プリを撮影し終えた俺達は、ショッピングモールから出ると近くのカラオケ屋に入った。
案内されたのは、二人用のあまり広くない部屋。
俺と美桜はやや間隔は開けているものの、横並びで座っている。
この間の公園のベンチでもそうだったけど、やっぱりこの距離感はちょっとドキドキするな……。
「それで、ハル君の服の話なんだけど」
部屋に入り一段落した所で、美桜がそう切り出してくる。
そうだ。歌うのも目的だけど、本題は別だったな。
「あー。話す前にひとつ、頼みがあるんだけど」
「何?」
「この話は、俺達の間だけの秘密にしてくれないか? 周囲にこういう話が広まるのはよくないからって、作ってくれた人から口止めされてて」
「うん。わかった」
俺が予想外のことを口にしたからか。美桜の表情に真剣味が増す。
まあ、こいつなら信用できるし、大丈夫だろ。
「それで。その服はどこで買ったの?」
「えっと、買ったっていうより、貰ったっていう方が近い気がする」
「え? 貰った? そんな素敵な服を?」
美桜がきょとんとするけど、まあこっちも同じ気持ちだ。
ちょっと苦笑しながら、俺は話を続けた。
「美桜は『Standing Tall』って店、知ってるか?」
「えっ!? スタトル!?」
問いかけに目を丸くした美桜。店の略称を口にしたって事は、知ってるってことだよな。
「ああ。そこで先輩達が無理を言って男子向けのオーダーメイドの交渉してくれたんだけど。丁度その店に、社長のYUKINOさんって人が来てて。俺達の話を聞いたら、服をデザインしてくれるってだけじゃなく、俺にある提案を受けてくれたら作ってくれるって言い出したんだ」
話を聞くうちに、みるみる美桜がどこか釈然としない顔になっていく。
まあ、急にこんな話をすれば、そんな顔にも──。
「えっと……その時、こう言われなかった? 『専属モデルになってくれたらいいわよ』って……」
え? 何でそれを知ってるんだ?
「あ、ああ。言われたけど……」
「やっぱり……」
突然のことに動揺し、素直にそう答えると、美桜は呆れながらも納得した顔をする。
という事は、これってつまり……。
「なあ。もしかして、お前の服もか?」
「う、うん。YUKINOさんが同じ提案してくれて、それで……」
あいつの答えを聞いて、俺は妙に納得してしまった。
私服のにしては、かなり目立つ俺達の服。だけど、並んで立つと予想以上に違和感がなく、しっくりくるデザインだったんだよ。
つまりあの人は俺と美桜、両方の話を聞いて、敢えてこのデザインにした可能性が高いって事……。
「ちなみにお前、YUKINOさんと知り合いだったのか?」
「ううん。誰とは言えないけど、知り合いがYUKINOさんと知り合いで。その伝手で紹介してもらったの」
少し戸惑いながらもさらりとそう口にしたって事は、多分そこに嘘はなさそうか。そう考えると、本当に偶然でこうなったって事だよな。
まるで、神様のくれた奇跡。
だったら、この機会を少しでも活かせれば……。
「そっか。ごめんな。言い難い話を聞いちゃって」
「ううん。こっちこそありがと」
「じゃ、そろそろ歌うか?」
「そうだね」
俺は神様とYUKINOさんに感謝しながら、俺達は互いに選曲用のタブレットを手に取る。
さて。問題はどこで『キミの背中』を歌うかだ。
一曲目からは流石にちょっと緊張してるし、もう少し喉が温まってからがいいよな。
とはいえ、あんまり引っ張るのもなぁ。
そう考える三曲目辺りがベストか?
「ね、ハル君。あたしから入れちゃっていーい?」
画面を見ながら頭を悩ませていると、美桜がそう尋ねてきた。
へー。結構乗り気なんだな。
「ああ。決まってるなら」
「おっけー。じゃ、先に入れちゃうね」
軽く返事をしたあいつが、先にぱぱぱっとタブレットを操作し曲を入れる。
手慣れてるな、なんて感心しながら、。再びタブレットから曲の一覧を眺めていると、耳に届いた聞き覚えのあるイントロ──ってこれ、『キミの背中』じゃないか!?
思わず顔を上げ画面を見ると、そこには予想通りのタイトルが。
美桜ってこの歌を知ってたのか!?
知っている限り、そこまでマスチル好きだった印象なんてないんだけど……。
「たーまにー見かーける、君の背中はー、近いはーずなーのに何時も遠いー」
あまりに予想外のことに愕然としているうちに、美桜が歌い始めた。
あいつらしい綺麗な歌声。それはこの歌に凄くマッチしてる。
どこか歌い慣れた感じからも、きっとこの曲を以前から知っていたんだろう。
にしてもだ。よりにもよって、美桜に向けて歌おうと思ってた曲が被るとかあるのかよ!?
そんな衝撃から立ち直れないまま、だけど素敵な美桜の歌声に耳を傾けているうちに、あっという間に困惑と至福が入り交じった時間は終わりを告げた。
最後までしっかりと歌い終えた美桜が、マイクを下ろすとこっちを見る。
「ね? どうだった?」
「あ、ああ。めちゃくちゃ上手かったよ」
「そっか。良かったー」
ほっと胸を撫で下ろした美桜に、俺も何とか笑みを浮かべる。
だけど、内心は複雑な気持ちだった。
きっとあいつは、この歌に俺のような想いなんて込めてない。
そんな残念な気持ちと、タイミング悪く歌おうとした曲が被ったガッカリ感が重なる。
折角うまくカラオケに持ち込めたってのに、ほんと俺もつくづくツイてないな……。
「次はハル君の番だよ」
こっちの気持ちに気づかず、美桜が期待に溢れた目を向けてくる。
「あ、悪い。すぐ選ぶから」
って、そうだ。次何を歌えば良いんだ!?
