さらさらさら……

 背後から聞こえる微かな音に振り返ると、キラキラとしたものが、いくつも幾つも、まるで細い糸を作るかのように落ちてきていた。見上げれば、それは空から降るようにして、僕の目の前を通り過ぎていく。

 さらさらキラキラと落ちてくるそれを、そっと両手で受け止めてみた。手の中にだんだんと降り積るそれは、とても細かな粒子のようで、サンドパウダーを触っているかのように、さらさらと肌触りが良い。そして、ほんのりと温かかった。

 僕は手の中に降り積るそれを、ただ見つめていた。手の中に、こんもりと小さな山ができたころ、突然、遠くの方から声がした。

「おーい。やっと見つけた!」

 その声に、僕が顔を上げると、一人の男の人が、こちらへ慌てたように駆けてくる。その人は、僕の目の前まで来ると、仁王立ちで立ちはだかった。彼の手には、熊手のようなものが握られ、背には、大きな籠を背負っている。

 突然現れた彼を、僕はポカンと見上げた。そんな僕を、呆れたように見下ろしながら彼は口を開く。

「もう、なんでこんなところに居るんだ? 焦っただろ。きちんと俺のもとに来いよ」

 彼はそう言うと、くるりと踵を返し来た道を戻っていく。そうは言っても、至る所でサンドパウダーが、空からさらさらキラキラと涼しげな音と共に降っている。見渡す限りそのサンドパウダーが降り積り、道なんてものは全く見えない。それでも、彼はずんずんと進んでいく。

「待って」

 僕は大きな声を上げ、砂に足を取られながら彼を追いかける。僕の声に振り向いた彼は、仕方なさそうに肩を落とし、それでも歩みを止めてくれた。

「なんだ?」
「あの、ここはどこなの? それに、キミは誰なの?」

 僕の質問に、面倒くさそうなため息交じりの答えが返ってくる。

「ここはAsh clock(アッシュ・クロック)を作る場所。俺はアーシャ。お前のセンパイ」
「Ash clock? センパイ?」

 彼の言葉の意味がいまいち分からず、僕は首を傾げつつ彼の言葉を繰り返した。僕の反応の悪さに、アーシャと名乗った目の前の男は、訝しそうな顔をする。

「なんで何も知らないんだ? ちゃんと説明受けてきたんだろ?」
「説明?」

 きょとんとする僕の顔を見て、アーシャはガックリと肩を落とした。

「マジかぁ……イレギュラーが跡継ぎなんて、ツイてねぇなぁ……」
「い、イレギュラー?」

 アーシャはひと際大きなため息を吐くと、キッと顔を上げ、手にしている熊手を、僕にビシリと突きつけた。
「お前は、この世界ではイレギュラーと呼ばれる存在だ。本来なら、お前のような跡継ぎ候補は、この世界へ来る前に、これから、どういう仕事をしなければならないかの説明をきちんと受けてから、俺たちのもとに送られてくる。だけど、稀に、なんの知識もないままこの世界へやってくる奴がいるんだ。そういう奴を、この世界では“イレギュラー”と呼んでいる」

 アーシャは、息も付かずに一息に説明した。いきなり捲し立てられる言葉に僕の思考はなかなか追いつかない。

「……イレギュラー……」

 それだけをポツリと口にして、僕はぼんやりと周りを見回した。アーシャの言う“この世界”とは、この見渡す限りサンドパウダーの降り積る世界のことを言っているのだろうか。

 ぼんやりとしている僕に困り果てたのか、それとも、勢いよく喋りすぎたせいなのか、威勢の良かったアーシャの声は、ワントーン低くなり、どこか投げやりな感じで、愚痴が零れ落ちていく。

「あ~。くそっ。面倒くせぇなぁ。まぁ、イレギュラーって言ったって、前例がないわけじゃないし。俺のもとには跡継ぎ候補の連絡が来てたんだから、完全なる“処理漏れ”ってわけじゃないだろうけど。あ~、あとで、連絡かぁ。マジ、だりぃ」
「あ、あの……ごめんなさい」

 アーシャの愚痴を拾うように、僕は俯き頭を下げる。下を向いたまま砂に埋もれた爪先をじっと見つめていると、不意に、大きな爪先が視界に入ってきた。そして、ポンと大きな手が僕の頭に置かれる。ゆっくりと頭を上げると、僕を見下ろすアーシャと目が合った。

