ヤツガミ様は毒を好む。
だからヤツガミ様の活力がみなぎる新月の夜、こうして毒を捧げるのだ。
その際に『毒巫女』と呼ばれる巫女が、ヤツガミ様の前で毒を飲むのが神事となっている。
この供物が本物なのだと示すためらしい。
毒巫女が飲まされる毒は多種多様だ。
今日のように痺れ毒の時もあれば、目が見えなくなる毒や吐き気が続く毒もあった。
昔は薄めた毒を飲んでいたらしい。
だがひな乃が毒巫女を任されてから、薄まった毒など飲んだことがない。
「あれ、この毒は薄めないのか?」
「いいんだよ。新しい毒巫女は、ほら……」
「そうだったな」
と使用人達が話しているのを聞いたことがある。
その話の通り、いつも必ず気を失うような濃い毒ばかりだった。
本来ならば神聖な毒巫女は、当主の娘である茜の役目だ。
だが愛娘を苦しませたくないという当主の思いから、ひな乃があてがわれたらしい。
ひな乃が毒巫女であることは、当主と一部の人間のみしか知らない。
茜は毒巫女の存在すら知らないのかもしれない。
最初からひな乃は、この毒巫女の役目を果たすために拾われたのだ。
当主に毒巫女の役目を担うよう迫られたのは、ひな乃が十歳になった頃だった。
『誰が裏切り者の娘を拾いたがる? お前は喜んでこの役目を果たすだろう? この八久雲家に多大な恩があるんだからな!』
その言葉にひな乃はただ頷くことしか出来なかった。
それからもう八年。
毎月やってくる新月の日は、地獄の日だった。
茜や他の使用人にされる意地悪など、この苦しみに比べたら些細なことだった。
気がつくと、ひな乃は物置小屋にいた。
あぁ、終わったのだ。
ひな乃は長いため息をつく。
ご丁寧に赤い着物ははぎ取られ、いつものボロボロの着物を着せられていた。
そろそろと身体を動かしてみると、まだ少し痺れが残っている。
もう少し時間がたたないと痺れはとれないだろう。
だか休んでいる暇はない。
小屋の窓の外を見ると、空が明るくなっている。
もう庭掃除の時間をとうに過ぎている。
お屋敷内の掃除に向かわなければならない。
ひな乃はうまく動かない身体を引きずって、よろよろと屋敷の本邸へと向かう。
どんな毒を飲まされても、日々の仕事が減らされることはないのだから。
こうして、またひな乃の日常が始まるのだった――。
ある日、昼間にもかかわらずひな乃は屋敷の中にいた。
茜に呼び出されたのだ。
「ねえ、あんたに荷物が届いてるんだけど! どういうこと?」
玄関に連れてこられたひな乃は、苛立つ茜の前で首を傾げた。
「え? 私宛に、ですか?」
「そう言ってるでしょう? あんた、外に知り合いなんていたの?」
「い、いえ……」
足元に投げて寄越された箱を拾い上げてみても、確かに送り主の名前がない。
ただ『月守ひな乃様』と書かれている。
「ふぅーん、じゃあ私が開けてあげる」
「あっ!」
茜は荷物を奪うと、乱暴に箱を開けた。
箱の中には鞣革で作られた小箱が入っている。
「あら、なによこれ。高そうじゃない。……まぁ! ペンダントだわ!」
その中には懐中時計のようなペンダントが入っていた。
時計のような文字盤はなく、代わりに銀で出来た小物入れがついている。
そこには小さな宝石がたくさん散りばめられており、キラキラと七色の光を放っていた。
一目で高価な物だと分かる。
茜は自分の首にペンダントをあて、満足そうに微笑んだ。
「綺麗じゃない。あんたには勿体ないわ。私が貰ってあげる」
「だ、駄目ですっ!」
ひな乃の言葉に、茜も聞き耳を立てていた使用人たちも目を丸くした。
まさか反論するとは思わなかったのだ。
ひな乃自身もまた、自分から発せられた言葉に驚いた。
初めて反論の言葉を出したひな乃は、恐怖よりも送り主への礼節で頭がいっぱいだったのだ。
送り主は誰か分からない。
だけど私のために贈り物をしてくださる方がいるなら、失礼なことはしたくない。
誰かから物を貰うのは初めてだったひな乃。