持ち歌を奪われた今、俺は慌ててタブレットで色々と検索をかける。
で。結局俺はこのカラオケの間、以前家族で一緒にカラオケに行った時に聞かせた、無難かつ俺の好きなアーティストの曲を歌いこなしたんだけど。自分の計画が頓挫したショックを引きずってて、他に想いを伝えられそうな曲を選ぶなんて機転は浮かばなかった。
◆ ◇ ◆
「うーん! めっちゃ歌ったー!」
「そうだな」
三時間ほど歌い続けた俺達がカラオケ屋を出ると、少し日が西に傾き始めている。
もう少しすれば、綺麗な夕焼け空が見れそうな時間。
「しっかし、お前ってやっぱり歌上手いよな」
「そうかな?」
「ああ。どの歌もしっかり歌いこなしてたし」
二人で駅前に向け歩道を歩きながら、俺はあいつを見上げそう褒めてやる。
美桜が歌った曲は、最初のマスチル以外はほぼ女性アーティストの曲。どれも恋を題材にした歌が多かったけど、女性の曲だとよくある感じだと思ってる。
そのどれもをきちっと歌い上げていたこいつの歌唱力は、やっぱり本物。今の服でアイドルデビューとかしたら、結構売れるんじゃないか?
「そっか。ありがと」
素直に褒められて気恥ずかしかったのか。
はにかむ美桜の顔に少し見惚れていると、あいつがこう返してきた。
「でもー、ハル君も上手だったよ」
「そうだといいんだけどな」
「もー。自信持ちなってー。あたしのお墨付きなんだから」
「そうか。じゃあそう思っておくよ」
そういって励ましてくれる美桜には感謝しているし、俺も歌い慣れた曲ばかりだから、下手だったってことはないと信じたい。
ただ、折角の機会をふいにしたショックもあって、自分がどう歌ってたか、あまり覚えてないんだよな。
相変わらずもやもやが拭えないまま二人で歩いていると。
「ねえ、ハル君」
ふと、しおらしい感じの美桜の声が耳に届いた。
「ん? どうしたんだ?」
少し雰囲気が違うあいつの声に思わずそっちを見上げると、あいつは少しもじもじとしながら、ちょっと目を泳がせてる。
何か困った事でもあったのか?
そんな疑問は、次の言葉であっさりと消え失せた。
「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」
「は? どう見えるかな!?」
「う、うん……」
俺が驚いた声を出したのにびっくりして、あいつがちょっと困った顔でこっちをちらちらと見る。
いや、どう見えるったって……どれだけ着飾ったって、この身長差だろ?
そりゃ、恋人に見られでもすれば嬉しいけど、現実はそんなに甘くないだろ。
ただ……。俺はすぐに言葉を返せず、一旦前を向いた。
周囲の目から言えばそうだ。多分俺達なんて姉弟とか、それこそ大人と子供みたいに見られてるに違いない。
ただ、美桜は何でこれを聞いたんだ? っていう、素朴な疑問が心に引っかかる。
あいつはどう見られてるって答えてほしいんだろうか。
幼馴染ってわざわざ再確認したいのか?
アイドルユニットみたいだって思ってたりするのか?
それとも……いや、まさかな……。
頭に過ったのは、俺が最も憧れている恋人の二文字。
実際こういうシーンって、マンガとかドラマだったらこう答えるもんじゃないだろうか。
だけど、それを口にしてもいいもんなのか?
俺がただ自惚れてるだけにならないか?
この予想が外れてたら、それこそ気まずくならないか?
踏み込みたい気持ちと、自制すべきっていう気持ち。
天秤にかけた二つの思いがせめぎ合い、中々答えを返せない中。
「……あれ?」
ふと俺は、ぽろりとそんな言葉を漏らした。
「ハル君、どうしたの?」
俺が思わず足を止めたのに釣られ、美桜が足を止める。
顔を上げるとあいつはこっちを見てたけど、俺が驚いた理由はそれじゃない。
「なあ。あの人混み、何だ?」
俺が前を向き指差した先には、背の高い街路樹を囲う人だかりができている。
みんな、生い茂った木の上の枝葉を見てるみたいだけど……。
「何だろう? 行ってみる?」
「ああ」
別にスルーしてもよかったんだけど、どうにもその状況が気になった俺は、美桜の誘いに頷き、人だかりに向かって歩き出した。
「ありゃ相当高いな」
「役所の人を呼んだほうがいいかしら?」
なんてがやがやと騒いでいる群衆。
ほとんどの人が俺より背が高いから、木の幹なんかは見る事ができなかったけど、みんな木を見上げてるって事は、そっちの方に何かあるって事か?
「ハル君。あれ!」
美桜が驚きと焦りを顔に見せながら、斜め前方を指差す。
だけど、人だかりのせいで何がそこにあるのか見えない。
くそっ。焦れったいな。一体何があるんだ?
「ニャー」
ジャンプして見てみるかと迷ったその瞬間。耳元に届いたのは、少し小さな子猫のような怯える鳴き声だった。
もしかして、木の枝に子猫でも登ってるんだろうか。
「流石に高いし、俺達じゃ無理だな」
と、運良く俺達の前から人混みを離れようと若者の集団が人垣をかき分け歩いて来たお陰で、そこに空きができる。
その隙を狙い、俺は一気に人混みの最前列に立ち上を見た。
よく見れば木の上、細い枝の先に、怯えた猫が丸まって動かずにいる。
鳴き声が痛々しいけど、子猫があの高さから落ちたら流石にヤバそうな気もするし、いつ落ちてもおかしくない。
放っておくと危ないけど、この木は結構上までいかないと枝がないから、誰も登れないのか。
美桜が腕を伸ばしてジャンプも、一番低い枝にギリギリ手が届かなそうだ。
何とか助けられないか?