「まぁ、お前のせいじゃないから。気にすんな。行くぞ。お前は、イレギュラーだからな。仕事をゼロから教えなくちゃならないんだ。さっさと始めよう」
「あ、あの……」
「いいから、ついて来い!」

 アーシャは再び踵を返し、道のない道を歩き始めた。僕は、彼がサンドパウダーにつけた足跡をたどるようにして、そっと後について歩き出す。

 アーシャが無言で歩き続けるので、僕も口を噤み、周りを見ながら歩く。空から零れ落ちてくるサンドパウダーの降り積った道は、足を取られて歩きにくい。それでも、前を行くアーシャの後を追っているうちに、いつの間にか、さらさらキラキラとした音が聞こえなくなり、気がつけばサンドパウダーは落ちて来なくなった。

「今日は、この辺りだな」

 アーシャは爪先で地面を少し(えぐ)っている。そこは、先ほどまでの砂よりも少し硬そうに見えた。
「あ、あの、アーシャ……さん?……何をしているの?」

 僕の問いにアーシャは、背負っていた籠を降ろすと、熊手を僕に渡してきた。

「オレのことは、アーシャでいい。本来なら、この世界へ来る前に、仕事道具は自分で揃えてくるもんなんだが、……まぁ、お前は仕方ない。しばらくは、俺のを貸してやる」
「えっと……ありがとうございます」

 僕は、一応ペコリと頭を下げると、アーシャから熊手を受け取った。しかし、どうすれば良いのか分からない。熊手の柄を握りしめ、僕は、首を傾げた。

「あの、それで、これで何をすれば……」
「俺たちの仕事は、Ash clock(アッシュ・クロック)を作ることだ。今回は、ここの砂を集める」
「Ash clockって? さっきも、ここはAsh clockを作る場所だって言っていたけど……」
「質問には答えてやる。だが、まずは手を動かせ。その熊手で、ここの砂を掻き集めろ」

 アーシャは籠のそばに腰を下ろした。仕方がないので、僕は、アーシャに言われた通り、熊手を握り、屈んで砂を集め始める。しかし、砂はとても固い。ガジガジと熊手を動かす。力を入れても、削り取れる砂は、ほんの少しだ。

「結構、固いだろ?」
「……っはい」

 僕は、手に力を入れながら小さく頷く。

「ここの砂は、Ash(アッシュ)と呼ばれている。俺たちは、このAshを使って、時計を作るのが仕事なんだ」
「それが、Ash clock(アッシュ・クロック)?」
「そうだ」
「砂なら、さらさらの取りやすいものが、歩いてきた道に、いくらでもあったのに。なにも、こんな固いところを削らなくても……」

 僕は、砂の硬さに早くも根を上げそうだった。そんな僕を、アーシャは仕方のない奴だとでも言いたげに、ため息を吐く。

「それは、俺も仕事をしていて常々思う。だけど、さらさらのAshは、使えねぇんだ」
「なぜ?」
「お前、さらさらのAshを触ったか?」

 アーシャに問われ、僕は彼に会う直前に、手の中に降り積るように落ちてきたサンドパウダーの感触を思い出す。

「うん。さらさらで温かかった」
「そうか。じゃあ、今、削り出したAshを触ってみろ」

 アーシャは促すように顎をしゃくり、視線を、僕の手元に向ける。僕は、話をしながらもガジガジと動かしていた熊手を、そっと地面に置くと、ようやく少し削り出されたAshを両手で掬った。

 途端に、僕は目を見張った。削ったことで、さらさらの粒子にはなっていたが、温かいと思っていたそれは、とてもひんやりとしていた。

「冷たい……」
 アーシャは頷くと、今度は自身のそばに置いてある籠を指す。

「とりあえず、集めた分を籠に入れろ」

 指示に従い、僕は手の中にある冷たいAsh(アッシュ)を、自身の吐息で飛ばしてしまわないよう慎重に運び、掬うように合わせていた両手を、籠の中でそっと離した。Ashは、とても小さな音を、さらさらキラキラと奏でながら、籠の底へと落ちていった。籠に入れたAshが少なかったからか、降り積るどころか、それは籠の底で散り散りに舞い、見えなくなった。

