皆が夕飯を食べ終えたが、ゲームマスターはまだモニターの画面にいる。
見る度に不快な姿だ、と誰もが思う。
『ごちそ~~さまでしたぁ~~~・はぁい・それでは地図の端末の使い方はわかるかの確認をしますねぇ・大事な吸血鬼が遭難されては困りますからね~此処は小さい島ですが林なんかもありますからね~~~』
スマホ型の端末に入っている地図のアプリは、普段使っている地図アプリと同じものに見えた。
スマホの形をしているが、当然地図アプリしか使えない。
腕時計はGPSと脈を測っているという。
生死の確認のためであり、盗聴などはしないという。
『我々は殺し合いのなかで・貴女達にさらなる高みを目指してほしいのですよ~~誰かと協力したり作戦練ったり大歓迎!! でも最後は一人になるまで殺し合うことを忘れないでくださいね・きゅふふ』
ペラペラと喋るゲームマスターの声を、皆が静まり返って聞いている。
「もちろん・海にはサメがいて……監視船もいるから・我々のいる研究所には吸血鬼を灰に替えちゃう拳銃をいっぱい持った兵士がいるよ~下手に乗り込んできたら~ズドン! あの子みたいにね……』
あの研究所のホールで殺された子のことだ。
脱出……という最後の望みを打ち切るような言葉。
すすり泣きも聞こえてきた。
優笑も泳いで逃げられるのでは……とは考えてはみたが、無理なのか……。
『それではこの島の施設を紹介するよ~~!! まずは此の寮! の東側にある図書館~児童文学に恋愛小説、ホラーやミステリーなんかもある……でもね此処には! 此の島のことが書かれてる資料や・なんと吸血鬼に関する資料もあるんだよね。君たちも知りたいでしょ? 勝手に人間じゃない吸血鬼にされちゃって……吸血鬼ってなに!? ふざけないで!! って思うよねぇ~それでこの資料を探して読める人は読んでみてほしいんだ……自分のなかで新発見した子は・研究員として優遇しちゃうかもよ☆』
ゲームマスターが消えて、図書館の外観が映った。
馬鹿にしている話のなかにも、重要なことがあるはずだ。
優笑は目を瞑って、いらだちを抑えるように……言葉を聞く。
『図書館の近くには灯台もあるんだけど、もう老朽化してて危ないから近づかないでよね~』
灯台……船が運行しているのだろうか。
『この寮より北に行くと面白いところがいっぱい! まずは東側には遊園地! 小さな観覧車とか回転木馬~グルグル回るブランコと~場内を一周するジェットコースター、コーヒーカップなんかがあるよ。ボロボロだけど一応メンテナンスはしたんだよ~動かしてみてねぇ~回転木馬で殺し合おう! 小規模でボロボロになってて壊れてるのもあるけどさぁ、幼虫姫達のために復旧もしてるから是非遊びながら殺し合いしてほしいなぁ』
そんな場所に誰が行くのだろう。
『遊園地よりもっと西に行くと・イングリッシュガーデンがあってそこに樹木で作った巨大迷路がありますよ~楽しいから行ってほしい……けど・樹木が育って迷路もどうなっているかな。追いかけっこで引っかからないように気をつけて~引っかかったらバグっとご臨終!』
次に、お城にあるような樹木の迷路が映った公園の写真。
不愉快さで目眩がした優笑の手をテーブルの下で優楽が握ってくれた。
二人で目を合わせて握り合う。
今は少しでも情報収集だ。
『そこから更に西に行くと、海岸沿いに礼拝堂があります……美しかった……礼拝堂……ボロボロ……天井がもう落ちてしまってるけどぉ此処で祈れば、カミサマーが助けてくれるかも? アハハ失礼失礼』
礼拝堂という言葉にシスター聖奈が反応した。
『その上の海岸は……海水浴場だったんですがね……泳ぐとサメであぼーんです……というわけで重要な施設説明はこれで終わりでぇす・でも至る所にベンチとか~休憩所になる小屋とか色々あるので見つけてください・落ちてるものはなんでも使っていいですよ~刃物でもあればラッキー☆!!』
つまらなさそうに真莉愛が耳をかいている。
蝶子は爪の甘皮をいじっているようだ。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ……おやすみなさい~~~よい悪夢ヲ』
画面がブチン! と消えて、少女達は緊張から解かれたようにホッとした。
何も変わらない状況だが、ゲームマスターがいないだけでホッとした。
そして女研究員が話し出す。
「では私から補足します。寮を出る時間はそれぞれ自由ですが、鉢合わせしないようにこちらからもサポートします。サポートが必要な方は寮から出る時間をこちらのタブレットに記入して申告してください。現在の方針としては寮から200メートル以内での待ち伏せ行為による戦闘は禁止です」
真莉愛がケッと睨んだが、真莉愛が寮の前で待ち伏せすれば全員喰われて終わりになってしまう。
……それはゲームマスターの望みではないのだ。
「今日は皆さん疲れたでしょう。明日からの殺し合いのために、今日だけゆっくり眠りたい人には睡眠薬が支給されますよ。猫ちゃんから受け取って部屋に戻ってください」
テーブルの周りを配膳猫ロボットがウロウロと回る。
全員が受け取り、そして部屋に戻った……。
何もかもが信じられない。
明日から殺し合い……?
