「やっぱ、神様のバチが当たったのかなぁ……」

 家に帰った後、晩飯と風呂を済ませた俺は、パジャマ姿のままベッドで仰向けになると、手にしていたプリのシールを眺めていた。

 笑顔の美桜はやっぱり可愛い。
 映った写真を眺めていると、隣にいた時のあいつの息遣いとかを思い出して、気恥ずかしさと嬉しさに悶えそうになる。
 だけど、同時に今日の俺の運のなさを思い出し、浮かれた気持ちは一瞬で何処かに飛んでいった。

 っていうか、本気で今日は間が悪すぎだろって。
 カラオケで美桜に先に歌おうと思った曲を選ばれたり、もう少しで無事に猫を助けられそうって時に落っこちて、あいつに抱えられたり。
 どう考えても、バチが当たったようにしか思えない。
 
 ちなみに、バチが当たるような事をしたかと言われたら、そんな事はない……と、思う。多分。
 弱気な理由はただひとつ。
 恋崎神社に行ってお守りを買ったり参拝した時、美桜に良い恋人ができるようにって祈りながら、同時に俺は祈ってた内容が引っかかったのかもって思っている。

 祈ってた内容は勿論、できたらあいつが俺を好きになってくれますようにって事。
 実際、お揃いのお守りも買ってるし、願いを書いた絵馬まで奉納してきた時点で俺の恋への本音がだだ漏れ。
 そんな不純な気持ちを抱いた俺に、神様がバツを与えたんじゃって気持ちも拭えない。

 あぁぁぁっ! だからって、なんでああなったんだよ!
 特に猫の救出劇。あれ、途中まで上手く行ってただろ!
 それまでまったく風なんて吹いてなかったし、危なっかしい所もあったけど、うまく猫を助けて下ろすだけまでいってたじゃないか。
 それなのに、何であの時だけ強風が吹くんだって!

 結果として、美桜のお陰で怪我はなかったし、猫も無事だった。
 本当は感謝すべきなのに、素直に喜べないとか。ほんと情けないって……。

 ベッドで右に左に悶えた俺は、そのまま大の字になり天井を見ると、大きなため息を漏らす。
 結局、想いを匂わせる事すらまともにできずに終わったデート。きっとあいつの中じゃ、俺は幼馴染のままだよな……。

 プリをベッドに置いて立ち上がると、俺は窓に掛かったカーテンをずらし外を見た。
 そこから見える光景は、通学なんかであいつと長年歩んできた道路。
 既に夜になり、外灯に照らされた部分だけが明るいその道は、人気もなくさみしげにも見える。

 ぼんやり外を見ていると、重なったのはそこでのあいつとのこれまでの日々。
 一緒に幼稚園に行ったり、遊びに行ったり。
 小学校、中学校と進むにつれ、流石に手を繋いだりはしなくなった。だけど、それでも俺の隣にはあいつがいた。

 でも、未だに幼馴染っていう距離感のまま。
 俺達の関係は、もう変わらないんだろうか?
 やっぱりあいつも、こんなチビが恋人なんて、考えもしないんだろうか?

 はぁ……。俺、恋愛に向いてないのかもなぁ。
 実際、お土産の件だってそう。
 流石にこの時間だし、あいつもお土産を見たはずだろ。だけど、LINEのひとつも入ってないのを見ると、呆れて物も言えなかったのかも。
 そういうセンスがない男なんて、誰も好きになんてならないか……。

 ネガティブな感情が重なりすぎ、俺は力なくベッドにうつ伏せに倒れた。
 そんな事で気持ちが晴れるわけもないけど、同時に諦めの気持ちは強くなる。
 この身長差。どうあがいたって、俺とあいつが並んでても恋人になんて見えるわけ──。

  ──「ねえ、ハル君」
  ──「ん? どうしたんだ?」
  ──「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」

 ……そういえば。返事をできないまま終わったけど。美桜のあの問いかけ、結局どういう意味だったんだろう。
 やっぱり、何時になく着飾ってたし、アイドルっぽいとか見られてるって話だったのか?
 いや。あいつはそう見られる事を、わざわざ喜ぶほど自意識過剰じゃないと思う。

 だとしたら、やっぱり恋人って言われたかった?
 ……いや、流石にそれはないか。それはただの俺の願望だ。美桜が俺を好きだったら、もう少し匂わせがあってもいいはずだし。
 ……待てよ? 確かあいつ、あの時少しモジモジしてたよな。
 それって恥ずかしいことを尋ねたって事なのか?
 別に幼馴染って言われても恥ずかしくないよな? ってことは、やっぱり恋人?
 いや、アイドルって言われても恥ずかしいか。にしても、そんな回答を期待しそうにない美桜が、なんであんな態度を見せたんだ?

