹枝を尊敬しているのだろう。
スズメも落ち着き、五人は土で汚れる事も気にせずに円になって座った。
「こんな異常な事態に巻き込まれて……殺し合いなんて冗談じゃないわ」
「はい……私も、私もそう思います」
優笑は心の底から同意した。
優笑の手を握る優楽も頷く。
「この島から脱出できないか、助けを求められないか……色々とできる事があるはずよ」
「この五人で、ですよね」
「えぇ。この場で出逢えたラッキー五人で同盟を結びましょう。五人で行動すれば単独より圧倒的に有利よ」
「はい!」
絶望しかなかった心に、少しだけ希望が見えた気がした。
「……スズメちゃんも入るでしょ?」
ずっと無言のスズメ。
「私はもう汚れちゃったけど……」
「そんな! スズメちゃんは私を助けてくれたんだもの……」
「そうだよ、優笑ちゃんが死んじゃったら私も死ぬしかなかった。スズメちゃんは私達双子の命の恩人だよ! ありがとう!」
人懐っこい優楽が、スズメに抱きつく。
「そうよ、先に襲ってきたのが向こうなら正当防衛よ。スズメさん」
「なかなかできることじゃない。勇敢だわ」
生徒会の二人もスズメを慰めるようにかばった。
「……はい……」
抱きつく優楽の背中をポンポンとしながら、スズメもやっと少しだけ微笑んだ。
◇◇◇
「ひゃっひゃっひゃ! 美味しいエサをGETだぜぇ~?」
「うぐ……」
真莉愛と真莉愛の手下二人が、一人の女生徒を河原で追い詰めたようだった。
三人は石を投げつけ、頭に当たった女生徒はそのまま倒れ込み更に真莉愛は腹を蹴り上げる。
「ぐぅ……!」
「ははは、じゃあーいっただきま~す」
「真莉愛さん……取り分は」
手下の一人、早川奈央《はやかわ・なお》が不安そうに言う。
「あぁん? そんなん全部あたしの物になるに決まってんだろ」
「で、でも真莉愛さん……うちらもレベルアップしていった方がグループとして……強く」
もう一人の手下の森下舞子《もりした・まいこ》も怯えながらも主張する。
「ふん! あたしと一緒にいることで、お前らは守られてるってわかんねーのか!?」
「わ、わかります!! すみません!!」
「すみません、わかります!!」
「獲物が欲しけりゃ奪ってみな!」
頭から血を流しながらも必死で逃げようと、這いつくばる女生徒。
その背中を押しつぶすように飛び乗ると、笑いながら首元に齧りついた。
「ぎゃはははは!! レベルアップだぜぇ~!!」
「うっ……」
ぐしゅっと音がして、奈央と舞子が目を背ける。
恐る恐る、真莉愛を見ればもう女生徒・野澤純子は灰になっていた。
【生存者:27名
死亡者合計:4名
本日の死亡者・2名:菊池友江・野澤純子
通信係抜擢:1名
レベル上昇者:相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル3】
狭い小屋のなか、五人で息を潜める。
しかし一人で林をさまよっていた時に比べれば、安心感は半端ない。
ずっと此処にいたいくらいだ。
「これからどうしたらいいんでしょう……」
寄り添う優楽の頭を撫でながら、優笑が言う。
「自分達の身を守る為にも、私達の能力の把握や対抗するための武器を手に入れたり……そういうことをコツコツやっていきましょう。それと逃走ルートはないのか、もしくは救援要請はできないか……」
絹枝の張りのある声は、頼りがいがあって全員の心を落ち着かせた。
1歳しか違わないのに、眼鏡の奥の瞳はキリッとして品があり美しい。
「確かに、監視船だって360度いるわけじゃないだろうし……ここが島なら通った船に救助を求めるとか……」
スズメが顎に手をやって、考える。
「できるかも……! 海の方にも行かなきゃですね!」
優楽がスマホの地図アプリを確認する。
しかし、場所の特定などは不可能だ。
一体此処は、どこの海にある島なのだろう……。
「では会長。海沿いに隠れる場所はあるのか、島全体の施設や大きさも把握しないとですね」
「そうね。この腕時計も……壊すことができるのか、調べる必要もあるわ」
冷静に計画を立てる生徒会の二人に、優笑は惚れ惚れしてしまう。
優楽を守りたいのに、自分は怯えるばかりだった……と恥ずかしく思う。
「さすが会長です……私、本当に会長と出逢えて良かった……会長と生き残れるなら、なんでもします」
ルルが絹枝に言う。
「ここの全員で生き延びましょう」
「は、はい……もちろんです……」
五人で生き延びる話をしているのだが、ルルは絹枝の事ばかり考えているようだった。
「……みんな、どのくらいの武器が出せる……?」
スズメがぽつりと呟いた。
優笑の為に一人捕食したスズメは、レベル2になったのだ。
「……スズメさんが大丈夫でしたら、みんなの武器のレベルも確認しておきましょう。自分の身を守るために」
五人で頷く。
「では私から……」
絹枝が右手を握りながら力を込めると、血の長針が出現する。