優笑はゴクリと睡眠薬を喉に流し込んだ。
デス・ゲームルールまとめ
○デス・ゲームルール
1⃣最後の一人になるまで、殺し合いをしてもらいます。しっかり食べよう!無駄にしたらペナルティ!
2⃣寮内には個室が全員分用意されています。寮内に滞在できる時間は一日17時間。
3⃣寮内での殺し合い、話し合いなどは禁止。個人行動厳守。寮外では自由。
4⃣全体で1日に必ず一人は捕食しよう。
5⃣GPS付きの腕時計と島の現在地がわかる地図アプリのみ使える端末を配布します。
6⃣目指せ!吸血姫☆
○吸血姫への計算式
レベル1がレベル1を捕食→レベル2にレベルアップ
レベル2がレベル3を捕食→レベル5にレベルアップ
○島の概要
北・研究所施設
西・海水浴場 礼拝堂
東・遊園地
真ん中 迷路のある公園
南西・図書館
南・寮
○寮生活ルール
私語禁止
食堂と1階の共有トイレ以外は閉鎖。
二階には全員分の個室が用意(シャワートイレ完備。ベッド、デスク、ドレッサー)
下着、パジャマ、化粧品などは支給される。
筆記用具禁止
寮の滞在時間は合計17時間
腕時計と地図アプリの入った端末を支給
朝食7時
希望者には弁当支給
昼食12時
夕食19時・いちごみるく支給(二日接種しないと発狂)
そして朝がくる。
夢であってほしかったが……同じ部屋で起きた。
両親も看護師もいない。
毎日一緒に起きる優楽も……傍にはいない。
顔を洗って自分を見る。
歯磨きをしたが、とりあえず吸血鬼のような牙はない……。
しかし真莉愛が噛みついた時には牙があったように見えたが、本当に人間ではなくなってしまったのか。
自分の吸血鬼なのか? 綺麗な洗面台の鏡の中の優笑は悲しい顔をした。
異常なデス・ゲーム世界。
優笑はとりあえず体育着で食堂に行く。
すぐに優楽が傍に来た。
二人ともじわじわと涙が出てくるのを耐え手を握り、朝食を受け取り食堂の席に着く。
配膳猫ロボットが手持ち無沙汰で、ウロウロとしていた。
クロワッサンにハムエッグ、ウインナー。ミニトマトにきゅうりのサラダ。
コーンスープに牛乳。
聖奈のお祈りを聞いて、できるだけ食べる。
寮の窓からは林が見えた。
何度もシミュレーションをしている。
すぐに玄関を出て、林の中に隠れなければ……。
一度部屋に戻る前、優楽を見つめると、優楽も力強く頷いてくれた。
階段を登ってそれぞれ部屋に入っていく。
武器の支給はないが、島にあるものは利用してもいい言っていた……。
朝食に現れた真莉愛はニヤニヤし、蝶子もギラギラと殺気を放っていた。
この二人は危険だ。
でもこの二人だけではない……全員が敵!
兎に角、まずは今後の事を優楽と話し合わなければ……!
端末を使って林の中で優楽と合流する!
優笑は制服に着替える。
紺のブレザーに赤いチェックのリボン、赤いチェックのスカート。
紺のハイソックス。
可愛くてお気に入りの制服だったが、死に装束にはしたくなかった。
腕時計も忘れずに腕に付ける。
ドレッサーには冗談で書いた高級ブランドの化粧品が揃っていた。
使う気にもなれなかったが、唇がボロボロになっている事に気付いて桃色のリップだけを塗る。
冷蔵庫から水を取り出し、ショルダーバックに入れた。
【天乃優笑、玄関から……出なさい……あぁあ、いやぁああ……うぐっ】
「うっ……」
このテレパシーがどうにも慣れない。
心臓が一気に爆発しそうなほど、激しく動く。
此処から一歩でも出れば、優楽以外は全員が敵。
靴はスニーカーと革靴が用意されていたが、革靴を選んだ。
一階の廊下には、配膳猫ロボットがウロウロしている。
他に人の気配はない……。
何度も地図端末を見て向かう方角を確かめた。
外に出てこんなものを見ていたら、すぐに襲われてしまいそうだからだ。
玄関を開けるのが恐ろしい……。
優笑は躊躇しドアを開ける手が震えた。
『ポロポロピロピロパン♪ いってらっしゃ~い。早く出ないと撃ち殺しちゃうよ~~☆』
「ひっ!?」
配膳猫ロボットがそんな物騒な事を言う。
意を決して優笑は、玄関のドアを開けた。
「逃げなきゃ……!」
待ち伏せは禁止だと言っていたが……玄関前は駐車場スペースなどもあって広々としている。
すぐに林の中へ飛び込まなければ……!