 それでも、僕がAshを籠に収めたのを確認すると、アーシャは、再び顎をしゃくる。

「まずは、Ashを削って、籠に収める作業の繰り返しだ」
「うん」

 僕は指示されるまま、熊手のある場所まで戻ると、Ashを削り出す作業を再開した。その様子をしばらく無言で観察していたアーシャは、僕の作業に問題がないことを確認すると、再び口を開いた。

「どうして、さらさらのAshが使えないのか、なんだが……」
「うん」

 作業の手は止めずに、僕は、相槌だけで聞いている反応を示す。

「降り積ったばかりのAshには、記憶の残滓がまだ含まれている。だから、温かい」
「記憶の残滓?」

 僕は、アーシャの言葉が気になり、顔を上げた。アーシャは、僕の視線を受け止めると、1つ頷く。

「まぁ、いわゆる不純物だ。その不純物を含んだ状態でAsh clock(アッシュ・クロック)を作ってしまうと、残滓までも時計の中に閉じ込めてしまうことになる。だけど、長く堆積したAsh(アッシュ)には、残滓は含まれていない。長い時間をかけて、浄化されるからだ。だから、冷えて固まったAshを使うと、良い時計が作れる。分かったか?」

 アーシャの言葉に、僕は曖昧に頷く。

「う、うん。Ash clockを作るためには、どうして、硬いAshを使わないといけないかは分かったけど……」
「けど?」

 僕のはっきりとしない態度に、アーシャは眉根を寄せた。

「さっき、記憶の残滓って言っていたけど、それってどういうこと?……この世界は何なの? Ashは、……Ash clockは、一体何なの?」

 僕は声を震わせる。小さな疑問は、口に出した途端、得体の知れない大きな恐怖に変わった。僕の言葉の意味を理解したアーシャは、立ちあがると僕の前へとやってきて、大きな体を小さく丸めた。

「お前の気持ち、なんとなく分かるぞ。たぶん、ずっと昔に、俺も同じようなことを思ったからな。でもこの世界は、お前が思う程、怖い場所でも、変な世界でもない」
 アーシャは、作業の手を止めてしまった僕の目を覗き込むようにして、僕の視線を捉えると、二ッと笑ってみせた。

「この世界は、終着の場所であって、始まりの世界でもある」
「終わりと始まりの世界?」

 僕は、アーシャの笑顔から目を離さずにポツリと言葉を口にする。その小さな声に、アーシャは力強く頷いた。

「そうだ。人も動物も、虫も植物も物でも、万物は、皆終わりを迎えたら、この世界へとやってくる。Ash(アッシュ)は、万物の最後の形とでも言うのかな。万物はAshとなり、長い時間をかけて浄化されることで、再び新たな時間を刻むことができるようになるんだ」
「じゃあ、Ash clock(アッシュ・クロック)というのは……」
「浄化したAshの入れ物さ。新たに作られたAsh clockによって、新たな何かの時間が流れ出す。そして、最後の時を刻み終えたら、また、さらさらのAshとなって、この世界へ降り積る。そして、浄化され、新たなAsh clockが作られ、また、時を刻み始める。それの繰り返し。それが、この世界だ」

 アーシャの言葉を聞いて、僕はサンドパウダーの世界を見回す。遠くの方でさらさらキラキラと、空からAshが降っているのが見えた。何もない場所。万物の終着点。ただ、サンドパウダーがたくさんある場所。

 僕は目を閉じて、Ash(アッシュ)が降り積る音を思い浮かべる。遠くの方で降る、Ashのさらさらキラキラという涼しい音が、聞こえた気がして、気持ちが落ち着いていく。寂しさなんて少しも感じない。全てのAshが、新しい時を心待ちにしているような気がした。

「なんとなく、わかりました」

 僕は、アーシャの目を見て、しっかりと頷くと、止めていた作業の手を再び動かし始めた。次第に作業に没頭し始めた僕の行動に満足したのか、アーシャは、しばらく離れると言って、どこかへ姿を消した。

 アーシャが戻ってきた頃には、籠の底にうっすらとAshが降り積っていると言っても良いほどには、浄化され、冷たくなったAshを削り出していた。

 しかし、籠の中を覗いたアーシャは、ひどくがっかりとしたように肩を落とした。

「やっぱり、イレギュラーだからか……」

 ボソリとつぶやいた声が聞こえてきたが、僕は、聞こえないふりをして、ガジガジと熊手を動かし続けた。その間に、アーシャは、気を取り直すかのように鼻から息を吐き出すと、軽快に口を開いた。