試しに地面の土に突き刺すと、グサリと刺さった。
「金属くらいの強度はやっぱりあるのね……」
「スズメちゃん、大丈夫?」
「うん……平気」
顔色が悪いが、スズメ自身も自分の能力を見定めたかったのかもしれない。
「……あ……」
無言で手のひらに力を込めると、スズメの手に長針よりも更に幅が広がった血のナイフが出現した。
「すごい、スズメちゃん」
「スズメさん、それは見せるだけでも牽制になるわ。これからきっと役に立つでしょう」
「はい……」
「じゃあ私も」「私も」「私もやってみます」
優笑、優楽、ルルも手のひらに力を込める。
三人共に血の長針が……と思ったが。
「あれ……どうして」
優笑の手のひらには何も出現しない。
まさか、そんな。
「どうして? あれ? どうやってやってる? 優楽」
「えぇ? なんか~こう~みんなの見たから同じようなの出てこい! ってイメージ」
「そうだよね……どうして?」
自分だけ武器を作ることができない。
不安で泣きそうになる優笑。
「優笑さん、大丈夫よ。まだ不安や混乱もある。こうしてみんないるのだから」
女神のように微笑まれ、優笑も微笑む。
今まで上級生との付き合いはなかったので、頼りがいを感じる。
「はい……練習しておきます」
「優笑ちゃんは私がいつも一緒だから大丈夫!」
「優楽……ありがとう」
お昼も過ぎたが、無駄に林を彷徨きたくはない。
わざわざ寮に戻る事はせずに、皆で夕方になるまで小屋で過ごした。
「そういえば会長、あの灰岡ショウもいましたね……」
「えぇ、私も見たわ。『孤高の陸上プリンス』ね」
「プリンス……」
優笑もその名前は知っている。
プリンスといっても、もちろん女性だ。
陸上で華々しい活躍をしている長身で短髪、凛々しく気高い整った顔立ち。
しかし人間嫌いでも有名で、いつも一人でファンも近寄らせない。
「彼女の運動神経は陸上だけじゃないわ。きっと単独行動をしていると思うけど、用心しましょう。もちろん真莉愛と蝶子のグループにもね」
「はい……!」
薄暗くなってから五人は周囲を注意しながら、寮へ戻る。
暗い林なんて不気味以外なにものでもないはずなのに、身を隠せる事が安心した。
価値観が何もかも変わっていく――。
19時になり、食堂に皆が集まった。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ……皆さんおかえりなさーい・今日もほっしょくほっしょくできたかなー??』
食堂のモニターに映るゲーム・マスター。
相変わらず不気味だ。
ほっしょくとは何か? と考えたが『捕食』という意味か。
『今日はお魚ですねぇー・昨日の通りに運ばれたお弁当をみんなで配膳してくださいね~』
配膳猫ロボットもウロウロと動き出し、皆が並んで弁当を受け取る。
「なんだてめぇ、どけ」
「るっさいわね、なんか文句ある? うざ」
「なんだとおらぁ!!」
「はぁ? きもいんだけど」
真莉愛と蝶子だ。
私語は厳禁。皆に緊張が走る。
『私語以外の暴力も禁止ですよぉ~女子監獄って感じで楽しい気もしますけどね・アハハ』
「真莉愛さん、ヤバいっすよ」
「蝶子やめとこーよー」
手下や取り巻きに止められ、真莉愛と蝶子は睨み合いながら席へ座る。
『早く座らないと~~撃つよ~~』
配膳猫ロボットがまた物騒な事を言いながら、いちごみるくを配る。
皆で輪になり、シスター聖奈の祈りを聞いて夕食の時間が始まった。
ゲーム・マスターもわざわざモニターの中で、同じ弁当を食べているのが悪趣味だと思った。
仮面をしているので、ただ箸を動かして『食べるフリ』をしているだけなのだから。
悪趣味以外の何者でもない。
またいちごみるくを先に飲んで、明日の体力温存のために無理やり食事を喉に押し込む。
味なんて感じなくなってしまった。
24時間で全く変わってしまった。
結局、女生徒全員がデス・ゲームで殺し合う敵になってしまったのだ。
スズメは夕飯を食べることができているだろうかと探すと、目が合った。彼女は頷き食事を口にしている。
絹枝と隣に座ったルルも無表情だが、食事を口に運んでいた。
食べなければもたない……。
そういえばと『孤高の陸上プリンス・灰岡ショウ』を探す、とニコニコとご飯を食べている緑の髪の少女が目に入った。
あの不思議な少女は……確か学園の妖精『鳴宮心空《なるみやここあ》』
芸術方面での才能が世界的に認められていて、あの緑の髪も許されているとか……。
そして最初に探していた灰岡ショウを見る。
灰岡ショウは無表情に、だが凛とした空気で夕飯を食べている。
身長も高く、短髪で、確かに王子様のようだ。
女生徒から絶大な人気だったショウ。
彼女もココアも単独行動なのだろうか……。
それにしても学院内の有名人がこんなにもいたとは。
昨日の夕飯では自分がどれだけ周りを見えていなかったかがよくわかった。
ゾクッ……!