優楽と待ち合わせする北西方向に向かって優笑は走り出した……!
怖い!!
足がもつれる、転ばないように、転ばないように、助けて、助けて……!!
どうか、誰も、私を狙わないで……!!
すぐに道のない林の中に飛び込んだが、そんな経験は初めてだ。
葉の多い低い木の影に隠れる。
木の匂い、土の匂い……森の匂い。
虫の音、鳥の鳴き声。
ざわざわと風になびく木々の音。
気温は過ごしやすいが、もう汗がにじみ出てきた。
緊張の汗も混ざってベタベタする。
北西の大きな石で待ち合わせなんて言っても……会う事ができるんだろうか……。
それでも探さなければ……!
1日目だと、皆が怯えてこの林の中にいるような気がしてきてしまう。
どうか、真莉愛にも蝶子にも会いませんように……。
優笑は運動が苦手で、すぐに息が上がってしまうと思っていたが今日はやけに調子がいい。
身体が軽く、どんどん走ることができる。
……まさか吸血鬼になったから……?
不安になって、走るのをやめた。
此処からは慎重に歩こう。
「あ……」
大きな岩を見つけた。
自分はなんとか寮から一直線に歩いてきた気がする。
きっと優楽もここに来るのではないだろうか……。
少しだけホッとして、優笑は岩の影に座り込む。
しかし、気配を感じて立ち上がったその時……!
「気付かれた! お姉ちゃん!」
「仕方ない! 殺すよ!」
「ひぃ!?」
岩の上から飛び降りてきた二人。
姉妹だろうか、顔がよく似ている。
二人とも手には血の20センチほどの長針を持って、目は血走り必死の形相だ。
「や、やめて……こ、殺すなんて……嘘でしょう? こんなのおかしいですよね? ね?」
優笑は、必死で笑顔を作る。
「や……殺らなきゃ、私達が殺される……」
「少しでも、喰って強くならなきゃ……」
そうだ。どうして自分は血の長針を出す練習すらしなかったのだろう。
真莉愛以外は、みんな怯えてると思いたかった。
でもそれは違った。
歩きにくい腐葉土の上。
二対一で牽制し合う。
しかし優笑の方が圧倒的に不利だ。
「待って……待って……」
後ずさりしながら、逃げようとするが……キノコなのか滑って柔らかいものを踏んでしまう。
「きゃっ!」
「今だ!!」
「お姉ちゃん頑張って!」
姉と呼ばれた女生徒が、バランスを崩した優笑に襲いかかる……!!
「いやあぁあああ!」
悲鳴をあげた優笑は動けない。
眼の前には姉と呼ばれた女生徒の、振り上げた長針が見える。
あれに刺されれば無事ではすまない。
ぐっと目をつぶる。
1日目、まだ1時間も経っていないのにもう死ぬことになるなんて!!
ごめんね優楽……!
心の中で妹の名を叫ぶ。
しかし次に響いたのは、優笑のものではない悲鳴。
「ぎゃっ!?」
「お姉ちゃん! 誰!?」
「えっ……?」
姉の顔に石がぶつけられたようだ。
その直後にすごいスピードで走ってきた女生徒が、姉に体当りした。
「うぉおおおおおおお!!」
「お姉ちゃん!!」
見たことのない新たな女生徒!
