抱きしめられて、反射的に晶哉が思ったのは、(ここで誰か入ってきたら、絶対に誤解されるな)という、なんとも頓珍漢なことだった。
そのあとに、硬い身体の感触と、服を通して、じんわり温かくなるのを感じる。
それと、妙に良い匂いがした。
離れようと思っていたが、しっかり抱き留められていて、思わず見上げると、頭一つ分くらい背が高かったことに気が付いて、それだけは、少しイラっとした。
「晶哉さ」
「なんだよ」
なんとなく、声が、きつくなったような気がするのは、腕が存外心地よいと思っている事への反発だ。
「ほんとうに、小動物みたいなんだな。可愛い」
「だから、さっき、そう言うことは、滅多に言わないって……」
「ああ、聞いた。確かに学習した。しかし、俺は、晶哉が可愛いと思ったし、小動物みたいだと思っているのだから、仕方がない。晶哉が、そういう風に言われたくなくて、不愉快ならば、次からは言わないだけだ」
不愉快、と言われて、口ごもってしまう。
不愉快、ではないのだ。
「……まあ、人がいないときなら。誤解されたら嫌だ」
「誤解?」
誤解とは何のことだ? と洛世が言った時、ガラッと音を立てて図書室のドアが開き、ぎこちなく振り返った晶哉と目が合った。男子生徒だった。
「あ……えーと……お邪魔しました~っ!」
彼は、おそらく盛大に誤解をしただろう。そして、そのまま猛然と廊下を駆けていく足音が聞こえた。
「慌ただしいヤツだな。教室を間違ったのか?」
などと本気で解らない様子の洛世に眩暈を覚えながら、先ほどの生徒が、晶哉の事を知らないことを、心から祈った。
「早いところ、現場に行こう。とりあえず、付き合うから」
やっと腕から解放されたとき、急に体温が去って行くのを、晶哉は、少し、寂しいと思ってしまった。
『現場』まで、学校から山道の市道を下って、およそ五分。
その間、手を繋いだままだった。
「え、なんで、手は、その場所に行ってからで良くない?」
と晶哉は問いかけたが、洛世のほうは、
「見逃したら嫌だから」
ということで、ガンとして聞かなかった。
仕方がなく、山道を下っていく。それほど標高が高い山ではないが、道は、つづらになっていて、地味に歩く距離が長い。
その上、木々が鬱蒼としていて、昼間でも薄暗く、夕方には、学生の姿など、視認出来なくなるだろう。
なので、通学には、バスを使うものが多い。けれど、バスは混雑するし、時間帯が微妙だった。
授業が終わってすぐさまバス停に向かうか、九時過ぎまで残らないとならなくなる。
抜け道として使う車も多いので、ものすごいスピードで走り去る車も多い。
クラクションを響かせながら、風を切る音を残して走り去っていく、派手なスポーツカーに、轢かれそうになったときには、洛世が、チッと舌打ちをした。
「なんだあの車。明らかに、道路交通法違反だろう。運転免許は持っているんだろうな」
洛世が文句を言うが、走り去った車を見て、晶哉はため息を漏らした。
「あれは仕方がないよ。市議会議員の息子の車なんだってさ。スピード違反なんかで捕まらないって」
「はあ?」
洛世が、眉をつり上げているのが、なんとなく晶哉には解った。
洛世は能面のように表情が動かないと思っていた晶哉だったが、意外に、色々な顔をするようだった。
「そういうもんなんだってさ、うちのじいちゃんが言ってたよ。代々、代議士なんだって。だから、偉いんだってさ。やりたい放題で、誰も言えない。県警のお偉いさんにもコネがあるって言う話」
「想像以上に、社会が腐敗していることと、晶哉がそれに慣れきっていることに、驚きを禁じ得ないな」
そのあとに、硬い身体の感触と、服を通して、じんわり温かくなるのを感じる。
それと、妙に良い匂いがした。
離れようと思っていたが、しっかり抱き留められていて、思わず見上げると、頭一つ分くらい背が高かったことに気が付いて、それだけは、少しイラっとした。
「晶哉さ」
「なんだよ」
なんとなく、声が、きつくなったような気がするのは、腕が存外心地よいと思っている事への反発だ。
「ほんとうに、小動物みたいなんだな。可愛い」
「だから、さっき、そう言うことは、滅多に言わないって……」
「ああ、聞いた。確かに学習した。しかし、俺は、晶哉が可愛いと思ったし、小動物みたいだと思っているのだから、仕方がない。晶哉が、そういう風に言われたくなくて、不愉快ならば、次からは言わないだけだ」
不愉快、と言われて、口ごもってしまう。
不愉快、ではないのだ。
「……まあ、人がいないときなら。誤解されたら嫌だ」
「誤解?」
誤解とは何のことだ? と洛世が言った時、ガラッと音を立てて図書室のドアが開き、ぎこちなく振り返った晶哉と目が合った。男子生徒だった。
「あ……えーと……お邪魔しました~っ!」
彼は、おそらく盛大に誤解をしただろう。そして、そのまま猛然と廊下を駆けていく足音が聞こえた。
「慌ただしいヤツだな。教室を間違ったのか?」
などと本気で解らない様子の洛世に眩暈を覚えながら、先ほどの生徒が、晶哉の事を知らないことを、心から祈った。
「早いところ、現場に行こう。とりあえず、付き合うから」
やっと腕から解放されたとき、急に体温が去って行くのを、晶哉は、少し、寂しいと思ってしまった。
『現場』まで、学校から山道の市道を下って、およそ五分。
その間、手を繋いだままだった。
「え、なんで、手は、その場所に行ってからで良くない?」
と晶哉は問いかけたが、洛世のほうは、
「見逃したら嫌だから」
ということで、ガンとして聞かなかった。
仕方がなく、山道を下っていく。それほど標高が高い山ではないが、道は、つづらになっていて、地味に歩く距離が長い。
その上、木々が鬱蒼としていて、昼間でも薄暗く、夕方には、学生の姿など、視認出来なくなるだろう。
なので、通学には、バスを使うものが多い。けれど、バスは混雑するし、時間帯が微妙だった。
授業が終わってすぐさまバス停に向かうか、九時過ぎまで残らないとならなくなる。
抜け道として使う車も多いので、ものすごいスピードで走り去る車も多い。
クラクションを響かせながら、風を切る音を残して走り去っていく、派手なスポーツカーに、轢かれそうになったときには、洛世が、チッと舌打ちをした。
「なんだあの車。明らかに、道路交通法違反だろう。運転免許は持っているんだろうな」
洛世が文句を言うが、走り去った車を見て、晶哉はため息を漏らした。
「あれは仕方がないよ。市議会議員の息子の車なんだってさ。スピード違反なんかで捕まらないって」
「はあ?」
洛世が、眉をつり上げているのが、なんとなく晶哉には解った。
洛世は能面のように表情が動かないと思っていた晶哉だったが、意外に、色々な顔をするようだった。
「そういうもんなんだってさ、うちのじいちゃんが言ってたよ。代々、代議士なんだって。だから、偉いんだってさ。やりたい放題で、誰も言えない。県警のお偉いさんにもコネがあるって言う話」
「想像以上に、社会が腐敗していることと、晶哉がそれに慣れきっていることに、驚きを禁じ得ないな」