送り主の気持ちを踏みにじりたくないという気持ちが、思いのほか大きかったのだ。
一方の茜は、ひな乃が言い間違えたのだと思っていた。
ところがひな乃が一向に発言を訂正しないため、目をつり上げた。
「はあ? あんた何言ってるの? 私に逆らう気?」
「ど、どなたかは存じませんが、私に贈ってくださったのです。その方の気持ちを踏みにじりたくないのです。どうかお返しください。どうか……」
よろよろと座り込んで額を地面につけるひな乃。
震える唇で「お願いします」と懇願した。
だが茜にとって、ひな乃の土下座には何の価値もない。
「馬鹿なこと言わないでちょうだい。あんたの物は私の物でもあるんだから」
そう言って、つまらなそうにペンダントの小物入れを開けた。
「あら? ふふふっ。なんて素敵な贈り物なの!」
その中身を見た茜は、ひどく口を歪ませて楽しそうに笑っている。
ひな乃が不安げに頭を上げると、茜は目を細めた。
「確かにこれはあんた宛みたいね。あはははは! 私はとても優しいから、返してあげるわ。ほら、ちゃーんと受け取りなさい!」
目の前に差し出されたペンダントには、小さなガラス瓶が入っていた。
ガラス瓶の中には銀色の液体が入っている。
「中に入っているのは猛毒よ。すぐに分かったわ。ふふふっ、誰かがあんたに飲ませたくて、わざわざ送ってきたのね!」
八久雲家の能力者は、ひと目見ただけで毒の判別が出来る。
茜の反応からして、これは本当に猛毒なのだろう。
ペンダントを持つひな乃の手がガタガタと震えだす。
「あんたって、八久雲以外にも恨みを買っていたのね! 本当おもしろーい。さすが裏切り者!」
ひな乃には知り合いなどいない。
恨みを買うような相手もいないはずだった。
誰が、何のために……。
ひな乃の心は沈んでいった。
八久雲家だけじゃない。この世の全ての人から疎まれているのだと、そう思った。
ひな乃が絶望に打ちひしがれているのを見た茜は、面白いことを思いついたように「そうだわ!」と言って手をパンと叩いた。
「ねえ、これ飲んでみなさいよ」
「え……?」
「送り主の気持ちを踏みにじりたくないんでしょ? だったら飲んであげないと。……ちゃんと死んであげないと、ね?」
ほら、と差しだされた液体を見る。
銀色の液体はこの世のものとは思えないくらいキラキラと輝いていた。
綺麗……。
ひな乃はその液体をじっくりと見つめる。
ゆらゆらと動くたびに煌めきが変化していく様子が、とても美しかった。
これを飲んで終わりにしても良いかもしれない。
もう生きていたって……。
ひな乃はガラス瓶の蓋を開け、そっと中身を飲み干した。
銀色猛毒は、毒巫女の神事で飲んだ毒ほど不味くはなかった。
むしろ、どこか懐かしい味だ。
辛い生活がこんな風に終わるのなら悪くない。
そう思えた。
「本当に飲んじゃったのー? あーあ、死んだらお父様に叱られちゃうわ」
茜が何か言っていたが、ひな乃の耳には届かなかった。
――あれ、なんだか暖かい。物置小屋じゃないみたい。
ひな乃が目を開けると、目の前には見知らぬ天井があった。
ゆっくりと起き上がってみるが、身体は軽く、毒を飲んだとは思えない程だった。
そうだ、私は猛毒を飲んで……。
「ここは……極楽?」
「ここは俺の家だ」
横から声がして、ひな乃は飛び上がるほど驚いた。
「だっ誰、ですか? 私はどうしてここに? ここは何処ですか? 私は八久雲の屋敷にいたはずでは? っ……ゴホッ」
驚きのままに疑問を口にすると、乾燥していた喉が張り付いてむせ返ってしまう。
男はひな乃に水を差し出して「飲め」と促した。
「少しは落ち着け」
「あ、ありがとうございます」
水を飲んで一息つくと、男が少し微笑んだように見えた。
男は艶やかな長い銀髪を一つに束ねており、黄金の瞳を持っている。
まるで異国の人のような風貌だ。
「俺は柊(ひいらぎ)。ここは俺の家。下の階で甘味処を営んでいる。……八久雲からお前を引き取った」