ふと強い恨みの瞳で、睨まれている事に気付く。
優笑を襲った姉妹の妹だ。
スズメが姉を捕食した際に、生き残った妹。
優笑は目をそらし、二度とその方向を見ることができなかった。
逆恨みに違いないが、こんな事が日常になっていくのだ。
『はい~~・それでは本日の結果~~発表~~~タイムだよぉ~☆』
無言で下を向く女生徒達に嬉々として死亡者人数とレベルアップした人の名前が発表された。
【生存者:27名
死亡者合計:4名
本日の死亡者・2名:菊池友江・野澤純子
通信係抜擢:1名
レベル上昇者:相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル3】
真莉愛がレベル3……!!
真莉愛と手下……そして蝶子グループ以外の女生徒は皆青ざめた。
麻莉愛の笑い声が響き、注意された。
ふん、と爪を見ている蝶子を真莉愛は睨みつける。
姉の死を聞いて、妹の菊池ゆりえは机に突っ伏して泣き喚きだした。
耳を塞ぎたくなる……。
スズメは食堂を足早に出て行った。
優笑も席を立つと優楽も続き、部屋に戻る時に強く手を握りあった。
辛くてもお互いに微笑み合って、頷く。
『おやすみなさい』の合図。
今日はシャワーを浴びた。
温かいお湯が優しく撫でてくれる。
それでも今日感じた恐怖を思い出すと、震えてしまう。
優楽を守りたい。
命の恩人のスズメも守りたい。
生徒会長の絹枝のグループでできることをしなければ……!
鏡の前で青白い自分の顔を見つめた。
恐ろしい明日がまた来る。
◇デス・ゲーム参加生存者・一部抜粋
◆天乃優笑アマノ・ユエ
17歳
優楽とは双子で姉。
優楽とは瓜二つだが、髪型はシャギーボブカット。
幼い頃にある事件に遭遇した過去??
性格はおっとり。
好きな食べ物:ふわふわパンケーキのはちみつチーズベーコン添え。
◆天乃優楽アマノ・ユラ
17歳
優笑とは双子で妹。
優笑とそっくり。
髪型・ロングヘア。
優笑にべったりのシスコン。
性格は明るく動物好き。
好きな食べ物:ふわふわパンケーキのはちみつチーズベーコン添え。(優笑と一緒がいい)
◆相賀鈴愛アイガ・スズメ
16歳。
菊池姉妹に襲われた優笑を救い、レベル2になった。
髪型・長めの黒髪ストレートボブ。
少しサバサバした印象。
好きな食べ物:ラーメン。
◆当坂絹枝トウサカ・キヌエ
18歳。
生徒会長。
メガネをかけている。
和風美人。
髪型・黒髪を一本縛りかお団子ヘア。
好きな食べ物:白身魚のみぞれ煮。
◆吉野琉月ヨシノ・ルル
18歳
生徒会・会計
髪型・茶髪のツインテール。
童顔。
絹枝にとても憧れているようだ。
好きな食べ物:ハンバーグ。
◆鬼頭真莉愛キトウ・マリア
18歳
狂犬の真莉愛と呼ばれる不良。
髪型・ロングのプリン金髪パーマ。
残虐な性格で手下もいる。
好きな食べ物:焼肉。
◆柏崎蝶子カシワザキ・チョウコ
18歳
真莉愛と対立しているギャル。
ギャルグループ「ブルーパピヨン」のリーダー。
髪型・アッシュグレーの髪を巻き髪にしている。
女王のような風格。
好きな食べ物:チーズタッカルビ。
◇特殊抜擢者
通信役
◆中原里菜
17歳
社長令嬢
パパが大好きなファザコン。
好きな食べ物:ジェノベーゼパスタ。
◇死亡者一覧
◆藤森真奈美
16歳
お笑いライブ観戦が趣味。