ボブカットの少女は、倒れた姉の首に自分の右手で握りしめた長針を思い切り突き刺す。
「ぎゃあああっ!!」
「お姉ちゃあああんっ!」
血が吹き出たと同時に、馬乗りになったボブカットの少女が首筋に噛みついた。
噛みつかれた姉はガクガクと震えながら白目を剥き……灰になって消える……。
制服だけがそこに残された。
一瞬だった……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
ボブカットの少女の息が乱れる。
「お、ねぇ……ちゃん……」
放心して、ぺたりと座り込む妹。
「はぁっ……はぁ……っ……あなた……大丈夫?」
真っ青な顔をしたボブカットの少女が、優笑に聞く。
凄惨な場面を見て凍りついていた優笑はハッとする。
この少女は自分を助けてくれたのだ。
「わ、私は大丈夫っ……あなたこそ……」
「うっ……うぇえええっ、ぐっ……おぇえええっ……」
少女に駆け寄ると、少女はウッとえずいて胃液を吐き始めた。
無理もない。人を食べたのだ。
優笑もおかしくなりそうだ、と思った。
「ごめんなさい、私のために……大丈夫? 大丈夫?」
泣きそうになりながら、少女の背中をさする。
「優笑ちゃん~!?」
少し遠くで声がした。
走ってくるのは優楽だ。
それを見て、へたり込んでいた妹は立ち上がる。
「……絶対にあんた達……殺してやる……!」
恨みの憎しみの瞳に睨まれ、て優笑はゾッとした。
また闘いが始まるのかと緊張したが、多勢に無勢だと思ったのか彼女はフラフラしながらも足早に去っていく。
少し先に斜面があるのか、すぐに姿は隠れて見えなくなった。
「優笑ちゃん! 大丈夫!?」
「しー! 私は大丈夫……この人が助けてくれたの」
「ほんとに? よかった……でも……」
「う……うう……おえぇええ……」
優笑を守るために、人を殺したボブカットの少女は震えてまた吐いていた。
「……どこか隠れないと……」
「うん……隠れ場所を探そう」
最悪な事に、どこか遠くで真莉愛の笑い声が聞こえた気がする。
林の中で狩りでもやっている気分なのだろうか。
「お願い、立って……」
二人で少女を両脇から支えるようにして、ゆっくりと歩き出す。
「私は天乃優笑、こっちは妹の優楽。助かりました……貴女、お名前は……?」
「……相賀鈴愛……」
「スズメさん……」
ボブカットの少女はスズメと名乗った。
どうして助けてくれたのか、わからないがスズメは命の恩人だ。
絶対に守ってあげなければ……。
「でも……どうしよう……どこへ行こう……」
スズメを支えながら、ウロウロしていても殺意ある者に見つかれば危険すぎる。
林の中は倒木や蔦が絡まり、本当に歩きにくく隠れ場所が少ない事を優笑は知った。
なんとか笹のような密集して生える草が生い茂る場所まで来たが……途方に暮れた時だった。
「……貴女達……怪我をしたの……?」
「え……」
どこからか小さな声が聞こえてきた。
「助けを求めているの……? 殺意はないのかしら……?」
「な、ないです。この子が具合が悪くて……休ませたいんです」
天からの声……?
女神様の声……?
そう思った時に、不意に少し盛り上がった土と笹の中から扉が開いた。
「……こっちよ……! ……入って!」
生徒会長の絹枝だった。
【生存者:28名 合計死亡者:3名(本日死亡者・菊池友江) 通信係:1名 相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル2】
まさか天からの助け……?
空ではなく土が盛り上がった小さな小さな山から扉が開き、生徒会長の絹枝が少し顔を出した。
「さぁ! 気付かれないうちに早く!」
「は、はい……!」
驚きながらも周りに気付かれないように、スズメを支えながら小さな扉から入る。
中は少しカビ臭い。
半地下に作られた木でできた小屋にカモフラージュで土を盛り笹などの草を乗せたり生やしているようだった。
見た目は土が盛り上がった小さな山にしか見えなかった。
薄暗い小屋の中……一瞬、嫌な記憶が蘇りそうになる。
ぐっと唇を噛んで『ストップ』と自分に言い聞かせ深呼吸した。
此処は安全な場所だ。
隙間から入る光だけが頼りだし三畳程度の広さしかないが、それでも最高にありがたい場所だ。
土で汚れている《《い草の敷物》》にスズメを座らせた。
「大丈夫?」
凛とした黒髪の似合う和風メガネ美人の絹枝が安心させるように優しく優笑の肩に手を置いた。
「生徒会長……ありがとうございます」
優楽が泣きそうになりながら御礼を言う。
優笑も御礼を言いながら、自分のバッグから取り出した水をスズメに渡した。