柊と名乗る男は、ひな乃の疑問に一つずつ答えてくれた。
それでも状況は全く飲み込めない。
「か、甘味処? えっと、私を引っ取ったのですか? 八久雲家から? でも、だって私は……死んだはずじゃっ!」
猛毒を飲んで、確かに死んだはず。
ひな乃はその時を思い出して身を震わせた。
銀色の液体を飲み干した時の喉が冷たくなっていく感覚。
身体がじわじわと冷たくなっていく感覚。
思考がだんだんと落ちていく感覚。
一度味わったら二度と味わいたくない、死の経験だった。
柊と名乗った男はひな乃の言葉に驚きもせず、当然のように頷いた。
「そうだな。お前は確かに一度死んだ。俺と会った時には心臓が止まっていた」
さらりと返され、ひな乃は息を呑む。
「じゃ、じゃあ、今の私は何なのですか? ゆ、幽霊なのですか?」
死ぬ間際に、未練などなかったはず。
それなのに、まさか化けて出てしまうなんて……。
恐る恐る尋ねると、柊は首を横に振った。
「お前は生き返ったんだ。八久雲がお前を捨て、俺が拾った後にな。それだけのことだ」
「生き返った? そんなことが? ……なぜ私は生き返ったのでしょう?」
ひな乃の質問に柊は答えなかった。
懐から見覚えのあるペンダントを出し、ひな乃にかける。
あの猛毒が入っていたペンダントだった。
小物入れの部分には空のガラス瓶が入っている。
キラキラと輝くペンダントは、初めて見た時と変わらずとても綺麗だった。
ひな乃はペンダントを手に乗せてぼんやりと眺めた。
死んでしまえば良かったのに。
生き返ったって、仕方ないのに。
ひな乃の心は沈んでいった。
柊の言葉が本当なら、あの死の苦しみは無意味だったということなのだから。
「お前、この中身を飲んでしまったのだな」
その声は優しく、そして悲しそうだった。
「はい」
ひな乃の答えに、柊は力なく笑う。
「そうか。ならばここにいてもらう。逃げようとしないことだ」
「どうしてですか?」
柊はまたも答えなかった。
この人がペンダントの送り主なのだろうか。
どうにも毒を送ってくるようには見えない。
この人は一体何者なのだろう。
ひな乃がじっと見つめると、柊はふっと顔をそらした。
そして、「飯の支度をしてこよう。なにか食べろ」と言いながら立ち上がった。
ひな乃は混乱していたが、柊の悲しげな様子が気になった。
「あ、あの、旦那様」
ひな乃が思わず呼び止めると、柊はピタリと動きを止めた。
「柊でいい」
背を向けていて表情は見えなかったが、声は柔らかかった。
悪い人には思えない。
どんな理由であれ助けてくれた人だ。
ひな乃は正座して頭を下げた。
「柊様……拾ってくださってありがとうございます。私は捨てられ、貴方に拾われた身。どうか何でも命令してください」
ひな乃は柊に仕えるつもりで礼をした。
八久雲家に捨てられ、この人――柊様に拾われたのだ。
ならばこの身は柊様のもの。どんな命令でも聞きます。
それはひな乃の本心だった。
ひな乃自身、生き返ったらしいこの身を持て余している。
誰かに仕える生き方しか知らないひな乃は、こうする以外の方法を知らないのだ。
八久雲家より柊様の方がお優しい。
どうぞお使いください。
ひな乃はずっと頭を下げていたが、柊は黙っていた。
そっと頭を上げると、何やら柊は考え込んでいた。
「柊様……? 私、何か失礼をしてしまいましたか?」
おずおずと尋ねると、柊は微笑んで首をふった。
そしてひな乃の前に座り直し、ひな乃の頭をそっと撫でた。
「お前はこの屋敷にいれば良い。敷地内から出るときは俺が同行する。その他のことでお前を縛るつもりはない。あとは好きにしろ」
困ったように笑う柊。
「だが自由はないのかもな。お前は呪われてしまったんだ……俺にな。だからもう逃れられない。諦めてここで暮らしてくれ」
そう言って柊は再び立ち上がる。
柊が部屋から出ていくのを、ひな乃はじっと見つめていた。
どうして泣きそうな顔をしていたの?