好きな食べ物:お好み焼き。
死亡理由:ゲーム・マスターの制裁。
◆山本千亜希
17歳
最近付き合い始めた恋人がいた。
好きな食べ物:サーモンのお寿司。
死亡理由:研究所施設で鬼頭真莉愛による捕食。
◆菊池友江
18歳
吹奏楽部の部長だった。
好きな食べ物:ハンバーガーとポテト。
妹とは普通の仲。弟もいる。
死亡理由:1日目・林で相賀鈴愛による捕食。
◆野澤純子
18歳
お菓子作りが趣味でSNSによくアップしていた。
アカウント名はぴゅあすいーと。
好きな食べ物:ふわとろチーズタルト。
死亡理由:1日目・川で鬼頭真莉愛による捕食。
1日目の夜。
優笑は一人ベッドに入る。
沢山の女生徒が死んだ……。
何度も嫌な映像が目に浮かぶのに耐えながら……少し意識が夢へと誘われる……。
しかしそれは確かな悪夢。
怒鳴り声でそれは始まる。
『役立たずめ!』
ごめんなさいごめんなさい……!
こわいこわいよぉ!
たすけて……たすけて……!
ママ!
パパ!
ゆらちゃん!
『……計画は失敗だ!……』
ゆらちゃん たすけて
こわいよ……こわいよ
いたい……
たすけて……たすけて……
『……始末しろ!……』
おじさんたちがこわい
あぁ……さむい……よ
「たすけ……て……」
だれか……
「可哀想に……」
……誰……?
ふっと優しく微笑む顔が見えた気がした。
そこでまた暗転する世界。
「ハッ……!!!」
飛び起きた優笑。
心臓の音がうるさい。
不安で部屋の照明を点けっぱなしにして寝てしまった……。
夢の中でくらい平穏でいたいのに……久しぶりに見てしまった。
額が汗でぐっしょり、瞳にも涙が溜まってる。
ハァハァ……と自分の荒い呼吸と激しい心臓音が鼓膜を揺さぶっていた。
平和な家族に起きた悲惨な事件。
身代金目的の誘拐。
優笑は6歳の時に誘拐事件に巻き込まれた。
あの時の記憶は断片的だ。
おじさん達に捕まって……怒鳴り声が響いた後に……。
「うっ……」
思い出すのをやめようと、冷蔵庫に水を取りに行く。
手が震えていた。
唇を噛んで思考を停止させる呪文を繰り返す。
「……ストップ……ストップ……」
あんな過去をどうにか乗り越えたのに……また、こんな目に。
あんな笑顔はただの幻だ。
笑顔なんか、あの場所になかった。
優笑は無傷で監禁現場から発見された。
嫌な夢を見た夜は、いつも優楽のベッドに入るのに……。
優笑は自分を抱きしめるように肩を抱き、また一人ベッドに入った。
二日目の朝。
デス・ゲームの悪夢はやはり続いていた。
「はぁ……」
ぐったりとしながら、優笑は支度をして食堂へ向かう。
昨日、寮に戻った時間は18時半だった。
17時間しか寮に滞在できるという事は、11時半まで滞在できる。
しかし殆どの生徒が安全な寮の中で過ごしたいと思う状況だ。
11時半前に出るのは鉢合わせる危険性が多くなる、と絹枝は言った。
なので朝食を食べた後に昼食の弁当を受け取って、すぐにあの小屋で落ち合う約束をした。
制服を着てリュックを背負いテレパシーの合図を受け取り玄関を飛び出す。
恐怖心は相変わらずだ。
怖さでキョロキョロしながら走る。
皆で小屋の場所を確認し、バレないような目印を木に付けながら寮へ戻ってきた。
だけど今日、あの小屋が見つからなかったらどうしようかとの不安もある。
でも昨日よりはマシだ!
みんながいる……!!