「会長……こんな人数ここに入れたら……」
絹枝の他にもう一人、先客がいた。
名前はわからないが、彼女も生徒会役員の一人のはずだ。
確か会計係だったろうか。
ツインテールで幼い印象だが三年生だろう。
「泣きながら助けを求めている人を見捨てるなんてできないわ……彼女はどうしたの?」
「……私を助けるために……あの……」
ショックを受けている本人の前で『喰った』などと言えるわけもない。
口ごもる優笑を見て、絹枝は察したらしい。
「お友達なのかしら?」
「いえ……初対面ですけど、襲われた私を助けてくれたんです」
水を飲み下を向いていたスズメが、ゆっくりと顔をあげる。
「ん……はぁ……なんかニ対一で襲われてるのを見たら……助けなきゃって……思っちゃって……喰ったのは……ペナルティで何をされるかわからなくて……気付いたら……私」
震えるスズメの手を、優楽が握った。
「優笑ちゃんを助けてくれて、ありがとう。私がもっと早く着いてたら……」
「油断した私が悪いの……本当に辛い経験をさせてしまってごめんなさい。でもありがとうございます。貴女は命の恩人です」
優笑が土下座するように、頭を深く下げる。
「いいよ……勝手にした事だから……」
「「スズメちゃん……ありがとう」」
「ハモってるし……」
二人で泣く双子を見て、スズメは困った顔をした。
三人の邪気の無さを見て、見守っていた絹枝も安心したように頷く。
「貴女達そっくりね? 双子なの?」
「「はい」」
またハモる優笑と優楽。
「そういえば美人双子が入学してきたって話題になっていたことがあったわね」
「「いえ、そんなそんな」」
実際はそうだったが、慌ててハモリながら否定する二人。
「ふふ、素直できっと貴女達は信用できるわね」
「生徒会長……この小屋は一体?」
「私は早朝にもう寮を出たの。この小屋を発見した時は扉が開いていたのよ。とてもラッキーだった。そしたら同じ生徒会だった彼女、吉野琉月《よしの・るる》さんがさまよっているのを見つけたから声をかけたの」
会計係は吉野琉月《よしの・るる》という名前のようだ。
「近くで真莉愛の声が聞こえた気がして、パニックになってしまったの。まさか会長に助けられるなんて私もとてもラッキーでした。本当に運命です。会長がどこに行くんだろうってずっと考えてたから……私と会長の運命ですよね」
「大袈裟よ、ルルさん」
ルルが嬉しそうに微笑む。
普段から絹枝を尊敬しているのだろう。
スズメも落ち着き、五人は土で汚れる事も気にせずに円になって座った。
「こんな異常な事態に巻き込まれて……殺し合いなんて冗談じゃないわ」
「はい……私も、私もそう思います」
優笑は心の底から同意した。
優笑の手を握る優楽も頷く。
「この島から脱出できないか、助けを求められないか……色々とできる事があるはずよ」
「この五人で、ですよね」
「えぇ。この場で出逢えたラッキー五人で同盟を結びましょう。五人で行動すれば単独より圧倒的に有利よ」
「はい!」
絶望しかなかった心に、少しだけ希望が見えた気がした。
「……スズメちゃんも入るでしょ?」
ずっと無言のスズメ。
「私はもう汚れちゃったけど……」
「そんな! スズメちゃんは私を助けてくれたんだもの……」
「そうだよ、優笑ちゃんが死んじゃったら私も死ぬしかなかった。スズメちゃんは私達双子の命の恩人だよ! ありがとう!」
人懐っこい優楽が、スズメに抱きつく。
「そうよ、先に襲ってきたのが向こうなら正当防衛よ。スズメさん」
「なかなかできることじゃない。勇敢だわ」
生徒会の二人もスズメを慰めるようにかばった。
「……はい……」
抱きつく優楽の背中をポンポンとしながら、スズメもやっと少しだけ微笑んだ。
◇◇◇
「ひゃっひゃっひゃ! 美味しいエサをGETだぜぇ~?」
「うぐ……」
真莉愛と真莉愛の手下二人が、一人の女生徒を河原で追い詰めたようだった。
三人は石を投げつけ、頭に当たった女生徒はそのまま倒れ込み更に真莉愛は腹を蹴り上げる。
「ぐぅ……!」
「ははは、じゃあーいっただきま~す」
「真莉愛さん……取り分は」
手下の一人、早川奈央《はやかわ・なお》が不安そうに言う。
「あぁん? そんなん全部あたしの物になるに決まってんだろ」
「で、でも真莉愛さん……うちらもレベルアップしていった方がグループとして……強く」
もう一人の手下の森下舞子《もりした・まいこ》も怯えながらも主張する。
「ふん! あたしと一緒にいることで、お前らは守られてるってわかんねーのか!?」
「わ、わかります!! すみません!!」