俺は自然と木の幹に目をやり、状態を確認する。
意外に細かな節はちょこちょこあるから、指や足先は掛けられそう。
ってことは、このルートなら、きっと上までいけるんじゃないか?
俺が脳内で描き出したのは、この節を使って枝まで登り、猫を助ける道筋だ。
実は俺、筋トレがわりに少し遠い公園にあるボルダリングウォールに通っているんだ。
その経験が活かせるかもしれない。
「ハル君。何とかならないかな?」
「……美桜。これ持っててくれ」
「え?」
不安げに隣で事を見守る美桜に、俺はジャケットを脱ぎそれを手渡す。
驚きの声には答えず、シャツの袖のボタンを外し腕まくりをすると、そのまま人混みより前、木の幹まで歩み寄った。
「お、おい。坊主。何をするつもりだ?」
「あの猫を助けます」
「は!? 危ないからやめとけって!」
「美桜。俺が猫を助けたら、一番低い枝から手を伸ばして下ろす。お前は下で待機して猫を受け取ってくれ。いいな?」
「え? う、うん」
周囲の声には耳を貸さず、俺は木を見たまま彼女に指示を出し、そのまま流れで腕を伸ばして届く木の節に右手を掛けた。
「ふー……」
……よし。いくぞ。
ぎゅっと腕の筋肉を使い、手を掛けた腕を縮め、同時に地面を蹴ってより高い節に左手を伸ばした。
指先が掛かったのを確認し、足元にある小さな節に片足のつま先を掛けて……よし。で、次のルートは……。
順番に節に目をやっては腕を伸ばし、足を掛け、俺は少しずつ木の上に登っていく。
「なんだ!? あいつ猿かよ!?」
なんて馬鹿にするような驚きの声も聞こえたけど、伊達に中学時代にチビ猿って呼ばれてないからな。その程度で心を乱されなんてするか。
……よし。ここで腕を伸ばして、一気に飛ぶ!
俺がつま先で節を蹴り、その反動を利用し片腕を畳み、ぎゅんっと上に上がると、そのまま一番低い、しっかりした枝に手を掛けた。
「おおーっ!」
周囲の驚きの声に、ちょっと爽快な気持ちになりつつも、集中力を切らさず何とか枝の上に上がり、一旦安堵の息を吐く。
さて。ここからは少し楽だけど、枝が折れるかもしれないから、気を付けていかないと。
ふと下を見ると、ハラハラする群衆と一緒に、美桜がこっちを心配そうに見ている。そんなあいつに笑顔を向けると、少しだけ自分の服を見た。
木の幹で擦れたせいで、汚れたり、木の皮の破片が刺さったり。一部は擦り傷になって破れたりしている。
折角YUKINOさんに作ってもらったのに、とは思ったけど、形振り構ってられない。そっちはあとで謝ればいいだけ。まずは目の前の事に集中だ。
俺は再び目線を猫のいる上方に向けると、少しずつ枝を伝い、猫がいるより高い枝を目指した。
流石に枝を折るのは悪い。
できる限り太くて丈夫な枝を足場にして、猫を驚かせないように、ゆっくり、少しずつ……。
慎重に枝を選び上を目指した俺は、やっと猫がいる枝までやって来た。
幹を背にし、しゃがんだまま猫を見ると、あいつは耳を畳み怯えたまま「ニャーニャー」とか細く鳴きなこっちを見てる。
「大丈夫。怖くないぞ。おいで」
安心させるよう笑顔のまま、少し前に足をじりじりと動かす。
メキッ
と、一度小さな嫌な音が鳴り俺は足を止めた。
これ以上先に行くのは危ないけど、まだ腕を伸ばしても届かない。
こうなると、あとはあいつのご機嫌次第か。
「ほら。下りよう。おいで」
優しく声を掛け、片手を伸ばす。
そして、猫を信じてじっとしていると、ゆっくりと身を起こしたあいつは──は!?
突然、一気に跳躍して飛びついてきた猫。
その身軽さと早さに完全に虚を突かれた俺は、ふらっとしてそのまま後方に倒れそうになる。
「ハル君!?」
美桜の悲鳴。
くそっ! ここで落ちれるか!