 あの時を思い出すべく、再び手にしたプリを見る。
 美桜の少し恥ずかしそうな笑みを見ながら、ふっと俺は自分の理想を頭に思い描いてしまう。

  ──「あたし達、こ、恋人に、見えるかな?」
 
 ……美桜にそう言われてみたい。
 言われてみたいけど、絶対あいつ、こんな事言わないだろ。
 
  ──「あれー? ハル君、変に意識しちゃった?」

 なんて、すぐにからかわれるに決まってる……けど、そんなあいつも可愛くはあるよな。って、そうじゃない! 今は妄想したいんじゃない! 答えが知りたいんだって!

 めちゃくちゃ気になるけど、既にタイミングを逸してるし、あいつに尋ねるにもいかないよな。
 ほんと、なんであの時、人だかりに目がいったんだよ。
 あれがなかったら理由もわかったはずなのに。

 美桜の奴、本気でなんて言われたかったんだよ。

  ──「勿論、恋人に決まってるじゃん」
  ──「ハル君何考えてんの? 幼馴染に決まってるじゃん」

 脳内に現れた、イマジナリー美桜。
 かたや恥ずかしげに。かたや呆れたように口にする二人のあいつ。

「くっそーっ! どっちなんだよーっ!?」

 勝手に妄想で悶えた俺は、その後もずっとこの答えを出せずにベッドでずっと悶え続け……。

 ──翌朝。
 俺は思いっきり寝坊した。

      ◆   ◇   ◆

  プルルルルルルー

 駅のホームで、出発のチャイムが鳴り始めた瞬間。俺と美桜は何とか電車に飛び込んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……。間に合って、良かったー」
「やっぱ、きっつ……」

 互いに前屈みになって、息を切らす俺達の視線の先で、ドアがゆっくりと閉まるのを見ながら、互いにほっとした顔をする。

「でも、まさか、ハル君が寝坊するとか、思わないじゃん」
「わ、悪い。でも、先に行けば良かっただろ?」
「やだ。一人で通学とか、つまらないし」

 ふぅっと大きく息を吐き背筋を正した美桜が、近くのつり革に掴まりこっちを見る。まだ少し息が切れ切れ。額に汗も浮かんでる。
 こうやって一緒に通学したいって言ってくれるのは、俺にとってめちゃくちゃ嬉しい話。だからこそ、自分のやらかしで迷惑をかけるのは忍びない。

「だからって、それでお前に迷惑をかけるのは、悪いだろ」

 何とか俺も息を整え、何とかあいつの脇に並び吊り革を掴む。
 そのまま顔を上げると……あいつは、ハンドタオルで汗を拭うと笑顔を見せた。

「入学式の話もあったじゃん。お互い様だよ」

 ……ほんと。やっぱ美桜は最高の幼馴染だ。こんなに優しい奴、そうそういないって。
 自然と釣られて笑みを浮かべた俺だけど、素直になれるかは別。

「この後の()()()()、走り終えてもそう言えるのか。楽しみだよ」
「げっ! そうだったぁ……」

 電車が駅に着いてからが本番。
 皮肉交じりにそんな現実を突きつけてやると、美桜は思いっきり肩を落とす。

「悪いけど、遅刻する気はないからな。ちゃんと付いてこいよ?」
「うっへー。ハル君マジで言ってる?」
「当たり前だろ」
「はぁ……。はいはい。わかりましたよー」

 諦めたのか。ぶっきらぼうに返事する美桜を見ながら、俺が笑っていると、ふとあいつの鞄にぶらさがっている何かが目についた。
 あれは……。

「美桜」
「ん? どうしたの?」
「それ、わざわざ鞄に付けたのか?」

 そこにぶら下がっていたのは、俺があげたお土産のお守り。
 お土産を付けているって事は、喜んではくれたのかもしれないけど。堂々と『恋愛成就』と書かれているそれをぶら下げるのって、結構勇気がいらないか?
 そんな俺の疑問に、あいつはまたニコっと笑う。

「うん。ハル君が折角願掛けしてくれたんだし。それにあそこの御守りってJKにも人気高いから、みんなに自慢しようかなーって」
「自慢って。そんなのぶら下げてたら、お前が恋にがっついてるみたいに思われないか?」
「別にいいじゃん。ハル君があたしの為に、お土産にくれたんだーって言うだけだし?」

 は? なんで俺があげたなんて言う必要あるんだよ。
 流石にお守りをお土産にしたなんて周囲に知られたら、センスのなさで馬鹿にされるに決まってるじゃないか!

「わざわざそこまで言わなくっていいだろ。 そこは隠しとけよ」
「やだ。あたしが自分で買ったんだー、なんて言ったら、それこそがっついてるみたいじゃん」

 おいおいおいおい。確かにそうかもしれないけど、それじゃこっちが困るんだよ!

