あやかし庁に入るには、いくつか条件がある。
まず、一定以上の身分を持つ子爵であること。
それから、あやかしを認知でき、あやかしに対抗し得る異能を持つこと。
あやかしを相手にする仕事として、後者は特に重要な要素だった。
現世には、異能を持つ特別な人間がいる。紅月もそのうちのひとりだった。
本堂家は、由緒ある華族である。しかしその本質は、あやかしの力でのし上がった異端武家であった。
平安の頃、一族の先祖があやかしと交わったのだ。
当時の文献が残っていないため、どのような種のあやかしと交わったのかは定かではない。だが、並のあやかしではないことはたしかであった。それ以降、本堂家に生まれた子どもに強い妖力が発現し始めたからである。発現する力はさまざまであったが、その力のおかげで一族は一気に武家として成長を遂げた。
しかしその一方で、本堂家に勤める使用人たちが次から次へと原因不明の死を遂げるようになった。
ある時代の当主が調べた。そして原因を突き止めた。
異能を持つ人間は、周囲の人間の生気を吸い取ってしまうことが分かったのである。異端の力を持つがゆえの代償であった。
生気を吸うと、吸われた相手は命を削られる。結果、短命となる。しかし、相手を守るために遠ざけようとすれば、生気を吸えず今度は本人が死んでしまう。それは、強い妖力を持てば持つほど顕著に現れる傾向にあった。
異能の性質を理解した本堂家はそれ以来、異能を持つ当主の花嫁には、長寿で神の加護を持つ乙女を娶るようになった。すると不思議と周囲の不審死は収まり、本堂家はさらに繁栄した。
嫁いできた嫁はやはり短命には変わりなかったが、長寿家系の乙女を選ぶようになったからか、比較的長く生きた。
紅月は、代々力を継いできた本堂家の人間のなかでも、特に強い妖力を持っている。
そのため紅月の祖父は、全国各地の神域に住む乙女を調べ――適任の花嫁を見つけた。
――千家灯織。
千家家には噂があった。かつて本堂家と同じくあやかしと交わった先祖がいるといわれていたのだ。しかも、千家家が交わったとされているのは不死身の肉体を持つ人魚であった。
***
月が空の真上に来る頃、紅月は仕事を終えて本堂邸へ帰った。
玄関へと向かいながら何気なく庭を見ると、池のところでなにかがうごめいた。
足を止め、目を凝らす。よく見ると、池の縁にいたのは灯織だった。
「灯織さん……?」
灯織は羽織りもかけず、袷の着物一枚で池のなかを眺めている。
そういえば本堂邸へ来た頃、灯織はよく池の金魚を眺めていたが、最近は池を見ている姿を見かけることはほとんどなかった。しかも、今は深夜だ。
家にいづらいのだろうか。
ふと、稔に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
『おまえの花嫁も可哀想にな。日々、おまえに生気を吸われているとは知らずに』
灯織の横顔から、紅月は目を逸らした。彼女を見ると、胸が苦しくなる。
手を強く握り込むと、団子が入った包みが音を立てた。
じぶんはなにをやっているのだろう。こんなもので誤魔化して、彼女を檻に閉じ込めて。
それまで自覚のなかった感情が、ゆっくりとじぶんの外側にはみだしてゆく。
紅月は灯織に声をかけることなく、そっとその場をあとにした。
まず、一定以上の身分を持つ子爵であること。
それから、あやかしを認知でき、あやかしに対抗し得る異能を持つこと。
あやかしを相手にする仕事として、後者は特に重要な要素だった。
現世には、異能を持つ特別な人間がいる。紅月もそのうちのひとりだった。
本堂家は、由緒ある華族である。しかしその本質は、あやかしの力でのし上がった異端武家であった。
平安の頃、一族の先祖があやかしと交わったのだ。
当時の文献が残っていないため、どのような種のあやかしと交わったのかは定かではない。だが、並のあやかしではないことはたしかであった。それ以降、本堂家に生まれた子どもに強い妖力が発現し始めたからである。発現する力はさまざまであったが、その力のおかげで一族は一気に武家として成長を遂げた。
しかしその一方で、本堂家に勤める使用人たちが次から次へと原因不明の死を遂げるようになった。
ある時代の当主が調べた。そして原因を突き止めた。
異能を持つ人間は、周囲の人間の生気を吸い取ってしまうことが分かったのである。異端の力を持つがゆえの代償であった。
生気を吸うと、吸われた相手は命を削られる。結果、短命となる。しかし、相手を守るために遠ざけようとすれば、生気を吸えず今度は本人が死んでしまう。それは、強い妖力を持てば持つほど顕著に現れる傾向にあった。
異能の性質を理解した本堂家はそれ以来、異能を持つ当主の花嫁には、長寿で神の加護を持つ乙女を娶るようになった。すると不思議と周囲の不審死は収まり、本堂家はさらに繁栄した。
嫁いできた嫁はやはり短命には変わりなかったが、長寿家系の乙女を選ぶようになったからか、比較的長く生きた。
紅月は、代々力を継いできた本堂家の人間のなかでも、特に強い妖力を持っている。
そのため紅月の祖父は、全国各地の神域に住む乙女を調べ――適任の花嫁を見つけた。
――千家灯織。
千家家には噂があった。かつて本堂家と同じくあやかしと交わった先祖がいるといわれていたのだ。しかも、千家家が交わったとされているのは不死身の肉体を持つ人魚であった。
***
月が空の真上に来る頃、紅月は仕事を終えて本堂邸へ帰った。
玄関へと向かいながら何気なく庭を見ると、池のところでなにかがうごめいた。
足を止め、目を凝らす。よく見ると、池の縁にいたのは灯織だった。
「灯織さん……?」
灯織は羽織りもかけず、袷の着物一枚で池のなかを眺めている。
そういえば本堂邸へ来た頃、灯織はよく池の金魚を眺めていたが、最近は池を見ている姿を見かけることはほとんどなかった。しかも、今は深夜だ。
家にいづらいのだろうか。
ふと、稔に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
『おまえの花嫁も可哀想にな。日々、おまえに生気を吸われているとは知らずに』
灯織の横顔から、紅月は目を逸らした。彼女を見ると、胸が苦しくなる。
手を強く握り込むと、団子が入った包みが音を立てた。
じぶんはなにをやっているのだろう。こんなもので誤魔化して、彼女を檻に閉じ込めて。
それまで自覚のなかった感情が、ゆっくりとじぶんの外側にはみだしてゆく。
紅月は灯織に声をかけることなく、そっとその場をあとにした。