そして朝がくる。
 夢であってほしかったが……同じ部屋で起きた。
 両親も看護師もいない。
 毎日一緒に起きる優楽も……傍にはいない。

 顔を洗って自分を見る。
 歯磨きをしたが、とりあえず吸血鬼のような牙はない……。
 しかし真莉愛が噛みついた時には牙があったように見えたが、本当に人間ではなくなってしまったのか。
 自分の吸血鬼なのか? 綺麗な洗面台の鏡の中の優笑は悲しい顔をした。
 
 異常なデス・ゲーム世界。
 優笑はとりあえず体育着で食堂に行く。
 すぐに優楽が傍に来た。
 二人ともじわじわと涙が出てくるのを耐え手を握り、朝食を受け取り食堂の席に着く。

 配膳猫ロボットが手持ち無沙汰で、ウロウロとしていた。
 クロワッサンにハムエッグ、ウインナー。ミニトマトにきゅうりのサラダ。
 コーンスープに牛乳。
 聖奈のお祈りを聞いて、できるだけ食べる。

 寮の窓からは林が見えた。
 何度もシミュレーションをしている。
 すぐに玄関を出て、林の中に隠れなければ……。
 
 一度部屋に戻る前、優楽を見つめると、優楽も力強く頷いてくれた。
 
 階段を登ってそれぞれ部屋に入っていく。
 
 武器の支給はないが、島にあるものは利用してもいい言っていた……。
 朝食に現れた真莉愛はニヤニヤし、蝶子もギラギラと殺気を放っていた。
 この二人は危険だ。
 
 でもこの二人だけではない……全員が敵!

 兎に角、まずは今後の事を優楽と話し合わなければ……!
 端末を使って林の中で優楽と合流する!
 
 優笑は制服に着替える。
 
 紺のブレザーに赤いチェックのリボン、赤いチェックのスカート。
 紺のハイソックス。
 可愛くてお気に入りの制服だったが、死に装束にはしたくなかった。
 
 腕時計も忘れずに腕に付ける。
 ドレッサーには冗談で書いた高級ブランドの化粧品が揃っていた。
 使う気にもなれなかったが、唇がボロボロになっている事に気付いて桃色のリップだけを塗る。
 冷蔵庫から水を取り出し、ショルダーバックに入れた。

【天乃優笑、玄関から……出なさい……あぁあ、いやぁああ……うぐっ】
 
「うっ……」

 このテレパシーがどうにも慣れない。
 心臓が一気に爆発しそうなほど、激しく動く。
 此処から一歩でも出れば、優楽以外は全員が敵。

 靴はスニーカーと革靴が用意されていたが、革靴を選んだ。
 一階の廊下には、配膳猫ロボットがウロウロしている。
 他に人の気配はない……。

 何度も地図端末を見て向かう方角を確かめた。
 外に出てこんなものを見ていたら、すぐに襲われてしまいそうだからだ。 

 玄関を開けるのが恐ろしい……。
 優笑は躊躇しドアを開ける手が震えた。
 
『ポロポロピロピロパン♪ いってらっしゃ~い。早く出ないと撃ち殺しちゃうよ~~☆』

「ひっ!?」

 配膳猫ロボットがそんな物騒な事を言う。
 意を決して優笑は、玄関のドアを開けた。

「逃げなきゃ……!」

 待ち伏せは禁止だと言っていたが……玄関前は駐車場スペースなどもあって広々としている。
 すぐに林の中へ飛び込まなければ……!
 優楽と待ち合わせする北西方向に向かって優笑は走り出した……!

 怖い!!

 足がもつれる、転ばないように、転ばないように、助けて、助けて……!!

 どうか、誰も、私を狙わないで……!!

 すぐに道のない林の中に飛び込んだが、そんな経験は初めてだ。
 葉の多い低い木の影に隠れる。
 木の匂い、土の匂い……森の匂い。

 虫の音、鳥の鳴き声。
 ざわざわと風になびく木々の音。

 気温は過ごしやすいが、もう汗がにじみ出てきた。
 緊張の汗も混ざってベタベタする。
 北西の大きな石で待ち合わせなんて言っても……会う事ができるんだろうか……。
 それでも探さなければ……!

 1日目だと、皆が怯えてこの林の中にいるような気がしてきてしまう。
 どうか、真莉愛にも蝶子にも会いませんように……。

 優笑は運動が苦手で、すぐに息が上がってしまうと思っていたが今日はやけに調子がいい。
 身体が軽く、どんどん走ることができる。
 ……まさか吸血鬼になったから……?

 不安になって、走るのをやめた。
 此処からは慎重に歩こう。

 「あ……」

 大きな岩を見つけた。
 自分はなんとか寮から一直線に歩いてきた気がする。
 きっと優楽もここに来るのではないだろうか……。

 少しだけホッとして、優笑は岩の影に座り込む。
 しかし、気配を感じて立ち上がったその時……!

「気付かれた! お姉ちゃん!」

「仕方ない! 殺すよ!」

「ひぃ!?」

 岩の上から飛び降りてきた二人。
 姉妹だろうか、顔がよく似ている。

 二人とも手には血の20センチほどの長針を持って、目は血走り必死の形相だ。

「や、やめて……こ、殺すなんて……嘘でしょう? こんなのおかしいですよね? ね?」

 優笑は、必死で笑顔を作る。

「や……殺らなきゃ、私達が殺される……」

「少しでも、喰って強くならなきゃ……」

 そうだ。どうして自分は血の長針を出す練習すらしなかったのだろう。
 真莉愛以外は、みんな怯えてると思いたかった。
 でもそれは違った。

 歩きにくい腐葉土の上。
 二対一で牽制し合う。
 しかし優笑の方が圧倒的に不利だ。
 
「待って……待って……」

 後ずさりしながら、逃げようとするが……キノコなのか滑って柔らかいものを踏んでしまう。

「きゃっ!」

「今だ!!」

「お姉ちゃん頑張って!」

 姉と呼ばれた女生徒が、バランスを崩した優笑に襲いかかる……!!