「すみません、わかります!!」
「獲物が欲しけりゃ奪ってみな!」
頭から血を流しながらも必死で逃げようと、這いつくばる女生徒。
その背中を押しつぶすように飛び乗ると、笑いながら首元に齧りついた。
「ぎゃはははは!! レベルアップだぜぇ~!!」
「うっ……」
ぐしゅっと音がして、奈央と舞子が目を背ける。
恐る恐る、真莉愛を見ればもう女生徒・野澤純子は灰になっていた。
【生存者:27名
死亡者合計:4名
本日の死亡者・2名:菊池友江・野澤純子
通信係抜擢:1名
レベル上昇者:相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル3】
狭い小屋のなか、五人で息を潜める。
しかし一人で林をさまよっていた時に比べれば、安心感は半端ない。
ずっと此処にいたいくらいだ。
「これからどうしたらいいんでしょう……」
寄り添う優楽の頭を撫でながら、優笑が言う。
「自分達の身を守る為にも、私達の能力の把握や対抗するための武器を手に入れたり……そういうことをコツコツやっていきましょう。それと逃走ルートはないのか、もしくは救援要請はできないか……」
絹枝の張りのある声は、頼りがいがあって全員の心を落ち着かせた。
1歳しか違わないのに、眼鏡の奥の瞳はキリッとして品があり美しい。
「確かに、監視船だって360度いるわけじゃないだろうし……ここが島なら通った船に救助を求めるとか……」
スズメが顎に手をやって、考える。
「できるかも……! 海の方にも行かなきゃですね!」
優楽がスマホの地図アプリを確認する。
しかし、場所の特定などは不可能だ。
一体此処は、どこの海にある島なのだろう……。
「では会長。海沿いに隠れる場所はあるのか、島全体の施設や大きさも把握しないとですね」
「そうね。この腕時計も……壊すことができるのか、調べる必要もあるわ」
冷静に計画を立てる生徒会の二人に、優笑は惚れ惚れしてしまう。
優楽を守りたいのに、自分は怯えるばかりだった……と恥ずかしく思う。
「さすが会長です……私、本当に会長と出逢えて良かった……会長と生き残れるなら、なんでもします」
ルルが絹枝に言う。
「ここの全員で生き延びましょう」
「は、はい……もちろんです……」
五人で生き延びる話をしているのだが、ルルは絹枝の事ばかり考えているようだった。
「……みんな、どのくらいの武器が出せる……?」
スズメがぽつりと呟いた。
優笑の為に一人捕食したスズメは、レベル2になったのだ。
「……スズメさんが大丈夫でしたら、みんなの武器のレベルも確認しておきましょう。自分の身を守るために」
五人で頷く。
「では私から……」
絹枝が右手を握りながら力を込めると、血の長針が出現する。
試しに地面の土に突き刺すと、グサリと刺さった。
「金属くらいの強度はやっぱりあるのね……」
「スズメちゃん、大丈夫?」
「うん……平気」
顔色が悪いが、スズメ自身も自分の能力を見定めたかったのかもしれない。
「……あ……」
無言で手のひらに力を込めると、スズメの手に長針よりも更に幅が広がった血のナイフが出現した。
「すごい、スズメちゃん」
「スズメさん、それは見せるだけでも牽制になるわ。これからきっと役に立つでしょう」
「はい……」
「じゃあ私も」「私も」「私もやってみます」
優笑、優楽、ルルも手のひらに力を込める。
三人共に血の長針が……と思ったが。
「あれ……どうして」
優笑の手のひらには何も出現しない。
まさか、そんな。
「どうして? あれ? どうやってやってる? 優楽」
「えぇ? なんか~こう~みんなの見たから同じようなの出てこい! ってイメージ」
「そうだよね……どうして?」
自分だけ武器を作ることができない。
不安で泣きそうになる優笑。
「優笑さん、大丈夫よ。まだ不安や混乱もある。こうしてみんないるのだから」
女神のように微笑まれ、優笑も微笑む。
今まで上級生との付き合いはなかったので、頼りがいを感じる。
「はい……練習しておきます」
「優笑ちゃんは私がいつも一緒だから大丈夫!」
「優楽……ありがとう」
お昼も過ぎたが、無駄に林を彷徨きたくはない。
わざわざ寮に戻る事はせずに、皆で夕方になるまで小屋で過ごした。
「そういえば会長、あの灰岡ショウもいましたね……」
「えぇ、私も見たわ。『孤高の陸上プリンス』ね」
「プリンス……」
優笑もその名前は知っている。
プリンスといっても、もちろん女性だ。
陸上で華々しい活躍をしている長身で短髪、凛々しく気高い整った顔立ち。
しかし人間嫌いでも有名で、いつも一人でファンも近寄らせない。