「いや、マジで勘弁してくれよ」
「だーめ」
「なんでだよ!?」

「だってー。ハル君がお祈りしてくれた通り、ちゃーんとあたしを幸せにしてくれる、優しい人と結ばれたいし。だったら、ハル君の優しさもアピっとかないとじゃん」

 焦りだした俺を見て、美桜がこっちにウィンクをしてくる。

「おい! そんなのどうでもいいだろって! お前は勝手に幸せになっとけよ!」
「嫌ですー! あー。学校のみんなの反応が楽しみだなー。きっと、素敵な幼馴染を持つと違うよねーって、みんながハル君を褒めてくれるかもよ?」
「そんな言葉なんて要らないから。頼むから止めろって!」

 俺の剣幕に動じる事もなく、細目でにっしっしっと笑い始める美桜。
 うわー。これ有言実行する気だろ。ったく……。

「買わなきゃ良かった……」

 うなだれた俺の耳に届く、くすくすっと笑う声。

「こないだも言ったけど、もう返さないかんね。あたしも幸せになれるようにーって、お守りに祈ってるし」
「はいはい。わかりましたよー」

 まるでさっきのあいつみたいに拗ねたように口にする。
 ほんと、やっぱり失敗した……って、あれ?

「なあ」
「なーに?」
「なんで、お前が幸せにしてくれる人と結ばれるために、俺の優しさをアピる必要があるんだ?」

 そう。それだ。
 普通に聞き流しそうになったけど、それってどう繋がるんだ?
 こっちの質問を聞いたあいつがギクッとすると、露骨に目を泳がす。

「あ、えっとー。ハル君が優しいってわかったらー、ハル君も幸せになれるかもしれないじゃん?」
「いや、そもそもそれとこれとは別の話──」
「べ、別じゃないってー。あたしは、ハル君の恋も応援したいし? ハル君がいい人に見られたら、周囲の女子がほっとかないかもしれないじゃん?」
「いやいやないだろ。こんなチビ相手に」
「そんな事ないってー。ハル君はこんな大きなあたしの為に、わざわざ祈ってくれたじゃん。だから、あたしもお守りに祈ってるの。ハル君が幸せを感じる相手と結ばれますようにって。そのためには、みんなにハル君がキレキャラじゃなく、優しくっていい人なんだーって思ってもわらないとだし」
「うーん……そんなもんか?」
「そんなもんそんなもん。ハル君を一番知ってるのはあたしだもん。だからー、ちゃんと魅力を伝えてあげる」

 こっちを見下ろしながら、また笑顔に戻る美桜。

 ……うーん。
 正論のような、そうでないような。
 なんとも煮えきらない気持ちになったけど、あいつが俺のことを思ってくれているのが少し嬉しくなって、それ以上言及するのはやめた。
 まあ、俺はお前といられれば幸せだしな。どこまで続くのかわからないけど。

「そういえば。ハル君はお守り買わなかったの?」
「ああ。買ってない」

 嘘だ。買ってあるし、何ならお守りの中にあいつとのプリを忍ばせて願掛け済み。
 表で堂々と見せるのが嫌で、鞄の小さなポケット部分に入れて、目につかないようにしてあるだけ。
 だけど、流石にそれをこいつに知られるわけにはいかない。

 俺の嘘を聞いて、美桜がすごく残念そうな顔をする。

「そっかー。ざーんねーん。お揃いもありかなーって思ったのに」
「俺はお前と違って、恋にがっついているって思われたくないんだよ」
「別にがっついてませんー。ま、それだったらー、今度あたしが恋愛成就のお守り、買ってきてあげる」
「は? そんなの要らないって」
「遠慮しないのー。お互い身長に難ありだけど、ちゃーんと幸せになろ?」

 にこにこと笑うあいつの笑顔が、電車の窓から入ってくる陽の光に照らされより輝く。
 ……ちっ。やっぱ可愛い。
 身長差なんて関係なく、側にいてほしいくらいには。

「ま、考えとく」

 見惚れそうになる気持ちをぐっと抑えた俺は、ぶっきらぼうにそう返事をすると、車窓から見える景色に目をやった。

 ……あとどれくらい、美桜とこうしてられるだろう?
 あいつが誰かと結ばれたら、どうなるんだろう?

 ……ま、考えたって無駄だな。
 まだ恋が破れるって決まったわけじゃないんだし、今はこの幼馴染って関係でもいいから、あいつの側にいよう。
 そうしたら、何か変わるかもしれないし……。

 結局、この身長のせいで自分から踏み込めない情けない自分。
 だけど、それでも美桜の隣にいられるこの時間に、ちょっと幸せな気持ちになっていた。

 ──その後の学校までのダッシュで、そんな気持ちは吹き飛んだけど。

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 いやぁ、年末コロナに罹って最後が書ききれてなくて申し訳ございませんでした。
 ということで、本作の前編はこれにて終了です。
 一旦カクヨムコン等々のコンテスト向け目標である10万文字は前話で超えているので安心ですが、後編はまた書き溜めてから更新したいと思いますが、色々とあって1~2月の更新は難しそうです。
 ということで、後編はもうしばらくお待ち下さい!