休み時間になると、洛世が立ち上がった。晶哉も続いて立ち上がる。
廊下に出ると、洛世が「こっち」と呼んだ。廊下の端、他の生徒からはあまり見えない場所だった。
「今日、時間があるなら、少し時間を貰いたい」
何の説明もなく、洛世は言う。
「えっ? あ、うん、良いよ」
「そうか、では、放課後、図書室で」
「えっ?」
端的に言いたいことだけを告げて、洛世は去って行く。別に、このくらいの話ならば、教室でしても良いのではないかと思った晶哉だが、
(もしかしたら、洛世くんは、僕と会話するのを誰かに見られたくない、とかなのかな)
と勝手に考えて、ずん、と気持ちが沈んでいくのを感じていた。
洛世は、その後、いつも通りを崩すことはなかった。
まっすぐに黒板を見続け、授業を受けている。晶哉のほうは、洛世が気になって、チラチラと見ていたので、いつもよりも注意力は散漫になっていたし、授業の内容も、頭に入ってこない。
(洛世くん……一体、なんの用事があるんだろう?)
晶哉には、まったく、心当たりがない。
とりあえず、放課後になるまで、もやもやした気分になりながら、過ごすしかなかった。
放課後の図書室は、人気がない。
図書委員というのは居たような気がするが、機能はして居ないらしく、カウンターの中には人がいない。その代わりに女生徒の幽霊がいるのが、晶哉には見えた。
『本を借りたい人は、ここに書名とクラス名、名前を書いて下さい』
とだけ書かれたプレートがあるだけだった。
掃除もあまりして居ないのか、なんとなくほこりっぽい。
静かだったが、勉強をして居る人もいないので、もったいない空間だと晶哉は思う。
図書室にたどり着いた時、すでに、洛世は、図書室に居て、本を読んでいた。
教室では、教科書すら開かない洛世なので、少し、意外ではあった。ただ、読書風景は、異様で、じっと本を見ながら、次々とページを繰るだけだった。読んでいるというより、『自動ページめくり機』のような感じだ。
「ごめん、洛世くん、少し遅くなった」
晶哉が声を掛けてから、一分ほどした後、洛世は本を閉じて、隣の席を勧めた。
「俺が、急に誘っただけだし、本も丁度読み終わったから、問題ない」
厚さ三センチほどの本を、読み終えているらしい。
驚いて目を丸くしている晶哉に対して、洛世は平然としている。
「それで、さっきのスピードで読んで、全部覚えているの?」
「そうだな。理解はした」
端的な答えだった。面白かったでも、つまらなかったでもなく、『理解した』。
読んでいたのは、小説のようだったが、作者が聞いたら、憤慨しそうな言葉だと、晶哉は思う。
晶哉が怪訝そうな顔をしているのに、洛世は気が付いたらしい。
「……どうして、そんな顔をする?」
「そんな顔って?」
「理解に苦しむと、いう風に、俺には感じたが」
「……だって、小説の感想で、『理解出来た』だけって。なんていうか……この小説に対して、無関心なんだなって思っただけだよ」
洛世が、目を丸くした。
「晶哉は、共感力が高いのだろうな。だから、幽霊も、見ることが出来るのだと思う」
幽霊、と言われて、晶哉の肩がビクッと揺れる。
「な……なんで……?」
「そのことで、今日は、時間を取って貰いたかった」
洛世は、淡々としていた。晶哉は、今ひとつ理解出来なかったが、とりあえず、洛世に向き合う。
「幽霊、が気になるの?」
「気になると言うより、気にせざるを得なくなった」
洛世が、はぁっと、ため息を吐く。
「あの日から一週間。ずっと、このことばかり考えて居たんだ。……それと、晶哉。手を、繋いでも良いだろうか?」
洛世が、す、と手を差し出す。
そういえば、名前を呼ばれて居ることに気が付いた。
名字の『斎木』ではなく。
(え、なに、どういうこと? なんで、手を……繋ぐって……?)
