あなたの隣にいてもいいですか…〜最後まで幸せと笑顔をありがとう〜

再発の治療を始めてからあっという間に一年が経ち、二年目に入っていた。

相変わらず真理の両親、特に父親の真司の真理への過保護っぽさは変わらず、直ちょく自宅へ来るようになっていた。
それに加え、信也の母親、輝美も頻繁に顔を出すようになった。

母親達は食事の準備や家事など、家のことを色々と手伝ってくれるのでとても助かっている。

そして、過保護の真司はというと…

買い物に行かされたり、荷物持ちをさせられたり、片付けをさせられたりと、何だかんだと母親達に顎で使われていた。

そんな中真理と信也は気分転換や運動も兼ねて、二人でお散歩デートに出かけた。

もちろん真理の体調を重視し、様子見ながらゆっくりと…

仲良く手を繋ぎまるで付き合いたてのカップルの様な雰囲気が、二人はお互いをほんとに大切に思いそして想い合っていることが、周りにもひしひしと伝わってくるようであった。

無理せず真理の体調に合わせながら、二人でゆっくりと休憩を挟みながら…
周りの風景を楽しみつつ、会話を楽しみながら…

坂がほとんどの佐世保の道のりは、やはり今の真理には以前のように楽ではない。
でも、真理には幸せな時間だった。
もちろん、信也も同じ気持ちだった。

そして少し歩くと先ほどより人通りが増える通りに出てきた。

「あっ…あそこにベンチが…ちょっと座って休憩しよっか?」

4〜5メートル先にあるベンチを指差しながら、信也は真理を誘導するように言った。

「ぅん…そだね、ちょっと疲れたかも…」

信也の言葉に少しホッとしたような表情で、真理は答えた。

「んじゃ、まーちゃん、ここで座ってちょっと待ってて…何か飲み物買ってくるよ」

ベンチに真理を座らせると、信也は飲み物を買いにその場を離れた。

数分後、お茶と水を両手に、信也は真理が待っているベンチへ帰ってきた。

が…そこで信也は思いがけない状況を目の当たりにすることとなった。
真理がベンチに横たわり、気を失っていたのだ。

「!?…まーちゃんっ!!まーちゃんっ!!」

手に持っていた飲み物を地面に放り投げ、信也は真理にかけ寄ると抱きかかえるようにゆっくりと体を起こした。

「まーちゃん!聞こえる?!まーちゃん!まーちゃん!」

何度呼びかけても真理の反応はない…
脈はある…息もしている…体も暖かい…

「すみません!!誰か…誰か!救急車を…救急車を呼んでください!お願いします…助けてください…妻を…妻を…誰か助けて……」

真理の体を抱きしめながら、信也は精いっぱいの大声で必死で助けを求めた。

野次馬のように人が集まってくる中、自分がどれだけ泣きじゃくり、酷い姿かなんてそんなことはどうでもよかった。

誰か…誰か…助けて…助けてくれ…

頭の中でも何度も唱えるように言い続けていると、信也の耳に救急車の音が聞こえてきた。
集まってきた人達の中の人が、救急車を呼んでくれたのだ。

「まーちゃん…しっかり…救急車、来たからね…まーちゃん…まーちゃん…」

目を開けず反応のない真理を、ずっと抱きしめながら信也は泣きながら呼び続けた。

すると…それまで反応の無かった真理が、静かに目を開け小さな声で答えてきた。

「…しん…くん…」

「っ!?まーちゃん!…よかった…気がついた…」

するとそこへ到着した救急車から下りてきた救急隊員が信也に近づいてきた。

「すみません…連絡をもらい、駆けつけたのですが…こちらでよかったでしょうか?」

「はいっ!まーちゃんを…妻を…」

「旦那様ですか?落ち着いてください…まずは、少しお話を…」

「あっ…すみません…あの…妻なんですが…さっきまで気を失っていて…ずっと呼び続けていたんですけど…反応なくて…今、ちょっと反応があったんです…」

「そうですか…わかりました…まずは、奥様のお名前とあなたのお名前は?」

「あっ…真理…仮屋崎真理といいます…私は夫の信也です…」

「了解しました…奥様の仮屋崎真理さんと旦那様の信也さんですね…」

「はぃ…そうです…」

「では、意識を失っていたのは、どれくらいの時間ですか?」

「あぁ~…自分が飲み物を買いにちょっとそばを離れた間に、気を失ったみたいで…たぶん4〜5分の間だったと思うんですけど…」

「そうですか…では、奥様が意識を失っているのに気づいてからの時間は、どれくらいかわかりますか?」

「あっ…それはわかります…救急車を待ちながら、腕時計を見てましたから…10分ちょっとです…」

救急隊員の一人が信也に質問しながら、まだ意識が朦朧(もうろう)としボー…としている真理の様子を確認した。

「仮屋崎真理さん…私の声がわかりますか?もしわかれば、私の手を握ってもらってもいいですか?」

すると救急隊員の声かけに真理は力のない手で隊員の手を握り返した。

「まだ朦朧とされてますけど、意識は取り戻されたようですね…ではとりあえず、ストレッチャーへ…救急車へ乗りましょうか…」

そう言うと後方にストレッチャーと一緒に待機していた隊員二人に合図し、二人がかりで丁寧に真理を抱きかかえゆっくりとストレッチャーに乗せ、救急車の中へ運んでいった。

ストレッチャーに横たわった真理の手を、信也は包むように握りしめながら一緒に救急車の中へ乗り込んだ。

救急隊員も全員乗り込むと、直ぐにサイレンを鳴らしながら出発した。

車内では信也に真理のことを改めて聞かれたり、真理のバイタルチェックや状況の確認など、隊員がテキパキと事を進め、真理が治療を受けている病院への連絡も済ませ、現在その病院へ向かっている。

