二本柳旭君(仮名)は、2年生で同じゼミになり、意気投合した友人です。
私と同じ青森市出身で、私も二本柳も実家から山の麓にある市内の大学に通っていました。彼も私も地元の祭りが大好きで、顔を合わせれば祭り談義に花が咲くよき友人でした。
当時、二本柳も心理学の講義をとっていたので、レポート用の聞き取り調査をさせてほしいと頼むと、「面倒だばってお互い頑張ろ」と笑って快く協力してくれました。
二本柳は「明確に『偽りの記憶』とは言い切れないけど、『今考えればあれはなんだったんだ』と思う出来事」と前置きした上で、こんな話を聞かせてくれました。
二本柳が小学生のときのことです。彼が通っていた小学校には、「隠語の校内放送」というものが存在したそうです。これは自分の母校にもあったし、あなたの通っている学校、あるいは通っていた学校にもあるかもしれません。
例えば、校内に不審者が侵入したとき。このような緊急事態の際は、すぐに危険を全校児童に知らせる必要があります。しかし、「学校に不審者が侵入しました」とアナウンスしてしまうと、不審者を刺激したり、児童たちがパニックを起こしたりする可能性があります。
このような事態を避けつつ全校に危険を知らせるため、あえて直接的でない言葉を使ったアナウンスをするというものです。
例えば、「大きな荷物が届きました」とか、「校長先生、至急職員室にお越しください」とか。避難訓練で実際にこの放送を聞きましたが、異様な感じがしてかえって怖かった思い出があります(笑)。
最初二本柳が「それ」を聞いたとき、隠語校内放送の類と思ったそうです。
彼が、四年生の時のこと。昼の白い光がやさしい穏やかな給食の時間、普段と同じ放送委員の子の声で、こんなアナウンスが流れたといいます。
どんぐりさん、どんぐりさん、準備ができましたので、四年三組にお越しください。
奇妙だ、と思ったそうです。なんの前触れもなく、説明もなく、急に意味不明な放送が流れて、だけど誰も気にする素振りも見せなくて。
四年三組は、隣のクラスでした。
二本柳は聞こえた直後こそ「これは、緊急事態的なやつなのか」と思って警戒しましたが、先生が何も反応しないのを見て、危険が差し迫っているわけではないのだと安心しました。
同時に、もしかして、サプライズ的なやつかなあとも思ったそうです。先生たちが口裏合わせており、このあと全校児童が体育館に呼び出されて、なにか楽しいことでもあるのかな、と。
でも、結局なにもなかった。
次の日になっても、一週間たっても、何事も起きなかった。あの放送を話題に出そうとする友達は誰もおらず、時間が経つにつれてどんどん不気味に思えてきて、あれから随分時間が経った今でもときどき思い出してゾワっとする。二本柳は、淡々とそう言いました。
二本柳の小学校時代のクラスメイトたちは皆仲が良く、しばしば集まって飲み会を開くそうですが、当該校内放送について覚えている者は誰もおらず、放送委員だった者ですらさっぱりだそうです。
二本柳は心のどこかでずっとおびえていましたが、心理学の授業で「偽りの記憶」について学び、もしかしたらあの放送は実在しない出来事で、自分の脳が作り出した幻なんじゃないだろうかと思うようになったとのことです。
ただ、それにしてもどうして二本柳の中にそのような記憶が芽生えたのかは謎ですよね。
どんぐりさんって、誰なんだべな。
二本柳は、最後にそう言いました。
できることならもう一度、祭りの話がしたかったのですが。
私と同じ青森市出身で、私も二本柳も実家から山の麓にある市内の大学に通っていました。彼も私も地元の祭りが大好きで、顔を合わせれば祭り談義に花が咲くよき友人でした。
当時、二本柳も心理学の講義をとっていたので、レポート用の聞き取り調査をさせてほしいと頼むと、「面倒だばってお互い頑張ろ」と笑って快く協力してくれました。
二本柳は「明確に『偽りの記憶』とは言い切れないけど、『今考えればあれはなんだったんだ』と思う出来事」と前置きした上で、こんな話を聞かせてくれました。
二本柳が小学生のときのことです。彼が通っていた小学校には、「隠語の校内放送」というものが存在したそうです。これは自分の母校にもあったし、あなたの通っている学校、あるいは通っていた学校にもあるかもしれません。
例えば、校内に不審者が侵入したとき。このような緊急事態の際は、すぐに危険を全校児童に知らせる必要があります。しかし、「学校に不審者が侵入しました」とアナウンスしてしまうと、不審者を刺激したり、児童たちがパニックを起こしたりする可能性があります。
このような事態を避けつつ全校に危険を知らせるため、あえて直接的でない言葉を使ったアナウンスをするというものです。
例えば、「大きな荷物が届きました」とか、「校長先生、至急職員室にお越しください」とか。避難訓練で実際にこの放送を聞きましたが、異様な感じがしてかえって怖かった思い出があります(笑)。
最初二本柳が「それ」を聞いたとき、隠語校内放送の類と思ったそうです。
彼が、四年生の時のこと。昼の白い光がやさしい穏やかな給食の時間、普段と同じ放送委員の子の声で、こんなアナウンスが流れたといいます。
どんぐりさん、どんぐりさん、準備ができましたので、四年三組にお越しください。
奇妙だ、と思ったそうです。なんの前触れもなく、説明もなく、急に意味不明な放送が流れて、だけど誰も気にする素振りも見せなくて。
四年三組は、隣のクラスでした。
二本柳は聞こえた直後こそ「これは、緊急事態的なやつなのか」と思って警戒しましたが、先生が何も反応しないのを見て、危険が差し迫っているわけではないのだと安心しました。
同時に、もしかして、サプライズ的なやつかなあとも思ったそうです。先生たちが口裏合わせており、このあと全校児童が体育館に呼び出されて、なにか楽しいことでもあるのかな、と。
でも、結局なにもなかった。
次の日になっても、一週間たっても、何事も起きなかった。あの放送を話題に出そうとする友達は誰もおらず、時間が経つにつれてどんどん不気味に思えてきて、あれから随分時間が経った今でもときどき思い出してゾワっとする。二本柳は、淡々とそう言いました。
二本柳の小学校時代のクラスメイトたちは皆仲が良く、しばしば集まって飲み会を開くそうですが、当該校内放送について覚えている者は誰もおらず、放送委員だった者ですらさっぱりだそうです。
二本柳は心のどこかでずっとおびえていましたが、心理学の授業で「偽りの記憶」について学び、もしかしたらあの放送は実在しない出来事で、自分の脳が作り出した幻なんじゃないだろうかと思うようになったとのことです。
ただ、それにしてもどうして二本柳の中にそのような記憶が芽生えたのかは謎ですよね。
どんぐりさんって、誰なんだべな。
二本柳は、最後にそう言いました。
できることならもう一度、祭りの話がしたかったのですが。