「俺、アイツ無理だわ」

一瞬、思考が停止した。
窓の外に、一瞬見えた黒髪。
あんな綺麗な髪の持ち主なんて、この学年には一人しかいない。
そんなこと、言ってないのに。

目の前には、ゲラゲラ笑いながらスマホのボイスチェンジャーをかざしている奴が一人。
そいつの名前は天川。
一応俺の友人、だ。
だがこんなことをするなら絶交待ったなし、だな。
腰掛けていた机を降りて、天川の肩を掴む。

「おい!何してるんだよ!!」

思ったより怒っている声が出た。
それを聞いて、やっと自分の怒りを認識する。
怒りに身を任せそうになるのをぐっと堪える。
そのまま天川を睨みつける。
天川は、ヘラヘラと笑いながら言った。

「まーまー。そう怒るなって。最近はやってるボイスチェンジャーだよ、ほら。声の録音を入れるとその人の声で話してくれる。」

足元が真っ暗になった気がする。
そんな下らないことのために、俺の声を使ったのか?
そんなもので、あんなことを言わせたのか?
俺だって、誰も見てないところでやられたんだったらこんなに怒ったりしない。
でも、今、教室の外にあの子の姿が見えたから。
俺が心を奪われている、あの子の。
もしあの子が全て聞いていたとしたら、あらぬ誤解を生んでしまう。
そのせいで、あの子に嫌われたとしたら…。
俺は、どうしたらいいんだ?

「は?ふざけんなよ。俺の声使って何言ってたんだよ。」

こいつらが勝手に話していたのは、同じ図書委員の三ツ黃(みつき)夜空(よぞら)さんのことだ。
あの会話の流れていけば、どう考えても俺が三ツ黃さんを拒否したことになってしまう。
そんなこと、するわけないのに。
三ツ黃さんの、肩で切り揃えられている美しい黒髪は、名前にぴったりの輝きを放っている。
あのきれいな髪が、翻ったのを見た。
きっと、全部聞いていたんだ。
それで、俺に幻滅したんだ。
何もかもが、終わった…もう、どうしたらいいのか分からない。
俺は天川への返事もそこそこに、三ツ黃さんを追って教室を飛び出した。
三ツ黃さんは幸いなことに校門を出てすぐのところで見つかった。

「あの…三ツ黃さん?」

勇気を振り絞って話しかける。
返事はなかった。
心ここにあらず、といった感じだ。
肩を触るわけにはいかない。
もう一度話しかけようか迷ってるうちに、とうとう駅についてしまった。
俺は電車通学、三ツ黃さんは徒歩通学だ。
流石にこれ以上はストーカーと間違えられてもおかしくない。
駅の方を見ると、電光掲示板にもうすぐ電車が到着するとの表示が出ている。
渋々ながら、俺は駅へと駆け出した。

「どうしたもんかなぁ。」

夕食後の自室で一人、スマホと格闘しながら。
俺は誰に言うでもなくつぶやく。
見ているのはメッセージアプリの、三ツ黃さんとのトークルームだ。
放課後のこと、三ツ黃さんに説明すべきか。
でも、万が一にもあの髪は俺の見間違いだったとしたら…?
ただただ、三ツ黃さんに不信感をもたせるだけになってしまう。
それどころか、自意識過剰のイタい男になってしまう。
でも、もし本当に聞いていたら、なんであんなことを言ったんだと怒っているかもしれない。
かれこれ、100回くらいはこの『でも』の論争を脳内で繰り返している。
どうしようかとうなり続けていたその時。
三ツ黃さんからメッセージが届いた。

『夜遅くにごめんね。図書委員会の伝達をし忘れちゃったので今送ります。明後日の昼休みに数学教室に集合です。よろしくです。今日、放課後に教室を通ったら日向くんの声が聞こえたんだけど、何話してたの?』

メッセージが届いて舞い上がる気持ちは、後半の文章によってかき消される。
また、既読の速さに疑問を持たれたのではないかという一抹の不安も芽生える。

『何話してたの?』ということは、やっぱり聞いていたのか。
とりあえず、既読もついしまっているから、今人気のキャラクターのスタンプを送っておく。
俺のスマホで天川が勝手に購入していたやつだ。
これなら失敗はないだろう、多分。
後は、質問に答えるだけだ。
少しでも早く、と焦っていたら、変な文章になってしまった。

『放課後話してたことだけど、三ツ黃(みつき)さんには関係ないと思う。』

違う、そんなことを伝えたいんじゃない。
こんな、冷たいことを伝えたいんじゃない。
でも、送信取り消しをする間もなくすぐに既読がついてしまった。
頭を高速で回転させて文章を組み立てていると、追い打ちをかけるように返信が来てしまう。