柊がなぜそのような表情をするのか、ひな乃には分からなかった。
「飯だ。食べろ。三日前から何も食べていないんだからな」
柊が持ってきたのは芋の入ったお粥だった。
柊の口ぶりからすると、死んだのは三日前のようだ。
三日間も食べていなければ、どうしようもなく腹が減る。
お粥の匂いが鼻をくすぐると、腹がぐうぅと音を立てた。
ひな乃は慌てて腹を押さえる。
目の前のお粥は、どう見ても出来立てだ。
ひな乃は内心戸惑っていた。
「あ、ありがとうございます。これを、食べていいのですか?」
お粥を指差し困惑のままに尋ねるひな乃。
柊は解せないといった表情で頷いた。
「そう言っているだろう?」
「でも……まだ温かいし、出来立てのようですよ。どなたかの食事とお間違いではないでしょうか」
使用人が出来立ての料理を食べるなど、あり得ないことだ。
お粥が乗ったお盆をそっと押し返すと、柊は不思議そうな顔をした。
「お前のために作ったのだから当然だろう? 何を言っているんだ? ほら食べろ。皿はその辺に置いておいておけ。後で取りにこよう」
「え……? あ、ありがとうございますっ!」
どうやら目の前のお粥は、本当にひな乃が食べてもいい物らしい。
柊が去った後、ひな乃はそっとお粥を一口食べた。
「……美味しい」
温かい食事を食べたのはいつぶりだろうか。
じんわりと身体が温かくなっていく。
「本当に生きてるんだ、私」
死んだはずだったのに、見知らぬ人の家でお粥を食べている。
この世に別れを告げたはずなのに――。
よく分からない状況なのに、ひな乃の心はだんだんと軽くなっていった。
一口、また一口……。
ゆっくりと味わって食べる。
食べることで、自分が生きていることを実感できた。
「まだ食べていたのか。すまない、来るのが早かった」
しばらくすると柊が戻ってきた。
ひな乃がまだ食器を持っているのに気づくと、彼は気まずそうに目線をそらす。
「今食べ終わりました。あの、とても美味しかったです。温かくて、優しい味で……。今まで食べた食事の中で一番美味しかったです!」
あまりの美味しさに、ひな乃は興奮気味に感謝を伝える。
柊は少し嬉しそうに口角を上げた。
「そうか」
盆をもって立ち去ろうとする柊。
ひな乃は思わず彼の着物の裾をそっと掴んだ。
「お待ちください! あの、お願いがあるのですが……」
翌日、ひな乃は柊が営む甘味処にいた。
『私に仕事をくれませんか?』
昨夜そうお願いしたひな乃は、甘味処の給仕の仕事を手に入れたのだ。
寝床と食事までもらったのに、寝てばかりはいられない。
何もせずに過ごすというのは、居心地が悪かった。
だからどうしても働きたいと願い出たのだ。
――甘味処 月
それは日暮れから夜更け頃までしか営業していない、とても不思議な店だった。
静かな夜にひっそりと灯りがともる店――月。
数席だけの小さな店内には、品の良い装飾が施されている。
席に着くと、不思議と安心感を覚える場所だった。
給仕の仕事もいっても客は来ず、ひな乃は仕方なく掃除をしていた。
「客が来ないときは座ってろ。掃除は開店前に済ませてある」
「では別の仕事をください」
ひな乃が間髪入れずにお願いすると、柊はため息をついた。
「お前な……。分かった、少し待っていろ」
柊は厨房へと入っていき、しばらくしてから何かを持って戻ってきた。
柊はひな乃を席につかせると、目の前に二つの皿を置いた。
「これは一体……何なのでしょうか」
「みつ豆と芋ようかんだ。食べて味の感想を。それが仕事だ」
みつまめ? いもようかん?
