――――再びの平穏を取り戻した後宮。
「色々と、無神経なことを言ってすまなかった」
「……わ、私こそ。色々と言ってごめんなさい」
夫婦の冷戦は終結を迎えた。
いや、ぶっちゃけ言って、媽媽からの圧が……その、ねぇ。やはり母は強いわね。ウーウェイ男だけど。
「だがその、セナが頑張りたいと言うなら俺も何か協力したい」
「ルー……」
思えばルーは何かと私のために協力してくれるのよね。
「今までは身近なものに絞ってきたが、視野を広げてみたらどうだ?」
「……視野を?」
「そうだ。例えば小説なんかは今まで後宮ではやったことがないんじゃないか?」
「そうよね」
検閲は入るし機密事項は削除した上でとなるが、後宮から出版されるだなんて史上類を見ないことである。
「他にも女性が本来嗜む趣味や特技に囚われないで探すとか」
「そう言う方向性もありよね」
女性武官だって、昔から後宮にはある程度いたらしいが未だ門戸は狭まっている。それは武官には男がなるものと言う考えがあったからだ。
ルーはこだわらないようだから、後宮の外にも少しずつ増えているようだが。
「例えば官吏とか学者、医者とか」
「そうねぇ」
しかし官吏……執務はダメだったからなぁ。
「まぁ、まだ建国祭までには時間があるんだ。焦らず見付ければいい」
「うん、ありがとう」
「じゃぁ……俺はそろそろ会議だから」
「うん、行ってらっしゃい」
ルーを送り出せば、グイ兄さまがクスリと微笑んだ。
「若いっていいねぇ」
自分もまだ20代でしょうに。妙に達観したところがあるんだから。
「ではセナさま」
「うん、私たちも行こうか、ウーウェイ」
さてこれからの予定を確認しようと思って執務室に向かおうとすれば。
「セナさま、大変です!ルンさんが……!」
リーミアが急いで呼びに来たのだ。
「え……っ、ルンに何が!?」
急いで第2妃の部屋を訪れれば。
「セナさま、こちらへ」
徒凛さまが招いてくれる。ルンは暇さえあれば明明ちゃんと遊んでいるからこちらにいることも多いのだ。
明明ちゃんの子ども部屋に入れば、そこには横になってうなるルンと、心配そうな明明ちゃん。
「ここは明明が……じんこぉこきゅうをする!」
いやいや、今の主流は人工呼吸じゃなくて心臓マッサージよ……!そもそも心臓マッサージが必要な状況とも違うわね!?
「公主さまいけません!公主さまの唇はあぁぁっ」
明明ちゃんの唇を守ってくれる女官に感謝しつつも。
「ルン、どうしたの?教えて」
自分の唇を捧げようとしていた明明ちゃんをウーウェイが回収してくれたので、ルンに呼び掛ける。
「※※※……※※…………」
うぅ……やっぱり南方の方言が分からない……!ルーは会議だしグイ兄さまも同行しているはず。ここに北部民がそこまでいないように、南部の出身者もそうそうは……。
「あ……っ、いるわね……!」
ひとり心当たりがある。
「鄧鶯を呼んでくれる?彼女の供のものたちも一緒に!」
帝国の純粋な貴族なら難しいかもしれないが、供の誰かに詳しいものがいるかも。
そうして駆け付けた鄧鶯たち。
「南方の方言を話せるひとはいない?」
「で……では、私が聞いてみます」
鄧鶯ったら、話せるの!?
すると鄧鶯がルンの傍らに寄り添う。
「※※※…………※※」
彼女が何かを問いかけると、ルンが苦し気に漏らす。
「あの、セナさま!どうやらお腹が痛いようです」
「お腹!?何か変なものでも食べたの!?」
「そう言えば……」
リーミアが何か考え込む。
「どうしたの?」
「いえ、しけっていたので処分しようと思っていた菓子がいつの間にかなくなっていて……誰かが処分してくれたものとばかり……」
多分……それだ。
「明明ちゃんは食べてないわよね!?」
ルンとよく一緒にいる明明ちゃんは!?無事そうだけど……!
「いえ、ずっと見守っていましたが」
「本日のお菓子はまだですわ」
さすがは明明ちゃんを見守る仙女ファン。ちゃんと見ていてくれて何よりだわ!
「とにかく腹痛に聞くお薬を」
「常備薬があったかと」
リーミアが素早く動いてくれる。
「あと鄧鶯」
「は、はい!皇后さま!」
「ルンにそこら辺にあるもの何でも食べないように言ってくれない?」
明明ちゃんと一緒の時ならともかく、それ以外は誰か見ているとかじゃないからなぁ。
「は、はい!」
そうして腹痛の薬をこしらえ、無理矢理呑ませれば。
「うげぇ……」
ルンが不味そうに表情を歪ませる。良薬は口に苦しよ。本当にもう。
そして鄧鶯によーく言い付けてもらい、今日のところはルンを寝かせておくことにした。なお明明ちゃんは心優しく、床脇でなでなでと看病してくれている。本当に和むなぁ~~。
「それにしても鄧鶯は南方の言葉に精通しているのね」
「えぇ……その、興味がありまして。私が学んだのはルンさんとはちょっと違いますが、それでも意思の疎通は問題ないですよ」
つまり南方の方言の中にさらに方言があると言うことだ。複雑だが共通語も同じようなものなのよね。
「でも助かったわ」
「お役に立てて何よりです」
「うん。それにしても……鄧鶯は方言などの言語に興味があるの?」
「えぇ。昔から興味がありまして……でも実家では反対されてしまって。私は主民族なので、庶民や少数民族たちの言語を話すのはよくないと……」
うーん……私にはよく分からない理屈だけど、昔からよく聞く話よね。
「でも他ならぬ皇帝陛下が話せるのよ」
「え……と、やはり陛下も?」
「普段のルンの通訳だもの」
「こ……皇帝陛下を通訳……さ、さすがは皇后さまです……」
何か違うところで感心されてないかしら?
「でもそうなら反対されるゆわれはないのよ。それに言語に興味があるなら……学者はどうかしら!?ルンもそうだけど、ここには西異族やら北異族やらいろいろいるし、許蘭も東部の貴族のお嬢さんだったから、幾らか珍しい言語や方言を知っているかもだわ」
「が……学者だなんて……っ、女性がなるものでは!」
「大丈夫よ。元々は武官もなんだから」
「……っ」
「前例があるんだから、鄧鶯がやりたいのなら。どうかしら」
「……その、やって……みたい、です」
「なら、そうしましょ!」
思わず鄧鶯の手を両手で包み込めば、彼女が嬉しそうに頷いてくれる。うん……!やっぱり諦めなければ活路は見出だせるのね……!
――――その夜
「ふぅん……?学者ね」
「いい考えでしょ?」
「確かに。なら、その方向で行こうか」
「うん!」
ルーなら賛同してくれるって信じてた。
「それにしてもルンのこと、すまんかったな。助かった」
「お礼なら鄧鶯に言ってあげて」
「それもそうだ。では明日にでも」
そんなわけでルーと翌日鄧鶯の元を訪れれば、何を誤解したのか鄧鶯が地に額を擦り付けて拱手を捧げて来たのだが。
ルーから礼を言われ、学者として頑張るように言葉をかけられた鄧鶯は感激し過ぎて逆に気絶してしまった。
「鄧鶯――――っ!!!」
そう言えばお知らせの時に面と向かって顔を合わせたとは言え、個別にルーと話したのなんて初めてじゃないかしら……?