「彼女の運動神経は陸上だけじゃないわ。きっと単独行動をしていると思うけど、用心しましょう。もちろん真莉愛と蝶子のグループにもね」
「はい……!」
薄暗くなってから五人は周囲を注意しながら、寮へ戻る。
暗い林なんて不気味以外なにものでもないはずなのに、身を隠せる事が安心した。
価値観が何もかも変わっていく――。
19時になり、食堂に皆が集まった。
『ゴキゲンヨウ・吸血鬼ノ姫ニナル幼虫達ヨ……皆さんおかえりなさーい・今日もほっしょくほっしょくできたかなー??』
食堂のモニターに映るゲーム・マスター。
相変わらず不気味だ。
ほっしょくとは何か? と考えたが『捕食』という意味か。
『今日はお魚ですねぇー・昨日の通りに運ばれたお弁当をみんなで配膳してくださいね~』
配膳猫ロボットもウロウロと動き出し、皆が並んで弁当を受け取る。
「なんだてめぇ、どけ」
「るっさいわね、なんか文句ある? うざ」
「なんだとおらぁ!!」
「はぁ? きもいんだけど」
真莉愛と蝶子だ。
私語は厳禁。皆に緊張が走る。
『私語以外の暴力も禁止ですよぉ~女子監獄って感じで楽しい気もしますけどね・アハハ』
「真莉愛さん、ヤバいっすよ」
「蝶子やめとこーよー」
手下や取り巻きに止められ、真莉愛と蝶子は睨み合いながら席へ座る。
『早く座らないと~~撃つよ~~』
配膳猫ロボットがまた物騒な事を言いながら、いちごみるくを配る。
皆で輪になり、シスター聖奈の祈りを聞いて夕食の時間が始まった。
ゲーム・マスターもわざわざモニターの中で、同じ弁当を食べているのが悪趣味だと思った。
仮面をしているので、ただ箸を動かして『食べるフリ』をしているだけなのだから。
悪趣味以外の何者でもない。
またいちごみるくを先に飲んで、明日の体力温存のために無理やり食事を喉に押し込む。
味なんて感じなくなってしまった。
24時間で全く変わってしまった。
結局、女生徒全員がデス・ゲームで殺し合う敵になってしまったのだ。
スズメは夕飯を食べることができているだろうかと探すと、目が合った。彼女は頷き食事を口にしている。
絹枝と隣に座ったルルも無表情だが、食事を口に運んでいた。
食べなければもたない……。
そういえばと『孤高の陸上プリンス・灰岡ショウ』を探す、とニコニコとご飯を食べている緑の髪の少女が目に入った。
あの不思議な少女は……確か学園の妖精『鳴宮心空《なるみやここあ》』
芸術方面での才能が世界的に認められていて、あの緑の髪も許されているとか……。
そして最初に探していた灰岡ショウを見る。
灰岡ショウは無表情に、だが凛とした空気で夕飯を食べている。
身長も高く、短髪で、確かに王子様のようだ。
女生徒から絶大な人気だったショウ。
彼女もココアも単独行動なのだろうか……。
それにしても学院内の有名人がこんなにもいたとは。
昨日の夕飯では自分がどれだけ周りを見えていなかったかがよくわかった。
ゾクッ……!
ふと強い恨みの瞳で、睨まれている事に気付く。
優笑を襲った姉妹の妹だ。
スズメが姉を捕食した際に、生き残った妹。
優笑は目をそらし、二度とその方向を見ることができなかった。
逆恨みに違いないが、こんな事が日常になっていくのだ。
『はい~~・それでは本日の結果~~発表~~~タイムだよぉ~☆』
無言で下を向く女生徒達に嬉々として死亡者人数とレベルアップした人の名前が発表された。
【生存者:27名
死亡者合計:4名
本日の死亡者・2名:菊池友江・野澤純子
通信係抜擢:1名
レベル上昇者:相賀鈴愛レベル2 鬼頭真莉愛レベル3】
真莉愛がレベル3……!!
真莉愛と手下……そして蝶子グループ以外の女生徒は皆青ざめた。
麻莉愛の笑い声が響き、注意された。
ふん、と爪を見ている蝶子を真莉愛は睨みつける。
姉の死を聞いて、妹の菊池ゆりえは机に突っ伏して泣き喚きだした。
耳を塞ぎたくなる……。
スズメは食堂を足早に出て行った。
優笑も席を立つと優楽も続き、部屋に戻る時に強く手を握りあった。
辛くてもお互いに微笑み合って、頷く。
『おやすみなさい』の合図。
今日はシャワーを浴びた。
温かいお湯が優しく撫でてくれる。
それでも今日感じた恐怖を思い出すと、震えてしまう。
優楽を守りたい。
命の恩人のスズメも守りたい。
生徒会長の絹枝のグループでできることをしなければ……!
鏡の前で青白い自分の顔を見つめた。
恐ろしい明日がまた来る。
◇デス・ゲーム参加生存者・一部抜粋
◆天乃優笑アマノ・ユエ
17歳
優楽とは双子で姉。
優楽とは瓜二つだが、髪型はシャギーボブカット。
幼い頃にある事件に遭遇した過去??
