「昔はね、」
腕枕に頭を乗せて気持ち良さそうにしている考子に話しかけた途端、新が突然笑い出した。
「何? なんなの?」
気持ち良い余韻から現実に引き戻されて頬を膨らませた考子が彼の鼻をつまんで左右に揺すった。
「ごめん、ごめん。いや、学生の頃習ったことを急に思い出して可笑しくなってさ」
蘇った記憶にまた腹を抱えた。
「もう、勝手に思い出して勝手に笑って」
考子が彼の上唇を抓るふりをした。
「ははは。ごめん、ごめん。ちゃんと話すよ。実はね、ほんの少し前までは〈せいき〉というものが妊娠に関係していると思われていたんだよ」
すると、考子は〈なに言ってるの?〉というように目を見開いた。
「思われていたって、なんで過去形になるわけ? 男性器と女性器が結合して、その結果、精子と卵子が出会って妊娠するわけだから、性器が関係しているのは当然のことじゃないの?」
「あっ。ごめん。そっちの〈せいき〉じゃないんだ。僕が言っているのは、〈精気〉のこと」
「えっ?」
「二百数十年前までは、セックスという行為を通じて男性が女性に精気を注入することで妊娠が成り立つと思われていたんだよ」
「それって……」
「うん。精子と卵子の役割がきちんと認識されていなかったんだ」
「へ~」
「それを証明したのがイタリア人の牧師なんだけど、1780年に犬を用いた人工授精を成功させたんだよ。つまり、セックスをしなくても、男が精気を注入しなくても、妊娠が成立することを証明したんだ。精子と卵子が結びつけば、それだけで妊娠が可能であることを証明したんだよ」
「そうなんだ~」
「科学の進歩によってそれまでのいわゆる常識が覆されて真実が明らかになるわけだけど、現代においても迷信のようなことが信じられていることは多いよね。実際、外来に来る妊婦の中にはネットで調べた非科学的な情報を信じている人も多いんだよ」
「確かに。ネット上ではありとあらゆる情報が溢れていて、どれが本当のことかわからなくなることがあるわ」
「そうなんだよ。まことしやかなウソも結構多いからね。気をつけなければね」
「ところで、話は戻るけど、私は精気って重要なんじゃないかと思うの。だって、万物を生成する天地の気のことでしょう? 絶対必要だと思うわ。男性は単に精子を送り出せばいいのではなくて、精子と共に万物を生成する天地の気を一緒に送り出すべきなのよ。違う?」
違わないわよね、というふうに人差し指で新の鼻を突いた。
「ちゃんと答えてね。あの時、私にしっかり精気を注入してくれた?」
「えっ?」
「あなたの精子が私の卵子に届くように、気合を込めて精気を注入したのかって聞いているの」
どうなの? というように考子が顔を近づけると、新はニヤッと笑ったあと、耳に口づけるようにして囁いた。
「もちろんだよ。〈光り輝く未来〉という名の精気を送り込んだよ」
腕枕に頭を乗せて気持ち良さそうにしている考子に話しかけた途端、新が突然笑い出した。
「何? なんなの?」
気持ち良い余韻から現実に引き戻されて頬を膨らませた考子が彼の鼻をつまんで左右に揺すった。
「ごめん、ごめん。いや、学生の頃習ったことを急に思い出して可笑しくなってさ」
蘇った記憶にまた腹を抱えた。
「もう、勝手に思い出して勝手に笑って」
考子が彼の上唇を抓るふりをした。
「ははは。ごめん、ごめん。ちゃんと話すよ。実はね、ほんの少し前までは〈せいき〉というものが妊娠に関係していると思われていたんだよ」
すると、考子は〈なに言ってるの?〉というように目を見開いた。
「思われていたって、なんで過去形になるわけ? 男性器と女性器が結合して、その結果、精子と卵子が出会って妊娠するわけだから、性器が関係しているのは当然のことじゃないの?」
「あっ。ごめん。そっちの〈せいき〉じゃないんだ。僕が言っているのは、〈精気〉のこと」
「えっ?」
「二百数十年前までは、セックスという行為を通じて男性が女性に精気を注入することで妊娠が成り立つと思われていたんだよ」
「それって……」
「うん。精子と卵子の役割がきちんと認識されていなかったんだ」
「へ~」
「それを証明したのがイタリア人の牧師なんだけど、1780年に犬を用いた人工授精を成功させたんだよ。つまり、セックスをしなくても、男が精気を注入しなくても、妊娠が成立することを証明したんだ。精子と卵子が結びつけば、それだけで妊娠が可能であることを証明したんだよ」
「そうなんだ~」
「科学の進歩によってそれまでのいわゆる常識が覆されて真実が明らかになるわけだけど、現代においても迷信のようなことが信じられていることは多いよね。実際、外来に来る妊婦の中にはネットで調べた非科学的な情報を信じている人も多いんだよ」
「確かに。ネット上ではありとあらゆる情報が溢れていて、どれが本当のことかわからなくなることがあるわ」
「そうなんだよ。まことしやかなウソも結構多いからね。気をつけなければね」
「ところで、話は戻るけど、私は精気って重要なんじゃないかと思うの。だって、万物を生成する天地の気のことでしょう? 絶対必要だと思うわ。男性は単に精子を送り出せばいいのではなくて、精子と共に万物を生成する天地の気を一緒に送り出すべきなのよ。違う?」
違わないわよね、というふうに人差し指で新の鼻を突いた。
「ちゃんと答えてね。あの時、私にしっかり精気を注入してくれた?」
「えっ?」
「あなたの精子が私の卵子に届くように、気合を込めて精気を注入したのかって聞いているの」
どうなの? というように考子が顔を近づけると、新はニヤッと笑ったあと、耳に口づけるようにして囁いた。
「もちろんだよ。〈光り輝く未来〉という名の精気を送り込んだよ」