病院へ向かっている間に、真理の状態がだいぶ戻ってきた。

真理の手を握る信也の手を握り返す力がさっきより強くなり、隊員からの声かけにも始めより反応するようになった。

そしてそうこうしているうちに真理が治療を受けている病院へ到着した。

救急入り口では、担当医の医師と看護師が二人、待ち構えていた。

だいぶ意識が戻ってきて周りへの反応も良くなってきている真理だったが、救急車からストレッチャーにて下ろされた姿は、力無くぐったりとしているように見えた。

救急隊員より医師への報告の受継ぎも難なく終わり、真理もストレッチャーから診察室のベッドへ無事移され、自分達の仕事を終えた隊員達は察そうと帰っていった。

その後は医師による診察と真理、本人から意識を失うまでの前兆や感覚などの話の問診があり、そのまま入院となった。

信也からの連絡を受け、慌てた様子で駆けつけてきた真理の両親と輝美は、ベッドで力無くぐったりと横たわっている真理を病室の入り口から見守りながら、その場で何も言わず呆然と立ち尽くしていた。

そんな親達の様子を見ていた医師は、そっと近づき声をかけた。

「中へ入って娘さんに声をかけてあげてください…」

すると医師の言葉を聞いたとたん、真理の両親、弥生は真司の胸に顔を埋め、真司はそんな弥生を優しく抱き寄せながら泣き崩れた。

その横で輝美も我慢ができなくなった様子で、信也に寄りかかり泣き崩れた。

両親共々、家族全員で泣き崩れている姿に医師と看護師は、声をかける術もなく少し困った様子で見守っていたが、流石に病室前の廊下では人目もあり他の患者さんへのことも考慮され、別室へ案内された。

別室へ案内された真司、弥生、輝美、そして信也は、泣きながらも医師の話を聞くこととなった。

「ご家族の方々の思いには、私を含め病院スタッフ共々、本当に心苦しく思うところです…今回の真理さんの状況から、今日はこのまま入院していただくこととなるのですが………」

医師からの説明によるとこのまま入院となり明日、血液検査やCT検査を改めて行うという。
そしてその結果次第で例の全身化学療法、抗がん剤の点滴による投与の日を決めるという。

しこたま泣いてそれぞれ落ち着いた四人は、医師の話を黙って聞いていた。

そして医師の話が終わると、お互いに目で会話をするように顔を見合わせ軽く頷くと、四人で深々と頭を下げ真司が代表した感じで医師へ一言だけ言った。

「よろしくお願いします…」

たった一言だけの言葉だったがとても重々しく感じ、それと同時に真理への思いがひしひしと感じる一言であった。

「はい…全力を尽くします…」

そう言いながら医師は真司の前へ手を差しのべた。
その手を両手でしっかりと握りしめながら、真司はもう一度頭を下げた。

その目からは再度、涙が流れていた。

…次の日、血液検査やCT検査が行われた。
その結果、そのまま入院を継続し治療の抗がん剤投与を行うこととなった。

救急車で病院へ運び込まれ入院となった日から、両親、輝美、信也は代わる代わる毎日のように真理へ会いに来た。

特に父親の真司は母親の弥生とはべつに、一人でも来ることがあった。
下手すると一日の午前中と午後からと、二度来ることもあった。

毎日のように会いに来てくれる家族や夫のおかげで、色々と弱っていた真理だったのだが、少しずつ笑顔も戻ってきていた。

会話する声は正直、力が無く弱々しいものだったが、真理は笑っていた。
本当に嬉しそうで、幸せそうな笑顔で笑っていた。

そんなある日、真理は父親と信也にお願い事をした。

父親へのお願いは…
「パパの制服姿、また見たいな…」

真司の海上自衛隊の制服姿が見たい、ということ。

信也へのお願いは…
「しん君の歌声、また聞きたいな…」

例の信也の十八番の『I Love you』を聞きたい、ということ。

もちろん二人共、快く了承した。

すると真理は嬉しそうに小指を立て、手を伸ばしてきた。

「約束だからね…」

力の無い弱々しい声だったが、本当に嬉しそうで楽しみにしていることが伝わってきた。

その小指に自分達の小指を絡ませ、真司と信也は精いっぱいの笑顔で頷いた。

その日は面会時間の終わりが迫っていた為、名残惜しみながらも真司と信也は病室をあとにした。

しかし…次の日の朝早くからまさか真理の急変の知らせの連絡が病院からくるとは…
誰もが想像もできない、思いもしなかったことだった。