今日の天気は曇り空だ。
林の草が少し濡れているように感じるが、そんな事は構わずに走る。
走っていれば、少なくとも追いかけてまで殺そうと思わないような気がした。
それでも道は悪く全力疾走はできない。
今日も倒木や草が生い茂った道を行く。
恐ろしい。
どこで誰に狙われているかわからない。
そういえばマダニなんかに喰われても大丈夫なんだろうか。
そんな不安に襲われる。
「……私達はもう人間じゃないから……マダニなんか関係ないのかな」
自分で走りながら呟いて悲しくなった。
「あっ!?」
何かに引っかかって転んでしまう。
一瞬で凍る心臓。
これは……トラップ!?
「やぁああっ! 死ね!!」
「ひっ!」
また叫び声と共に、殺意が優笑に向けられる!
すんでのところで身体を横に回転させ、かわすことができた。
そのまま必死で起き上がる。
女生徒は知らない顔だ。
彼女が手にした長針は、優笑が転んだ腐葉土に刺さったようだった。
昨日、スズメが殺した姉の妹ではなかった……が、またの窮地。
一瞬で心拍数が上がり、アドレナリンが放出される!
「ねぇええ! あんたお願いだから、死んでよぉ!」
「い、イヤよ!」
そんなお願いを誰が聞くものか!
でも女生徒は必死に長針を振り回してくる。
優笑も対抗して『出て、出て……! 出ろ!』と祈るが武器は出て来ない。
ブンブン振り回してくる女生徒を前に、後ろへ下がっていく事しかできない。
「あっ……」
1メートル程の小川が背後に迫ってきた。
小川と言っても助走もなしのジャンプでは渡れそうにない。
落ちて足をとられれば、そこを狙って刺され……喰われてしまう……!
優笑は、必死の形相の女生徒に向き直る。
「待って……! やめて!」
「あたしだって喰われたくないんだよぉ!」
「わ……私だってそうだよ!」
「助ける気持ちで死んでよぉ!」
「そ、そんなの無理……! やめて!」
後ろを気にしながら、女生徒を見る。
何か武器!!
無い!!
あぁ、せっかく助けてもらったのに……此処で終わりなの!?
優笑は心の中で叫んだ。
「もーう~うるさいのやめてほしいの~。やーめやーめやーめってっ」
上から声が聞こえてきたかと思うと、襲ってきた女生徒の手が鞭のような物で叩かれた。
「なに……!?」
「やーめっ! 此処ではやめてぇ~」
木の上から大きな枝にぶら下がって降りてきたのは、緑色の髪の少女。
背が小さくて小学生のような雰囲気……。
いや、幼いというよりは、不思議な妖精といったところか。
「き、きゃああああっ!」
驚きなのか、二人が仲間だと思ったのか女生徒は転びながら走って逃げていく。
小屋とは違う方向で安堵した。
が、すぐに緑の髪の少女ココアを見る。
「……た、助けてくれてありがとう、ご、ございます」
「助けたわけじゃないよぉ……今、罠を作ってたから……」
「わ、罠……?」
まさか人を狩るための?
そう思ったが、ココアが向かったのは小川。
「魚」
「あ、魚を……」
魚を? 何故? という顔を優笑はしてしまう。
「魚、美味しそうだからピッチピッチ」
気付いたココアがそれに答えた。
「で、でも川魚を生で食べたら危険ですよ。寄生虫が……それに生水だって危ないし……」
「……もう吸血鬼なのに~~?」
ココアは目をパチクリさせて聞いてくる。
「た、確かにそうですね……あの本当に助かりました」
「……助けたわけじゃないって言ったけど……助けたような気もしないでもない……不思議……」
不思議なのは貴女の方だと優笑は思う。
この子も仲間に……とは思うが、勝手な行動をしてはいけない。
それにあの小屋は五人でもういっぱいだ。
でも……。
「じゃあ、魚捕まえるから……バイバイ」
ココアから別れを告げられてしまうとは思わなかった。
「こ、こんなところで危ない……こ、怖くないの……?」
「うん……ココアはココアだから……すきなことする」
釣りをしようとしているのだろうか。
「今度、御礼を必ず……私は天乃優笑です」
「ユエ……ココアだよ」
「ココアちゃん……御礼をするね」
「じゃあどこかで針金見つけたら、ちょうだい。じゃあね~ララアーリラーラーリラリ~♪」
ココアはツタの先に何かくくりつけたのか、もう優笑を背中に向けて岩に座り込む。
呆気にとられてしまう優笑。
仙人か何か?