性格はおっとり。
好きな食べ物:ふわふわパンケーキのはちみつチーズベーコン添え。
◆天乃優楽アマノ・ユラ
17歳
優笑とは双子で妹。
優笑とそっくり。
髪型・ロングヘア。
優笑にべったりのシスコン。
性格は明るく動物好き。
好きな食べ物:ふわふわパンケーキのはちみつチーズベーコン添え。(優笑と一緒がいい)
◆相賀鈴愛アイガ・スズメ
16歳。
菊池姉妹に襲われた優笑を救い、レベル2になった。
髪型・長めの黒髪ストレートボブ。
少しサバサバした印象。
好きな食べ物:ラーメン。
◆当坂絹枝トウサカ・キヌエ
18歳。
生徒会長。
メガネをかけている。
和風美人。
髪型・黒髪を一本縛りかお団子ヘア。
好きな食べ物:白身魚のみぞれ煮。
◆吉野琉月ヨシノ・ルル
18歳
生徒会・会計
髪型・茶髪のツインテール。
童顔。
絹枝にとても憧れているようだ。
好きな食べ物:ハンバーグ。
◆鬼頭真莉愛キトウ・マリア
18歳
狂犬の真莉愛と呼ばれる不良。
髪型・ロングのプリン金髪パーマ。
残虐な性格で手下もいる。
好きな食べ物:焼肉。
◆柏崎蝶子カシワザキ・チョウコ
18歳
真莉愛と対立しているギャル。
ギャルグループ「ブルーパピヨン」のリーダー。
髪型・アッシュグレーの髪を巻き髪にしている。
女王のような風格。
好きな食べ物:チーズタッカルビ。
◇特殊抜擢者
通信役
◆中原里菜
17歳
社長令嬢
パパが大好きなファザコン。
好きな食べ物:ジェノベーゼパスタ。
◇死亡者一覧
◆藤森真奈美
16歳
お笑いライブ観戦が趣味。
好きな食べ物:お好み焼き。
死亡理由:ゲーム・マスターの制裁。
◆山本千亜希
17歳
最近付き合い始めた恋人がいた。
好きな食べ物:サーモンのお寿司。
死亡理由:研究所施設で鬼頭真莉愛による捕食。
◆菊池友江
18歳
吹奏楽部の部長だった。
好きな食べ物:ハンバーガーとポテト。
妹とは普通の仲。弟もいる。
死亡理由:1日目・林で相賀鈴愛による捕食。
◆野澤純子
18歳
お菓子作りが趣味でSNSによくアップしていた。
アカウント名はぴゅあすいーと。
好きな食べ物:ふわとろチーズタルト。
死亡理由:1日目・川で鬼頭真莉愛による捕食。
1日目の夜。
優笑は一人ベッドに入る。
沢山の女生徒が死んだ……。
何度も嫌な映像が目に浮かぶのに耐えながら……少し意識が夢へと誘われる……。
しかしそれは確かな悪夢。
怒鳴り声でそれは始まる。
『役立たずめ!』
ごめんなさいごめんなさい……!
こわいこわいよぉ!
たすけて……たすけて……!
ママ!
パパ!
ゆらちゃん!
『……計画は失敗だ!……』
ゆらちゃん たすけて
こわいよ……こわいよ
いたい……
たすけて……たすけて……
『……始末しろ!……』
おじさんたちがこわい
あぁ……さむい……よ
「たすけ……て……」
だれか……
「可哀想に……」
……誰……?
ふっと優しく微笑む顔が見えた気がした。
そこでまた暗転する世界。
「ハッ……!!!」
飛び起きた優笑。
心臓の音がうるさい。
不安で部屋の照明を点けっぱなしにして寝てしまった……。
夢の中でくらい平穏でいたいのに……久しぶりに見てしまった。
額が汗でぐっしょり、瞳にも涙が溜まってる。
ハァハァ……と自分の荒い呼吸と激しい心臓音が鼓膜を揺さぶっていた。
平和な家族に起きた悲惨な事件。
身代金目的の誘拐。
優笑は6歳の時に誘拐事件に巻き込まれた。
あの時の記憶は断片的だ。
おじさん達に捕まって……怒鳴り声が響いた後に……。
「うっ……」
思い出すのをやめようと、冷蔵庫に水を取りに行く。
手が震えていた。
唇を噛んで思考を停止させる呪文を繰り返す。
「……ストップ……ストップ……」
あんな過去をどうにか乗り越えたのに……また、こんな目に。
あんな笑顔はただの幻だ。
笑顔なんか、あの場所になかった。
優笑は無傷で監禁現場から発見された。
嫌な夢を見た夜は、いつも優楽のベッドに入るのに……。
優笑は自分を抱きしめるように肩を抱き、また一人ベッドに入った。