親愛なるオリヴィアへ
朝、起きたらサン・ジェルマンおじいちゃまがいなくなっていたの!
って、なんだかデジャヴみたいな書き出しだけどルイーザも前におんなじことをしてたのよね。
あの二人、血が繋がってないって本当かしら?
昨日のおじいちゃまの様子からすると、新聞でも買いに行ったのかなとも思うのよ。
おじいちゃま、新聞を読みながら片眼鏡を外して目を押さえて「パトリシアも同じ新聞を見ている」って。
例の『恐怖の吸血ミイラ』の記事よ。
一昨日の火災に続いて、また別の映画館で事故? 事件? とにかくそういうのがあったんですって。
水道管が破裂して客席に水があふれて大勢の人が溺死したって――
そんなことありえるのかしら?
服が濡れるとか床が水びたしになるぐらいまでならわかるけど――
これもやっぱり怪異なのでしょうね――
悲惨なことが続いて、この映画の上映中止を求める声が各地で上がっているって新聞に書いてあって。
「そのせいでパトリシアはあせってる」っておじいちゃまは言っていたわ。
今、時計が十時を指したわ。
もう少し待って、おじいちゃまが戻ってこないようなら――どうしましょう?
おじいちゃまに何かよくないことがあったのなら、わたしが行ってどうにかできるとは思えないし――
でもトラブルって怪異だけとは限らないわよね?
まさか交通事故とか!
迷子になってるなんてことはないとは思うけど――
ああ、でも何十年も森の奥で眠ってらしたんだから今の世の中がわからなくて困っているのかも!
やっぱり今すぐ捜しに行くわ!
キャロラインより
映画館の警備員への取材メモ
「夜中に小さな女の子が一人で歩いていたんだよ。
映画館の廊下を。
館はとっくに閉まってて、オレしかいないはずだった。
迷子かと思って追いかけたんだ。
その子は確かに映写室に入っていったのに、いくら捜しても見つからなかった。
出入り口は一つしかないのに、だ。
酒なんか飲んじゃいないよ。
ちょっとしか、な。
それでまあ、幻でも見たのかと思っていたら、今度は大人の女が映写室に入っていったんだ。
母親が捜しにきたってんならやっぱり迷子がいるんだってんでその女を追いかけてみたら、その女がまたいない。
映写室に入った途端に消えちまった。
おかしいおかしいと思いつつオレが映写室から出ようとしたところで、今度は真っ青な瞳の男がオレを突き飛ばして映写室に入っていきやがった。
真っ青な顔じゃねーぜ。真っ青な瞳だ。あの瞳は普通じゃねえ。
そいつもオレが振り返ったときには消えちまってた。
いよいよ自分がおかしくなっちまったのかと、さすがのオレも思ったぜ。
だから次の日のアレで、狂ってるのはオレじゃなくて世界のほうだってわかって正直ホッとしたね」
さてきみ、これは○○ホテルのクロークに利用客の忘れ物として保管されていた置き手紙だ。
キャロラインへ
いきなりいなくなる形になってしまってすまない。
夕方までにこのホテルに戻るつもりだが、もしもそれが叶わなければパトリシアやアデリンさんのことは諦めて君一人でイギリスに帰ってくれ。
僕の片眼鏡を通じてパトリシアの動きが感知できるのは前に話したね?
この手紙の上に重しのように乗せていくけれど、片眼鏡がパトリシアの危機を伝えたんだ。
パトリシアは極めて危険な存在から力を得ようとして逆にその存在に捕らえられてしまった。
その存在は光を嫌い、その分、声や音にとても敏感だ。
たとえ僕たちが二人だけの部屋で話していても、どこにいるとも知れないその存在に聞かれてしまう恐れがあるってぐらいに。
だからこの真夜中に君を叩き起こしたとしても筆談で話すことになるし、文字で見るにしても夜が明けてからのほうがいい。
そいつやパトリシアがいる場所は、闇の中としか言いようがない、キギータウンがあったのとは別の種類の異空間だ。
入り口の見当はついている。
僕は今からそこへ向かう。
僕自身も異空間に閉じ込められることになるけれど、命が無事ならこの片眼鏡の導きで戻ってこられる。
そのために君にちょっとした手助けをしてもらいたい。
なに、簡単なことさ。
朝日が昇ればこのテーブルに光が当たる。
片眼鏡に日光がしっかりと当たっているか確認して、午後になったら西向きの窓辺に片眼鏡を移動させてくれ。それだけでいい。
ニャルラトホテプは光を嫌う。
君はなるべく明るい場所で過ごして――あとは、そうだな、幸運を祈っていてくれ。
サン・ジェルマンより
このあとで起きたことを考えるに、キャロラインが目覚める前に何者かが片眼鏡を持ち去り、重しがなくなって置き手紙が風に飛ばされて……
キャロラインは手紙の存在に気づかなかったんだろう。
朝、起きたらサン・ジェルマンおじいちゃまがいなくなっていたの!