でも、此処にずっといるわけにはいかない。
「本当にありがとうございます。どうか無事で……」
背中に御礼を言って、優笑は走る。
さっきの女生徒が単独とは限らない。仲間を呼びに行く可能性もある。
あぁ、また殺意を向けられてしまった。
自分は誰にでも殺せると思われるような愚図に、きっと見えるのだろう。
思い出すとまた震えてしまう。
必死に優楽や絹枝達、仲間の事を考えて優笑は急いだ。
「優笑ちゃん……! ここだよ!」
静かな声で優楽が小屋から少し顔を出して、手招きしてくれた。
先に着いていた優楽の顔を見て、ホッとする。
周りを見回し半地下の隠し小屋の中に入って、先程の出来事を話した。
本当に危ないところだった……と、深呼吸する。
「また!? 大丈夫だったの優笑ちゃん……」
「……うん、私ってなんか狙われやすいのかな」
弱く情けなく見えるのだろうか、と心配になる。
「優しそうだからだよーもう心配だよ寮から出て、すぐ待ち合わせする?」
「ダメだよ、気持ちはそうしたいけど……この小屋が見つかったら終わりだもの」
「うん……そうだよね」
小屋のドアがゆっくりと開く。
「来ていたのね」
「会長」
生徒会長の絹枝だ。
その後、ルル、スズメも来て五人が揃った。
優笑はまた、ココアに助けられたピンチを話す。
「優笑さん……本当に無事で良かったわ」
「はい」
「少しゆっくりしましょうね。タオルなんかはいくらでも支給してくれるそうだから、バスタオルを持ってきたの。この上に座りましょう」
「さすが会長です~気遣いが違います。素敵です」
絹枝の気遣いに、ルルがうっとりした顔をする。
心底憧れているという顔だ。
そして自然な距離ギリギリで、絹枝に近づいて座った。
優楽も優笑の腕に絡みながら座って、スズメは適当に一人で座る。
小屋を覆った葉っぱの隙間から入ってくる光だけだが、襲われない安心感だけで天国だ。
「皆さん今朝……お弁当を受け取っている時に、真莉愛達を見た人はいる?」
「いいえ」
「見てないです」
「見てない」
「見ていません」
絹枝に聞かれた四人は首を横に振る。
「自信たっぷりの真莉愛達は、昼は寮に戻って食事をしているのではないかしら……ならば小屋から出て視察するにはその昼食時間が最適じゃないかと思うのよ」
「……確かにあいつらがいないだけでも、危険はかなり減りますね」
スズメも頷く。
「昨日の真莉愛と蝶子のいざこざを見たら真莉愛の手下は二人、蝶子は三人。数ではこっちが勝ってる。でも今後、彼女達はレベルアップしていくことになるでしょう」
「……私達も対抗手段を考えないと……武器を手に入れたりしたいですよね」
優楽の言葉に皆が頷く。
扱える自信もないが、鉄パイプや刃物などがもしあればレベルアップした血のナイフにも対抗できるかもしれない。
皆が地図を思い浮かべ支給されたスマホを見る。
「遊園地には廃材とかありそうだけど……蝶子達がいそうですね」
ギャルでパリピの蝶子は真っ先に行きそうだ。
「いそうですね……礼拝堂にはシスター聖奈がいそうだなー」
ルルの言葉に続けてスズメが言う。
「いそういそう。でもシスターを味方にするのもありなんじゃないですか? シスターなんだから人殺しなんかしなさそうですよね……」
優楽の提案には優笑も確かに……と思う。
「私は特に信仰深いわけではなかったから……こういう状況で彼女達がどういう選択をするかわからない……」
絹枝の話も納得できる。
信仰深い人達は、自分達の常識では考えない行動をするかもしれない。
人の話に納得しているばかりだ……と優笑は考えを巡らせた。
「あのゲームマスター、図書館に吸血鬼の資料があるって言ってましたよね……他は朽ちたりボロボロって言ってたけど図書館として機能しているなら一番立てこもりやすい場所なんじゃないでしょうか」
優笑の言葉に絹枝はハッと気付く。
「確かにそうね、一番頑丈な建物かもしれない。さすが優笑さんだわ」