これが、甘味というもの?
ひな乃が甘味を見るのは初めてだった。
けれどもこれは仕事。
そう言われれば、食べて感想を述べなければならない。
先ほど「みつ豆」と呼ばれていた甘味を一口すくい、パクリと食べてみる。
途端に目を丸くするひな乃。
「甘い……! とても、美味しいです」
「そうか。それで?」
「え?」
「もっと詳しい感想は?」
柊の大真面目な顔を見て、ひな乃は必死に頭を働かせた。
「えっと、この透明な物は食感がさくさくと軽くて良い、気がします。小豆も甘くて柔らかくて、この白い餅のようなものと良く合ってます……。渋めのお茶と一緒に食べたら、もっとたくさん食べられそう、です……」
ちらりと柊の方を見ると、彼は真剣にひな乃の感想を書き留めている。
「あの……こんな感想でよろしいのですか?」
ひな乃の問いかけに柊が顔を上げた。
その瞬間、ひな乃は時が止まったように思えた。
彼の表情は、とても満ち足りていて美しかったのだ。
「良い感想だ。この透明のものは寒天。餅のようなこれは求肥だ。少し甘めかもしれんな。単品で食べるならもう少し……」
柊はひな乃に説明しながら、また何かを書き始める。
下を向いてくれて良かった。
あのまま見つめられたら、吸い込まれてしまいそうだもの。
ひな乃は胸を撫で下ろし、深呼吸をした。
――柊様は私に対して恐ろしい顔を向けてこない。
誰かと話す時、睨まれたり顔をしかめられたりするのが当たり前だったひな乃。
柊が優しい表情や満足そうな顔をするのが、とても新鮮に感じられた。
「次、こちらの芋ようかんも頼む」
「は、はい」
結局ひな乃は甘味を食べさせられ、感想を求められただけだった。
これは本当に仕事なのだろうか。
ひな乃には理解できなかったが、柊は大変満足そうだった。
「明日も頼めるか?」
「私で良ければ……」
そう言った柊の表情は期待に満ちており、当然ひな乃は了承した。
ひな乃にとって、柊は掴みどころのない不思議な人物だった。
温かい食事をくれて、甘味まで食べさせてくれる。
柔らかなお布団で寝かせてくれて、簡単な仕事を言いつけるだけ。
柊様は呪いだと言っていたけれど、こんな幸せな呪いがどこにあるというの?
ひな乃は首を傾げるばかりだった。
まるで普通の人だ。自分ではないみたい。
ひな乃は甘味処の窓ガラスに映る自分の姿を見て、思わず二度見してしまった。
窓ガラスにはきちんとした服装の給仕が映っている。
ガラスに映る人影を見ながらぎこちなく笑ってみたり、手を振ってみたりした。
そこに映っているのは間違いなくひな乃自身だった。
柊のもとで暮らし始めて二週間。
だんだんと生活習慣をつかみ始めていた。
ひな乃は夕方起床し、甘味処の掃除をする。
甘味処の中で軽く食事をとった後、店を開ける。
甘味処には客がほとんど来ない。
時折訪れる客は物静かな常連ばかり。
ひな乃の仕事は注文を聞くことと、柊の作った甘味を運ぶことだけだった。
夜更けに店を閉めると、試食会が始まる。
柊が試作した甘味を食べて感想を伝えるのだ。
それがひな乃に与えられた仕事の全てだった。
「そろそろ食事にしよう」
「はい。すぐ行きます」
仕事を終えると食事の時間だ。
食事は全て柊が用意しており、仕事を終えた後に二人で食べる。
ひな乃はここに来てからずっと食べてばかりいた。
こんな生活をしていて良いのかしら。
ひな乃は毎日疑問に思っていた。