咄嗟に両手で胸に収まる猫を抱え、枝を蹴り幹に向け飛ぶと、俺はそのまま背中を幹にぶつけ、枝に尻もちを突いた。
背中に走る痛み。
だけど、それ以上に咄嗟の行動が功を奏して枝から落ちずに済んだ安堵と、ヒヤリとした突然の展開にバクバクいっている鼓動の方がヤバい。
「ニャー」
と、胸に収まった猫がこっちに不安そうな瞳で小さく鳴く。
怖かったのか。しっかり爪が服に刺さっているんだけど、その光景はショックってより愛らしい。
「怖かったよな? 大丈夫だから」
ちょっと癒された俺は、ほほえみながら猫の頭を撫でた。
「さて。後は下りるだけだな。悪いけどそのままじっとしててくれよ」
言葉がわかるかも怪しい相手にそう声を掛けると、俺にしがみついている猫を片手で支えながら、ゆっくりと枝を伝い下りていく。
そして、何とか一番下の太い枝までたどり着いた。
「ハル君! 大丈夫!?」
さっきの事もあったからか。相変わらず不安を色濃く出している美桜に、俺は安心させるように笑ってやる。
「ああ。じゃあ、言った通りにいくぞ。いいな?」
「う、うん!」
両手を握り、しっかり頷くあいつを見て俺も頷き返すと、今度は猫の方を見た。
「もう少しだから。大人しくできるか?」
「ニャー」
「よし。じゃあ、爪は立てるなよ?」
偶然か。俺の言葉に相槌を打つ猫に微笑ましくなりながら、素直に言うことを聞き爪を収めた猫を片手に持つ。
そのまま枝に腹ばいになった俺は、ゆっくりと猫を乗せた手をゆっくりと下ろして行く。
下から美桜が、両手を伸ばしているけど、ただ伸ばしたんじゃ届かない。
こうなったら……。
俺は片手でしっかり枝を抱えつつ、半身を枝からはみ出させ、より手を低くしようと足掻いた。
後、もう少し……。
腕をぷるぷるとさせながら、腕を伸ばしていたその時。突然木が大きくざわめいた。
同時に襲った強風。体が風にあおられた反動で、枝を持っていた手がつるりと滑る。
「ああっ!」
「ハル君!」
しまったっ!
周囲の悲鳴と美桜の青ざめた顔を見た瞬間、咄嗟に体が動いた。
反転し枝の方を向く体をそのままに、猫をもう一度胸の前に抱え、体を丸める。
落ちても背中を打つだけ。でも、猫が無事ならそれで──。
痛みを覚悟したはずの俺の体が、別の衝撃とともに動きが止まる。
あれ?
思わず胸にうずくまっていた猫が顔を上げ、俺と顔を見合わせる。
「ハル君! 大丈夫!?」
いやに近い呼び声に、猫と一緒に顔をそっちに向けると……めちゃくちゃ近い位置に、美桜の心配そうな顔があった。
これ……まさか……。
恐る恐る自分の状況を確認すると……俺は、両腕で美桜の胸の前で抱えられていた。
「ハル君!?」
あまりに綺麗な収まり具合に呆然としていると、美桜がもう一度俺を呼んだ。
「え? あ、ああ。大丈夫」
何とか笑顔を返すと、同時に周囲から拍手や喝采が起こった。
「姉ちゃんよくやったぞ!」
「坊主も凄かったな!」
そこにあるのは俺達を褒めた言葉のはず……なんだけど……。
俺は周囲の歓声を聞きながら、ごまかすような笑みを浮かべるしかできない。
いや、だって。今のこの状況、どう考えたってダサいし、何なら普通こういうのって、男女役割が逆だろって……。
美桜も俺と同じ気持ちなのか。引きつった笑みを見せている。
「ニャー!」
と。そんな歓声に負けない猫の鳴き声が歩道の床の方から聞こえると、耳をピンッと立てた猫が、そのまま俺の胸から勢いよく下に飛び降りた。
「ニャーニャー!」
「ニャー!」
釣られて下を見ると、そこには親猫らしい猫に子猫がじゃれつく姿。
子猫が無事でホッとしたし、その光景には癒やされる。
だからって、見惚れてこのままってのは、お互い晒し者にしかならないよな……。
「み、美桜。悪い。そろそろ下ろしていいぞ」
「あ、う、うん」
バツが悪そうに俺が言うと、はっとした美桜が慌てて俺を地面に立たせてくれた。
周囲はさっきの歓声から一転、みんな猫の愛らしさに夢中。
下手に呼び止められずにこの場を離れるなら、今しかないな。
「と、とりあえず、帰ろっか」
「そ、そうだな」
タイミングよく美桜が声を掛けてきたのに便乗し、俺達はその場を後にしたんだけど、流石にこんなボロボロの格好じゃこれ以上デートなんて無理。
で、俺達はそのまま帰りの電車に乗って、家に帰る事にした。
ただ、やっぱりさっきの抱っこのせいで気まずくて、全然会話らしい会話ができなかったんだ。
「神様の、馬鹿」
遠くから小さくテレビの音が聞こえる中。あたしは浴槽に窮屈な感じで座り湯船に浸かりながら、今日のデートを振り返ってしょんぼりしてた。
映画が酷い事になってたハプニングはあったけど、正直今日のあたしのデートはかなり良かったと思う。
素敵なハル君の服装も見れたし、先輩達といた時の誤解だって解けた。
久々に一緒にゲームだってできたし、何ならカラオケでハル君の素敵な歌も聴けた。
何なら、猫を助けに木を登るハル君の、引き締まった二の腕とか、正直目の保養になるくらいの物だって見れた。
それなのに……。
思い出すだけで、あたしは神様の仕打ちに恨めしくなる。
確かに、ハル君は猫を助けるために頑張ってた。あたしだって、そんな彼の役に立ちたかった。
そういう意味でも、最後に木から落っこちちゃったハル君を助けられて、怪我なく終わったのは良かったと思う。
でも。でもよ。
だからって彼をお姫様抱っこする事になるなんてどういうこと!?
あんなの、あたしにとってもハル君にとっても、全然良いことないじゃん!
