――――すっかり平穏を取り戻した奥後宮。
普段は離れた区画で暮らす妃たちも一様に集められている。後宮城市の妃たちはここには入れないので、別途屋外広場に集合させられ、通達されているはずだが。
とにもかくにもここに集められたのは。第2妃徒凛さまとルンにお膝抱っこされてる明明ちゃん。うーん、思いの外結構仲良くなったわね、この2人。
あとそれから他の側妃たち。貿易で繁栄している東部出身の許蘭、帝都貴族の出身である姚雪華、それから南部出身の鄧鶯ね。
それからもちろん後宮で働くものたちも集まっている。
しかし今回彼女らを呼びつけたのは私だがもうひとり……皇帝陛下でもあるルーも同席しているだけあって、みな緊張した面持ちである。
「えー……みなさんにここに集まってもらったのは他でもありません」
そう切り出せば、3人の側妃たちがサアァッと青ざめる。その、私そんな恐怖政治敷いた覚えないのだけど?
「まず、良いお知らせと残念なお知らせがあります。どちらから聞きますか?多数決で決めます。まず、いいお知らせ」
しーん。
「残念なお知らせ」
徒凛さまと明明ちゃんが手を挙げる。やっぱり残念な方は先に聞いておこうと言うことかしら。明明ちゃんも苦手なものを先に食した後で、目一杯美味しいものを堪能するタイプだもんね。苦手なものを残さず先に食べてしまうのはなかなか良い心がけである。
なお明明ちゃんも多数決に加わっているのは、私以外の奥後宮の妃が4人だからだ。こう言うのは奇数にしなければ。
「そこの3人!ちゃんと手を挙げる!」
『は……はいいぃっ!!』
うーん……何かビビられてる?やっぱり北異族の血を引くから?まぁグイ兄さまには見事にビビっているからちょっと離れたところに待機してもらっているが。
「良いお知らせ!」
しーん。
「残念なお知らせ!」
『はいいぃっ!!!』
徒凛さまと明明ちゃんと共に手を挙げる3人の側妃たち。見事に腕をピンと立てて、素腕が丸見えだ。北部は寒いので夏以外中々素腕は出さないが、こちらでは高貴な女人は手足を隠すものでは?
もちろん執務中や鍛練中は遠慮なく出さねば意味がないのでそうするが。
「では残念なお知らせから……もう腕は下ろしていいですよ」
『……』
徒凛さまが手を下ろし、明明ちゃんが飽きてルンと遊び出した中、未だに腕をピンと立てている3人に告げる。恐る恐る腕を下ろした3人。よし、話を進めるか。
「この度後宮の第2妃と第4妃の部屋の改修が終わったので、徒凛さまは第2妃の部屋に移りますが……それに合わせて全体的な引っ越し作業をしようと思います」
『……』
恐る恐るこちらを見る3人。
「後宮や帝国にとって有能であると判断された場合は格上の部屋に引っ越し、妃階級も上がります」
つまり今まで20人もいなかったのに第20妃などと呼ばれていた彼女たちも、場合によっては第3妃、4妃に格上げされる可能性もあると言うことだ。しかし……。
「そうでない場合は降格!場合によっては城市の宮に引っ越し!そして城市の宮に暮らしていた妃たちが逆に格上げとなる可能性もあります」
つまり奥後宮で階級を上げて暮らすか、それに値しないと判断されれば宮に移り21以降の妃になるかの2択である。
「ですが私も魔鬼ではありません」
魔鬼はグイ兄さまの方よ。
「ほう……?」
ギクッ。後ろからとてつもないおどろおどろしい何かがぁぁぁっ!ちょ……何で私の考えてることバレたの!?
「グイ、ステイ」
「……っ」
ルーのお陰で収まったけど……!助かったぁっ!!
「後宮の健全な維持運営は帝国の繁栄にも通ずることです」
後宮が荒れて国が……なんてことは歴史上幾度となく繰り返されていたことだわ。傾国しかり、やり過ぎて皇城まで巻き込んでおお騒動になった策謀とか。ルーの治世は傾いて欲しくないもの。だからこそ。
「よって、私との面談の時間をひとりひとり取るので、指定した時間で問題ないか確認をしてください。どうしてもな時は時間を調節しますので」
3人の表情筋が固まる。うーん、逆に緊張させてしまったかしら?ここは何か……。
「面談には徒凛さまも同席します」
徒凛さまは今までも陰ながら彼女たちのためにフォローなどをしていたそうだ。そのためか3人の表情はちょっとやわらいだかしら。
「あと……明明ちゃんも来る?おやつ出るわよ」
「……っ!いく!!」
すっかり飽きてルンとにらめっこしていた明明ちゃんが即座に反応して振り向く。よし、みんなの仙女枠確保!
「そう言うことで今回は……」
「あの、セナさま」
ふと、徒凛さまが。
「良いお知らせと言うのは」
「あ……忘れるところだった」
こちらも大事よね。
「もうすぐ帝国の建国祭です」
帝国の建国を祝うための祭り。国中がお祭り騒ぎとなるこの時期は私たち皇帝の妃にとっても大切な時期である。
「例年通り、さまざまな褒美や恩赦が振る舞われます。それと同時に妃にも褒美、恩赦……と言うか休暇が出されます」
それもただの休暇ではない。褒美か恩赦か言い方を迷ったのは、それは妃によるからだ。人質や捕虜として後宮入りした妃たちによっては恩赦、通常の主従の絆を深めるための政略で召しあげられた妃や皇帝が自ら望んだ妃へは褒美。
「普段は望んでも手に入らないものを取り寄せてもらえたり」
遠く離れた故郷の味だとか、滅多に手に入らない珍しい織物だとか。これは一番ランクが軽いたぐい。銅賞みたいなものだ。
「希望する面会が許可されたり」
これは銀賞ね。普段は後宮の妃は信のやり取りくらいしかできないもの。それも全て検閲が入る。
「一時的な外出許可が出されたり」
ただし監視付きの上、帝都内に限る。
これは金賞ね。……とは言え滅多に許可されるものではない。逃亡の恐れがあったり、評判が悪かったりすると絶対に与えられないものである。それから帝都の外には基本的に出られない。ちょっくら護衛付きで祭りの屋台を楽しむ……くらいの自由である。
年に数回、このような特別な日がある。他には皇帝の在位ウン周年記念とか、春節とか。
ただ春節はひとの移動が多いし忙しいので、私たちに振る舞われる褒美なり恩赦なりは春節よりも時期をずらした期間となる。
基本は後宮の外に出られない妃が外に出られる数少ないチャンスなのだ。
その他は肉親が病床に臥した見舞いなどで特別に故郷へ帰還することが許可されたり、お役御免として妃の座を辞することを許可される。これらは滅多にないことだが。それとあくまでもこれは国内に限ること。外国の場合は数えるほども前例がない。
――――しかしながら。
「相応の働きが認められない、もしくは素行が悪ければ最悪参加賞もあり得ますので心しておいてくださいね」
「因みに今年の参加賞は……紅白餡包セットだ」
しかもそれ、普通におめでたい時に皇城で配られる記念品よね!?みんなもらうやつをさらに追い討ちをかけるようにもう1セットだなんて。みんなが楽しんでいる間ひとり宮や部屋の中で食べなきゃいけないのよ。いくら餡包が好物でも何か悲しいわよね。
「良い知らせと言いながら最後に突き落としたよねぇ、セナ」
びくんっ。後ろからそんなグイ兄さまの呟きが聞こえるが。
人聞きの悪い!だからみんなで金賞目指して頑張ろうってことじゃないの~~っ!