「お前の処理漏れは、今、報告してきたからな。これで、思う存分仕事ができるぞ」
 アーシャは、僕から少し離れた場所に屈むと、僕と同じように、ガジガジとAsh(アッシュ)を削り始めた。どうやら、この場を離れた時に、自身でも作業ができるように新たに道具を持ってきたようだった。

「ごめんなさい。僕が道具を使っているから、アーシャは、仕事が出来なかったんだね」

 申し訳なく思い、項垂れていると、アーシャのぶっきらぼうな声が飛んで来る。

「そんな事気にしてねぇで、さっさと手を動かせ。お前はイレギュラーだから、作業が遅いんだ」

 アーシャの手元を見れば、確かに、物凄い勢いでAshが削り出されていた。

「……はい」

 それからしばらくは、互いに無言のまま、Ashを削り出すことに専念した。

 僕が籠の5分の1程をAshで埋めた頃には、アーシャは、籠にいっぱいのAshを削り終えて、籠のそばで休んでいた。

「今回はこれくらいでいい」

 アーシャの言葉で、ようやく僕は、固い地面を削る事から解放された。思わず大きなため息が漏れる。

 そんな僕を呆れたように見てから、アーシャは、Ashの大量に入った籠を背負うと、僕にもそうする様に促してきた。

「疲れているかも知れんが、次の作業に行くぞ。それを背負ってついて来い」

 アーシャほどでは無いが、僕の籠にもそれなりにAsh(アッシュ)が入っているのに、籠を背負ってみると、不思議と重さは感じなかった。

 僕の支度が済んだのを確認して、歩き出したアーシャの後を、僕はまたついて行く。

 道中、時々僕が質問することに、アーシャは面倒臭そうに、しかし、それなりにきちんと答えてくれた。

 この世界には、僕たちのようなAsh clock(アッシュ・クロック)を作る使命を与えられた者が他にもいる事。

 僕たちはここで数えきれないほどのAsh clockを作らねばならない事。

 仕事は基本的に一人で行うが、跡継ぎ候補が送られてきた時は、しっかりと跡継ぎを育てなければならない事。

 そんな事を聞いているうちにたどり着いたのは、大きな窯の前だった。窯の扉の間から、チラチラと明かりが見える。火がくべられているのだろう。

「ここで、Ash clockを作る」

 そう言いながら、アーシャが背負っていた籠を下ろしたので、僕もそれに倣った。

「この溶鉱炉でAshを溶かして入れ物を作る。入れ物が出来たら、残りのAshを入れてAsh clockは完成する」

 僕は、理解したと示すように1つ頷いてみせた。

「新たに作られたAsh clockは、大きさによって、どんな時を刻むものになるかが決まる」
「大きさによって?」

 僕がアーシャの言葉に首を傾げていると、アーシャは、自分の背負ってきた籠を顎でしゃくる。

「俺が持ってきたAsh(アッシュ)の量ならば、人一個体分になる。お前が持ってきた量なら、せいぜい、物一個体分だ」

 アーシャの説明によると、Ashの量によってAsh clock(アッシュ・クロック)の大きさが変わり、それは、人、動物、虫、植物、そして物と、徐々にその大きさが小さくなるらしかった。

 一人前のAsh clockの作り手には、常にどんなAsh clockを作るのかの啓示があるらしい。しかし、まだ僕には無い。それはもちろん、僕が一人前じゃないから。

