あなたの隣にいてもいいですか…〜最後まで幸せと笑顔をありがとう〜

再発の報告をした日から入院日までの二週間、またもや毎日のように父親の真司から電話がかかってくるようになった。

あの取り乱しようの様子からすれば、だいたいの予想がついた予想内での行動ではあったが朝と夜とに一日、2〜3回は流石に真理もちょっとうんざりしていた。

もちろん、父親の自分への思いは有り難く嬉しいのだが…
少し過保護すぎやしないだろうか…

内心そう思いながらも、父親の気持ちを考えると何も言えず、とりあえず真司が満足するまで電話の相手をする真理であった。

そんな日々もあっという間に過ぎていき、真理の入院日の当日…

入院準備は前日に済ませており、当日は荷物を車に乗せて病院へ向かうだけの状態であった。

予定時間通り病院へ到着すると、今回は病室を前もって言われていたため、そちらのほうへ向かった。

治療の抗がん剤は明日からということなので、今日はゆっくりと体を休め療養に専念することになっている。

全身化学療法…術後化学療法として真理が受けていた抗がん剤治療とほとんど同じで、点滴にて投与する。
ただ、今回は抗がん剤の種類が二種類ほど増える。

「ドキソルビシン」「シスプラチン」を用いるAP療法、「パクリタキセル」「カルボプラチン」を用いるTC療法、が行われることとなる。

ドキソルビシン…またの名をアドリアマイシンといい、癌細胞のDNAやRNAの合成を妨げる。
シスプラチン…癌細胞のDNAに作用して複製を妨げ、自滅を誘導する。
カルボプラチン…シスプラチンと同様な作用ではあるが、カルボプラチンはシスプラチンより腎臓への負担が少ない。
パクリタキセル…癌細胞の分裂時に作用し増殖を抑える。

これらを明日より点滴にて投与していく。

「まーちゃん、俺は明日は来れないけど…お義父さんとお義母さんが、来るって言ってたから…今日はゆっくり体休めて、明日からの治療、頑張ってね…」

「ぅん…ありがと…しん君もお仕事、頑張って…」

「ありがとう…じゃ、俺は帰るけど…LINEするから…また、あとでね…」

「ぅん…わかった…待ってる…気をつけて帰ってね…」

お互い名残り惜しそうにずっと握っていた手を離し、信也は病室を出て行った。

見送る真理に何度も振り返りながら…
そんな信也を真理は病室の入り口で、少し寂しそうに手を振りながら見送った。

次の日…抗がん剤での「全身化学療法」、点滴にて投与の真理の治療が始まった。

朝一の8時から始まり、数時間にかけて行われる気長な根気強い治療の時間だ。

病室の真っ白な天井を見つめながら、真理は色んなことを思い出していた。

その中で一番強く思い出していたのは、真理も信也も好きでよく鼻歌でも歌っていた、尾崎豊の「I Love you」だった。

カラオケに行くと必ず信也は一番に歌い、最後にもう一度歌う、信也の十八番的な大好きな曲なのだ。

結婚する前の付き合っている頃からずっと聞かされていて、真理も大好きだった。

ーーあぁ~…なんだか久しぶりにしん君の歌声、聞きたいなぁ〜…ーー

そんなことを考えていると、状況確認にきた看護師と一緒に両親が病室へ入ってきた。

「真理…大丈夫か…?」

普段の強面(こわもて)的なキリっとした表情はどこえやら、誰が見ても娘を心配する父親オーラ爆裂な感じで、真司は真理へ声をかけてきた。

点滴に繋がれ身動きができない真理は、首だけを動かし真司のほうを向くと、笑顔で軽く頷いた。

すると一緒に病室へ入ってきた看護師が点滴の状況を確認しながら、真理へ体調の変化がないか質問してきた。

「吐き気など気分が悪くなったり、手足などに痺れなど体に何か変わったことはなどはないですか?」

「今のとこ、大丈夫です…」

「そうですか…何かありましたら、直ぐに知らせてくださいね」

そう言うと看護師は病室を退室していった。

病室にそのまま残った両親は、真理のベットの横にあった椅子に座り、時折、真理に声をかけ負担にならない程度に会話をしながら真理を見守った。

そのおかげかそれなりにキツい治療の時間も、だいぶ穏やかな気持ちで終えることができた。

…それからの治療は、検診や検査をしながら予定をたて、進行していった。

すると2回、3回…と、受けるうちに、やはり副作用が色々と表れだした。

髪の毛は抜けやすくなり、また体重も減って痩せてきた。
顔の筋肉も衰えてきた。
食事も食べる量だけでなく、種類も減った。

術後化学療法の時より抗がん剤の種類が増えているせいか、副作用の表れが少し早くそして強いように感じられた。

そんなある日…
仕事が休みの信也と自宅のソファで仲良く座ってテレビを見ていた真理が、不意に思い出したように信也にお願いをしてきた。

「ねぇ…しん君…久しぶりに、しん君の歌声聞きたいな…いつもの、あの歌…」

急な真理の申し出に、ちょっとびっくりした顔をするが、信也は直ぐに優しい笑顔になり返答した。

「どうした?急に…ん…まぁ…まーちゃんが聞きたいなら…あの歌って、俺もまーちゃんも大好きな、あの歌だろ?」

「そっ…しん君の十八番で私も好きなあの歌…尾崎豊さんのI Love you…ねっ…歌って…」

真理にせがまれる様に、信也は静かに歌い出した。

♪〜I Love you…今だけは悲しい歌 聞きたくないよ〜♪ 
♫〜I Love you…逃れ逃れ辿り着いた この部屋♫〜何もかも許された恋じゃないから 二人はまるで 捨て猫みたい〜♪
♪この部屋は落葉に埋もれた 空き箱みたい〜♪
だからおまえは小猫の様な泣き声で〜♪ooh〜♫
♪〜きしむベッドの上で 優しさを持ちより〜♪
きつく躰抱きしめあえば〜♪
♪〜それからまた二人は目を閉じるよ〜♪
♪〜悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ様に〜♪

歌の間、真理は信也の肩にそっと顔を寄り添い、手を繋ぎ静かに目を閉じて聞いていた。

目を閉じ、歌を聞きながら真理は何を思っていたのだろうか…

その閉じた目からは、静かに涙が流れ落ちていた。