きっとあれでハル君は自分が小さいって再認識して、気落ちしたんだと思う。
彼の服も汚れちゃってたから、そのままお開きにして一緒に帰ったんだけど、帰り道も気まずくってほとんど話せなかったのは、きっとそんな理由だよね。
電車で並んで座ってた時も。
──「美桜。ごめんな。なんか、最後にバタバタしちゃって」
──「全然。気にしなくていいよ」
──「だけど、さっきのは恥ずかしかったよな?」
なんて、肩を落としたハル君が申し訳無さそうに言ってきて。
──「う、ううん。べっつにー。あたしは猫とハル君を助けられてホッとしてるし」
あたしはそんな本音交じりの言葉を返したけど、彼は自嘲するように笑うと、そこから何も喋ってくれなかった。
本当は、そういうのを気にせず、色々話しかけるべきだったのかもしれない。
でも、それがウザかったらどうしよう。今はそっとしておいてほしいって思ってたらどうしようって、踏ん切りがつかなかったんだよね。
でも、実際あたしもちょっとショックだったし、ハル君も同じだったんだと思う。
……やっぱ、あたしとハル君って結ばれない運命なのかな。
こうやって嫌な気持ちにさせてたら、彼の気持ちが動くわけ無いじゃん。
思い返してみたら、幼馴染として気遣ってもらいはしたけど、それ以上のことはなかった気もするし。
カラオケで想いを込めた歌を沢山歌っい終わった時も、なんとなく響いた感じもなかった。
プリを撮った時だって、恥ずかしがったりはしてたけど、それはきっとポーズとかで恥ずかしくなっただけだよね。
折角雪乃さんにあれだけの衣装を用意してもらって、SINGさんにもあそこまで綺麗にヘアメイクまでしてもらって。
結菜や宇多ちゃん、それに今日のデートのきっかけを作ってくれた妙花の協力で、ここまで最高のシチュエーションを作れたのに。
結局あたし、何も進展してない。なんならよりネガティブになってるじゃん。
胸を張ろうって頑張って、上手くいったと思ったのに……。
「はぁ……」
手にお湯を救い、顔にバシャッと掛ける。
だけど、そんな事じゃ憂鬱になった気持ちを洗い流せなんてしなかった。
◆ ◇ ◆
お風呂を上がってパジャマに着替えて、頭をバスタオルで乾かしたあたしは、リビングでお父さん親と一緒にソファーに座り、テレビを見ていた。
普段なら笑いながら見ているバラエティ番組。だけど、今日は全然気持ちが盛り上がらなくって、時折ため息を漏らしながら、退屈そうに見つめるだけ。
「……何かあったか?」
「ううん。何も」
腫れ物に触れるようなお父さんの態度。
だけど、気持ちをごまかせなくって、結局そっけない返事しかできない。
そういえば、明日からまた学校だよね。どんな顔をして一緒に行けばいいんだろう……。
「ほらほら。そんな顔してないで。大瀬さんからもらったお土産でも食べましょ」
空気が悪いのを感じてか。普段通りの明るい感じでお母さんがお盆にお茶菓子と湯呑みを乗せてやってきた。
温かいお茶と、お菓子はお土産の定番のひとつ、観光地の名前やデザインが入ったクッキーの詰め合わせ。
あたしはぼんやりとしたまま、その一枚を口に咥えた。
うん。案外美味しい。これならお土産としても悪くないかもね。
……あれ? お土産として、悪くない?
「あ」
そうだ! すっかり忘れてた!
勢いよく立ち上がったあたしを見て、お父さんとお母さんが少し驚いた顔をする。
「急にどうしたの?」
「ちょっと用事思い出したから。あたしのお菓子、残しておいて!」
唖然とする二人をそのままに、あたしは足早にリビングを出ると、階段を駆け上がって自分の部屋に戻ってきた。
そのまま机に無造作に放り投げていたポーチを開くと、そこから小さな紙包みを取り出す。
……そう。
貰ってた。ハル君からお土産を。
あの時、本気で嬉しくなっちゃって、絶対返さないって誓った、質素で飾りっ気のない、小さめの包み紙。
全然おみやげっぽくないけど、何が入ってるんだろう?
気落ちしてたはずなのに、あたしはそんなこともすっかり忘れて、椅子に座り机に向かい封を剥がして中身を取り出した。
そこから出てきたのは、もう一回り小さな、白地に薄い桜色でデザインされた可愛らしい包み紙。
包み紙にある桜の花のマークと合わせて書かれた文字は……え? 恋崎神社?
その名前を見て、あたしはちょっと驚いた。
恋崎神社。
この間テレビでやってたけど、その名前から恋が咲く神社なんて有名になって、今や恋に悩む人達やカップルの観光名所にもなってるって聞いた。
お土産が神社の物?
何となくそこにある物を想像しながら包み紙を開けると……やっぱり。そこから出てきたのは、縁結びのお守りだった。
それを見て、昼間のことを思い出す。
──「ごめん。悪いけど中身は家で確認してくれないか。流石に期待外れで、がっかりされると辛いし」
こう言ったハル君の気持ちもわからなくないけど、それでもわざわざこれを選んだわけでしょ?
じゃあ、何でお土産をこれにしたんだろう?
やっぱり有名な場所だったから、お土産にって思ったのかな?
それとも……ん? あれ、何だろう?
ふと、最初の包み紙を見ると、何かがちょっとはみ出てる。
包み紙からそれをすっと抜き出すと……これって、便箋かな?