 まずは、アーシャに倣って、初めてのAsh clockを作ってみることにした。

 削り出したAshのうち、そのまま中に入れる1割分だけを残し、あとは全てを溶鉱炉で溶かす。高熱でドロドロになったら取り出し、素早く練り混ぜ、瓢箪型に形成する。

 この時にくびれの部分を細くすれば、零れ落ちるAshの量が少しずつとなり、時を刻むのが長くなるらしい。逆に、太くすれば、それは、短命のAsh clockとなる。

 どのような太さのものを作るのかは、その時々で、作り手に委ねられているようだった。

 瓢箪型が出来たら、一旦冷まし、粗熱が取れたところで、残してあった1割分のAsh(アッシュ)を流し入れ、開口部を再度加熱して閉じる。

 これで一個体分のAsh clock(アッシュ・クロック)の完成である。

 小さなAsh clock1つを作り上げるのに、僕はかなりの時間を要したが、それでもなんとか作り上げることができた。

 アーシャは、僕の作ったAsh clockを手に取り、上から下から、横から、正面からと様々な方向からその出来を確認する。

「う〜ん。まぁ、不恰好だけど、いいんじゃないか」

 そう言って、先に完成していたアーシャの作ったAsh clockの隣に並べる。その二つは、大きさも、出来映えも、全く違っていた。

「僕、全然ダメですね……」

 目に見えて落ち込む僕を、アーシャは軽く笑い飛ばす。

「当たり前だ。お前は、イレギュラーな跡継ぎ候補で、俺は一人前の作り手なんだ。一緒にするな」
「……そうですね……」
「でも……」

 肩を落とし、項垂れる僕にチラリと視線を向けてから、アーシャは、僕の初めてのAsh clockを再びしげしげと眺めた。

「これも個性だ。俺は、悪くないと思うぞ」

 僕は思わず顔を上げる。

「まぁ、一個体に時間かけ過ぎだけどな」

 アーシャは、僕にニヤリと笑いかけた。
 Ash(アッシュ)を削り出すことも、綺麗な瓢箪型を作り出すことにも慣れた頃、アーシャから、人一個体分のAsh clock(アッシュ・クロック)を作る指示が出た。

「僕に出来るでしょうか?」
「出来るかどうかじゃない! やるんだ! じゃなきゃお前は、いつまでもイレギュラーのままだぞ!」

 不安げな僕を、アーシャは厳しく突き放し、追い立てられるように、僕は、とぼとぼと歩き出す。

 不安でいっぱいだったが、降りつもるAshの音を聞いているうちに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。僕を一人前にするために、根気強く教えてくれたアーシャの期待に応えたい。僕は、顔を上げた。

 Ash clockを作る作業は、最適なAshを探す事から始まる。

 僕はアーシャの教えを思い出し、今一番いいと思えるAshを探し、籠一杯になるまで、休む事なくAshを削った。

 それを持ち帰り、確認してもらおうとアーシャへ近寄れば、彼は、プイッと僕から離れて行く。どうやら完全に一人でやれという事らしい。

 僕は一人、黙々と作業をした。沢山のAshを溶かし、練り、大きな瓢箪型を形成。幾度も繰り返してきた作業だが、初めての大きさにやはり苦戦した。完成したAsh clockは、案の定、不恰好だった。

 それなのに、いつの間にかそばに来ていたアーシャは、満足気な声を上げる。

「良いじゃねぇか! 《《カイ》》」
「カイ?」
「お前の名前だ。この世界では、跡継ぎ候補が一人前になった時に、名前を送る事になっている」
「カイ……僕の名前……」
「イヤか?」

 僕は、勢いよく首を振る。

「ありがとう。名前も、一人前と認めてくれたことも」

 僕がアーシャに向かって頭を下げると、彼は、僕の手をとって顔を上げさせた。

「礼を言うのは、俺の方だ。良いAsh clockをありがとよ」

 アーシャの言葉の意味が分からず、僕がキョトンといている間に、彼は不格好なそれを抱える様にして抱き、飛び切りの笑顔を僕に向けた。

「いいな。自信を持て。カイ! お前は、絶対に良い作り手になる」

 そんな言葉を残し、アーシャの姿は、次第に溶けるように薄くなる。そうかと思えば、Ash clockの中に閉じ込めたAshが色づき始め、彼の姿が消えると同時に、赤く染まったAshが、さらさらキラキラとAsh clockの底に降り始めた。僕は、その光景をただ無心で眺め続けた。

 しばらくして、静かにひとつため息を吐くと、僕は籠を背負い、熊手を手にする。

 僕はカイ。個性的なAsh clockの作り手だ。







**************************************

『Ash clock』、完結しました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
いかがでしたでしょうか?
レビューや感想などを頂けました、今後の創作活動の励みになります。
是非、お気軽にコメントください。

さてさて明日からは、長編『スターチスを届けて』が連載開始!
ある少女の願いを叶えるために、浩志と優が、悪戦苦闘の日々を送ります。

明日の15時をお楽しみに♪

作品を評価しよう!

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

三つの夢 〜冴えないOLとクロの不思議な2か月~

総文字数/1,025

現代ファンタジー1ページ

本棚に入れる
表紙を見る
復活ラヂオアプリ

総文字数/8,665

現代ファンタジー8ページ

本棚に入れる
表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア