「さて、今回の件、あなたは大いに関わっています。」
ここからが本題だ。
私ははっきりとした口調で続けた。
「まず、あなたは坂本健次郎の妻、咲希に近づいた。咲希は健次郎と折り合いが悪かった。元は親が決めた結婚ですし、仕方ないかもしれませんね。、、咲希さんは、健次郎が浮気をしていることに気がついていた。そして、どうにかして証拠を掴もうとしていました。そんな時、あなたは」
と、ひなたが口を挟んだ。
「私が浮気の証拠を撮ってあげます。そして、あなたは、この会社に依頼をするんです。彼が入院するようになにか薬を飲ませてほしい。そこの雨夜という人にやってもらいたい。彼が倒れた時、私は愛人に連絡をします。すぐ飛んでくるでしょうから、そこで顔を確認してください。そして彼が目覚めたあとが勝負です。彼は、絶対にあなたを選ぶ。そしてそのあと、あなたは離婚を言い放つ。あなたのお父様とお母様には、私から証拠写真を見せて説得させます。そうすれば、、あなたも、自由だし、圭くんの親権もあなたのものですよ?」
ひなたはニヤリと私を見て笑った。
「前半戦はこうですね?」
私は少し拗ねた口調で訊いた。
「えぇ、そうです。あ、1つ言うと、、証拠写真は、本物もありますが、決定的な写真は、、フェイクです。」
──この女、、やはり油断ならない。、、何処まで気づいているのだろう、、。
「一度、心肺停止にしてから、もう一度自殺に見せかけて殺す、本当に難しい依頼でした。私たちの身にもなってほしいです。」
「それは、私もです。夜雨がいきなり病院に来て、本当にびっくりしたんですから。」
「あぁ、、あれは、彼女が咲希さんにどうしても私が雨夜です、ということを伝えたかったそうです。、、通行人として、ターゲットに近づき、落とし物を届ける。あのペンは月光さんのペンだそうです。どうしてもあのペンで離婚届を書かせたい、母の復讐だ、そう言っていました。」
「へぇ、、夜雨の考えそうなことですね。しかも、男友達?もつれてきているから、驚きました。」
「あぁ、彼はうちの社員ですよ。いつも彼女は彼とタッグを組んでいるんです。、、情報屋さんのくせに、雨夜の情報はないんですね?」
私はひなたに笑いかけた。
「そ、、そうですよ。夜雨を完全に舐めてました。」
彼女はそっぽを向いた。
まだまだ若いですね、、と私は心の中で呟いた。
「それでは、後半戦、聴かせてもらいましょうか。」
ひなたは真顔に戻った。
「健次郎が退院したあと、必ず愛人に連絡をする、と踏んだ。そして、あなたはあの男の話を、りこに話した。」
「はい、そうです。健次郎はあなたのことを愛人として愛している。お金や地位のためならあなたを簡単に捨てるような男ですよ、と。」
淡々とした口調でひなたはつぶやいた。
「そして、私はりこをあの男から離しました。」
「りこが私の元に来たのは、、なにかあると思ったのですが、、。やはりあなたでしたか。」
「彼女にもあの男の本性を伝えた方が良いと思いまして。」
「、、確かに、、そうですね。」
私は少し歯切れが悪く相槌を打った。
だが、ひなたは私の様子は気に留めず、話を続けろ、と催促した。
「そして、警察官に扮した私の社員たちがあの男の家に訪れました。そして、雨夜の登場です。まぁ、、あのまま警察に、あ、失礼、私たちに捕まったとしても同じ運命だったんですけどね。、、あとは、あの子の仕事です。」
「あの子が、しっかりやってくれました。ところで、あの時、あの男が本当に出頭したらどうしたんですか?」
「一生入ってもらいます。」
私は即答した。
私の言葉にひなたは苦笑を浮かべた。
そして、違う質問を口にした。
「あと、、あの男、ナイフを持っていましたよね?何故です?夜雨がそれを予測していたのもわからないんですけれど。」
納得がいかないというふうに腕を組んだ。
「あぁ、あれは雨夜の案です。車の隅に落としておいたんです。正当防衛にする、ということで。私たちはできるだけ正当防衛の殺し方をするという会社、、あぁ、あなたは知っていましたね。」
彼女がむすっと機嫌の悪い顔になったのでこの情報は知っていたようだ。
あの男が何故ナイフを持っていたのか、それを何故雨夜が予期していたのか、を知りたかったらしい。
「この件の影で動き、仕組んでいたのは、裏山ひなたさん、あなたです。」
私ははっきりと言い切った。
「そうです。私が仕組みました。依頼人は坂本咲希。犯人は裏山夜雨。そして、黒幕は、、私です。」
本当の黒幕、裏山ひなたがそう言った。
「ですが、、腑に落ちない点もあるんです。崖が崩れたこと、、あれは偶然なんですか?」
ひなたが私を疑うように見つめてきた。
「私は、私が、この件を全て仕組んだ、と自負しています。ですが、、この事件を動かすただの情報屋、という人間に過ぎない気がしてならないんです、、。あなたは、、何者なんです?」
ひなたが私に訊いた。
「私は朝霧火影。あの男を復讐したいと考えていた人々の中の1人です。あなたが、誰かの手によって踊らされていた、と言うなら、私もその誰かの手によって踊らされていたのでしょうね。」
自嘲気味に微笑みながら私はこう続けた。
「、、世の中には、秘密にしていた方がいいものがあるのですよ?」
「、、ふふ、そうですね。」
私の言葉にあっけに取られたようだったが、ひなたは笑みをこぼしながら肯定した。
「改めて、ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそです。ありがとうございました。」
私たちはどちらからともなく手を差し出した。
握り合いながら、今までのことを私は思い出した。
──長かった。本当に長かった。やっと、、。
「これからも、夜雨のことをよろしくお願いします。」
手を離した途端、ひなたはそう言った。
「え、、?」
「私の元にいるよりも、あなたの元にいる方がいいです。」
そういう意味で言ったのではないでしょう?
そう聞きたかったが、話は終わりだ、というように、彼女の口は硬く閉ざされていた。
訊かれたくないのか、ただ、言うのが面倒くさいのかはわからないが彼女の意図を汲み取り、私は尋ねなかった。
「わかりました。お任せください。もう、殺し屋はさせないし、しないと思います。」
彼女は優しい笑みを讃えながら、
「その方がいいと思います。」
と呟いた。
彼女の目は可愛い姪を想う目に変わっていた。
「では、また。」
私はそう声をかけ、扉を開けた。
「えぇ、また。」
私は部屋を出た。
振り向いた私の目には閉じられた扉しか映らなかった。
◆◆◆
「また、会うとしたら、、空に1番近い場所、ですかね?朝霧火影さん。」
戸の先には哀しそうに呟いたひなたがいた。
会社に戻った私を出迎えたのは、夜雨の妹たち、月雨と光雨だった。
「影さん!よいちゃん何処に行ったか知りませんか?」
月雨が心配そうに訊いてきた。
「い、いつからいないんですか?」
──まさか、、。いや、あの子に限って、、。
急に変な不安が押し寄せてきた。
心臓が久しぶりに高鳴っている。
「昨日の夕方、仕事って言って、それっきり。」
俯いて光雨がつぶやいた。
──昨日はあの男の件があったから、、丸一日いない、ということか。
私の不安は絶頂に達した。
──あの子の行きそうな場所、、。あそこか?
「月雨、光雨、私と一緒に来てください。」
──あの子を止められるのは、、2人だけだ。
私は、復讐のために、、生きてきた。
裏山夜雨という人間を捨て、殺し屋雨夜として仕事をこなしてきた。
でも、夜雨の復讐心を殺すことができなかった。
だから、最後、私は影さんとの約束を守ることができなかった。
依頼人のため、、ではなく、私自身、裏山夜雨のために復讐をしてしまった。
ごめんなさい。
守れなくて。
そして、復讐が終わった、と思ったら、もう、私の生きる目的がわからなくなった。
あの憎い男を殺すため、私は今まで生きてきた。
だから、私はこれからどうすれば、どう生きればいい?
生きるって、、なに?
そう思ったら、、私の体は動かなくなった。
もう私のやることは、、終わったんだ。
そう、私の復讐は、終わったんだ。
終わったというのに、、この気持ちはなに?
嬉しい?
それとも、悲しい?
あぁ、、終わったからこんな気持ちなのかな?
お父さん、お母さん、嬉しい?
それとも、、、悲しい?
娘が、、こんな姿で、、どう思う?
私、、2人を殺した奴と、、同じこと、、しちゃった。
私、間違ってた?
正しいと思った道、、踏み間違えた?
ねぇ、、教えて?
私、、本当に復讐をして良かったのかな?
こんな私に、、人を殺した奴に、生きる資格って、、ある?
生きる意味なんて、、ある?
もう、、生きられない。
生きたくない。
早く、、早く、何処かへ、、消えたい。
◇◇◇
夜雨は、灯台にいた。
一日中、ずっと。
満点の星を眺め、夜が明ける様子を眺め、太陽に照らされる海を眺めた。
星夜と月光がそばにいてくれると、感じられる、灯台で、ずっと。
そして、
生きるって、、なに?
そう自問していた。
夜雨は自分自身を無くしかけていた。
日が沈みかけた頃、、夜雨はナイフを手に取った。
「私は、、もう、生きたくない。、、生きれない。だから、、。」
──お母さんも、、こんな気持ちだたのかな。こんなことした、私なんか、妹たちにも、、必要とされないよね、、。きっと葉月くんにも、、。
「みんな、さよなら。」
夜雨は目を瞑った。
そして、ナイフを首に、、。
「「よいちゃん!!」」
その声に、夜雨の手が止まった。
「どうして、、?」
驚いた声が響いた。
「来たらだめ!」
だが、次の瞬間にはそう叫んでいた。
「雨夜、、いえ、夜雨、ナイフを下ろしなさい。もう、、あなたの仕事は終わりました。もう、、それを持つ必要はありません。」
私は強い口調でそう言った。
──やっぱり、夜雨は死のうとしていた。死ぬとしたら、思い出の場所、灯台だろうと思っていた。まだ、、死んでいなくてよかったが、死のうとしている気持ちは変わってはいないようだ、、。
私はまだナイフを下ろしていない夜雨の姿を見つめた。
──なんとしても、、止めないと。
「影さん、、。」
唐突に夜雨が私の名を呼んだ。
「私、、影さんとの約束、破りました。依頼人のため、じゃなくて私のために殺しました。あの男を。もう、、私には生きる資格も生きる意味も、、自分で奪ってしまいました。だから、、」
夜雨は、大きく息を吸った。
「だから、、もう終わりにしたい。この手で私は私を殺します。そうしないと、、終わりにできない。」
涙目になりながら、夜雨は続けた。
「影さん。私の生きる意味って、、なんですか?私たち、罪を犯した者の、生きる意味ってなんですか?もう私、、どう生きたらいいのか、、わからないんです。」
「生きる意味、、。」
──私なんかが、、答えることのできる問いではない。私は、、復讐に生きる人間だ。
私は痛感した。
──やっぱり、私じゃ、この子を、、止められない。
「「よいちゃん!!」」
もう一度、2人が叫んだ。
「よいちゃんは、るうとみうを、、置いていくの?」
「お父さんとお母さんみたいに星になるの?」
「よいちゃんまで、、行かないで!」
「よいちゃん、、ずっと一緒って言ったじゃん!」
その2人の声で、夜雨は月光が亡くなった頃の出来事を思い出した。
◇◇◇
「私が、2人を守るから、、そばにいるから、だから、泣かないで。」
月雨も光雨も、お母さんがいなくなって泣き叫んでいた。
本当は、私も大声をあげて、、泣きたかった。
でも、、2人がいたから、泣かなかった。
私まで泣いたら、私たちを慰めてくれる人はいないから。
本当は、私も死にたかった。
なんて、この世は意地悪なんだろうって思った。
お父さんを殺され、お母さんは前を向いて歩いていたのに、好きな人はお父さんを殺した犯人で。
お母さんはただ遊ばれていただけだった。
そして、、お母さんも私たちの元から奪われた。
本当に、生きる希望を失くしかけた。
でも、月雨と、光雨がいた。
だから、死ななかった。
「私は2人と、、ずっと一緒にいるよ。」
と言って2人を抱きしめた。
◇◇◇
──そうだ、、。私は、2人と一緒にいるって、、約束した。誓った。
「よいちゃん。るうとみうは、、お姉ちゃんと一緒にいるっていうのが、生きる意味だよ。」
「よいちゃんと一緒にいるだけで、幸せだよ。それが生きる意味だよ。」
「よいちゃんのやることは、るうとみうと一緒に過ごすこと。」
「絶対に離れ離れにならないこと。」
「だって、、知ってるでしょ?大好きな人に、、置いてかれちゃう、気持ち。」
「もう会えないっていう気持ち。」
「もっと一緒にいたかったっていう、気持ち。」
「今すぐにでも会いたいっていう気持ち。」
「「知ってるでしょ?よいちゃんも。だから、置いていかないで。ずっと一緒でしょ?るうとみうはよいちゃんと離れたくない!よいちゃんは違うの?離れ離れになってもいいの?よいちゃんも、そうでしょ?」」
2人が泣きながら、夜雨に訴えた。
「私、、悪いこと、、したんだよ?そんな人がお姉ちゃんで、、嫌でしょ?」
夜雨のナイフを持つ手が震えている。
「悪いことをしたとしても、るうとみうのお姉ちゃんってことに変わりない!」
「血のつながった、、大切な大切なお姉ちゃんだよ!」
「誰かがなんと言おうと、胸を張って、るうとみうを1人で頑張って育ててくれたお姉ちゃんだって。」
「頑張り屋で優しくてカッコイイ、強い、大好きなお姉ちゃんだって、言うもん!」
「「大好きなお姉ちゃん、るうとみうと、、生きて!これから、、もっと幸せになろう!よいちゃんから、るうとみうは離れない。だから、よいちゃん!」」
しばらく夜雨は2人を眺めたあと、涙が頬を伝った。
夜雨はナイフを落とした。
夜雨に2人が抱きついた。
「ごめん、ごめんね、、。立派なお姉ちゃんって言われるように、、もっと頑張るから。もう、、こんなことしないから。ずっと、、一緒だから。」
2人を抱きとめた。
3人は涙を流しながら、でも、吹っ切れたような笑顔を見せていた。
──私の出る幕はやはりなかったようですね、、。
と心の中で呟き私は踵を返し、灯台を降りた。
「影!雨夜は?」
とこちらへ駆けてくる若い男がいた。
「葉月!どうして此処へ?」
夜雨とタッグを組んでいた男だった。
この件も夜雨と共に仕事をしていた。
「夜雨が心配で、、。今回の件、いつもより険しい顔をしていたし、様子がおかしかったので。連絡を取ろうとしても、取れなくなって。探していたんです。それで、夜雨は?」
前のめりになりながら葉月が訊いた。
「もう大丈夫です。今、灯台の上で妹たちといますよ。」
「よかった、、。」
大きく息を吐きながらそう言った。
「ところで、、どうして雨夜の本名を知っているんです?」
「え?!、、えっと、、訊いたので、、すみません、、。」
あからさまに顔を赤くして言い訳をしている。
──なんだ、妹たち以外にも、夜雨のことを大切に想っている人がいたじゃないですか、、。本当に、私の出る幕はないですね、、。
心の中で自嘲気味にそう言った。
「葉月、夜雨とはどうなんですか?」
「え?!えーっと、、まだ、、です。」
「しっかりしなさい。すぐ人に取られちゃいますよ。あと、、夜雨のこと、悲しませるようなことをしたら私が復讐しますから。」
「は、はい!」
敬礼でもするような勢いで返事をした。
「よろしい。」
──それにしても、葉月が夜雨のことを好きだったとは、、。そういえば、夜雨の様子がおかしかった頃、私に報告しに来たのも、、葉月だった、、。
夜雨の少し遅い青春を見るのも悪くないですね、、。
私は内心ほくそ笑んだ。
──私も、夜雨のこと、大切に想っていますからね。ずっと見守っていますよ。これからもよろしくお願いします。
灯台を見つめながら私は思った。
「生きるって、素晴らしいことなんだね。こうやって、2人と抱き合って温もりが感じられるから。2人から離れようとして本当にごめんね。もう何処にも行かないから。ずっと一緒にいるから。」
夜雨は2人の存在を確かめるように、抱きながら言った。
「「うん、ずっと一緒だよ!」」
「さ、一緒に、帰ろう。」
夜雨は2人と一緒に立ち上がった。
「あ、ちょっと待ってね。」
夜雨はナイフを拾った。
──影さんの言ったように、私にはもう必要のないものだ。そして、私の胸の中にある、復讐心も、、。
だから、、。
夜雨はナイフを海に投げ捨てた。
──私には、、もう必要ない。この両手には、2人の手があるから。
夜雨は右手と左手でそれぞれ月雨と光雨の手を握った。
「これからも、一緒に生きよう。」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
──お母さん、お父さん、私は、月雨と光雨と生きていきます。3人で、生きていきます。だから、見守っていて。
空に輝く星と月を見て、誓い願った。
その星は、嬉しそうに光っていた。微笑むように、3人の未来を照らしていた。
───
影の部屋に、新聞紙が置いてあった。
2つの記事が新たにスクラップされたのだった。
〈Z湾沖で男性の水死体発見。事件性は低いと見られる。元妻の証言により、自殺と断定か。自宅に遺書らしきものを発見。、、、〉
〈砦ヶ丘A町のマンションの一室で女性が密室の中で死亡しているのを発見。現場の状況から、自殺に見られる。服毒自殺を図ったよう。また、現場からは遺書が見つかっており、、。〉
というような内容だった。
───
外では明るい声が聞こえている。
「ほら!みんな笑って!夜雨可愛いよ!」
葉月がカメラを向けて言った。
「うるさいな!早く撮って!」
夜雨が顔を赤くした。
「よいちゃん照れてる!」
「ね、かわいい!」
顔を見合わせる月雨と光雨。
「もう、、葉月、早く取ってあげなさい。」
後ろから影が諭す。
「ハイ!いくよ!はいチーズ!」
カシャッという音が響いた。
◇◇◇
たくさんの写真と共にその写真は飾られた。
その隣には星夜、月光と一緒にいる夜雨、月雨、光雨の写真が飾られていた。
───了