訳が分からなくなりすぎて、晶哉は、パニックに陥っていたが、すこし、洛世が近付いてくる。
心臓がうるさくなるのを感じつつ、晶哉は、洛世の手に視線を落とした。
綺麗な、手だった。
廊下に出ると、洛世が「こっち」と呼んだ。廊下の端、他の生徒からはあまり見えない場所だった。
「今日、時間があるなら、少し時間を貰いたい」
何の説明もなく、洛世は言う。
「えっ? あ、うん、良いよ」
「そうか、では、放課後、図書室で」
「えっ?」
端的に言いたいことだけを告げて、洛世は去って行く。別に、このくらいの話ならば、教室でしても良いのではないかと思った晶哉だが、
(もしかしたら、洛世くんは、僕と会話するのを誰かに見られたくない、とかなのかな)
と勝手に考えて、ずん、と気持ちが沈んでいくのを感じていた。
洛世は、その後、いつも通りを崩すことはなかった。
まっすぐに黒板を見続け、授業を受けている。晶哉のほうは、洛世が気になって、チラチラと見ていたので、いつもよりも注意力は散漫になっていたし、授業の内容も、頭に入ってこない。
(洛世くん……一体、なんの用事があるんだろう?)
晶哉には、まったく、心当たりがない。
とりあえず、放課後になるまで、もやもやした気分になりながら、過ごすしかなかった。
放課後の図書室は、人気がない。
図書委員というのは居たような気がするが、機能はして居ないらしく、カウンターの中には人がいない。その代わりに女生徒の幽霊がいるのが、晶哉には見えた。
『本を借りたい人は、ここに書名とクラス名、名前を書いて下さい』
とだけ書かれたプレートがあるだけだった。
掃除もあまりして居ないのか、なんとなくほこりっぽい。
静かだったが、勉強をして居る人もいないので、もったいない空間だと晶哉は思う。
図書室にたどり着いた時、すでに、洛世は、図書室に居て、本を読んでいた。
教室では、教科書すら開かない洛世なので、少し、意外ではあった。ただ、読書風景は、異様で、じっと本を見ながら、次々とページを繰るだけだった。読んでいるというより、『自動ページめくり機』のような感じだ。
「ごめん、洛世くん、少し遅くなった」
晶哉が声を掛けてから、一分ほどした後、洛世は本を閉じて、隣の席を勧めた。
「俺が、急に誘っただけだし、本も丁度読み終わったから、問題ない」
厚さ三センチほどの本を、読み終えているらしい。
驚いて目を丸くしている晶哉に対して、洛世は平然としている。
「それで、さっきのスピードで読んで、全部覚えているの?」
「そうだな。理解はした」
端的な答えだった。面白かったでも、つまらなかったでもなく、『理解した』。
読んでいたのは、小説のようだったが、作者が聞いたら、憤慨しそうな言葉だと、晶哉は思う。
晶哉が怪訝そうな顔をしているのに、洛世は気が付いたらしい。
「……どうして、そんな顔をする?」
「そんな顔って?」
「理解に苦しむと、いう風に、俺には感じたが」
「……だって、小説の感想で、『理解出来た』だけって。なんていうか……この小説に対して、無関心なんだなって思っただけだよ」
洛世が、目を丸くした。
「晶哉は、共感力が高いのだろうな。だから、幽霊も、見ることが出来るのだと思う」
幽霊、と言われて、晶哉の肩がビクッと揺れる。
「な……なんで……?」
「そのことで、今日は、時間を取って貰いたかった」
洛世は、淡々としていた。晶哉は、今ひとつ理解出来なかったが、とりあえず、洛世に向き合う。
「幽霊、が気になるの?」
「気になると言うより、気にせざるを得なくなった」
洛世が、はぁっと、ため息を吐く。
「あの日から一週間。ずっと、このことばかり考えて居たんだ。……それと、晶哉。手を、繋いでも良いだろうか?」
洛世が、す、と手を差し出す。
そういえば、名前を呼ばれて居ることに気が付いた。
名字の『斎木』ではなく。
(え、なに、どういうこと? なんで、手を……繋ぐって……?)
訳が分からなくなりすぎて、晶哉は、パニックに陥っていたが、すこし、洛世が近付いてくる。
心臓がうるさくなるのを感じつつ、晶哉は、洛世の手に視線を落とした。
綺麗な、手だった。