「い、いえそんな……」
褒められて下を向く。
「いい着眼点よ。それにこの島についてや吸血鬼に関する資料があるなら読んでおいても損はないものよね」
「吸血鬼ってなんなのか……知りたいと思いました」
「そうよね」
優笑は自分が皆のように武器化できない事も気になるし、そもそも『吸血鬼』とは一体なんなのか。
もしかしたら自分だけはまだ人間のままなのではないだろうか……そうも思う。
ズキリと頭が痛んだ。
「いた……」
「優笑ちゃん、大丈夫?」
「うん」
「寄りかかって」
優楽が肩を寄せてくれたので、甘えて肩に頭を預けた。
「図書館に行きたいわね……」
「でもそこまで行くのには覚悟が必要ですよね会長。かなり距離がありますよ」
絹枝が優笑に向ける視線を遮るようにルルが言う。
「そうねルルさん……思い切った勇気がいるわ」
「……でも今日行ったほうがいいと思う。明日にはまた誰かが強くなってるかも……皆さんの意見は? こんなゲームぶち壊してやりたい!」
優楽が語気を強めた。
誰かが強くなる。
それはまた誰かが犠牲になるという事だ。
「優楽、私もそう思うよ」
「いいんじゃない? 林の中で木の棒とか探しながら向かおう」
優笑とスズメも同意して絹枝も頷く。
ルルは絹枝の反応を見てから頷いた。
とりあえず真莉愛達が寮に戻るであろう12時前と13時頃までが狙い目だ。
その前に昼食を小屋でとる事にした。
「あ……」
小屋の隅に、もう錆びていたが細い釘が地面に落ちていた。
ココアにあげるべきだろうかと、優笑はポケットにしまう。
「きゃ、可愛いネズミさんだぁ」
弁当を食べ始めた優楽の足元に小さなネズミが現れた。
優楽は嬉しそうにネズミを見る。
「い、いやだ! 気持ち悪いよ! 追い払って!」
ルルが嫌悪感を顕にして小さく叫ぶ。
「え……可愛いのに……」
「食事中よ! 汚い! やめてよ!」
「優楽! すみません。この子動物が大好きで……優楽やめよ」
「はぁい……また会おうね、今はちょっと……バイバイ」
優楽はそっと両手で包むと、小屋の隙間から外へ放す。
優楽は小さな頃から動物が大好きだ。
動物も優楽には特別懐いてくる。
懐かないはずの動物も優楽には寄ってくるのだ。
優笑も同じように好きだったはずなのに、いつの間にか差が出てしまった部分だ。
「手を拭いて! 気持ち悪いわ」
「あ~……はぁい」
支給されているアルコールティッシュを制服のポケットから取り出し手を拭いた。
「優楽、気を付けてね」
「……すみません……」
優笑もルルが機嫌を損ねて仲間割れなんて事になるのが恐ろしく思い、優楽に少し強めに言ってしまった。
「そこまで謝る事じゃないわよ」
絹枝が優楽をフォローした。
「うん、もういいじゃないですか。ねぇ」
スズメも一言だけ優楽に声をかける。
ルルはそれ以上は何も言わなかったが、優笑はルルの心情が気になった。
絹枝がフォローした時に、ルルがショックを受けたように見えたからだ。
「優笑さん、優楽さん双子だと好きな食べ物も一緒なのかしら?」
「えっと」
「えへへ、一緒でパンケーキにベーコンとはちみつ乗っけたのが好きです~」
「優楽は最初、そんなに好きじゃなかったでしょ」
「えー好きだったよぉ」
絹枝が気を遣って、双子に話しかけニコニコと二人を眺めてる横でルルは無表情になっていった。
公園の迷路を走っているのは灰岡ショウ。
学園ではスカートかパンツスタイルかを選ぶ事ができたので彼女はパンツスタイルだ。
リボンではなくネクタイを絞め、ショートカットの長身スタイルによく似合っている。
「灰岡ショウ~~! あんたのせいでっ! あんたのせいでっ!!」
しかし『孤高のプリンス』を鬼の形相で追いかける女生徒がいた。
「意味がわからないよ」
逃げ切りたいところだが、迷路が思った以上に複雑だった。
恨みつらみを吐いてくる、彼女は一体誰だっただろうか?