綺麗に四つ折りされた便箋を開くと、恋崎神社のロゴ入りの可愛らしい便箋に、ハル君が手書きで書いた短い文章があった。
『お前が身長の事を忘れるくらいの恋人ができるよう、代わりに願掛けしておいたからな』
それを見て、あたしは暫く呆然としてた。
少しずつ湧き上がってくる感情に、少し瞳を潤ませながら。
ハル君って、やっぱり優し過ぎだ。
たまに憎まれ口を叩いたり、小馬鹿にしてきたりもする。
だけど、どこかで何時もあたしの事を考えてくれてる、最高の幼馴染。
彼は、あたしが彼女になりたいって思うようになったあの頃から、変わってない。
だから、あたしは今でもハル君が好きなんだもん。
◆ ◇ ◆
幼稚園の時。お母さんの大事にしてたコーヒーカップを割っちゃって、あたしは逃げるように家を飛び出した。
小さかったから、あたしはどうすればいいかわからなくって、日が暮れた頃にも公園で一人、すべり台の所に座って困ってたんだけど、そんなあたしの下に駆けつけてくれたのはハル君だった。
──『一緒に帰ろう。僕も謝るから』
そう言って手を繋いで、彼はあたしを家まで連れて帰ってくれて、家でお母さんに一緒に謝ってくれたの。
結局お母さんもあたしを怒ることはなかったけど。
後でお母さんが、ハル君があたしを探しに行く時、あたしの事を怒らないでほしいってお願いしてたって聞いた時は、本当に嬉しくって。
あの日から、あたしの一番はハル君になって、あたしの隣にいて欲しいのもハル君になった。
◆ ◇ ◆
他の人が貰ったら、どう思うかはわからない。
だけど、あたしにとっては最高のお土産。
「ハル君……」
彼の優しさに、ジーンときてたあたしだったけど、ふとある現実に気づいた時、漏れそうだった涙が引っ込んだ。
ハル君がこう思ってお守りを買ってくれたのは凄く嬉しい。
だけど、あたしが彼氏になって欲しいのもハル君なんですけど。
「はー……」
あたしは手紙を持ったまま机に突っ伏すと、横に置いたお守りを恨めしそうに見つめた。
神様、酷いじゃん。
ハル君が願掛けまでしてくれたのに、最後があんなオチとか。
……あれ。でも待って。
お守りって、どこから効果を発揮するの?
あたしが認知する前だから、効果がなかったとかない?
だとしたら、まだハル君と付き合うチャンスがあるんじゃ?
確かに映画や最後の抱っこは失敗だったけど、あれはまだ神様の力が及んでなかったとか?
うん! きっとそうかも!
急に前向きになったあたしは、突っ伏したままばっとお守りを手に取ると、顔の前に両手で祈るように持ち、必死になって祈った。
「どうかハル君と付き合えますように。そうかハル君と付き合えますように……」
現金なあたしでごめんなさい!
縁結びの神様! どうか! どうかお願いします!
「やっぱ、神様のバチが当たったのかなぁ……」
家に帰った後、晩飯と風呂を済ませた俺は、パジャマ姿のままベッドで仰向けになると、手にしていたプリのシールを眺めていた。
笑顔の美桜はやっぱり可愛い。
映った写真を眺めていると、隣にいた時のあいつの息遣いとかを思い出して、気恥ずかしさと嬉しさに悶えそうになる。
だけど、同時に今日の俺の運のなさを同時に思い出し、浮かれた気持ちは一瞬で何処かに飛んでいった。
っていうか、本気で今日は間が悪すぎだろって。
カラオケで美桜に先に歌おうと思った曲を選ばれたり、もう少しで無事に猫を助けられそうって時に落っこちて、あいつに抱えられたり。
どう考えても、バチが当たったようにしか思えない。
ちなみに、バチが当たるような事をしたかと言われたら、そんな事はない……と、思う。多分。
弱気な理由はただひとつ。
恋崎神社に行ってお守りを買ったり参拝した時、美桜に良い恋人ができるようにって祈りながら、同時に俺は祈ってた内容が引っかかったのかもって思っている。
祈ってた内容は勿論、できたらあいつが俺を好きになってくれますようにって事。
実際、お揃いのお守りも買ってるし、願いを書いた絵馬まで奉納してきた時点で俺の恋への本音がだだ漏れ。
そんな不純な気持ちを抱いた俺に、神様がバツを与えたんじゃって気持ちも拭えない。
あぁぁぁっ! だからって、なんでああなったんだよ!
特に猫の救出劇。あれ、途中まで上手く行ってただろ!
それまでまったく風なんて吹いてなかったし、危なっかしい所もあったけど、うまく猫を助けて下ろすだけまでいってたじゃないか。
それなのに、何であの時だけ強風が吹くんだって!
結果として、美桜のお陰で怪我はなかったし、猫も無事だった。
本当は感謝すべきなのに、素直に喜べないとか。ほんと情けないって……。
ベッドで右に左に悶えた俺は、そのまま大の字になり天井を見ると、大きなため息を漏らす。
結局、想いを匂わせる事すらまともにできずに終わったデート。きっとあいつの中じゃ、俺は幼馴染のままだよな……。
プリをベッドに置いて立ち上がると、俺は窓に掛かったカーテンをずらし外を見た。
そこから見える光景は、通学なんかであいつと長年歩んできた道路。
既に夜になり、外灯に照らされた部分だけが明るいその道は、人気もなくさみしげにも見える。
ぼんやり外を見ていると、重なったのはそこでのあいつとのこれまでの日々。
一緒に幼稚園に行ったり、遊びに行ったり。
小学校、中学校と進むにつれ、流石に手を繋いだりはしなくなった。だけど、それでも俺の隣にはあいつがいた。
でも、未だに幼馴染っていう距離感のまま。
俺達の関係は、もう変わらないんだろうか?
やっぱりあいつも、こんなチビが恋人なんて、考えもしないんだろうか?