『そっか。話したくなければ大丈夫だけど、女子の話をしてる気がして…。日向くんがそういう話をするって意外だったから。』

文章の節々から、三ツ黃さんの奥ゆかしさ…良すぎる性格が伝わってきてる気がして、こんなときでも。

「好きだなぁ。」

なんて思ってしまう。
ヤバイ。
声に出てた。
『そういう話をするなんて意外』か。
そりゃそうだ。
初恋なんだから。
自嘲(じちょう)しながら思う。
こうなったら、信じてもらえるかなんてわからないけれど、全て打ち明けよう。
俺は何もしていない、誤解だって。
自分の口で、伝えよう。
そう覚悟を決めた俺は、またメッセージを送る。

『話してた内容、聞いた?』

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
三ツ黃さんなら、天使が出てきそうだ。
出てきたのは

『うん。』

よし、覚悟は決まった。

『今、電話してもいい?』
『大丈夫だよ。』

安堵し、思わずガッツポーズしてしまう。
これが怪我の功名というものか。
すぐに電話をかける。

「は、はい。もしもしっ?み、三ツ黃です。」
「もしもし。わかってるよ、俺は三ツ黃さんにかけたんだから。」
「あ、そっか。あはは…。そ、それで、どうして急に電話で…?」
「色々勘違いされてる気がしたから。」
「ふぁえっ!?勘違い!!?ご、ごめんなさい…。」
「良いよ、別に。あの部分だけ聞いたなら、そう思うだろうし。」
「あの部分って…?」
「俺の声が『俺、アイツ無理だわ』って言ってるとこ。多分、三ツ黃さんが聞いたのはそこだよね?」
「うん、そうだよ。自意識過剰かもしれないけど、私の話をしてる気がして…。」
「三ツ黃さんの話をしてたのは本当だよ。三ツ黃さんが嫌な思いしてたんだったら、ごめん。」
「わ、私の話をしてたのは、恥ずかしいけど別にいいよ。だけど、なんで無理って言われてたのか気になって…。元々、あのメッセージを送るつもりはなかったの。だけど、誤爆しちゃって。光の速さで既読は付くし、もうどうしたら良いのかっていう状態で…。」
「あの、その、なんというか…。既読の速さに関しては、教室から三ツ黃さんの姿が見えたから、なんと説明しようかトークルームを開いてたらメッセージが来て…。」
「な、なるほど?既読の速さに関してはわかったよ、だけど…。『俺の声が言った』ってどういういこと?」
「あのとき一緒にいた奴ら…天川(あまかわ)とか、俺がいつも一緒にいる奴らが、ボイスチェンジャーで俺の声使って遊んでたんだよ。それで、あんな事言いだして…。本当に、俺が言ったんじゃないし、あんなこと思ってない。信じてほしい。」

そこまで順調に行っていたのに、突然大きな音が鳴り響いた。
緊急地震速報だ。
一旦、名残惜しいと思いつつも、通話を切って、メッセージを送る。

『急に切ってごめん。警報がうるさすぎるから、収まったらまた電話しても良い?』
『もちろん!待ってるね!』

すぐに返事が来た。
かわいい。
メッセージから、今の気分が伝わってくる。
しばらくして、ようやく警報は収まった。

「もしもし?三ツ黃さん、さっきはごめん。」
「大丈夫だよ。っていうか、あれ日向くんのせいじゃないし。」
「ありがとう。それで、本題なんだけど、あの言葉の意味っていうか事情、分かってくれた?」
「うん。分かったよ。元から何かおかしいとは思ってたし。日向くんが特定の女子にそんなこと言うわけないもんね。」
「俺だって、三ツ黃さんじゃなきゃ、こんなに否定しない。」

思わず、心の声が漏れ出ていた。

「あれ?何か言った?ゴメン、聞こえなかった。」

よし、はっきり聞こえてないみたいだし、このまま続行。
何もなかった、何も…。
だけど、三ツ黃さんから返事が来ない。

「三ツ黃さん?大丈夫??」
「ご、ごめん!ちょーっと、ボーっとしてただけだから!!ホントにゴメン!!」
「そんなに謝らなくても…。でも、誤解が解けてよかったよ。じゃあ、もう夜も遅いし。また学校でね。おやすみ。」
「う、うん!学校で!!おやすみなさい!!」