追いかけられているから考えているが、そういえば陸上部にいたような気もしないでもない。
「あんたのせいで、私は選手から外されてっ! 許さない!」
他人の成績など興味のないショウは、自分が誰かを蹴落としたなどという感情も記憶もない。
チラリと後ろを見るが、彼女にはもう陸上部で短距離走をしていたという雰囲気は感じられなかった。
重そうな身体を揺らして走ってくる。
途中で諦め退部し、だらけた生活でも送っていたのだろうか。
他人のせいにする人間は結局自分に甘い。
淡々と脳内でそう理解した。
「あんたを殺したいってずっと思ってた! 何がプリンスだ! ふざけんな!」
半狂乱女子のその手には、庭の剪定に使う大きなハサミが握られている。
ショウは足の速さでは負けないと迷路の先を急いだが、行き止まりだ。
「くそっ」
樹木でできた迷路など、すぐにかき分けて出る事ができるだろうと思っていたが、棘のある植物と硬い枝の植物が絡み合い容易には出られない。
出るために藻掻いているうちに後ろから致命傷を与えられるだろう。
「あんなに頑張ってたあたしが報われないで……あんたがなんでいっつもトップなんだよぉ!!」
「……もう、今はそんな事なんの役にも立たない状況さ……」
そう、どんな栄光も今のデス・ゲームでは全く無意味。
「そうだ! そうだよ! お前なんかここじゃただの凡人なんだよ! ……陸上部界のトップをあたしが殺してやるんだ!」
言ってる事が支離滅裂だ。
目が血走っている。
興奮状態なのだろう。
ショウは背後の樹木の壁を見る。
助走を付けて飛び上がれば乗り越えられるか……?
「あたしの恨み思い知れ!!」
「やめろ!」
女生徒はハサミを構えて突進してくる!
身を翻し軽くかわしたショウは、右手に細く細く長い血の長針を出現させた。
素早く、無駄のない動き……。
一気に首の後ろに突き刺した。
首の頸椎を貫通する!
「うが……っ」
血が吹き出ることはなく、女生徒は崩れ落ちた。
最後に恨みを呟く暇も、なく――。
「……喰わなきゃペナルティか……くそっ」
『無駄にすればペナルティがある』と言われているが、何をされるのかわからない。
それが却って不気味だ。
数秒迷いながら、ショウは女生徒の首に噛みついた。
「うぐ……他人を取り入れるなんて、気持ちが悪すぎるな」
灰になっていく様子を見ながら、ショウは呟き口元を手で拭った。
【畠山 あさみ死亡 灰岡ショウ・レベル2】
◇◇◇
「あーまじ、あの真莉愛っての~? そろそろ最高うざいし」
蝶子が遊園地の中を歩きながら見つけた鉄の棒を、振り回す。
「わかるー死んでほしいよね~」
「ねぇねぇ、こっちガムの自販機あるよ」
「はぁ~腐ってんじゃない?」
口々に喋るギャル仲間の三人。
福原 渚、中田薫、清水留梨子
一人が指さした自販機を蝶子が持っていた鉄の棒で横殴りする。
ぶっ壊れた自販機からバラバラとガムが散らばった。
「うひゃー」
「やったぁ」
「食べれるの?」
「誰か食って? 食べられるか味見しなよ」
蝶子の言葉に、三人が固まる。
「早くしなって、うちが食えないじゃん。腐ってないか食べてみって」
三人がお互いを見合う。
「あんた食いなよ……」
「え、あんたでいいじゃん」
「ちょっとやめてや」
まごつく三人に蝶子がギラリと睨みつける。
「三人とも違う味食べればいーじゃん。早くしてよ!」
ガン! と地面に鉄パイプを叩きつける蝶子。
慌てて三人とも、違う味のガムを口に入れる。
研究所で新しく入れたものなのか、変質はしていなかった。
「だ、大丈夫みたい」
「遅いんだって!」
チェリー味のガムを蝶子は口に入れる。
子供のころから大好きな味だ。
少し機嫌がよくなった蝶子を見て、三人はホッとする。
蝶子は長身でモデルのような体型だし、『ブルーパピヨン』のギャル仲間もそれなりのプロポーション。
この四人でいれば、周りのモブのような地味女には負けない自信はある。
蝶子はあの真莉愛を潰せば、勝機はあると考えている。
と思っている事は三人とも知っていた。
でも『吸血姫になれるのは一人』なのだ。
「なんかさ~同じ顔したのいない?」
「あぁ……双子でしょ?」
「チョロチョロ目につくんだよね。なんかウザくってさ。見つけたらすぐ喰ってやるのに」
蝶子から自然に出てくる残酷な言葉に渚はゾッとしてしまい、慌てて笑う。
クチャクチャと噛んでいたガムを、もう草が生えてボロボロになっているタイルの地面に吐き出した蝶子。
「ねぇ、見なよ」
遊園地の場所は、少し小高い丘になっていた。
なので遠くの景色がよく見える。
遊園地に一番近い林の中、女生徒二人が歩いているのが見えたのだ。
「やっと狩りができるじゃん」
蝶子がニヤリと笑う。
それを見て三人は引き攣りながら頷いた。