短冊を回収し終え、広間から参加希望者の姿が消えると、朔哉の元へ台が運ばれて来た。朔哉は全ての短冊をそこへ並べる。そしてその上をゆっくりと撫でるように、手をかざした。
「ふむ」
 短冊のうちの数枚が、輝きを持ち始める。この紙は名を書きつけた者の浄力を測る特別な仕様となっていた。一万円の使用用途についての記述に意味はない。
「浄力は高ければ高いほどいい。だが、それだけでは龍神を相手にやり合えない」
 朔哉は輝きを放つ短冊をしなやかな指先で拾い上げ、傍らの者が捧げ持つ銀のトレイに並べていく。
「ほぉ……」
ひときわ輝く短冊を手に取り、その名を確認する。
「先ほど触れた手からも、かなりの力が伝わってきたが」
三つ編みを揺らしながら慌てて逃げて行った小さな背中を思い出し、朔哉は目を細めた。

 光乃の元へ大会の出場権獲得の知らせが届いたのは、翌日だった。



 ついに乙女たちによる、侯爵夫人の座争奪戦武闘会の日がやって来た。
「双方、前へ!」
 審判の声に、光乃は一歩踏み出す。光乃の様子を見て、対戦相手は慌てて前へぴょこんと飛び出してきた。
(第一試合目の相手は、初心者かな?)
 予想した通り、相手にはまだまともに打ち合えるほどの技量もなく、光乃はあっさりと一本を取って第一試合を勝利した。

「お疲れさん!」
 仕合を終えた光乃の元へ、正宗が駆け寄ってくる。大口を開けて笑いながら、小さな背をパンパンと叩いた。
「痛い」
「はは、悪い。けどまぁ、余裕だったな」
「うん」
 光乃は振り返り、涙をこらえてショボンと肩を落としている少女を見る。
「相手は剣術初心者だったからね」
「心得のないモンの大会に出るほど、侯爵様の奥方になりたいのかねぇ」
「とは限らないよ」
 光乃は首を軽く回す。
「お金が必要だったのかもしれない」
 私みたいに、との言葉は密かに飲み込んだ。
 その時、ぱちぱちと手を打つ音が耳に届いた。
「やぁ、光乃くん。素晴らしかったよ」
 現れた人物に、光乃と正宗は目を丸くする。
「戒籠寺朔哉、殿!?」
「朔哉様……」
 朔哉は光乃に近づくと、その小さな肩に触れる。そして火に触れたかのように、びくりと手を引っ込めた。
「?」
「あぁ、なんでもないよ。お疲れ様、光乃くん。次も頑張ってね」
 そう言って極上の微笑を向けると、朔哉はあっさりと去って行った。
「え? なんだ今の。激励?」
「かな」
「なんでわざわざお前に声掛けに来たんだ?」
「勝者の所に行くことになってるんじゃない? 自分の主催した大会だし」
 ふと、説明会の際に朔哉へ不躾な質問をしたことを光乃は思い出す。
「謝るの忘れちゃった」
「何が?」
「ううん。次に会った時でいいかな」



 帰路についた道すがらのことだった。
「なぁ、八条のお坊ちゃん、家宝の皿を割っちまったんだってよ」
(え?)
 立ち話をしている人の声が、光乃の耳を刺した。
「どうした光乃」
 足を止めて振り返った光乃を、正宗は怪訝な表情で見る。光乃は口元に人差し指を当てると正宗の腕を引き、物陰へと身を潜めた。
「おい、一体……」
「シッ」
 光乃は男たちの会話に耳を傾ける。
「八条って、子爵家の? ありゃあ……」
「あの皿があっての八条家なのになぁ」
(どうして……)
 事故だったとはいえ、皿を割ったのは光乃だ。だがなぜか彼らの間では、清一郎が割ったことになっているようだ。
「あそこの家は、ほら、なさぬ仲ってやつだろう?」
「あぁ、清一郎坊ちゃんの母君が亡くなったのはいつだっけ? 数年前に後妻(のちぞえ)を迎えたんだよな」
「その後妻さんがキツい方みたいでな。最近、男の子を授かったのをいいことに、家督を我が子に譲るよう子爵様に迫っているんだと」
(何それ、知らない)
 いつも嫌味たらしく突っかかってくる清一郎を疎ましく思っていた光乃だったが、ここに来て彼の境遇を知る。
 男たちの話は続く。
「そこで家宝の皿だよ。八条家の象徴ともいえる皿を割っちまったのを理由に、清一郎坊ちゃんを追い出せと、後妻さんがしつこく繰り返しているそうだ」
「どこの情報だよ」
「うちの娘が働いてんだよ、八条家で」
「なら、間違いねぇな」
 光乃の手が震える。先日、弟が生まれたという話をした時、表情を曇らせていた清一郎を思い出した。
「清一郎坊ちゃんがあの屋敷を追い出されるのも時間の問題かねぇ」
「華族の嫡子っつっても、安泰ってわけじゃないんだなぁ」

 男たちが立ち去ると、光乃はその場にへなへなと崩れ落ちた。
「おい、光乃。どうしたんだ、顔色悪いぞ」
「……ううん」
 正宗にそう返したものの、光乃の頭の中は今聞いた話でいっぱいだった。
(家宝の皿を割ったのが、清一郎ってことになってる? しかもそれを理由にあの家を追い出される? どうしてそんなことになってるのよ)