って、なんだかデジャヴみたいな書き出しだけどルイーザも前におんなじことをしてたのよね。
あの二人、血が繋がってないって本当かしら?
昨日のおじいちゃまの様子からすると、新聞でも買いに行ったのかなとも思うのよ。
おじいちゃま、新聞を読みながら片眼鏡を外して目を押さえて「パトリシアも同じ新聞を見ている」って。
例の『恐怖の吸血ミイラ』の記事よ。
一昨日の火災に続いて、また別の映画館で事故? 事件? とにかくそういうのがあったんですって。
水道管が破裂して客席に水があふれて大勢の人が溺死したって――
そんなことありえるのかしら?
服が濡れるとか床が水びたしになるぐらいまでならわかるけど――
これもやっぱり怪異なのでしょうね――
悲惨なことが続いて、この映画の上映中止を求める声が各地で上がっているって新聞に書いてあって。
「そのせいでパトリシアはあせってる」っておじいちゃまは言っていたわ。
今、時計が十時を指したわ。
もう少し待って、おじいちゃまが戻ってこないようなら――どうしましょう?
おじいちゃまに何かよくないことがあったのなら、わたしが行ってどうにかできるとは思えないし――
でもトラブルって怪異だけとは限らないわよね?
まさか交通事故とか!
迷子になってるなんてことはないとは思うけど――
ああ、でも何十年も森の奥で眠ってらしたんだから今の世の中がわからなくて困っているのかも!
やっぱり今すぐ捜しに行くわ!
キャロラインより
映画館の警備員への取材メモ
「夜中に小さな女の子が一人で歩いていたんだよ。
映画館の廊下を。
館はとっくに閉まってて、オレしかいないはずだった。
迷子かと思って追いかけたんだ。
その子は確かに映写室に入っていったのに、いくら捜しても見つからなかった。
出入り口は一つしかないのに、だ。
酒なんか飲んじゃいないよ。
ちょっとしか、な。
それでまあ、幻でも見たのかと思っていたら、今度は大人の女が映写室に入っていったんだ。
母親が捜しにきたってんならやっぱり迷子がいるんだってんでその女を追いかけてみたら、その女がまたいない。
映写室に入った途端に消えちまった。
おかしいおかしいと思いつつオレが映写室から出ようとしたところで、今度は真っ青な瞳の男がオレを突き飛ばして映写室に入っていきやがった。
真っ青な顔じゃねーぜ。真っ青な瞳だ。あの瞳は普通じゃねえ。
そいつもオレが振り返ったときには消えちまってた。
いよいよ自分がおかしくなっちまったのかと、さすがのオレも思ったぜ。
だから次の日のアレで、狂ってるのはオレじゃなくて世界のほうだってわかって正直ホッとしたね」
さてきみ、これは○○ホテルのクロークに利用客の忘れ物として保管されていた置き手紙だ。
キャロラインへ
いきなりいなくなる形になってしまってすまない。
夕方までにこのホテルに戻るつもりだが、もしもそれが叶わなければパトリシアやアデリンさんのことは諦めて君一人でイギリスに帰ってくれ。
僕の片眼鏡を通じてパトリシアの動きが感知できるのは前に話したね?
この手紙の上に重しのように乗せていくけれど、片眼鏡がパトリシアの危機を伝えたんだ。
パトリシアは極めて危険な存在から力を得ようとして逆にその存在に捕らえられてしまった。
その存在は光を嫌い、その分、声や音にとても敏感だ。
たとえ僕たちが二人だけの部屋で話していても、どこにいるとも知れないその存在に聞かれてしまう恐れがあるってぐらいに。
だからこの真夜中に君を叩き起こしたとしても筆談で話すことになるし、文字で見るにしても夜が明けてからのほうがいい。
そいつやパトリシアがいる場所は、闇の中としか言いようがない、キギータウンがあったのとは別の種類の異空間だ。
入り口の見当はついている。
僕は今からそこへ向かう。
僕自身も異空間に閉じ込められることになるけれど、命が無事ならこの片眼鏡の導きで戻ってこられる。
そのために君にちょっとした手助けをしてもらいたい。
なに、簡単なことさ。
朝日が昇ればこのテーブルに光が当たる。
片眼鏡に日光がしっかりと当たっているか確認して、午後になったら西向きの窓辺に片眼鏡を移動させてくれ。それだけでいい。
ニャルラトホテプは光を嫌う。
君はなるべく明るい場所で過ごして――あとは、そうだな、幸運を祈っていてくれ。
サン・ジェルマンより
このあとで起きたことを考えるに、キャロラインが目覚める前に何者かが片眼鏡を持ち去り、重しがなくなって置き手紙が風に飛ばされて……
キャロラインは手紙の存在に気づかなかったんだろう。