はぁ……。俺、恋愛に向いてないのかもなぁ。
実際、お土産の件だってそう。
流石にこの時間だし、あいつもお土産を見たはずだろ。だけど、LINEのひとつも入ってないのを見ると、呆れて物も言えなかったのかも。
そういうセンスがない男なんて、誰も好きになんてならないか……。
ネガティブな感情が重なりすぎ、俺は力なくベッドにうつ伏せに倒れた。
そんな事で気持ちが晴れるわけもないけど、同時に諦めの気持ちは強くなる。
この身長差。どうあがいたって、俺とあいつが並んでても恋人になんて見えるわけ──。
──「ねえ、ハル君」
──「ん? どうしたんだ?」
──「えっとね。その……今のあたし達って、周りからどう見えるかな?」
……そういえば。返事をできないまま終わったけど。美桜のあの問いかけ、結局どういう意味だったんだろう。
やっぱり、何時になく着飾ってたし、アイドルっぽいとか見られてるって話だったのか?
いや。あいつはそう見られる事を、わざわざ喜ぶほど自意識過剰じゃないと思う。
だとしたら、やっぱり恋人って言われたかった?
……いや、流石にそれはないか。それはただの俺の願望だ。美桜が俺を好きだったら、もう少し匂わせがあってもいいはずだし。
……待てよ? 確かあいつ、あの時少しモジモジしてたよな。
それって恥ずかしいことを尋ねたって事なのか?
別に幼馴染って言われても恥ずかしくないよな? ってことは、やっぱり恋人?
いや、アイドルって言われても恥ずかしいか。にしても、そんな回答を期待しそうにない美桜が、なんであんな態度を見せたんだ?
あの時を思い出すべく、再び手にしたプリを見る。
美桜の少し恥ずかしそうな笑みを見ながら、ふっと俺は自分の理想を頭に思い描いてしまう。
──「あたし達、こ、恋人に、見えるかな?」
……美桜にそう言われてみたい。
言われてみたいけど、絶対あいつ、こんな事言わないだろ。
──「あれー? ハル君、変に意識しちゃった?」
なんて、すぐにからかわれるに決まってる……けど、そんなあいつも可愛くはあるよな。って、そうじゃない! 今は妄想したいんじゃない! 答えが知りたいんだって!
めちゃくちゃ気になるけど、既にタイミングを逸してるし、あいつに尋ねるにもいかないよな。
ほんと、なんであの時、人だかりに目がいったんだよ。
あれがなかったら理由もわかったはずなのに。
美桜の奴、本気でなんて言われたかったんだよ。
──「勿論、恋人に決まってるじゃん」
──「ハル君何考えてんの? 幼馴染に決まってるじゃん」
脳内に現れた、イマジナリー美桜。
方や恥ずかしげに。方や呆れたように口にする二人のあいつ。
「くっそーっ! どっちなんだよーっ!?」
勝手に妄想で悶えた俺は、その後もずっとこの答えを出せずにベッドでずっと悶え続け……。
──翌朝。
俺は思いっきり寝坊した。
◆ ◇ ◆
プルルルルルルー
駅のホームで、出発のチャイムが鳴り始めた瞬間。俺と美桜は何とか電車に飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……。間に合って、良かったー」
「やっぱ、きっつ……」
互いに前屈みになって、息を切らす俺達の視線の先で、ドアがゆっくりと閉まるのを見ながら、互いにほっとした顔をする。
「でも、まさか、ハル君が寝坊するとか、思わないじゃん」
「わ、悪い。でも、先に行けば良かっただろ?」
「やだ。一人で通学とか、つまらないし」
ふぅっと大きく息を吐き背筋を正した美桜が、近くのつり革に掴まりこっちを見る。まだ少し息が切れ切れ。額に汗も浮かんでる。
こうやって一緒に通学したいって言ってくれるのは、俺にとってめちゃくちゃ嬉しい話。だからこそ、自分のやらかしで迷惑をかけるのは忍びない。
「だからって、それでお前に迷惑をかけるのは、悪いだろ」
何とか俺も息を整え、何とかあいつの脇に並び吊り革を掴む。
そのまま顔を上げると……あいつは、ハンドタオルで汗を拭うと笑顔を見せた。
「入学式の話もあったじゃん。お互い様だよ」
……ほんと。やっぱ美桜は最高の幼馴染だ。こんなに優しい奴、そうそういないって。
自然と釣られて笑みを浮かべた俺だけど、素直になれるかは別。
「この後の地獄階段、走り終えてもそう言えるのか。楽しみだよ」
「げっ! そうだったぁ……」
電車が駅に着いてからが本番。
皮肉交じりにそんな現実を突きつけてやると、美桜は思いっきり肩を落とす。
「悪いけど、遅刻する気はないからな。ちゃんと付いてこいよ?」
「うっへー。ハル君マジで言ってる?」
「当たり前だろ」
「はぁ……。はいはい。わかりましたよー」
諦めたのか。ぶっきらぼうに返事する美桜を見ながら、俺が笑っていると、ふとあいつの鞄にぶらさがっている何かが目についた。
あれは……。
「美桜」
「ん? どうしたの?」
「それ、わざわざ鞄に付けたのか?」
そこにぶら下がっていたのは、俺があげたお土産のお守り。
お土産を付けているって事は、喜んではくれたのかもしれないけど。堂々と『恋愛成就』と書かれているそれをぶら下げるのって、結構勇気がいらないか?
そんな俺の疑問に、あいつはまたニコっと笑う。
「うん。ハル君が折角願掛けしてくれたんだし。それにあそこの御守りってJKにも人気高いから、みんなに自慢しようかなーって」
「自慢って。そんなのぶら下げてたら、お前が恋にがっついてるみたいに思われないか?」
「別にいいじゃん。ハル君があたしの為に、お土産にくれたんだーって言うだけだし?」
は? なんで俺があげたなんて言う必要あるんだよ。
流石にお守りをお土産にしたなんて周囲に知られたら、センスのなさで馬鹿にされるに決まってるじゃないか!
