志望校に合格した、春。
 芳野結陽(よしの ゆうひ)が四歳年上の瀧朔太郎(たき さくたろう)に合格祝いをねだったら、速攻で朔太郎から真新しい制服の襟元を締め上げられた。
「なんで合格祝が添寝なんだよ」
 こうやってシバかれるの久しぶり。
 結陽は首が苦しいのになんだか嬉しくて、目を細めて笑っていたら朔太郎の手に力が込められた。息が止まって慌てて相手の手を振りほどいた黄昏れ時。
 大学の講義終わって帰宅したと連絡をくれた朔太郎の家に入学式後に立ち寄った、玄関先。夕陽が美しく辺りを染めていた。

玲伊(れい)君にはしてんじゃん」
 咳込みながら結陽が言うと、朔太郎は色白の頬を少し朱くして玄関扉を背にしたまま小さな声で返答する。
「それはまぁ。佐倉とはそういう関係だから」
 朔太郎が上目遣いで目を逸らした顔を見た結陽はまた、(もだ)えた。

 可愛い。悔しい。可愛いすぎ。
 佐倉玲伊コノヤロウ。


 結陽は朔太郎の恋人とは仲良くしたいと思っているし、朔太郎が好きになるだけあって玲伊はいいヤツだと思う。好感も持てる。
 だけどこんなに可憐な朔太郎の表情を目の当たりにしてしまうと、ポシティブシンキングのキングとも言われている結陽を持ってしても玲伊に対しての感情が複雑に捻じれてしまう。

 いいなぁ。こんなサクの顔、いっぱい見てんのかよ。
 朔太郎と同じ大学に入りやがって。
 俺が追っかけて入学しても朔太郎は社会人になっちゃってるもんなぁ。ってキャンパスで二人が一緒に居るのを見たくないよなぁ。 
 おぉなんだこの黒っぽい感情は?

 結陽は馴染みのないモヤモヤ感を持て余し、意識して気持ちを明るく切り替えた。
「プライベートゾーンには触らないから。お願い」
「小学生の性教育みたいに言うの止めろ」
「いやほんと。サクにくっついて一日寝るだけ。そしたら俺、高校生活すっごく前向きにスタート切れっからさ。玲伊君には俺から説明するから、お願い」
 結陽は手を合わせて懇願する。

 片想いが長すぎた。
 想い人に想い人が出来ても、全力で追いかけてここまで来た。
 朔太郎よりも好きになれる相手が、出てきますように。
 淡く咲くソメイヨシノの花びらを見上げながら今日は高校の正門をくぐった。
 大丈夫だ。きっとそんな相手に出逢える。
 女子なのか男子なのか、今のところ分かんないけど。


 だから。前に進むために一度は一緒に朝を迎えてくれよ朔太郎。

 
 そうやって一緒に朝陽を見たら、その日に片想いを夕陽に溶かして一緒に沈めちゃうからさ。