電話が切れる。
俺は、一気に脱力した。

「おやすみって、言ってくれた…?」

ヤバい、どうしよう。
めっちゃ嬉しい。
その後、すれ違った妹に

「お兄ちゃん、ニヤニヤしてんのマジキモい。」

と言われるのは別のお話。目の前には、ゲラゲラ笑いながらスマホのボイスチェンジャーをかざしている奴が一人。
そいつの名前は天川。
一応俺の友人、だ。
だがこんなことをするなら絶交待ったなし、だな。
腰掛けていた机を降りて、天川の肩を掴む。

「おい!何してるんだよ!!」

思ったより怒っている声が出た。
それを聞いて、やっと自分の怒りを認識する。
怒りに身を任せそうになるのをぐっと堪える。
そのまま天川を睨みつける。
天川は、ヘラヘラと笑いながら言った。

「まーまー。そう怒るなって。最近はやってるボイスチェンジャーだよ、ほら。声の録音を入れるとその人の声で話してくれる。」

足元が真っ暗になった気がする。
そんな下らないことのために、俺の声を使ったのか?
そんなもので、あんなことを言わせたのか?
俺だって、誰も見てないところでやられたんだったらこんなに怒ったりしない。
でも、今、教室の外にあの子の姿が見えたから。
俺が心を奪われている、あの子の。
もしあの子が全て聞いていたとしたら、あらぬ誤解を生んでしまう。
そのせいで、あの子に嫌われたとしたら…。
俺は、どうしたらいいんだ?

「は?ふざけんなよ。俺の声使って何言ってたんだよ。」

こいつらが勝手に話していたのは、同じ図書委員の三ツ黃(みつき)夜空(よぞら)さんのことだ。
あの会話の流れていけば、どう考えても俺が三ツ黃さんを拒否したことになってしまう。
そんなこと、するわけないのに。
三ツ黃さんの、肩で切り揃えられている美しい黒髪は、名前にぴったりの輝きを放っている。
あのきれいな髪が、翻ったのを見た。
きっと、全部聞いていたんだ。
それで、俺に幻滅したんだ。
何もかもが、終わった…もう、どうしたらいいのか分からない。
俺は天川への返事もそこそこに、三ツ黃さんを追って教室を飛び出した。
三ツ黃さんは幸いなことに校門を出てすぐのところで見つかった。

「あの…三ツ黃さん?」

勇気を振り絞って話しかける。
返事はなかった。
心ここにあらず、といった感じだ。
肩を触るわけにはいかない。
もう一度話しかけようか迷ってるうちに、とうとう駅についてしまった。
俺は電車通学、三ツ黃さんは徒歩通学だ。
流石にこれ以上はストーカーと間違えられてもおかしくない。
駅の方を見ると、電光掲示板にもうすぐ電車が到着するとの表示が出ている。
渋々ながら、俺は駅へと駆け出した。

「どうしたもんかなぁ。」

夕食後の自室で一人、スマホと格闘しながら。
俺は誰に言うでもなくつぶやく。
見ているのはメッセージアプリの、三ツ黃さんとのトークルームだ。
放課後のこと、三ツ黃さんに説明すべきか。
でも、万が一にもあの髪は俺の見間違いだったとしたら…?
ただただ、三ツ黃さんに不信感をもたせるだけになってしまう。
それどころか、自意識過剰のイタい男になってしまう。
でも、もし本当に聞いていたら、なんであんなことを言ったんだと怒っているかもしれない。
かれこれ、100回くらいはこの『でも』の論争を脳内で繰り返している。
どうしようかとうなり続けていたその時。
三ツ黃さんからメッセージが届いた。

『夜遅くにごめんね。図書委員会の伝達をし忘れちゃったので今送ります。明後日の昼休みに数学教室に集合です。よろしくです。今日、放課後に教室を通ったら日向くんの声が聞こえたんだけど、何話してたの?』

メッセージが届いて舞い上がる気持ちは、後半の文章によってかき消される。
また、既読の速さに疑問を持たれたのではないかという一抹の不安も芽生える。

『何話してたの?』ということは、やっぱり聞いていたのか。
とりあえず、既読もついしまっているから、今人気のキャラクターのスタンプを送っておく。
俺のスマホで天川が勝手に購入していたやつだ。
これなら失敗はないだろう、多分。
後は、質問に答えるだけだ。
少しでも早く、と焦っていたら、変な文章になってしまった。

『放課後話してたことだけど、三ツ黃(みつき)さんには関係ないと思う。』

違う、そんなことを伝えたいんじゃない。
こんな、冷たいことを伝えたいんじゃない。
でも、送信取り消しをする間もなくすぐに既読がついてしまった。
頭を高速で回転させて文章を組み立てていると、追い打ちをかけるように返信が来てしまう。