「わざわざそこまで言わなくっていいだろ。 そこは隠しとけよ」
「やだ。あたしが自分で買ったんだー、なんて言ったら、それこそがっついてるみたいじゃん」
おいおいおいおい。確かにそうかもしれないけど、それじゃこっちが困るんだよ!
「いや、マジで勘弁してくれよ」
「だーめ」
「なんでだよ!?」
「だってー。ハル君がお祈りしてくれた通り、ちゃーんとあたしを幸せにしてくれる人と結ばれたいし。だったら、ハル君の優しさもアピっとかないとじゃん」
焦りだした俺を見て、美桜がこっちにウィンクをしてくる。
「おい! そんなのどうでもいいだろって! お前は勝手に幸せになっとけよ!」
「嫌ですー! あー。学校のみんなの反応が楽しみだなー。きっと、素敵な幼馴染を持つと違うよねーって、みんながハル君を褒めてくれるかもよ?」
「そんな言葉なんて要らないから。頼むから止めろって!」
俺の剣幕に動じる事もなく、細目でにっしっしっと笑い始める美桜。
うわー。これ有言実行する気だろ。ったく……。
「買わなきゃ良かった……」
うなだれた俺の耳に届く、くすくすっと笑う声。
「こないだも言ったけど、もう返さないかんね。あたしも幸せになれるようにーって、お守りに祈ってるし」
「はいはい。わかりましたよー」
まるでさっきのあいつみたいに拗ねたように口にする。
ほんと、やっぱり失敗した……って、あれ?
「なあ」
「なーに?」
「なんで、お前が幸せにしてくれる人と結ばれるために、俺の優しさをアピる必要があるんだ?」
そう。それだ。
普通に聞き流しそうになったけど、それってどう繋がるんだ?
こっちの質問を聞いたあいつがギクッとすると、露骨に目を泳がす。
「あ、えっとー。ハル君が優しいってわかったらー、ハル君も幸せになれるかもしれないじゃん?」
「いや、そもそもそれとこれとは別の話──」
「べ、別じゃないってー。あたしは、ハル君の恋も応援したいし? ハル君がいい人に見られたら、周囲の女子がほっとかないかもしれないじゃん?」
「いやいやないだろ。こんなチビ相手に」
「そんな事ないってー。ハル君はこんな大きなあたしの為に、わざわざ祈ってくれたじゃん。だから、あたしもお守りに祈ってるの。ハル君が幸せを感じる相手と結ばれますようにって。そのためには、みんなにハル君がキレキャラじゃなく、優しくっていい人なんだーって思ってもわらないとだし」
「うーん……そんなもんか?」
「そんなもんそんなもん。ハル君を一番知ってるのはあたしだもん。だからー、ちゃんと魅力を伝えてあげる」
こっちを見下ろしながら、また笑顔に戻る美桜。
……うーん。
正論のような、そうでないような。
なんとも煮えきらない気持ちになったけど、あいつが俺のことを思ってくれているのが少し嬉しくなって、それ以上言及するのはやめた。
まあ、俺はお前といられれば幸せだしな。どこまで続くのかわからないけど。
「そういえば。ハル君はお守り買わなかったの?」
「ああ。買ってない」
嘘だ。買ってあるし、何ならお守りの中にあいつとのプリを忍ばせて願掛け済み。
表で堂々と見せるのが嫌で、鞄の小さなポケット部分に入れて、目につかないようにしてあるだけ。
だけど、流石にそれをこいつに知られるわけにはいかない。
俺の嘘を聞いて、美桜がすごく残念そうな顔をする。
「そっかー。ざーんねーん。お揃いもありかなーって思ったのに」
「俺はお前と違って、恋にがっついているって思われたくないんだよ」
「別にがっついてませんー。ま、それだったらー、今度あたしが恋愛成就のお守り、買ってきてあげる」
「は? そんなの要らないって」
「遠慮しないのー。お互い身長に難ありだけど、ちゃーんと幸せになろ?」
にこにこと笑うあいつの笑顔が、電車の窓から入ってくる陽の光に照らされより輝く。
……ちっ。やっぱ可愛い。
身長差なんて関係なく、側にいてほしいくらいには。
「ま、考えとく」
見惚れそうになる気持ちをぐっと抑えた俺は、ぶっきらぼうにそう返事をすると、車窓から見える景色に目をやった。
……あとどれくらい、美桜とこうしてられるだろう?
あいつが誰かと結ばれたら、どうなるんだろう?
……ま、考えたって無駄だな。
まだ恋が破れるって決まったわけじゃないんだし、今はこの幼馴染って関係でもいいから、あいつの側にいよう。
そうしたら、何か変わるかもしれないし……。
結局、この身長のせいで自分から踏み込めない情けない自分。
だけど、それでも美桜の隣にいられるこの時間に、ちょっと幸せな気持ちになっていた。
──その後の学校までのダッシュで、そんな気持ちは吹き飛んだけど。
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いやぁ、年末コロナに罹って最後が書ききれてなくて申し訳ございませんでした。
ということで、本作の前編はこれにて終了です。
一旦カクヨムコン等々のコンテスト向け目標である10万文字は前話で超えているので安心ですが、後編はまた書き溜めてから更新したいと思いますが、色々とあって1~2月の更新は難しそうです。
ということで、後編はもうしばらくお待ち下さい!