『親愛なるオリヴィアへ

 昨夜は大変だったのよ!
 って、こんな書き出しじゃ誤解させちゃうかしら?
 別に襲撃があったとかじゃあないの。
 襲撃とかサラッと書いてるのも、すごいところまできちゃったなあって感じだけど。

 昨夜っていうのは前の手紙を投函したすぐあとってことね。
 一晩経ってからこの手紙を書いているの。

 前の手紙、ちゃんと届いているかしら?
 アメリカの郵便事情ってわからないし、届くのが遅れたり途中でなくなったりするかもしれないから念のために書くと、ルイーザは昨日はずっとサン・ジェルマンおじいちゃまの頭蓋骨をバスケットに入れて持ち歩いてて――
 もちろんフタをして中が見えないようにはしていたわよ。
 それで片時も離さなくて、夕食の間も自分のとなりにもう一つ椅子を持ってきてバスケットを置いて寄り添うようにしていたの。

 そこにホテルの人がワインを持ってきたの。
 ワインを頼んだの誰だと思う?
 わたしじゃないんだからアデリン叔母さまだって思うでしょ?
 違うの。
 なんとサン・ジェルマンおじいちゃま!
 四十三年前に予約していたっていうのよ!
 このホテルの部屋もワインも!
 その予約をルイーザが引き継いだっていうのよ!

 サン・ジェルマンおじいちゃまとパトリシアおばあちゃまは四十三年前の新婚旅行でこのホテルに泊まるはずだったらしいの。
 なのに二人とも現れなくて、部屋とワインの予約だけが生き続けていたんですって。
 そんな古い予約の記録がまだ残っているなんてありえる?
 まるで止まっていた時間が動き出したみたい――って思ったわ。

 わたし、すぐにポーチに入れていた地図を広げて確認したの。
 サン・ジェルマンおじいちゃまとパトリシアおばあちゃまはニューヨークからの汽車に乗ってこのキギータウンへ向かう途中、インスマウスの人たちに襲われて離れ離れになった。
 ここはおじいちゃまとおばあちゃまが泊まるはずだったホテル。

 アデリン叔母さまはワインを見て困っていらしたわ。
 お酒はやめているのにって。
 だからとりあえずワイングラスは脇に退けて、二人で地図を見たりルイーザが持ってきたパンフレットを見たりしてたの。
 それがいけなかったの。


 ルイーザがね、ずっとバスケットばかり気にして、よそ見していたから自分のコップと間違えちゃったのね。
 アデリン叔母さまのワインを飲んじゃったのよ。

 ルイーザってば大声で笑いだして。
「これはもともとパトリシアとサン・ジェルマンのワイン。だからこれでいいんだ」ですって。
 やたら饒舌になって。
「この旅はサン・ジェルマンとの新婚旅行の続きだ」なんて言い出して、おじいちゃまとおばあちゃまの新婚旅行の様子を語りだしたのよ。
 ルイーザはパトリシアおばあちゃまと仲が良かったからこういう話をいっぱい聞かせてもらってきたんでしょうけど、それにしたってまるで見てきたみたい――ううん、それどころかまるでおばあちゃま本人みたいな語りっぷりだったわ。

 あれは新婚旅行の名を借りた巡礼の旅だったとかなんとか。
 世界中の秘境を巡り歩いたらしいの。
 アジアやアフリカを回ったとか。
 北アメリカにはあまり期待していなくて南米への通り道だったとか。

 船のデッキからアメリカ大陸が見えてきたところで急に予定を変えて、ニューヨークの港から電報を打ってマサチューセッツ州のホテルを予約。
 それがキギータウンのこのホテルだって言うのよ。

「止まっていた時間が動き出した!」って、ついさっきわたしが思ったのとまったく同じことをルイーザが言ったの。
 まさかこんなところの感性が似ているなんて、ああ、やっぱりわたしたちは姉妹なんだ! って、わたし初めて実感できたわ。
 ちょっと感動しちゃった。

 結局ルイーザはそのまんま寝ちゃって、今朝になって詳しく聞こうとしてみたら「ワタシは忘れたからアナタも忘れなさい」ですって。

キャロラインより』



 姉妹でなくても感性が似ることぐらいはあると思うが、キャロラインは単純だな。
 それはそうときみ、こっちは同じ日のアデリンの日記だ。

『エジプト、インド、アステカ、レムリア――』

 以下、謎めいた地名が羅列されている。
 この染みはワインのものだ。 
 ルイーザが酔った勢いで語った言葉をアデリンが書き留めたのかな?
 パトリシアとサン・ジェルマンはこれら全てに行ったのか?
 ムーの名前はここにあるけど、同じくらい有名なはずのアトランティスは書かれてないね。