『そっか。話したくなければ大丈夫だけど、女子の話をしてる気がして…。日向くんがそういう話をするって意外だったから。』

文章の節々から、三ツ黃さんの奥ゆかしさ…良すぎる性格が伝わってきてる気がして、こんなときでも。

「好きだなぁ。」

なんて思ってしまう。
ヤバイ。
声に出てた。
『そういう話をするなんて意外』か。
そりゃそうだ。
初恋なんだから。
自嘲(じちょう)しながら思う。
こうなったら、信じてもらえるかなんてわからないけれど、全て打ち明けよう。
俺は何もしていない、誤解だって。
自分の口で、伝えよう。
そう覚悟を決めた俺は、またメッセージを送る。

『話してた内容、聞いた?』

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
三ツ黃さんなら、天使が出てきそうだ。
出てきたのは

『うん。』

よし、覚悟は決まった。

『今、電話してもいい?』
『大丈夫だよ。』

安堵し、思わずガッツポーズしてしまう。
これが怪我の功名というものか。
すぐに電話をかける。

「は、はい。もしもしっ?み、三ツ黃です。」
「もしもし。わかってるよ、俺は三ツ黃さんにかけたんだから。」
「あ、そっか。あはは…。そ、それで、どうして急に電話で…?」
「色々勘違いされてる気がしたから。」
「ふぁえっ!?勘違い!!?ご、ごめんなさい…。」
「良いよ、別に。あの部分だけ聞いたなら、そう思うだろうし。」
「あの部分って…?」
「俺の声が『俺、アイツ無理だわ』って言ってるとこ。多分、三ツ黃さんが聞いたのはそこだよね?」
「うん、そうだよ。自意識過剰かもしれないけど、私の話をしてる気がして…。」
「三ツ黃さんの話をしてたのは本当だよ。三ツ黃さんが嫌な思いしてたんだったら、ごめん。」
「わ、私の話をしてたのは、恥ずかしいけど別にいいよ。だけど、なんで無理って言われてたのか気になって…。元々、あのメッセージを送るつもりはなかったの。だけど、誤爆しちゃって。光の速さで既読は付くし、もうどうしたら良いのかっていう状態で…。」
「あの、その、なんというか…。既読の速さに関しては、教室から三ツ黃さんの姿が見えたから、なんと説明しようかトークルームを開いてたらメッセージが来て…。」
「な、なるほど?既読の速さに関してはわかったよ、だけど…。『俺の声が言った』ってどういういこと?」
「あのとき一緒にいた奴ら…天川(あまかわ)とか、俺がいつも一緒にいる奴らが、ボイスチェンジャーで俺の声使って遊んでたんだよ。それで、あんな事言いだして…。本当に、俺が言ったんじゃないし、あんなこと思ってない。信じてほしい。」

そこまで順調に行っていたのに、突然大きな音が鳴り響いた。
緊急地震速報だ。
一旦、名残惜しいと思いつつも、通話を切って、メッセージを送る。

『急に切ってごめん。警報がうるさすぎるから、収まったらまた電話しても良い?』
『もちろん!待ってるね!』

すぐに返事が来た。
かわいい。
メッセージから、今の気分が伝わってくる。
しばらくして、ようやく警報は収まった。

「もしもし?三ツ黃さん、さっきはごめん。」
「大丈夫だよ。っていうか、あれ日向くんのせいじゃないし。」
「ありがとう。それで、本題なんだけど、あの言葉の意味っていうか事情、分かってくれた?」
「うん。分かったよ。元から何かおかしいとは思ってたし。日向くんが特定の女子にそんなこと言うわけないもんね。」
「俺だって、三ツ黃さんじゃなきゃ、こんなに否定しない。」

思わず、心の声が漏れ出ていた。

「あれ?何か言った?ゴメン、聞こえなかった。」

よし、はっきり聞こえてないみたいだし、このまま続行。
何もなかった、何も…。
だけど、三ツ黃さんから返事が来ない。

「三ツ黃さん?大丈夫??」
「ご、ごめん!ちょーっと、ボーっとしてただけだから!!ホントにゴメン!!」
「そんなに謝らなくても…。でも、誤解が解けてよかったよ。じゃあ、もう夜も遅いし。また学校でね。おやすみ。」
「う、うん!学校で!!おやすみなさい!!」

電話が切れる。
俺は、一気に脱力した。

「おやすみって、言ってくれた…?」

ヤバい、どうしよう。
めっちゃ嬉しい。
その後、すれ違った妹に

「お兄ちゃん、ニヤニヤしてんのマジキモい。」

と言われるのはまた別のお話。