太陽が戻ってきてしばらくすると、街の人々は祭りだといわんばかりに広場で踊り始めた。

 懐かしい。

 アルカはそう言って、ソウウルプスの取り戻した陽気さに、穏やかな笑顔を浮かべながら軽い足取りでスキップをする。

 しかし、アルカは工場の手前でぴたりと足を止めた。後から続いていたオリビアとエドワードはアルカの視線の先をたどる。
 ウーゴに取り立てに来ていた男性だ。同じ高さで見ると、男性はオリビアと同じくらいの身長しかない。もちろん、オリビアが長身だということもあるが。

 男性は扉の前に立ったまま、杖で地面を突いている。どうやら苛立っているようだ。

「やあ、どうも」

 アルカがやってきたことに気づいた男性は、踵を返してそこから去ろうとした。けれど、アルカは男性の服をつかんで引き留めた。高級そうなそれにしわがつくが、男性は引き留められたことに顔をしかめている。

「ボクはアルカ。ペルケトゥム研究所の研究員だ。ここはうちが買い取った」
「アルカ様、手を離した方が。すみません、お召し物にしわをつけてしまって」

 エドワードは男性の服を握りしめたままのアルカを慌てて引きはがした。
 男性はアルカを見下ろし、そして無反応のままエドワードとオリビアに目を向ける。男性は無礼に怒ることなく、そうか、と言ってスーツの襟を整えた。

「貴方がアルカ、か。お初にお目にかかる、私はヘンリー・オルビス・グレイと言うものだ」

 世間に疎いアルカだけが首をかしげるが、エドワードは慌てて帽子を取る。

「先ほどの無礼をお許しください、タウルス卿グレイ。私はエドワード・ガヴェンディッシュと申します」
「挨拶が遅れたことをお詫びします。わたくしはオリビア・セルバンテスですわ」

 急に平身低頭になったエドワードとオリビアの態度にアルカはぶすくれた。他人にぺこぺこと頭を下げているのが気に食わないらしい。

「タウルス卿ヘンリー・グレイは代々ゲネシス王室を支えるオルビス公爵家の跡継ぎですよ」
「たかだか肩書が立派なだけじゃないか」

 エドワードがアルカに説明するが、態度を改める気はないらしい。意外だったのはヘンリーの反応だ。

「そうだ、たかが肩書だ。天才を前には異論を唱える気も出ないな。しかし、ペルケトゥムの手に渡ることになったのなら話は早い」
「どういうことだ?」
「元は女王様の言いつけだ。女王様はペルケトゥム研究所のアルカという研究員のためにソウウルプスに土地を用意してやってほしいとおっしゃられた。グレイ家とセルバンテス家はかつてから交流があったからな、借金の肩代わりと引き換えにこの土地の権利をいただくという取り引きをした。結局最後まで彼は渋っていたが……、まあその時は君を」

 ヘンリーは後ろで話を聞いていたオリビアを指さす。

「君を、ペルケトゥム研究所に連れて行くつもりだったが。いい研究員になりそうだしな、たしか大学を中退していただろう? 研究所に所属すれば、ウーヌス大学に復帰させてやれるかもしれない。私は若い芽を摘むほど愚かな人間ではないからな」

 ヘンリーの思惑は思った以上にオリビアやエドワードの好感を煽った。オリビアは少しうれしそうに手を合わせる。
 その反応が癇に障ったのかアルカは一歩前に出て、ヘンリーに張り合った。

「ボクだって、ペルケトゥム研究所にやってきた暁には大学に復学させてやるし、研究だって好きなことさせてやるし、変に縛ったりもしないぞ! なんなら手伝ってやるし。それにボクは工場をつぶしたりしない。今どきどこも養蚕は面倒くさがってやらないんだ。蚕は貴重だぞ? 自分だけ良いように見せやがって」
「……え、そうなんですの?」

 オリビアはぽかん、と口を開けてアルカを見つめた。アルカは心外だと言わんばかりに、オリビアを振り返る。

「当たり前だ! オリビアはボクをなんだと思ってたんだ」
「申し訳ありません、わたくし勘違いをしていたようですわ」

 オリビアは堅かった表情を崩すように笑った。

「いったいオリビアはどんな勘違いをしていたんだ……?」
「てっきり使用人か小間使いに採用されたものだと。失礼いたしましたわ」

 軽くショックを受けるアルカにオリビアは面と向かって、スカートの裾を持ち上げて足を下げた礼をした。相手に敬意を示す正式な礼だ。
 アルカは瞬きを繰り返しながらオリビアの頭頂部を見届ける。

「わたくし、精一杯頑張らせていただきます。アルカさまの研究のお手伝いも致します。だからわたくしを、オリビア・セルバンテスをよろしくお願いいたします」

 オリビアが顔を上げると、アルカはショックも断ち切ってふっと口角を持ち上げて笑った。

「優秀な研究員として貢献してくれること、楽しみにしているよ」

 アルカはエドワードを呼び寄せると、懐中時計を取って時刻を確認した。時刻は十五時半。一日の最終の列車の出発時刻は十六時だ。

「さあ、ボクはウーヌスに帰ろうと思う。すぐにでも神話の編纂やきみの復学手続きを始めなくてはいけないからな。オリビアは手紙を待っていてくれ。エドワード、ソウウルプスを発つ準備をしよう」

 アルカはセルバンテス邸の方へと歩き出す。ヘンリーはいつの間にか姿を消していた。きっと彼も同じ列車でウーヌスに帰るのだろう。
 エドワードとオリビアはアルカの背中を追いかけた。



 レンガ造りのソウウルプス駅で、出発直前の列車を認める。

「乗りましょう」

 アルカはエドワードの声が届いていないのか、ゆっくりと足を止めた。
 アルカが目に留めていたのは、駅の設計に携わった人々の名前が記された金属のプレートだった。その中に姓がセルバンテスのものを見つける。ソウウルプス駅の設計者。

 エドワードは不意にガラス張りの天井を見上げた。来た時とは違って、少し赤くなり始めている青い空が透けている。

 アルカはエドワードを置いて再び歩き出すと、列車に静かに乗り込んだ。エドワードが窓を上げると、走って見送りに来たオリビアが息を整えながら手を上げている。

「アルカさま!」
「オリビア、白衣にきみの名前を刻んで待っている」

 オリビアは喜びと一緒に下唇をかみしめて頷いた。

「はい!」

 ウーヌス行きの列車は勢いよく蒸気を吹き出し、ゆっくりと走り出した。






ここまで読んでいただきありがとうございました!
ここから先、オリビアがペルケトゥム研究所にやって来てからの物語は、"カクヨム限定"の公開となります。

アルカが四百年生きる理由。
国がどうしてもアルカにだけは隠したい禁忌とは?

それらがこれから明かされる。


こんな世界観が好き!
王室の隠された禁忌が知りたい!
続きが気になる!

と思ったら、いいね、ポイントをよろしくお願いします!